没落TS勇者令嬢ウィンター・ツイーンドリルルは、魔を切り裂き、光をもたらすのですわっ!! 作:クルスロット
――さて、威勢よく突っ込んだものの、どうしたものか。俺は、ポニーロールの切っ先で、次々と放たれる風の刃や交互に突き出される風の槍だかをさばいて、しのぐ。
ツインロールの方がいいか? どうだろう。ポニーロールの方が防げる面積が広いから盾にもなる。なにより重く、パワーもある。それに、こんな感じで……!
「これで、どうですかっ!!」
突き出したポニーロールの回転を上げると風を巻き込んでいく。風の刃も槍も巻き込まれて、噛み砕かれ、全て、形を無くしてしまえばそよ風だ。俺は、虚空を蹴りつけ、シルフィーリベアへ突進を仕掛けた。……なんかおかしなことしてないか? まあ、そんなことよりも、だっ!
「甘いわねぇ! キャハハハハ!」――風が、いつかみた魔物の触手のようにポニーロールに絡んで、回転を止めていた。
完全に、止まってはいない。止まってはいないが鈍い。動作が悪い。結構深く食い込んでるな。
「やりますわねっ……!」
「キャハハ!! この程度で? この程度に、こんなものにサラマンドロスは、負けたのね!!」
「軽く撫でて差し上げただけですわよ。勘違いしないで頂けましょうか!――スタイルチェンジ!」
ポニーロールをほどき、いつもの形を形成して、整える。
「ツインロール!」
いつもの頭の重さを心地よく感じながら俺は、拘束から解き放たれたツインロールの回転を上げて、次は、距離を取った。ツインロールを傾け、斜めに移動。風の砲弾が来る。移動とすぐ俺を掠るように、風の砲弾が通りすがった。真っ直ぐ進んでくるならジグザグで移動だ。ここは、空と同じ。いや、それ以上の機動力を発揮できる。なにせ、何一つ障害物が無いんだからな。
「マジですの!?」
視界の隅で、ローリングで回避した風の砲弾が緩やかにカーブしていた。追尾できたのか!! なんとか驚いていれば目の前からも来ていた。ヤバいですわね!? あ、俺もヤバいなこれ。
「っ!」
ツインロールを左に寄せて、横に体を逸らしたら風の砲弾がぶつかって、弾けた――くそっ! 衝撃波で、動きが、ツインロールの制御が取れないっ……!! これが狙いだったか!
寒気がした。背筋を舐め上げる怖気。これは、死の予感。あまりに冷たく、そして、肌を刺す。
「そ・こ・だ♡」
甘い囁きが両耳を叩い、て……ッ!?!?!?!?! 世界が回った。揺れる、爆ぜる。チカチカと光る。赤く、染まる。思考がとりとめなく狂う、乱れる。やばい。世界が回り、細切れにバラバラに散って、落ちていく。
――――違う。落ちているのは、俺の、方か。
「くう……!」
頭、腹、腕、足。全身が痛い。打撲傷? 濡れた感覚もある。裂けているんだ。どうやら風の砲弾は、ただぶつかってくるだけじゃない。シルフィーリベアがまとっていた風みたいに斬り裂く力もあるんだ。だけどそのおかげで意識だけは、失わずに済んだ。痛みが俺を保ってくれている。
『――――!』……なん、だ?『――ンター!』聞こえる――『ウィンター!!!!』
「うる、さいですわよ……」
ホワイトか。返事するだけで激痛が走る。これは、酷い。至るところが痛い。傷の深さがつかめない。
『返事できた!? 君、分かってる?! だいぶ重症だよ!?!? 死んでないだけ奇跡って感じ!!」
「そう、なんですのね……。どうにか、なります?」
『あーやれるかもしれないけど……これは、酷いなあ……。打撲、切創、骨折。内臓も結構やってる。君の体をここまでできるなんて……」
