デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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第四章 魔法王国アルテナ編
第十七話 気に食わないと思うことは積極的に変えてみる


 

 

 

 

 

 一月近く船に揺られていただろうか。

 まったく、この旅は航海の方が長い。自分を鍛える時間に事欠かないな。

 

 もしもステータスというものが存在していたならば、少しはレベルが上がったんじゃなかろうか。

 

 今一番欲しいのは間違いなくMPだろう。精神を鍛えればいいのだろうが、果たして結果が出ているのかどうか。

 たぶん、集中力や、五感を通してマナを感じ取れる能力が増すことが、この場合の精神鍛錬だろうと当たりはつけている。

 

 気持ちの問題とか、マナ切れは甘えとか、そういうことじゃないとは思ってる。大事だけどね、気持ち。火事場の馬鹿力とか言うし。

 

 それはさておき、マナをうまく扱うために、船上で派手にサンダーセイバーをぶちかますようなことはもちろんしていない。

 

 基本的に、四六時中海と向き合っていたのだ。剣を振るうか、瞑想して風のマナを感じ取るか、あるいは本当に何も考えず釣り糸を垂らすか。

 そんなことを際限なく続けていたある日のことだ。

 

 ふとしたときに、真っ青な雲一つない天気を見て、何故だかもうすぐ雨が降ると感じたことがあった。リースじゃあるまいし、とは思ったものの、どうにもその予感が拭いきれずソワソワとしていたのだが、一刻も経つ頃には土砂降りになった。

 

 恐らく、マナを感じる力がより鋭敏になったからだろうと予測を立てる。

 リースは既にこの域には達していたわけだから、今は俺よりも扱いがうまくなっているだろう。

 

 ……ちょっとだけ感傷的になってしまったな。

 

 船上ではそんな修行の日々を過ごした。

 

 しかし、それも終わりを告げ、名残惜しくもナバールの皆さんとお別れをしたばかりだ。

 

 ホークアイが彼らから一目置かれる存在だったからだろう。俺への扱いは客人のそれだった。だいぶ手厚くもてなされていたと思う。

 

 ホークアイと別れた後で聞いたことだが、急に俺が乗ると決まったときに食料事情が変わるから急遽追加で搬入した、とか笑いながら言われたときには申し訳なかったものだ。

 

 もっと事前に根回ししといてくれよ、とは口が裂けても言えない立場なんだが。でもねえ。なんだか申し訳ない思いだった。

 

 まあ、何はともあれナバールの皆さんには感謝している。できれば、この人たちがイザベラの支配から逃れられることを祈っておこう。

 

 舞台は酷暑だった砂漠から、極寒のエルランドへと移った。

 

 話を聞くに、まだ暖かさは街に残っているようだ。ただ、街の外はだいぶ影響を受けており、周辺は雪に覆われつつあった。アルテナ城周辺から離れるほど、気温が下がっているということだ。

 

 最低限必要な情報を集めて、さっさと氷壁の迷宮を目指したいところだが、あいにくと天候がそれを許さない。

 これからはさらに寒さが厳しくなる時期に入るらしい。迂闊に零下の雪原へと赴けば氷像が出来上がるか、雪溶けまで冷たく白い大地に埋もれたままになるそうだ。

 

 そんなのはごめんだ。

 

 最低でもあと一ヶ月は待った方がいいと言うことを聞いて、俺は一つの決意をした。

 

 そうだ、アルテナに引っ越そう。

 

 思い付きと勢いだけのネタに聞こえるかもしれないが、本気である。

 

 理由は四つだ。

 

 一つ目、エルランドでは意外と情報が入ってこない。

 

 原作では、寒さが厳しくなっていく状況を嘆いている住民の反応ばかりだったが、アルテナがどんな情勢なのかという話があまり出てこない。良いか悪いかは分からないが、港町だというのに素朴で、そして田舎だ。

 

 二つ目、紅蓮の魔導師の存在を確認する必要があること。

 

 言うまでもないが、旅をする時点で決めていたことの一つである。存在するのであれば、どの程度の力なのか知っておくことは大事だ。原作知識だけでなく、事実を知ることで、余計な憶測や、油断をなくしておきたい。

