デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる 作:縁の下
「あ、ふ——」
ほんのりと月明かりの差した部屋に、妖艶な囁きがしんと静まった部屋に響く。
おい、待て。俺の手のサイズは、同年代と比べてかなり大きい方なんだぞ。だというのに、こいつはそんな俺の手が小さく感じちまうほどのボリューム、明らかに手の平に収まりきっていない。
薄い触り心地の良い布越しからでもはっきりと分かる。
そっと握るだけで形を変えながら、けれども手の平に吸い付くかのような柔らかさ。俺の手が脳からの離せという指令を拒絶していやがる。
こんな、こんなものがこの世にあるなんて——
「ん、デュラン?どうしたの?」
甘くとろけたようなアンジェラの声。
——ああ、後悔なんてない。
時は実家に到着したときに遡る。
屋敷、というには少々小さいが、一般家庭よりはやや大きい二階建ての家屋が我が実家である。黄金の騎士の住まう場所にしては、謙虚だとか、欲がないとはよく近所で耳にした。
しかし、雰囲気だけはあるようで、踏み入るには多少気合いを入れないといけない趣らしく、旅でいろいろな建物を見てきた今の感覚からすると、十分と立派な作りだと思う。どこか温かみを感じるのは、これが実家だからだろうか。
そこに住むのは、俺、妹のウェンディ、そして、母のシモーヌだ。原作の母は亡くなってしまうはずだったところを、原作知識と必殺女神の神託により、その命を救うことができた。
俺のわずかな、されど誇らしいあがきの一つだ。
玄関に立つ。Jの字を逆さにしたような木の棒に吊り下げられた呼び鈴を鳴らそうとして一瞬ためらった。
自分の実家なのに、そんなよそよそしくてはおかしいかと思い直して、そのままドアを開けることにする。
「へー、あんたの家、なかなか立派じゃない」
と、急にアンジェラが感想を漏らす。俺は伸ばした手を引っ込めて後ろのアンジェラへと振り返る。
「お前な、城に住んでるやつが何言ってんだ」
「あら?今のわたしは旅芸人のアンなんでしょ?」
「そりゃ、さっきそう決めたが……」
アンジェラの身分が一国の姫であると告げれば、俺が家族にどんなに普通に接してくれと言っても難しいだろうことは容易に想像できた。それ故に、俺の家族が無用な心配や気遣いをしないようにということと、しばらく滞在する上で、どのような人物なのかひた隠しにすることは怪しい、など様々な理由で偽名とその生い立ちの設定を決めた。
旅芸人というのは本人の申し出だ。確かにこの容姿であれば、その肩書きは吟遊詩人でも踊り子でも違和感はない。多少目立ってしまうのは織り込み済みで、隠して噂が一人歩きしてしまうことの方が恐ろしい。旅芸人と言っておけば、踊りでも歌でも多少形になればどうとでも言い訳ができるだろうしな。
それに市井の情報拡散力は、前世のネットにも匹敵するかもしれない。それは主に井戸端で生活仕事を行う女性達であったり、儲け話に目をぎらつかせる商人達であったりなど、様々あるが、俺は決して侮らない。
そして、俺が容易くアルテナに潜入できたようにアルテナ兵がすでに紛れているとしたら——その線もなくはないのだ。警戒することは悪いことにはならないだろう。
「ふふ、分かれば良し!」
屈託のない笑顔だ。まぁ、機嫌が悪いよりは百倍マシだろう。
ふぅ、と息を吐いて気合いを入れ直した。
俺はドアノブに手を掛け、ゆっくりと開け放つ。
「ただい——」
扉の影から小柄な少女が飛びついてくる。全体重ののった鳩尾への体当たりだ。俺の意識はそんなとっさの攻撃に悪意がないことを読み取って、飛びついてきた者の勢いを共に回転する事でいなす。
「……ただいま、ウェンディ」
「おかえり、お兄ちゃん‼︎」
「あのなぁ、訪問者にこんなことしたら危ないからやめとけよ」
俺だったから良かったものの、間違いなく転倒させるくらいのスピードだったわけだし。
というか、玄関で待機してたのか?
