シャルロットと恋人同士になってから数日。
この間に、『タバサ』が学院を去ったことが伝えられ、入れ替わりで『シャルロット』が新しい転入生としてルイズ達と同じクラスになった。
多分、オスマン学院長が手を回したんだろう。
元々交友が少なかったためか、タバサが学院を去ったと聞いても生徒達に動揺は少なく、逆にシャルロットとして挨拶した時、その美貌と魅力で男子生徒が騒いでいた。
尚、シャルロットの実年齢は15歳だが、表向きには17歳と偽っている。
まあ、あの姿なら17歳と言われても何の不思議も無いだろう。
ただ、一つだけ問題があり、ギーシュの事だ。
タバサとしての交友は少なくとも、その使い魔であるシルフィードは有名であり、使い魔品評会では優勝したほどだ。
そんなシルフィードがシャルロットの傍に居るのはどうしても不自然になる為、シャルロットの従者という名目で、イルククゥとして傍に居るのだが、俺達を除けばギーシュはウェールズと共にシルフィード=イルククゥという事を知っている。
ウェールズはまず近くに来ることは無いだろうし、本人も下手な事は言わないと思うので心配ないのだが、ギーシュはハッキリ言えば心配だ。
イルククゥがシャルロットの近くに居れば、シャルロット=タバサと気付く可能性が高い。
割と口も軽そうなので、何かの拍子に口を滑らしかねない。
よって、シャルロットの正体を口にしようとした時点で激痛が走るアーティファクトを優花に作って貰い、全てを説明した上で付けてもらった。
本人はそんな事無くても心配ないみたいな事を言っていたが、度々悲鳴を上げているのを聞くので、やはりアーティファクトを付けさせて良かったと思った。
尚、そのギーシュだが、俺達がシャルロットの実家に行っている間に、モンモランシーに惚れ薬を飲まされており、その効き目が思った以上だったのでモンモランシーも困っていた。なので、序に葵の再生魔法で元に戻しておいたという出来事があった。
そして現在、
「〝ウィンディ・アイシクル〟!」
シャルロットが杖無し無詠唱で複数の氷の矢を放つ。
氷の矢とは言っても、1本1本の大きさは約1m、太さも30cmほどもある大きさだ。
矢というよりも巨大な杭を飛ばしているように見える。
その先に居るのは優花。
優花は跳躍して氷の杭を避ける。
ドスドスドスッっと、優花が居た場所に氷の杭が重そうな音を立てて地面に突き立つ。
「ふっ!」
優花が数本の苦無を手に持つと、その苦無に炎を纏わせ、シャルロットに投げつけた。
シャルロットは即座に新たな氷の杭を生成。
炎を纏う苦無と相殺させる。
だが、その際に水蒸気が広がり、視界を覆う。
すると、シャルロットは右腕を振り被り、
「〝風爪〟!」
風爪でその水蒸気を切り裂くように攻撃を繰り出す。
蒸気の霧は散らされるが、そこには既に優花の姿は無い。
優花は空力の足場を作って更に上に跳躍していた。
シャルロットはそれに気付くと、自らも跳躍し、同じように空力の足場を作り出して空中を駆けあがる。
すると、先程と同じように右腕を振り被るが、今度は少し違っていた。
振り被った手の風爪が発生している部分に氷が生み出される。
シャルロットの持つ技能、〝魔法融合〟によって、風爪と氷魔法を融合させたのだ。
その結果、巨大な氷の爪が出来上がる。
「〝氷爪〟!」
風爪の切れ味と、氷の質量を持つ、氷の爪が振るわれる。
「はぁああああああああああっ!!」
優花は脚を振り被って、〝豪脚〟を使用した蹴りで、その氷の爪を砕いた。
「〝ジャベリン〟! 〝アイス・ストーム〟! 〝エア・ハンマー〟!」
シャルロットは次々と魔法を放つ。
その全ては、今までシャルロットが使っていた威力の10倍はある。
その様子を遠巻きに見ていた俺達は、
「桁違いの威力ねぇ…………」
キュルケが思わずボヤく。
元々魔法の実力としてはトライアングルで、魔法の威力だけなら『タバサ』と互角だったキュルケ。
その彼女が現在のシャルロットと戦うかと問われれば、全力で首を横に振るだろう。
「確かにシャルロットも凄いんだけどさ、そのシャルロットの攻撃を涼しい顔で捌いてるユウカもユウカよね」
ルイズも呆然と見ている。
