デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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エコーズオブマナでデュランとアンジェラ強化したら力尽きました。全凸は無理…









第二十三話 魔法を斬ってみる

 氷壁の迷宮からの道のりは単純だ。来た道を戻る、これに尽きる。

 

 懸念は幾つかある。

 

 捜索隊の存在だ。今もアンジェラを探して、その捜索範囲を拡げているとなれば鉢合わせる可能性が高い。アンジェラが説得してくれるだろうが、それでも勝算は薄いと見ておくべきだ。

 

 国の姫を危険に晒したこともそうだし、正式な許可なく連れ回したのだ。魔法が使える見込みができたし、無事だから問題ない、とはならないと考えるべきだろう。

 

 だが、ホセなら精霊を味方につけたことを話せば説得できる可能性は高いとみている。

 

 このことについては、アルテナ上層部に話が及ぶことを避けたいのは言うまでもない。

 

 上層部に精霊に関しては伏せた上で、ホセの説得ができることが最上だ。そこまでことが運べば、アンジェラの無事を確保できたことになるだろう。

 その時点でひとまず俺は自分の身の安全の為にアルテナを即時離脱。一人フォルセナに戻ればいい。

 

 この場合、その後がどうなるか一番予想がつきにくいのが厄介なところか。

 無事にアンジェラが紅蓮の魔導士から逃げられるのか、という点では、干渉してしまった時点で原作とズレている可能性がある。

 

 原作通りならば、この先数ヶ月以内にアンジェラは女王からマナストーンへの生贄となることを宣言される。その際には彼女自身が混乱したことと命の危機に魔力が暴走し、テレポートすることで難を逃れることができていた。

 精霊の加護を得たことで、魔力の暴走がどのような形で発現するかが分からないことが心配だ。

 

 しかし、アルテナに俺の存在が露呈した場合の厄介さは、これとは比べものにならない。

 

 何せ、これから起こるマナの聖域への侵入を予見し、あまつさえ先に対策を立てようと動く者がいるかもしれないと悟られてしまう可能性があるからだ。

 

 計画がバレているはずがないと余裕を持って準備している奴らからすれば寝耳に水。警戒度を上げてくるだろうし、何より計画を早めるかもしれない。

 

 それは非常に困るわけだ。

 

 原作より早めに行動することが悪手になるのは避けたい。

 そうなると、どのような動きが一番いいか、とそんな話になってくるわけだが。

 

 実は、答えは最初から出ているわけで。

 

 ただそうなったときの理由が説明しにくいのが本音なわけよ。

 

 まあ、つまりあれだ。

 

 このままアンジェラを連れ去るという選択肢だ。

 

 アルテナに来てからずっと考えていたことではある。

 精霊を仲間にし、あわよくばアンジェラも魔法を覚えてそのまま仲間にしてしまう。

 

 理想的な流れだ。

 

 ただし、今の俺にはそれが正解だとはいい切れない。

 

 アンジェラは魔法を使えるようになって女王に認められたいのだ。まだ使えるわけではないが、時間が経てばそうなるだろう。それが彼女の一番の望みのはずだ。

 

 それを無下にしてまで、俺に付き合わせるってのはなんか違う気がする。

 俺自身は紅蓮の魔導士の傀儡となった女王から、アンジェラが何をしようと認められることはないと確信している。

 

 しかし、アンジェラにとってはそうではないし、それを説明するとなぜわかるのかと、そんな話になるはずだ。根拠が俺の原作知識、もといマナの女神様のお告げで通し切れるかは微妙なラインだと思われる。

 

 ただ、気持ちを度外視してもアンジェラの命を守るためなら、俺は遺恨を残すことになっても彼女を連れて行くだろう。

 

 今はまだ、その選択に至る決定的な部分が見えていないから、迷っているのだ。

 

「ねえ」

「ん、どうした?」

 

 不意に歩くことに集中していたアンジェラが話しかけてくる。周囲を警戒したり、足元の悪い雪道に気をつけて歩いたりで、あまり雑談などはしていなかったのだが。

 

「デュランは帰ったらどうするの?」

「帰ったらって、アルテナにか?」

「そうよ。他にどこがあるってのよ」

「今は絶賛お尋ねものだろうからな、アルテナには戻らないつもりだ」

 