怪訝な顔をした俺の様子を察してか、ウェンディが訳を補足する。
「お兄ちゃんが帰ってきたって、知ってたから、大丈夫!この時間にウチを訪ねてくるなんて、お兄ちゃんか危ない人くらいだから!」
いやいや、危ない人に突っ込むなよ。
妹の無鉄砲さが兄として心配になるわ。
「言いたいことはいろいろあるが、とりあえず俺が来るってのはどうやって知ったんだ?伝言だって急いでたから頼んでないってのに」
「お昼くらいに近所のおばさん達が教えてくれたんだよ!城に向かって行くお兄ちゃんと、美人なお姉さんがいたって」
おおう。やっぱり近所の目は侮れん。しかしもう根も葉もないゴシップが流れまくっているかもしれないと。そういうことですね。
「とにかく、中でお母さんとステラ伯母さんも待ってるから早く行こ!後ろの——」
急に言葉につまった妹の顔を見る。
フリーズとはまさにこの状態のことを言うのだろう。口をぽかんと開けたまま、アンジェラに魅入っている。
「ウェンディ?」
「あ、うん、後ろの綺麗なお姉さんも、どうぞこちらへ」
「ありがと、ウェンディちゃん」
なんだかぎこちないウェンディ。まぁ、その気持ちはよく分かる。少女にすらこんな反応されるくらいなんだ。やはり一人にしなくて正解だったろう。
奥の居間まで進んでいくと、玄関を開けてすぐから香っていた食欲をそそる肉の焼けた匂いが強くなった。
部屋には、大きな長方形のテーブルに所狭しと胃袋を刺激する料理が並べられていた。そして、母シモーヌと伯母ステラが料理を前に穏やかな表情で座っていた。
ふと、旅立つ前の会話を思い出す。帰ってきたら、母さんの料理を食べたいと言ったんだった。見れば、どれも俺が好きなものばかり。
俺が帰って来ると聞いたのが昼だと言うなら、どれだけ急いで支度をしたのだろうか。ステラ伯母さんは助っ人だったのかもしれない。
胸の内にじわりとあたたかいものが広がっていく。
帰ってきたんだ、俺は。
全てが終わったわけではないけれど、ここからが始まりだというのに、俺は今無性に幸せを感じてしまっている。
「おかえりなさい、デュラン」
「ただいま、母さん……その広げた腕は何?」
「あら。二年振りの我が子との再会だもの。抱きしめた方が感動的でしょう?」
「客人の前だし、第一座ってる状態でどうしようってんだ?」
「それもそうね。そんなことより、後ろのお客様を紹介してもらえないかしら?」
そんなことよりで流される親子の感動の再会。別に抱き締めて欲しいわけじゃないからいいけど。このくらいの方が今はちょうどいい。変にしんみりするのもらしくないしな。
それに、久しぶりのどこかピントのずれた会話もなんだか懐かしくて嬉しく感じてしまう。
「こっちは旅芸人のアン。訳あって一緒に旅することになったんだが、路銀もあまり多くないから、しばらくうちに泊めたいんだけどいいかな?」
すっ、と後ろに控えていたアンジェラが前に出てくる。流れるような所作で礼をすると、胸に手を当てて微笑んだ。
「旅芸人のアンといいます。デュランには危ないところを助けてもらった縁で、護衛を兼ねてもらいながら一緒に旅をしてきました」
「そう、大変なのね。部屋はあるから好きなだけ泊まっていっていいのよ。あ、私はこの子の母のシモーヌ。こっちは私の姉のステラで、今日はお祝いのために来てくれたの。それでそこのおチビちゃんがウェンディ、デュランの妹よ」
シモーヌの紹介からステラが話し始める。
「私は普段はこちらにいないのだけれど、今日は手伝いと久しぶりに甥に会いに来たの。よろしくね、アン」
「やっぱり手伝いに来てくれたんだね、ありがとうステラさん」
「お礼は私じゃないでしょ?シモーヌがね、デュランが帰ってきたから手伝って!って大騒ぎでねー。ウェンディと3人で必死だったんだから」
「お兄ちゃん、あたしの自慢の一品、ちゃんと味わって食べてよね!」
「どれだけ大変だったかなんて想像つくよ。母さん、ウェンディ、ありがとう」
「もう、いいのよそんなこと!相変わらず真面目なんだから!さ、美味しいうちにどんどん食べ始めましょ!」
「ああ、いただきます!」
そんな平凡なやりとりで始まったささやかな祝い。穏やかな雰囲気で食事が進んでいく。
久しぶりの母の手料理に、手も口もずっと稼働しっぱなしである。ふと大事な客人であるアンジェラはどうかとチラッと窺うと、上品にナイフとフォークで音を立てずに食べている。
食事をする様子から気品というか、優美さが滲み出ているのだが、もう少し出自を隠す努力をしてほしいものだ。
そんなこちらの考えに気付いたのか、アンジェラとぱちりと目が合った。
一瞬考えるそぶりを見せて、何を思ったか何故かウィンクが飛んでくる。
楽しんでいる、という意味だろうか。まぁ、平常運転のようだし気にせず食事を続けよう。というか、そのウィンクにどう返せと?
