「ここで、合ってるかな……」
兵庫県某所。僕は今、あるお寺の前にいる。
ここに来たのは僕の杖である松の杖、その元となった「千手の松」の所在を確かめるためだ。
「こちらのお寺の境内に植えられているとのことだけど……」
僕がいた世界で数十年前に失われた原木。
ともすればこちらの世界なら、科学技術に秀でたこの世界ならまだ存在するかもしれない。
そう思い、遠路遥々日本までやってきた。
「あのう、すいません。少々よろしいでしょうか」
そう思い松の並木を歩いている一人の男性に声を掛けられた。
歳の程は30から40といっただろうか。
坊主頭の為髪色では察せない。が、身に纏う袈裟は堂に入っている。
僧としての仕事に慣れた頃合い、といったころだろうか。
体格は成人男性のそれより若干いいくらい。
腕力勝負では到底勝てそうにもない。
「はい、なんでしょうか」
「ええ、その、俺はあちらの寺で僧をやっとります
なるほど、確かに僕は髪色こそブラウンだが顔立ちは外国人。
寺巡りか何かで困っているように見えただろうか。
……しかし、なんだろう。彼から感じるものは少し違うような気がする。
まるで、何かを確かめているような……
「僕はただの旅行者ですよ。少し家業に余裕が出来まして、日本に念願の寺巡りに来たんですよ。こちらには千手の松があると聞いて、是非見て見たいと思い足を運びに来たんですよ」
うん、嘘は言ってない。
稼業(魔法使いとしての薬作り)は不定期の仕事だし、余裕があるのは事実だ。
寺巡りもこの寺を巡りに来たんだから何も間違っていない。
「……! 千手の松を見に、ですか」
───マズい。これは何かをしくじった。
先ほどまでの探る目線から何か確信した目に変わった。
「なら話は早い。是非うちに来て下せぇ! もてなしますよ!」
「わっ、とと。ちょ、急に引っ張らないでくれ!」
「さぁさぁ行きやしょう! 俺達は待てても時間は待ってはくれませんぜ!」
そんな僕の内心や言葉をものともせずズンズンと進んでいく。
この人力が強い! というか押しが強い!
僕はそのままお寺へと引きずられてしまった……
兵藤、か。
心が、軋む音がする───
「ようこそうちの寺へ! 歓迎しますよ、旦那!」
「よく言うよ、無理やり連れてきたくせに……」
「ハッハッハ! そこはすいやせん! 話し方もそっちで構いやせんよ!」
「ハァ、ではお言葉に甘えて」
結局御堂まで連れてこられてしまった。
ここまで足を止めることすら彼はしなかった。
お蔭で何度足を引っかけそうになったことか。
「しかし、何故ここに? 御堂は仏像を祀るところだと言うことくらいは知っているよ。ここに千手の松があるとは思えないけど」
「そうですね、まずそっから説明しなけりゃなりませんね」
そう言うと、どっこいしょと虎一さんは胡坐をかく。
僕もそれに倣い、対面して正座で座る。
「まずですね、千手の松はとっくに枯れちまってます。昭和50年ごろなんで今から60年くらい前には枯れちまいましたよ。ここにあるのはその根株だけでさぁ」
「! そうだったのか。見れなくて、とても残念だよ」
なんと。こちらでも枯れてしまっていたのか。もしやとは思っていたが。
「でだ、ぶっちゃけあんた何が目的で来た? まさか本当に千手の松があるなんて思っちゃいねぇだろう?」
「……いや、そんなことは無いよ。僕は千手の松を見たくてここに来た」
「なら出会いがしらの寺巡りってのが嘘か。ますます怪しいぜ?」
しまった。墓穴を掘った。
だが、どうにも彼の目的が分からない。
彼はまるで詰問しているようだがその心は穏やかだ。
まるで、待ち望んでいた誰かが来たかのように。
「僕は、僕の杖の材料となった木を探しに来た」
「なぁるほど。よく分かんねぇが、あんたの持ってる杖が古いもんだってのは分かった。……うし! ちょっと待ってな!」
そう言うと腰を上げ、すたすたと奥の方へ歩いていく。本当に訳が分からない。
「しかし兵藤虎一、か」
その名前とこの寺。僕にはどうにも無関係には思えなかった。
僕がこの杖を作る為に日本に訪れたとき、非常によくしてくれた方がいる。
千手の松は90年前までは天然記念物であった為、国の管理下に置かれていた。
僕がその枝を取りに来たのは枯れるほんの数年前だ。
当時の住職殿に、僕がかつての故郷の木を生涯のパートナーとするために、その枝をお譲り願いたいと頭を下げて必死に頼み込み、リスクを飲み込んで引き受けてくださったお方だ。
「生きたいと思うことを後ろめたいと思う必要はありません。南無八幡大菩薩様も許して下さる。」
「そして謝罪ではなく感謝を忘れずに。いつだって仏様は見ております。」
彼は紛れもなく人格者だった。