「って言うか、あの威力を杖も詠唱も無しでポンポン撃てるなんて反則よね」
「そうね…………」
キュルケの意見に同意する程、ルイズは呆然としている。
だが、
「うーん………まだ『力』を持て余してる感じだな………」
俺はシャルロットをそう評する。
「杖も呪文も要らない事に、逆に戸惑ってる感じもあるよね」
葵もそう言う。
まあこの世界のメイジにとって、杖と詠唱は切っても切れない関係だったのだから仕方ないのかもしれないが。
「あっ!」
その時ルイズが声を上げた。
見れば、シャルロットの放つ魔法を掻い潜った優花が、シャルロットの胸元に槍を突き付けていた。
模擬戦を終えた2人が戻ってくる。
先程まで轟音が響き渡り、地面もそこら中が抉れている酷い光景。
しかし、これほどの騒ぎを起こしても、学院の人間達は、誰もこの惨状に気付いていなかった。
何故なら、優花の空間魔法であらかじめ気付かれないようにしていたからだ。
因みにこの惨状だが、葵の再生魔法により、一瞬で元通りになった。
「お疲れ様」
戻って来た2人を俺は労う。
「ん…………でも悔しい。今日もユウカに、一撃も入れることが出来なかった…………」
シャルロットは軽く俯きながらそう呟く。
俺はそんなシャルロットの頭をポンポンと撫で、
「まあ仕方ないさ。シャルロットは、まだ自分の力にも体にも慣れて無いし、優花はこう見えても幾度も修羅場を潜ってるんだ。実戦の回数ならシャルロットも負けてはいないかもしれないが、体格が変わってしまった今だと、意識とのズレを修正するのも大変だろうしな」
そう言ってやる。
シャルロットは、俺の手を気持ちよさそうに笑みを浮かべながら受け入れていた。
ここ数日で気付いた事だが、シャルロットは頭を撫でられるのがお気に入りらしい。
そんな風に笑うシャルロットを見て、
「もう! ホント可愛くなったわね、シャルロット!」
キュルケが横からシャルロットを抱きしめる。
「ん………キュルケの言った通りだった」
「え? 何の事?」
シャルロットの言葉にキュルケが怪訝な声を漏らすと、
「私は恋をするべきだって事…………」
軽く頬を染めながらそう言った言葉に、
「シャルロット…………!」
キュルケは感極まった様にギュッと抱きしめた。
「きゅ~いきゅい! お姉さまもようやく恋を知ったのね!」
イルククゥも嬉しそうにそう言っている。
ドルモンの頭を抱きかかえているが。
「あはは………」
そんなドルモンは苦笑するのだった。
それから少しして、魔法学院が夏季休暇に入る頃。
ルイズは帰郷の準備をしていた。
トリステイン魔法学院の夏季休暇は2カ月半に及ぶ長い休暇である。
殆どの生徒達は実家に帰るのが普通だ。
で、ルイズもその例に漏れず帰郷の準備をしていたのだが、1羽のフクロウが飛んできて、書簡をルイズに差し出した。
ルイズはその書簡に目を通すと、
「帰郷は中止よ」
その言葉で、夏季休暇中の情報収集任務が始まった事を察するのだった。
シャルロットに訳を話し、夏季休暇中に会えそうに無いと伝えると、彼女はとても寂しそうな顔をしたが、終わった後には存分に穴埋めするという事で許して貰った。
因みにシャルロットは、キュルケの帰郷に便乗し、母親の様子を見に行く予定だ。
だが、様子を確認したらすぐに学院に戻ってくるらしい。
少しでも母親の居場所がバレる可能性を少なくしたいそうだ。
もし、夏季休暇中にハジメが来たら、もちろん迎えに来るつもりだが。
そんなこんなで街に来た俺達は、まず、財務庁で手形を活動費に替えた。
今回の任務で支給された活動費は400エキュー。
平民1人が1年間に必要な生活費が平均120エキューなので、単純に5人+デジモン3体で、8人分と考えても、他に収入が無くとも2ヶ月半を乗り切る事は可能だろう。
因みに以前女王サマから貰ったお金がほぼ残っているので、大体500エキュー位は宝物庫の中にある。
ただ問題は、この計算は『平民』として計算した数値なので、生粋の公爵令嬢であるルイズには当てはまらないという所か。
任務内容は、『平民に扮して』の情報収集活動なので、俺達の服装は平民でも通用するが、マントに学生服のルイズは貴族だと触れ回っている様な物なので、最初に仕立て屋に入って平民っぽい服を買い求める。