そう思い、口一杯に肉を頬張った瞬間だった。
「で、二人はいつ夫婦になるのかしら?」
「ぶっ!ごほっ、ごほっ!」
突然の母から放り込まれた爆弾に食事を開始していた俺は対応不可能な不意打ちを受ける。
いきなり何言ってんだ!
「違ったのかしら?あっ、もしかしてこれからだった?」
てへっ、と舌を出そうが誤魔化されんぞ。
「アンとはそういう関係じゃないから。変なこと言わないでくれ」
「変なことなんて言ってないわよー。自然なことよ、自然なこと。だって男女が二人で旅をするなんてロマンチックじゃない!そこに何もないだなんて、そんなのつまらないもの。ね、ステラ?」
「諦めなさいデュラン。あなたがシモーヌの好奇心に火をつけたんだからね」
ステラさん諦め早すぎ。ため息吐きながらちょっと笑ってるの、ちゃんと見えてますからね?
にしても、変な誤解は解いておかないと。アンジェラから後で何を言われるか……。
「母さんがつまらないとか楽しいとかはどうでもいいし」
「可愛い息子が連れてきた美人さんだもの、何にもないわけがないじゃない!」
「そんな信頼はいらないから!」
「その焦りよう、ますます怪しい」
この人一切聞く気ないやんけ。
「本当に女の私ですらうっとりするくらいの美人だもんねー……ははーん、さてはアンちゃんはどっかのお姫様で、二人で愛の逃避行の末ここまでたどり着いたとか?どう?これ面白くない?」
その通りなんですけどちょっと黙ってもらえませんかね?(白目)
なお、そこに愛はない模様。
「もうお母さん、お兄ちゃんがこんな綺麗な人から好かれるわけないんだから、お兄ちゃんに変な希望持たせたらかわいそうでしょ。ごめんなさいアンさん。お母さんお酒の飲み過ぎよ」
「私一滴も飲んでないけどね」
むしろ飲んでないのかよ。飲まずにこのテンションでぶっ込んできたのかよ。ってかウェンディのツッコミに俺は泣いた方がいいのだろうか。
「お兄ちゃんにお嫁さんはまだ早いんだから」
「ふーん?そうやってウェンディはお兄ちゃんを独り占めしようって魂胆なわけかー。はー、嬉しい限りね、デュラン」
「はあー⁈何言っちゃってんの、お客さんの前で適当なこと言わないでよね!お母さんだって今日お兄ちゃんが連れてくる女の子を見極めるって息巻いてたじゃない!」
「あ、あー!それ言う?それ言っちゃうのウェンディ⁉︎だったらこっちだってあのこと言わせてもらうわ——」
ギンッと思わぬ方向から飛んできた殺気に汗が流れる。
言い合いになりかけた二人の顔がギギギとステラさんに向く。
「二人とも、お客様の前よ。いい加減にしなさいね?」
「「は、はい」」
これが闇のマナかと思う何かが、ステラさんの背後から湧き出ている。
俺は何も悪くないのに、冷や汗が止まらん。
「デュランの家族って、みんなあなたに似て個性的ね」
「おまっ!これを似てると言って一括りにする気か⁉︎」
「自分じゃ案外気付かないものよね。ね、ステラさん」
「あら、話がわかるわね。あなたも苦労してるのねー」
「私なんてまだまだですよー」
なんか意気投合してるんですけどー。
アンジェラが家族内ヒエラルキーを的確に把握してて、しかもなんかいい感じに会話始まっちゃったんだけどー。
飯、食うか。
久しぶりの実家のご飯を十分に堪能して、リラックスモード。妹も母も反省したのか、あれ以降は大人しく食事をしながら、雑談に興じていた。
女三人集まれば、とは言うが、四人で話していて話題が尽きないのかと思うほどだ。
ときおり振られる会話に適当に返しながらも、少し眠気を感じ始めていた。
勝手知ったる我が家。先に部屋を出て風呂を済ませると、後は流れで寝ると伝えたら自分の部屋へ。今はもうベッドの上だ。
今日は陛下との謁見やら、アンジェラの紹介やらで気疲れしたのだろう。横になると疲労でまぶたが重くなってきた。
そういえば、旅に出る前はよくウェンディと寝てたっけな。
今はもう一人で寝ることに慣れただろうし、一緒に寝たいとは言い出さないだろうが。
——と、ドアからノックの音が響く。
「あの、お兄ちゃん?寝ちゃった?」
返事を待たずにウェンディがドアの隙間から顔を覗かせる。
「寝る寸前だった。どうかしたか?」
何かあるとしたらアンジェラだろうが、先ほどの様子を見るに上手く打ち解けたと思っていたが、なんだろうか。
「その……あのさ」
「ん?」
