がっこうぐらし! 縛りプレイ めぐねえぱふぱふMOD   作:かませ犬XVI

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調べ物だけでも半日消し飛んだので初投稿です


2-1裏 送別と出立

 頭上には、満天の星空が見える。屋上に追い詰められ、野宿せざるを得ない私達を嘲笑うかのように、雲も少なく晴れ渡った良い天気だった。

 視線を巡らせる。街の方角には、微かに赤い光が見えた。無論、電灯ではない。ついぞ誰にも消し止められなかった火事が、未だに燃え続けているのだ。

 逆を見る。硬いコンクリートに申し訳程度に敷かれたブルーシートに包まり、四人の生徒達が並んでいる。中でもゆきさんとまなさんからは、はっきりと寝息が聞き取れた。

 彼女達がきちんと休めている事には安堵を覚える。しかしその一方で、こんな事態にもかかわらず、寝息が聞こえる程に静かである事には焦燥を覚える。どうして、警察も、消防も、自衛隊も、一切動いた気配が無いのか。

 今回のこの騒動が、街全体を巻き込む大事になっているのは判っている。救助が遅れるだろうとも夕方の時点で予想出来ていた。しかし、夜が更けるぐらいに時間が経ったのに、サイレンも聞こえない、ヘリも飛んでいないのは一体どういう事なのか。夜の内に出動するのは危険だからと、今は準備していて朝から動いてくれるのか。それとも、もう――

 深呼吸する。悪い方に傾く思考を強制的に打ち切り、自分を落ち着ける。唯一の大人である自分が取り乱したら、この子達はどうなる。私は教師だ。私が、この子達を無事に帰すのだ。

 

 ちら、と、この屋上唯一の出入り口へと目を向ける。結局、この屋上に立て籠もった直後を最後に、扉はずっと沈黙を保っている。誰も来ない、扉を叩かない。それは、落ち着いて寝ていられるという意味では、良い事かも知れない。だが、他の生存者が合流してこないという意味では、絶望的な状況を示している。

 助けは期待出来ない。全部、自分達でやるしかない。では、どうやって生き残るべきか。幸い、水道はまだ生きている。水は飲める。けれども、食べ物はどうする。屋上菜園があるとはいえ、本格的な畑というには耕作面積が狭過ぎる。五人で消費し始めたら、あっという間に底を突くだろう。どうすればいい。どうすれば――

 

 

 気が付けば、東の空がうっすらと明るみ始めていた。そろそろ夜明けか。意識を飛ばしていたようだ。

 嗚呼、コンクリートの上で寝た身体が痛い。そしてこの痛みが、昨日の夕方以降の出来事を悪い夢ではないと伝えて来る。これがただの悪夢だったらどれだけ良かった事か。大慌てで起き出して、遅刻寸前に職員室に辿り着いて、いつものように教頭先生に小言を言われて、神山先生に宥められて――

 現実逃避はここまでにしよう。まずは、今日を生き延びる事を考えるべきだ。

 そもそも、一体何が起こったのだ。何故、教え子達は豹変したのか。この場に居る私達は何故無事だったのか。とそこまで考えたところで、昨日、くるみさんが殺めて――否。殺めさせてしまった人の事を思い出した。

 昨日、ぐったりしていた彼は急に起き上がり、そしてくるみさんを襲った。どうして。なぜ。せめてその理由だけでも把握しておくべきだ。この子達を護るためにも。

 

 ブルーシートからこっそりと抜け出す。あれ以来そのままのはずの彼の所に向かうと、昨日と変わらぬ姿でそこに倒れていた。傍には、血塗れのシャベルも放り出されている。

 頭が冷える。気分が悪くなる。殺された人の亡骸など、あまり見るものではない。けれども、昨日の今日だ。一応、確かめる必要がある。血溜まりの中に踏み込み、彼の手に触れる。ぞっとするほど冷たかった。そして、硬くなっていた。

 これは、死後硬直か。本当に死んでしまったのか。

 者が、物に変わってしまった事を改めて理解し、私は思わず自身の胸元に下がる十字架を握った。寝ている皆を起こすわけにはいかない。彼の開きっ放しだった瞼を閉じ、黙祷を捧げ、短く哀悼の意を示す。

 彼には悪いが、移動させよう。流血と損傷の酷い彼の遺体は、見て気持ちの良いものではない。思わず閉口し、目を背けたくなる惨たらしさがあった。しばらくすれば、皆も目を覚ますだろう。起きて早々に気分を害して欲しくなかった。

