魔法使いの孤独   作:飛び回る蜂

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6 Perseverance is failing 19 times and succeeding the 20th.

 倒れていた子供をソファに寝かせ、暖炉に火を灯す。

 急いで毛布を取り出して子供にかける。

 この子の長い銀の髪が乾くまで、しばしの時間がかかるだろう。

 

 この子にどんな事情があったかは知らないが、見捨てるようなことはできない。

 それが僕をこの世界に縛る鎖になったとしても、冷たさに凍える子供を見過ごすことはできない。

 

 

 

「サラマンダーもいないし、自分で部屋を暖めないと。綿虫がいれば寒気を食べてもらえるんだけど……仕方ないか」

 

 

 

 部屋が温まるまで時間がかかる。キッチンでココアでも作ろう。

 確か、買い置きが残っているはず。

 

 牛乳を火にかけ、ココアパウダーを用意する。

 そうだ、確かお菓子作りで余ったクリームがあるはずだ。それも用意しよう。

 

 

 

 待つこと数分。沸騰させた牛乳をココアパウダーを入れたマグカップに流し、そこにチョコレートを一かけら加えよく混ぜる。

 

 

 

「……う。ここ、は……?」

 

 

 

 どうやら目が覚めたらしい。ココアにホイップを乗せて彼女のもとへ歩き出す。

 

 

 

「おはよう。随分酷い有様だったからね、勝手に家に運ばせてもらったよ」

 

 

 

 僕は安心させるつもりでそう言った。そこに嘘偽りはない。

 

 

 

 

 

 

「……そう、か。はは、そうか。私も行くところまで来た、ということか……」

 

 

 

 だが彼女にとってはそうではなかった。

 

 身を起こし、僕にそう言った途端項垂れ、閉口する。

 僕は対応を誤ってしまった。

 

 

 

「ハッ、ハハ。こん、こんな痩せ細ったガキを拾うやつなど、まともなわけがないんだ。どうせ、どうせそうなんだろう?」

 

「……もう、もういい。勝手にして、くれ。こんな、出来損ないなんて───」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ。僕は君に何もしない」

 

 

 

 コトン、と音を立てマグカップを置く。

 

 

 

「ここには君を縛るものは何もない。君を怖がらせるものはずっと遠くだ」

 

「僕は向こうの部屋にいるから。気が済むまで、ここにいるといい」

 

「落ち着いたら、君はこの家を出てもいいし、僕に声をかけてもいい」

 

「君はここでは自由だ。物を壊したりだけはしないでね」

 

「それとこれを渡しておくよ。悪い夢を君から遠ざけてくれるだろう」

 

 

 

 そう言い残し、僕はリビングと繋がった工房に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やってしまった」

 

 

 

 うう、子供を泣かせてしまった。胃が痛い。知らないとはいえ彼女の傷を抉るようなことを。

 

 

 

「……悩んでも、過去には戻れない。一先ず落ち着くまで薬を調剤しておこう……」

 

 

 

 さっき持たせたものは厄払いのお守り。

 その性質は羽鳥さんがウィル・オー・ウィスプから借りた炭に近い。

 短い間だが、彼女を悪夢から守ってくれるだろう。

 

 彼女が落ち着くまでの間、普段から各国のお爺さんやお婆さん達に処方している薬を作っておく。

 しばらく日本に行くからと処方している人達には気持ち多めに処方してある。

 でも、余裕を持っておくのは悪いことじゃないだろう。

 

 

 

祓え祓え 夢魔の戒め

 

翳せ翳せ サルビアの枝

 

日が7つ 月が7つ

 

生命の揺り籠 対価には賢しき花

 

未来へ注ぐ 厄を除けよ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつは、なんなんだろう」

 

 

 

 眼が覚めたら温かい所にいて、私を拾った男がいて。

 そいつは私に触れることもなく、ココアを置いて向こうの部屋に行ってしまった。

 奴から渡されたお守りを持ってから不思議と少し落ち着く。今のうちに状況を整理しよう。 

 

 

 

「私は、確か基地を出て。街まで辿り着けなくて、雨に降られた。……そのあたりからは曖昧だな」

 

 

 