 しん、と辺りが静かになる。ざくざくと雪を踏みしめて歩を進める音が一つ減った。

 アンジェラが足を止めたのだ。

 

「それなんだけどさ、考えたんだけどデュランは私に手を貸してくれたって話にすれば別に問題なくない?魔法はまだ使えないけど、きっかけは掴めたんだし」

「正当な王国からの依頼でもない、きっかけを掴んだといっても魔法を使えるようになったわけでもない。こんな長期間連れ回す理由になるか?」

 

 説得とは相手が納得できるかどうかだ。その点、アンジェラとの口約束程度では俺の身の安全は保証されないだろう。

 

「それにだな、きっかけを掴んだというが、実際に精霊に会った俺たちと違って、今まで生きていて精霊に出会ったことがない、精霊を御伽噺だと思っている連中にどうやって信じさせるつもりだ?」

「そりゃあ、あなたの言いたいことはもっともだけど……」

 

 だよな、それが分からないほど馬鹿じゃあないよな。

 

「魔法を使えるなら話は変わるが、今それを信じさせるのは難しい。それに精霊のことも本当に信頼できる者以外には伏せておきたいんだ」

「精霊を狙う人が出てくるから?」

「それもある」

「壮大な慈善事業に関わるわけね」

「……正解だ」

 

 特に紅蓮の魔導士の耳にはこの情報を入れたくない。精霊の存在自体は気付いているかもしれないが、まだマナストーンを守護している可能性が高いと思わせておきたいからな。

 

「だから、これ以上俺がアルテナにいるには命の危険を伴うわけだ。分かるよな?」

 

 それは確認のつもりだったのだが、アンジェラはそうは受け取らなかったらしい。

 

「じゃあ、私があなたを正式な護衛に任命するとか。わ、私としてはしょうがなくだけど!」

「……突拍子もないことだが、悪くはないかもしれないな。ただお咎めなしになるかは難しいだろう」

 

 この旅をホセが知っていて、それがどこまで話が広がっているかが問題だ。ホセで止まっていればアンジェラの提案で丸く収まる可能性は少なくない。

 ただ、王女の行方不明をそんな小事として捉えているかと言われれば、楽観的過ぎると思う。

 期間も一日二日ではないのだ。既に城内には知れ渡っていると考えるのが自然だろう。

 

「むー」

「すまんな、これでも最悪はいろいろと考えてるんだが——」

「そうじゃないわよ!このバカ!」

 

 ずんずんと効果音が聞こえてきそうなくらいペースを上げ、突然の罵声に唖然とした俺をアンジェラが追い抜いて行く。

 心なしか、頬が赤い気もしたがそんなに怒らせてしまったのだろうか。

 しかし、そんな提案をしてくれるくらいには良い関係になれたと思って良さそうだな。彼女なりに俺の身を案じてくれたことは嬉しい限りだ。

 

 

 

 

 

 それからも旅程は順調に進み、もうすぐエルランドとアルテナの岐路というところまで差し掛かったときだった。

 

 人の気配がして、足を止める。

 

「どうしたのよ」

 

 しっ、と口元に指を添えてまばらに乱立する木の影にアンジェラと隠れる。

 様子を伺うと明らかに誰かを探しているであろう様子のアルテナ兵が徐々に近づいてきていた。

 

 どうする?

 

 交渉か、逃げるか、判断に迷った。

 ホセが見えないことが、俺に交渉の選択を取らせるのをためらわせた。

 

「あれって、うちの兵じゃない」

「そうだ。どう出るかまだ決まっていない」

「ホセがいないから?」

 

 その通りだ。今までのアンジェラならそのまま大声で呼びかけていたところを、俺の判断に合わせて隠れてくれている。

 それなりの信頼関係は築けたのだな、と今考える意味がないことが頭をよぎった。

 

「ねぇ、あれってデュランと同じことやってない?」

「なんだって?」

 

 一人のアルテナ兵の周囲に風のマナが集まっていくのが感じられた。

 これは周辺探知の予兆——

 

 ほどなくして意識しなければ分からないようなぬるいそよ風が全身を撫でていく。

 なるほど、術者のレベルで感知される側も気付けるわけか。

 

「って、んな悠長に考えてる場合じゃない——」

「こっちに気付いたみたい……」

 

