がっこうぐらし! 縛りプレイ めぐねえぱふぱふMOD 作:かませ犬XVI
「……――え、めぐねえ! 起きろって! めぐねえ!」
誰かに名を呼ばれ、肩を揺すられて。私は、深いまどろみから強制的に引き揚げられた。けれども、意識を取り戻したところで、重い瞼は容易くは開かず。まだ眠い。あと五分寝たい。なんて、そんな事を考える程度には、寝惚けていて。
だから私は、目の前で屈み、私を揺り起こそうとしているのがくるみさんなのだとようやっと知覚した時、全てを理解し、思い出し、己の仕出かした所業に真っ青になった。
そうだ。見張り番。私は昨夜、見張り番を引き受けたのだ。
大慌てで立ち上がる。けれども、最早何の意味も無い事は明白だった。辺りを見回すと、いつの間にか宵闇は取り払われ、廊下には暖かな朝日が差し込んでいる。明らかに朝である。しかも、それなりに日が高い。
昨夜の最後の記憶は、共に見張り番に立候補したまなさんと、壁に背を預けて寄り添い合って座っていた事。真っ暗闇で、視覚がまるで機能しない中、互いの存在を重ね合わせた手の平の温もりに感じていた事を覚えている。詳しい時間は判らないが、真夜中だった。それから一体何時間寝ていたのか。
視線を横に落とせば、まなさんと目が合う。彼女も無事だ。突然立ち上がった私に驚いたのか、目を丸くしている。くるみさんは呆れ顔。また、半開きの放送室の扉からは、ゆきさんとゆうりさんも顔を覗かせている。
皆居る。幸い、夜の間は何事も無かったのだろう。けれども、それで私のやらかしが消えてなくなるわけではない。たまたま何も無かっただけで、見張り一つ満足にこなせなかった事に変わりはないのだから。
「ったく、何時まで経っても起こしに来ないと思ったら――」
「本当に、申し訳ありませんでした」
ため息交じりに言葉を漏らすくるみさんに、躊躇う事無く頭を下げる。ともすれば、私のせいで皆にこの朝日を見せる事すら出来なくなっていたかも知れないのだ。
「それと、まな。お前シャベル放り出してどうすんだ」
「ごめんなさい」
私の横で、まなさんが同じく頭を下げる。そう言えば、確かに昨夜、私に抱き付く時に床に置いていたのは覚えているものの、その後ちゃんと拾っていたのかどうか覚えていない。くるみさんにこう言われているという事は、あのまま置きっ放しだったのだろう。
それに、くるみさんの説教を聞く限り、私よりは早く起きたものの、まなさんも居眠りしてしまっていたらしい。いや、当然か。もし起きていれば、居眠りした私を叩き起こしてくれただろうから。
昨日、ずっと最前線で戦い続けてくれた彼女が疲れ果てていたのは自明の理。私がしっかりしていなければならなかったのだ。
放送室に戻り、今日の活動方針を皆で確認する。昨晩の話の通り、私とまなさん、くるみさんが調理室に行って、食糧の調達。その間、ゆうりさんとゆきさんは、調理場代わりの職員室の給湯コーナーを使えるようにする。
朝礼の最中、心なしかまなさんが急かしているように感じるのは、気のせいではないだろう。今、私達の手元には食糧が無い。食べ残したカップラーメンが一つだけ残っているものの、五等分するには小さ過ぎる。つまりは朝食抜きなのだ。昼食をしっかり食べられるようになるためにも、早く動き出したい心情は理解出来た。
布陣は、私が職員室で確保したリュックを背負い、食糧の運搬役を担当。くるみさん、まなさんは武器を手に前衛を務める。リュックはかなり大きいので、詰め込めば大量に入るだろう。出来れば、今日の昼食や夕食のみならず、明日以降の分も確保したいところ。生徒に危険な戦闘を任せてしまう以上、私も頑張らなければ。私が持ち帰る食糧の量が、彼女達の食糧事情に直結するのだから。