 本来なら、送別し、埋葬すべきだ。だが、屋上という閉鎖空間に閉じ込められている今、それは叶わない。埋葬するにしても、場所が無い。菜園に埋めてしまうのは気が引ける。ならばせめて、彼女達が容易く目にしない場所に、太陽光発電コーナーの隅にでも安置しておくべきだと思った。

 

「めぐねえ」

 

 ところが、彼を抱え上げるために頭上に回って屈もうとしたその時、声が掛けられた。見れば、くるみさんが佇んでいる。起きていたのか。それとも、起こしてしまったのか。それよりも、彼をどうにかしようとしている姿を見られてしまった。

 

「――起きていたんですか?」

「……寝れなかった」

 

 何とか声を紡ぎ出すと、彼女は返事をしながら力無く笑った。なのに、声は湿っぽかった。

 強がって笑おうとして、なのに、込み上げる感情は抑え切れなくて。そんな心情が、声色に全部滲み出ていた。

 

「ありがとう。めぐねえ。先輩の事、祈ってくれて」

 

 十数秒とも、数十秒ともとれる沈黙の後、彼女は続けて、そう言葉を絞り出した。ただ、抑え切れない感情の発露によって、声は次第に聞き取り辛くなり。そして、堪え切れたのは言い切るまでで、すぐに嗚咽を漏らし、静かに泣き始めてしまった。

 抱え上げようとしていた彼から離れる。立ち尽くし、声を押し殺して泣く彼女を、正面から抱き締めた。出来る限り、力一杯に。

 こんな時、どんな言葉を掛ければいいのか、皆目見当も付かない。どんな言葉を掛けても、彼女の心の傷を癒す事など出来そうに思えなかった。しかし、こんな彼女を放っておくわけにはいかない。いつもは快活な彼女が、今や追い詰められ、こんなにも小さくなっている。このままでは、彼女が壊れてしまう。目を離せば消えてしまいそうな彼女を、何とか繋ぎ止めたかった。

 

 始めは、ただ私にされるがままに抱き締められていた彼女も、しばらくすると少しずつ、抑えようとしていた感情を露わにし始めた。握り締められていた拳が解かれ、りきみながらも下げられていた両腕が、私の背に回る。その手は私の服を握り締め、また、額を私の胸元にまるでぶつけるようにして押し付け、力の限りに縋り付いて来る。

 正直、痛い。しかし、これが彼女が抱えた心の傷。ぶつける先の分からない、やり場の無い憤怒と悲哀。声の無い慟哭だった。

 泣く事には、心の負荷を軽減する効果があるという。これで彼女が少しでも心の内を吐き出せるというのなら、立ち直れるというのなら、私はそれを受け止めよう。それは、昨日、あの時、傍に居ながらにして何も出来なかった事に対しての贖罪でもあった。

 

 やがて、落ち着いたのか、彼女は静かに私から離れた。泣き腫らして目が赤いものの、さっきよりは元気を取り戻したように見える。

 

「ありがとう」

 

 ちょっと無理した笑顔。ただ、涙だけは止まっている。

 

「いえ……」

 

 言葉は、返せなかった。

 

「それで……」

 

 くるみさんが目線を外し、私の後ろへと向ける。視線の先にあるのは、彼の亡骸。明言は無かったが、先程やろうとした事の説明を求められているのだと分かった。

 

「彼を、あのままにしておくわけにはいかないわ」

「……うん。そうだな」

「せめて、人目に付きにくい所に安置してあげましょう」

 

 そう言うと、彼女は私の方へと顔を向け「安置?」と問い返して来る。

 

「ええ。隅っこの方の、太陽光発電パネルの裏。そこなら人目は避けられるでしょう」

 

 ところが、彼女の反応は芳しくなかった。僅かに目を見開き、驚いた表情をしたのも一瞬。顔を曇らせ俯いた彼女は、しばしの逡巡の後、小さく口を開いた。

 

「それじゃ駄目だ」

「え?」

「隠したって、駄目だ。菜園の野菜まで食べられなくなる。だから」

 

