デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる 作:縁の下
氷壁の迷宮へは、昨日の襲撃がなかったかのように何事もなく到着した。モンスターの気配もなく、安全だったことを考えると、この辺一帯に生息していたモンスターを全て狩り尽くしたのだろうか。
モンスターに遭遇しなかったことを運が良かっただけとは、どうにも考えにくい。
「相変わらず綺麗ね」
氷壁の迷宮——洞窟内で、アンジェラの声はよく響いて聞こえた。
火を灯さなくても、洞窟内は不思議と淡く光っていて、そして一際目立つものが辺りを照らし出しているからだ。
マナストーンである。この石の神秘的な輝きを前に、アンジェラがうっとりしたように呟いた。
「見たことがあるのか?」
「ええ。来たことがあるもの。前に言ったでしょ、王族として一度はここに来るの。国の繁栄を願う為だったり、これから守っていくモノがなんなのか見定める為にね」
そこまで言って、彼女は肩をすくめた。
「ま、わたしには荷が重すぎたみたいだけどね」
「そんなことはないさ」
「そうだといいんだけどね」
しれっと流したアンジェラだが、内心は複雑なことを察して、これ以上突っ込んだ話をしないようにする。
「それで、どうやって精霊を探すの?」
「それはだな……」
どうやっても何もないというのが正直なところだ。マナストーンの周りで隠れている可能性は高いが、どうするか。
いや、目には目を、精霊には精霊を、だな。
「サラマンダー様、いらっしゃいますか?」
虚空へと問いかけるが返事はない。しんとした沈黙が場を支配する。
「……何もいないみたいね」
「いや、そんなはずはない。と思う」
妙な気恥ずかしさを感じていると、小さく燃える火種が宙に浮かび上がる。
洞窟を仄かに照らす炎が一際燃え上がると、求めていた者が姿を表した。
『気安く呼ぶんじゃねえ。ただでさえこんなしけた場所にいて気が滅入ってるってのによ』
苛立ち紛れに吐き捨てたサラマンダーに苦笑を返しつつ、内心安堵する。
水のマナで満ちたこの空間では、本来の力が出ないのだろう。やはり属性の相性はあるという解釈でいいな。
「うそ、本当に精霊……?」
アンジェラが驚きを隠しきれないと言わんばかりに口をあんぐりと開けている。上品に両手を添えて隠そうとしているあたりは育ちの良さか。
とりあえず、彼女のことは置いておく。
「急に呼び立ててすみません。サラマンダー様のお力を貸していただきたく——」
『目的は分かっている。ここにいるのは水の精霊だろ。自分たちで呼べばいいだけの話だろうが』
「呼ぶ、とは?」
『さてな。自分の頭で考えろ』
そう言うやそれきり黙り込んでしまう。
しかし、この場から消えるわけではなく、宙に漂ったままだ。
見せてみろ、とでも言われているような気がしてくる。
サラマンダーから本当の意味での協力を得られたわけではないのだ。試されていると考えるのは自然なことだろう。
であれば、あとできることは限られている。水の精霊がいるらしいことは分かったのだ。何とかするしかない。
「マナストーンを利用することはお許しいただけますか?」
『ふん、好きにすればいい。水のマナストーンは俺には無関係だからな』
「……ありがとうございます」
本当か?と疑念がよぎるが、精霊が良いというなら、良いのだろう。
好きにやらせてもらうことにする。
「ちょっと、マナストーンに何するつもりよ!」
再起動したアンジェラから詰問される。
「大丈夫だ。少し力を借りてみる」
「借りてみるって、何考えてるわけ……?」
古代の魔導士くらいのレベルなら好きにマナストーンの力を引き出すことができるだろう。しかし、俺にはそんな真似はできない。
できることは一つだ。
「念じるのさ」
主人公達はマナストーンの前でクラスチェンジをしていた。その際にレベルを満たした状態で念じることでマナストーンの力を得ている。
つまり、何かしらマナストーンに変化を起こすことでそれを見守っているであろうウンディーネを呼び出そうという算段だ。
さてしかし。今原作の状況と大きく違う点は二つだ。
一つは大前提としてフェアリーがいないこと。
これにより念じてもあまり意味を成さない可能性がある。あくまでもフェアリーの力を利用して、何らかの効果を発揮していたようにも見られたからだ。
「もっと強く念じて!」とか言っていたのをみると、ただ単にマナストーンから力を引き出すだけの実力が伴えばいいのかもしれない場合も考えられるが……。
二つ目はフェアリーのある無しは関係なく、実力(レベル)があればよい場合。ただし、レベルという概念は聞いたことがないのでどの程度の実力でマナストーンに干渉できるかは未知数だ。今の自分がマナストーンの反応する強さになっているのかはまったく予測できないことから、この仮定が成り立つとしても実力を満たさない限り反応しないわけだから試しても無駄な可能性がある。
わりとどうしようもないが、ぐだぐだ考えても仕方ない。とにかくやってみるしかないな。と、脳筋スタイルで方針を定める。
マナストーンを前に一歩を踏み出す。神秘的な輝きを放ち続ける目の前の存在に圧倒されながらも、手を伸ばせば触れられる距離まで移動した。
マナストーンは宙に浮き、静かに俺の為すことを見ているような気がする。
念じるのは、ウンディーネを呼ぶことか?
