デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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第十八話 逃避行してみる

 

 

 

 

 

 アンジェラと出会った日から期限の一週間が経つ。あのときと同じ酒場。今は太陽がちょうど真上に昇った頃だ。

 

 アンジェラ王女が来る気配はない。

 

 すでにいつここを発つことになっても大丈夫なように準備は済ませてある。

 なぜなら、ここから先の行動には常にリスクが付き纏うからだ。

 

 軍事機密を探り、王女を誘拐しようと画策する男がいる。状況だけ見るとそんな感じだろうか。

 

 それは王女の中に留まる話ではない。引退したものの、未だに王族に仕える大魔法使いと謳われたホセの耳に入るのだ。

 

 そして彼はどちらかの選択をするだろう。

 

 俺を他国のスパイ、王女を害する者と判断するか。または、あらゆる怪しさに目を瞑り、王女が渇望し続けている魔法をもたらす存在と判断するか。

 

 偉大な魔法使いと言うのなら、きっと精霊の加護について知っているはず。

 

 氷壁の迷宮の話をしたことまでアンジェラが伝えたとすれば、俺の目的も透けて見えて来るだろう。

 

 すなわち、ウンディーネが目的ではないか、と。

 自らウンディーネが目的だと告げると、その裏にさらに何かあるのでは、と疑われてしまう恐れがある。余計な推測や詮索をされるのに比べたら、そのようにわかりやすく思われている方がいいだろう。

 

 アンジェラなんかは頭も回るようだし、ヒントから答えを自力で組み上げていく可能性もなくはないか。

 

 まぁ、ウンディーネ以外に裏はないわけだが、探られても向こうが納得するような答えを出せる自信はない。

 全てをぶっちゃけて「マナの女神から……」とか言ったら、「こいつ大丈夫か?」と相手にされないか、「つまらない嘘を‼︎」と激昂させることになるかだろうし。

 

 でも、うーん。そうなることはやっぱり嫌だな。お互いに信用されるようになるまでは、この話を伏せておく方が無難だろう。

 

 カラン——

 

 直ったばかりのドアについた鈴が鳴る。入り口に目を向けると、好々爺然とした白髪の老人が一人、杖をつきながら歩み寄って来る。

 

 一般市民には出せない、威厳というか、雰囲気が違うことが肌で感じ取れる。

 

 まさか?

 

 一瞬、その垂れ下がった目が俺の背中にある剣を捉えた。

 よっこいしょ、と老人はカウンター席にゆっくり腰をかける。俺とは二つ分席を空けた場所にだ。

 

 間合いを警戒しているらしい、ということは動きから予想がついた。座った重心がすぐに回避行動に移れるよう傾いているのが何よりの証拠だ。

 

 危険を感じるくらいなら遠くに座ればいいだけの話だ。そうしないということは、俺に用事があって来た人物、ってことだろうな。

 

 老人は適当な飲み物を注文すると、顔をこちらに向けて話しかけてきた。

 

「さて、お主があの方に魔法が使えるようになるという話を持ちかけた者で間違いないかの?」

 

 口調にとげとげしさはなく、明日の天気でも話すような穏やかな口ぶりだ。予想した通り、俺に用事があるらしい。

 

 そしてたぶん、彼がホセだ。

 

「そうだが、あなたは大魔法使いと謳われたホセ老か?」

「その通り。聞いていたよりも話が分かる若者のようじゃの」

 

 あいつ、いったい何て言いやがったんだ。

 一瞬の苛立ちを表情に出すことなく尋ねた。

 

「簡単な質問に答えてもらおうか。ここに彼女が来ないのは返事はノーってことか?」

「ほっほ」

 

 何がおかしいのか。くつくつと笑う老人に、不気味な印象を抱く。

 

「では、お主はあのお方が来るはずと、本気で思っておったのか」

「半分以上は、そうだ」

 

 実際、ホセが来ることなどまるで想定していなかったのだ。

 彼女が来るか、来ないか。その二択以外の可能性を除外していた。

 

 そしてホセが来た。なぜ彼なのか、その理由を考える。

 考えろ、と脳内で警鐘が鳴り響いている。

 