職員室を突っ切り、バリケードの前に辿り着く。昨日組み上げたそのままの姿で、バリケードは静かに鎮座していた。その向こうにも人影は無い。皆でバリケードを乗り越える。
昨日掃除したのは、このバリケードまで。手付かずの階段には何ヶ所も生乾きした血溜まりがあり、壁には飛び散った血飛沫が垂れた跡がある。血が腐り始めているのだろう。酸鼻を極める、つんとくる嫌な臭いが漂う。その臭いに誘われてか、何匹か蠅が飛んでいるのが確認出来る。
顔をしかめ鼻を摘まみたくなるものの、最年長者である私がそんな真似をするわけにはいかない。それに、くるみさんも、まなさんも、両手で武器を構えて警戒してくれているのだ。
階段の踊り場まで下りたところで、まなさんから待機するよう命じられた。くるみさんと二人で、偵察に行くという。
「分かりました。お気を付けて下さいね」
大人しく、受け入れる。私はリュックを背負うために、武器は持っていない。付いて行っても足手纏いになるだけだ。だから、二人を信じて待つ。
例え、階下から彼等の呻き声が聞こえても。そして、直後に誰かが階段を転げ落ちる音が聞こえても。それが今の私の役割だった。
その後、移動した二人が何処かの扉を開け放つ音が聞こえ、それを皮切りに激しい戦闘が始まった。彼等の雄叫びが複数。それに混じって、恐らくくるみさんのシャベルであろう、金属による打撃音。攻撃が効いたのか、誰かが床に叩き付けられたのだろう鈍い音。複数人の彼等と同時に戦っているらしく、喧騒はすぐには止まなかった。
まさか、彼等に囲まれるなんて事にはなっていないだろうか。長引く戦闘に、嫌な想像が頭をよぎる。やっぱり心配だ。思わず胸元の十字架に手が伸びる。
と、その時だった。手で激しく扉を叩く音が聞こえ始めた。それと同時に、聞こえる雄叫びの数が増える。壁越しなのか、くぐもった声ではあるのだが、場所はすぐ近くだった。彼等の、新手が現れたんだ。
まなさん達は無事なのか。一体、二階で今何が起きているのか。
「くるみ!」
「あっ、おい!」
私が困惑し、どうするか逡巡しているその間に、二人の声が聞こえた。まずまなさんの、切羽詰った鋭い声。間髪入れずに、くるみさんの驚いた声。
明らかにただ事ではない。無言のままハンドシグナルで意思疎通をやってのける二人が、無暗に叫び声を響かせるなんて有り得ない。つまりは、緊急事態か。
何てことだ。やっぱり自分も付いて行くべきだったと半ば後悔したその時、二人の姿が視界に戻って来た。
血相を変えたまなさんがくるみさんの手を握り締め、引き摺るように連行しながら、全力で私のもとへと戻ってくる。二人とも、制服が赤い。怪我をしたのか。もしや、噛まれたのか。
最悪の結末すら脳裏を過ぎる中、私の前に辿り着いたまなさんが、くるみさんを放るように手を離し、そのまま反転。今まさに彼女が駆け上がってきたばかりの階段へと箒を突き付けた。
一方のくるみさんは、まなさんから手を離された段階でシャベルを構え直しながらも、まず何よりも先にまなさんへと顔を向け、「まな!」と声を掛ける。
「一体、どうしたんだよ!」
「モンスターハウスだ!」
くるみさんの詰問に、まなさんがそう吐き捨てる。私を蚊帳の外に会話する二人の様子から、どうやら怪我をしたわけでも、ましてや噛まれたわけでもない事は見て取れた。そこは一安心である。
ただ、モンスターハウス? 怪物の家? 何かの専門用語だろうか。彼女達の会話の意味は理解出来なかった。とはいえ、明らかに臨戦態勢を整えるまなさんの様子は、ただ事ではない。彼女の発した単語の意味は判らなくとも、それが良くない事である事は察する事が出来た。
「マジかよ……」
意味を理解しているらしいくるみさんが、それを聞いて一言呟く。その間も、バンバンと扉を叩く音が続く。彼等の雄叫びに近い呻き声も一緒だ。