 私のいた基地はベルギーに程近い。

 いっそルクセンブルクまで行ってしまえればと思っていたが、今思えばそれはあまりに無謀だ。

 

 空軍基地からベルギーの国境沿いでも50km、ルクセンブルクなら80kmはある。

 フルマラソンの距離が40kmなことを考えれば、私の足で辿り着けるものではない。

 

 

 

「そもそもここはどこだ? 外の植物はドイツのそれではなく、その向こうは霧で見えない……」

 

 

 

 少なくとも国内で濃霧注意報が出ている地域はなかったはずだ。

 それにあの男の服装、まるで民族衣装のようだった。

 

 

 

「……何故、私を助けたんだ。こんな、価値のない私を」

 

 

 

 人として、兵器としても役に立たない私を。いっそ儀式の材料と言ってくれた方が納得できる。

 

 

 

「……なんだか、寒いな」

 

 

 

 寒い。いや、冷たい。まるで胸の中に氷があるようだ

 

 無性に誰かと話がしたかった 私の声を聞いていてほしかった

 

 誰かと話していれば、この冷たさから逃げられるような気がした

 

 

 

 

 

 

 私は隣の部屋のドアを叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。安眠、厄除け、抗呪、咳止め、熱冷まし……。一通りできたかな」

 

 

 2時間くらい経ったかな。

 とりあえず今後必要そうな薬は出来た。

 後は個人個人で経過を見ながら作らなければならないものが多いし、保留。

 

 ……随分魔力の調節に失敗した。僕の心が乱れている証拠だ。今後はもっと落ち着いてる時にやろう。

 

 

 

 コンコン、という音が室内に響く。

 それに応じ、ドアを開け、部屋を出る。

 

 

 

「……すまない、落ち着いた。落ち着いたんだが……」

 

 

 

 彼女はどこか居心地悪そうにしている。

 

 

 

「……その、部屋が広くて一人では落ち着かないんだ。それに、その……」

 

 

 

 

 

 

 

「……部屋は暖かいのに、なんだか寒いんだ」

 

 

『君がいないと、なんだか家が寒いよ』

 

 

 

「……うん、そっか。分かった、僕もそちらの部屋に行くよ」

 

 

 

 不思議な既視感を感じさせる言葉に、思わず少し笑みを浮かべる。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。……はたまた、楔か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ココア、感謝する。が、少々甘かった」

 

「疲れた体には甘い物と思ってね。次からは気を付けるよ」

 

「そうか。……フフッ、なんだか久しぶりに温かいものを飲んだ気がする。熱いコーヒーは、良く飲んでいたはずなのだが」

 

 

 

 お気に召してくれたのならば何より。少し、顔色は良くなったようにも見える。

 

 

 

「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ軍IS配備特殊部隊、【シュヴァルツェア・ハーゼ】に所属している。階級は少尉だ」

 

 

 

 僕らはテーブルをはさんで向かい合って座っている。彼女はちょこんと腰かけており、軍人という風には正直見えない。

 

 

 

「「ハーゼ」……。確か兎、だったかな。はじめまして、僕はアラン・クローリス。ちょっとした薬師のようなことをしているよ」

 

「薬師? Apotheker(薬剤師)とは違うのか?」

 

「厳密には、ね」

 

 

 

 薬剤師資格ないし、そもそも。薬効が科学的には怪しいものだ。

 

 

 

「そうか。……といっても、最早私は軍属ではないのだがな」

 

「どういうこと? ひょっとして軍から抜け出してきたのかい?」

 

 

 

 少なくともIS使う特殊部隊、その一員がそう簡単に抜けられるものとは思えない。となると心因的なものか。

 

 

 

 ……しかし、どうにも調子が狂う。いや原因は分かっている。

 

 彼女自身は恐らく自覚がないだろう。

 普通に生きているだけではきっと自覚することはできない。

 

 彼女は体の流れが凄く変だ。あまりにも()()()()()()()

 均整が取れすぎている、とでも言えばいいだろうか。

 

 

 

 人間という形から逸脱したその在り方は、まるで量産された工業品のような───

 

 

 

 

 

(……それは僕が考えるべきことじゃない。考えていいことでもない。何よりも)

 

 

 

「はは。なに、こんな落ちこぼれの出来損ない。いなくなって軍も清々するだろうさ」

 

