がっこうぐらし! 縛りプレイ めぐねえぱふぱふMOD   作:かませ犬XVI

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心労が増えたので初投稿です


3-2裏 失踪する二人

「先生、ちょっと待っててくれませんか」

 

 三度目の遠征。バリケードを越えて踊り場まで下りてきたところで、まなさんからそう声を掛けられた。

 

「確認したい場所があるんです」

 

 そう言って、彼女はくるみさんを連れて二階へと降りて行った。確認したい場所。そこが何処なのか、彼女は具体的な場所名を挙げなかった。

 後から思えば、この時彼女は、別の生存者を探していたのだ。なのに私は、彼女の言動に何の疑問も持たなかった。道中の安全を再確認でもしに行くのだろうと、軽く流してしまっていた。

 私に相談してくれなかった事について、思うところが無いわけではない。けれども、それ以上に私は自分が情けなかった。私よりも、彼女の方がよっぽど前を向いている。今手の届く範囲を見るだけで精一杯の私には、他にもまだ生き残りが居るかも知れないなんて、考えるような余裕は無かったのだから。

 

 程なくして戻って来た彼女達と合流し、三度目の調理室に足を踏み入れる。皆で手分けして、調味料を漁る。明確な目的を持って探し回ると、案外色々と見付かった。砂糖、塩、お酢、醤油、味噌、胡椒、マヨネーズ、ケチャップ、ドレッシング、果てはカレー粉まで。どれもこれも未開封の新品だ。こんな事件さえ無ければ、昨日今日の学食で消費されていたものだろう。加えて、学食用に用意されているだけあって、全て業務用のビッグサイズだ。使い切るまでには当分掛かるだろう。しばらく、調味料の事は考えなくても良さそうである。

 全てをリュックに入れ込んで、けれどもまだ余裕があって。だから、空いたスペースには限界まで食材を詰め込み、冷蔵庫を埋める事に専念した。

 

 何事も無く三階まで帰還し、冷蔵庫に戦果物を詰め込んでいく。三回も危険を冒しただけあって、これで冷蔵庫はほぼ満杯。調味料も十分に確保出来た。お米を持って来れなかったのは残念だったが、業務用のパスタやうどん麺ぐらいなら持ち帰って来れた。今日の主食はこれで行けるだろう。

 時計を見る。現在時刻、十二時十六分。ほぼ正午。今から調理するとなると少々遅れそうだが、なんとかお昼ご飯として食べられるだろう。

 私は、戦って道を切り拓いてくれた二人を洗面に送り出し、早速ゆうりさんと一緒に昼食作りを開始した。

 

 主食のパスタは私が担当。ゆうりさんには副菜をお願いする。本当は主菜も用意したいのだが、五人分という地味に大変なパスタがコンロを占領している以上、火を使うような本格的な主菜までは手が回らない。

 炊飯器はあるのだ。お米さえ回収出来れば、コンロもおかずに回して、本格的な主菜や汁物にも手が出せる。そう思うと、あの大きな米袋を持って来なかったのは失敗だったかな、などという考えが脳裏をよぎる。サイズの関係上、そう簡単に手が出せる物ではない事は二階で結論付けたのに、だ。

 食べ物が底を突く事を心配していた昨夜との落差に、溜息が出る。少なくとも今の私は、手に入れる食材を選ぼうとするほどの余裕があるらしい。

 

 小さく深呼吸。雑念を掃う。まだ、三階の開放も済んでいない。バリケード内の掃除だって不完全だ。やる事は山積みである。余裕など無い。

 ちら、と横を見る。キャベツをちぎり終えたゆうりさんが、ボウル代わりのカップにマヨネーズ、水、胡椒を入れて混ぜ合わせている。驚いた。単なるサラダとしか聞いていなかったが、これはドレッシングか。シーザーサラダ用だ。

 コンロをパスタが占領している今、副菜は火を使わない物で作るしかない。正直、適当に切った野菜に下から持って来たドレッシングをかけただけのサラダでも十分だと思っていたが、存外に手が込んでいる。