ルイズはぶつくさと文句を言っていたが、文句があるなら協力しないと言うと押し黙った。
で、例の如く活動費が足りないだの、高級な宿のベッドじゃないと寝れないなど抜かすルイズを葵と優花に任せ、俺は少々強引に原作通りに進む様に一計を案じる事にした。
俺は街の通りを歩き、とある居酒屋兼宿屋となっている建物の扉を潜る。
因みに掲げられている看板は『魅惑の妖精亭』。
原作でルイズと才人が働いていた店だ。
まあ、今は昼間なので酒場の仕事はやっておらず、宿だけの様だが。
「いらっしゃい。泊まり?」
宿専用のカウンターから、俺より年下の黒髪の少女が声を掛けてくる。
この少女がジェシカだろう。
「あ~、すまん。客と言う訳じゃない。いきなりですまないが、店長を呼んでくれないか?」
「?」
黒髪の少女は首を傾げるが、店の奥に引っ込んで店長を呼んでくれた。
まあ、その店長が、
「まあ! あなたがこの私に御用のある御方?」
オネエ言葉を使う中年オヤジな物だから、流石に覚悟していたとはいえ、ドン引きレベルだ。
こういうタイプは仲間内には居なかったから慣れないな。
「あ、ああ。いきなり済まない。俺は大士という名前だ。こっちはパートナーのドルモン」
「よろしくね」
2人はドルモンが挨拶したことに目を丸くしたようだが。
「私はこの『魅惑の妖精亭』の店長のスカロンよ」
「あたしは娘のジェシカ」
2人は気を取り直して名乗り返した。
「いきなりの訪問に時間を取って貰い、感謝している。不躾だと理解しているが、あなた達がシエスタの親戚と聞き、お願いがあって来た」
そう言いながら、俺は300エキューが入った袋を机の上に置くと、
「理由は聞かずにしばらくの間、何人かをこの店で雇って欲しい」
頭を下げながらそう言った。
「シエスタ…………? シエスタってタルブの村のシエスタ?」
ジェシカがそう聞き返す。
「ああ。彼女とは知り合いで、この店の事も彼女から聞いたんだ」
因みにこれは半分本当。
この店の存在は原作知識で知っていたが、原作の様に賭博で有り金擦らせる気は無かったので、シエスタからの尊敬の念が強い優花に頼んで、それとなく聞き出しておいてもらったのだ。
「このお金は何かしら?」
スカロンが訝しむ様な目を向けてくる。
「それは迷惑料だ。雇って欲しい人間の中の1人は、何と言うか………絶対に問題を起こすだろうから、先んじて渡すそのお詫びだ。根は悪い奴じゃないんだが、何と言うか…………難しい奴でな。あと、可能なら宿の部屋を2部屋程借りたい。もし足らなければ、あと200エキューは上乗せできる」
俺の言葉に呆気に取られた表情をする。
「お金を払うから雇ってくれって言われたのは初めてよ…………」
「こっちにも事情があるから、それは聞かないで欲しい」
確か、ここで働いている人達は、皆それなりに訳アリだったと言っていた気がする。
「ま、いいわ。こうやって筋を通すってことは、悪だくみするわけでもないんでしょ? ただし…………」
スカロン店長はそう言うと、差し出した金貨の入った袋を俺の方に寄せる。
「お金は受け取れないわ。人を雇うなら、お金を払う側はこっちよ。最終的に赤字になったら払ってもらうけど、雇用期間中は働いて返して貰えば良いわ」
何気に男らしいスカロン店長の言葉。
オカマだけど。
「感謝します」
「いいのよ。スカロンも男だし、その辺は深くは聞かないわ」
オネエ言葉なのに自分を男と自覚している辺りが何とも…………
俺はスカロン店長に礼を言うと、ルイズ達を呼びに行くのだった。
「なぁーーーーーんでこんな店で働かないといけないのよ!!」
当然ながらルイズは爆発する。
「理由その1。ここはシエスタの親戚が経営するお店だから、割と融通が効いた事。理由その2。ここは酒場も経営してるから、客達の情報が集まりやすい事。理由その3。この店なら接客の際に客から噂話や情報を聞き出しても余り不審じゃない事。理由その4。酒が入ると人間口が軽くなるから情報収集が容易になる事。主にこの4つを理由に、この場所以上に任務に適した条件が整った場所を見つけるのは難しいと判断した。何か文句あるか?」