果たしてそれで精霊が来るのかは甚だ疑問が残るところではある。
人の身であり、ましてや魔導士でもない俺ができるのは念じること。カッコつけた手前、後には引けない感じもする。アンジェラも固唾を飲んで見守ってくれているが、これで期待外れではやるせない。
ええい、やるか!
ぐっと眉間に力を入れて、マナストーンを睨みつける。
——ウンディーネ様、どうか姿をお見せください。
言葉には出さず、脳内で何度も繰り返す。
静謐な洞窟内では、天井から落ちる水滴の音だけが虚しく聞こえ続ける。数分間の苦行のあと、何の反応もないことを確認したアンジェラがおもむろに口を開く。
「その方法、ほんとに合ってるの?」
そんなことは俺が知りたい(白目)
チラッとサラマンダーの方に視線を向けると退屈そうに宙に寝そべる体勢に変わっていた。
『なんだ、もう終わりか?意外と根性がなかったな』
その言葉にはわりとカチンときたが、表情に出さなかった自分を褒めてやりたい。
何も言わない俺に対して、アンジェラが再度口を開く。
「念じるとかそんな回りくどいことしないで、単純に呼んでみたらいいんじゃないの?」
「そんな簡単に見つかるわけがないだろう」
やや拗ねたような返しになってしまった。いかんいかん。
「そうかしら?デュランは難しく考えすぎなんじゃない?」
「そんなことはない……と、言い切れないことは自覚している」
頬をかいて、アンジェラの言うことも一理あるかと思い直す。が、彼女の行動は俺の思考の一歩先を行った。
すぅっと息を吸い込むアンジェラが何をするのか悟る!
「ばっ、よせ!」
「お願い、出てきてウンディーネ‼︎んぐっ!」
俺はというと突然の奇行に慌ててアンジェラの口を塞ぎにかかるが若干間に合わず。
ウンディーネと叫んだ部分が洞窟内に反響する。だいぶ奥まで声が届いたことは疑いようがない。
反響がおさまり、静寂が訪れたことでアンジェラが俺の手を払い除けた。
「ぷはっ、何すんのよ!」
「あのなぁ!ウンディーネ以外のモノを呼び寄せることになったらどうすんだよ‼︎」
氷壁の迷宮の奥から魔物が湧く可能性もなくはないのだ。神獣が解放されているわけではないから杞憂かもしれないが、突然の行動に冷や汗が止まらない。
「結果的に何もなかったじゃない」
「ああ、ウンディーネも現れなかったしな」
「ふんっ、何よ。こっちは大見得切ったくせに結果が出てない誰かさんに代わって、代案をやってあげたのに。それでわたしを責めるのは違うんじゃないのかしら?」
ぐぬぬ。こちらの意趣返しに対して、よく回る口だ。間違ってないだけに反論もできない。
しかし、こちらも失敗している以上、いずれは取ったかもしれない行動だ。あまり批判もできない。その点は理解できるが、順序というものがある。
「まだ試していないこともあるんだ。もう一度任せてくれないか」
「へー、当然叫んで呼ぶよりも現実的な方法で、ぼけっとマナストーンの前に立ち尽くすような案ではないんですよねー」
相当根に持ってるなこいつ。
「はぁ、悪かったよ。ただ後先考えずに動くのはやめてくれ」
「……わかったわよ」
口を尖らせて拗ねた様子を見せるアンジェラに、ウェンディの姿が重なる。
容姿は全く違うというのに、善意で手伝おうとして余計に手間を増やしてしまう幼さを愛おしいと感じたことを思い出した。
まぁ、一国の姫に感じることではない感情なわけだが、どこか懐かしい気持ちが呼び起こされたのだ。
ふぅ、と一息ついて頭を切り替える。念のため風の力を借りて周囲を索敵することを忘れない。
幸い、魔物の気配はなさそうだ。そこは一安心か。
「もう一度念じてみる。ただし、今回は目的を変えてみる」
「目的を変えるって……。ウンディーネを呼び出すんじゃなかったの?」
「もちろん、そこは忘れてないさ。まぁ、見ててくれ」
ウンディーネを呼び出すために念じても機能しないことが分かった。