 

「随分、手慣れてますね」

「ええ、園芸部ですから」

 

 声を掛ければ、出来栄えを確認しながらゆうりさんが答える。そう言えば、文化祭の時に菜園の野菜を調理して出していたのも園芸部だった。普通のサラダを始めとし、和え物、漬物、お浸し、炒め物に湯で物と、飲食店に謙遜無い程にかなりの種類があった事を覚えている。

 彼女にこれだけのスキルがあるのなら、これからも調理を手伝って貰おう。私はずっと独り暮らしで一人分なら作り慣れているが、五人分となると量が違い過ぎて勝手が違うし時間も掛かる。人手が増えれば、それだけ彼女達に空きっ腹を抱えて待ち惚けさせる時間も短くなるだろう。

 

「若狭さん。これからもお食事の用意、手伝って頂けませんか?」

「ええ。勿論です」

 

 鮮やかな手並みに見惚れながら続けてそう声を掛ければ、彼女は私に顔を向けながらそう返事した。その口許には、小さな綻び。この事件が起きて以降、初めて見る彼女の微笑みだった。

 昨日、今日と大して様子を見てあげる事すら出来なかったが、自力で少し持ち直したのかも知れない。良い兆候だと思う。

 

「若狭さん、トマトソースの缶を取ってくれますか?」

「冷蔵庫ですね。レンジは任せて下さい」

「ええ。お願いします」

 

 割り箸を菜箸代わりに麺を混ぜながら、言葉を交わす。

 思えば、こうして何かを料理する事自体、実に三日ぶりだ。加えて、誰かと協力しながら、話しながら料理するとなると、いつ以来だろうか。

 気が紛れる。山積みの問題を忘れていられる。こんな事が起こる前の、平穏な日常を過ごしていた時と同じように。

 実際には、パスタの茹で加減を見る、という大義名分に縋り、思考を放棄しているだけなのだが、それだけでも心が落ち着けた。

 意識しなくても弛みゆく自身の顔を自覚しながら、私はやがて五人分のトマトソースパスタを準備した。

 

 放送室に戻ると、匂いで昼食が出来たと理解したのだろう。無言のまま、しかし目を輝かせながらくるみさんが顔をあげた。

 部屋の隅では、ゆきさんとまなさんが工作をしている。二階で見付けた包丁を武器に使う気なのだろう。厚紙とホチキスを使って鞘を作っているようだ。その隣には、柄の先端に包丁の括り付けられた箒が壁に立てかけられていた。明らかに殺傷を目的として作られたそれを見て、顔が曇りそうになる。

 けれども、意識して表情を和らげる。今の状況を考えれば、この手の殺傷武器は必要なのだから。寧ろ、私が手渡された箒もこうしなければならないのだ。

 

 武器の類から目を背けて、私はゆうりさんと共に食事を運び込んだ。トマトソースパスタと、シーザーサラダ。たった二品ながらも、昨日丸一日をお菓子でやり過ごしたため、皆二日振りのまともな食事である。

 配膳を済ます頃にはまなさん達も工作を終えたようで、皆で席に付く。湯気のくゆるパスタに、おお、と感嘆の溜息を漏らすくるみさん。舌なめずりをしているまなさん。そして、獲物を見付けた猫のようにじっとパスタを見つめるゆきさん。

 そんな彼女達の様子に苦笑しながらも、私が音頭を取る。

 

「頂きます」

 

 こんな事態になって初めて痛感する、食べ物のありがたさ。心の底から神様に感謝しながらそう挨拶すれば、彼女達もそれぞれ手を合わせて各々パスタにフォークを付け始める。

 嗚呼、美味しい。市販のトマトソースをレンジで温め、麺に絡めただけの簡素なパスタにも関わらず、身に沁みて顔が綻ぶ。二日続けて朝食抜きであった事もあり、しっかりと腹に貯まりゆく感覚が堪らない。