「お主には、あの方に魔法を授けることなどできはしない」

 

 さすがだ、その通り。否定する必要はない。

 

「ああ、そうだ。俺には無理だ」

 

 素直に認めたことで、ホセの眉が跳ねる。一瞬見せた動揺は、瞬きの間に老獪な笑みの下に隠された。

 

「しかし、お主以外の存在がそれをもたらすことを知っている」

「肯定だ」

「……精霊じゃな。ウンディーネの力を利用して一体何を企んでいる?」

「企むなんてことはない。少し力を借りるだけだ」

「簡単に言ってくれるわい。その精霊様と、いったいどうやって会うつもりじゃ」

「どうやっても何も探し出すだけだ」

 

 いつも行き当たりばったりなのは否めないが、これしか方法が無いのだから仕方ない。

 俺の返答にホセは軽くため息をこぼす。どうやら望む答えではなかったらしい。

 

「どうやら肝心のところは教えてもらっていないようじゃの」

「急になんの話だ?」

 

 突然の話に一瞬会話についていけなくなる。

 

「お主は若い。誰にたぶらかされておる。マナストーンに近付けば身を滅ぼすことになることを理解しておるかの?」

 

 おおう。マナストーンを狙うって、そっちのパターンか。というか、この口振りだと俺のバックに誰かいると思い込んでんな。

 とにかくマナストーンに関しての誤解は解いておかないとまずい。

 

「ホセ老、あなたは何か勘違いをなさっている。私は決して邪な目的があるわけではありません」

 

 思わず敬語が出てしまう。

 

「いいや。魔法というものを知り、精霊の存在を利用しようなどと、そんなことを一介の剣士が、ましてやこんな若造が思いつくはずがなかろう」

「これにはわけが——」

 

 先ほどまでの穏やかな態度とは一変し、突き刺すような敵意をあらわにしてきた。

 

「何人であれ、マナストーンとこの地の精霊を脅かす者を野放しにはできんよ。ワシの目が黒い内はな」

 

 突如、酒場のまわりに気配が現れる。

 

 ——さっきまでまるで感じなかったぞ。

 

 酒場奥の窓の外に一人、マスターのいるカウンター裏口に二人、入り口に三人、といったところか。

 

 どの気配も、戦う気満々だ。

 

 自然と硬くなった俺の表情から、ホセ老が感心したように笑う。

 

「ほっほ、察したようじゃな。風使いは周りに敏感だからの。ギリギリまで隠させてもらったわけじゃ」

「……狸爺いめ」

 

 最初から話を聞くつもりはなかったわけだ。

 だが、聞いてもらわねば困る!

 

「話を聞け!私は決してあなた方と敵対するつもりはない‼︎」

「それを信じるに値するモノもなく、そのような言葉に踊らされるほど耄碌してはおらんよ」

「かもしれません!ですが、言わせてください、私はマナストーンを守る側なのです‼︎」

「そのような世迷言をよくもっ‼︎」

 

 聞く耳持たず、か。

 もはや和解の道は断たれた。今回はいろいろとやり方が不味かったらしい。

 ちょっと欲を出しすぎたのか。いや、マナストーンの近くに踏み込むということの危険度を低く見すぎていた。

 

 ここは魔法王国アルテナ。どこよりもマナについて研究しているだろうことを考えれば、それに近づく者を見逃すはずがない。

 さらに言えば、情報収集の段階からこの国が他と異なる雰囲気だったことも分かっていたはず。

 

 読みが甘かった。

 

 賽は投げられた。まずはこの状況から脱出するしかない。

 と、するならば。

 

「何、悪いようにはせんよ。裏についている者が誰なのかを洗いざらい喋れば——」

 

 風よ、力を貸してくれ——

 

 話し合いはもはや無意味と判断。あえての正面突破で道を切り開く!