「うぐ……………」
ルイズが口ごもるが、
「だ、だけど、平民と一緒に働くなんて………」
「任務は『平民に扮して』の情報収集だろうが…………! 平民と一緒に働かなきゃどうするんだよ?」
俺は半ば呆れる。
「ア、 アオイとユウカに任せれば…………」
「勿論裏方では俺達も働くが、表で働くのはお前だけだ。何より恋人である葵と優花にそんな事をやらせると思ったか………!?」
「その場合は遠慮なく不埒な客をぶっ飛ばすからね」
「大士以外に触られるのは嫌だから」
優花と葵もそう言う。
「そもそも、こちとら恋人になったばかりのシャルロットをほったらかす羽目になってるんだぞ? これ以上文句があるなら俺達は学院に戻らせてもらうが?」
「こんな時に惚気ないでよ………………」
ルイズは呆れた様に頭を押さえる。
「あ~~~も~~~~! 分かったわよ! これも姫様の為! やってやろうじゃないの!!」
何だかんだでやる気が出たのは良い事だ。
で、
「いいこと!妖精さん達!」
スカロン店長が、腰をきゅっと捻って店内を見渡した。
「「「「「「「「「「はい!スカロン店長!」」」」」」」」」」
色とりどりの派手な衣装に身を包んだ女の子たちが、一斉に唱和した。
「ちがうでしょおおおおおお!!」
スカロン店長は腰を激しく左右に振りながら、女の子たちの唱和を否定した。
「店内では、“ミ・マドモアゼル”と呼びなさいって言ってるでしょお!」
「「「「「「「「「「はい!ミ・マドモアゼル!」」」」」」」」」」
「トレビアン」
腰をカクカクと振りながら、スカロン店長は嬉しそうに身震いした。
知識としては知っているが、実際に見ると結構キツイ。
しかし、店の女の子たちは慣れっこなのか、表情一つ変えない。
「さて、まずはミ・マドモアゼルから悲しいお知らせ。この『魅惑の妖精』亭は、最近売り上げが落ちています。ご存知の通り、最近東方から輸入され始めた『お茶』を出す『カッフェ』なる下賎なお店の一群が、私たちのお客を奪いつつあるの…………ぐすん…………」
「「「「「「「「「「泣かないで!ミ・マドモアゼル!」」」」」」」」」」
「そうね!『お茶』なんぞに負けたら、『魅惑の妖精』の文字が泣いちゃうわ!」
「「「「「「「「「「はい!ミ・マドモアゼル!」」」」」」」」」」
スカロン店長はテーブルの上に飛び乗った。
激しいポージングをしながら呼びかける。
「魅惑の妖精たちのお約束!ア~~~~~~ンッ!」
「「「「「「「「「「ニコニコ笑顔のご接待!」」」」」」」」」」
「魅惑の妖精たちのお約束!ドゥ~~~~~~ッ!」
「「「「「「「「「「ぴかぴか店内清潔に!」」」」」」」」」」
ここまでは、飲食店として当然なのだが、
「魅惑の妖精たちのお約束!トロワ~~~~~ッ!」
「「「「「「「「「「どさどさチップを貰うべし!」」」」」」」」」」
最後の1つを聞くと、強かだなと思ってしまう。
「トレビアン」
満足したように、スカロン店長は微笑んだ。
それから、腰をくねらせてポーズをとる。
「さて、妖精さん達に素敵なお知らせ。今日はなんと新しいお仲間ができます」
女の子が拍手をした。
「じゃ、紹介するわね! ルイズちゃん! いらっしゃい!」
拍手につつまれ、羞恥と怒りで顔を真っ赤にさせたルイズが現れた。
ルイズは店の髪結い師に、桃色がかったブロンドを結われ、横の髪を小さな三つ編みにしていた。
そしてきわどく短い、ホワイトのキャミソールに身を包んでいる。
上着はコルセットのように体に密着し、その体のラインを浮かび上がらせている。
まあ、それなりに可愛いとは思うが、残念だが俺のストライクゾーンからはかけ離れているのでバットを振る気にはならない。
「ルイズちゃんは、お父さんの博打の借金のかたにサーカスに売り飛ばされそうになったんだけど、間一髪お兄ちゃんとお兄ちゃんの恋人達と逃げてきたの。とっても可愛いけど、とっても可哀想な子よ」
同情のため息が女の子の間から漏れる。
…………俺は何も言ってない筈なのだが、スカロン店長が適当にでっち上げたようだ。
っていうか、お兄ちゃんって俺か?