 皆の様子を窺うと、やはりお腹が空いていたのだろう。食事中は何よりも食べる事に夢中で、静かなものだった。特に、体力仕事である戦闘をこなした二人はそれが顕著で、サラダを含め、まるで競っているかの如き勢いで食を進め、相次いで完食している。

 もしかして、足りなかっただろうか。パスタ五人分を一度に作るなど初めてで、お代わりの分は用意出来ていない。サラダも作った分は全て分配してしまった。

 

「花田さん、恵飛須沢さん、足りましたか?」

 

 足りなかったと言われても、用意出来る物など何も無い。それでも、私は思わずそう問わずにはいられなかった。

 

「はい。十分です。美味かった」

 

 満足気に笑いながら、そうくるみさんが答える。

 

「ダイジョーブダイジョーブ」

 

 他方、口許に手をあてたまなさんは、片言でそう言った。直後に顔を背け、けふ、と小さなげっぷ。恐らくは早食いのし過ぎだろう。

 さては、くるみさんに対抗意識を燃やしたか。量に不満があるわけではないという事に安堵しつつも、少々呆れる。

 

「花田さん? しっかり噛んで食べて下さいね?」

「……はい」

 

 軽く叱れば、項垂れるまなさん。そんな彼女を、くるみさんがニヤニヤしながら勝ち誇った様子で見つめ、そしてそんな二人を見て、ゆうりさんが眉尻を下げる。

 束の間の休息。昨日よりは明るくなった食卓の雰囲気を見て、私はこれからも、せめて食事中ぐらいは穏やかな時が続く事を切に願った。

 

 

 昼食の後片付けが終われば、次の私達の仕事は生徒会室の清掃だった。普段の拠点にするためである。

 今まで使っていた放送室は、ブースとコントロールルームに隔てられており、正直なところ、かなり狭い。食卓代わりの長机を置けば、それだけで部屋の過半が占領されてしまう。もっと伸び伸びと過ごせるようになるには、別の部屋を確保するしかなかった。

 生徒会室内部は、特に荒れてはいない。部屋の中には血痕も無く、窓も無事。この部屋ならば確かに居間として使えるだろう。ただし、部屋の随所に大量の書類が山積みされており、さらに掃除も行き届いていない。どこか埃っぽいこの部屋を綺麗にするのは、意外と時間が掛かりそうだった。

 

「まずは、書類を纏めましょうか」

 

 室内の現状を一通り把握した私は、振り返って後ろについて来ている二人にそう話し掛ける。

 今回作業するのは、私とゆきさん、ゆうりさんの三人。くるみさん、まなさんの二人は、拠点内の見回りを行なう。とはいえ、昨日の時点でも拠点内の見回りは行っている。今日改めて見て回らねばならない物など、バリケードに損壊が無いかどうかを確かめる程度でしかない。これは、昨日、今日と、常に最前線で戦い続けてくれた彼女達への休み時間と言っても差し支えないつもりだった。食糧を確保出来、一息つける体制が整った今の内に、少しでも休んで貰いたかったのだ。

 ――尤も、実際には、私達が掃除をしている最中も、彼女達は戦い続けていたわけなのだけれど。

 

「二人とも、午前中はお掃除、有難う御座いました。おかげで快適にお料理出来ました」

 

 昨日、三人で校舎の制圧に出向いたその時から、私はずっとまなさん達に付き続けていた。そのため、五人全員で力を合わせたバリケード造りはさておき、ゆうりさん、ゆきさんと本格的に共に行動するのは、これが初めてとも言える。

 命の危険を冒してでも道を切り拓いてくれたくるみさん達と共に居た事を、判断ミスだとは思っていない。けれども、結果的にこの二人をないがしろにする結果となった事は、紛れも無い事実である。

 だから私は、積極的に彼女達との会話に興じようと考えていた。少なくとも、会話していれば気ぐらいは紛れる。また、抱え込んだ心の傷、心の闇を吐き出す切っ掛けになれるかも知れない。戦闘では全く役に立てなかった私だが、そんな私を縋り付く対象として選んでくれたまなさんも居る。心の傷で斃れないように、私が彼女達の心を庇うのだ。