 こちらの存在に気付いた兵が集まってくる。アンジェラに伝えずとも見つかったことが分かったようだ。

 

「ねえ、どうする?」

「どうするもこうするもこうなったら交渉を仕掛けるしかない!」

 

 木の影から飛び出して両手をあげる。少しでも敵意がないことを示すためだ。隠れていたのが分かっている分、焼け石に水な可能性が高いが、このまま隠れているよりはマシだろう。

 

 兵士の数は四人。姿は見えないが、恐らくはもっといるだろう。周辺からそのうち集まってくる可能性が高い。ホセは見当たらない。どこかに拠点を設けて指揮をとっているのだろうか。

 

 ——さて、この状況どうなる?

 

 冷たい空気を思い切り吸い込み、よく通る声で呼びかける。

 

「アンジェラ王女は無事だ!私は王女の護衛として連れ添った旅の者である!私にあなたたちに敵対する意思はない!話を聞いてもらえないだろうか‼︎」

「私は元気よー!大丈夫だからー‼︎」

 

 俺の言葉を裏付けるようにアンジェラも木の影から姿を表して、飛び跳ねながら健在をアピールする。飛び跳ねるたびに別の部分の存在もアピールされてることはこの際考えないようにする。

 

 アルテナ兵の皆さんは風の探知魔法を使った術者を中心にひそひそと話した後、何も答えずにじりじりと距離を詰めてきた。

 

「おい、なんか様子がおかしくないか?」

「話しにくいから近づいてきてるだけでしょ?おーい、私は生きてまーす‼︎ぜーんぶこの護衛が守ってくれたのー!」

 

 どことなくアンジェラからほっとした雰囲気を感じとる。

 無理もない。命の危機に遭遇して、気が気じゃない日々が続いたのだ。自国の兵士に会えて安堵する気持ちもわかるし、ましてや人に会えたことで人間の支配地域に戻ってこれたと実感できたのであろう。

 

 そんな風に、どこか俺自身気を緩ませかけたときだった。

 

 おもむろにアルテナ兵が杖を掲げた。

 それと同時、不穏なマナの気配を感じとる。

 

「アンジェラ伏せろ‼︎」

 

 少し乱暴にアンジェラの頭を上から押さえつけ、姿勢を下げさせる。

 低い風の唸り声が頭のほんの少し上で炸裂し、後方の木々を切り裂いた。

 間に合わなかったらと思うと背筋が寒くなる威力だ。

 エアブラスト。風の下位魔法だろうと予測する。この世界では初めて見た。

 

「うそっ⁉︎」

「どうやら嘘じゃないらしい、走れ‼︎」

 

 攻撃の手は緩まない。地上から土と雪を巻き上げ、結晶状に固まった土杭が空中に乱舞し、俺とアンジェラに立て続けに迫る。

 

 ——これはダイヤミサイルか⁉︎

 

 一人が唱えた分じゃない、二人分はあるだろう量が俺たちが伏せていた場所を貫き、追随して走り抜けるすぐ後ろの雪や木々に突き刺さる。

 距離が離れていなければ走ったところで避け切れる速度ではなかった。

 

「なんであいつら私たちを狙ってるのよ!」

「んなこたぁ俺が一番知りたい‼︎」

 

 本当にどうなってる?

 

 俺だけが狙いなら分かるが、あまりにも雑過ぎる。万が一王女に当たったらとか、そんな迷いが一切感じられない。

 

 むしろ——

 

「待って!お願い、攻撃をやめて話を聞いて‼︎」

 

 魔法の雨が止むと同時にもう一度アルテナ兵に向き直って対話を試みるアンジェラ。両手を広げ、無防備に立ち尽くしている。

 

「ダメだ、アンジェラ!」

 

 振り返ったが、相手に止めるという選択がないことを悟る。

 攻撃の姿勢を緩める気がないことを見て理解する。奴らには敵意しかない、と。

 

「アイススマッシュ‼︎」

 

 敵の詠唱がはっきりと聞こえると同時に、氷塊がアンジェラに迫る。

 

 判断は反射的に行われた。

 

「——サンダーセイバー‼︎」

 

 加速を付与したスピードでアンジェラの前に躍り出る。巨大化し、眼前の景色いっぱいに広がる氷の塊を見据えた。

 