「ルイズちゃん、じゃ、お仲間になる妖精さん達にご挨拶して」
わなわなとルイズは怒りに震えていた。
プライドの高い貴族のルイズが、あんな格好をさせられて、平民に頭を下げろと言われているのだ。
しかし、任務を果たさなくては、という責任感がルイズの怒りを抑えている。
「ルルル、ルイズです。よよよ、よろしくお願いなのです」
「はい拍手!」
スカロン店長が促す。
一段と大きな拍手が店内に響く。
「それから裏方にも何人か新しい子を雇ってるから、見かけたら挨拶してあげてね」
「「「「「「「「「「はい!ミ・マドモアゼル!」」」」」」」」」」
女の子達が一斉に唱和する。
スカロン店長は壁にかけられた大きな時計を見つめ、開店時間が近い事を確認すると、指をぱちんと弾いた。
その音に反応して、店の隅にしつらえられた魔法細工の人形たちが、派手な音楽を演奏し始めた。
行進曲のリズムだ。
スカロン店長は興奮した声でまくし立てた。
「さあ!開店よ!」
ばたん!と羽扉が開き、待ちかねた客たちがどっと店内に流れ込んできた。
この『魅惑の妖精亭』は、例えるならキャバクラと居酒屋を合わせた様なモノだ。
その為男性客からはかなりの人気がある。
で、そんな所で働くルイズはと言えば、もう酷いの一言だった。
ルイズは、うまく接客しなければならないのだが、長年培ってきた貴族のプライドがそれを許さない。
結果的に客を怒らせてばかりである。
因みに俺達は、俺と葵が皿洗い、優花は厨房に入り、ドルモン、リュウダモン、ハックモンは、薪割りやら皮むきやらの雑用を行っている。
ルイズによるマイナス分は、俺達の働きでどうやら補填できているようで、原作の様に請求書を渡されるような事にはなってはいないが。
それから数日後。
情報収集しながら仕事をこなす俺達。
そんな中、給仕の女の子たちが客から貰ったチップの量を競う、『チップレース』が行われる事になった。
そのチップレースの優勝者には、この店の家宝である『魅惑の妖精のビスチェ』の一日着用権が与えられる。
まあ、俺達には関係ない。
負けず嫌いなルイズは何故か燃えていたが。
それで、あっという間にチップレース最終日。
ルイズは最初よりはマシになったが、やはりお客を怒らせている。
当然チップレースもダントツのビリ。
因みにチップの量は銅貨が数枚である。
最終日なので女の子たちが張り切ってチップの枚数を競い合っていると、羽扉が開き、新たな客の一群が現れた。
先頭は、貴族と思わしきマントを身に付けた中年の男性。
でっぷりと肥え太り、額には薄くなった髪がのっぺりと張り付いている。
どっかで見た事あるようなTHE・ロクデナシ貴族のようだった。
腰にレイピアのような杖を下げた、軍人らしい風体の貴族も交じっている。
その貴族が入ってくると、店内は静まり返った。
スカロン店長がもみ手をせんばかりの勢いで、新来の客に駆け寄る。
「これはこれは、チュレンヌさま。ようこそ『魅惑の妖精』亭へ…………」
チュレンヌと呼ばれた貴族は、鯰のような口ひげをひねりあげると後ろにのけぞった。
「ふむ。おっほん!店は流行っているようだな?店長」