 

 無論、原作知識があるおかげで、油断は微塵もない。だが、勝てるイメージもまだ湧かない。

 未知数な存在を少しでも現実の存在へと落とし込み、来たる戦いに備えておきたい。

 

 三つ目、アンジェラ王女が生きているかどうか。

 

 原作プロローグでは、女王にマナストーンを解放する禁呪の生贄にされるところで、転移魔法が発動し難を逃れていた。時期的にはもう少し先のはずだが、そろそろグレーゾーンの可能性を視野に入れている。

 

 それは何故か。理由はこうだ。

 

 プロローグのイベントを世界地図で見て、ジャドから遠いところからイベントが発生していくと考える。

 

 なぜジャドなのかと言うと、一度はシャルロットを除いて主人公達がジャドにいる瞬間があるはずだからだ。

 

 世界地図から逆算して考えれば、一番最初にイベントが起こるのはホークアイだろう。さらに、ナバールが乗っ取られてからローラント侵攻が起こるので二番はリースになる。

 三番は地理的に遠いアンジェラだと睨んでいる。ケヴィンと俺のイベントはどちらが先かは分からないが、少なくとも俺の方はアンジェラの後だと予測している。

 

 紅蓮の魔導師がどの程度の距離を瞬間移動できるか分からないが、フォルセナ侵入のイベント後、デュランがジャドに到着するときには、アンジェラが同時か、先に着いていることを考えるとデュランの前にアンジェラでなければ旅程的に成立しない。

 最後は直前にシャルロットという順番だろう。

 

 どの主人公もプロローグだけはなんとなく覚えている。最後までクリアしたのがデュランだけだったから、細かいところはうろ覚えなところも多いわけだが、覚えてるだけマシだと思っている。連れていた仲間のこともハッキリとしないが、能力の傾向くらいは掴んでいるというのが今の状態だ。

 正直、ここから先は役に立つ知識が出てこない可能性もあるわけだし。

 

 そんな理由があることから、アンジェラ王女の生存も確認しておきたい。

 

 万一、イベントが起こった後だとするなら、俺ものんびりはしていられないからだ。

 

 しかし、9割くらいはまだ時間的に大丈夫だとは思っている。

 

 最後に四つ目、氷壁の迷宮に至るまでの障害があるかどうか。

 

 雪で覆われている場所であるし、火炎の谷同様で、秘境のような扱いらしい。今回もガイドが必要かもしれないが、ホークアイのときのようにはいかないだろう。

 

 何せ入り口近くにマナストーンが安置されている場所だ。アルテナは魔法王国でもあるし、その重要性は理解しているだろう。

 もしかしたら、ローラントの風のマナストーンのように守られている可能性がある。

 

 しかし、秘境であるからこそ、火炎の谷のときのように自然に守られているだけとも考えられる。

 原作でも放置されていたしな。後半ではマシンゴーレムと戦うことになることから、何らかの守りがあるかもしれないとは思っておく。何事も最悪を想定しておこう。

 

 まぁ、調査をして備えておけば万事においてうまくいくもんだ。運が良ければガイドも見つかるだろう。

 

 そんなことを考えて、アルテナでの宿屋暮らしが一ヶ月過ぎる……。

 

 アルテナでの生活にも慣れた頃だ。

 

 懸念していた冬季の寒さに身を震わせながら、足繁く城近くの酒場に通う毎日だった。たぶん、マスターは金持ちの不良息子が放浪しているとでも思っているのではなかろうか。わからんけど。

 ってか、この旅での酒場の利用度半端ないね。人が集まるところに情報が集まるから仕方ないんだけどさ。

 

 まぁ、実際有益な情報も得られている。

 

 毎日通う中で、雑談からアンジェラ王女の噂も聞こえてきていた。

 

 理の女王の美しさに引けを取らない美貌の持ち主であり、唯一の王位継承者。

 父親に関しては明かされていないのか、一切の情報がない。噂として、魔法に優れた賢人との子である、女王を虜にするほどの吟遊詩人、とある国の王子であるなど、信憑性のない話が出回っているみたいだ。

