デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる   作:縁の下

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第八話 天の頂に登ってみる②

 

 

 

 

 

 雨上がりの登山は少々厄介だった。

 

 足元がぬかるむ中、ただでさえ狭い道を、滑落に気をつけながら進んで行かなければならないのだ。

 

 万が一の備えとして役に立つのか分からないロープを腰に巻きつけてはいるが、足元には細心の注意を払っている。

 

 長いこと歩き続け、夕暮れ時になろうという時間だった。

 

「そろそろ頂上に着きます」

 

 前を歩くリース殿下から、そんな声がかかった。

 

「やっと到着か……」

「恐らくですが、目にしたことのない景色が見られますよ」

「ここからでも良く見えるくらいだからな。そりゃ絶景なんでしょう」

 

 もう見慣れたと言わんばかりの返答になってしまったが、頂上の開けた場所に出ると息を呑んだ。

 

 夕陽に照らし出された雲海が視界いっぱいに広がったのだ。

 まるで自分の存在がひどく小さなモノに思えてくる。

 吹き付ける風を身に受けながら、頭の中が真っ白になるような感覚だ。

 これまでの景色ですら霞むほどの絶景。

 

 登山が目的ではなかったが、人生の中でこんな経験ができることに感動を覚える。

 

 マナの樹を守ることも忘れちゃいないが、人としての楽しみも大事にしたいな、なんて考えは捨てるべきだろうか。

 

「私も初めて見たときは、あなたと同じような顔をしていました」

「……すごく綺麗だ。なんていうか、言葉が出てこない」

「ええ。ずっと見ていてもきっと飽きることがない。だから、翼あるものの父もこの場所を好み、その翼を休めるのでしょう」

 

 そうか。そうかもしれないな。

 

 そもそもフラミーの巣は勝手に頂上かと思いこんでいたが、そうではないことに今更気付いた。

 

 もっと安全なところか、それともずっと上空を飛んでいるのかもしれない。でないと風の太鼓ですぐに駆けつけるなんて無理だろうし。

 

 まぁ、実際のところは結局わからないが。

 

「ジンは……いないか」

「風の精霊は気まぐれですから。御山の中のどこにでもいて、どこにもいないのです」

「なんだか謎かけみたいだな」

「そう言われるとそうですね、不思議な存在であることには変わりないでしょうけど」

「それは違いない」

 

 さて、しかしそれだとしばらく滞在することになるわけか。

 

 いくら景色がいいとはいえ、さっきのように天気がころころ変わったり、この寒さの中でずっと過ごしたりはしたくないのだが。

 

 それにもうすぐ日も落ちる。

 

 ふと、自身の足元、崖の下から黒い点が見えた。それがだんだんとこちらに近づいてくることに気付く。

 

「ん?」

「あれは——何かこちらに向かってきます」

 

 なんだ?

 

 まさか、あれは。

 

「デュランさん!ハーピーです、迎撃の準備を!」

「くそっ、期待させやがって!」

 

 素早く背中のバックパックを下ろし、ブロンズソードを構える。

 

 幸い、この場はかなり広い。ぬかるみがあることを除けば、端に行かない限りは二人で立ち回っても問題ないだろう。

 

 強いて問題点をあげるなら、ハーピーの強さがどの程度なのかってことくらいか。

 

「登山道で襲われなかったのは不幸中の幸いでした。帰り道や休息中に襲われてはたまりません。この場で必ず仕留めます!」

「ああ!」

 

「キエエエエッッ!」

 

 奇声を上げて現れたのは、やはりハーピーだった。青い翼を持ち下半身は鳥、上半身は腕が翼になっていることを除いて人間の女の姿をしている。

 凶悪に引き延ばしたような裂けた口から垂れる唾液に、巨大な脚のカギ爪が日に照らされ血のように赤く見えた。

 

 極め付けに、体は俺よりも一回りでかい。

 

「油断しないでください。あいつ、普通のサイズより大きいです!」

「みたいだな!」

 

 原作の中では主人公達とそう大きさは変わらないように見えていた。

 

 しかし、それよりも大きいハーピーというと、その差はなんだ?

