「悪いとは思わん。存分に苦しんで死ね」
眼前の敵を胴薙ぎにし、そのまま切り捨てる。
……あいつが、束がようやく心から笑えるようになったのに、その矢先にこれか。
世界は束に随分冷たくなったものだ。
画策した奴は束が潰すだろう。
ならば私はただ眼前の障害物を粉砕するのみ。
現地についてみれば、銃火器を携行したならず者がそこら中にいる。
全員、一人残らず捕縛し箒の場所を聞かねばと考えていた。
5人目までは冷静さを保てていた。
8人目を超えても一向に箒が見つからない。
何故だ。この近くにいるのは間違いないのに。
まさか、もう連れていかれてしまったのか?
私は焦燥に駆られていた。
早く、早く箒を───
9人目に始末をつけ、周囲を駆けまわっているとき、ようやく見つけた。
男に手を引かれ、どこかへ行こうとする箒を
泣いているあの子を見て 我を失った
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は人を斬った。
守るべき者の前で。
一生、心の傷になりかねないようなことをしてしまった。
……人を守る術で、人を殺めた
なのに、どうして私の心はこんなにも凪いでいる
どうしてこんなにも無感情に、いや
こんなにも
「ち、千冬さんっ!!」
……いや、それは今考えるべきではない。今は箒の安全を確保しなくては。
「……箒、すまない。遅くなった───」
「ち、違いますっ!! あの人は違うんですっ!!」
───違う? 違うとはなんだ。
「……どういうことだ」
思い返せば、私が斬った男はずいぶん浮世離れした装いをしていた……
いや、それだけではない。
言葉にするのは難しいが、あの男を斬ったときなぜか
何も感じなかったのはそれが原因か……?
「あの、あの人は助けてくれたんですっ! 襲われてたところを、その、よく分からなかったけど、魔法みたいに助けてくれたんです!! 姉さんに頼まれたって言ってたんですっ!!」
───は
今、箒は何と言った
───束に、頼まれたと
───魔法のよう、だと
刀を持つ手が震える
指先から熱が抜け落ちていくのが分かる
いや そんな、まさか ありえない そんな筈は
「ちーちゃん、私ね、しばらく世界を見て回るよ」
「え? ああ、確かに姿を隠すっていうのもあるよ。けど一番の理由は別」
「……娘みたいな子ができてね。その子にいろんな物を見せてあげたいんだ」
「私のせいでこの世界に零れ落ちた不完全な命。私の一等愛しい命」
「あっ、もちろんちーちゃんや箒ちゃんも愛してるよ? 本当だよ? いらない? あっそう……?」
「……私ね、「向こう側」のことを見たんだ。そして知ったんだ」
「あれより美しいものは、本当に心から綺麗だと思えるものは」
「……たぶん、今の私には見ることはできないんだと思う」
「でもあの子と、クーちゃんとなら。いつかそれが見れる」
「箒ちゃんでも、ちーちゃんでもない。他でもない、あの子となら」
「誰に吹き込まれたか? いや吹き込まれてないよ!? 私を口で言いくるめられる人がいたらそれはそれで見てみたいよ!?」
「……なんのことはないよ。生まれて初めて、計算されつくした回路図より美しいと思えるものを見せてもらっただけ」
「私がこの世界をめちゃくちゃにしなかったら、あんな景色が見れたのかなぁ、って思うとさ、どうしようもなく胸が苦しくて、息が詰まりそうになって」
「……泣きたくなるんだ。大声をあげてみっともなく」
「IS作って公表した身で、何を今更って感じだよね。あはは、ごめん。今のは忘れていいよ」
「でもさ、そのせいで見れなくなった美しい物のことを、見て見ぬ振りはもうできない」
「確かに私は
「この世界から、彼らの居場所を奪ってしまった」
「だからいつか、私は償わなくちゃいけないんだ」
「……結局誰なのかって?」
「魔法使いだよ。独りぼっちの、ね」
「いつか、ちーちゃんにも会って欲しいなぁ……」
まさか私が、斬った、斬ってしまったのは───
「違う、違う違う違ちがう! そんなわけがない!」
頭が理解を拒んでいる。それ以上考えるなと叫んでいる。
「束が魔法など信じるわけがないっ!」
(魔法使い、というのが比喩ではないとしたら)
