デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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第二十六話 「あんたのその秘密もいつか私が追いついたら、ちゃんと話してよね」

 

 

 

 

 

 草原の国フォルセナが大国である理由の一つは武力に秀でていることだ。

 特に剣術の分野において他国と大きく水をあけている。ひとえに民衆から英雄王と称賛される陛下の在り方に憧れ、腕を磨くことに余念がない兵士が多いからだろう。

 そして、武人としての強さを強調する意味もあるのだと思う。剣術大会という催しが腕自慢を呼び、そこを商機とみた商人が武具を売り捌く。貴族だけでなく庶民もその武勇見たさに足を運び……と、武力だけではない経済や人の流れすら、フォルセナという国を大国に押し上げる要因があるのだ。

 

 いよいよここまで辿り着いた。いや、ここからが始まりだと言っていい。

 

 原作のデュランが旅立ちを決めたきっかけが間近に迫っている。

 

 剣術大会若手部門。

 

 この日の未明、紅蓮の魔導師による襲撃がある。

 

 原作通りになるか、わずかな懸念はある。紅蓮の魔導師に関わることでは、同郷のアンジェラを連れ出しているからだ。

 それにより、奴の行動になんらかの影響が出ている可能性はある。

 

 だが、原作でのフォルセナ襲撃は小手調べのようであったし、アンジェラのいる、いないで行動の変化はないのではないか、そんな予測も立てている。

 

 今の俺にできることは何か。

 

 全てを救うのなら、紅蓮の魔導師を倒し、他勢力の幹部すら関係なくこの世から葬り去るという選択があった。

 

 しかし、現実的ではないことはこれまで幾度も自問し、その度に結論として出ている。

 

 敵の所在不明、原作からの乖離による出会う時期の不確定さ、何より倒しきれるような強さかどうか。

 

 それらを考えた場合、今回は出来る限り被害を最小限にとどめることを第一目標に設定するのが最上だと判断した。

 

 紅蓮の魔導師の動きの変化はあるだろうが、原作と大きく敵勢力の動きが変わることは避けていきたいことは言うまでもない。

 

 では、被害を抑えるために何ができるか、だが——陛下への警告以外では、俺の実力次第になるだろう。

 

 陛下なりに対策は練っているだろうが、俺自身の力で奴を退けたい。

 

 つまらないプライドなど持っているつもりはないが、今の自分がどこまでやれるのか。

 そんな武人としての欲求が疼く。

 

 これは傲慢ともとれる、そんな自覚はある。

 

 手は抜けない。当たり前だ、向こうのほうが圧倒的に格上。

 

 だから剣術大会までの残り期間で、研ぎ澄ます。

 

 俺は——陽の昇る前から剣を振り続けていた。

 

 無心に、ただ剣の軌跡を滑らかにするその過程に没頭していた。

 

 汗が目にかかったとき、俺はようやく動きを止める。気付けば朝陽が昇り、畑仕事を始めようと動き出した農夫の姿も見えた。

 

 そして俺は朝の鐘の音が鳴り響く中で思い出す。

 

 今握っている剣の柄の感触を塗り潰すほどの柔らかさを。

 

 剣の軌跡よりも滑らかな質感を。

 

 そして、未だにあの触感を忘れられない我が身の未熟さに絶望した。

 

「俺はっ!剣士失格っ‼︎」

 

 ご近所に迷惑になるだろう声を上げた俺は項垂れて膝をついた。

 

 そして、朝から大声を出すなと、ハニートラップの発端となった妹に叱責される。

 

 何この理不尽。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやらあのバカはかなり反省しているらしい。

 というか反省してなきゃ困る。

 

 事の発端はあいつが席を立った後だ。女だけだからと勧められるままに飲み慣れない酒を飲んだのがまずかった。

 

「えっ?まだ飲んだことない?いっちゃいましょー!」

 

 よくよく思い返すとステラさんとは盃を交わしたけど、シモーヌさんは終始一滴も飲んでない。

 勧めたのはシモーヌさんなのに。

 