それからしばらく、私を背に庇い、二人は並んで階段の上に陣取り続けた。まるで、彼等が攻めて来るのを待ち構えるかのような厳戒態勢。大勢の彼等でも見たのだろうか。
ちら、と私は階上のバリケードに目を遣る。もしそうなら、ここで待ち構えるより、バリケードの内側に戻った方が良いのでは。――否。あのバリケードは、最後の護りだ。もしもバリケードが破られたら、私達の拠点が失われる。ゆうりさん達にも危険が及ぶ。あそこに彼等が辿り着かないように、彼女達はここで迎え撃とうとしているのだろう。
私は、自分が荷物運搬係だからと、大きなリュックにかまけて武器を持って来なかった事を本気で後悔した。これでは、私は本当にお荷物ではないか。調理室にすら辿り着けていない現状、これでは荷物の運搬以前の問題である。
武器を取りに戻るべきか。いや、この子達の傍を離れるわけにもいかない。昨日の件で、私は自分が全く戦闘に向いていないという事を嫌というほど思い知らされた。もしも、私がこの場を離れた隙に、彼女達に何かあったら。それこそ取り返しが付かない。この子達抜きでは、私達は食事の用意も拠点の維持すらも出来ないのだから。そうなれば、ゆきさん達まで共倒れだ。
――万が一の時は、私自身を囮にしてでも彼女達を逃がすべきだ。
そんな決意を固める事、何分か。臨戦態勢を崩さない私達だったが、その割に一向に何も起こらない。二人ほど階段にまで辿り着いて来た彼等が居たものの、二人がそれぞれ一人ずつ、危なげなく対処してしまった。
気が付けば、扉を叩く音も止み、彼等の雄叫びも聞こえない。いつの間にか、飛び交う蠅の羽音が聞き取れるほどの静寂が廊下を支配していた。
「まな、大丈夫じゃないか?」
「でも、モンスターハウスが……」
「音も止んだぞ?」
「……」
痺れを切らしたのか、くるみさんがまなさんを説得する。相変わらずモンスターハウスという単語の意味は理解出来ないけれども、私もくるみさんに賛成だった。
多分、私達は彼等を撒いたのだ。このままここで待っていても、ただ時間だけが過ぎていくだろう。彼等の群れや待ち伏せがあるのなら、対処は考えないといけない。けれども、ここで立ち尽くして事態が好転するとは思えなかった。
「今の戦力じゃ……」
まなさんの呟きが聞こえる。昨日、常に最前線に立ち続けてくれた彼女とは思えないほどに弱気な姿勢。彼女の中に、それだけ慎重にならなければならないような、何か重大な懸念がある様子だった。
それに、よくよく見れば小さく震えている。昨晩、彼女が抱き付いて来た時の事が思い起こされる。彼女も怖いのだ。昨日のように、恐怖に蓋が出来なくなるほどに。
「まな。私が先導する。中に居るなら、釣り出しながら戦おう」
くるみさんが妥協案を出す。釣り出しなら意味が分かる。自分達が対処できる範囲の彼等を誘き寄せ、少しずつ対処するつもりか。それを聞いて、しばし逡巡するまなさん。だが、やがてこくんと頷いた。
嗚呼、情けない。私は、一切口を挟む事が出来なかった。戦う事の出来ない私は、気休めを言う事すら出来ない。後ろに庇われているだけなのに、どの口が楽観論など言い放てるのか。そして、食糧が枯渇しているのだ。諦めたり、時を改めたりする事など出来はしない。危険を承知で、何とか切り抜けるしかないのだ。彼女達に、ほぼ全ての負担を押し付けた上で。
ゆっくりと、二階に下りる。こんな事が起きる前は気にもしなかった自分の足音が、壁に乱反射して響いている。死屍累々倒れ伏す、彼等の成れの果てを出来るだけ見ないようにしながら、私達は学食調理室、階段側入口の前へと辿り着いた。
扉に手を掛けるのはくるみさん。そのまま首だけで振り返り、まなさんにアイコンタクト。まなさんも箒で身構えながら、頷きを返す。
そろそろと、扉が開かれる。音で気付かれぬよう、慎重に。やがて、人一人は通れる隙間が出来た段階で、くるみさんが静かに中を覗く。けれども、すぐには頭を引っ込めなかった。そのまま半ば顔を突っ込むように中を見回している。
「十人しか居ない」
中を確認し終わり、一旦頭を引っ込めたくるみさんが、振り返ってそういう。まなさんがそれを聞いて、掠れた声で「えっ」と漏らし、構えていた箒の穂先を大きく下げた。拍子抜けしたのだろう。
彼等が十人。私にとっては恐怖を感じる数字だが、まなさんにはそうではないのか。再び身構え直した彼女は、そのままくるみさんの横へと並んだ。
「制圧しよう。時間が無い」
「おい……」
怯えを消し、闘志を漲らせるまなさん。その姿に、今度はくるみさんが拍子抜けする番だった。
だが、時間が無い事は事実である。まなさんの懸念が思い過ごしである事が分かった以上は、当初の予定通り、食糧回収を急がなければならない。
呆れ顔のくるみさんが気を取り直して扉を開き、そして彼女達は二人揃って調理室内部へと踏み込んでいった。
調理台の並ぶ調理室は、視線が通る割に障害物が多い。机や椅子と違って蹴り飛ばしてもびくともしない頑丈な造りなおかげで、彼等の移動ルートも限られている。彼等の位置を逐一確認し、各個撃破を心掛けた彼女達の戦いは、終始優勢で進められた。
先程、扉を叩いていたと思われる彼等の二人組も居たものの、くるみさん達の相手では無い。まなさんが片割れを突いて足止めしている間に、上段に大きく振りかぶったくるみさんがもう片割れを倒し、続けざまにもう一撃繰り返す事で、二人目を倒す。全く危なげなかった。
倒した彼等を本当に倒せたかの確認も終わり、それからようやっと、私の出番だった。
屋上にある太陽光発電のおかげだろう。業務用大型冷蔵庫は今も変わらず動き続けてくれていた。中の食品は無事だ。調理員が仕舞ったそのままであろう、種類毎に分けてきちんと整頓されている。
まなさんがラップを見付けてくれた。それを使って、様々な食材を手当たり次第にリュックに詰めていく。うどん麺、ラーメン、蕎麦麺、鶏肉、豚肉、牛肉、それから魚の切り身に、生卵。野菜も大量だ。
できればお米も持っていきたいものの、流石は業務用。大きくてリュックに入るサイズではない。袋には10kgの文字。リュックとの両立は厳しい。今は諦めよう。
その間、くるみさんが私の後ろで護衛に付き、まなさんは忍び足で食堂の様子を窺いに行っている。直接調理室に踏み込んだせいで、学食の様子が分からないためだ。
しばらく食堂の様子を観察し、まなさんが戻ってくる。彼等の数は大した事無いそうだ。数えたのか、十三人と断言している。くるみさんも「そんなものか」と息をつき、シャベルの切っ先を床に降ろした。
「今の内だな」
「うん」
その後、満杯になったリュックをくるみさんの助けを借りながらも背負い直し、三階へと引き上げた。往路と違って、静かで平穏な復路。バリケードを乗り越える際、リュックを運ぶために二人の助けを借りた程度で、動く彼等の姿を見る事は無かった。
三人で職員室に戻る。何かをゆすぐ音が聞こえる。給湯コーナーに姿を見せると、ゆきさんもゆうりさんも一斉にこちらに視線を向け、そしてパッと表情を明るくした。
「めぐねえ!」
「おかえりなさい」
出迎えてくれる二人を見て、少し気が抜ける。帰って来たのだという実感があった。
「ただいま」
そう挨拶を返しながら、リュックを下ろす。それからすぐに、冷蔵庫に取って来た食糧を仕舞い始める。一通り、色々と持って来れた。これなら何か作れるだろう。
ただし、リュック一つ分という制約は大きく、冷蔵庫で埋められたのは三分の一程度。五人で食べるなら、これで三食分ぐらいにはなるだろうか。ただ、この量では明日には再び食糧が危機に瀕するだろう。つまりは余裕が無いと言える。少なくとももう一度は向かうべきだ。
冷蔵庫を閉めて立ち上がる。すると、近くで静かに佇み待機していたまなさんが無言で数歩歩み寄ってきて、同時に、何時の間にか椅子を確保し座っていたくるみさんが立ち上がる。二人とも、手には武器を持ったままだ。
「行きましょう、先生」
私が何か言うまでも無く、まなさんがそう声を掛けて来る。くるみさんも何も言わない。彼女達は、既に二度目の遠征を覚悟している様子だった。
「そうですね」
すっかり軽くなったリュックを背負い直す。
他方、そんな私達の様子を見て顔を曇らせたのが、ゆきさんだ。折角戻って来れたというのに、またしても危険を冒して出掛けようというのだ。止めたくなるのも理解出来る。ゆうりさんも、手を止めて私達の会話に集中している。何も言わないだけで、行って欲しく無さそうなのは察する事が出来た。
本音を言えば、私だって行きたくない。少なくとも今日の分は確保出来たのだ。明日の分はまた明日でもいいじゃないかというその場凌ぎな誘惑が、心の中で囁いている。決意が揺らぎそうになる。くるみさんやまなさんが返り血を浴びる光景など、見たくもないのだ。
だけれども。そうはいかない。余裕が無いからには、赴かなければならない。この場に居る唯一の大人として、私が真っ先に逃げ出すわけにはいかなかった。
「丈槍さん、若狭さん。大丈夫よ。すぐ戻って来ますから」
内心を押し殺し、表層を取り繕う。私が辛気臭い顔をすれば、彼女達の心も後ろ向きになるだろう。危険を冒してでも活路を切り拓こうとしているまなさん達の覚悟にも水を差す事にもなる。例え演技でも、私は自信と余裕を持たなければならなかった。
ゆきさんが俯く。唇を噛み締めている。私達を止めたくて、けれども止めるわけにもいかなくて。理性と感情が相反しているのだろう。
そんな私達の様子を見て、ゆうりさんが動いた。
「ゆきちゃん」
ゆうりさんが話に参加してくる。ゆきさんはピクリと肩を震わせた。
「めぐねえが用事を済ませている内に、掃除全部終わらせましょ。お昼ご飯が遅れちゃうわよ」
優しい諭す様な声色で、ゆうりさんが援護してくれた。ゆきさんは一度ゆうりさんの方を向き――再度俯きながらも、小さく頷いた。その後、もう一度私の方へと顔を向ける。泣きそうな顔。悲しみと不安がないまぜになり、それを押し隠そうとして、なのに全く隠しきれていない。
「めぐねえ、気を付けてね」
「ええ。もう少し待っていて下さいね」
健気にも気丈に振舞おうと努めるゆきさんを抱き締めたくなるが、おくびにも出さずにぐっと堪える。折角彼女が私達を送り出そうとしているのだ。私が彼女のもとに留まっては、彼女の決意を無駄にしてしまう。
敢えて背を向けて、二人に合流する。三人で出口に向かい、見えなくなる寸前で、一旦振り返る。
「行って来ますね」
涙を拭うゆきさんの姿に、心が痛んだ。
二度目の遠征は、正直、拍子抜けするぐらいに簡単だった。廊下に倒れ伏す彼等の亡骸はそのままだったが、動く彼等と一人も出くわさなかったのだ。一度目の遠征で掃討したおかげなのは明白だった。
何の障害も無く冷蔵庫に辿り着き、何の障害も無くリュックを満杯にする。何の障害も無くバリケードにまで帰着でき、二人の手を借りつつリュックのバリケード越えをこなせば、もう遠征は終わりだった。
一度目と比べ、随分と早い。そのせいで、少し欲が出て来る。折角調理室を制圧出来たのだ。彼等が居ない今の内にもう一度向かえば、冷蔵庫を満杯にする事すら出来るのではないか。今日明日と言わず、明後日、明々後日の食糧すら確保出来るのでないか。そんな事が頭を過ぎる。
