没落TS勇者令嬢ウィンター・ツイーンドリルルは、魔を切り裂き、光をもたらすのですわっ!!   作:クルスロット

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第十二話 ウィンター・ツイーンドリルルと魔王四天王その2、ですわ!

 

 

 

 ――シルフィーリベア・メランコリックボルトは、まだ生きていた。

 魔王城、ある廊下。息絶え絶え、死人の色をしたシルフィーリベアは、おぼつかない足取りで、玉座の間に向かっていた。

 

 「魔王、様……魔王……様」

 

 虚ろな瞳、生気のない声。死に体だった。シルフィーリベアは、ふらふらとして、足を絡め、倒れそうになった体を壁で支えた。風の力はもうない。シルフィーリベア、風の精霊として彼女は死んでいた。あるのは、僅かな生命力、後は、意地。死んでたまるかという生命への執着のみ。

 

 かろうじて生きていた。風を司っていたのと改造コードによる修復力、それらが四散した体をどうにか再構築させていた。

 

 「よお、酷いざまだな。シルフィーリベア。肩貸そうか?」

 

 シルフィーリベアの前に現れたのは、鮫頭の魚人、四天王の一人は、気の毒そうな表情を鮫顔へ器用に浮かべている。

 

 「…………魔王、様」

 

 「おいおい、無視かよーー。……ま、しゃーねえか」

 

 唇?を尖らせながらもシルフィーリベアの様子を見て、鮫頭は、肩を竦めた。寂しげな表情もまた小器用だ。

 

 「勇者にやられたのか?」

 

 「ひっ……!!」

 

 勇者の名前を聞いて、シルフィーリベアの表情が明らかに変わった。虚ろな彼女に、感情が浮上する。恐怖。底なしの恐怖だ。そのまま、床に崩れ落ちると頭を抱え、うずくまった。もうあの気高いシルフィーリベア・メランコリックボルトはいない。それを悟った鮫頭は、寂しげだった。

 

 「まっ、そうだよな。お前をここまでできるなんて、魔王様か勇者くれーなもんだよ。シャッシャッシャ!」

 

 隣に腰を下ろした鮫頭は、言葉を続ける。

 

 「それで、どうだい。どうしたい? これから魔王様にあって、どうする?」

 

 「…………魔王様、魔王様、魔王様」

 

 震えるシルフィーリベアは、魔王の名を繰り返す。それ以外は、口にしない。歯をかちかち鳴らして、寒さに震えていた。外気温も城内も人類基準で言えば、寒いにあたるが彼らには、関係なかったはずだ。だが今のシルフィーリベアは、寒さを認識していた。限界だ。彼女の死も近い。鮫頭は、憂鬱げに息を吐いた。それから意を決したように口を開く。

 

 「勇者に復讐したいか? シルフィーリベア」

 

 「――――」

 

 「勇者を殺したいか? シルフィーリベア」

 

 「――――」

 

 「勇者に屈辱を味あわせたいか? シルフィーリベア」

 

 「――――」

 

 「シルフィーリベア、どうしたい?」

 

 「――――」

 

 「答えろ、シルフィーリベア。お前の時間があるうちに、答えろ」

 

 「――――したい」

 

 シルフィーリベアの唇が新たな言葉を紡いだ。明確な感情の発露。どす黒く、ネトリとした希望。鮫頭への回答。

 

 「勇者を、殺したい」

 

 虚ろな瞳に、色が宿った――漆黒が浮かぶ。鮫頭の唇が吊り上がった。鋭い刃のごとし牙が剥き出しになった。

 

 「シャーシャッシャッシャッシャッ!!!! 相了解した!! お前の願い、叶えてやろう!! シルフィーリベア・メランコリックボルトッッ!!!!」

 

 答えを聞いた鮫頭は、声を上げて、笑った。廊下を満たし、城内に響き渡るほど大きな声。誰も近寄らない、様子を見に来ないのは、きっと声を上げている人物のお陰だろう。

 

 「じゃあな! また来世で会おうぜ!!」

 

 シルフィーリベアが最後に見たのは、暗黒だった。直後、廊下いっぱいに生々しく咀嚼する音が響き、それから大きな嚥下音がした。

 

 「……ああ、また会おうぜ。シルフィーリベア、サラマンドロス」

 

 鮫頭は、小さく呟き、立ち上がり、反転した。向かう先は、玉座の間だ。

 

 「お、丁度いいところに来たな」

 

 通りすがり出会った召使いへ鮫頭は、先まで彼が居た場所を指差した。召使いの顔が引き攣った。何をしたのかすぐに想像がついたのだろう。ついで、青ざめた。

 

 「すまねえが、あれを掃除しといてくれ」

 

 「は、はい!!」

 

 逆らうなんて考えていなかったのだろう。そそくさと掃除道具を手にした召使いは、鮫頭の指した場所に向かっていった。半刻といらず痕跡は消えてなくなるだろう。

 

 「魔王様! お願いがあります!!」

 