 斬れる、そんな予感とともに剣を迷いなく振り抜く。

 ジュッという熱いものが何かを焼くような音が響いたかと思えば、視界が急激に開かれた。

 

 重たい落下音とともに真っ二つに切り裂かれた氷塊が、俺の後ろに流れていく。

 

 アンジェラには掠りもしていない。

 

 魔法を斬った。可能かどうか分からなかったが、直感の行動は間違っていなかった。

 

 アンジェラが無事なことにほっとする間もなく、激情が腹の底から湧いてくる。

 

「なぜだ、なぜ彼女を狙う‼︎お前たちの目的は何だ⁉︎」

 

 知らず、張り上げた声は自分でも分かるくらいに震えていた。

 恐怖にではない、これは怒りだ。

 

 何に対しての?

 

 決まっているこんな事態を引き起こしてしまった自分の浅はかさに対してだ。

 

「抵抗するな。その女を大人しく引き渡してもらおうか」

 

 ……その女?

 

 風の探知を行ったアルテナ兵が応じた。あいつがリーダーらしい。

 こちらとはそれなりの距離をとっている。俺が斬るには少し遠く、向こうが魔法を一発は打てそうな絶妙な遠さだ。

 加えて相手は四人。倒すにしても四発分の魔法をどうにか掻い潜る必要がある。

 

 違和感を覚えながら、打開策を考える。相手の目的を探る。

 

「それなら何故魔法を放った?姫の身の安全を考えている者のやることではないだろう!」

「誰の身の安全だって?」

「だから姫の……」

 

 言いながら、嫌な予感がざわざわと背筋に奔る。

 今すぐにでも背を向けてこいつらから逃げた方がいいと、直感が告げた。

 が、それは叶わない。

 

「あははは!そいつはもう姫でも何でもない。反逆者だ!手足が欠けていようが死んでいようが、その身を連れ帰ればいいんだよ!」

「馬鹿な!誰がそんな指示を出した——」

 

 そう問いながら、かちりと歯車がハマる音がした。

 

 いるじゃないか、彼女の存在を生贄に差し出したいと思う者が。

 

 女王の後継者を都合よく排除しようと画策する者が。

 

「女王様以外にいるわけがないだろう!その女のあまりの出来損ないぶりにとうとう廃嫡を決意されたのだ‼︎」

 

 そんなわけがない。裏で動いている者がいるというのに、こいつらは何も分かっていない。

 いや、そういうことにしているのか?

 

「そんな、嘘よ……」

 

 アンジェラの呟きが力無くこぼれる。

 

「信じなくていい。女王がそんな命令を下すはずがない」

「残念だが事実だ!貴様もアルテナの王族であったのならば潔く出頭せよ。せめてその程度のことはできるだろう?」

 

 同調するように他の者たちが嘲るような笑い声をあげる。

 直接こんな罵倒を受けたのはきっと初めてなのだろう。見なくても、背中越しに小さく震えているのがわかる。

 

「大人しく来るのならば、そこの護衛の剣士は見逃してやろう!どうするのが賢いか、わかるな?」

「……デュラン、わたし」

「聞くな、アンジェラ。聞かなくていい」

  

 影では今のような、心を引き裂くような悪辣な言葉を投げつけられていたのだ。こんな環境の中で、それでもじっと耐えてきたのだ。

 

「女王様もこれで憂いを断てるであろう?貴様のような無能を自ら処分しようと言うのだから、よほど目障りだったのだよ」

「わたし、そんな、そんなつもり——」

「気がついていなかったのか?女王様の貴様を見る目。はっ、虫ケラを見ているようだったではないか!」

 

 一際笑いが大きくなる。

 

 それが、ひどく耳障りだ。

 

 もういい。これ以上は。

 

「生まれてくるべきではなかったんだよ!名君であられる理の女王唯一の汚点が‼︎」

 

 

「——いい加減黙れよ」

「……⁉︎」

 

 ああ——

 

 風が荒ぶっている。周囲のマナが激しく流動するのが見える。

 

「き、貴様、抵抗する気か⁉︎」

 

 違うか——

 

 その中でじっと耐えて耳を塞ぎ、小さな幼子のようにうずくまるアンジェラがいる。

 風が教えてくれる。

 

「セイバー魔法ができる程度でこの人数に勝てるわけがないだろう!揃いも揃って馬鹿な奴らだ」

 

