デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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第十九話 俺は強いと虚勢を張ってみる

 

 

 

 

 

 魔法の使えないわたしに価値はない。

 

 周りの視線は冷ややかだった。幼少の頃はそんなこと気にしたことなかったのに。今でははっきりと感じている。

 

 面と向かってわたしを非難する者はいない。それを口にすればどうなるか分かっているから。

 

 いつからなのか。十になる頃は座学だって頑張っていた。勉強は嫌いだったけど、お母様に褒めてもらいたくて必死だったことは覚えている。

 

 そうして、一年、また一年と過ぎていく。十四の年には初歩の魔法を成功させる者が出てきた。

 

 わたしにはその兆候はない。

 知識では分かっているはずなのに、マナと言われるものがなんなのか、理解できなかった。

 そこに『在る』はずのものが、わたしには感じられなかったのだ。

 

 このときから一抹の不安と焦りがわたしの中に芽生えていた。

 

 それを見ないフリをして、目を背けて、いつか、必ず、わたしなら、そんな言葉で自分を鼓舞し続けた。

 

 そして、女王の娘であることへの重圧が理解できる年齢になっていったのである。

 

 賢くなればなるほど、自分の不甲斐なさに打ちのめされる。学べば学ぶほど、自分に才能がないことの裏付けをしているみたいだった。

 

 そんな自分が滑稽だった。

 

 誰からも期待なんてされてない。お母様ですら、わたしを見放している。そう感じるたびに、わたしの心はささくれていった。この一年、公務で忙しいとはいえ、同じ城内にいるというのにまともに会話すらしていない。

 こんなにも近くにいるはずなのに、お母様はわたしにとって遥か雲の上の存在だと、理解するのにそう時間はかからなかった。

 

 わたしは、いつの間にか頑張ることをやめていた。

 

 一生水面に浮かぶことなく、水の中でもがき続けることに疲れてしまったのかもしれない。

 

 最近では城を抜け出しては、周りを困らせている。最初はいい気晴らしかとも思っていたけれど、少し経つと刺激のないただの時間潰しとなった。

 

 影では無能な王女と囁かれている。

 

 もう知っている。今更それがどうしたというのだ。

 

 ホセにはよく叱られた。でもそれも次第にどうでもよくなっていった。

 

 心が、悲鳴を上げている。

 

 どうにもできないのだ。この年齢になるまで魔法を使えないということが、どういうことなのか。

 

 身につけた知識が、城に保管された資料が、おまえには無理だと言っているのだ。

 

 そう、思っていたのに。

 

 

『魔法を使えるようになれると言ったらどうする?』

 

 

 せっかく諦めていたのに。

 

 諦められると思っていたのに。

 

 もうとっくに消えて冷たくなっていた胸の中に、小さな火がついたのが分かった。

 

 否定しても、魔法が使える可能性があると示された。

 

 信じてもいいのだろうか?

 

 答えは分からない。でも、わたしのやることは決まっていた。

 

 燻り続けていた火種を見つけてしまったから。

 

 本当はこのまま終わりたくなかった。どんな手段でも、わたしの知らない方法があるのなら。

 

 確率がゼロじゃないのなら。

 

 賭けてみようと、思ったのだ。

 

 ホセに相談するのは最後の最後だ。全ての旅支度を秘密裏に済ませ、ホセが駄目だと言っても行くことに決めた。

 

 ホセは、きっと反対するだろうから。

 

 自分の教え子が魔法を使えないことに責任を感じているくせに、堅実な彼はこの機会をチャンスではなく危機と捉えるだろう。

 

 彼のことは手に取るように分かる。だからこそ、そうさせてしまうわたしを、わたしは恥じた。

 

 でも。

 

 ホセには相談しておきたかったのだ。誰よりもそばでわたしを見ていてくれたから。

 

 まだチャンスがあるよって、言いたかった。魔法が使えるようになったわけでもないのに、可能性があるかもしれないってだけなのに。

 

 やっぱり反対されたし、すぐにホセは彼を捕まえに行ってしまったけれど。

 

 彼はそのくらいでは捕まえられないだろうって、よく分からない確信があった。

 

 女の勘?