そもそも、マナストーンに念じるだけではマナストーンから溢れ出るマナを思った通りの力として発現することはできないのではないだろうか。
であれば、本来の使い方を通してウンディーネにマナストーンの異常を察知させればいい。
つまり、原作でいうところの『クラスチェンジ』を試みるのだ。
『クラスチェンジ』はないのでは、という仮説は以前も考えたし、本来ファイターであるはずの俺がセイバー魔法を使える時点で、クラスの概念はマナストーンによるクラスチェンジによるものではないというのが結論。
今回の『クラスチェンジ』は何か、というと単純にマナストーンから水のマナを授かる、と考える。これは精霊からの加護とも似ているが、豊富なマナで肉体をより強靭なものに変えることができるのでは、と考えていた仮定の実行である。
それが俺の強さの糧になる可能性があるなら、ウンディーネも呼び寄せられて一石二鳥というわけだ。
剣を掲げ、胸の前で強く念じる。
イメージするのはマナストーンからマナが流れ、自らの肉体に注ぎ込まれていく姿。
そのマナが身体の隅々を巡り、満遍なく力が満ちていくのを想像する。
強くなりたい。
サハギン如きに遅れをとった自分が許せない。
『デュラン』がそんなに弱くて許されるはずがない。
守りたいものも守れずに、目的も果たせずに、散っていきたくない。
強さの壁をもう一段越えたい。
自らの力への渇望を自覚し、自然と顔が綻ぶ。
簡単なもので、つまるところやはり俺は悔しいのだ。
負けたくない。それは唯一のちっぽけな誇り。
誰かが傷つくのを見たくない。手が届く人を救いたいという傲慢。
俺が強くなることで、守れるものが一つでも増えるのならば、それはこれ以上ないほど嬉しいことだ。
自分の中のマナがより大きなマナに包まれるような感覚が奔る。
「な、何!地響き⁉︎」
遠くでアンジェラの声がする。
ただひたすらに瞑想にも劣らぬ集中力でマナストーンへ念じ続ける。
『ほお……』
やがて。目を瞑っていた俺でも念を思わず遮られてしまうほどの眩い光が迸った。反射的に顔を腕で覆い隠す。
同時にマナストーンから力が流れてくる感覚。しかしすぐにそのマナは霧散していってしまった。
やがて光が収まった頃にうっすらと目を開けた。
「これは!」
きらきらと辺りに光の粒が舞い散る。マナストーンの存在も相まり、より一層幻想的な雰囲気だ。
「デュラン、大丈夫⁉︎」
「あ、ああ。なんとも……ない」
失敗だったのだろうか。一瞬マナストーンからのマナを感じた気がしたが、今の身体はいつも通りとしか言いようがない。
まだ早いのか。それとも、やはり『クラスチェンジ』など存在していないのか。
では、今の現象は何だったんだ。フェアリーがいないからダメだったって可能性もあるかもしれない。
不意にアンジェラが近づいてきて、身体をペタペタと触りだす。
「えっと、どうした?」
「ん。本当に大丈夫そうね」
そんなに心配させるようなことがあったろうか。と、思う前に不意に近寄ってきたものだからふわりと香る甘い匂いに鼓動が跳ねた。
「これだけ反応があったら、ウンディーネも出てきてくれるわよね」
そわそわと周りを見渡すアンジェラを見て、本来の目的を思い出した。
「そう、だな」
ぎこちない返事を返しながら、ウンディーネの気配を探してみる。
悪い癖だな、すぐに別のことに考えを巡らせてしまう。優先順位があるってのに。
「何が起こったのか理解できないけど、こんな景色見たことない。すごく綺麗ね。これが見られただけでも来た甲斐があったかもしれないわ」
「そう言いたくなる気持ちも分かるが……」
と、これ以上は野暮だと思ってやめた。
ちょっと前に死ぬような目にあったことだとか、王女を連れ去ったと追われる身になったであろうこととか、そんな立場になってまでこの景色で差し引きゼロとは言えない現実主義の自分は恐らく器が小さいのだろう。
