デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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第二十一話 雪に倒れて空を見上げてみる②

 

 

 

 

 

 わたしが急いで元の場所に戻ると、サハギンの姿はなかった。逃げる際に彼が倒したはずの死体もなくなっている。

 

 でも、『何があったのか』よりも『無事なのかどうか』の方が今のわたしにとって大事なことだった。

 

 辺りを見回して彼の姿を探す。

 

 雪の上にはサハギンの青い血が辺り一面に広がっている。真っ白なパレットに青だけを塗りたくったような有様だ。

 

 

 

 彼は、その青い海の中に横たわっていた。

 

 

 

 サハギン達がいないことと死体がないことから頭の中で最悪な想像が組み立てられていく。

 

 仲間の死体をサハギン達が持ち帰った。ということは、勝ったのは向こうなのでは。

 

 「負け」、「敗北」、それが何を意味するのかなんて、考える必要すらない。

 

 「死」だ。

 

 飛びつくように駆け寄って、すぐさま胸に耳を当てる。

 心音は——駄目だ、鎧が邪魔でわからない。

 

 慌てて手袋を外して、祈る気持ちでそっと首筋に手を当てる。

 

 お願い。お願い女神様、どうか——

 

 静かに、だが確かに脈打つ心拍を確認できた。

 

 無意識のうちに頬が緩んだ。

 

「生きてる!」

 

 彼は勝ったのだ。恐らくは善戦し、勝てないと悟ったサハギン達が撤退したのだろう。そこで力尽きた。

 

 落ち着いて周りを見ると、少し違和感を持つ。

 

 雪が溶けてる?

 

 血が飛び散った部分の雪が溶けてるのは分かるが、そうではなく彼の周囲だけ、雪のかさが低く見えたのだ。

 

 それに、なんだか彼に触ったとき温かさを感じた。

 いや、生きているのだから当たり前だが、そうではない。

 

 血を失って倒れていたにしてはやや不自然な温かさといえばいいのだろうか。

 

 ——とにかく今は考えている場合じゃない。状況はわかった。わたしに今できることは止血と、安全な場所まで彼を運ぶこと。

 

 この生臭い血の中ではまた魔物を呼び寄せてしまうかもしれないからだ。

 

 見た目よりもずっと重い彼をなんとか起こし、右腕を肩にひっかけて引きずっていく。

 

 剣は後で回収しよう。今はこの場を離れることを優先する。

 

 死なせない。絶対に死なせない。

 

「助けられなくてごめん。ごめんね。今度はわたしが、あんたを助けるから!だから踏ん張りなさいよ‼︎」

 

 

 

 

 ————————————————

  

 

 

 パチパチと木の燃える音が聞こえる。

 

 酷く頭が痛むが、マナを使い過ぎた副作用だと感覚で分かった。

 

 背中の感触が固いことに違和感をもつ。

 どうやら木を背もたれにして座っているみたいだ。体を預けるにふさわしい太さのようで、どっしりと構える木の生命力すら感じられる。

 

 そうして少しずつ意識が戻ってくると、次第に温度を認識できるようになってきた。身体は少し寒いと訴えているが、何故だか一部分に温かさを感じていた。

  

 左腕だ。

 

 なぜ、と思考を回そうとするが、あまりの気だるさに考える気力が湧かない。

 

 首を動かすのも億劫だ。だが、何故温かいのかだけ確認しておこうとゆっくりと顔を向け、重い瞼を開けた。

 

 状況を確認して、心臓が一際大きく跳ね上がる。

 

 アンジェラの顔が鼻先数センチのところにあったのだ。

 

 つるりとした綺麗な肌にすっと筋の通った高い鼻、長い睫毛がときおり揺れている。

 

 美しい、そう形容するしかない。

 思わず見惚れてしまった自分に気付いて首は動かさずに目を背ける。

 

 すぐそばでアンジェラが包帯を巻くことに悪戦苦闘していたのだ。

  

 彼女がここまで運んでくれたのだろうか。

 

 左腕に巻かれていく不器用な包帯。よほど集中しているのか、本人は俺が起きたことにまるで気付く様子はない。

 

 まだ日は高いようだが、どのくらい意識を失っていたのだろうか。

 前回倒れたときと比較した体感だが、まだ頭痛がひどいことと倦怠感が強いことから、そんなに長くは経っていないように思える。

 

 駄目だ。考えられない。

 

 少なくとも危機を脱したことだけは察することができた。だったら、今は体を休めよう。

 

 ゆっくりと再び目を閉じる。意識が途切れる間際。

 

「もうっ!なんでこんなにややこしいの……!」

 