 

 ううん、違う。そうであって欲しいって思ってる。願望かな。

 

 半分は、そのくらいの障害でつまづくようなら、諦めもつくと、打算的な考えもあった。

 

 だから、わたしが取るべき行動は揺るがない。

 

「いってくるね、お母様」

 

 わたしを変えるために——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 黙々と歩き続けて、三、四時間が経った。ここまで順調に来たが、エルランドとの岐路に差し掛かったところで、少し頭を悩ませていた。

 

「立ち止まってどうしたの?氷壁の迷宮なら右の道よ」

「そんなことはわかってる」

「じゃあなんだってのよ……」

 

 生意気な口を叩いているが、ややアンジェラに疲れが見えている。あと一、二時間もすれば陽が落ちてくるだろう。

 となれば今日の休息場所を早急に確保しなければならない。

 

 だが、問題がある。

 

 追手の存在だ。追手がかかっているとして、その判断はいつで、もう出発しているだろうか。

 

 今日どの程度まで距離を稼げば安全だろうか。

 

 場合によっては日没まで歩かないとならないだろうし、実際その方が安心はできるだろうが。

 

 それに、どのような作戦で来るのかも想定しなければならない。

 

 エルランドに向かったと考えて部隊を出した場合と、氷壁の迷宮に辿り着く前に捕らえようと考えた場合、この岐路での休息は悪手だ。

 

 どちらの場合でもかち合う可能性があるし、この場合準備を最小限に抑え、最速で捕らえに来るだろうからな。

 

 しかし、目的地を一方に絞らず、エルランド、氷壁の迷宮の二つとし、部隊を半々に分けるのならば、やはりここで分岐するだろうし、なんなら氷壁の迷宮に行く部隊は準備の分の手間や重い荷物があるだろう。

 

 氷壁の迷宮部隊は最初に考えた通り、最速で来るなら準備不足で途中引き返してくれることもあるかもしれない。

 

 まあ、一番楽なパターンは何も考えずに追ってきてる場合かな。

 

 それにしたって、判断材料が少な過ぎる。最適な行動が何なのか読めない。

 

 とりあえず無駄かもしれないが少し小細工しておくことにしよう。

 

 おもむろに荷物を雪の上に下ろす。ギュムッと雪を踏み締める音が鳴った。

 

 幸いにも雪は足首が埋まる程度で、それほど移動の妨げにはなっていない。

 つい先日までかなり降ったものだが、予想に反してここだけは良かったと言える。

 

「ちょっと、ここで休息をとるの?ここは進むべきよ、わたしに気を遣ってるつもり?」

「すまないが、まだもう少し動くことになる。ちょっと待ってな。風よ——」

 

 深く、深く意識を沈めていく。

 

 俺を中心に一陣の風が巻き起こり、円のように遠くへ広がっていく。この風が周辺の生き物の気配を教えてくれる。

 

「この風、あんたが⁉︎」

 

 アンジェラの問いに反応はしない。それほどの余裕がないのだ。気が抜けない。

 

 ローラント王は、常にあの広大な城の気配を探ることができた。それだけの風のマナの使い手であるということ。

 

 俺もいずれはそこまでいきたいものだが、実際の実力は周辺十メートルくらいの気配を察知できる程度だ。

 

 だから今は、広大な範囲をソナーのように風を使って探知している。

 森や雪といった環境だが、五百メートルくらいまでなら感知できただろうか。

 

 モンスターの気配は、なさそうだ。追手の存在も察知できなかったが、相手は魔法兵だ。ホセにもやられたが、気配を絶つ術を持っているかもと考えると、安心はできない。

 

「ふぅ、よし。しばらくはモンスターとの出会いはなさそうだ」

「今のも風の魔法?」

「まぁ、名前はないから魔法といっていいのかわからんが、マナを扱う技術の一つだな」

「そう。そんなこともできるのね」

 

 どこか考え込むような表情をしているのが気になったが、のんびりとしている時間はない。

 

「俺は寄り道してくる。先に行ってできるだけ進んでてくれ。すぐ追いつく」

「ちょっと何言って⁉︎」

 

 それだけ言い残し、返事を待たずにダッシュで雪の道を駆け出した。エルランド方向へだ。

 

 一分くらいで先ほど探知したギリギリまで来た。ここはちょうど下りとなっているため、あの岐路から見ると先が見えなくなる場所だ。

 

 だからここから先に『足跡』を残す必要はない。

 

 なんでこんなことをしているかというと、単純にエルランドに向かったかも、と思わせるのが目的だ。

 

 ここまでモンスターとの遭遇はなかったが、すれ違う人もなかった。それに加えて、俺たち以外でアルテナを旅立った者もいない。

 

 なぜなら俺たちより前に人の足跡がなかったからだ。

 

 今は雪も降っていないし、足跡があれば行先は考えずとも分かってしまうのだ。

 だからこんな面倒な手間をかけている。

 

 本当に小細工だ。やらないよりはマシといったところ。

 一番は追手なんてものがないことだが、それは楽観的過ぎるだろうしな。

 

「さて。二人分だからな。後ろ向きで走るってのはいい修業になるかな?」

 

 雑ではあるが、もう一人分の足跡を残すべく、後ろ向きで駆け出した。

 

 復路は多少時間がかかったが、まだ五分と経っていないだろう。岐路まで戻ったところで周辺の雪を踏み荒らしどの足跡かわからないようにする。

 

 ほんの少しの時間稼ぎだ。運が良ければ引っかかって十分くらいは損をしてくれるだろうか。そのままエルランドに行ってくれれば、というのは期待しすぎだろう。

 

 アンジェラはちゃんと先に向かったらしい。ぽつぽつと足跡が残っているが、姿は見えない。

 

 荷物を持って、次はアンジェラの足跡に被せて移動すれば、今できることはできたはず。

 こうすれば、単純にエルランドに二人分の足跡、氷壁の迷宮方面に一人分の足跡だ。

 

 とりあえずどっちに進んだか迷いはするだろう。

 

 もうすぐ日没であることを考えれば無茶な進軍を避け、今日は諦めて休息をとるかもしれない。

 

 これ以上は読み切れないな。

 

 ささやかな努力をしたところで、慎重にアンジェラの付けた足跡を正確に辿っていく。

 

 さっささっさと歩を進めると、細い人影が見えてきて、あっという間に影の主に追いついた。

 こちらは曲がりくねった道なので、もう岐路は木の陰に隠れてまったく見えない。

 

「……何やってたのよ」

「ちょっと小細工をな。なんだよ、どうした?」

「べつに。護るとか言ったくせに、一人にするんだなぁとか思ってないわよ」

「だから先の道の安全確認はしたし、早く戻ってきただろ?」

「そういう問題じゃないの!何の説明もなしに指示だけ出されても不安なのよ、この唐変木!」

 

 時間をかけないようにと最善を尽くしたと思ったんだが、ちょっと裏目に出たようだ。

 これはまた嫌われたかもしれん。 

 

「悪かった。次はきちんと説明する」

「それじゃ満点の回答じゃないけど、今回は大目に見てあげるわよ」

「そうしてくれると助かる」

「……ま、ちゃんと来てくれたわけだし」

「なんか言ったか?」

「何でもないわ」

 

 どうやら少しは機嫌を直してくれたらしい。気を付けねば。

 しばらく歩いていると、ぴくっと違和感が背筋に奔る。

 

 例のアレが来た。

 

 よりによってこんなタイミングで。

 

「今日はここで休息にする」

「はあ?今度は何⁉︎まだ陽が落ちるまで時間があるわよ」

 

 確かにその通りだ。まだ余裕がある。

 

 だが、準備を急ぐ必要がある。

 荷物を下ろしながら、バックパック横に引っ掛けていたスコップを手に持つ。

 

「雨か、いや、雪が降ってくる。すぐにキャンプの準備をしないと死ぬぞ」

「雪が降ったらそりゃ、まずいけど。雲ひとつない晴れよ?絶対に先に進んだほうがいいわ」

 

 俺だって追手がかかっていて、天気が崩れないならそう判断していただろう。

 ただ、天気は悪くなる。ただし、その正確な時間がわからない。一時間後かもしれないし、十分後かもしれない。これをどう説明してやればいいんだ。

 

 いや、説明して納得してもらうのは後だ。

 

 小細工なんてやってる場合じゃなかった。これであの足跡はさっぱり消えるだろうと思うと、足取りが追えなくなって好都合なのに何故か切ない。

 

 そんな反省は後にしよう。今は時間が惜しい。切り替えてアンジェラの説得をしなくては。

 

「賭けよう」

「は?」

 

 なんの脈絡もない唐突な発言に、アンジェラの視線が雪より冷たく感じる。

 

「雪が降らなかったら奴隷にでもなんでもなってやる。だがもし、雪が降ったらこの旅の間は俺の言うことを信じてくれないか」

 

 奴隷になるってのは結構重い意味を持つ。口約束だが相手は王女だ。外したらほんとにそうなってしまうかもしれない。

 

 まあ、ほぼハズレはないからちょっとずるいかもだが、度々俺の言うことを疑うことになると咄嗟の時に危険から守れないかもしれないし、必要なお願いだ。

 

「そういう問題じゃないんだけど。わたしは追ってくる兵士の心配をしてるんだけど?」

 

 はい。正論ですよ。奴隷のくだりは完全にスルーだったわ。やっぱりこういうところは冷静なんだよな。何でもはいはい言われたら、それはそれで不安だし。

 

 だが、答えは簡単に返せる。

 

「それは大丈夫だ。いざとなれば追い払うし、何よりそれによって死ぬことはないだろ」

 

 『アンジェラだけは』という言葉は飲み込む。

 正直、十人規模の魔法兵となると何人かを無力化したところでたぶん魔法を食らってしまう。だからこの追い払えるというのはやり方、状況次第かもしれないから百パーセントの話じゃない。

 まぁ可能性がゼロでもないからぎりぎり嘘は言ってない。

 

「だが、雪が降った場合、対策をきちんとしなければ凍死する確率が高い。信じてもらえないかもしれないが、『風』が雪が降ると言っているんだ。わけわからんかもしれないけど、俺は本気だ。それに俺は俺の責任であんたの命を守りたいって思ってる。だからここで休息をとる。いいか?」

 

 早口でまくし立てるように一気に言い切る。呆気にとられたような顔をしていたアンジェラだが、数秒考えたあとため息とともに口を開いた。

 

「わかったわよ。ただし、追手が来たらなんとかしてよね。それが条件よ」

 

 そう言って、アンジェラも背負っていた荷物を下ろした。渋々、といったところか。

 

「ありがとう」

「別に。追手を追い払える手段があるんだったら、命を失うリスクを避けて休息したって問題ないって納得しただけよ。それに——」

「それに?」

「……やっぱり何でもないわ。支度するんでしょ。手早く済ませてよね」

「いや、悪いが働いてもらうぞ。時間が惜しいんでな」

「っとに!分かってたけどね!何したらいいってのよ‼︎」

 

 ここで怒るのはちょっと理不尽じゃなかろうか。

 

「そう手間はかけさせないさ、まずは——」

 

 出された指示に怪訝な表情を見せるアンジェラ。

 

「あんた、本当に休憩する気あんの?子供の遊びじゃないのよ」

「本気だ。できるだけ大きく頼むぞ」

「これで死んだら祟ってやるんだから」

 

 文句を言いながらも作業を始めたのを見届けて、スコップ片手にこちらも活動を始める。

 間に合うかはギリギリのところだが——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟々とものすごい勢いで吹雪く音が聞こえている。あのまま歩いていたら、とてもじゃないが氷像プラス雪だるまのコンボで死は免れなかっただろう。

 

「本当に雪が降ったわね」

「ああ、早くに準備して良かったよ」

 

 寝袋に入って温まりながら、ランタンに灯る火を見つめて呟く。

 外の様子は入り口用に開いている穴の隙間から見えるが、そこもなるべく風が入らないよう荷物で塞いである。

 

「それにしてもこの中は暖かいのね。作り始めたときは気でも触れたのかと思ったけど、雪の中がこんなに快適とは知らなかったわ」

「カマクラっていうんだ。俺もこの国に来るまでは半信半疑だったけどな」

 

 前世ではそう真新しいものではないだろうが、こちらにはそういう文化がないらしい。実際に作ったことがあったかは定かではないが、知識があるのはこういうときに便利だ。

 

「狭いことを除けば言うことはないんだけど。ちょっと、もう少し離れなさいよ」

「もっと広くして欲しかったなら、雪玉を今の二倍にするべきだったな」

 

 巨大な雪玉を外から固めて中をスコップでくり抜くというやり方で作ってみたが、思いの外うまくできた。難点は狭いため、2人入るとどうしても肩を寄せ合うくらいの近さになってしまうことか。

 

「アレが限界よ!それにこんなもの作るなんて聞いてなかったし、次に作るときはうんと大きくしてやるんだからね!」

 

 なんやかんや、元気そうだな。この分なら心配いらないか。

 

