デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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第二十話 雪に倒れて空を見上げてみる

 

 

 

 

 

 

 彼の目的は、女王に——お母様に取り入ることだろうかと最初は考えていた。

 

 でなければ、わざわざ落ちこぼれのわたしに近づいて、魔法を使えるように導くなど、彼にとってメリットがない。

 

 もしくは、彼の正体は他国の工作員という説。

 わたしを人質にアルテナを相手に優位に立とうとする他国が送り込んだ者か。

 しかしだとしたら、大真面目に約束を守ろうと氷壁の迷宮まで進む意味はない。

 

 あるいは、わたしを亡き者にして利益を得られる者の遣いか。それも考えたけれど、それなら今の状況こそ絶好のチャンスだったはず。

 

 わたしは、彼に生かされている。

 

 初日の夜。壮大な慈善事業のために強い仲間を必要としていると言った。

 

 本当に理由はそれなのだろうか。

 

 いや、今更問い返さずとも、わたしの中でほぼ確信はある。

 

 あるけれど、心の奥底でまだ信じ切れない自分がいる。

 

 『こんなに都合が良いことが起こるはずがない』

 

 そう囁かれているような錯覚。

 

 だって、今まで誰も助けてくれなかった。

 

 孤独。

 

 わたしの努力を嘲笑うものばかりだった。

 

 無力。

 

 お母様は、わたしを見限っていた。

 

 絶望。

 

 そんな失意に塗り固められた人生の中で救いはなかった。

 

 救いの手を差し伸べ続けてくれた人もいたけど、わたしはわたしのちっぽけなプライドでその手を払った。

 

 ホセ。

 

 今は、悪魔の囁きにも似た彼の手を取った。

 

 どん底にいたわたしには、あまりにも魅力的すぎた。それがどんなに怪しいものだとしても、思わず目を瞑ってしまうくらいに。

 

 だから、全てを信じていない、中途半端な覚悟で来てしまったのかもしれない。

 

 諦めていたくせに、希望がちらついていることに舞い上がって、勝手に期待して、落ち込んで。

 

 彼は、そんなわたしを責めたりしなかった。

 

 彼の実力は圧倒的だった。サハギン三体を相手に一人でなんなく倒してしまった。

 

 神速。そう評しても過大ではない。

 

 アルテナの魔法兵ですらあんなに簡単に倒せはしないだろう。

 

 あれなら何体来てもどうとでもなる、そう思える戦いぶりだ。

 

 それほどまでに強い彼が、強い仲間を欲している。

 

 そのためにわたしに声を掛けたのだと。

 

 嬉しいような、でもどこかやはり疑ってしまう。

 

 本当に、わたしが必要とされているのか、と。

 

 女王の娘だから、彼はそう言った。かと言って、わたしに才能があるかはまた別の話だ。

 

 なかったから今こうなっているのでは。

 

 彼の方法でも魔法が使えなければ、また見捨てられるのか。

 

 それがとても恐い。

 

 どうなるかなんて分からない。今考えても仕方ないことなのに。

 

 恐くてたまらない。

 

 遠くで戦っている音がいつの間にか聞こえなくなっていた。

 

 わたしは、木の根に身を預け膝を抱きしめていた。

 

 まるで小さな子どものようだ。

 

 なんだか笑えてくる。

 

 こんなわたしが、彼と同じ場所で戦えるのか、と。

 

 ざく、ざく、と雪を踏み締める音が聞こえた。

 彼だろう。だが、どことなく足音は不規則で疲れが感じ取れる。

 

「よお、無事だったか?」

 

 あいさつでもするくらいの軽い声にわたしは顔をあげた。

 

「おかげ様でね。あんたは——」

 

 平常心で弱さを見せないよう、精一杯虚勢を張って声を出したつもりだった。

 

 なのに。

 

「ちょっといいのをもらっちまったが、大丈夫だ。このくらい慣れてる」

 

 左腕は力なく垂れて、出血がひどい。幸いそれ以外は大丈夫そうだが、止血をしないとすぐにでもどうにかなってしまいそうだった。

 

「慣れてるって、その怪我⁉︎早く手当てしないと」

 

 そう言って、怪我の手当てなんて今までやったことがないことに気付いた。

 

 わたしは本当に今まで何をやっていたのだろうか。

 

 こんなときですら役に立てない自分に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

「お前の無事を確認するのが先だったからな。自分で止血はできるから、安心してくれ」

 