色々、酷いな。とりあえず、指先から動かしてみる。痺れる。重い。だけど動く。風切り……うるさいな。落ちているからだ。今もなお、俺は落ちている。ツインロールは、不調だな。回転が悪い。
「それで、どうでしょう? やれ、ますか?」――口の中に溜まった血を吐き捨てた。
『勇者の力とその“回転”を君が全力で扱えば多分、いける』
「か、いてん……ですか。頭の、あれ、ですわね」
ツインロールなり、ポニーロールなりのことだろう。しかし、どうしろと。両方使ったがこのざまだ。
『君は、まだ本当の“回転”を知らないんだ。まだまだそんなものじゃない。君は、もっともっと、強くなれる。改造コードによる改竄を破砕できるのは、破綻させられた因果を回し切ってねじ切れるのは、君の“回転”だけだ!』
「…………よく、わかりま、せん……わね……」
はあと俺は、吐息をこぼし。
「……三行、でお願いします」
『・君しかいない! ・君が頑張るしか無い! ・お願いだからマジで頑張って!』
「理論的に、お話頂け、ません……?」
『無理だよぉ! だって、マジで頑張るしか無いもん!!』
「じゃあ、どう、頑張れば、いいのか……教えて、いただけませんか? あれ……近く、なってきましたわね」
自由落下の速度は、上がり続けている。風の砲弾の直撃で、ここまでズタボロにされたのだ。このまま風の隕石に突入したらきっとただでは済まない。
『……君が頑張るしか無いんだよ。僕は、
「頑張る……何をどう頑張ったもので、しょう」
俺は、苦笑を浮かべてしまう。ホワイトが冗談を言っていないのも、必死なのも涙まじりの声に、詰められた感情で理解している。だからこその苦笑だ。どうすればいいのかまったく分からない。俺は、ただ落ちる。風に煽られ、自然と視界が回った。
『“回転”だ。炎の四天王も風の四天王も自分の得意なもの、司るものを改造コードで、強化したんだ。君の場合、それが“回転”に当たる』
「回転、回転、回転。回す、回す、回す。スピン、スピン、スピン……わたくしは、何を、回す……?」
うわ言のように言葉がとりとめなく零れ落ちて、風にさらわれる。俺、わたくし。意識を保つのも難しい。色々、混ざってきた。口調と思考が混ざって、元の形が保てない……。俺とわたくしが混ざっていく……。
「回した、から? 回したから……混ざった……?」
わたくしは、俺。俺は、わたくし。中途半端だから駄目なのか――?
「振り切れと、言うのですか? わたくしに? 俺と、わたくしを混ぜて? はは、まったく」
何をどうしろと言うのですか、わたくしに。
「どうしろっていうんだよ、俺に」
微笑み、うっすらと浮かび――回る。滑車の如く。車輪の如く。いいえ、わたくしのこれは、
「上等ですわね」
舌舐めずりと共に、微笑ったわたくしは、空を見上げ。
+++
「キャハハッ」――シルフィーリベアは、勝利を確信したような笑みを零し……光に、瞳を焼かれた。
何かが雲間を引き裂き、大きな雲からはぐれた雲を粉々にして、手の中で転がしていた風や空気、それらが諸共粉々になった感触。シルフィーリベアの笑みが唇から消えた。
「なにがっ……!?」
次いで、体が軽くなったように感じたシルフィーリベアは、笑みを消し去った瞳が驚愕を宿し、あるはずのものを探し、あるはずのものが消えてしまったのを認識した。体、たおやかな両足が断面を晒している。肉片一つ無い。赤黒い血は、零れない。シルフィーリベアは、本質的に、風の精霊である。故に、血肉の欠損は致命となりえない。だが、力をこそぎ取られたことに他ならない。