 アンジェラが必死に感情を抑えつけている。

 

 これ以上傷ついてほしくないんだ——

 

「アンジェラ」

 

 振り向かない。きっと、彼女は弱さを見せたくないだろうから。

 

「この世に自分の子どもを憎む親なんていねえよ。それを俺が絶対に証明してやる。だから——」

 

 剣を握り込む。荒ぶる風が刃に収束し、紫電の輝きを纏わせていく。

 風が静かになるのに比例するように、あまりの感情の荒波で狭まっていた視界が急速にクリアになった。

 

「俺を信じてくれるか?」

 

 場違いだが、自分が思うよりも、穏やかで優しい声が出てきたことにちょっとだけ驚いた。

 

「デュラン……お願い、わたしを助けて」

「ああ、任せとけ」

 

 助けを求める声に力強く応えると同時、身体は羽根よりも軽く、踏み込みは雪を盛大に巻き上げる。

 当然、アンジェラに配慮した上での移動。

 

「ふん、愚策だな!まずはあの剣士から仕留めろ‼︎」

「ファイアボール!」

「「ダイヤミサイル‼︎」」

 

 あらかじめ準備していたのか。思ったよりも無能じゃないと判断。

 不意打ち気味の加速による一刀では厳しい。

 

 直線上に向かってくるファイアボールを横に跳んで回避。

 続け様に矢の如く降り注ぐダイヤミサイル。木々を足場にして縦横に跳躍する。ジグザグに立体的な軌道で空中を舞う。

 目標を見失ったダイヤミサイルは、木に突き刺さるか虚しく空に向かって飛び去っていく。今の速度は、奴ら程度じゃ追い切れないだろう。

 

 予定外の動きだったが、標的にもう一息の距離に迫る。

 

「こいつ獣人か⁉︎出し惜しむな‼︎」

「アイスッ——」

 

 この距離は俺の方が速い。

 

 狙いは先頭の術者。魔法発動前に杖を両断。

 

「——ぎゃあああ⁉︎」

 

 サンダーセイバーの副次効果か、感電したらしく無様に雪上に倒れ込む。

 続くはずだった詠唱は苦痛による叫びに変わり不発となった。

 

「切り替えろ、応戦する!はあああ‼︎」

 

 気合いをこめたつもりだろうか、接近戦となり魔法を諦めて杖による殴打を繰り出すアルテナ兵たち。

 

 そうか、その手は読んでいなかった——

 

「いや、それは悪手だろ」

「ぐがががが⁉︎」

「ぎっ——」

 

 言い終わる頃には杖を切り裂き、同じく感電させる。返す刃でついでにもう一人も同様に処理。

 

「剣しか能がない剣士に、接近戦なんて馬鹿か?」

「お前は一体、何なんだ、なぜ邪魔をする⁉︎」

 

「そんなの決まってんだろ。俺はあいつの騎士だからだよ」

 

 すっ、とまだ紫電を纏った剣をリーダー格の女の前に近づける。

 

「正直に話せ。アンジェラを消そうとしてんのは誰だ」

「だから女王様——ひぃい‼︎」

 

 サンダーセイバーの出力を上げる。眩いばかりに輝き、あと数センチでも近づければタダでは済まないことは誰の目にも明らかだった。

 

 

「二度はないぞ……死ぬか?」

 

 

 小さいが低く平坦な声は確かに届いたようだ。こちらの本気を汲み取り、目に涙を溜めて口を動かし始めた。

 

「ぐ、紅蓮の、紅蓮の魔導士様だ‼︎あの方が今回の命令を出したんだ‼︎」

 

 慌てたように口をついて出た言葉。

 やはり紅蓮の魔導士が裏で糸を引いていたか。

 だが、まだ情報が足りない。

 

「分かった。——お前を殺す」

「待ってくれ、嘘じゃない!本当だ、本当なんだ!魔導士様からの命令のあと、確かに戸惑うものもいた!だが、女王様からも直々に勅令が下ったんだ!頼む信じてくれ‼︎」

 

 真実かどうかカマをかけてみたが、どうやら嘘は言っていないようだ。もしもこの必死さが嘘だとするなら、騙されても仕方ないと思えるレベルだが。

 