「いえいえ、とんでもない!今日は偶々と申すもので。いつもは閑古鳥が鳴くばかり。明日にでも首をつる許可をいただきに、寺院へ参ろうかと娘と相談していた次第でして。はい」
「なに、今日は仕事ではない。客として参ったのだ。そのような言い訳などせんでもいい」
すまなそうに、スカロンが言葉を続けた。
「お言葉ですが、チュレンヌさま、本日はほれこのように、満席となっておりまして…………」
「わたしはそのようには見えないが?」
チュレンヌがそううそぶくと、取り巻きの貴族が杖を引き抜いた。
ぴかぴかと光る貴族の杖に怯えた客たちは酔いがさめて立ち上がり、一目散に入り口から消えていく。
店は一気にがらんとしてしまった。
「どうやら、閑古鳥と言うのはホントのようだな」
ふぉふぉふぉ、と腹を揺らしてチュレンヌの一行は真ん中の席についた。
いつの間にかジェシカが隣にやってきて、悔しそうにチュレンヌを見つめている。
「あいつは?」
俺が尋ねると、ジェシカが忌々しそうに説明した。
「この辺の徴税官をつとめているチュレンヌよ。ああやって管轄区域のお店にやってきては、私たちにたかるの。嫌な奴!銅貨一枚払った事ないんだから!」
「そうか…………」
「貴族だからっていばっちゃって! あいつの機嫌を損ねたら、とんでもない税金をかけられてお店がつぶれちゃうから、皆言う事を聞いているの」
俺は様子を見ながらどうするかと考えていた。
ぶっ飛ばすのは簡単だが、流石に無理言って世話になってるこの店に迷惑をかける訳には行かない。
流石に店がつぶれると聞いて、感情のままぶっ飛ばす訳には行かなかった。
だれも酌にやってこないので、チュレンヌはイラついたらしい。
そのうちに難癖をつけ始めた。
「おや!だいぶこの店は儲かっているようだな!このワインは、ゴーニュの古酒じゃないかね?そこの娘の着ている服は、ガリアの仕立てだ!どうやら今年の課税率を見直さねばならないようだな!」
取り巻きの貴族たちも、そうですな!とか、ふむ!とか頷きながら、チュレンヌの言葉に同意した。
貴族も典型的なロクデナシ貴族なら、取り巻きも取り巻きでロクデナシの取り巻きの様だ。
まあ、まともだったらこんなロクデナシ貴族の取り巻きにはなっていないだろうが。
「女王陛下の徴税官に酌をする娘はおらんのか!この店はそれが売りなんじゃないのかね!」
チュレンヌがわめく。
しかし、店の女の子は誰も近寄らない。
「触るだけ触ってチップ一枚よこさないあんたに、誰が酌なんかするもんですか」
ジェシカは憎憎しげに呟いたその時、白いキャミソールに身を包んだ、小さな影がワインを乗っけたお盆を掲げて近付いた。
ルイズである。
ルイズは欠点が多いが、その一つに『空気が読めない』というものがある。
『頑張って給仕を務める』ことで頭がいっぱいなので、客と店の雰囲気にまで気が回らないのだ。
「なんだ?お前は?」
チュレンヌは胡散臭げにルイズを見つめる。
ルイズはにっこりと微笑むと、ワインをチュレンヌの前に置いた。
「あ~、そう言えばこんな流れだったか…………」
俺はボソッと呟く。
原作だったらルイズに触れそうになった貴族に我慢できなかった才人が蹴りを入れてそのまま乱闘騒ぎに発展するんだったか?