 そんなこんなで夜中にトイレに起きる羽目になったのは覚えてる。

 トイレまで来たのはいいものの、酔っていたのと暗かったのとで、自分の部屋が分からなくなっていたのだ。

 そこでちょうど起きてきたウェンディに会って、部屋を教えてもらった……、確かそんな感じ。

 

 気付いたらあいつの部屋のベッドで、私——

 

 かぁっと頬が熱くなる。

 あいつのあの様子を見るにわざとじゃなさそうだし、あれ以上も無かったことは分かった。

 だから別に許したっていい。普段、あいつがいかに気をつけてるか分かっているつもりだし。

 視線一つとってもそう。不躾に胸をじっと見るような輩とは違って、気にしてるけど見ないように努力してるのが分かる。

 だから、その、あんまり気にならないのかと思ってたけど、そうじゃなかったってことが分かって——

 

「って、何⁉︎私なんで?嬉しくなんかないけど⁉︎」

 

 わああああ、と枕に向かって全力で叫ぶ。

 

 よし、落ち着いた。

 

 落ち着いたから、今日はあいつをこき使って憂さ晴らししよう。

 私は被害者なの。別にもうそんな怒ってるような小さな器じゃないけれど。

 

 そうと決まれば——どこに行こうかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気まずい朝食を終えたとき、アンジェラから言われたのは、「街を案内しなさい」という、ありがたい命令でした。

 

 まあ、避けられるよりは大分マシ。というより、話してくれると思ってなかっただけに動揺を隠しきれずに「ふぁい⁉︎」とか若干気持ち悪い返事をしたのは許して欲しい。

 

 ウェンディはいつもなら面白がってついてきそうなところを変に気を遣ってついてこないし。二年も経てば空気を読むとかそういう小難しいことを覚えてしまうのかもしれない。兄として悲しむべきか、喜ぶべきか。

 

 それはそうと、この張り詰めた空気を変えてくれる存在が消えたことで、俺は神を信じることをやめた。

 

 いや、女神信仰だったわ。なんなら偽信徒という説まであったか。

 

「有意義な一日にしたいから、ちゃんとエスコートしなさい」

「お、おう。ちなみにどこに行きたいとかってのはないのか?」

「あなたの故郷なんでしょ?それくらい考えたら?」

 

 ぐぬぬ。昨日のことがあるだけに、こんな高慢な態度をとられても何も言い返せん。

 

 いや、待てよ。

 

 つまり、これはあれだな。

 昨日のことを水に流して欲しければ私を満足させなさい、というメッセージ——!

 だから自分で考えろと、そういうことだ。

 

 試されているって分かれば話は早いぜ。

 

「な、何見てんのよ」

「いや。別に」

 

 俺は心の中でガッツポーズを決める。

 

 この勝負、あまりに俺に有利!

 

 慣れ親しんだ故郷のことなら裏路地から何から、近所のおばちゃんのモーニングルーティンまで知り尽くしている。

 死角はない。いける!

 

 となれば、アンジェラの要求してきた『有意義な一日』の定義を考える必要があるだろう。

 

 有意義とはどんな意味として使うか、だ。この世界には便利な検索システムなどないが、おおよそ使われる意味として充実していることや、何か得るものがあるようなこととして使われるはず。

 

 アンジェラにとって何か得るもの、つまり得たいものとは何か。

 答えはあまりにシンプル。

 それは魔法だ。

 

 この世界のアンジェラと言えば、なかなかに勤勉なところがある。

 充実していたいという願いも含めるならば、魔法に関する知識を蓄えることができれば、この条件は満たされるだろう。

 

 ついでに魔法が使えるようになるきっかけができれば言うことなしだ。

 

 となれば——

 

「俺に任せておけ」

「あら意外だわ。あんたはそんな経験なさそうなのに」

「ここまで散々一緒にいたんだ。何を求めているかくらい、こんな俺でも気付けるんだよ」

「そ、そう?だったら期待してるわ」

 