もじもじとしていてなかなか言い出さない。どうやらアンジェラのことではなさそうだな。
「……久しぶりに一緒に寝るか?」
掛け布団を上げて、隣をぽんぽんと叩く。
「別に一人でだって寝られるんだからね、ほんとよ?」
「ああ、わかってるよ。たまにはいいだろう?」
「いい?お兄ちゃん、今日だけだからね!特別よ!」
「はいはい」
小動物のようにタタタッと駆け寄ってきて、あっという間にベッドに潜り込んで来た。
「しょうがないやつだな」
「えへへ」
にこにことご機嫌な様子に俺も自然と頬が緩んでいることに気付く。
しばらく緊張状態が続いていたのだ、今くらい緩んでしまっても仕方がないだろう。
天下のフォルセナ城下町で、密やかに事を起こすことは難しい。しばらくは気兼ねなく過ごせるだろう。
そんな算段が浮かんで、いよいよ眠気も増してきた。目を閉じたら三秒で眠りに落ちる自信がある。
「おやすみウェンディ」
————ふと、もぞもぞと動く存在にまどろみから引き戻される。
「ウェンディ、どうした?」
いつの間にか灯りは消されていた。時刻は深夜を回ったくらいか。わずかな月明かりで一応部屋の中は見通せそうだが、わざわざ体を起こすほどではないし、目もほとんど開けていない。というか眠い。
「……トイレ」
「ん、行ってこれるか?」
「いける。だいじょぶ」
ウェンディの気配がベッドから降りてドアの向こうに消えていった。
一人で行けるようになったなんて立派になったな。
——寝るか。
ギィ……
ひた、ひた、ひた。
戻ってきたみたいだ。
もぞもぞと俺の隣へ身を寄せてくる。布団を掛けないと寒いだろうにそんな素振りもなく寝てしまったらしい。
すーすーと規則正しい寝息をたてはじめた。
「風邪引くぞ」
そっと、布団を腰の辺りから肩辺りまで持ってきたときだった。
ふにゅ、という弾力のあるモノに手が当たった気がした。
違和感を感じて、あれ?と疑問がよぎる。
——ウェンディの肩って、こんな位置にあったか?
何がいるんだと手で探ると、ふにゅふにゅっと今まで感じたことのない手の平の感触。
おい、待て、これは——
「んっ——」
いつからそこに寝ているのがウェンディだと錯覚していた——?
月明かりに照らされた横顔は成長した妹の姿、などではなく、寝ている姿さえ艶やかな魔性の女アンジェラであった。
そして、俺は寝ぼけていたとはいえ、彼女の胸を鷲掴みにしている。
なんなら自覚しているのに未だに手が離れないでいる。
その事実に脳が一気に覚醒する——
いや、違うんだ。不意に動かしたら起こしてしまうかもしれないだろ?
この状態で起きたらきっとアンジェラも傷付くだろうし、これからのことも考えるとここは穏便に済ませるべきなわけだ。
というか、ここ俺の部屋だし、ウェンディの寝る場所として空けといたわけだから、アンジェラが来たことがそもそも違うと俺は思うんだ。
だってそうだろ、そうに違いないよな?
だからこれは俺の過失っていう過失じゃなくて、これは、そう、あれだよ。あれ、ああ事故ってやつ?
うん、そう、事故。
事故、なんですよね?
お願い誰か助けてください。
「あ、ふ——」
あ、やばい。どうしよう。
「ん?デュラン、どうしたの?」
甘く囁くようなアンジェラの声。誘っているかのようにも聞こえるが、俺には分かる。
なんでここにいるか分かってないやつですよね。
大丈夫だ、なぜなら俺も分かってないから。
「あー、アンジェラ。いいか、落ち着けよ。あのな」
眠い目を擦りながら、こちらを見上げるアンジェラ。徐々に意識がはっきりとしてきたのか、俺の顔と自分の胸とを視線が行き来する。
「待て、落ち着け、これは——」
「——どこ、触ってんのよ‼︎」
素早く身を起こしたアンジェラからの強烈な一撃が頬に炸裂する。
衝撃でベッドから転げ落ちながら俺は思った。
ああ、後悔はない——と。
いや、嘘。めっちゃある。これからどうすんの。
お久しぶりです。お待たせしました。
次話も半分くらいまで進んだので投稿。未だに感想いただけることに感謝しております。いつも皆さんの感想が励みになってます。
リアルの忙しさもありますが、なかなか筆が進まず…今年中にフォルセナ編を終わらせたい(希望的観測)
イメージはわいてるので頑張ります。
いつも読んでいただきありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします!