がっこうぐらし! 縛りプレイ めぐねえぱふぱふMOD 作:かませ犬XVI
何が起きているのか、理解が出来なかった。いや。何か、良からぬ事件が起きたという事だけは分かったものの、目に映る光景を理解する事を、頭が拒否していた。
教え子達が、教え子達を襲っている。取っ組み合い、噛み付いている。悲鳴と怒号が響き渡り、鮮血が見えた。あまりの内容に私は思考すら停止させ、その凄惨な光景をただ眺めるしか出来なかった。
そんな私の手を、誰かが掴んだ。三年A組の、花田愛さん。成績は中の上で、国語では読解は得意なのに、漢字の小テストが毎回壊滅的な、得手不得手がはっきりし過ぎている子だった。
「こっち!」
意外と力の強い彼女に引っ張られるまま、私は校舎端の階段に誘導された。その途中、私は見た。一年生の教室の中でも、同じ制服姿の生徒達が乱闘している姿を。流血する子達の姿を。
もしかしたら、あの場でも何か、出来る事があったのかも知れない。生存者を、手の指で足りる人数にまで減らさずに済んだのかも知れない。けれども、この時の私は満足に事態を飲み込む事も出来ず、ただ成す術無くまなさんに引っ張られるがままだった。
まなさんが他の生徒達を蹴り飛ばしながら道を拓き、階段に辿り着いたその時。私は産まれて初めて、人の死と、そして血溜まりというものを間近で見た。
上階に逃げようと階段を駆け上がる私達の前に、男子生徒が現れた。一年生で、成績は良くは無かったものの、お喋りで愛嬌のある子だった。その子が何だかふら付いている。様子が変だと思ったのも束の間、その子が足を踏み外し、踊り場から一階までを一気に転げ落ちた。
見るべきでは無かった。けれども、私は思わず目で追ってしまった。身体を打ち付ける鈍い嫌な音をたて、階段の角に血の跡を付けながら一階に落ち行く彼の姿を。仰向けに落ちた彼は、額にパックリと大きな傷口を広げ、焦点の定まっていない目を天井へと向け、既にピクリとも動かなくなってしまっていた。ただ、傷口から溢れ出る鮮血が、早くも血溜まりを作り始めているだけだ。
元々混乱していた頭が、それで真っ白になった。まなさんに力付くで手を引っ張られなければ、そこでいつまでも呆けていたかも知れない。ぎゅっと痛いぐらいに握り締められた手と、転びかけた身体を引き上げられる感覚だけが、私の足を動かした。
三階に辿り着くと、しばし息を整える小休止だけを挟んで、再び中央階段を目指して走り出した。廊下は、酷い有様だった。赤い水溜まりが至る所に点在し、飛び散った血飛沫が窓どころか天井からも滴り落ちている。投げ捨てられたカバンは中身が散乱し、血を吸って赤くなった教科書が踏みにじられている。教室と廊下とを隔てる窓が幾つも割れ、そして数少ない無事な窓ガラスには、幾つもの赤い手形が付いていた。
ツンと酸鼻を極める酷い臭いが漂い、それが血の臭いと気付いて吐き気が込み上げる。うずくまりたくなる。けれども、まなさんに手を握られ先導され続けている限り、それも叶わない。
そんな時、開いていた二年B組の前のドアから、誰かが襲い掛かって来た。髪の長い、全身血塗れの女子生徒。振り乱された髪をそのままに、傷だらけの手を伸ばし、声にならない呻きを上げ、歯を剥いて迫り来るその姿に、私は反射的に身を縮こまらせた。誰なのか確認する事すら出来なかった。
正直、よく捕まらなかったと思う。そして、よく転ばなかったと思う。手を牽かれ続けているおかけだった。
「めぐねえ!」
中央階段にまで辿り着くと、階下から恵飛須沢胡桃さんが駆け上がって来る所に出くわした。
名を呼ばれた事で正気を取り戻した私は、しかし、すぐさま恐怖にわなないた。踊り場に、二人の生徒が倒れている。どちらも血溜まりに沈み、遠くからでも分かるぐらい手足が折れ曲がっている。そして、そんな状態なのに痛みを訴える事も無く、鮮血の滴る肉の抉れた腕を振り回してくるみさんの足を狙っていた。
声が出なかった。教え子“だった”生徒達が、得体の知れない何かに変貌したのだと、この時ようやっと理解したのだ。そして今、その得体の知れない何かが私達を狙い、追い詰められつつあるのだという事も、併せて理解してしまった。
階段から目を離し、廊下を見た。道中でまなさんが蹴り倒した三人に加え、さっき教室から飛び掛かって来た子が、よたよたとこちらに歩を進めて来ている。反対側を見れば、職員室の前にも生徒が二人と、同僚が二人。階段に目を戻せば、階下から四人もの彼等が迫って来ていた。
「上だ」
相変わらず痛いぐらいに手を握り締めてくるまなさんが、そう声を出す。と同時に彼女が駆け出し、手を牽かれて私も後を追う。その後を更にくるみさんが続き、屋上への扉を突破する。
私を突き飛ばすように屋上に放り、そしてすぐ後を追って来ていたくるみさんを屋上に引き入れる。まなさんはそこですぐさま扉を閉め、そして寄り掛かるように体重を掛けて扉を押さえ始めた。
ここは屋上。もう、これ以上逃げる場所は無い。屋上への出入り口は、今自分達が通って来たこの中央階段ただ一つのみ。非常階段も無ければ、避難はしごすらも設置されていない。そもそも校則では、屋上は原則立ち入り禁止なのだ。皆いつも無視しているだけで。
屋上には、既に二人の女子生徒の姿があった。園芸部の若狭悠里さんと、逃げて来ていたのか、丈槍由紀さん。二人とも動揺しているようだ。ただ、怪我は無さそうだ。
けれども、このままではまずい。何処かから、助けは来ないか。そう思って、藁に縋る思いで街の方へと目をやり、そして更なる絶望に囚われた。
高校のグラウンドのみならず、校門の先、眼下に見える街の至る所が赤かった。そして、見渡す限り街のあちこちに黒煙が上がっていた。それは、この騒ぎが高校近辺だけではない証左だった。
すぐに、ドンドン、バンバンと、扉が音を立て始める。扉の前にまで辿り着いた彼等が、殴る蹴るで破ろうとしているのだ。
「手伝え!」
まなさんが声を荒げる。その声に、ゆうりさんとゆきさんが目を丸くし、しかしすぐさま立ち直って扉の方へと駆け寄って来る。
遅れて、私もその後に続いた。明らかな異常事態。こんな時、どうすれば良いのか見当もつかない。つかないけれども、今、この扉が破られたらまずい事になる事ぐらいは判る。ガタガタと激しく揺れる扉を、四人がかりで押さえ付けた。
けれども。それだけでは問屋は卸さなかった。卸してはくれなかった。
くるみさんが背負い、共に避難して来ていた男性。これまでずっとぐったりしていたその人が、不意にゆらりと、不気味にふら付きながら立ち上がり、そしてすぐ傍にいたくるみさんに襲い掛かる。
扉を押さえていた私は、それにどうする事も出来ず――
――否。認めよう。私は、動けなかった。教え子が、今まさに目の前で襲われているその時、恐怖で身体がすくんで動けなかった。駆け付けてあげる事が出来なかった。辛うじて、くるみさんの名を呼び、注意を向ける事は出来たが、それが精々だった。
その代償が、全身を返り血で染め上げ、放心したようにへたり込む彼女の姿だった。教え子に、人をあやめさせてしまった。
襲われたから止むを得なかったとか、少し距離があったから間に合わなかったとか、扉を押さえるのを止めるわけにはいかなかったとか、言い訳ならば幾らでも思い付く。けれども、彼女は私の教え子だ。私が護って然るべき生徒だ。そんな彼女の危機を、私はただ傍観し、それどころか彼女の手をみすみす汚させてしまった。己の無力が恨めしかった。
しばらくすると、扉の音が無くなり、扉の前の気配も消えた。皆静かに扉から手を離し、また彼等が戻って来る前にと、まなさんと共に傍にあったロッカーを倒し、バリケード代わりとした。
その後、茫然とするくるみさんに駆け寄ったものの、最早私に出来る事など殆ど無かった。精々が、彼女に怪我が無いかを確認した事、そして、せめて血塗れの顔だけでも拭ってあげた事程度。やがて、我に返ったのか、嗚咽と共に頬を濡らし始めた彼女を抱き締めて宥めたものの、それがその時私に出来た全てだった。
日が沈み、空が暗くなる。その間、ずっと屋上で待っていたものの、警察も、消防も、自衛隊も、来てはくれなかった。
街に目をやる。普段とは打って変わって、非常に明かりの少ない、不気味な街並み。時折、何処からともなく悲鳴が聞こえ、怒号が響き、そして乾いた銃声がその中に混じった。目に付く数少ない光源は、黒煙を吐き出しながら揺らめき続けている。火事が消火される事も無く、近くの家に延焼しているのだ。
事態がまるで収束していない。すぐに助けが来るとは思えない。籠城するしかなかった。
改めて、屋上に目をやる。今この場に居るのは、私以外に四人。まず、くるみさん。さっきまで泣き腫らしていたものの、泣き疲れたのか、今は壁を背に座り込んでいる。次に、ゆきさん。くるみさんの隣に膝立ちし、彼女の頭を抱き留めている。三人目に、ゆうりさん。床に座り込み、顔を伏せて塞ぎ込んでいる。そして、まなさん。バリケード代わりにしたロッカーに腰掛け、項垂れている。
生徒が四人。大人は私ただ一人。頼れるのは私しか居ない。私がしっかりしなければ。私が彼女達を護らなければ。すぐには無理でも、きっと助けが来る。それまで、耐え抜かなければならなかった。
皆に声を掛け、助けが来るまで、今この場に居る皆で耐え忍ぶ事を宣言する。皆を取り纏め、力を合わせるために。生きて帰るために。
幸い、反応は悪くは無かった。真っ先にまなさんが賛同してくれた事も大きかった。「やるしかねぇか。こんなとこで訳も分かんねぇまんま死んで堪るかってんだ」とは彼女の弁だが、一人こうして動き出してくれれば、後は他の皆もなし崩しだった。
「やぁ」
「え?」
「えぇっと、あれだ。あたしら、初対面みたいなもんだろ? 挨拶ぐらいしとこうと思ってな。あたしは花田愛。宜しくな」
「あ、うん。わたしは丈槍由紀。よろしく」
「……――恵飛須沢胡桃」
「ねぇ」
「何?」
「若狭さんだっけ? 確か園芸部だよね」
「ええ、そうよ」
「じゃさ、ここ何か、布団代わりになりそうな物、無い? 一個あるだけでも大分違うと思うんだけど」
「布団? そうね……。ブルーシートぐらいならあるけど」
「ああ、それで十分だ。えぇっと、あれか?」
「そうよ」
私の呼びかけが引き金になったのか、まなさんが皆に声を掛けて回る。とはいえ、屋上には光源が無い。暗闇の中で下手に動き回るのも危険だ。一先ず今日はここで夜を明かし、明日から生き残る術を考える事にする。
屋根の無い野晒し、寝具はブルーシート一枚をコンクリ直敷きと悲惨だったが、今は我慢するしかない。
願わくば、早く事態が終息しますように。お休みなさい。
めぐねえってかなりぽややんとしている印象だけど、今一度原作読み直したらあの笑顔の裏でこの程度は色々考えてたんだろうなと思う。
馬鹿じゃ教員免許取れないしな。