 その言葉が脳内でぐるっと一周駆け巡って、かあっと顔が熱くなるのを感じた。

 

 今度は怒りとは別の感情。

 

「ば、何バカなこと言ってんのよ‼︎わたしは隠れてたんだから無事に決まってるし!それにさっさと止血しないとまた敵が来たらやられるんじゃないかって、気が気じゃないだけよ、分かった⁉︎」

 

 そんな場合じゃないのに、彼がわたしを気にかけてくれたことがなんだか嬉しかった。

 

「あ、ああ。それもそうだな。——いや、お前の意見が正しかったみたいだ」

「今度はな、に」

 

 わたしの目に何体ものサハギンが映る。

 

 一、ニ、三……木の影から次々と姿を表してくる。

 そのたびに暗い感情が生まれた。

 

 次はないかもしれない、と。

 

 今度は十体以上いるだろう。木を背にして囲まれてしまっている。たぶん見えないけれど後ろにもいるのだろう。

 

 気味の悪いギョギョギョという耳障りな声があたりに響き始め、まるで合唱のような不協和音を奏でる。

 

 夜になって鳴く虫の心地よい合唱とは違う、ひどく心をざわつかせる異音。

 

 追い詰めたぞ、とでも訴えているようだ。

 

「これは、ちょっとやばいな」

「ちょっと、なの?」

 

 ちょっとで済むならいいと思った。彼はすでにわたしではなく、サハギンに向き直っていてどんな表情をしているかは分からなかった。

 

 だらんと下がっていた左腕は、いつの間にか剣の柄に添えられている。

 

 サハギン達は様子を窺っているようで、攻撃する気配はまだない。仲間が大勢やられたのだ。こちらが手負いとはいえ、警戒している。

 

 この剣士を、それだけ強敵とみなしているということ。

 

 いや、それだけではない。

 

 彼をよく見ると少しでも動きを見せたサハギンにわずかに顔を向けたり、剣先をずらしたりと牽制しているのだ。

 

 たったそれだけで、この数のサハギン相手に膠着状態を作っている。

 

 ——動いた最初の者が斬られる。

 

 そんな明確なビジョンが見えるような張り詰めた空気が漂っていた。

 

 だが、長くはもたないだろう。いつかはサハギンの我慢が切れ、一斉に飛びかかってくるかもしれない。

 

 そのときはさすがの彼もわたしを守り切れないであろうことは想像できる。

 

 そんな予想が頭に浮かんだときだった。彼が大きく息を吐いた。

 

 きっと彼も同じ結論に辿り着いたに違いない。

 

 わたしは、見捨てられるだろう。

 

 だって彼には生きる目的がある。こんなところで、つい先日会ったばかりの女の為に命を懸ける義理などない。

 

 彼はわたしを生かすより、ここを生き延びてまた仲間集めをすれば良いだけの話なのだ。

 

 わたしが逆の立場だったら、きっとそうしてるし、この状況でどちらかしか助かる見込みがないと言うのなら、その方が効率が良い。

 

 それでも仕方ないと思った。

 

 わたしが弱いから悪い。

 

 魔法を使えないから。

 

 女王の娘に生まれたから。

 

 ここで死ぬのなら、終わるのなら、それでも未練はないのかもしれない。

 

 誰も、悲しむ者なんて。

 

 諦めがわたしの中で絶望に変わろうとしたときだった。

 

「いいか、よく聞け」

 

 彼の声音はひどく穏やかだ。この状況でもまだ生きることを微塵も諦めていないように感じる。

 

「俺が正面を切り開く。そこから氷壁の迷宮まで一気に行くんだ」

 

 彼は予想の斜め上を遥かに超える提案をしてきた。

 

「一体どういう」

「いいから黙って聞くんだ」

 

 弱々しいわたしの言葉を遮る彼の声に余裕はない。当然、わたしも理解が追いつかない。この男は何を言っているのだ。

 

「……マナストーンの周りにいるウンディーネを探せ。事情を話して、ウンディーネの力を借りれば魔法が使えるようになるはずだ。あとは追手が、捜索隊が来るまでそこで待つんだ」

 

 待って、待ってよ。それじゃ。

 

「あなたは」

「後から行く。ここは任せろ」

 

 嘘だというのは、幼い子に言い聞かせるような説明ですぐに分かった。

 でなければ、追手を待てなど言わないだろう。

 

 まるで自分のことを含んでいない発言をしていて、その言葉を鵜呑みにしろだなんて、そんなの無理だ。

 