 

 俺は出来る限り大きく息を吸い込み、懐から取り出した煙玉を思いきり地面に叩きつけた。

 もうもうと室内に煙が充満する。事前に大きく息を吸ったからむせることもない。

 

「何の真似だ!」

 

 対するホセへは完全な不意打ち。むせながらの叫びが上がると同時。バタバタと入口から足音が殺到する。

 

 思惑通りで口元がにやけたのが分かった。座っていた椅子をホセに投げつけ、自分は入り口へと駆け出す。

 

「ぐあ、なにが⁉︎」

 

 入り口から二人来るのを気配で察する。

 

「ホセ様!大丈夫で——ぐぅ⁉︎」

 

 飛び込んできたアルテナ兵の腹に剣の柄頭をぶち当て昏倒させる。

 そのまま倒れこもうとする兵士を後ろに続いてきた兵士に向かって押し倒す。

 

「がっ、おい!邪魔だ!」

 

 視界は塞がれたままだがうまく転倒させると、入口へと駆け抜け外へ。異常を察して身構えていた兵士とかち合う。

 

 兵士との距離は六歩ほど。

 

 女性兵士。特徴的な紫のローブに鍔広の帽子。ローブの下は見えないが、レオタードなのだろうか。

 そんなどうでもいいことが脳裏をよぎった瞬間。

 

「ッ!ファイア——」

 

 魔法詠唱。

 後ろの建物に当たったらどうなるか。

 

 ——そんなこと微塵も考えちゃいない!

 

 考える余地などない。反射的に強く踏み込み、一足飛びでその距離を埋める。

 

 詠唱を終えるよりも早く、強烈な一撃を見舞い詠唱を中断、気絶させた。

 

 後ろからは煙幕に巻かれて咳込む声が聞こえてきていた。立ち止まることなくその場を離れる。

 煙幕がこれほど役に立つとは思わなかった。ナバールの皆さんと一緒に船旅をしたおかげだ。次に会えたらお礼を言わなくては。

 

 追手があるか背後を確認するが、ついてきている気配はない。

 十分な距離を稼いだところで、人波に紛れ込むことに成功する。気は緩めずに、しかしほっと一息つくことができた。

 

 宿までの道筋を警戒しながら、不自然にならない程度に急ぐ。宿に準備してある荷物を持ち、街を出るのだ。

 

 そして、氷壁の迷宮を目指す。

 

 すぐにでも国を出た方が良いかも知れない事実が頭をよぎった。

 

 だが、時間が限られた旅であることや、再びここへ来る頃には会えるかもわからないブースカブー頼りになってしまうこと、マナストーンに触れるチャンス、いろんな要素を考えたときに、国を出るという選択肢はなかった。

 

 先ほども楽観視して招いた危機だったわけだから、もっと慎重に行くべきなんだろうが……。

 

 俺一人のために港を封鎖することもないだろうとも思っている。そんなことをすれば、ただでさえ安定しない気温に加えて、民衆からの不満を溜め込むことになるからだ。

 

 まぁ、民衆のことを考えるだけの思考力が女王に残されていれば、というのが前提の話になるけどな。

 

 この判断が吉と出るか、凶と出るか。

 

 荷物はすぐに持ち出すことができた。普段使いのバックパックに加えてスコップやらカンテラやら、とにかく雪原で野宿をするのに困らない支度をありったけ準備してある。

 

 荷物は体の二倍くらいの体積はあるだろうか。それでも、それほど動くのに苦労がないのは普段からの修行の賜物と言える。

 万一、彼女が来たときのために用意していた食糧やらも詰めるだけ詰めた結果だ。無駄にはできない。

 

 時間も無駄にはしない。ぐずぐずしていたら、先ほどの件で街の出入りに問題が生じるかもしれないからだ。

 すぐに宿を引き払い、街の出入り口である門へと向かう。

 

 氷壁の迷宮へは地図頼りとなる。ガイドがいないことは不安材料だ。旅慣れてきて一人での行動も余裕はあるが、油断はできない。

 

 なにせ未知の土地、雪国だからな。

 雪山では無闇に動いてはいけない、何ていうのはこっちでも常識だ。一番厳しい時期を越えたとはいえ、油断はできない。

 

 食糧が予定日数の半分を切るようなら引き返す。これだけは必ず守ると決めている。

 

 再度のアタックができるかはそのときの状況次第だ。

 

 すたすたと大荷物を背負いながらも、苦もなく歩を進める。

 