 そんな苛立ち混じりの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 次に目が覚めたのは夜だった。だいぶ深い眠りだったらしい。

 

 雪が降っているわけではない。眠っている俺を気遣ったのだろう。体は寝袋の中に入っており、火が焚かれていた。

 

 左腕の包帯は、やはりというべきか、傷口を抑えるという意味ではなんとか機能しているという具合だった。

 

 もちろん、助けてもらった身で文句は無い。

 

 体を少し起こしてみる。昼間から絶えず火の管理を続けていたのであろうアンジェラと目が合った。

 

 たぶん、俺がもぞもぞと動いていたときから見ていたのだろう。彼女の顔に驚きはなかった。

 

「やっと目が覚めたのね」

「迷惑をかけたみたいだな」

 

 少し掠れた声が出てしまった。対してアンジェラはいつもと変わらない調子だ。

 

「まあね、大変だったわよ。女の力であんたみたいな筋肉達磨を運んだり、寝袋に寝かせたりするのはね」

 

 なんだか申し訳ない。相当な苦労だったことは察する。

 

「なかなか寝心地は悪くないぞ」

「うっさいわね、ひっぱたくわよ」

 

 ふいと顔を背け、その横顔が焚き火の加減か、赤く照れているように見えた。

 

 実際はきっと馬鹿にするなと怒っているのだろうが。

 

 そんな顔が見られた安心感からか、ふと湧いて出た疑問がこぼれた。

 

「どうして戻って来たんだ?」

 

 責めているわけではない。純粋な疑問だった。

 

 アンジェラの目的は魔法を使えるようになること。その方法さえ分かってしまえば、それが叶うかどうかはさておき、死ぬかもしれないリスクを負ってまで戻ってくる必要はないはずだ。

 

 というよりも、あの状況ではアンジェラが手を貸したところで死を免れるとは思えない。

 それこそ、彼女の中に眠る力が都合よく暴走でもしない限りは。

 

「最初に言うことがそれ?まず言うべきことがあるんじゃないのかしら」

 

 過程はどうあれ、助けられたことは一理ある、か。

 

「助かった。感謝している」

「ふふん。どういたしまして!」

「で、なんで戻ったんだ」

 

 ややぶっきらぼうな言い方になってしまった。アンジェラの方も、感謝されて少しは機嫌が良さそうだったが、問いかけに対して急に仏頂面になってしまった。

 

「戻っちゃ悪かったわけ?」

「実際は助かった。だが、一歩間違えれば全滅だった。そのことは理解できてるのかと思ってな」

 

 偉そうに説教できるような立場ではないことはわかっている。

 それでも言わずにはいられなかった。

 

 もしもを考えたとき、今こうして二人で火を囲んで座っていられるのは奇跡そのものだから。

 

「考えたんだけど」

 

 アンジェラが俺から視線を切って焚き火を見つめながら言った。

 

「後から来るんだったら、今から一緒に行ったって変わんないじゃんって思ったわけ」

 

 は?何言ってんだ。屁理屈か。

 そう笑い飛ばしてやろうとして、何故だかそれはやってはいけないと直感する。

 

 アンジェラの瞳がいつの間にか焚き火から外れていた。視線は確かな熱を持って真っ直ぐに俺を貫いていった。

 

「だから戻ったの」

 

 いろいろと思うところはある。彼女が命を張るほどの理由が思い付かないのもそうだし、これから先に同じことが起きるのも嫌だと思った。

 

 いや、そう思ったのは俺だけじゃないってことなのか。

 

「死ぬ気はなかったんでしょ?だったらいいじゃない」

 

 あっけらかんと言い放つ姿に言葉を失った。

 

「だからって——はぁ、分かった。分かってないけど分かった」

 

 視線の圧に、これ以上詮索するな、これで終わりだ、というような意思を感じてこの話題を打ち切る。

 

 生き残ったんだ。結果論だが、今回はそれでいい。

 

 次に俺がやらなきゃいけないことは、いつもと変わらない。

 

 

 もっと強く、今よりも前へ、だ。

 

 

 今のままでは、到底竜帝には届かない。

 

 ましてや、その下僕である紅蓮の魔道士やドラゴン達にだって敵わないだろう。

 

 次も今回のように都合良く助かるだなんて思う気はないし、次のピンチを自力で乗り越える必要がある。

 

 この決意は胸にしまっておこう。

 

 話題を変える。ちょっとだけ気が晴れるようなことでも言ってみるか。

 

「そうだ。助かった祝いに特製ホットぱっくんチョコ飲むか」

「何それ!めっちゃおいしそう!なんで今まで出さなかったのよ‼︎」

 

 白々しく切り出した話題に思ったよりも食いついてきた。甘いものが好きみたいだったし、空気を変えるのに乗っかったというより、本気で興味があるのだろう。

 

「俺のとっておきだからな。さすがに今回は疲れたから、疲労回復を兼ねてるんだ。ちょっと待ってろ」

 

 がさがさと荷物を漁る。しっかりと荷物の回収までしてくれたアンジェラに頭が上がらないな。

 食糧袋の中に大事にしまってあったチョコはかちかちに凍っていた。しかし、コップに入れて火にかけると舌の上でとろけて……これがまた美味くて、体があったまるんだわ。

 

 頭の中で想像していい気分になっていたところに、アンジェラからしおらしい声がかけられる。

 

「あのさ、デュラン」

「ん……はっ?」

 

 今、名前で呼んだか?

 

「一回しか言わないわよ。助かったわ、ありがとう」

 

 二重の衝撃に呆気に取られて、思わずアンジェラを見つめてしまう。どこか気恥ずかしさをごまかすように彼女は長く綺麗な髪をかきあげた。今度は、焚き火の加減ではなく照れくさそうに頬を染めていたのが分かった。

 

「何よ、何か言いなさいよ!」 

 

 いじらしく上目遣いでこちらを見つめる視線に自然と鼓動が早くなっていく。

 

 なにこれ、可愛すぎる。

 

「お、おう。別に、気にするな」

 

 何でこんな返事しかできないのか、自分の不器用さが今はもどかしい。

 ホークアイならもっと気の利いた台詞を言うだろうに。「美人を守るのは男として当然だろ?」とか、「俺に惚れてもいいぜ」とか。

 

 言わないかな?さすがにないか。

 

 それに比べて俺って奴は!

 

 久しく感じていなかったドギマギとした感情に戸惑う。

 

 誰にでもそうなるわけじゃ無いわけだが、健全な心の持ち主だからこそ、そう感じるのは自然なことなわけで。

 

 これは好きとかそういうのとは全然違うわけですよ。

 

 相手は王女様だしって、俺は誰に言い訳してんの!

 

 一人問答を続ける俺にアンジェラが静かに囁いた。

 

「……今度はちゃんと役に立つように頑張るから」

 

 その声音に、どこか悲しそうな響きを感じて。冷や水をぶっかけられたくらい、頭の中が冷静になった。

 

 彼女は下を向いていて、どんな顔をしているのかは見えない。でも、それが笑顔じゃないことくらいは鈍い俺でも簡単に分かった。

 

 説教なんてするまでもなかった。

 

 彼女だって戻ったところで何もできないかもしれないって分かっていたのだ。

 

 それでも戻ったのだ。

 

 そりゃ、馬鹿なことだろう。せっかく助かった命を無駄にするなって、死んでたら言ってたかもしれないさ。

 

 だけど。だけど、自分の力のなさを分かっていても、引き下がらなかったんだ。

 

 命を投げ出すくらいしかできなかった俺。二人とも助かる道を探そうとした彼女。

 

「あー、なんつーか」

 

 右手で頭の後ろを掻きながら、言葉を探す。

 

 駄目だ、やっぱり気の利いた台詞が出てこねえ。

 

 俺にはどうもホークアイのような変化球はハードルが高すぎるみたいだ。

 

 カップに砕いたチョコを入れて火に当てたところで、俺は思ったことを素直に言うべく口を開いた。

 

「十分役に立った、というか助かったぞ」

「でもわたし、何も……」

「お前が来てくれなかったら、俺は死んでたかもしれないだろ」

 

 否定の言葉に被せるように、事実を重ねていく。

 

「それにこの旅にお前がいなかったら、一人で戦って、誰も知らないまま行方知れずになってたかも」

「わたしがいなかったら氷壁の迷宮を目指さなかったかもしれないじゃない」

「いや、目指していたさ。俺にも目的があるからな。だから、いいんだ」

 

 ゆっくり噛み締めるように。

 

「アンジェラが一緒にいてくれて良かった」

 

 顔を上げてお互いに視線を交わす。数秒見つめ合っていただろうか、なんだか背筋がむず痒くなった気がして、顔を背けた。

 照れたわけじゃない。なんとなく次の言葉が出なかったからってだけだ。

 

「ほらよ」

 

 アンジェラの分のカップを手渡そうと腕を伸ばすと、彼女の両手がそっと俺の右手ごと包み込んだ。

 

「あ、おい——」

 

 手袋越しだというのに、何故だか優しい温かさを感じる。

 

「ありがと、デュラン」

 

 その声音からは悲しみが消えていた。

 

「……礼を言ってるのはこっちなんだが?」

「あら?何かまずかった?」

 

 悪戯が成功したかのように、明るく笑って見せる様に、俺も思わず笑みがこぼれた。

 

 怒涛の襲撃に一度は死を覚悟したが、こうして生きていられて本当に良かった。

 

 お互いに静かにカップに口をつける。穏やかな時間がしばらくの間流れた。

 

 別に嫌ではない、居心地の良さを覚える沈黙。言葉がなくてもそう思える自分に少し驚いた。

 

 お腹が少し膨れた頃、アンジェラがおもむろに聞いてきた。

 

「でも本当によく追い払えたわね。さすがに全部は倒さなかったんだろうけど、何体くらい倒したの?」

「ん、あー、それはだな」

 

 まるで英雄譚をせがむ子どものように無邪気に聞いてくる。

 それについては、何とも歯切れの悪い答えになってしまう。

 

 というか、説明し難い。

 

「三体だ。あとは誰かに助けられた」

 

 そう、誰かに助けられた。

 

 俺の曖昧な記憶が確かなら、あれはまるで。

 

 ——父さん、だったのだろうか。

 

「誰かって……わたしたち以外にもこの時期にこの辺をうろついてる物好きがいるってこと?もしかして、捜索隊に正体気付かれずに助けられてたとか?」

「そうじゃないと思う。あの人は、一人だった」

 

 そう一人だ。

 

 黒い鎧であろうことはぼんやりと覚えている。兜に遮られていたであろうくぐもった声からは、父さんと断定はできなかった。容姿や声からは判断がつかないのが正直なところだ。

 

 だが、俺の名前を知っていた。

 

 なんで?何か分かる情報があったか。

 

 直前に剣の話をした程度だ。そこから息子であると推察するのは難しいだろう。 

 あとは?

 

 最後に言葉を交わしたのはもっとずっと幼いとき。今の俺と結びつけられるだろうか。

 

「まさかと思うけど、知り合いだった?あー、でも知り合いならそのまま放っておくわけないか」

「知り合い……そうか」

 

 古の都ペダンか?

 

 あそこで一度今くらいの『俺』に会っている。

 

 父さんが竜帝に蘇生されたのが最近だったなら、青年となったデュランの顔と名前を覚えていたことに納得がいく。

 

 しかし、だから助けた、ってのは都合が良すぎるか。

 

 でも、あれはやっぱり父さんだ。

 

 自分でも不思議だが、そうだと思えるのだ。

 

 仮に別人としておいてもよいが、黒耀の騎士として動き始めたと考えておく方が、今後の心構えとして良さそうだし、この直感を大事にしておこう。

 

 しかし、そうだとして今の時期に蘇生されたのだろうか。それはある意味竜帝の力が戻りつつあることの証にもとれる。

 

 仕事、と言っていた。一体何をしていたのか。人を救うことが第一じゃないことは確かだろう。

 

 第一じゃない。だったら、人を殺すことも優先順位が低かったから見逃されたのか?

 あるいは、それが目的ではない仕事を任されている、とか。

 

「それにしてもサハギンの死体もぜーんぶどうやって処分したのかしら」

「処分?死体がなかったのか?」

「ええ。わたし、わりと早く駆けつけたと思うんだけど、一人だったんでしょ?てっきりサハギンが逃げ帰るときに仲間の死体を持って行ったのかと思ったんだけど」

 

 そんな余裕はサハギン側にはなかっただろう。暴風が吹き荒れていたかのような惨状だったし、父さんだとしたら一体も逃すはずがない。

 

 何のために死体を回収したんだ。いや、それが仕事と何か関係があるのか。

 

 これは竜帝から指示されたことなんだろうか。

 

 考えても情報が少なすぎる。いろいろ想定しておくのはいいが、今はまだおいておこう。

 

「ねぇ、まだ休んだ方がいいわ。顔色が真っ青よ」

「……そうだ、な。そうさせてもらう」

 

 今は、分からなくていい。

 

 父さんが、生き返った。

 

 なのに、こんなに複雑な気持ちになることが悲しい。

 

 父さんに助けられて嬉しいのに。

 

 なんで素直に喜べないんだ——

 

 

 

 

 










デュラン君が倒れると投稿が空いてしまうジンクスが生まれつつあります。お久しぶりです。コツコツ書いてますがなかなか思ったように書けません。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
投稿ペースには期待しないでくだされ…!今年中に仲間が増えたらいいなぁ(目標)
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