道中、ゆきさんと合流した。その手には、湿った薄紅色の雑巾。女子トイレの洗面で雑巾を洗っていたらしい。色が変なのは、恐らく洗って絞っても、吸った血の色が落ちなかったのだろう。その代わりに掃除は順調で、頼んでおいた給湯コーナーは大体終わったとの事。
とは言っても、ゆうりさんはまだ調理器具を洗う途中のようだ。あまり分散して行動するべきではない、というまなさんの言葉もあり、ゆきさんには引き続き、ゆうりさんのお手伝いを頼む。五人居るのだ。食器を用意するだけでも大変だろう。
再度リュックの中身を全て冷蔵庫に仕舞い込んだ後、少し議論になった。冷蔵庫が六、七割ほど埋まり、ゆうりさん、くるみさん、ゆきさんがもう十分だと判断する中、まなさんが三度目の遠征を主張したのだ。そして、その根拠として挙げられたのが、調味料の不足だった。
職員室の給湯コーナーは、本来本格的な料理をするような場所では無い。料理が出来る設備が整ってはいるが、だからと言って普段誰もこんなところで料理などしない。私の記憶を辿ってみても、ここで誰かが手の込んだ料理をしているところなど見た事が無かった。
まなさんの説得に、ゆうりさんが閉口。戸棚を今一度確認しに行く。けれども、見付かったのはコーヒー用のスティックシュガーがそれなりと、多分お惣菜に付いていたのであろうと思われる、ワサビや柚子胡椒、辛子の小袋がいくつかのみ。塩すら見付からなかった。
冷蔵庫の食材にばかり気を取られ、調味料の事が頭からすっぽり抜け落ちていた。具材だけがあっても、調味料が無ければ味付けに不自由が出る。別に無ければ無いで何とかならないわけでもないが、やはりあった方が良い。手に入れられるのなら、手に入れておきたい物である事は確かだ。
加えて、道中でも考えていたが、可能な限り冷蔵庫を埋めておきたいという思いもある。物資の備蓄は、有るに越した事は無いのだから。そう考えると、私個人の意思としては、出来れば行きたい。まなさん達が冷蔵庫までの道のりを切り拓いてくれた、その影響が残っている今の内に。
「まなさん、分かりました。もう一度だけ行きましょう」
私がまなさんの意見を支持すると、やがて皆も三度目の遠征に同意してくれた。
もっとも。この決定に、ゆきさんが特に落ち込んでいる。二度目の遠征ですら、落涙するほどに私達を案じ、引き留めようとしていたのだ。その上更にもう一度危険を冒しに行くと決まっては、内心穏やかでは居られないだろう。
彼女は心優しい子だ。事件前の、何の変哲も無い日常に愛着と思い入れを持てるぐらいに、日々の生活を大事にしていた。彼女にとっては、私達すらもその一部。けれども、その日常が訳も解らぬうちに崩壊し、運良く生き残った私達も死線を潜らねばならない事に、特に心を痛めてくれている。痛め続けている。
一番良いのは、今すぐに何処かから救助が来て、曲がりなりにも日常が戻って来る事。しかし、現時点でそれは期待出来ない。この高校が襲われてから、既に四十時間近くが経過している。その間、飛行機やヘリコプターを始め、消防や自衛隊のような組織が動いたと思える気配がまるで感じられなかった。今すぐの救助は無理でも、様子を確認する偵察にぐらいは来てもおかしくはないのに。それすらも無い。警察や自衛隊が機能していないなら、私達は当分ここで籠城し続けなければならない。
何でも良い。気休めでも、現実逃避でも。何とか彼女を元気付ける方策を見付け出さなければ。彼女が、彼女の心が潰れてしまう前に。
めぐねえに視点を投げると、全員の様子見なきゃならんから長くなるな
自称めぐねえ接待プレイで特定の方向しか向いてないプレイヤーとは大違いだ