「吹雪が収まるまではここを動けないんだ。寝ていてもいいぞ」

「そんなこと言って、あんた、寝込みを襲おうってならただじゃおかないわよ」

「そんなつもりはない。寝ないと明日がもたないって言ってるんだ」

 

 寒いには寒いが、外と比べれば寝ても凍死することはないだろうし、カンテラが灯っている分、わずかに寒さが和らいでいる気がする。

 

「あんたのこと、完全に信用したわけじゃないのよ」

「そりゃそうだろうな。俺がお前の立場なら同じ考えだろうよ」

「今が良い機会だから聞いてあげる。なんであんた、わたしに魔法が使えるようになるなんて教えてくれたの?」

「それは」

 

 すぐに返そうとして、一瞬、問われた意味を考えた。今聞くことか、とも思ったし、今更だな、とも思ったのもあるが、俺の目的を話して果たして信じるだろうか。

 

 俺が返事をためらったように思ったのか、アンジェラはさらに言葉を重ねてくる。

 

「同情じゃないことは分かってるわ。でなければわざわざわたしに近づいたりしないだろうし、何か目的があるんでしょ?」

「同情なんかでこんな危険な力を教えるわけないだろ」

「じゃあわたしが女王の娘だから恩を売ろうってわけ?」

「別にそれも関係ないさ。第一そういう目的だったらもっと別のやり方をするだろうな。女王に間接的にでも打診してから行動にうつさなければ印象は薄いし」

「じゃあ一体何?まさか気まぐれだなんて言わないわよね」

 

 気まぐれね。唯一得られたジンの加護を受けた俺らしいというか。いつも行き当たりばったりなことを考えると半分くらい当たっているかもしれない。

 

 だが、明確な理由を、と言われたら答える用意は最初からある。

 

「強い仲間が必要なんだ」

「仲間?なんで?」

 

 まあそうなるよな。

 

「今は言いたくない。だけど、悪事に手を貸して欲しいわけじゃない。壮大な慈善事業なんだ。実現すればアルテナへの利はかなり大きい。そのために仲間が必要なんだ」

 

 嘘は言ってない。マナが守られれば、気候もこのまま安定させられるし、アルテナの存続に大きな影響を与えられる。

 

「その慈善事業は他国へも利があるってわけね。でもあんた自身への儲けがないから慈善事業ってことかしら」

「そんなところだ」

 

 よくこんな雑な説明で理解できるな。やっぱりなぜ魔法が使えないのか、謎が深まる。頭の良さとマナを扱う技術は比例しないということなのだろうか。

 

「ふうん。なんだかはっきりしない目的ね。でもやっぱりなんでわたしに魔法を教えようとしているのか、という答えにはなってないわ」

「あ?何でだよ。最初に言ったろ」

「突っ込みどころはいろいろあるけど、あんたが求めてるのはただの仲間じゃなくて強い仲間なんでしょ。今のわたしははっきり言って戦いでは役立てない。なのにあんたはまるでわたしが魔法が使えるようになることを確信しているみたいじゃない。まだ他に理由を隠しているんでしょ」

 

 鋭い。確信しているし、アンジェラがマナの勇者の一人だということも隠している。

 が、それはやはり今言う必要はない。

 

「アルテナに勇名を馳せている理の女王の一人娘に、才能がないわけないだろ。単純な理由だ」

「っ!だからって魔法が使えるようになるとは——」

「それを使えるようになるためについてきたんだろ?そう自分のことを否定するなよ。大丈夫だから、俺に任せておけ」

「勝手なこと言って、わたしが今までどんな気持ちで……」

 

 その声と表情から気付く。

 

 ああ、どうにも俺ってやつは、他人を気遣う力が欠けているのかもしれない。

 

 自分にそこそこ力がある故の傲慢か。

 

 多くを知っていることへの慢心か。

 

「魔法を使える可能性があるかもって思ったって、今まで無理だったことが急にできるようになるなんて、そんなの簡単に信じられないのよ‼︎女王の娘だったら、今頃——」

 

 そこから先は口をつぐみ、顔を背けてしまった。

 

 感情に任せて怒鳴り散らすアンジェラを見て、俺は失敗したことを悟る。

 触れてはいけないところに触れてしまったらしい。今までの境遇を考えれば、藁にもすがる想いだったのだろう。

 それを俺はよりによってコンプレックスを刺激するような言い方で。いや、無理やり納得するような筋道を探して傷つけてしまったのかもしれない。

 