「他にも何か俺たちに関わることで隠し事はないか?」

「た、他国の者と通じている、と。その者も——」

「殺せと?最初から生かす気はなかったわけだな」

「違う、そんなことは、ぎゃあああ‼︎」

 

 剣を軽く当て、気を失ったアルテナ兵から視線を外す。

 これ以上の問答は無用だ。一刻も早くアルテナから脱出をすべきだと確信も持てた。

 だが——

 

 消沈して冷たい雪の上に座り込んでいるアンジェラに声を掛ける。

 

「どうする?俺たちはお尋ね者になっちまったみたいだ」

「……」

 

 あえて軽い調子で言ってみたが反応はない。

 

「聞こえてたろ?最初にお前を殺すように命令したのは紅蓮の魔導士だ。大方、国を乗っ取ろうって腹積もりだろうが」

「ちょっと、黙って」

 

 氷のように冷たく重い言葉に、思わず息をのんだ。

 

「らしくなく早口ね。そんなにわたしに考える時間を与えたくないの?」

「いや、そんなことは」

「大丈夫よ、分かってる。お母様がわたしを切り捨てたがってたことなんて」

「それは違う」

「どう違うの?結局、紅蓮の魔導士のやり方に賛同しているのだから同じことよ」

「だから違うって‼︎」

 

 思わず出た大きな怒声にアンジェラが目を丸くしている。周辺にいるかもしれない敵の耳にも届いたかもしれないほどだ。

 まぁ、この声以前に先程の敵の絶叫の方が聞こえた可能性の方が高いかもしれないから今さらか。

 俺は少しだけ声のトーンを落とす。

 

「お前の母親はそんな人じゃない」

「会ったこともないくせに知ったようなこと言わないでよ‼︎」

 

 失言だ。その通り過ぎてぐうの音も出ない。だが言わずにはいられなかったのだ。

 今のアンジェラに女王が操られているなんて言ったところで信じてはもらえないだろう。だから、これ以上の問答は無理だ。

 

「——とにかく、他の兵に見つかる前にここを離れるぞ。まずはエルランドで情報収集だ。そこで何かわかるはず」

 

 確証がないことなど百も承知だ。ただこのままここに居ても悪い未来しか見えない。すぐに動かなくてはならないと状況がそう言っている。

 

「……行って。私に構わないで」

「何言って……」

「もう、いいの。なんか疲れちゃったみたい」

 

 一筋、アンジェラの瞳から大粒の涙が流れた。

 淡く今にも消えてしまいそうな微笑で続けた。

 

「あなたは関係ないもの。アルテナ兵から追われているのはわたしだから。わたしがここにいれば大丈夫。だから、ね?」

 

 アンジェラの存在が希薄になった気さえしてくる。溌剌としていて、太陽のような明るさはそこになかった。

 ただ、母親から見捨てられたと打ちひしがれる女の子が力無く座り込んでいる。

 

 その事実を認識して、またも俺は自分のアホさ加減に気付かされる。

 選択肢なんて初めから決まっていたのだと。

 

「そうだな、俺には関係ないことだ。だから勝手にさせてもらう」

 

 俺は言い捨てながら、アンジェラの腕をとり無理矢理引き上げる。

 

「……えっ?」

「行くぞ」

「だからわたしはここに——」

「うだうだ言ってんじゃねえ‼︎」

 

 関係ない?いや、大アリだ。

 

「いつものアンジェラだったらな、母親の顔面引っ叩きにいく場面だろ!なんでそんな命令下しやがったってな!それがなんだ?赤の他人から言われたこと鵜呑みにしやがって、馬鹿か!いいや、大馬鹿だな‼︎」

「ちょ、はぁ⁉︎なんであんたがキレてんのよ⁉︎」

「うるせえ!俺は怒ってんだよ‼︎」

 

 自分でも勢い任せで変なテンションになってる自覚はある。

 だがそんな悠長に慰めてやれる時間もなければ、俺にそんなスキルもない。

 俺にできるのはせいぜい思ってることをストレートに伝えることくらいだ。

 

「今会ったばっかの兵士の言葉と、この何日間か命懸けで旅してきた俺の言葉とどっちを信じてんだよ‼︎」

「——それはっ!でも‼︎」

「でももだってもねえ!ここに居て、あいつらに捕らえられたら母親に会えない可能性の方が高いだろうが!だったらここは一旦仕切り直して、チャンスを待つのが正解だ‼︎」

 