 

 理の女王とは異なりまだまだ精神的に幼い部分が目立つというような、少し厳しい話もあるらしいが、気になっていることが出てこない。

 

 それは、魔法が使えるかどうか、だ。

 

 不自然なくらいにそのことに関して誰も触れていないような気さえしている。

 

 アンジェラ王女の魔法の腕前はどうなのだろうか、と雑談として酒場の客に聞いたことがある。

 女王に負けないくらいに才に溢れているだろう、後継として気温を維持する術を学んでいるだろう、と。

 正確に敵を撃ち抜く魔法を使うらしい、と言っていた者に、「実際に見たのか」も聞いたが、「女王様の娘ならそうなんじゃないか?」と逆に聞かれた。

 

 どれも予想や推測、願望といったような事しか出てこない。

 

 誰一人として、見たことがある、それが絶対の事実である、とは言わないのだ。

 

 美貌に関しては式典などで見たことがある、と聞けたが、魔法について信憑性のある情報はない。

 

 意図して隠しているのか、それとも俺のようなスパイ対策か。

 それとも、女王への信頼が厚すぎる故に、気にも止めていないだけか。

 

 ああ、いや。別に好きでこんな諜報員みたいなことしてるわけじゃないけどさ。

 

 真実か嘘かわかりにくいものしか出てこないのには、やはり作為的な何かを感じる。

 

 このようなことから、俺の中では一つのある仮説が出来上がっていた。

 

 それは、アンジェラ王女は、やはり魔法が使えない、ということ。

 

 何故そう思うのかというと、出てくる情報や噂から推測できる。

 

 もしも、次期女王は魔法が使えないという話が他国に知れ渡ったとしたら。

 

 現在の理の女王に何かあったときに我先にと、他国から狙われる隙になる可能性が高い。

 

 さらに、内政的には、気温のコントロールができなくなることが国民に知れれば、暴動が起きることすらあり得る。

 

 つまり、アンジェラ王女が未だに魔法を使えないということは、国として決して明るみになってはならないことだから、情報封鎖をしているのでは、ということだ。

 

 そんな国の爆弾を取り除こうとしたのが紅蓮の魔導師なのかもしれない。

 

 ある意味で理に適っている。

 

 アンジェラ王女がいなくなることで、さっきのリスクは消え去る。次の問題は王位継承者だが、魔法が女王に次ぐ実力者であると認められた紅蓮の魔導師ならば、国民は納得できるだろう。

 

 そうやって国を支配する基盤を盤石にしていこうと画策していたわけだ。

 この世界に転生してこなければ、こんな事実があるかもしれないなんてこと考えなかったかもな。

 

 しかし、果たして。今俺が生きている世界でも紅蓮の魔導師がそんな計画を進めているのかどうか、というところだが……。

 

 カラン——

 

 酒場の入り口に視線を向ける。木製のドアにつけられた鈴の音が響く。

 

 まだ昼間だからか、客は少ない。

 

 入り口に立つのは外套を身に纏った女だ。アルテナの城下町は気温を完璧にコントロールしているので、寒さはあまり感じないはずだが、まるで今から町の外に出るような、そんな格好である。

 

 ん?

 

 ふと、フードの下から覗く瞳と視線が交わる。

 アルテナではあまり見かけない、故郷でよく見られた緑色の瞳だ。

 

 それに気付いたときには、女がバタバタとこちらに歩み寄ってくる。

 なんだ、と警戒するが、何の遠慮もなく俺の腕を掴んで、いや、抱きついてきた。外套越しからもはっきりとわかる柔らかな感触。

 

 うわ、おぱ——!