「でも、来てくれただろ。信じろよ、お前ならできる」

 

 今更かもしれないけれど、言わずにはいられなくて言葉を重ねるがそれはやっぱり届かない。

 

「無責任なこと言ってんじゃないわよ……。寝るわ、無駄な時間だった」

 

 力なく寝袋に潜り込んだアンジェラを見て、ため息をこぼしそうになるのをぐっと飲み込んだ。

 

 慈善事業達成までの道のりが険しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝陽が昇り始めると、太陽に照らし出された雪原という、幻想的な光景が視界に広がる。

 朝飯もそこそこに吹雪いた影響でだいぶ埋まってしまったカマクラから這い出して、俺たちは出発した。

 

 それからは雪が降ることなく、順調な行程だった。時折、遠くからこちらを窺う魔物の気配を感じるが、襲われることはなかった。

 

 まだマナの変動の影響が小さいのだろうか。初日の吹雪だけは予想外ではあったが、このまま辿り着ければ幸運だと思った矢先のことだ。

 

「待った、止まってくれ」

「何よ、また吹雪?」

 

 あの会話からほとんど事務的な会話しかしていないが、無視をされるよりよほどいい。

 アンジェラが大人な方で助かった。

 

 と、そんなことよりも。

 

「何か変だ」

 

 立ち止まって荷物を下ろす。精神を研ぎ澄まし、風を頼りに周囲を探っていく。

 

「ここからそう遠くない場所で誰かが戦って……こっちにも来るぞ!」

 

 剣を引き抜き、前方から目視できる距離に魔物がこちらへ向かってくるのが見えた。

 

 全部で三体。

 

 緑色の体表が妖しく光る。ずんぐりした体型に歪なモリを持つ魔物、サハギンだ。原作ではデフォルメされてけっこう可愛かったのに、現実で見ると俺の胸くらいまで身長あるし、なんか生々しくて気色悪い。

 

「知らない間にサハギンの縄張りに入っていたのかしら」

「さあな。俺が相手をする、下がってろ」

「やっと騎士らしいところが見られるわけね」

 

 軽口を叩けるあたり、やはり肝が座っている。と、感心して横目でアンジェラを窺う。

 

 口元を引き結び、やや緊張した表情。しかし、口調とは裏腹にわずかに足が震えているのがわかった。

 

 そりゃそうだ。護衛の兵士が何人もいて一番奥の安全な場所にいればいいわけじゃない。

 

 こんな何処の馬の骨とも知れない男一人で、その男はいつ見捨てて逃げるとも分からないのだ。恐怖心は計り知れないだろう。

 

 何と言えば安心できるか、と少しだけ逡巡したが、出てきた答えはさっさと倒すしかない、というシンプルなもの。

 

 だから。

 

「大丈夫だ。強い仲間が欲しい俺も——けっこう強い」

「何よ、それ」

 

 くすりと、少し引きつっていたかも知れないが初めて笑ってくれたように見えた。

 

 サハギンとの距離は十メートルもない。下手に動けばアンジェラにまで槍が迫るが、呑気に待ち構えて動かないのは悪手。

 

 隊形を築かれる前に倒す。それがベストだ。

 

 最初からとばしていく。

 

「——サンダーセイバー‼︎」

 

 風が吹き荒れ、紫電が剣に纏われていく。

 

 ——からの、加速‼︎

 

 一歩を最速で踏み込み、力強く前方へと突き進む。雪が後方へと盛大に舞い上がった。

 ほんの一息で列をなした先頭のサハギンに接敵。

 

「ギョ」

 

 槍を突き出してくる前に胸部両断。その一太刀で絶命した。確かな手応えを得たのだ、振り返っていちいち確認はしない。

 

 サンダーセイバーの出力は——切れていない維持したままだ。

 

 なら、このまま押し切る‼︎

 

「ギョギョギュー‼︎」

 

 二匹目は仲間が斬られたことに激昂の叫びを上げ、それが最後の断末魔と化す。

 

 首を断ち切る。

 

 サンダーセイバーが弱まったような気がする。あまり見えないが発光が薄くなったように感じた。

 

 三匹目。手に持ったモリを突き出してくるが、力に任せた技術のかけらも感じられない攻撃。

 なんなく下から掬い上げ、モリは宙へと舞い上がる。

 万歳状態になったサハギンの腕を抜け、喉を串刺しにすると一気に引き抜く。

 