 

「頑張りましたから。ね、ゆきちゃん」

「うん」

 

 給湯コーナーを掃除して貰っていた間に、二人で会話していたのだろう。幾分か仲良くなった様子の二人に、内心でほっと息を吐く。

 昨日の夜、目に見えて落ち込み口数の少なかった二人の様子を見ているだけに、交流すら満足にしていない可能性もあったのだから。

 昼食作りの時にも感じたが、ゆうりさんは自力である程度持ち直した様子だった。空元気に過ぎない可能性もあるため過信は禁物だが、少しずつでも、このまま普段の調子を取り戻していってくれれば良い。

 

「めぐねえ、この椅子壊れてる」

「あら、本当ですね。退けましょうか」

 

「先生、ガムテープ見ませんでしたか?」

「そこの戸棚には有りませんか?」

「りーさん、こっちにあるよ」

 

 対して、ゆきさんはまだ要注意だ。普段の彼女は、明るいムードメーカーだった。皆を引っ張る力に溢れていた。そんな彼女が殆ど言葉を発しない。表情も沈んでいる。それは、未だにこの酷い現実に打ちのめされたままなのだという事を推察させる。

 とはいえ、完全に無口になってしまったわけでもない。少なくとも掃除は熱心にしているし、受け答えもきちんとしている。

 涙が引っ込んだわけではないだろう。しかし、こうして何かしていればその場凌ぎにはなっているのだろう。

 けれども、それは所詮その場凌ぎだ。時間稼ぎにはなるかも知れないが、解決には至らないかも知れない。何とかしなければならない。なのに、何も思い付かない。こんな状況で、何が出来るのか。何が残っているのか。私達は、最早今日この日を生き延びるだけでも精一杯なのに。

 

 そう思い悩む私に一つの解をくれたのが、ゆうりさんだった。

 授業。事件以降、中断したままである授業の再開。それが彼女の提案だった。それを聞いた時、私は思わず呆気に取られた。言われるまで、まるで頭に浮かばなかったからである。それこそが本来の私の仕事であったはずなのに。

 確かに、彼女達は生徒だ。勉学が本分であるはずなのだ。こんな事さえ無ければ、彼女達は普段通りに授業を受けていただろうし、私も授業していただろう。失われた学びの時は、いつか取り戻さねばならない。

 加えて、今や遠く夢幻の彼方に消え去った日常を想起し、気を紛らわす事も出来る。また、内容がどんな物であれ、身に付いた知識は決して自分を裏切らない。今日を生き延びるため、明日を考えるため、この事態を切り抜けるため、学びの場を確保するのは良い事だと思った。

 

 職員室が荒れ果て、彼女達も教科書を失っている今、教材や内容は一から再構築しなければならない。まず内容を決め、そこから少なからず準備が必要だ。しかし、筆記用具にすら事欠く有様である今、あまり大掛かりな授業は出来ない。そこも勘定に入れなければならないだろう。

 ゆきさんと共に在る傍ら、そんな事を考え始めていた私は、後から思えば浮かれていたのだろう。いや、現実逃避していた。

 何せ私は、ゆきさんから見回りに出ている二人の行方を尋ねられるその時まで、彼女達の失踪に気付きもしなかったのだから。

 

 

 この時点で確保していた私達の領域は、三階の半分。彼女達の姿が無い事に気付いて今一度探し回るのに、五分も掛からなかった。トイレの個室から更衣室のシャワーユニットの中まで、全てを確認して居ない事を確認し、生徒会室に三人で集まる。

 バリケードの中に居ない以上、乗り越えて何処かに遠征に向かったのだろうとは予想出来た。だが、何処に向かったのかが分からなかった。手掛かりも無かった。そして当然ながら、心当たりも無かった。

 