 ぐいっ、と強く腕を引いた。先程よりも力を込めたせいかアンジェラの足がもつれかける。

 

「ちょっと待って!いいからわたしのことは放っておいてよ!」

「放っておけるわけねえだろ‼︎」

「どうして⁉︎」

 

「最初に約束しただろ‼︎お前を守るってな!」

 

「そんなの守らなくたって」

「お前が勝手に心が折れたなら、それはお前の勝手だ。けどな、それで俺が折れるのは違うんだよ。お前は、俺を約束を違える騎士にさせたいのか?」

 

 まったく理屈になっていないことは分かっている。だが、アンジェラをどうこうするより、きっとこっちの方がこいつには効く。

 

「俺は一度誓ったことをなかったことになんてしない。お前が動かないなら、俺はここでお前を守る」

 

 少しの沈黙の後、アンジェラは小さくため息をこぼす。

 

「守る対象を脅す騎士なんて聞いたことないわ」

「まだ見習いなんでな」

 

 悪びれることなく返答すると、今度こそアンジェラは観念したらしい。表情をわずかに和らげてみせた。しかし、それもほんのわずかな間で、こちらを睨みつける。

 

「——勝手にしなさい。どうなっても知らないんだから」

「ああ、勝手にさせてもらうさ。さぁ、さっさと動くぞ」

「ほんっとにアンタって——」

「なんだよ?」

「何でもないわよ!バカ‼︎」

 

 少しはいつもの調子が戻ってきたみたいだな。

 強引かもしれないが、これがきっと今できる最善のはずだ。

 アンジェラもそれ以上は何も言わずにただ黙って歩き始めた。

 なんとしてもアルテナから脱出しなくては——

 

 

 

 

 

 

 

 エルランドまでの道中、アルテナ兵の姿を見かけたが、なんとかやり過ごしながら目的地に到着した。先ほどの戦闘を除けば順調とさえ言える。兵との遭遇が少なかったのは捜索網から外れていたからだろうか。何にせよラッキーだった。

 しかし、到着先のエルランドで問題が生じている。

 

「船が軒並み見張られてるな」

 

 船が停泊している周辺にはアルテナ兵の姿が多数。物陰からその様子をうかがっていた。どうやら船への乗り口で一人一人の人相を調べているらしい。

 さすがに出航停止にできるほどの事情ではないようだ。まだ紅蓮の魔導士の力もそこまでの強制力を持たないことが分かったのはプラスだろうか。

 しかし、乗船前のアルテナ兵による検問を乗り切らなければならないのは問題だ。今は船の検問だけだが、いずれエルランド全体まで捜索の手が伸びるだろう。だからここに滞在することも得策ではない。

 

「なんでこう毎回船の問題が起こるんだ……」

 

 街までの兵が少なかったのは、確実に逃げ道を塞ぐ術があったからだと気付く。

 大陸を渡る手段が船しかないためか、簡単に封鎖されてしまうのはこの世界の悪いところだ。早いところフラミーに出会えればこんな悩みもなくなるのだが。

 

 無いものねだりをしても仕方がない。どうするか——

 

「困っているようじゃな」

 

 まったく気配を感じさせずに声がかけられた。

 だが、驚きは少ない。

 

「……あんたはいったいどっちの味方だ?」

「ほっほ、ワシは最初から姫様の味方じゃ。それ以上でも以下でもない」

 

 相変わらず飄々とした様子で感情を読み取らせない。

 その言葉の意味を吟味する必要はなかった。

 

「ホセ‼︎」

「姫様、よくご無事で」

 

 何の警戒心もなくアンジェラがホセへと飛びついていったのだ。その姿は孫と祖父のようだ。

 

「もう俺のことは警戒しなくていいのか?」

 

 一度は対立している間柄だ。どうしても口調はきついものになってしまう。

 

「きっかけを作ったのは業腹じゃが、いずれこうなっていたことを考えれば、悪い選択をしたわけじゃないと思うたわい」

 

『いずれ』ということは、今回のような事態を推測をしていたということだろうか。

 咳払いしてホセは続ける。

 

「選んだのはワシではなかったがの」

 