 後から思えば、大言壮語も甚だしいが、そのときの俺は自信に満ちあふれていたのだった。

 こうして長い一日が始まる——

 

 

 

 

 

 フォルセナ城下町にあり、城以外の建物の中では最大であろう建築物の前に来た。

 その大半は長い樹齢の木から作り出された建物であることは城下町に住む者ならば、当然知っている情報だ。

 観光客の中でも学のあるものは訪ねて来る者も少なくない。そう、ここは。

 

「……図書館、よね?」

「ああ、立派なもんだろ?」

 

 荘厳さに目を奪われたのか、それともアルテナにはこのような建物がないのか。半ば放心しているアンジェラに詳しく説明をしてやる。

 

「それは分かったけど、何でここを選んだのかしら?」

 

 まるで一筋の希望を見出したいかのように理由を問うアンジェラ。

 そうだな、確かにこの図書館の造りは美しい。フォルセナの国を代表するかのような歴史的文化財とも言えるだろう。

 実際アンジェラもこの建物を見て絶句していたほどだ。俺も幼い頃に来たときには息を呑んだことを今でもよく覚えている。

 しかし、違うだろう?

 アンジェラが求めるものはそんなものじゃないってことはよく分かっている。

 

「大丈夫だ、安心してくれ。図書館の美しさをまず見て欲しかったんだ」

「そう、そうよね!よかった、驚かせないでよね」

 

 ぱぁっと花が咲いたように笑う姿に、慣れたつもりでもどきりとさせられる。それほどまでに楽しみにしてくれているのならば、連れてきた甲斐があるというものだ。

 

「それじゃ、次は——」

「さっそく中に入って魔法関連の蔵書をあたってみようか」

「ん?」

「ん?どうした」

「はぁー、なるほどね……」

 

 アンジェラの笑顔からの、疑問、そして深いため息。

 何か、間違えているだろうか。

 

「アン、ほら時間が惜しい、行くぞ」

 

 多少強引ではあるが、アンジェラの手を引いていく。

 

「ちょ、はぁ……仕方ないわね」

 

 持ち直してくれたみたいだ。まぁ、外れたわけではなさそうで良かった。

 

 

 

 図書館の中には千を超える蔵書が眠っている。文化、歴史、戦術書、あるいは英雄伝。

 そしてこの世界の根源たるマナや精霊に関するもの。

 俺も旅立ちの前には割とよく足を運んでは、知識を蓄えた。

 もちろん、魔法関係も興味があって調べたが、そこまで深い理解ができなかった自覚はある。

 そういった類の物をアンジェラに提供できれば、今までのアンジェラの持ちうる知識と合わせて、魔法への理解をさらに深めることができるだろう。

 

 だが、アンジェラはどこか遠い目をしている。やがて諦めたようなため息を吐きながら言った。

 

「……まぁ、せっかくだし色々調べてみるのも悪くないわね」

「なんか言ったか?」

「いいえ、何も。それで?この中にある本を片っ端からぜえーんぶ読め、なんて無茶苦茶なこと言うわけないわよね?」

 

 おおう、なんか圧がすごいんだが。

 だがしかし、ここに来るまでにそんな反応がくることは想定済みだ。

 

「一通り読んだ経験がある中で、俺じゃ理解しきれなかった本を選んでくるが、それでいいか?」

「そうね、一から当たっていくのも効率悪いし。私も適当に見て回るけどいいわよね?」

「それでいい。今日はお前の力になれればいいんだ」

「私の力に、ね」

 

 小さく微かな呟き。その呟きの意味を問い返す前にスタスタと本棚に向かっていったアンジェラの背を見送る。

 

 んんっ?なんだろ。百点満点のテストが返ってくるつもりだったのに、震えるくらい点数が悪かったような、そんな気がしてならない。

 

 とりあえず、必要そうな本を見繕うところから始めようか——

 

 