 では、どうすべきか。私に、私達に残された選択肢は、ただ一つ。あの二人を信じて待つ。それだけだった。

 何せ、二日続けて彼女達と共に行動していながら、私はついぞ、彼等を一人たりとも倒せなかったのだから。私は教師だ。私が彼女達の守護者だ。そう心の中で勇ましい事を考えるだけならば簡単だ。だが、いざ彼等を前にした時、私は跳び上がった挙句、身体の震えを抑える事すら出来なかった。

 こんなザマである私が、二人を探しに行く? 二人と共に居た時にすら何にも出来なかったのに? 無理無茶無謀もいいところである。彼女達を探し出すどころか、彼等が一人増えるだけの結果に終わりかねない。無論ながら、ゆきさんやゆうりさんを送り出すのも論外だった。

 

「あの子達が、何の意味も無く姿を消すとは思えません。二人を待ちましょう」

 

 狼狽する二人を前に、私はそう断言した。どうして忽然と姿を消したのか、理由は判らない。しかし、彼女達は強いのだ。それは、今私達が居るこの生活圏を切り拓いてくれた彼女達の実績が保証してくれている。

 

「でも……」

「丈槍さん、落ち着いて下さい。あの二人なら大丈夫ですよ」

 

 自身の表情を取り繕い、ゆきさんを励ます。

 

「さ、二人とも。彼女達が戻って来たら、お夕飯の時間ですよ。今の内に食卓と台所の準備を終わらせましょう」

 

 彼女達が何事も無く戻って来る前提で話を進め、二人を促す。現時点で答えの出ない問題を何時までも悩んだところで、心理的に追い詰められるだけだ。それよりも、今出来る仕事をこなして時間を潰し、気を紛らわせる方が良い。

 そうして時間を潰しても、あの二人が気掛かりである事は変わり無い。失踪した事に気付いてからそれなりに時間も経っている。妙に遅い。時が経つ度に、不安が膨れ上がる。

 

「ちょっと様子を見て来ます。二人は少し待っていて下さい」

「めぐねえ!」

「心配しないで下さい。バリケードの内側を一回りするだけですから」

 

 私は二人を生徒会室に待機させて、今一度拠点の内側を見て回る事にした。間髪入れず、私までバリケード外に出ると思ったのか、ゆきさんが泣きそうな声で呼び掛けて来る。すかさずそれを否定しながら、小さく微笑んで見せる。

 そう言えば、私が彼等と一度たりとも戦えた経験が無い事を、ゆきさんは知らないのか。もし、私もあの二人と対等に戦えると勘違いをしているのなら、バリケード外に探しに行くと早合点してもおかしくはない。

 誤解しているのなら、解くべきか。いや、それはそれでいたずらにこの子達の不安を煽るだけだろう。何しろ、戦える人員が実は二人だけで、その二人が今は不在。何か起これば、戦闘要員が居ない状態で対処しなければならないという意味になるのだから。

 

「すぐ戻ります」

 

 そう言って、箒を手に部屋を出る。扉を閉めて、取り合えず耳を澄ます。ヨタヨタと、不安定な足音が微かに聞こえる。教室側バリケードの更に向こう。彼等がうろついているのだ。

 教室側に視線を送る。バリケードに遮られて良く見えないが、廊下に人影が見える。下半身が黒い。ズボンの色。男子生徒だった彼等だ。迂闊に近寄って、見付かるわけにもいかない。

 背を向け、反対側に歩を進める。校舎左端、職員室側階段に辿り着く。こちらのバリケードも昼前と変わらぬ姿でそこにある。荷造り紐も緩んでいない。特に変化は無い。その向こう、階段に目を向けるも、見えるのは荒廃した無人の階段だけだ。昼前、食糧を取りに行った時の血の靴跡が見える。飛び交う蠅の羽音すら聞こえる静けさ。彼女達の気配も、彼等の気配も無い。