 その眼は我が子を見るかのような優しさで満ちていた。

 ホセはここまでの事情を理解しているのだろう。

 そしてアンジェラのために己の危険を顧みず接触してきた。

 いつまでも小さなわだかまりを残しているわけにはいかない、か。

 

「今アルテナはどんな状況なんですか」

 

 口調を改めて、ホセに問う。

 予想通りと言うべき答えが返ってくる。

 アルテナ国内では王女が他国の者と通じ反乱を企てているという話が出ているようだ。

 アルテナ城内でその内容は半信半疑といったものが多かったが、女王の判断が決め手になったらしい。

 

 その話は、今のアンジェラにはきついだろうに、包み隠さずホセは言った。

 これ以上は今は聞かせたくない。そう思って口を開こうとしたときだ。

 

「しかし、ワシは女王様のご判断ではないと考えている」

 

 そんな俺の様子を止めるようにホセは続けた。

 

「紅蓮の魔導士、奴がどうにも裏で糸を引いているようじゃ」

「俺たちを襲ったアルテナ兵が、今回の件は紅蓮の魔導士が発端だったと言っていました」

「やはりそうか。しかし」

 

 ここで奴をどうにかできるなら……、一瞬そんな考えがよぎる。

 

「奴を追い詰めるための材料が足りんな。仮にアンジェラ様のお言葉を添えても、今は立場が悪過ぎるからの」

「そう、よね」

 

 アンジェラも肩を落とす。自分が母親から命を狙われているなど、信じたくないに決まっているからだ。

 そんなアンジェラとは裏腹にホセの眼には強い輝きが感じられた。

 その深い知性を以ってして、アンジェラの取るべき道を決する。

 

「姫様はこの者と国を出なされ。もとよりそのつもりだったからここにいるのでしょう?」

「うん、そうだけど……」

「しばらくは、この国に戻ってはなりませんぞ。ワシはここでできることをやってみます」

「そんな、それじゃホセが!」

「ほっほ、枯れても賢者と言われた身。女王様を正気に戻す術を探ってみます。それまでどうかご自愛くだされ」

「お母様は……」

 

 最後まで問いを発することなく、それ以上の言葉をアンジェラは飲み込んだ。

 

「分かった。頼りにしてるわよ、ホセ」

「任されました。そこの剣士、姫様を頼んだぞ」

 

 扱いが雑過ぎやしないかと思ったが、きっかけは俺だ。仕方ないかと嘆息する。

 

「最初からそのつもりです」

「では、船はこちらで用意しよう。伊達に長くは生きておらんでな」

「助かります」

 

 胸の内にあった心配ごとが片付き、安堵する。アンジェラも心なしか元気を取り戻したふうに見える。

 

 ホセから案内されるままにしばらく歩き、先ほどの港とは違う区画の船に乗り込む。人相の確認はホセの一声で形だけ行われたが、当然の如くスルーされた。

 

「言い忘れておりましたが」

 

 船に乗り込む直前、ホセから穏やかに声をかけられる。

 

「女王様は、毎日のように女神様に祈りを捧げているようでした」

「……」

 

 アンジェラは俯いている。再びの女王の話で何を語るというのか。

 

「そして、それは決まって娘が無力を嘆き泣いているときでしたな」

「何が言いたいっていうの?」

 

 静かに震える声でアンジェラが問う。

 

「あの方は、姫様。あなたのことを愛しているということです」

 

 その言葉を聞いて、俺は黙ったまま船に乗り込んだ。後ろのアンジェラの顔は見えない。

 

「ありがと、ホセ」

 

 小さな呟きがやけに胸に響く。

 

「剣士よ、頼んだぞ」

 

 その一言に込められた想いの強さが、ずしりと両肩にかかるようだった。

 

「ああ、任せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぽちぽちと文を作っている間に時が進んでいました。
遅くなって申し訳ない。。
楽しんでいただければ幸いです

やっっっとアルテナ編終わりました。
ここまで付き合っていただき感謝です。ありがとうございました!

完結感出してますが、まだ続きます。アンジェラのキャラが多少賢い風になってる気がしますが、元気で魅力ある感じに活躍させてあげたいと思ってます。頑張ります(笑
少し早足になるかもですが、変わらず応援してもらえたら嬉しいです。(投稿が早まるとは言ってない)
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