 口にしなくても分かった。

 

 囮に、犠牲になる気だと。

 

 彼が小さく呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。

 

 すまない、と。

 

 「なんで」と返したわたしの言葉は、彼の詠唱でかき消えた。きっと彼の耳には届いていない。

 

 わたしの気持ちを置き去りにして、膠着した時が動き出す。

 

「——サンダーセイバー‼︎」

 

 気迫のこもった声に、剣が応えた。

 

 紫電の輝きが殊更に眩く発光し、わたしの意識を引き戻す。

 すぐに立ち上がって、詠唱と同時に駆け出した彼の背中に無意識に続いた。

 

 彼に先ほど見せたスピードはない。後ろのわたしに合わせたのか、それとも怪我のせいなのか。

 

 周りを牽制しつつ正面の一体を斬り伏せたところで、彼が反転。左右から襲い来る二体に向き直った。

 

 あまりにも簡単に倒された仲間を前に、他のサハギンたちも不用意に飛び込むことなく足を止める。

 

 道は拓かれた。その先へは一人しか進めない。

 

 進むのは、道を作った彼ではなく、何の役にも立っていないわたしだ。

 

 生かそうと動いた彼ではなく、命を諦めようとしたわたし。

 

「行けえええ‼︎」

 

 反転した彼の横を駆け抜ける。

 

 振り向いてはいけない。

 

 無駄にしてはいけない。

 

 考えてはいけない。

 

 走る、走る、走る。

 

 肺が、冷たい空気をいっぱいに吸い込んでひゅーひゅーと悲鳴をあげている。

 

 我慢しろ、こんなこと!

 

 足がもつれそうになろうとも、無理やり前に。前へと動かす。

 

 少しでも遠くに。

 

 少しでも——!

 

 足元に違和感。

 

 凍って固くなった雪の塊に足をとられたと気付くが遅い。

 

 つまづいた。顔から派手に雪の上に落ちる。

 

 呼吸が荒い。苦しい。

 

 いいの?これで。

 

 体が止まってしまったから、考えないようにしていたことが、頭に浮かび上がってきてしまう。

 

 彼の戦う場所からはだいぶ距離が空いた。もう少し行けばもっと安全性は高まるだろう。

 

 彼は、どうなる?

 

 浮かび上がった疑問がわたしの胸を締め付ける。

 

 いいじゃない、助かったなら。

 精霊を探して、力を貸して貰えば魔法が使えるようになるのよ。簡単な話だ。この距離ならあと一日も歩けば、氷壁の迷宮に辿り着ける。

 彼の言う通り、出されたであろう追手を待てば国に帰ることもできるだろうし。

 

 今わたしがすべきことは彼の犠牲を無駄にしないこと。

 

 そうだ。ここでわたしが失敗したら、全部意味がなくなってしまう。それだけは駄目だ。

 

『魔法が使えるようになるって言ったらどうする?』

 

 やめて。

 

『強い仲間が必要なんだ』

 

 やめてよ。

 

『そう自分のことを否定するなよ。大丈夫だから、俺に任せておけ』

 

 そうよ。だから任せたの。自業自得よ、だからやめて‼︎

 

『お前の無事を確認するのが先だったからな』

 

 わたしなんか助けても何の得にもならない。ましてや、わたしになんか価値なんてないはずなのに。なんで自分の怪我より優先してんのよ、バカじゃないの。

 

『その勇気があるから、お前は強くなれるよ』

 

 誰もそんなこと言ってくれなかったのに。

 

 足掻いて足掻いて、足掻き続けて。

 

 一番欲しい言葉をこんなところで聞けたって言うのに。

 それなのにわたしは、そんな大事なことを言ってくれた人を。

 

『すまない』

 

「————!!!」

 

 気付けば言葉にならない叫びを上げていた。

 

 何かがあふれてきて、止められなくなった。

 心が、叫べと。わたしを鼓舞しろと、そう言っていた。

 

 こんなところで腐ってなんになる。

 

 ここであいつを諦めて何でわたしは平気でいられる。

 

 今まで捨ててきて、諦めてきて、後悔しかしてないっていうのに。

 

 わたしのために踏ん張ってくれてる人を、手を差し伸べてわたしを諦めなかった人を、放っておくなんてできるはずがない‼︎

 

 乱暴に顔についた雪を拭いとって、立ち上がる。

 