「名前も、特徴だって言っていなかったっ!」
(箒を、束を助けたのがその「魔法使い」だったら)
「な、泣いている箒を連れて行こうとしていた……!」
(罪なき者どころか、大恩ある人を、この手で)
肢に力が入らない。纏うISが私の異常を知らせる。
剣先から滴る
「そうなのか、箒? わ、わたしは、束の友を斬って───」
「危ない危ない。もう少しで死ぬところだった」
「「───ッ!」」
声の方へ振り返れば、白い服に藍色のローブの男が無傷で、いや、腹に傷を負って立っている。
本人はローブの前を止めて誤魔化してはいるが血の匂いが濃い。
体格から見て決して浅くはないだろう。
「君が。いや、貴方が束の言っていた魔法使いか?」
「その通り。……束もおしゃべりだなぁ」
「貴方が、そうなんだな。……すまない、今すぐに伏して詫びたいが、この子を安全な所へ連れて行きたい」
「そうだね。それがいい。……そこに証人も転がってるし、急ごうか。それと僕にできることはもうあまりない。束に連絡をお願いしていいかな」
このままじゃ僕はその子より役に立たない、と自嘲しながら歩きだす。痛む腹で、子供の前だからとおくびにも出さず。
「……その、聞くのも本来憚られるんだが。どうやって避けた?」
「僕の幻を、僕がいた所に作った。君は僕の幻を斬り、僕は後ろに下がって姿を消した。空蝉って言えばわかりやすいかな。……避けきれなかったけどね」
流石は束の親友だ。そう微笑んでいる。私の剣を見てから回避に移したというのか。彼は武芸者には見えないが、きっと見切るための
「わ、私は貴方を殺そうとしたッ! なぜだ、なぜ貴方は笑っていられるんだ……!?」
「僕も疑われるようなことをしたからね。これはその代償さ」
それにね、と私を尻目に見る。
その額は汗がにじみ、今にも倒れてしまいそうなのに
その足は今にも縺れてしまいそうなほど弱々しいのに
「君が来た時、その子が安心した」
「警戒心の強いその子が心許すくらいだ。きっと、これから僕も助けてくれるんだろう?」
その瞳はどこまでも穏やかだった。
───正直意識を保つのももう限界が近い。
カッコつけたのはいいけど、気を抜けば今すぐ倒れてしまいそうだ。
箒、さんでいいのかな。あの子は気づいていないけど、この人は僕の状態に気づいている。一刻も早く休める場所を探さなくては。
何より、先導してくれるこの人の精神状況も危うい。
過大評価する気はなく、彼女達の精神にとって、僕は重要なファクターになっている。
ポーチから薬を取り出し一気に煽る。
万が一僕の目の前で死人が出そうになった時為に常備している、死ぬほど苦い薬。
味だけならばリンデル殿が昔語ったエリアスのスープ、あれに引けを取らないかもしれない。
「……大丈夫か? なんというか、あまりにもマズそうだが」
「……うん、すっごく、恐ろしい程にマズい」
だが死ぬよりはいい。今出血死でもしようものなら、それこそ彼女が自死しかねない。
この薬は生命力を活性化させる。
様々な薬効と魔法的な意味合いのある薬草を煎じて作り上げた逸品。
逆境に対抗するカモミール、先見と冷静さを与える四つ葉のクローバー、幸運を呼ぶディル、浄化をもたらすフェンネル等、混ぜたものは多岐に渡る。
それらを反発することなく、とんでもなくマズい以外に害が無いまでに仕立て上げた優れ物だ。
しかし、流石に魔力を使いすぎた。
街中で使える魔力は限られる。
結局ほとんどを自分の中の魔力で賄ってしまった。
限界こそ超えてないがもう───
「……? おい、どうした! しっかりしろ!!」
だめだ もう 眼が開かない 眠いな もう すぐなのに──────
「しっかりしろッ! 待ってくれッ! 頼む、生きてくれッ! 貴方に死なれたら、私は、私は彼女達になんと───」
「ごめん、後を、おねがい……」
そこまでで、僕の意識は失われた。
「アランさんは、前世を覚えているって言ってましたよね。明確に覚えているんですか?」
「いや? そんなことはないよ。覚えているのは親と友人の顔と、大まかな人生経験くらいかなぁ」
「へぇ、そこまで覚えているのかい。かなり珍しいね」
「珍しいんですか?」