枝を譲り受けた後ではあるが、大戦後当時、復興に非常に力を入れていた為、極めて人望に篤かったと聞く。
その時のこの寺の住職の名が兵藤虎徹。
僕の命を何度も救った杖、それを作ることを許してくれた大恩ある方だ。
「まさか、血筋? いや、そんなわけはない。この世界に「あちら側」の人がいるなんてありえない」
僕はアーティファクトに巻き込まれてこの世界に来た。そんな人が他にいるとも思えない。
「おまっとさん! いやー中々重くて参っちまうな!」
ゴトン、と音を立てて箱を床に置く。
虎一さんが重いというものだ。
僕からしたら持ち上げるのも必死な物だと想像出来る。
「あの、これは?」
「ここの住職は世襲制でな。俺も親父が引退したら住職になってこの寺を継ぐことになる。だが今日はちっと親父が法事で出てるからよ。代わりにこの役目は俺が引き受けさせてもらうぜ。開けてみな」
役目? 一体彼は何を───
「こ、れは」
そこにあったのは一本の木の枝。
突くにはやや短く、指すには長い。
由緒正しく、魔法使いの杖木として相応しい枝───
「じい様曰く、俺のひい爺様がな。ある日、ある松の枝を拾い始めたらしいんだ。本当に唐突にだ」
「当時は戦争が影響してどうにかなっちまったんじゃないかって思ったらしいけどな。聞くと随分優しい声色で言ってたらしいんだ」
「あの子に杖木を渡してやらねばな」
「……ッ!」
「いやほんと参ったぜ? 天然記念物の枝勝手に拾って保管してんだからこっちはヒヤヒヤもんよ」
「……だが不思議なことにこの枝、腐らねぇんだ。水分こそ抜けてはいるが、朽ちる気配が一切ねぇ。これはただ事じゃねぇと思ってじい様達はひい爺様を見守った」
「んでそれからしばらくしてじい様が亡くなってな。遺言の一文に残されてたんだ」
「かの枝を求むものが現れたなら 譲り渡せ」
「生きたいという想いを 恥じるな」
「生きたいという願いを 嘲るな」
「命に貴賤無し 全ての命に敬意を持て」
「ってな。枝のことは除いて、今じゃうちの家訓でもあるんだぜ?」
「なんだって……? そんなことが、本当に……?」
「俺にはよく分かんねぇけどもよ。でもさ、境内を歩いてるとき、俺はあんたの袖を引っ張ってんのに、あんたがどこにいるか見失いそうになっちまったんだ」
「詳しくは聞かねぇ。けど雰囲気で分かるよ。きっとあんた、ただもんじゃねぇんだろ? じゃなきゃあのひいじい様が、あんな大事な物他人に無意味に渡すわけねぇ」
ああ、そんな。まさか───
「その、住職殿の名は……?」
彼はニッと笑う。
「兵藤虎徹。戦後、現代の菩薩とまで呼ばれたお方さ」
「この度は誠にありがとうございました」
「おう! と言っても、俺としては正直爆弾手放せたって思いがなくもねぇからなぁ」
「アハハ! 虎一さんからしたら確かにそうかもしれないね!」
寺の門前で虎一さんが僕を見送る。
嗚呼、こんな出会いがあるなんて思ってもみなかった。
この枝はただの枝ではない。
この世界にまだ神秘が存在したころに拾われ、寺という神聖な場所で保管され続けた、謂わば神秘そのものと言ってもいい枝だ。
もう一本予備として作るのは避けたい。
僕はこの杖を生涯大切にすると仏前で誓っている。
故に誰かに託すのが正しい使い方と言えるだろう。
この世界では若干持て余し気味にはなるが……
恐らくだが、この世界の虎徹殿は決して輪廻転生してこの世界に来たわけではないのだろう。
でなくては仏様があれほどの善人に、二度も戦争による被災を復興させたことになる。
なぜかは分からないが、きっとそうするべきだと魂が叫んだんだろう。
言語的な理由ではなく、もっと違う何かが。
「お騒がせしました。僕はそろそろお暇します」
「おう! もし時間が空いたら親父にも顔出してやってくれ。いないところで色々進められたってんじゃ面白くないかもしれんからな」
「分かったよ。それじゃあまた」
「またな!」
僕は背を向け、その場を歩き去る。
いつか、また来よう。
そう心に誓って───
そう思ってたはずなのに───
僕の背には泣いている黒い髪の幼子が一人。
「ぐずっ、うっ、うぇぇぇぇん……」
どうにも知己に似たこの子が泣き止む気配はない。
そして目の前には黒い髪の武器を持った女性が一人。
刃渡りが非常に長い。
あのスーツ、ISを纏うことで筋力を上げることを前提にしているのだろう。
切られればひとたまりもない。
「今すぐその子から離れろ。そして速やかに首を差し出せ。でないと───」
その人は話にだけ聞いた、知己の親友の特徴を備えている───
「お前を可能な限り惨たらしく殺すことになる」
僕が 何をしたって言うんだ───!
「スキャンダルの余地を残すな」
「李下に冠を正さず」