 つまづいた足が少し痛むけど、十分走れる。

 

 荷物の中から、使えるはずないって思っていた樫の杖を取り出した。

 

 魔法が使えなくても、鈍器にはなる。

 杖術だって、多少の心得がある。

 

 戻ろう。

 

 わたしは魔法が使えない。

 

 でもわたしには、勇気がある。彼に気付かせてもらった大事なわたしの強さだ。

 

 何ができるかなんてわからない。何もできないかもしれない。

 

 でも、わたしの可能性を信じてくれた人を犠牲にしてまで、わたしは何かを得たいと思わない‼︎

 

「待ってて、すぐに助けに行くから‼︎」

 

 わたしは元来た道を全力で駆け出した——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 満身創痍。

 

 最初の十体との戦闘で、左腕を負傷したがまだ持ち堪えていた。

 

 ギリギリだったが、加速を節約することでなんとかサンダーセイバー四発で仕留められたのだ。

 

 頭痛はひどいが、これはまだ前兆に過ぎない。なんとか保たせることができそうだと。

 

 そう思っていた。

 

 怪我の手当てより何より、優先してアンジェラを探し出して見つけたまでは良かった。

 

 しかし、周囲への注意が散漫になってしまっていた。気付かずにいる間に簡単に周りを囲まれてしまったのだ。

 

 安全な場所にいたアンジェラを巻き込む取り返しのつかないミス。

 

 挙げ句、自身は戦えるような状態ではない。勝利し、危機を脱したと油断した。

 

 ここからの逆転は、ない。

 

 しかし簡単に諦めて、死ぬ気は毛頭ない。

 

 アンジェラを逃したあとに俺も逃げる算段だ。ある程度引きつけたら懐の煙玉を使えば何とかなるかもしれない。

 だが、屋外という条件に加えて、こいつらに効くのかは未知数なのが怖いな。

 

 ここから荷物まで逃げられれば言うことはない。

 その後は運を天に任せよう。

 

 ただ、アンジェラを逃がすことだけは、絶対に成功させる。

 

 この危機は俺の招いたことだから。

 

 俺が歴史を変えようとしなければ。

 

 アンジェラを連れ出そうとしなければ。

 

 警戒して手当てを先にしていれば、あるいは囲まれるのは一人で、俺だけの危機で済んだのに。

 

 様々な可能性が浮かんでは消えた。

 

 時間は戻らない。

 

 せめて、彼女だけは良い方向に進んで欲しい。

 

 これも俺のエゴだ。

 

「すまない」

 

 贖罪は彼女を無事に逃がし終えてからだ。

 

 さぁ、いこう。

 

「サンダーセイバー‼︎」

 

 俺の全てだ。とっくにガス欠な体に鞭打ったせいで、そう長くは戦えないと改めて認識する。

 

 うまく一体を倒し、アンジェラを逃すことに成功した。

 俺の状態は変わらない。サンダーセイバーが切れたら、恐らく体も動かなくなるだろう。

 

 いや、まだ死ねない。

 

 二体目を斬り伏せ、立て続けに襲ってきた三体目も倒した。

 

 剣から輝きが消える。

 

 ぜえぜえと不快な音が絶えない。

 今頃になって自分が肩で息をしていることに気付く。

 

 剣を突き立てなんとか体を支える。

 

「まだ、だ。まだ倒れん」

 

 眼光だけは、サハギンを射殺すつもりで睨みつける。

 

 とっくに限界なのはわかっている。だが、この気迫にサハギンがほんの一時躊躇した。

 

 今だ。

 

 震える手で、煙玉を取り出そうとして手から取りこぼす。

 

 指先の感覚がない。

 

 血とマナを失い過ぎたのか、視界がぐにゃりと歪む。

 

 雪の上に音も立てずに着地した煙玉を見て目を見開いた。

 

 はは、よく考えてみりゃ煙玉は硬い地面に叩きつける必要があるか。雪の上じゃ効果は見込めないというのに。そんなことにも気付けないとは情けない。

 

 まともに考えられていない。思考を回す余力がないことだけは理解した。

 

 理解すると、この絶望的な状況が見えてくる。

 

 サハギンの数は三体を倒しても焼け石に水。

 

 しかし、ここで俺が踏ん張らなければアンジェラに危険が及ぶことは明らかだ。

 

 時間を稼ぐ。それだけしかできない。

 

 少しでも長く、生きているだけでいい。

 

 いや、そんな消極的な考えでは。

 

「くそったれ……‼︎」

 

 バックステップで距離を取ろう。囲まれたらやばい——

 

 目の前がサハギンの群れから真っ青な空に切り替わり、思考が一瞬空白になる。

 

 なんで空が見える?