この反応ならば何かしら手がかりがあるかもと、しばらく二人でウンディーネを探してみた。だが、肝心のウンディーネは一向に姿を見せず、俺たちはこの場所で一夜を明かすこととした。
サラマンダーがいつの間にか消えていたのが気になる。不合格だったのだろうか。精霊の考えることはわからん。
テキパキと準備を整え、周りの安全を確認するといったん外に出て木を拾い集め、戻って火を起こす。
俺が火の番を引き受け、朝方に交代してもらい短い睡眠を取る予定となった。
味気ない保存食の干し肉を火で炙って咀嚼し終えたときだった。
不意にアンジェラから疑問が投げかけられた。
「あのとき、何を念じたの?」
「え?」
ぼんやりと火を見つめながら、アンジェラが言う。
「マナストーンに何を念じたのかって。二回目のとき」
膝を抱えたまま、焚き火から視線は外さずに彼女は続けた。
「あのときのデュラン、笑ってたけど、なんか……」
「あー、気持ち悪かったか?」
笑ってた自覚はあんまりないが、想像するだに恐ろしい。
なんだか的外れな回答をした気になったが、言い淀むアンジェラの雰囲気に耐えられなくて突っ込んでしまった。
「そうじゃなくて、なんか——苦しそうだった、かな」
苦しい、か。だから、あのときすぐに俺を心配してくれたのか。あれだけ見惚れていた景色よりも先に。
そう思うのはちょっと単純過ぎるか。
「別に苦しくなんかなかったさ」
「……そう」
あまり納得していないらしい。
そんなにも切羽詰まった表情をしていたのだろうか。自覚はあまりないが、想いが顔に出てしまうくらいに強く念じていたのかもしれない。
そう捉え直すと、苦しいくらいに切望していることには納得できる。
「いや、やっぱりアンジェラの言う通りかもしれない」
あまり重い感じにならないように軽く切り出してみた。
アンジェラは視線をこちらに向けて先を促す。
「あー、なんだ、その、別に話すようなことはないんだが」
「いいじゃない、話してくれたって」
「そうは言っても説明しにくい」
軽く言ったもののごちゃごちゃと頭の中の考えがまとまらない。それもあるし、なんだかアンジェラにはあまり話したくない気もした。男のつまらない意地なのかもしれないが、何故だか言葉に詰まる自分がいる。
「ふ〜ん。ま、いいけど」
話題が長引かなかったことに胸を撫で下ろす。
「わたし、ウンディーネを見つけられなかったらどうなっちゃうのかな」
「どうって、それは——」
アンジェラの立場になって考えを巡らす。考えなかったわけではないが、そういう可能性は除外して動いていた。
精霊は見つかるだろう、という推測を勝手に確信に変えていたことは否めない。
このままだと、外国の者に手を貸し国の重要なマナストーンに近づけたことを咎められるだろう。
その点に関してはウンディーネと出会って魔法を使えるようになっても変わらない。
だが、使えるようになるかならないかでは、意味が大きく変わるはずだ。
それに協力させられたのならば、状況は全然違う。
「——うまくいかなかった仮定を考えるのも大事だ。ま、いざってときのアンジェラの身の安全は保証する」
「それは、あんたが一人で悪者になるってことでしょ」
少し語気を荒らげてアンジェラは言う。こういうときは頭の回転が早いらしい。
「そうなるかもしれないってだけだ」
「じゃあもし、仮に魔法が使えるようになったら?」
「その功績を引っ提げて、ホセ老あたりを説得すれば悪いことにはならないだろう」
そうなってくれるのが理想だが、背後に控える紅蓮の魔導師がどう動くかだな。今回の件をきっかけにプロローグイベントが早まる可能性は十分にある。
と、なるとこの先しばらくはアルテナにいる必要も出てくるだろうな。
いつも通り出たとこ勝負になってしまうわけだ。
まあ、しかし。
「そんな心配するなよ。最初の頃の威勢はどこへいったんだ?」
「心配とかそういうのじゃないし。ただ、あんたといると考えさせられるの」
「何をだ?」
「わたしができることって何なのか、ってね。この旅ではあんたにおんぶに抱っこで、魔法が使える使えない以前だって痛感したわ。だから、魔法が使えなくってもわたしに何があるのかって考えてみようかな、とか思ったの……何よ、その顔は」
「ああ、いや。驚いてた」
自分でも気づかずに呆けた顔をしていたようだ。
「バカにしてるわけ?」
「そんなわけないさ。すごいなって感心した」
「なんか上から目線なとこがムカつくんだけど」
「いや、本当に」
魔法が使えないから、なんてそんなに簡単に割り切れる話じゃない。今までの人生の根幹を揺るがすようなことを言い切ってることに気づいているのだろうか。
これが昨日今日魔法に挑んで敗れた者なら何の重みもないが、今までを懸けてきたアンジェラが言うのだ。
素直に驚くだろう。
そして。
「尊敬するよ。アンジェラはすごい」
「なっ!はあ⁉︎何言ってんの‼︎」
慌てたように罵声を飛ばす彼女の頬は赤い。もごもごと言葉を発しようとしては引っ込めていたが、やがてそんな行動すらも恥ずかしくなったらしい。
「もう寝る‼︎おやすみ‼︎」
寝袋にバタバタと潜り込んでいくのを何とも言えない気持ちで眺めていた。
「ああ、おやすみ」
彼女の苦悩が解消されてほしいと、心の底から願った。
————————————
「わたしがやる」
朝一番はその一言で始まった。
マナストーンの前で念じる話だ。
「急にどうしたってんだ」
「わたしにできることをするの。もしかしたらマナストーンに縁のある王族なら何かしらの反応があるかもしれないでしょ」
「まぁ、余所者よりは可能性は高いかもな」
昨夜の会話が影響しているのだろうか、どこか気負った様子のアンジェラにやめろとも言いづらい。
やるだけやってみたらいい。それでウンディーネが見つかるなら儲けものだし、アンジェラが言うことも一理ある。全てを自分の知識だけで判断することは現状やめるべきだ。
あくまで可能性のあることはやっておく必要があるのだから。
アンジェラがマナストーンの目の前で膝を折る。両手を固く結び、祈るように目を閉じた。
とても絵になるような構図だ。
表情も真剣そのもの。
魔法を使えるようになりたい、その一心でここまで来たのだ。当然の熱意ともとれるが、それ以外にも何か理由があるようにも見えた。
それがプラスに働くかは置いておいて、十分近い時間だろうか。いつまでも見ていられるような姿だったが、マナストーンには残念ながら変化はない。
周りに精霊が表れる様子は——ないか。
「アンジェラ」
そっと声を掛ける。彼女は目をかたく瞑ったまま、祈りの姿勢を崩さない。
俺は一つ息を吐くと、手近な岩に腰掛けた。何か手応えがあるのかもしれない。どちらにせよ、俺も次の手を考える必要がある。
「すまないが、今のところ代案がない。他の案が浮かぶまでちょっと時間をくれ」
たぶん聞こえたと思うが、反応はない。それだけ念に没頭しているということだろうか。
アンジェラに任せながら、それらしい気配が表れないか探ってみるが、まったく分からない。
精霊の気配ってのはどうにも読み取りにくいみたいだ。
思考を切り替えて、代案を考えようかと思ったところだった。
『来たか』
サラマンダーの呟きに、いつの間にいたのか、とツッコミを入れる間もなく、巨大な水柱が宙空から出現した。
「アンジェラ下がれ‼︎」
素早くアンジェラの前に出て剣を抜く。負傷している左腕が痛むがその程度だ。動くことはできる。
目の前の水柱に最大限の注意を払いつつ、待ちに待ったモノかを慎重に見極める。
敵か、ウンディーネか。
「デュラン、たぶん大丈夫」
「なんで——」
そう言い切れる、と口にする前にそれは表れた。
『随分と熱心に祈ってたけど、アンタらなにもんなん?』
どこか独特な訛りで話すのは可愛らしい人魚の姿をした水の精霊——ウンディーネだ。
待ち望んだ精霊の出現に心が躍る。
刺激しないようゆっくりと剣をしまい首を垂れる。
「私たちはウンディーネ様を探してこの地に来ました。まずは話を聞いていただけますか?」
返事がない間が続き、頭を上げると、ウンディーネはチラッとこちらを一瞥してアンジェラに視線を向けた。
『ん〜、ウチが興味あるんはあんたじゃないねん。そっちの子に聞いとるんや』
「えっ、わたし⁉︎」
精霊が表れたことに呆けていたアンジェラが急に話を向けられ戸惑いを見せる。
こちらにアイコンタクトで助けを求めて来たが、アンジェラとの対話を望む精霊との間に入って機嫌を損ねるのは不味い。
お、ま、え、が、は、な、せ。
口パクで意図を伝えると苦虫を噛み潰したような顔でほんの一瞬睨んできた。
が、すっと表情を改めてウンディーネに向き直る。
「魔法が使えるようになりたいの。お願い、あなたの力を貸して」
て、うおおーい!いきなり本筋に入るやつがあるか!まずは警戒心解くなり、名乗るなりあんだろ‼︎
『ぷっ、あはははは!』
「何笑ってんのよ!こっちは真剣に頼んでるっていうのに‼︎」
精霊の笑いに俺は呆気にとられていた。そして媚びないいつものブレないアンジェラにも反応できない。
悪くない反応、と捉えていいのか。
『えらくどストレートな要求やな。こんなおもろいこと聞いたの何百年ぶりやろか』
「何百年って……そっか、あなたずっとここにいたんだもんね。人と話すのも久しぶりなんだ。マナストーンは綺麗だけど、私にはここでずっと暮らすなんて考えられないわ」
『ウチには居心地が良くて快適なんやけど、人間にはちょいしんどいかもしれんな』
「話し相手もいないんでしょ?私も一人でずっと過ごすよりはここにいる冴えないやつでもいた方がマシなくらいだもの」
おい、余計なこと言うんじゃねえ。
『ふふ、そうかもしれへんな。娯楽なんてもんはウチら精霊には必要ないんやけど、こうして人間が訪ねてくるのはなかなか刺激があってウチは好きなんよ。ねぇ、サラマンダー』
『ふん、一緒にするんじゃねえ』
『とか言って、そこの男の子が寒さで死なんようにしとったやんか』
ん?何の話だ?
『知らねーな』
『そうかなー?サハギンに向かって魔法を放つ寸前だったみたいやったけどなー?』
『勝手に言ってるんだな。知らねーもんは知らねえ』
そうだったのか?じゃああのとき、助けに入ろうとしたら父さんが現れたってことなのだろうか。
間にアンジェラが口を挟んだ。
「二人とも知り合いなの?」
『初対面やな。でもウチら精霊にはそういう感覚はないねん。ま、話すと長くなるから気にせんといて』
「そうなんだ……ってそんなことじゃなくて、協力してくれるの?」
旅の理由も何も説明してないけど大丈夫だろうか。アンジェラが魔法を使えるようになるのは目的の一つだが、それが本筋じゃない。
マナの聖域に向かう準備をすることが重要なのだ。
ウンディーネは、うーんと手を顎に当てて考える素振りを見せている。
『サラマンダーになんとかしてもらえばええやん』
『俺はまだ手を貸すと決めたわけじゃねえ』
『こんなところまでついてきてそんなこと言うなんて、相当な捻くれもんやなぁ』
話すならここのタイミングか。
「ウンディーネ様、実はもう一つ目的があるのです」
『まぁ、そうやろな。こないなとこに火の精霊を引き連れて、魔法を使えるようにしてほしいなんて用なわけないもんな。なんとなく察しはついてんねんけど、話してみ』
これまでジンやサラマンダーに話したような事情を説明する。
壮大な話だが、アンジェラにぼかした部分についても素直に話す。
ここまで来て結果が残らないのは意味がないからだ。
アンジェラは神妙な顔で話を聞いていた。