「お客様は…………素敵ですわね」
まるでマニュアルどおりの動きで、空気が読めないルイズはお愛想を言った。
しかし、ルイズはチュレンヌの好みではないようだ。
「なんだ!この店は子供を使っているのか!」
ルイズは動じずに、キャミソールを持って一礼する。
ルイズのお愛想はそれしかないのである。
「ほら、いったいった!子供に用は無い。去ね!」
ルイズのこめかみがピクつくのが分かる。
怒っているらしい。
キレる秒読み段階に入ったのだが、
「何だ、よく見ると子供では無いな…………ただの胸の小さい娘か」
チュレンヌの視線が興味を失ったようにルイズから外される。
すると、
「うほっ! あんなところに極上の美人がいるではないか! そこの娘! こちらに来て我々に酌をするのだ!」
突然下品な笑い声をあげて、ある方向を向きながら手招きした。
それは、
「えっ…………? 私…………?」
俺の横で一緒に様子を伺っていた葵だった。
葵はキョトンとして首を傾げる。
「そうだお前だ! さあ、早く来るのだ!」
「え? ヤダ」
チュレンヌの言葉をスッパリと一刀両断する葵。
「なっ!?」
チュレンヌの顔が朱に染まる。
「チュレンヌさま、あの者は裏方として雇った者です。本来の役目でない者に無茶を言いつけるのはおやめくださいな」
スカロン店長も、やんわりと断ろうとするが、
「それは勿体ない! あれ程の美人を表で使わないとはこの店の損失だ! どれ、手始めに私が『初めて』の客となってやろう!」
何か『初めて』の言葉の中に色々意味が含まれていた様な気がする。
つーか、こいつ等は葵に酌をさせる気か?
葵が目を付けられるのは仕方ないと言えば仕方ないが、当然だが頭に血が上ってきている。
「お前達! あの女を連れてこい!」
動かない葵に業を煮やしたのか、取り巻きに命令するチュレンヌ。
取り巻きが葵を囲む様に近付いて来て、その中の1人が下種な笑みを浮かべて葵に手を伸ばし始めた。
が、そこまでされて黙って見ている気は無い。
葵に伸ばされた手を横から掴む。
「葵に触るな………!」
葵に手を伸ばした取り巻きを睨み付けながらそう言い放つ。
「な、何だ貴様は……!?」
その取り巻きが杖を抜く。
だがその瞬間、その取り巻きの腕を引き、一回転させて床に叩きつけた。
「がはっ!?」
昏倒する取り巻き。
「き、貴様………この私にこのような事をして、ただで済むと思っているのか……!?」
チュレンヌの言葉に、
「そんなビビりきった姿で凄まれても、全然怖くもなんともないんだが?」
俺はそう言う。
「や、やれ! お前達!!」
チュレンヌの言葉で取り巻きの全員が杖を抜いた。
俺は僅かにデジソウルで全身を強化すると、
「ふっ………!」
呪文を唱えている取り巻き全員に一撃ずつ食らわせ、気絶させた。
バタバタと倒れて行く取り巻き達を見て、
「ひぃぃぃぃっ!?」
チュレンヌは腰を抜かす。
「き、貴様…………貴族にこんなことをしてただで済むと思うなよ! 貴様とそこの女………ついでにあそこの洗濯板娘もろとも、絞首台に送ってやるぞ!」
その台詞を聞いた瞬間、あっと思った。
俺は咄嗟にその場を飛び退く。
その瞬間、真っ白の閃光が、店内に瞬き、チュレンヌを入り口付近まで吹き飛ばす。
ゆっくりと閃光が途切れたとき、テーブルの上に仁王立ちになったルイズが現れた。
ルイズのエクスプロージョンが炸裂したのである。
全身が怒りに震え、手には愛用の杖が光っている。
念の為に隠し持っていたのだろう。
わけが分からず、貴族たちは慌てふためく。
ルイズは小さな声で呟いた。
「……………洗濯板はないんじゃないの?」
その一言がルイズがキレた原因だろう。
「ひ!ひぃいいいいいい!」
その迫力にビビる貴族達。
「なんでそこまで言われなくちゃならないの?この私がお酌してあげたのに、洗濯板はあんまりじゃないの?覚悟しなさいよね!」
貴族たちは我先へと逃げ出す。
先程殴った取り巻き達も、いつの間にか目を覚ましていた。