 それからすぐ、鮫頭は、玉座の間の扉を開いていた。声を上げ、兵の報告に耳を傾ける魔王へ声をかけた。魔王の視線が兵から鮫頭へと向く。聞く気がなくなったのを察した兵は、すぐにその場を明け渡した。

 

 「なんだ、言ってみろ」

 

 「次の人界侵攻、ひいては、勇者討伐、俺に任せていただきたい!!」

 

 「ああ、シルフィーリベアも敗れた。順序で言うならば、間違いなくお前だろう。すぐに指令を下すところだった」

 

 「では!」

 

 真っ黒な瞳を輝かせた鮫頭に、魔王は、鷹揚と頷いた。

 

 「そうだな。任せよう――メガロシャーク・P・グッドフィーリング。勇者の首、楽しみにしている」

 

 「シャーーシャッシャッシャッッッ!! お任せあれッ!! 必ず勇者の死を掲げてみせましょう!」

 

 仰々しくお辞儀をした鮫頭こと、メガロシャーク・P・グッドフィーリングは、床に潜るようにして姿を消した。掘ったのではなく、まるで、水面に潜り込むようにして、彼は、魔王の前から消えたのだ。

 

 「構わないのかい? 彼、シルフィーリベアを食っているよ? つまりだ――「構わん」おっと」

 

 「奴がやりたいと言ったことだ。奴らの人物像も把握している。問題はない」

 

 唐突に現れたブラックに、魔王は、驚く様子もなく淡々と答えた。ブラックの言葉を遮るような返答には、信頼の色が伺えた。

 

 「なるほど。流石、我が魔王」

 

 「ふん……。おだててないで貴様も仕事をしろ。ブラック」

 

 「ふふ、そうだね。また後で、勇者のデータをまとめて提出しよう。では、兵士くん、報告の続きをしたまえ」

 

 「は、はあ……ありがとうございます。ブラック様」

 

 傍に控えていた兵に、ブラックは、続きを促すと腰を低く、お辞儀をした。すると魔王は、軽く鼻を鳴らし。

 

 「そいつに、敬意を払わなくていい。ゴミ同然の扱いで構わん」

 

 「え、ええ!? そ、それは流石に……」

 

 「そうだぞー。我が魔王。流石の私もそれは傷つくぞー。謝れー」

 

 狼狽える兵と抗議の声を上げるブラック。そんなブラックを貫く魔王の視線は、やはり冷たい。

  

 「貴様の逸話とやらを聞けば、兵やメイド共の対応もそれなりになるだろう。折角だ。話してやれ。それに、その方が貴様の性癖にもずっと良いだろう?」

 

 「我が魔王、いいのかい!?」

 

 「……支障が出そうだな。やめろ。口をつぐんで、さっさと仕事に戻れ」

 

 これまた顔を輝かせて、食い気味なブラックを見て、真顔になった魔王は、そう言い放った。

 

 「い、いけずだなぁ! 我が魔王!」

 

 「……前々から思っていたが、貴様の魔王になったつもりはないぞ」

 

 「ええ!? 嘘だろう!! ここまで、二人三脚で一緒にやってきたじゃないか!」

 

 「勝手に話を盛るな」

 

 冷気と熱気が周囲に現れ、甲高く響き始めた警告音めいたものを聴いたか聴かないかの内に、兵は、逃げ出していた。だから玉座の間には、二人だけ。

 

 「デュッルッルッル…………」

 

 いや、違う。もう一人いる。玉座を照らす燭台の間、そこにできた暗がりから声がして、足音が近づき、姿が現れた。

 

 「お戯れもその辺りにして頂けると助かりますのじゃ、魔王、ブラック」

 

 小柄な人影。目深に被ったローブの奥から聞こえるしわがれた声が玉座へ静かに響く。

 

 「皆、怯えておりますので」

 

 「……そうだな」

 

 「ふう、助かっぶべら!!」

 

 冷気と熱気、音が収まり、ブラックの体が宙を舞った。くるくると錐揉み舞で、玉座の間の丁度、反対側に吹き飛んでいった。

 

 「助かった。それで、何のようだ」

 

 「どうやらシルフィーリベアが敗れたようですのう」

 

 「……ああ、また私は、大切なものを失ってしまった。やつはいい部下だった」

 

 静謐な湖面の小さなさざなみのような感情の動き。しかし、魔王の言葉に込められた感情は、深い悲嘆だった。

 

 「ええ、残念なことじゃ……。それで、どうやらメガロシャークが次を買って出たようで」

 

 「そうだな。それがどうかしたのか?」

 

 「わしにも、行かせて欲しいのじゃ」

 

 「ほう……。何か、策でもあるのか? 言ってみろ」

 

 興味深げな魔王に促されたローブの奥で、赤く光る瞳は、笑っていた。

 

 

 

 




メガロシャーク・P・グッドフィーリングのPはサイコパスのP

今回で風の四天王編終了です。
次はまた一ヶ月後、のはず。できれば早く上げたいね。

次回、水の四天王来る!……かも


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