 

 

 

 しばらくの間、本を物色し、アンジェラのところに運んでいった。手近なテーブルに並ぶ本が、十数冊になろうかというところで、もう十分かと運ぶのをやめた。

 椅子に腰掛け、しばらくは集中している様子のアンジェラを観察していたが、あまりにも手持ち無沙汰なことに気付き、手をつけていない物を俺も読むことにする。

 しばらく読み耽っていると、正午を告げる鐘の音が鳴り響く。

 顔を上げると、ずっと同じ姿勢でいたからか、肩や首が凝っている気がする。

 ふーっと大きく息を吐きながら伸びをすると、俺の集中力が切れたことを感じたのか、アンジェラも顔を上げた。

 

「あら、もう音を上げるのかしら?」

 

 別に勝負をしていたつもりはないが、にやりとこちらを挑発するような笑みにからかいが含まれていることに気付く。

 

「……ああ、集中力が切れた。昼食を買いに行こうと思うんだが、どうする?まだ読んでるなら、ここにいてもいいぞ?」

「んー、私も行こっかな」

「そうか。出店でも見て回りながら美味そうなモノを探そう」

「そうね、でもその前に……」

 

 机の上に大量に置かれた本を元に戻してから、だな。

 

 

 

 

 

 思ったほど時間がかからなかったのはアンジェラの記憶力に助けられたのが大きい。

 俺が棚から記憶に引っかかる本を取り出した位置をほぼ正確に記憶していたのだ。いや、俺だってある程度は覚えていたんだ、だけど、ねぇ?

 

「まったく、はりきり過ぎなのよ」

「すまん、助かった」

 

 お昼時は少し過ぎた時間だが、図書館の外に出て飲食ができる出店通りに向かった。この時間でもまだまだ人でごった返している。剣術大会が近いからだろう。明らかに地元民とは違う装いの人が半数以上だろうか。

 改めてよくできた大会だと感心させられる。

 

「こんだけ人が多いとはぐれたときに厄介だ。あんまりふらふらするなよ」

 

 って、ついさっきまで隣にいたアンジェラが消えている。

 

「おいおい冗談だろ!」

 

 返事はない。

 

 風のマナで探知するか?

 しかし、こう人が多いと——

 それにマナを使うことの影響は?

 一般人へは無害だ。

 だが、魔術師たちに気取られる。

 こんな往来でマナを使うなんて。

 

 違う、そもそもあいつを見つけるのが先だろうが……‼︎

 

「ああ、くそっ!」

「何一人で百面相やってんの?」

「っておおい!どこ行ってたんだよ!」

 

 いや、問うまでも無い。右手には程良く焼けた肉串を二本持ち、左腕には肉まんのような包み焼きが紙袋からのぞき見える。

 一本や一個じゃなくて持てるだけ買ってきたらしい。

 

 あわや、連れ去られたのではと心配していた自分のアホさ加減に腹が立ってくる。

 

「なぁに?もしかして心配してくれてたとか?」

 

 今日のアンジェラはやけに挑発的だ。いや、今更だがこいつは最初からこうだったか。

 怒ることも馬鹿馬鹿しいと思うと、急に腹が減るもので。

 アンジェラが手に持つ肉串へ、俺は狙いを定める。無駄に風のマナを使い、アンジェラが感知できないスピードで掠め取る。

 

「あー!私の肉串‼︎」

「はーはっはっ!そんなに大事そうに抱えてたって腹は膨れねーんだ!俺が全部食ってやらあ!」

 

 アンジェラの手に持った肉串、一本についた一個一個は大人の一口サイズよりも大きいであろうそれに思い切りかぶりつく。

 香ばしく焼かれた肉の旨味が口いっぱいに広がる。豪快に噛みちぎれば肉の脂があふれ、またさらに、もっと、と止まらなくなる。労働者向けの塩味強めな感じが疲れた体に染み渡る。もっとも、午前は頭脳労働だったわけだが。

 

「ふー!うめぇうめぇ!どうした、食わないのか?」

 

 もはややけっぱちのようでもあったが、食べ始めると食欲が止まらないのは本当だ。アンジェラから奪い取った肉串を両手に持ちながらひょいひょいと肉が俺の胃袋に消えていく。

 

「ちょ、ちょっと、私の!私の串なの‼︎」

「ほりゃはふかっふあふぁ」

「何言ってるかわかんないのよ!そっちがその気なら!えいっ!」

「んんっ!?」

 

 何を思ったか俺の左腕にアンジェラが密着してくる。鼻腔をくすぐる甘い香りは肉のにおいをかき消し、同じ人間とは思えないくらい柔らかい何かが当たっていることに俺は咀嚼すら忘れて硬直した。

 その隙をついて、アンジェラの小さな口が肉をかじり取る。

 

「んー!確かにおいしいわね!でも私は一口で十分だわ、もっと他にもいろいろ食べてみたいものがあるし……どうしたのよ?」

「な、何でもない」

 

 しばらくフリーズ状態から立ち直れなかったが、アンジェラはこの距離感を何とも思わないのだろうか。

 アンジェラ、なんと恐ろしい魔性の女だ。

 というか、今の、か、か、かん——

 

「あっ、あんたの食べかけだった……でもまぁ、あんたならいいわよね」

 

 何が!何がいいの!?

 こいつ人の純情を弄んでやがる!

 

「どうせだから、このまま歩きましょ!その方がさっきみたいに私を見失わないでしょうし」

「いや、それは」

 

 いい、とは言わずに飲み込み、別の言葉を探す。アンジェラの深い紫紺の瞳が潤んで揺れたように見える。その瞳に吸い寄せられる前に俺はなんとか視線を外した。

 

「……くっついてたら動きにくいだろ」

 

 くそっ、からかわれてるのが分かってるのにアンジェラの顔をまともに見れない!

 

「あら?私は別にこのままでもいいけど?」

「何かあったときに片腕を塞がれちゃあ対処が遅くなんだよ」

「ふーん。まぁ、そういうことにしといてあげるわ」

 

 すっ、と温もりがなくなる。非常に惜しいことをしてしまった。いやいや、違う違う。

 

「あのなぁ、あんま勘違いさせるようなことするなよな。俺じゃなきゃ騙されてるぜ」

「そのまま騙されててもいいけど?」

「なんてやつ!」

「あはは、うそうそ。ほら、今日はいっぱい食べるわよー!行くわよデュラン!」

 

 あんまりはしゃぎ過ぎるなよ、と言うのは違うか。今までずっと追われる旅だったんだ。少しくらい息を抜いたって罰は当たらないだろ。

 いつの間にか今日のプランは食べ歩きに変わっていたが、そんな楽しみ方もありだよな。

 

 こうして、夕方近くになるまで食べ物屋から小物店まで冷やかしながら街をぶらついた。

 アンジェラも終始機嫌良く過ごしていたことで、俺のエスコートも悪くなかったなと一人で満足していたときだった。

 

 ふと、誰かからの視線を感じた気がした。

 殺気ではないがこちらを探るような、そんな気配。

 

「眉間に皺寄せてどうしたの?」

 

 露店に並ぶ商品を眺めていたアンジェラが俺の様子に疑問を投げかける。

 

「んっ?ああ」

 

 意識をアンジェラに向けた隙に視線は感じ取れなくなっていた。

 

 アンジェラほどの美女を連れ歩いていたとあっては、やっかむ連中もいるだろうが、そういう類だったのだろうか。

 ただの思い過ごしかもしれないな。

 

「何でもない」

「そう?それはそうと、今日はまあまあ楽しめたわ。今後の予定も目処が立ったし」

「今後の予定?」

 

 いつの間に先のことまで考えていたのか。

 

「何?あんたそこまで考えて図書館に連れて行ったんじゃないの?」

「あー、まあ、一日で読み切れるとは思ってないが、まさかそんなに熱中するとは思ってなくてな」

 

 実際、目を見張るくらいの集中力だった。それに本を読むだけであんなに絵になる女性もいない。場所が図書館ではなく街の往来のベンチにあの姿でいられれば、誰もが足を止めて魅入ってしまうことだろう。

 ふと、まじまじとアンジェラの顔を見つめてしまう。そんな視線に気付いたのか、ぷいっと横を向いて、何かを言いたそうに口を開けたり閉めたりしている。

 

「なんか言いたいことでもあるのか?」

 

 投げた疑問に観念したような顔でアンジェラがしおらしく答えた。

 

「……あんたが何を考えてあそこに連れてってくれたかは分かってるつもりよ」

「急に真面目になってどうした」

「茶化さないでよ」

 

 なんとなく気恥ずかしさもあっての反応をしてしまったが、アンジェラの顔つきが真剣なことを悟り、俺は黙って続きを聞くことにする。

 

「私なりにできることはやっておきたいって思ってるのよ。それを、その、あんたが力を貸してくれてるって思ってる」

「そうか」

「そうよ」

 

 アンジェラのためとはいえ、少し露骨過ぎたかと心配になる。あらかじめ話しておけば余計な気を回させずに済んだかもしれない。

 

「あんた、またくだらないこと考えてない?」

「あ?なんだよ」

「もっと気を遣ってやれば、とかできもしないのに考えてるんじゃないか、ってことよ」

「……できもしないはひどくないか?」

 

 その通りなので反論はしない。騎士は潔いのだ。

 

「あんたには感謝してるのよ。こんな遠くの国で、いろんな見たことないものを見たり感じたりできるなんて考えたことなかったもの」

「そりゃ、立場があるからな」

「今は旅芸人だけどね」

「そういやそうだった」

 

 あえて軽く返事をする。少しでもアンジェラが気負わないように。

 

「……私ね、今までは、周りの声がずっとうっとおしかったの。私に勝手に期待して、勝手に失望してさ。私のこと、何も見てないし知ろうともしないのにってね。だけど——」

「だけど?」

 

 途切れた言葉を繋ぐ。

 

「あんたは私のこと急かさないし、見捨てもしないって、分かったから。だから私もできることやってやるって、そんな気分なの、今は」

 

 まっすぐ前を向いて話すその横顔はどこか清々しさを感じさせた。

 アンジェラの境遇を思えば、辛いことがたくさんあったに決まっている。

 今、俺の存在が少しでも先に進んでいく力になれているのなら。

 

 ——俺がこの世界に生まれてきたことにも意味があるのかもしれない。

 

 おっと、感傷に浸っている場合じゃないな。

 

「まぁ焦んなくていいぞ。しばらくはアンが戦わなきゃならんような事態にはならないだろうしな」

「どうしてそんなこと分かるのよ」

 

 鋭い切り返しに一瞬思考が止まる。深い意味を持たせたつもりはなかったが、アンジェラは確信があるようにとらえたらしかった。

 

「どうして、って」

「そこで言葉を濁すことの違和感分かってる?まぁ、あんたが何を考えているのか言う気がないならいいけどね」

「いや今のは別に深い意味はないって」

「さぁ?どうかしらね。ほら、もうそろそろ帰りましょ」

 

 先ほどまで合わせていた歩調とは打って変わって足早に、だけどどこか軽やかにアンジェラが歩き出す。

 

 たぶん、俺には聞こえていないと思って呟いたのだと思う。いや、聞こえていてもいなくてもどちらでも構わないのだろうが。

 

 ——あんたのその秘密もいつか私が追いついたら、ちゃんと話してよね。

 

 女神様、早々に偽女神の使徒だと見抜かれそうです。

 

 

 

 

 

 











いつも感想、評価等応援ありがとうございます。
やっと先に進みました。近々もう一話いけそうです。。
このペース、聖剣伝説7とか出る頃に終わるのかどうか笑
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