また来る。シルフィーリベアは、驚愕を引きずらない。光が来る。辻斬りが如く、シルフィーリベアを傷つけた光、黄金に輝くもの。Uターンして、来る。
「小癪、よ!!」
「っ……!?」
かっと目を見開いた。これまた驚愕。込めた指が力なく空を切る。シルフィーリベアが力を抜いたのではない。力を込められなくなったのだ。横合いから飛び出た光が彼女の指を根こそぎ奪っていった。指もまた内側からほどけて、空に消えた。ぐるんぐるんと包帯が外れるように、二の腕までそれは続き、止まった。
痛みはない。強制的に、分解……ほどかれている。シルフィーリベアは、沸騰しかけた思考をどうにか風送り、冷やしながら巡らせる。何が起こっている? 何をされた? 疑問は、まるで雪のように降り積もる。それもまた次の瞬間には、吹き飛ばされた。
「このぉ!!」迫る光。再生する指が「あたしに、近寄るなあ!!」シルフィーリベアを守らんと風の刃を撒き散らす。
風の刃が連なって、舞い散る殺戮領域――しかして、光は全てを食い破る。黄金の輝きの前に、風の刃は、無惨に引き千切られ、噛み殺された。迫る様に、シルフィーリベアは、死を連想した。
「く、来るなァァァァあああああ!!!!」
絶叫。眼下になお健在な風の隕石の制御から手を離し、僅かな時間で構築されたのは、風の砲弾による弾幕。一方的叩きつけ。衝撃と内包された嵐へ黄金の輝きを剥ぎ取っていく。
「ひっ……」
覗いた双眸、顔面に、シルフィーリベアは、思わず悲鳴を零した。
「ゆ、勇者……!!」
紫色の瞳が光の奥にある。じっと見つめる瞳がある。傷に塗れの美しい顔が嗤っている。慄きながらもシルフィーリベアは、勝利を確信していた。確実に相手を削れている。風の砲弾は確実に効力を発揮している。敵を痛めつけ、行動を封じている。すぐにあの目も弱りきり、光を失うことだろう。シルフィーリベアの唇に、うっすらと笑みが戻っている。
「キャハ、ハハハ」唇が弧を描き、「キャハハハハハ!!」おかわりとばかりの風の砲弾が展開されると同時に射出された。
「死ね! 死ね! よくもあたしの体を傷つけたな!! 死ね! 死ね! 欠片も残さず死んでしまえええええええ!!!!」
哄笑が響く。一片の恐怖を滲ませたシルフィーリベアは、やたらめったら風の砲弾を叩き込む。視界一面が薄緑の暴風に包まれていく。それから暫くして、肩で息をした彼女は、不敵な笑みを浮かべていた。向かってくる様子がない。死んだ。間違いなく死んだ。
「キャハ♡ おわーり、おわり! キャハハハハハ!!」
それから、シルフィーリベアは、再び眼下の風の隕石の手綱を強く握って、今度こそ終わりだと指示を飛ばした。
「……?」
飛ばしてから違和感を憶えた。首を傾げ、怪訝と眉を潜めてからようやく気づいた。
「あれ、どうして? なんで? どうして? え? 嘘」
風の隕石が言うことを聞かない。手足よりも繊細に扱えた風達の反応が悪い。動かせる。だけど駄々っ子のようで、お転婆のよう。糸が絡み、意図が伝わらない。するりするりと手の中から零れていく。
シルフィーリベアは、焦り、混乱した。なにせ生まれてこの方、ずっと連れ添ってきた存在だ。友であり、家族であり、恋人である風との不仲は、勇者のことも、ここがどこかすらも忘れさせるほどの衝撃だった。
「なんで、どうして? 嫌よ、嫌。あたしを無視しないで、置いていかないで。やめて! 嫌! 嫌ぁぁぁぁぁ!!」
そして、ついにシルフィーリベアは、風の制御を失った。精霊としての死。魔性としての終わり。彼女の指から全ての風が消え失せた。