『話はだいたい分かったわ。風も火も協力してるんや、ウチも手を貸したる』
「よろしいのですか?」
あまりにもあっさりとした返答に思わず聞き返してしまった。
余計なことを言ったと思ったが後の祭りだ。だが、それも一瞬の杞憂に終わる。
『ええよ』
「マナストーンから離れることになりますが……」
ただでさえここには紅蓮の魔導士がいるのだ。ここを俺がずっと守ることは現実的ではないのだが、精霊からしたらそんなに簡単に離れられるものなのか疑問があったのだ。
『なんかいらん心配してるみたいやから説明したる』
「お願いします」
『素直なやっちゃな。あんなぁ、万が一マナストーンを解放できる魔導士がいたとして、その魔導士と争うことになった場合に考えられるのは良くて相討ちにできるかどうかってとこやな。ウチがやられたらそんときは打つ手なし、マナストーンは終わりや。でも逆にそれ以外の魔導士がいくら来ようと今代の魔導士程度じゃマナストーンを都合よく利用することなんてできないんよ。だからウチが居てもいなくてもあんまし変わらへんねん』
なるほど。確かにそうかもしれない。マナストーンをどうにかできる連中は少なくとも精霊以上の力を持っていると考えればいいわけか。
精霊を失い、あまつさえマナストーンをも解放されてしまうよりは、精霊だけでも力になってくれる方がありがたいのはたしかだ。
もしかして、原作でもそんな意味があって精霊たちは協力したのだろうか。
「分かりました、ありがとうございますウンディーネ様」
『それと、そのかたっくるしい喋りもやめてくれへん?聞いてるだけで肩が凝ってくるわ』
「……分かった。気をつける」
何というか、精霊というより人間のような気さえしてくる態度だ。
まぁ、向こうがそう言うならわざわざへりくだる必要もない。こっちも一つ肩の荷が降りるってもんだ。
『そうそう。人間素直が一番やで』
それを精霊のお前が言うか。
「あ、ってことは私、魔法が使えるようになるってこと、よね?」
アンジェラが思い出したかのように呟く。
「なんか情報量多すぎて処理が追いついてないし、こいつが言ってた壮大な慈善事業にもぜーんぜん納得いってないけど‼︎でも、そういう話でいいのよね⁉︎」
『構わんで。加護は授けたる。ただ、こっから先はアンタ次第や』
「——」
言葉もない。今にも飛び上がりそうなほどにアンジェラが嬉しさを全身で表現している。
「上等よ、きっかけがあるってことは、使える可能性がでてきたってことでしょ。立ち往生してる暇なんて、ないんだから‼︎」
『そうや、その意気やで。そらっ!』
一瞬淡く青い光が満ちたかと思うと、俺とアンジェラに吸い込まれるように急速に光を失っていく。
感覚で分かる。これは水のマナだ。
それが分かると今度はまるで視界が開けたかのように、辺りに満ちた清らかなマナを全身で知覚する。
透き通る冷たさの中にいるのに、どこか心地良い。
「なんかちょっと寒くなくなったかも?」
アンジェラの発言と同じことを思っていた。
これがマナを認識するということなんだろうか。
『ウチの加護なんやから、そのくらい朝飯前や。アンジェラもいいセンスやね、道のりはそう遠くなさそうや』
それを聞いて、花が咲いたような笑みを浮かべるアンジェラ。今までの苦しみが報われる希望が見えてきたのだ。その喜びが理解できる分、俺も何故だか嬉しく思える。
「よろしくね、ウンディーネ!それじゃデュラン、さっさとアルテナに戻るわよ!」
「あぁ、そうだな。長居は無用だ」
さて、ここからが問題だ。考えた通りに事が運べばよいが。
大体次の話の目処がついたら投稿してます。必殺技はレベル2までは貯めるタイプです。(何言ってんの
久しぶりの投稿にも関わらず温かい感想や評価をいただけて嬉しかったです。ありがとうございます。
書きたい話はいろいろありますが、亀更新です。どうか続く限りお付き合いくださいませ。。