ルイズはその場から動かずに杖を振る。
入り口の前の地面が『エクスプロージョン』で消滅し、大きな穴ができた。
貴族たちは仲良くそこに落っこちる。
穴に落っこちた貴族たちは、折り重なって上を見上げた。
のそりとルイズが顔を見せたので、更に震え上がった。
「な、何者? あなた様は何者で! 何処の高名な使い手のお武家様で!」
チュレンヌはがたがた震えながら、ルイズに尋ねた。
ルイズは答えずに、ポケットからアンリエッタの許可証を取り出してチュレンヌの顔に突きつけた。
「………へへ、陛下の許可証?」
「私は女王陛下の女官で、由緒正しい家柄を誇るやんごとない家系の三女よ。アンタみたいなどこぞの木っ端役人に名乗る名前はないわ」
「し、し、失礼しました」
チュレンヌは肥えた体を折り曲げて、穴の中で無理やり平伏した。
押された他の貴族がうめきをあげる。
ルイズは立ち上がった。
「許して! 命だけは!」
チュレンヌは慌てて財布を取り出す。
「財布に入っているお金は全て差し上げます。わたくしたちの財布を全て差し上げます。どうかそれで! お目をおつぶりくださいませ! お願いでございます」
ルイズは言い放つ。
「今日見たこと、聞いたこと、全部忘れなさい。じゃないと命がいくつあっても足りないわよ」
「はいっ! 誓って! 陛下と始祖の御前に誓いまして、今日のことは誰にも口外いたしません!」
そうわめきながら、穴から転がるように抜け出し、
チュレンヌたちは夜の闇へと消えていく。
颯爽とルイズは店内に戻ってくると、割れんばかりの拍手がルイズを襲う。
「すごいわ!ルイズちゃん!」
「あのチュレンヌの顔ったらなかったわ!」
「胸がすっとしたわ!最高!」
スカロン店長が、ジェシカが、店の女の子たちが。
ルイズを一斉に取り巻いた。
ルイズはそこで我に返り、やっちゃったわ、と恥ずかしげに俯いた。
やっと頭が冷えてきたんだろう。
「あ………あの…………」
ルイズが何か切り出そうとした時、
「いいのよ」
スカロン店長がルイズの言葉を遮る。
「へ?」
「ルイズちゃんが貴族なんて、前から分かってたわ」
「ど、どうして?」
ルイズが呆然として尋ねる。
「だって、ねえ、そんなの………」
スカロンの言葉を、店の女の子たちが引き取る。
「態度や仕草を見ればバレバレじゃない!」
ルイズはしょぼくれる。
「こちとら、何年酒場やってると思ってるの? 人を見る目だけは一流よ。でも、なにか事情があるんでしょ? タイシ君からも訳アリって聞いてるしね。安心しなさい。ここには仲間の過去の秘密をバラす子なんていないんだから」
女の子たちは一斉に頷く。
「ここにいる子は、それなりにワケあり。だから安心して…………これからもチップ稼いでね?」
ルイズは頷く。
何と言うか、やはりスカロン店長は男らしい。
オカマだけど。
すると、スカロン店長が手をパチンと叩いた。
どよめきが消え、店の女の子たちはスカロン店長に集中する。
スカロンは楽しげな声で、
「はい! お客さんも全員帰っちゃったので、チップレースの結果を発表しまーす!」
歓声が沸く。
「ま、数えるまでもないわよね!」
スカロン店長は床に転がったチュレンヌたちの財布を見て言った。
ルイズは、はっとしたようにその財布を見つめた。
中には流石は貴族の財布と言うべきか、金貨がつまっている。
「え?これ…………」
「チップでしょ?」
スカロン店長はウインクして言った。
それからルイズの手を握って掲げる。
「優勝!ルイズちゃん!」
店内に拍手が鳴り響いた。
何だかんだで、チップレースは結局ルイズが優勝する事で幕を閉じるのだった。
はい、ゼロ魔クロス第16話です。
シャルロットの模擬戦を軽くやりつつ、王都での情報収集任務です。
因みにここはネタが無いに等しいので、過去作からコピペしつつ軽く流すつもりです。
ちゃっちゃとネタを考えてある所まで行きたい。
因みに今週の土曜日は仕事なんで更新できません。
では、次もお楽しみに。