 

「お願い!追われてるの、助けて!」

 

 切羽詰まっているのか、こちらの返事を聞くことなく、入り口から隠れるように俺の隣に座る。

 

 ほどなくして、入り口から痩せ型の男が入ってくる。肩で息をしながら、ぐるりと店内を見回し、尋ねてきた。

 

「すみません、こちらに女性が来ませんでしたか?」

 

 マスターはちらりと顔を向けて、何事もなかったように無言でグラスを磨いている。

 

 おい、そこは誤魔化すところだろ。

 

「ん?そちらに座っているのは、あなたの連れですか?」

 

 返事がないのもお構いなしに、俺に水が向けられる。店内の客は俺と、この謎の女だけだ。

 正直に言うと、余計な厄介事は抱え込みたくはない。

 

 見たところ、この男は手荒なことをするような輩には感じられないし、引き渡しても問題ないんじゃないか。と、考えている自分がいる。

 

 考えたのは一瞬だった。

 すぐに答えを返そうとしたそのとき。

 

「私、ヴィクターと申すもので、事情は話せませんがある女性を探しているのです。何か知っていたら教えていただきたいのですが」

 

 その名を聞いて、頭の中に雷鳴が響く。

 

 ヴィクター。アンジェラ王女の世話係のような男だったはず。

 

 ということは、必然的に一つの答えに行き着く。

 

 この隣でフードを目深に被った女性が、アンジェラ王女か?

 

 わからんが、可能性は高い。

 

 だったら、この好機は逃せない。知りたいことが山ほど知れるチャンスだからだ。

 

 頭の中でスイッチを切り替える。先ほどまでの穏やかな自分を捨て、戦闘モードだ。

 

「こいつは俺の連れだ。悪いが、あんたが探してるような女はここには来ていない、他を当たってくれ」

 

 こういう場面は敬語ではなく、少し荒っぽいくらいがちょうどいいのだと、ホークアイから学んだ。

 それに、動揺は嘘だと言っているようなものだ。しれっとしているのが正しい。

 

 実際、その態度を見たからかヴィクターは一歩後退り、視線を泳がせた。

 

「あー……そうでしたか。教えていただきありがとうございます」

「なあに、いいってことよ。早く見つかるといいな」

 

 軽く会釈だけして男は項垂れながら外に出て行った。

 女はその様子にほっと息をつく。

 

 これで良かったのか?

 

 一瞬、そんなことが頭をよぎるが、後の祭りだろう。

 

 情報を得たら、何食わぬ顔で立ち去ればいい。

 

「マスター、何かあったかい飲み物をちょうだい!」

 

 女の注文に無言でうなずき、マスターが支度を始めたのを横目で眺める。

 

 勝手に注文してるし。めっちゃマイペースなやつだな。

 

「さっきはあなたのおかげで助かったわ、助けてくれたついでに、飲み物もご馳走になっていい?」

 

 可愛らしく甘えた声でそんなことを言う。もしもフードを取っていて真正面から言われていたら、少しくらい悩んだだろうが、一つ言わせてもらいたい。

 

 行動と言動の順序が逆だろ!と。

 

 しかし、あの不意打ちの柔らかいものが接していた状態が続いていたのならば、二つ返事で答えていた自信がある。取り繕うことはしない。

 

 なぜなら俺は男だからだ!

 

 だが生憎と、先ほどまで俺の気持ちを舞い上がらせていたものが当たっていない。

 

 今の俺は非常にクールなのだ。

 

 静かに脳内で図々しいやつを印象に追加しておく。

 

「会って数秒の女に奢るわけないだろ。まずは事情を話して、そういう要求はその後だろ。で、何で追われてたんだ?」

「……助けてくれたのは感謝するけど、いちいち人の事情に首突っ込まないでもらえる?それに飲み物くらいでケチケチして、小さい男ね!」

 

 こめかみに血管が浮き上がったような気がしたが、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

 オーケー、そっちがそういうつもりなら考えがある。

 

「今すぐにあいつを呼ぶのは簡単なことだが、構わないんだな?」

「あんた⁉︎最低なやつね‼︎」

 

 いや、初対面の相手にする態度じゃないのはお互い様だろ。

 

 考えを切り替える。

 

 第一印象はお互いにあんまりいいものじゃないが、これから先を見据えた建設的なコミュニケーションを取る必要がある。

 

 クールに、練っていた計画通りに行こう。ちょっと行き当たりばったりだけど、なんとかするしかない。

 

 よし。

 

「まぁお前の素性は今はどうだっていい。俺はちょっとした理由で情報を集めているんだ。それを提供してもらえるなら飲み物だろうと食い物だろうと好きに頼んでいいし、このまま何も見なかったことにできる。わかるか?」

「……何を知りたいってのよ。言っとくけど、街のことなんて何も分かんないわよ」

 

 なんかもう、その口振りで身分を隠す気がないのかと呆れる。

 

 やっぱりアンジェラ王女っぽいが。フードは深く被っていて隣にいてもよく顔がわからない。

 

「分かる範囲でいいさ。早速だが一つ目だ。この国の中でもっとも魔法に長けた人物が誰かわかるか?」

「何、いくつ聞くつもりなのよ」

「三つほどだな。で、どうだ?」

 

 うーん、と顎に手を当てて考えている。輪郭からも女が痩せていることがよくわかる。

 

「そうね、一番は女王様だろうけど、あんたが聞きたいのはそういうことじゃないんでしょ?」

 

 その通りだ。

 

「頭が悪いわけじゃなさそうだな」

「いちいちムカつく男ね!」

「褒めてるのさ。それで?」

「ふんっ……。一昔前は女王に次ぐ魔法の使い手といえばホセ……という賢者だったろうけど、今はだいぶ衰えたと自分で言っていたから——ムカつくけど、紅蓮の魔導師でしょうね」

 

 その言葉が出てきたとき、何とも言えない複雑な気持ちが胸に込み上げてきた。

 いない方が被害が少なく済むのではとも考えたし、その逆にいることで最適な行動を取りやすいかも、とも考えていた。

 

 紅蓮の魔導師が存在する。

 

 どちらともつかない感情だが、その衝撃は確かに俺を貫いていった。

 

「何黙ってるのよ。知ってるの?」

「いや、初耳だな。紅蓮の魔導師とはどんな奴なんだ?」

 

 実際、この一月の間には話題に上がっていなかった。

 兵の実力は極力明かさないように徹底されている可能性がある。

 

「すっごい嫌な奴よ」

「わかりやすいようで分かりにくいな。実力はどうなんだ」

「認めたくないけどいろいろな魔法を使えるみたい。数年前まで魔法の才能なんてないって言われていたのに。ふらっと旅に出て戻ってきたら魔法を使えるようになってて、女王様の右腕にまでなってしまったの」

 

 聞けば聞くほど、知識と現実が一致していくな。

 

「あと二つよ。一つ言ったから飲み物はこれでただねー!」

 

 コトリと彼女の前に鼻腔をくすぐる甘そうな飲み物が置かれた。ココアだ。

 

 いつの間にか一つ答えたら、一つ注文できるスタイルになっていた。別にその辺は気にしてはなかったが、意外と謙虚な人なのかもしれない。

 

「うーん!良い香り!逃げてたらお腹も空いたから、何かおすすめをちょうだい!」

 

 無言でうなずき、何やら材料を切り分け始めたマスターを見ながら、二つ目の質問を投げかける。

 

「次は、氷壁の迷宮についてだ。あそこは国で守られている場所なのか?」

 

 ストレートに聞いた。あまりこんな話をよそ者がするべきではないだろう。サルタンと違って、ここは明確に敵国だからだ。

 他の町人に聞くときは慎重を期してじっくりと遠回しに話題を振っていたが、ちょっとばかし常識に疎そうな彼女に聞く分には問題ないだろうと判断した。

 

「あんな場所に興味があるの?あそこを守ってるなんて話、聞いたことないかなあ。かなりの僻地だし、好き好んで行く人なんているのかしらって感じ」

「その口振り、まるで行ったことがあるようだが?」

「まだ子供の頃に何度かね。いや、えっと何かうちに縁があるみたいでさ」

「ほー。なるほどな」

「……何よ」

 

 少し警戒しただろうか。しかし、氷壁の迷宮と王族に関係があるのは知らなかった。単純にマナストーン繋がりだろうか。

 まぁいい。今はまだ守りを固めていないことが分かっただけ上々だ。

 あとは、そこまでの道筋さえ分かればいい。

 

「いや、何も。三つ目だ、先に注文していいぞ」

 

 話している間に美味そうなシチューが置かれている。いつの間に置いたのか、話の邪魔をしないように配慮したのはさすがと言わざるを得ない。一月通った常連だが、マスターにそんな特技があったことには気付かなかった。

 

「んー、じゃあデザートをお願い!」

 

 シチューを頬張りながら、まるで迷いなく注文をする。最初から決めていたのだろうな。

 そして、俺の三つ目の質問も最初から決まっている。

 

「さて、三つ目だが、魔法を使えるようになれると言ったらどうする?」

 

 彼女にはウンディーネの加護を得て、魔法が使えるようになってもらう。その上で、紅蓮の魔導師から国を守るために、旅について来てもらうよう頼み込む、そんな風に考えていたプランのための足掛かりをここで作る。

 この機会を逃せば、原作通りの展開になるか、最悪は王女がマナストーンを解放するための生贄となり、主人公が六人揃わなくなってしまうことすら起こりうる。

 それを回避するための一手を打つ好機が転がり込んできたのだ。ためらう理由はない。

 

 シチューに沈めたスプーンの動きがぴたりと止まる。

 もぐもぐと咀嚼していたモノをごくりと飲み込んでから、一呼吸おいて、フードの下からこちらの様子を窺うのがわかった。

 

「……どういう意味?」

「言葉の通りだが?」

 

 質問に質問で返されたが、気にする素振りも見せずに答える。

 

 気にかかるのも無理はない。

 

 俺とて、ジンの加護を得られていなければ、すぐにでも飛びつきたくなるような話だ。

 

 魔法を使えるのが当たり前の環境で育ち、この国でもっとも強大で有名な存在の娘として生まれたにも関わらず、魔法を使うことが出来ずに苦しみ続けている。

 

 なのに。

 

「そんなことが簡単に出来るなら、世の中には魔法がもっと栄えているでしょうね」

 

 こいつはわりと冷静だ。

 そんなうまい話があるはずがないと、鼻で笑いながらこの流れを切って捨てた。

 

 この立場が逆だったとしたら。

 

 俺はこんなにも気丈に振る舞えただろうか?

 彼女のように自分の中にある可能性を、強く信じていられるだろうか?

 

 まったく、主人公になるような奴らはやっぱりどこか違うらしいな。

 

 何故か少しだけ誇らしい気持ちになる。

 

 さて、いつまでも心を動かされてばかりもいられない。

 

 ここからが正念場だな。

 

 アンジェラが再びシチューに手をつけようとしたところで、俺は会話を再開した。

 

「それは質問の答えになっちゃいない」

「は〜?だから、そんなことができるわけないって言ってんのよ。分かるかしら?頭まで筋肉でできてんじゃないの?これだから剣士ってやつは!」

 

 冷静だと思ったのは訂正だ。見ず知らずの男に飯をたかり、あまつさえ、得体の知れない剣士に暴言を吐き捨てるようなやつだった。

 

 危機感が欠片もない彼女に今の状況を落ち着いて判断してもらうには、彼女をもっとも深く知る者を利用する方が賢い選択だろう。

 

「そうか。では、帰って賢者ホセに伝えるんだな。精霊ジンより加護を得た剣士が、あなたの教え子に魔法をもたらすと」

「——あんた!」

「話は以上だ。俺は一週間はここにいる。それより先は旅に出てしまう。もしも、俺の話を信じるんだったら、覚悟を決めて来るんだな」

「一体、何を言って……」

 

 ぐっ、と顔を近づけて、囁く。甘い、ココアの匂いが香った。

 

「長ければ二週間は城を空けることになる。うまい言い訳を考えてから来いよ」

「そんなの信じるわけないでしょ!」

 

 返ってきたのは怒声。怒るのも無理はないかも知れない。

 城云々に突っ込んでこないあたり、彼女もなかなかテンパってるのかもな。

 

 そもそも、俺は名の売れた魔法使いでもなければ、学者でもない。

 