 

 個体としての差か、それとも存在しないと思っていたレベルか?

 

 少なくとも、ただのハーピーってわけじゃなさそうだ。

 

「みたいだなって、戦ったことがあるんですか⁉︎」

 

 ゲームの中でな。

 

「……そんなことより来るぞ!」

 

 鋭く尖った鉤爪が俺に迫るが、ローリングでかわし、片膝をついて素早く体勢を立て直す。

 

 もう一撃来るか?

 

 すぐさまカウンターの構えをとるが、警戒したのかハーピーは空に舞い上がった。

 

「どうやらバカじゃないらしいな。どうする、殿下?」

「……空中では手出しできません。あいつが攻撃に出る瞬間にどちらかが仕掛けましょう」

「それしかないか。おらっ、こっちだ鳥野郎!」

 

 迷わずに俺自身をおとりにする。

 

 リース殿下に怪我などさせられない。

 

 アビリティが存在するなら、これが『挑発』になるだろうか。

 

「その羽根全部むしりとってやる!それとも俺様にびびってんのかぁ?」

 

「キエッ!ギエエアアア!」

 

 こわっ、叫び声が山に反響してやがる。並の心臓なら震え上がりそうな声だ。

 

「そっちに行きますよ!」

 

 ハーピーは空中で奇声をあげたかと思えば、狙い通り真っ直ぐに俺に向かって突っ込んでくる。

 

 でかい体のわりに速い!

 

 突っ込んでくる勢いをそのままに、すれ違い様に両脚の爪で引き裂いてくる。

 左脚は剣でさばいたが、右脚による蹴り上げが肩をかすめる。

 キルテッドレザーの肩当てが紙でも切るように軽く切り裂かれた。

 

「掠っただけでこの威力かよっ!」

 

 これはマジでやらないとやばいぞ。

 

「大丈夫ですか⁉︎すみません、タイミングを逃しました」

「大丈夫だ。もう一撃来たときは、もっと上手く流すさ」

 

「キャキャキャッ!」

 

 よほど嬉しかったのか、叫声を上げるハーピー。

 

「いつまで調子に乗っていられるかな。ほら、てめぇの一撃なんて痛くも痒くもないんだよ!」

 

 剣をぶんぶんと振り回して、腕が健在なことをアピールする。

 すると、ハーピーの顔付きが変わった。

 完全にターゲットを俺に絞っている。

 

「殿下、あの一撃をお願いします。生半可な一撃では、あいつを取り逃がしてしまう」

「ですが!それではあなたも巻き添えになります!それに、タメの時間が」

「任せてください。あいつを地上に足止めします」

「……いいんですね」

「時間がない。お願いします、殿下」

 

 奴が夜目が利くタイプかは分からないが、暗くなってからでは満足に戦えない。

 どのみちあいつが夜になって引くかどうかわからないんだ、時間は限られている。

 

「ギエエアアア!」

 

 二度目の絶叫。

 

 次は仕留めるってことか?

 

 いいぜ、かかってきやがれ!

 

 ————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の頂に登ろうとしたことには理由がある。

 

 それは強くなること、だ。

 

 単純だけど、自分の力の無さを試合に負けて気付かされた。

 

 決して楽をしてきたわけではない。

 

 慢心していたわけでもない。

 

 ただ、私は彼よりも弱かったから。そんな自分が許せなかった。

 

 ちっぽけなプライドです。

 

 アマゾネス隊の隊長に推薦されて、どうしようかと迷っていたのは、自分に絶対の自信がなかったから。

 

 ただ姫であるからなんじゃないか。

 

 そう思うときさえあった。

 

 周りはそんなこと何も言わないけれど、私にかけられた期待は重かった。

 