 残心。息を長く吐き、呼吸を整える。

 

 サンダーセイバーの効力で、ついでに感電もしたのか焼け焦げたらしい匂いが辺りに漂った。

 

「す、すごい」

 

 漏れたらしい呟きが耳に届く。アンジェラの賞賛が少しだけ誇らしい。

 

 だが。

 

「……どうやらまだおかわりがあるらしい」

「そんなっ⁉︎」

 

 悲鳴にも似た動揺の声があがる。

 同じ方角から今度は十匹程度が群れを為して流れ込んできているのだ。

 

 どうして急に?

 

 原因が気になるところだが、今はそれを考えている場合じゃない。

 

 この状況、アンジェラを護りながらではかなり厳しいだろう。

 

 サンダーセイバーがやけに調子が良いことだけが救いだ。これは修業の成果か、それともこいつらがバレッテよりも柔らかいからなのか。

 

 何にせよ、十を相手にするならあと三、四発分のサンダーセイバーが必要だ。

 砂漠でぶっ倒れたときは三発目で倒れた。

 

 加速の分のマナ込みだと、今の俺はどれくらいやれる?

 

 すでに一発と加速一回。風の探知はそんなに消耗していないが、果たして保つのか?

 

 ギリギリだろう。もしくは、少しオーバーだ。

 

 使いどころを見誤ってはいけない。節約できるところは節約していく。

 しかしそのためには、『一人で』戦う必要がある。

 

「なあ、すまん。荷物を持って隠れててくれ。さすがに護りながらだと厳しそうだ」

 

 あんだけ大見得切っといて情けないが、ここで万が一、俺もアンジェラも死んでしまったら六人の勇者の内二人欠けてしまうことになる。

 

 それだけは避けなければならない。

 

「逃げるって選択肢はないの⁉︎」

「たぶんあいつらの方が早い。何とかするから、終わったら後のこと頼むわ!」

「後のことって何よ!わ、わたしだって少しは役に立つ!何ができるか教えてよ‼︎」

 

 アンジェラの足はまだ震えている。本人だってその自覚があるだろうに。

 

 自分の今の力を理解した上で、それでもなお、気丈に立ち向かおうとする。

 

 ——それが俺の中の何かを激しく揺さぶってくる。

 

「その勇気があるから、お前は強くなれるよ」

「えっ?」

 

 漏れた本音に、自分でも何でそんなことを今言ったのかと、動揺した。

  

「何でもない!今お前にできる最善はさっき言った通りだ!さぁ、早く行け‼︎雪を予言した俺の言うことを守れよ!」

 

 早口でまくし立てて、下手な誤魔化しになってしまっただろうか。

 

「……死んで約束をなかったことにするなんて許さないからね‼︎」

 

 納得してくれたみたいだ。熱くなった顔を見られずに済んだことを安心する気持ちの方が強いとは。

 

 余裕があることの裏返しなのか、開き直っているのか。

 

 それとも、生き残る気しかないからか。

 

 来た道を走って戻っていくアンジェラを見届けて、随分近くまで来ていた御一行と対面する。

 

「俺は今のところ約束を破ったことはないし、これから先も破る気はない」

 

 誰に言うわけでもないが、これは自分への宣言だ。

 

 気持ちは不思議と落ち着いている。視界がいつもよりはっきりと見えるくらいだ。

 

 二十の瞳が、俺へと敵意の視線を浴びせてくるのを感じる。

 

 マナを研ぎ澄ます。防寒着を脱ぎ捨て、万全の態勢で迎え討とう。

 

 もしも一体でも撃ち漏らしてしまおうものならば、俺の『強さ』が嘘になってしまうから。

 

 そんなのは俺のちっぽけなプライドが許してくれないから。

 

「ここから先へは行かせねえ——‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。いつも励みになっています。ほんとに。
頭の中の構想からプロット、文章へと段階を踏んでいくんですが、文章を書くうちに内容が変わるので二転三転…。いろいろ心配で今回は二話分書いてから投稿にしました。
そして推敲、加筆、修正、と暇な時にやるんですが、まー、ね。
時間をください(切実

はい、言い訳終了‼︎
感想返してないのは申し訳ないのですが、読むのは楽しみにしてます(ボソ
では、また次回!
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