絶叫。絶叫。絶叫。聞くに堪えないほど悲痛な、甲高い絶叫が空いっぱいに広がって――シルフィーリベアは、堕ちた。翼を手足を、何物にも代えがたいものを一瞬のうちに失った彼女は、重力に叩き落された。
「あ……あ……」
虚ろな瞳が涙を零し、指が空を撫でる。シルフィーリベアの望んだ現象は、起こらない。風達は、彼女に手を差し伸べない。
想い出が瞬く間とシルフィーリベアの脳裏を駆け巡った。風達と過ごした自由気ままな日々。暴虐の日々。人から見れば最悪でも、シルフィーリベアにとっては、最善最良の日々。それが彼女を満たした。
「ああ……」
そんな彼女の視界へ不意に差し出された手。シルフィーリベアは、何も疑わず握り――貫かれた。激痛がほとばしる。シルフィーリベアの瞳に、光が戻った。同時に落下も止んだ。
「がっ……!? 今、あたしに、何が……?! あたしは、何を……!?」
「ほーほっほっほっほ!!!!」
「ッ! その声はッ!!」
狼狽し、混乱するシルフィーリベアは、一瞬で、雑念を切り落とし、声の方に視線を向けた。上方。上を取られたこと、見下されている屈辱がシルフィーリベアの腹底で、マグマのように煮えたぎる。
「勇者! ウィンター・ツイーンドリルル!!」
吐き出した声は、サラマンドロスに劣るにしても火傷しそうなほどの熱さだった。
「そう! その通りでしてよ!!」
ポニーロールを掲げ、後光を背負ったウィンターは、傷ついていた。ドレスは、見る影もなく、ボロ布同然。外気に晒された柔肌は、傷と血に塗れている。しかし、その瞳に一点の曇りなし。覚悟完了。
「死んでいなかったのね! まるでゴキブリみたいな生命力だわ!!」
「失礼な例えですわね! しかし、お陰様で、頭に心に内蔵までぐしゃぐしゃですわ! わたくしだか俺だか分からなくなる始末だ!!」
「だけれど!」シルフィーリベアへ、またしてもぴしりと向けられた人差し指。
「わたくしは、悪逆無道を決して許しませんの! 悪の滅びる瞬間まで、わたくしは、死にません! 故に、今日が貴方のジャッジメントデイ、でしてよ!!」
思わず彼女は、たじろいでしまう。それを意識して、シルフィーリベアは、怒り猛った。このあたしが人間に怯えているというの? 巫山戯ないで……!!
「死ぬのは、そっちよ!!」
赤い、真っ赤な怒りが再びシルフィーリベアに、風を操る力を蘇らせる。風の刃に、風の砲弾。合間を縫って、風の弾丸。大判振る舞いだ。
迫るそれらを前に、ウィンターの掲げたポニーロール、その先端がキンッ!と輝いた!
「ポニードリルッ!!」
盾のようにかざすポニーロールが回転!! いち早く到達した弾丸をまとめて、弾き飛ばす!
「ロール、ライナァァァァァァァァァァァァ!!」
それどころではなかった。砲弾も刃も、ポニーロールの前には、無意味だった。黄金の輝きがウィンターを包み隠し、縦横無尽と駆け巡る。シルフィーリベアは、もう捉えられなくなっていた。
「そん、な……! 嘘! 嘘よ! 嘘!!」
シルフィーリベアのささやかな反撃も紙細工がごとく粉砕され、
「これで、終わりですわ!」
絶望をもたらす言葉がシルフィーリベアの耳朶を叩いた。刹那、風の四天王、シルフィーリベアは、視界いっぱいに広がるポニーロールを見た。
「さようならですわ。シルフィーリベア」
何度と空を駆けたポニーロールがシルフィーリベア・メランコリックボルトを粉々に粉砕した。
+++
空が、晴れていく。王都上空を覆っていた絶望が霧散した――戦いの終結。勇者ウィンター・ツイーンドリルルは、また一人、魔王四天王を討伐したのだった。