「大抵は、過去の偉人だったとか、あなたの運命の人でしたとか、あてにならないものも多いけどね。そういう意味では、本物と証明できるならスレイ・ベガよりも数は少ないかも」
「僕は珍しいけど、貴重ではない。羽鳥さんは珍しくはないけど貴重。なんだか変なものだねぇ……」
「笑えないよ。チセは長生きするんだから」
「すまない、エインズワース殿。悪意に聞こえたのなら謝るよ。死ネタはどうも口が浮ついていけない」
「アランさんは、死ぬのは怖くないんですか?」
「……怖いよ。どうしようもなく怖い」
「僕は死を知ってしまった。冷たい泥に沈むような死を知ってしまった」
「寂しくて、苦しくて、そこには僕しかいなくて」
「少しずつ、体が冷たくなっていく感覚は忘れられそうもない……」
「だからこそ僕は、死の恐怖に怯える人を守りたいんだ」
「それは天気雨のように前触れもなく、突然に」
「氷雨のように、その人からあらゆる熱を奪うんだ」
「ならば僕はそれから守る外套になりたい」
「それがきっと、僕がこの世界に生まれ落ちた意味だと思うから」
懐かしい夢を見た。
エインズワース殿と羽鳥さんと僕。日本人だったこと、輪廻転生について少し話をさせてもらったんだっけ。
「……起きたか」
横になったまま目線を横に逸らすと、先刻僕と行動を共にした女性が正座で座っていた。
眼の隈がひどい。
頬もやつれている。
髪も少しだが荒れている。
女性がするにはその、少し、憚られる顔をしている。
悔恨と、それから自己嫌悪だろうか。
悲哀の想いが濃い。
……当然か。僕と彼女、互いに運が悪すぎた。
「ああ、心配を掛けたようだね。 ───ッ」
「無理をしないでくれ。驚くことに傷自体はほぼ塞がっているが、痛まないわけではない筈だ。二日間眠り続けて体力も落ちている。そのままでいてくれ」
確かに腹部の切り傷はまだ痛む。
だが思っていたほどではなく、生地自体は塞がっているから命に別状はない、と思う。
体の動きも少し鈍いけど、なら尚更動かないと。
低い筋力が更に弱くなる。
「傷は痛むけれど問題ないよ。こんなもの、手を丸ごと焦がされた時に比べればなんてことはないからね。それで、ここは?」
そう言って体を起こす。ついサラマンダーを怒らせてしまって燃やされたのに比べればこんなの、痛みの内にも入らない。
「……その経緯について大いに気になるが、後にする。束の実家、そして箒とその家族の家だ。訳あってしばらく離れていたが、今回の件で束が怒りに任せて取り戻したらしい。……すまない、服に関しては勝手に替えさせてもらった」
服装は病人用の服に代わっているようだ。
……女性に服を変えてもらったとなると少し、気恥ずかしさが湧いてくるな。
「元の服は素材が素材、人工物で補修してはマズいかもしれないと束に聞いていたから血だけ落とさせてもらった。……あまり冗長に話すのも負担になるだろう。まずは必要なことから済ませよう」
「うん、異論はないよ」
そう言うと彼女は少し距離を離し、正座のまま頭を下げる。
「名は織斑千冬。この度、親友、そして親友の妹の恩人に対し攻撃行動を取るという愚を犯したことを心よりお詫び申し上げる」
「アラン・クローリスです。謝罪、確かに受け取ったよ。……どうか頭を上げてほしい。それにこうなったのは僕の責任でもある」
「そのようなことは全くもってない。私の焦りが貴方を殺しかけたんだ。全ての責は私にある」
「それは傲慢が過ぎるというものだよ。僕を呼んだ束、僕を斬った君、箒さんを襲った彼ら、自らそこに向かった僕。全員にその責はあるんだ」
そう言うと彼女は顔を上げ、今にも泣きそうな顔で僕の目を見る。
この子も束と、もっと言うなら羽鳥さんとだって同じくらいの歳だろう。
その年で人を殺めてしまいそうになったんだ。その心中、察するに余りある。
この世界は本当に、子供に優しくなくて嫌になる。
「……それに、普段の僕ならあんなことをしなかった。魔法使いとしてあるまじき失態だよ」
「……そうだな、確かに来さえしなければこんなことにはならなかったやも───」
「ああいや、違う! 束からの依頼に対し「対価」を決めなかったこと!」
僕達が決して行ってはならないこと。その一つが無償での行動だ。
僕らには求める権利と求められる権利がある。
無償で何かをする、というのは無償で何かをされるということに他ならない。
仮に妖精相手に無償の奉仕なんてしてみるといい。
彼らからの「
故に、僕たちは何かを頼むとき、報酬と対価をしっかり取り決めなくてはいけない。
でなくては、何を支払わされ、何を
彼らの善意が人間に益になるとは限らないのだから。
「正当な対価が無いから「助けてくれ」という頼みに、どこまで、何をすればいいか。それを僕は決めていなかった。故に取るべき手段を誤った」
あの状況ならから外に出ず、魔力の持つ限り耐えるという手もあった。
どうせ意識を失ってもすぐに束が助けに来る。
証人達も二人とも
今回の僕の対応は余りにも杜撰だったといえる。
怒りに身を任せてはいけないという、教訓と思うことにしよう……
「……分かった。ならば、貴方を傷つけたことの償いをさせていただきたい」
「僕には戸籍もないし、住所も無い。僕に対する傷害に、司法的な賠償を払う義務は一切ない。そもそもお金は然程必要ないしね」
これもすべて事実。僕には一切の身分はない。というより作る気はない。
僕はいずれ元の場所へ帰る。神秘が潜むあの地へ。
「それにね、気に病む必要はないよ」
「たとえ僕が死んだとしても」
「……僕の死を悼む人は、この世界に一人もいないよ」
もし帰れなかったら。もしこちらで命を落としたら。
向こう側の人達は誰も、それに気づけない。
僕の存在は向こう側では、消えてなくなる。
いずれ皆の記憶からも。
───怖い。死ぬことがじゃない。
自分という存在が世界から消えていくというのは、怖い。
「……そんなことを、言わないでくれ」
彼女はつぶやく。
両の手を膝の上で握りしめ、俯きながら必死に嗚咽を堪えている。
その声は震えている。それでも必死に、言の葉を紡いでいる。
「今ここにはいないが、箒は泣きながらもずっと君の傍にいようとした……!」
「束は今も部屋に籠っている。貴方を死地に追いやったと嘆き続けている……!」
「私が、後一歩踏み込んでいたら、今ここには誰もいなかった……!」
「みんな、貴方の命が失われなかったことに安堵したんだ……ッ!」
「……だからこそ。気づかなかった、知らなかったは私の免罪符にはならないッ!」
「私は憎い……ッ! 私は今、自分を殺してやりたい程憎んでいるッ!」
「頼む、償いをさせてくれ……ッ! 貴方に許されたとしてもっ、私は、わたしを……」
「……私自身を許せない……ッ!」
『私には、自分以上に憎くて殺してやりたいものがない』
『話したこともない君を憎める正義感もなかった』
『───君はジンクスってやつを信じるかい?』
「───束が束なら、君も君だな。難儀な性格をしているね」
(……サイモン神父のようになられても困る、か)
「分かった。それなら、僕は君に対価を求めよう」
「箒さんの命、僕の命。全ての責を君に求める。……君はそれでいいのかい?」
「ああ、頼む。私は贖罪を求める」
「……束は責めるかもしれんが、その罪は私が背負わねばならない」
「命に代えても、必ず対価を用意すると誓う」
「……魔法使い相手に誓いとは大きく出たね。二度と取り消せないよ?」
「構わない。貴方が死ねと言えば従おう」
「ならば、その勇気に敬意を表し、君に求める。君が原因で失ったあらゆるものを求めよう」
……魔法を使いすぎた反動に加えて
「……なんでもいいから、食べ物をおねがい……」
丸3日何も食べていない……
「……えっ? あ、おいっ! しっかりしろっ!! 分かった! 少し待ってろ!」
束! 落ち込んでないで起きろ! なんでもいいから食事を作るぞ!
……ごめんねちーちゃん。束さんのことはも少しだけほっといて……
やかましい! お前の機嫌を待ってたらこのままじゃ栄養失調で病院送りだ!
……ちーちゃん元気じゃん。
私のじゃない! クローリスだ! さっき起きた! 急げ!
……え? 起きたの? 今!? ほんと!?
嘘をついてどうする! 空腹で倒れたんだ! さっさと準備しろ! 蹴っ飛ばされたいかッ!!
わ、分かったよ! 箒ちゃーん!! キッチン空けてぇー!
……締まらない、結末だなぁ……