 見てくれはその辺にいる剣士と変わらない。騎士とも呼べないだろう。目立つ格好を避けているからでもあるが。

 そんな奴の言うことを、いきなり信頼される方が怖いというものだ。

 

「そうか。じゃあ信じても信じなくてもいい」

「何よ、あんた何なの?」

 

 その質問には答えない。またも、声を落として彼女にだけ聞こえる声で言う。

 

「風でドアをこじ開ける」

 

 目を閉じることなく、軽く集中するだけでマナが集まってきたのを感じる。

 

 ——風よ、力を貸してくれ。

 

 ゴウッと唸りを上げて俺の体から突風が吹き出す。

 風がドアにぶつかっていき、見事に狙い通りこじ開けることには成功した。

 が、留め具が外れて一応くっついてるような状態だ。申し訳ないことをした。

 

 しかも、勢いがよすぎたせいで、彼女は椅子から転倒してしまっている。

 制御しきれなかった分が漏れてしまったのだ。幸い、棚やなんかには被害がなかった。

 普段、こんな使い方をしなかったわけだが、意外とやればできそうなイメージが持てたな。

 

 驚いた彼女は風でフードがめくれ、その大きな瞳を更に見開いて、こちらを見ていた。

 

 隠されていた素顔があらわになる。

 

 整った美しい顔を見て、国に噂が広がる理由にも納得できた。一度見たら、しばらく忘れられないだろう。例え忘れてしまったとして、美しかったという情報だけは強烈に脳内に残る。

 そして、再び見たときには鮮明に思い出す。それほどまでに綺麗な女性だった。

 

 一瞬、見惚れてしまっていた。

 正体はやはり、アンジェラ王女だったわけだ。まぁ、人違いでしたじゃ困ったわけだけど。

 

「あなた、えっ?今、まほ……」

「急な突風だったが大丈夫か?」

 

 すっと、自分の口元に人差し指を添えてそれ以上の言葉を言わせない。

 

「代金はここに置いておく。余りはあのドアの修理にでも使ってくれ。また来る」

「ちょっと、待ってよ!」

 

 入り口で立ち止まる。今はあまり長居はしたくない。今の音で騒ぎがあったかと野次馬が来るかもしれないからだ。

 ヴィクターも戻って来るかも知れない。王女と一緒にいるとなれば、面倒なことになるだろう。

 

「いいな。さっき言った通り、今見た通りだ。俺を信じろ」

 

 一から十まで全てを説明はしない。素性のわからないやつの言うことなど、半分も信用できないからだ。

 

 だが、今起こった事実だけは客観的に見えるはず。

 

 魔法なんて使えるはずがないと決め付けていた剣士が、魔法を使う。

 

 自分の強烈な先入観を突き崩すことが目の前で実際に起こったのだ。

 

 しかも、その男は魔法を使えるようになる方法を知っているという。

 

 同じ状況の自分も使えるようになれるかも。そう思わせられれば良い。

 

 詐欺のような手段だし、少し考えれば疑うような点ははっきり言っていくつも出て来る。

 

 それでも、印象的な出来事にはなっただろう。

 

 撒いた種がどう芽吹くかはわからない。だけど、最善を尽くしてみる価値はあるはずだ。

 

「では、また会おう」

 

 風の力を以て、全力で走り出す。

 たぶんアンジェラ王女には瞬きの間に消えたように見えたことだろう。

 

 こんなんで信じて来てくれるかは怪しいところだが、来たときと来なかったときの両方を想定して準備を進めるとするか。

 

 彼女なら、どちらに転んでも正しい判断となるような気がしている。

 

 俺は俺で、やっぱり気に食わないことは変えてやりたいって思ってるしな。

 

 娘が親に殺されそうになるなんてこと、絶対に回避してやる——

 

 

 

 

 









一月以内に更新できて良かったです。お待たせしました。

感想、評価、お気に入り登録と、励みになっています。ありがとうございます!
じゃんじゃん投稿したいのですが、なかなか時間が取れなくて…
脳内イメージをそのまま文章にする素敵マシンとか開発されないかな。
ないですね。

では、次話をまたお待ち下さい。。
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