 それが、負けた。

 たったあの一回で私は、嫉妬と羨望を抱いた。

 

 なぜ、私と同年代なのにここまで強いのか。嫉妬だ。

 

 その驕らない姿がカッコよかった。羨望だ。

 

 私は強くない。だから、もっと努力するべきだ。

 

 そう、思ってしまった。

 

 だから、かつて一度だが修行した天の頂を修行場所に選んだのだ。

 並大抵のことをやっても効果は薄いと思い、一人で山に篭る覚悟だった。

 

 前回修行を積んだ時に、風のマナをより感じることができるようになったことも決め手だ。あの必殺技は実用的だが、まだ完成の域にない。

 

 お父様へお願いして許可は下りたが、それは私が望む形とは全然違った。

 

 ライザ辺りが一緒に来るだろう。そうしたらより修行効率があがると考えていた。

 

 実際には、私の対戦相手が共をするという。そして、私はその案内役となった。

 

 なぜ?

 

 風の回廊には入れないが、ジンを探すためだと言う。

 

 国政が関わる判断だと思い、致し方ないと諦めた。それに、彼とは話しにくいが、話をしてみたい気持ちもあった。

 

 だけど、勝負に負けた私で彼は納得するのだろうか。

 

 それに何というか、何を話せばいいの?

 

 いや、こういうとき、話をしない方がむしろいいのかな。

 

 ライザだっていつも寡黙な方だし。

 

 でも、愛想がある方がいいのかな?

 

 しかし考えてみると相手は同年代とはいえ、一国の使者だ。

 

 私が王女であるとはいえ、失礼があってはならない。それに、騎士ともなれば無駄な会話を好まない人の方が多いのかも——

 

 ここでまさか男性騎士との距離の取り方を考える羽目になるなんて。

 

 ローラントの女性兵士の割合が大きいことが裏目に出てしまった。

 

 そんなふうに悶々としてはいたが、結局はライザ式で行こうと決めて、出発となった。

 

 エリオットがあっさりと泣き止んで、あまつさえ、彼になついた様子を見せたときには、姉として少し、いや、かなり嫉妬したことは否めないけれど。

 

 悪人ではないと確信を持てた。

 

 何故だかちょっと安心して笑ってしまったのは許してほしい。

 

 焚き火を囲んで、少しだけ、そうほんの少し、彼のことがわかった気がする。

 

 思ったよりも、彼は友好的で、最初に思っていた人を寄せ付けない印象とは真逆だった。

 

 だけど、また一つだけ、許せないことができてしまった。

 

 なんでだろう。

 

 こればっかりはどれだけ理屈で考えても答えが出ない。

 

 

 

 

 

 

「殿下殿下って、私にはリースって名前があるんです‼︎」

 

 殿下って呼ばれる度に、彼との距離が離れていくような気がして。

 

 なんだかとっても——むしゃくしゃします。

 

「——風よ、ありったけの力を貸して!」

 

 彼を中心として風が渦巻き始めるが、加速を始めたハーピーの攻撃はすぐには止められない。

 

 まだ、まだタメ切れない。

 

 一体どうやって時間を稼ごうというの?

 

「っしゃあ、来やがれ!」

 

 手にしていた剣を地面に突き刺し、両手を広げた。

 

 そんな、嘘でしょ⁉︎

 

 あまりにも無謀だ。

 

 あの爪の威力を見た後で、武器を捨てる選択をするなんて。

 

 って、今更ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない。

 

 集中してこの一撃に賭ける!

 

「俺を信じて出し切れ、リース‼︎」

「——言われなくたって!」

 

 何故だろう。

 

 名前を呼ばれただけだっていうのに。

 

 風が力強く唸っている。

 

 ううん、風が教えてくれる。

 

 これが『旋風』だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








実は、一話が長くなりすぎたので切りました。

あと二、三話くらいでローラント編終了予定です。
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