「おい、火事だってよ」

「兵士が鎮火に出向いてるらしいぜ。行ってみよう」

 

 先ほどの騒ぎによる情報が錯綜しているみたいだ。バタバタと酒場に向かっていく野次馬とは、逆方向に歩く。

 

 門には二人の女性兵士がいたが、一人が街の様子を気にして声をかけてきた。

 

「何か騒がしいようだが……?」

「どうやら火事があったようです。詳しくはわかりません」

「そうか。巻き込まれなくて良かったな」

 

 まだ、俺のことは伝わっていないのだろう。心臓がバクバクと鳴っているのがうるさいくらいだ。

 

「はい。荷物が無事で何よりです」

「エルランドに行くんだろ。冬季が明けたとはいえ、最近の天候は不安定だ。気をつけて行けよ」

「ありがとうございます」

 

 何食わぬ顔で門をくぐる。冷や汗が止まらない。

 どうやら門を閉めるほどの騒ぎにはなっていないらしい。

 

 ほっと安心して息をつく。

 

 ふと、疑問が頭によぎる。

 

 そんなことがあるのか?

 

 状況を見ると、姫を拐かそうと企てた者がいるんだぞ。

 そいつがのうのうと、街から出られるなんてことありうるのか?

 あそこから一目散に、荷物を取らずに来たならわかる。

 

 だが、一度宿に戻る時間があったんだぞ。この行動は外で活動するのに絶対に必要なことだから、間違いではない。

 間違いではないが、可能な限り早く動いたとはいえ、それでも賢明な者ならば、まず門を閉鎖するために遣いを出すんじゃないか?

 

 その判断をホセがしないことがあるだろうか。

 

 が、実際はそうなっていない。

 

 たまたまうまくいっただけ、そう考えることもできるのか?

 

 何か嫌な予感がする——

 

 何事もなく門から出て、街を抜けた。自然と歩調が早くなる。

 

 まだだ。まだ、門番が見える。

 

 気を抜くな。見えなくなるまでは——

 

「そこの者、待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——————————————————

 

 

 

「いやはや。煙に撒かれるとはまさにこのことじゃな」

「笑い事ではありません、ホセ様」

 

 黒煙が止んだ酒場の中は、さほど荒れてはいなかった。床に壊れた椅子が転がっているのみと、諍いが起こった後にしては穏やかなものだ。

 自分にも大した怪我はない。左手を打撲した程度の軽傷を負ったのみ。

 

 そして、誰も死んでいないという僥倖。

 

 甘く見ていたことは否定しない。死ぬ可能性が高かったこともだ。

 

 分かった上で、自らが接触する選択をした。

 

「まんまと逃げられたのは想定外かの」

「……だから、危険だと進言いたしましたのに」

「ほっほ、みな生きておるのだから問題ないわい」

 

 連れてきた私兵の一人の言葉は、さらっと受け流す。警戒はしていたが、兵の存在を明るみにしたことによる動揺を悟り、油断が生まれた。

 完全な自分のミスだ。

 

 この接触はある種の賭けだった。

 

 姫様からの相談で、まさか精霊という手段が出てくるとは考えてもみなかった。

 

 それを教えたのが剣士だという。

 

 自分自身ですら、精霊を利用しようなどとは思わないのだから、聞いた瞬間に他国からの干渉を疑った。

 

 すぐに兵士を送り込んで捕縛し、洗いざらい吐かせようと決め、そして自分自身で実行に移した。

 

 だが、同時に天啓とも思ったのだ。

 

 その力を利用し、秘密裏に姫様のために使うことができるのならば、と。

 

 このままもしも姫様が魔法を使うことができなければ、国の行く末は危うい。

 

 仮に百歩譲って魔法が使えない姫様の代わりとなりうる伴侶を選ぶとして、国を背負うに足る実力者でなければならない。

 そういう者の中から、良い国を築いてくれそうな人物など、簡単には出会えないことは歴史上明らかだ。

 

 だから、このチャンスをモノにするために、信頼のおける手勢を連れて直接の交渉に望みを賭けたのだが。

 

「まさか交渉に入る前に逃亡されるとはの」

 

 いきなり囲み込んだのは、力の差を見せれば優位に立てると考えたわけだが、完全に裏目に出てしまった。

 裏で糸を引くであろう人物に近づく手がかりをみすみす失ってしまったことになる。

 

 どうしたものかと考えている時間はないだろう。事態は考えていた分岐のうち、最悪な方へ向かい始めている。

 

 交渉が決裂した今、彼をこのまま野放しにしておくことはあまりに危険だ。

 

 姫様を利用しようとしたことを考えれば、氷壁の迷宮までの道程は分からない可能性がある。

 

 一週間もの猶予を与えたことを見るに、簡単に諦めるとは考えにくいか。いや、不利な立場であると察して逃亡するだけの思い切りの良さがあるのだ。

 目的達成か、国から追われるリスクとを天秤にかけたときに迷わず国外への脱出を決めかねない。

 

 となれば、港を封鎖し、身柄の確保を最優先とすべきか。

 もっともその指示を簡単に出すことはできない。緊急時だからと、そうほいほいと大掛かりな包囲網は作れないのだ。経済の停滞による民衆の不満や、警備体制の問題をつつくことで内部に面白く思わない者も出てくるだろう。何より、今の自分は軍や政治に直接的に口を出せる立場にはない。

 

 どのようにして精霊の力を利用しようとしたのか、これを聞き出せれば姫様の力になるだろうことはわかっている。

 

 無論、姫様の力を疑ってなどない。いずれは女王様と肩を並べる大魔法使いとなるお方だと信じている。

 ただ、今の姫様は、気持ちの有り様だけでは魔法を使うきっかけが掴めないのだ。

 

 精霊がそのきっかけとなるならば。

 

 何を迷う必要があるだろうか、手段を選んでいる場合ではなかろう。

 

 ただ諭し、説法を聞かせるだけでは、あの方の長年の自分の価値観を突き崩せないと、自分自身が感じてしまっているのだ。

 

 これ以上の苦しい思いをすれば、弦のように張り詰めた心がばらばらに引き裂かれてしまうのではないかと、そんな想像すら大袈裟ではないと思っている。

 

 もう十八になられたのだ。素質がある者ならとうにマナの扱いを覚えて、新兵として魔法兵の訓練を受けているはずだというのに。

 

 その焦りがないはずがない。偉大な女王の子息であるならば尚のことだ。

 

 知らず、強く噛み締めた歯がぎりっと嫌な音を立てる。

 

「ホセ様、いかがいたしましょう?」

 

 部下の一声で少し冷静さを取り戻す。

 マナストーンを狙っている輩がいることは確かだ。それも、この国にとっては大事に違いない。

 であれば、他の兵にも応援を要請した方がいい。

 

 なに、魔法を使えるようになる可能性が消えたわけではないし、もともとうまくいくと決まっていたわけでもない。

 姫様の問題は振り出しに戻さねばならないが、あの男は捕らえるべきだ。

 

「すぐに他の部署にも伝達を——」

「ホセ様!こんなところにいらっしゃったのですかっ!」

 

 焦ったような遣いの言葉に耳を傾けることよりも、指示を遮られたことに年甲斐もなく腹が立った。

 

「何事じゃ騒々しい!」

 

 だが、続く言葉に久方ぶりに思考が真っ白になる。

 

「姫様が、姫様がいなくなりましたっ‼︎」

 

 一瞬、言われた意味が分からなかった。

 

「なんっ、じゃってえええ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

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「聞こえないのか!そこの者、止まりなさい」

 

 一度目は無視したが、再びの制止の声に足を止めた。

 

 バレたのか?いや、先ほどの様子では何も把握していなかったはず。

 それに、門からはだいぶ離れた位置だ。

 

 待ち伏せられていた。誰が、何のために。

 

 ほんの一時思考が目まぐるしく回る。

 

 様々な疑問が浮かんだが、やり過ごすという選択を取るために恐る恐るゆっくりと振り返った。

 

「あんた、レディを誘っておいてほったらかしなんて酷いと思わないの?」

「お前は……⁉︎」

 

 道の脇にある木にもたれかかるように待ち受けていたのは、今回の騒動の一因となったアンジェラ王女だった。

 さすがにレオタードだけなどということはなく、全身を毛皮のコートやら防寒具で覆っている。変装のつもりだろうか、深く被っていたフードを少し上げて顔を見せ、口元につけていた白いスカーフを外した。

 これで門番を欺いたというなら大した姫様だ。

 

「というか、一週間もほったらかされたのは俺だろうがっ!」

 

 なんてことは顔にも声にも出さない。出したら負けだ。クールになれ。よし。

 

 大丈夫、ちょっと取り乱しそうだったが、落ち着いた。

 

 ふぅ。

 

「……どうしてここに?」

 

 当然の疑問がこぼれる。ホセが来たのだ、てっきり交渉は決裂したと思っていたのに。

 

「相変わらず、デリカシーのない男ね……と、言いたいところだけどこっちにだっていろいろあるのよ、少しは察しなさいよね」

「察するだけの情報がないわ。無理難題を当たり前のように言うんじゃねえよ」

 

 こっちだって何が何だかわからなくてテンパってるっていうのに。察しろの一言で済むなら世界はもっと平和に回っているはずだ。

 

「あら、そんな態度をとっていいのかしら〜」

「なんだって?」

「わたしがここで大きな声を出したら……いったいどうなるかしらね?」

「おまっ、脅そうっていうのか⁉︎」

 

 ここで衛兵を呼ばれるのはまずい。まだ街中に潜伏していると思われている方が遥かに状況はいい。

 外に出たことが知れるのは遅いほどいいのだ。

 

 俺が渋い顔をしているのが分かったのだろう。ふふっ、と小さく笑って舌を出した。

 

「冗談よ、ジョーダン!あのときの仕返しです〜!ひっかかった?」

「……おまえなあ」

 

 こんな真面目な場面でやることじゃないだろ。と、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 なんかこいつ変なテンションになってないか?

 それともこんな性格だったっけ?

 原作の記憶もあまり頼りにならないものだな。

 

「そんなことするくらいならこんなとこまで追いかけるわけないじゃない。それが答えよ」

 

 隣に並んで先行するように歩き出す。

 何を考えているのか。ホセの口振りが実際の彼女の行動と噛み合わない。

 

「さっ、何ぼけっと突っ立ってるの、早く移動しましょ。ホセがわたしを探し始める前に少しでも距離を稼がないとなんだから!」

「言ってることには賛成だが、急に仕切るなよ。それに、ついてくる気があるってことでいいんだよな?」 

「何よ、はっきり言わなきゃわかんないわけ?」

「むしろ突然現れたやつが何食わぬ顔で旅に同行してくることに驚きを隠せねえよ」

「いちいち細かい男ね……。あんたモテないでしょ」

「余計なお世話だ。ホセ老がお前が来るわけないだろうって力強く言い切ってたんだ。簡単に納得するわけないだろ」

 

 その言葉に少々げんなりした様子を見せた。

 

「ホセのことは悪かったわね。ホセにはホセの考えがあって、わたしにはわたしの考えがあるのよ」

「いや、襲われたことに関してはまるで許したつもりはないぞ」

「あんたがちゃんとした身分を明かさないから——」

 

 待てよ。こいつさらっと気になること言ってなかったか?

 

「なあ」

「何よ、少しは話す気になったわけ?」

「ホセが追ってくるのは俺じゃないのか?」

 

 『わたしを探す前に』じゃ、噛み合わない。つまり。

 

「お前まさか城にいなくなる口実を作ってないのか……?」

 

 ああ、そんなこと。と言わんばかりの表情に、豊かな胸を張って言った。

 

「そんなめんどうなことするわけないでしょ。だからホセには黙って出てきたんだから」

 

 なん、だと?