 彼女はそこで言葉を途切れさせ、そして横を向いた。転落防止柵の外を。その意味を、私は正しく理解した。

 彼の遺体を、柵の外に投げ棄てる。彼女は言外にそう意向を示していた。

 何故。決まっている。腐敗を警戒しているからだ。ここには、霊安室の代わりになる冷蔵施設も無く、土葬する大地も無い。火葬場なんてこの高校の近くにすら無い。となれば、常温のこの屋上に安置するしかないが、帰天した遺体は、すぐさま腐敗を始めてしまう。私はまだ死臭など嗅いだ事は無いものの、自宅で亡くなった人の死臭が家から漏れ出し、周辺住民が体調を崩す程の事態にすらなり得るというのはニュースで知っている。太陽光発電ゾーンでそうなったとして、食糧の生える園芸部ゾーンにどんな影響が出るかなど、想像すら出来ない。

 投げ捨てるという選択肢を無意識に忌避したからこそ、当初の私は太陽光発電ゾーンへの移動を考えた。しかし、最終手段とも言える選択肢を提示されると、それを却下する事も出来なかった。

 思わず息が詰まる。顔が引き攣る。死者の尊厳を自らの手で穢す時が来るなど、これまで予想すらした事が無かった。

 

「せめて、送ってあげましょう」

 

 私は牧師ではない。設備も道具も無い。だから、これはちゃんと葬ってあげられない罪悪感から来る、私の自己満足。けれども、最後の別れの時ぐらいは設けてあげるべきだろう。くるみさんが、彼との別れを乗り越えるためにも。

 それからの私は、牧師の真似事に勤しんだ。顔だけでも遺体を拭い、死水を取り。そして、小声とはいえ、讃美歌を謳った。その間、くるみさんは手を合わせ、静かに祈祷している。これが、今の私達に出来る精一杯。どうか、安らかに眠って下さい。

 

 そうして儀式が終われば――遺体の片付けをしなければならなかった。もう、時間は残されていない。東の空には日が顔を出し、薄暗かったこの屋上を急速に照らし始めている。そろそろ、皆が起きてしまう。その前に済ませたかった。

 本当は、一人でやるつもりだった。けれども、連れて来たのは私だからと主張するくるみさんの言葉を否定する事も気が引ける。結局、お互いに片棒を担ぎ合う破目になってしまった。

 二人で抱え上げた人一人分の重みを、柵の外に放り出す。柵のはるか下から、聞きたくも無い音がする。けれども、目を背けるわけにはいかなかった。これも、私の罪の一つ。自分達が生きるため、死者の尊厳を切り捨てた。その決断の結果なのだから。

 

「ごめんなさい。ありがとう。さよなら」

 

 手すりに手を乗せたまま、くるみさんが小さく呟く。その後、彼女はくるりと背を向けて歩き出し、水道で手と顔を洗いだす。

 その後ろ姿を見送りながら、私はこの事態を生みだした何かを呪った。彼がくるみさんの近しい人だった事ぐらい、いや、想い人だった事ぐらい、様子を見ていれば察する事が出来た。こんな事さえ無ければ、彼女達は甘酸っぱい青春を送る事が出来ただろう。だというのに、その想いを過去形にしなければならない事に、決別しなければならない事に、私は憤った。

 何が悲しくて自らの手で想い人を葬らなければならないのか。この子達が一体何をしたというのか。

 くるみさんに続いて水道を使わせて貰いながら、私の脳裏では、この問いが何度も飛び交っていた。

 

 

「めぐねえ、ありがとな」

 

 手を洗い、一息ついたところで、くるみさんが話し掛けて来る。

 

「いえ……」

「葬式、出来るとは思わなかった」

「あれが、せめてもの“たむけ”だから」

 

 そう言うと、彼女は軽く目を閉じ「うん」と頷いた。

 少しは心の整理が付けられたのだろう。昨日と比べて、表情が穏やかになっている。あの式が立ち直る切っ掛けになれたのなら、それは幸いだった。

 けれども。まだ、話は終わっていない。私には、彼女に問わねばならない事が残っていた。

 

「恵飛須沢さん」

「ん?」

「こんな事、今訊くべきじゃないんですけど――」

 

 そう前置く。雰囲気の変化に気付いてか、彼女も私に振り向いた。

 

「昨日、一体何があったんですか」

「……え?」

「何もないのに、こんな事が起こるはずがありません。何故、私や貴女は無事なのに、彼だけがああなってしまったのか。

 私達が生き残るためには、何に気を付ければいいのか。それを知りたいんです」

 

 想い人を送った直後に訊くような内容ではない事は承知している。しかし、訊かないわけにもいかなかった。私達は今から生き延びなければならない。私が彼女達を護り抜かねばならない。何も知らないばかりに、彼女達まで喪うわけにはいかなかった。

 そんな私の問いを受けて、彼女は目線を落とし、真剣な顔をして考え始める。

 

「……噛まれた」

「噛まれた?」

「そう、噛まれた。先輩は襲って来たのを止めようとして、噛み付かれて、だから振り払って、一緒に逃げた。だけど、すぐに動けなくなっちゃって、だからあたしが負ぶって逃げて来たんだ」

「何か浴びたとかは?」

「ない、と思う」

「噛まれるまでは、体調が悪そうとかいう事は無かったんですか?」

「ううん。無かった」

 

 話を聞く限り、噛まれたら駄目なようだ。噛まれると感染し、狂暴化して他人に襲い掛かる。まるで狂犬病みたいだな、というのが第一の感想だった。潜伏期間が無に等しい伝染病のようなものだろうか。

 

「そうですか、分かりました。では、噛まれない事を念頭に置いて動きましょう」

「動くって、めぐねえ、どうする気なんだ?」

「救助が来るまで、何としてでも耐えます。もう、夜が明けました。警察や消防もそろそろ動き出すでしょうから」

 

 昨日の夕方の時点で、警察や消防の動きがまるで確認出来なかった事は考えない事にした。悪い方向に考え過ぎてもどうしようもない。自分で希望を潰し、彼女達を絶望させるわけにもいかなかった。

 

 

 それから程なくして、ゆうりさんが目を覚ました。顔を巡らせて周囲を見回す彼女は、少々混乱している様子である。無理もない。昨日のあれがただの悪夢なら、どれだけよかった事か。このふざけた冗談のような現実を中々受け入れられないのは、痛いほど理解出来た。

 

「おはようございます。若狭さん」

 

 だからこそ、敢えて明るく声を掛ける。この場で最年長者である私は、余裕を見せておく必要があった。私が辛気臭い顔をしていれば、それはすぐさま皆に伝播してしまうだろう。それでは駄目だ。きっと皆、押し潰されそうな強い不安に苛まれている。彼女達がストレスに負けてしまわないように、パニックに陥らないように、私が皆を鼓舞する必要があった。

 やがて、まなさんが起き、最後に、ゆきさんも起きた。まなさんは、普段とあまり様子が変わっていないように思う。欠伸交じりに伸びをしながら、一直線に水道に顔を洗いに行っている。一方、ゆきさんはゆうりさんと同じだ。寝ぼけているのか、頭をフラフラしながらぼうっとしていたのも束の間。すぐに周囲を見回し、状況を確認し、そして目に見えて狼狽した。

 私は彼女に近付き、横に膝を付き、挨拶しながら背を擦る。すぐに抱き付いて来る彼女を受け止めながら、この中で一番ショックの大きそうな彼女をどう元気付けようか、頭を悩ませた。

 

 結局、ゆきさんはへたり込んだまま、塞ぎ込んでしまった。流石に、私が声を掛けたぐらいでどうにかなるものではないか。少し、時間が必要だろう。

 そんな事を考えている時、まなさんに声を掛けられた。ゆきさんには聞かれたくないのか、共に来るよう促される。そして、手すりの傍まで誘導されたところで、彼女が口火を切った。

 これから校舎に入って三階を制圧したい、と。

 

「そんな、危険です!」

 

 思わず、大きな声が出た。途端に、くるみさん、ゆうりさん、そしてゆきさんの目線が私達に集中する。しまった、と思うも、もう後の祭り。くるみさんは近付いて来るし、ゆうりさん達もじっと私の方を窺っている。

 そんな中で、注目を集める事も厭わず、まなさんはその理由を説き始める。調理器具の無いこの屋上では、生野菜を口にするのも一苦労である事。その生野菜の数も十分ではない事。風雨を凌げる場所の無いこの屋上では、雨が降ったら終わりな事。昨夜はたまたま晴れたが、今夜は、明日は、一切の保証が無い事。そして、まだ体力のある今の内に動かなければ、消耗して動けなくなってからでは遅い事。

 反論出来なかった。内心でその通りだと思ったから。ただ、昨日の今日で校舎に入るというのは、全く気が進まない。危険なのが目に見えている。しかし、止めたところでどうにもならない事もまた事実だった。何しろ、ここで待っても助けがいつ来てくれるかという目途も保障も無いのだ。ここで二の足を踏み、食糧を食い尽くし、そして雨に降られて弱り切ってからでは何もかも手遅れになる。

 誰かが危険を冒して校舎内に入り、状況を打破する何かをするしか無かった。

 

「分かりました。ですが、先生も行きます」

 

 最早、そう答えるほかに道は無かった。まなさんは自ら赴く意志を見せている。けれども、彼女一人に任せるわけにはいかない。彼女は私の教え子だ。生徒一人を死地に追いやって、自分だけのうのうと安全地帯に留まるわけにはいかなかった。

 

「めぐねえ、あたしも行く」

 

 そんな私達の会話をほぼ最初から最後まで聞いていたくるみさんが、すかさずそう名乗り出る。

 

「くるみさん!? 駄目よ、危ないわ」

「だからだよ」

 

 本当は行かせたくない。自分だって行きたくない。そんな危険な場所に、くるみさんまで飛び込もうとしている。まなさんの時と同じように思わず止めようとすれば、彼女は落ち着いて反論してくる。

 

「何すりゃいいのか分かんないけど、人手は要るだろ。ここに居たってジリ貧なんだ、あたしも手伝う」

 

 反論を許さない確固たる意志で以てそう言い切った彼女は、そのまま背を向けて歩き出し、そして血溜まりの残る場所でおもむろに屈み込む。その手は、昨日の一件以来、ずっと床に転がったままだったシャベルを掴み上げた。返り血を浴び、赤黒く染まったそれを手にして、彼女は再び私達のもとへと歩み寄って来る。

 

「大丈夫なのか?」

「ああ」

「ならいい。宜しくな」

「こちらこそ、宜しくな」

 

 まなさんとくるみさんが言葉を交わし、どちらからともなく頷き合う。僅か数秒で協力体制を築き上げた彼女達は、揃って私へと顔を向けてくる。

 もう、私には止められそうも無かった。仮に私が猛反対したとしても、彼女達は二人だけでも校舎に入ろうとするだろう。いい加減、私も腹を括るべき時だった。

 

「いいですか。くれぐれも、無茶はしないで下さい。それと、決して噛まれないように」

 

 説得を諦めて、二人に警告する。二人がしっかりと頷いたのを見届けてから、三人で扉へと向かう。

 

「めぐねえ!」

 

 途中、ゆきさんが駆け寄り、しがみ付いて来る。また、飛び付いてこそ来ないものの、ゆうりさんも近寄って来て、私達三人を不安気に見回している。

 たった五人の生存者。そしてその内の三人が死地に戻ろうとしている。まだ立ち直れていない彼女達二人からすれば、早速置いて行かれるなど冗談じゃないだろう。私としても、涙交じりに引き留めて来る彼女の制止を結果的に無視する事になるのは、心苦しかった。彼女達をこの場に置いていく事にも後ろ髪を引かれる。

 けれども、全員で踏み込むのも危険過ぎる。そして、現状で一応は安全地帯とも言えるこの屋上か、それとも、死地と言って差し支えない場所に踏み込む二人か。私がどちらに付くべきかは、明白だった。

 

「丈槍さん」

 

 可能な限り穏やかな表情を心掛けて、彼女に向き直る。やんわりと抱擁し、取り乱す彼女を宥めながら、諭すように口を開く。

 

「心配してくれているんですね。有難う御座います。でも、大丈夫よ。先生達、皆帰って来ますから」

 

 何の保証も無い、事実上単なる気休めの言葉。けれども、そう決意している事だけは確かだった。私達は、自らの活路を切り開きに行くのだ。

 ゆきさんの背を撫で下ろしながら、視線をゆうりさんに向ける。

 

「しばらく、ここの留守を宜しくお願いしますね。戻って来た時は知らせますから、それまで戸締りして、決して開けないようにして下さい」

 

 ゆうりさんは、賢く物分かりが良い。私達がやろうとしている事が必要な事であるというのは、理解しているだろう。理解はしていても、気持ちとして受け入れられるかどうかは別として。

 希望には沿えない。実質そう言い放った私の言葉に、ゆうりさんが俯く。所在無さ気に立ち尽くす姿に、後悔の念が浮かばないわけはない。けれども、くるみさんとまなさんも待っている。いたずらに時間ばかりを浪費するわけにもいかなかった。

 やがて、ゆきさんの手から力が抜ける。解放してくれた。私は静かに待っていてくれた二人に合流し、扉の前に立つ。

 

「行って来ます」

 

 出発間際、何気無い挨拶。残される彼女達が悲壮な雰囲気にならないよう、せめてそれだけは言い残し、私は校内へと足を踏み入れた。




主人公、なんとチョイ役
まぁこんな時もある
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