 あの二人は、何処に行ったのだろう。どうしてこんなにも遅いのだろう。ゆうりさん達の手前だから強がっては見せたが、私だって心細いのだ。早く無事な姿を見せて欲しい。

 そう思いつつ、動く者の無い階段を後にする。そうして後回しにした教室側バリケードに向かう。

 

 さっき見掛けた彼等は何処かに居なくなっただろうか。見付からないようにしないと。そう思いながら、バリケードに歩み寄りつつ向こうに目を凝らした時だった。

 私は息を呑んだ。見付けた。二人だ。見間違いなどしない。私の人生の中で、一、二を争う程に色濃いこの二日間を共に過ごした生徒達なのだから。

 

 小走りでバリケードの前にまで辿り着く。バリケード越しにまなさんと目が合った。意志のはっきりとした眼差し。手には血に染まった槍。無事だ。くるみさんはこちらに背を向け、後方を警戒している。

 何の断りも無しに突然姿を消すなんて、一体何を考えているのか。どうしてそんな危ない真似をしたのか。残された私達がどれだけ焦ったと思っているのか。

 

「何してるんですか!」

 

 思わず、声が荒らいだ。

 

「ア"ア"!?」

 

 そして、次の瞬間には後悔した。物理実験室。私が愚かにも気にも留めなかった横の教室から、彼等の怒鳴り声が聞こえたから。

 彼等に見付からないようにしないと。そんなつい十数秒前の戒めを、私はあろう事か自ら破ったのだ。

 一瞬で血の気が引いた。しまった。何て事を。彼女達がまだバリケードの外に居るのに。私が彼等を呼び寄せてどうする。あの子達を殺す気か。

 

 この声に、くるみさんがすぐさま反応した。まなさんの後方を警戒していた彼女が素早く身を翻し、前に躍り出て身構える。

 やがて、物理実験室から白衣を着た彼等が姿を現す。目が合った。向かって来る。当然だ。私が呼んだのだから。見知った顔。当たり前だ。同僚だったのだから。

 不用意に大声を出し、彼等を呼び寄せた。これは私の失態、私の責任だ。私が対処して然るべきだった。だのに私は、彼等にロックオンされたという事実に、明確に命を狙われているという恐怖に、瞬く間に震え上がった。

 怯んだ。動けなかった。バリケードを挟んだ反対側に居ながら、生徒達がまだ危険地帯に居ると分かっていながら、後ずさりこそしなかったものの、腰が引けてしまった。

 

 私の尻拭いをしてくれたのは、結局くるみさんだった。バリケードに組み付かれる前に、彼女のシャベルが彼等を屠った。だがその代償として、倒れ込んだ彼等がバリケードに衝突。硬い物――彼等の頭蓋が机とぶつかる激しい衝突音を廊下に響かせた。

 

「急げ!」

 

 素早くバリケードをよじ登ったくるみさんが、振り返ってまなさん達の方に手を伸ばす。

 それに合わせて、まなさんも動いた。彼女は背に庇っていた女子生徒を引っ張って、バリケード前にまで連れて来る。

 

「あ……え……?」

 

 私はこの時初めて、まなさんが後ろに誰かを連れていた事に気が付いた。呆気に取られた。生存者。その一単語すら浮かばなかったのだ。

 その間にも、彼女達は動き続ける。二人で協力して女子生徒をバリケードの上にまで引っ張り上げ、下ろす時は先行したくるみさんが飛び降りる彼女を抱き留めた。

 

「掴まれ」

 

 消耗しているのか、足元の覚束ない女子生徒。流石にバリケードの内側にまで来ると、顔もはっきりと視認出来た。柚村貴依さん。よくゆきさんと一緒に居る姿を見掛けた子だった。

 膝から崩れ落ちそうな彼女に、くるみさんが肩を貸す。その様子を見て、私も慌てて動いた。反対側の手を取り、二人で両側から抱え上げる。足が覚束なくても、これなら問題無く退避出来る。殿はまなさんに任せ、私達は迅速にバリケードから距離を取った。




原作四巻の遺書によると、めぐねえの授業再開、提案したのりーさんなんだってな

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