 

 仰向けに倒れたのだ。バックステップをしようとして、足が体の動きについてこれなかったということを理解するまでに時間がかかった。

 

 今、致命的な隙を晒している。

 

 分かっている。だがもはや重力を跳ね除けるだけの余力がないのだ。指先だけは共に地面に落ちた剣を掴もうと宙を彷徨わせる。

 

 届かない。

 

 サハギンが跳躍して俺にモリを突き立てようとする瞬間が、歪んだ視界にスローモーションで映る。

 

 足掻く間もなく、終わってしまう。

 

 あっけない終わりだ。

 

 ホークアイ、陛下、父さん、母さん、ウェンディと順々に顔が浮かんでは消えていく。

 

 リース。

 

 もう一度みんなに会いたかった——

 

 

 

 

 

 不意にサハギンが動きを止めたように見えた。時が止まったかのような錯覚。

 

 

 

 

 頬に生暖かい何かがぴしゃっと付着する。これが血液だと気付くのに時間を要した。

 

 ついでどさっと重量のある何かが雪の上に落下した音が耳元に響く。

 

 今まさに跳躍していたサハギンの頭だ。

 

 胴体はそのまま雪上に力なく倒れ込んだらしい。

 

 轟と、旋風が踊り狂っていることだけは、肌と耳を通して理解できたが、状況がまったく掴めない。

 

 まさか、アンジェラが魔法を使った?

 

 そんなことができるなら、俺はこんなところに来てはいない。

 

 なら、誰だ?

 

 いつの間にか、音は鳴り止んでいた。さほど時間は経っていないだろう。周りから聞こえてきていたサハギンの耳障りな鳴き声も消えている。

 

 俺を覗き込む黒い影が視界に映るが、ぼやけてよく見えない。

 

「だれ、だ」

 

 まともに声が出なかった。相手はそんな問いかけを気にした風でもなく、全く別のことを話し出した。

 

「そのなまくらでここまで戦うとはな」

 

 低く、何かに蓋をされてくぐもったような声だ。

 

 男か。アンジェラではないらしい。

 

 地面に横たわる俺の剣を見て呟いたようだ。

 

「これは……」

 

 男がかがみ込み、柄を握って持ち上げようとする素振りを見せた。

 

「触るな。父さんの、剣だ」

 

 何を言っているのか、自分でもよく分からない。

 ただ、何故だか剣を持っていかれてしまうような気がした。

 

 直感だろうか。俺の物なのに、もっとふさわしい人が現れてしまったような、そんな焦り。

 この状況で考えることなんかじゃないってのに。

 

「……そうか」

 

 何の感情もない声音でそう返すと、男は一本一本の指をゆっくりと引き剥がすように柄から手を離した。

 男が身を翻した気配を感じる。

 

 視界が、暗くなっていく。まぶたが閉じかけているのだ。強い眠気に逆らえない。

 

 金属製の鎧が擦れる音と重量のある雪を踏み締める音。

 

 音が遠ざかっていく。

 

 待ってくれ、まだ行かないでくれ。

 

 せめて、これだけは。

 

「あり、がとう」

 

 声が届いたのかはわからないが、音が止んだことで男が足を止めたことを認識する。

 間を置いて、ためらいがちに言葉が返ってきた。

 

「……気にするな、元々はこちらの相手だ。それにこれは、仕事と目覚めの腕慣らしを兼ねた掃除に過ぎない。それから——」

 

 何だ。もうよく聞こえない。

 

 ——達者でな。デュラン。

 

 その言葉が最後に届いたとき、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








次話は今半分程度ですが、しばらくかかりそうです。お待ちください。

一体デュラン君を助けたのは誰なのかは、次で。。

いつも多くの感想ありがとうございます。これを機に聖剣伝説3を思い出してくれたのが私としても嬉しいかぎりです。
余談ですが、魔法のクルミはまだ出てきません。貴重品という扱いで考えており、いつか登場したときににやっとしてください。そんなアイテム達が数知れずいることが申し訳ない…でも出来るだけ使っていければと思います。
いつか原作のようにボス戦でポトの油まみれになるマナの勇者の皆さんとか見られるかも(いや、ないか

お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。ではまた次回!
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