 

 

(今はこの子に集中しなくては。生きることを諦めつつあるこの子の為に)

 

 

 

「君は、どうして軍に?」

 

 

 

 そう聞くと、眼帯のない方の瞳が僕を見やる。

 その瞳には光が無く、生きる意志が無くなってしまったそれは、どこか見覚えがある。

 そう、まるで……

 

 

 

(……まるでオークション会場で見た羽鳥さんのようだ)

 

 

 

 生きることを諦めた、生きることを自分以外の何かに委ねてしまった人の瞳。

 

 

 

「私はな、作られたんだ。理想のIS操縦者を作るための礎、その一つが私だ」

 

「私に親はいない。いや、くくっ、試験管を親と言えるならそれが親になるのだろうか。クっ、アハハ! 笑えるな! 滑稽、無様、憐れ極まりない……!」

 

 

 

 個として生きるには生まれなど些細なもの。

 僕らのような存在にとって、生まれを気にする者など、そういないだろう。

 

 しかし軍は違う。軍は群れだ。

 そこにいる全ての人間が一つの個となり活動する。

 その空間において彼女は異物と成ってしまったのだろう。

 

 

 

「……あまり笑えないね。だから軍を抜けたのかい?」

 

「違う。ああ、言葉が足りなかった。そもそも私は研究所にいた所を軍に助けられたんだ。私には身寄りがなかったからな。衣食住が保証されていて、かつ自分の身を守る術を手に入れるにはそこが一番だと思った」

 

 

 

(考え方が合理的すぎる。憧れや理想ではなく、実益で彼女は軍を選んだっていうのか)

 

 

 

 この子はきっと、生き延びるための最善を選択したのだろう。

 だが、軍でなくとも平穏に生きられる道だってあった。

 それを選ばず、生きるために戦う道を選んだ。

 

 

 

「だが、現実は違った」

 

 

 

 世界は容赦なく、彼女にその洗礼を浴びせた。

 

 

 

「力も、技術も、健常者のそれには遠く及ばなかった。期待されていたISの操縦技術すら並程度」

 

「私は人になれない。生きている限りずっと、ずっとずっとずっとずっと人間の下位互換でしかないんだ」

 

 

 

 彼女はソファの上で膝を抱える。

 

 やっぱりこの世界は残酷だ。あまりにも救いがなさすぎる。

 

 生まれて間もないこの子に。本来なら培われているであろうものが何もないこの子に。

 

 

 

 

 

「……こんなの嫌だ。誰にも必要とされない、自分の為にも生きることができないっ! 私は()()()()()()()ッ!」

 

「皆が私を憐れむんだっ! 生まれたくて生まれたんじゃないのにっ! こんな身体で生まれたかったわけじゃないのにッ!!」

 

「私はッ! グズッ、ごんな世界に生まれたくなんてながったッ! 苦じいだけで、寒いだけで! 誰も助けでなんかぐれないッ!」

 

「もう嫌だ……! こんな世界で、生ぎていだくなんてない……!」

 

 

 

 誰かに守られていいんだということを教えてもらえないまま

 

 生きることの苦しみだけを、ただただ与えられ続けたんだ。

 

 

 

(下手な慰めはきっとこの子を苦しめる。しかし……)

 

 

 

 僕はどうするべきだ

 

 何をすれば、慟哭するこの子の慰めになる

 

 本当に束に頼るべきか? きっと束は自らを責めるだろう

 

 既に罪科を背負った彼女にこれ以上───

 

 

 

 

 

 

 その時 僕の考えにふと横切った考え

 

 

 

 

 

 この子は世界に捨てられた

 

 誰もこの子を愛さなかった

 

 この家に来れたということは素質もあるだろう

 

 背負うものも、ない

 

 世界とのつながりを失いつつある子

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あちら」に帰れるようになったら連れて帰ればいい

 

 束が愛する寵児(クロエ)の様に

 

 エリアス殿にとっての羽鳥さん(家族)のように

 

 僕がこの子を庇護し、育てることに何の問題があるだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが それはきっと 人ならざる者の───

 

 

 

 

 




「忍耐とは19回失敗して、20回目に成功することである」

「七転び八起き」
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