 

「わかった、大丈夫だ。少しまとめさせてくれ」

 

 顔を片手で覆いながら、最悪だ、と呟きが漏れる。

 

 これで誘拐未遂犯から、めでたく誘拐犯にクラスチェンジだ。

 俺の情報が門番まで回っていなかったことも、肝心の姫が城から消えたことの衝撃を考えれば、後手に回ってしまったのだと頷ける。

 恐らく、姫の失踪の発覚とホセの接触は同じくらいの時間に起こったのだろう。

 

 しかし、ホセ側としては現状手掛かりがない。となれば有力な関係者となりそうな俺への追手は確実に出してくるはずだ。

 

 となると、本当に氷壁の迷宮を目指すでいいのか?

 

 姫の失踪となるくらいならば、港の閉鎖など最優先だろう。最悪、目的を達しても国から出られなくなる。

 

「ちょっと、何黙ってんのよ」

 

 頭の回転が早いのか悪いのか分からない姫様はこんな調子だ。

 

「事態はお前が思うよりも深刻なんだよ、少しは考えさせてくれ」

「あー、あんたの身の安全の心配?だったら約束してあげる。あんたの言う通り、わたしが魔法を使えるようになったら、ちゃあんとホセに話を通してあげるわよ」

「それで丸く収まると本気で思ってるのか?」

 

 え、これってそんな簡単な話なのか。あまりにも自信満々に言うものだから、一瞬思考が止まったんだけど。

 

「ええ。ホセはわたしには甘いからね。だから先に言っておくけど」

 

 ぐっ、と体を寄せてくる。不用意に近づいてきたあまりに綺麗なその顔を見て、迫力と合わさり思わず一歩引いてしまった。

 

「今から降りようなんてこと、させないからよろしくね」

 

 妙に凄みのある笑顔に「あ、ああ」と頷くことしかできない。

 どちらにしろ、もうやり抜くしか選択肢はないのだ。それならば、やった後で彼女になんとかしてもらうとしよう。

 

「よしっ!じゃあ出発するわよー!」

「目的地もわからないくせにどこに向かうってんだ」

「氷壁の迷宮に用があるんでしょ?ホセが気付くのも時間の問題だからさっさと行くわよ!」

「残念ながら、もう気付いてるんだけどな」

「だったらなおさら急ぎましょ!」

 

 タタタッと軽快な足取りの彼女がこちらを振り返る。麻色のコートがまるでドレスのようにふわりと舞い上がった。

 雪原に広がるその姿を幻想的だと、そんな安直な感想が浮かんだ。

 

「もう知ってるだろうけど、わたしはアンジェラ。魔法王国アルテナの女王の一人娘よ。あんたは?」

 

 知ってる。その自己紹介は一般人には強烈過ぎることを自覚しているのだろうか、いや、してないな。

 

「草原の国フォルセナ出身、黄金の騎士ロキの息子デュランだ」

「そ、よろしく頼むわね。騎士としてしっかりと姫を守るように!」

 

 お気楽に振る舞っているが、少し、アンジェラの肩が震えた気がした。

 何を思い、彼女はこんななり損ないの見知らぬ騎士と旅に出るのか。

 

 俺にはその心の在り方を測ることはできない。

 

 だから。

  

「騎士として必ずや危険から御身を護りましょう」

 

 ただ、このアンジェラという一人の女性の決意に敬意を表して、そう宣言しておく。

 この言葉で少しでも肩の荷が降りて欲しいと、そんな願いを込めて——

 

「ぷっ、なんか似合わないわね」

「……やっぱり嫌な奴だな」

 

 ——込めたことを一秒で後悔した。

 

 あまりに前途多難過ぎる逃避行が始まろうとしている——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









遅くなりました。なんとか2ヶ月経つ前に間に合いました。。

時間をかけるほど方向性を見失ったり、書きたかったことが増えたりしてタイミングを見失ってました。一月で出すくらいがちょうどいいのですが…

ホセ…本作ではイメージで補完しています。たぶん原作とは立ち位置も性格も違うけど、こんなんもありかな、と。
アルテナ兵…女性ばっかりでしたが、今作では男もいます。たぶん、魔法兵に女性が多いだけなんじゃないかなって思ってます。女王が治めている国だから、とか、魔法使いに女性が多い、とかそう言った理由かなと推測。

いつも感想、お気に入り登録、評価ありがとうございます。励みになります。
アンジェラ出てきたのでもちっと気合い入れていきます。

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