プロローグ前編 3度目のプロローグ
【Side 武】
「さようなら。ガキ臭い救世主さん」
この世界に別れを告げる光と共に、この世界で最も頼りにしていた『先生』が俺に向かってそう言う。
「私は―――絶対忘れませんっ………! これが純夏さんの気持ちなのか自分の気持ちなのかわかりません…………でも私は………あなたが好きでした………!」
先生を支え、妹のように思っていた少女からの告白。
でも、俺はその告白に驚きは無かった。
「…………そうか…………ありがとうな霞」
俺はすんなりとそう答える事が出来た。
その瞬間、視界が光で埋め尽くされ、意識が遠くなっていく。
その瞬間、
「……………また……ね…………」
最後に、そんな言葉が聞こえた。
俺の戦いは終わった。
因果導体でなくなった俺は、この世界に留まり続けるここは出来ない。
先生は、人類は少なくとも30年は大丈夫と言っていた。
あと10年も無いと言われていた状況から、『俺』という存在が介入したことで30年まで伸びたのは、たった1人の影響としては、確かに『救世主』と呼ぶべき偉業なのかもしれない。
でも…………
冥夜、委員長、たま、彩峰、美琴、まりもちゃん……………
伊隅大尉、速瀬中尉、涼宮中尉、柏木…………
他の多くの衛士達……………
そして、純夏……………
沢山の人達の犠牲の上で手に入れたのは、たったの30年と言う時間のみ。
先生の前では、強がりを言って『そんなにあるのかと驚いた』と言ったが、内心は納得して無かった。
俺はもっとこの世界の為に戦いたかった!
皆が命を懸けて繋いでくれた未来を守っていきたかった!
………………1度目は『力』も『知識』も無かった。
ただ状況に流されて、成る様にしかならなかった。
2度目の今回は、『力』も『知識』もあった。
だけど、『覚悟』が無かった。
その所為でまりもちゃんを死なせ、他の皆にもたくさん迷惑をかけた。
他の皆は『覚悟』を持っていた。
命を懸ける『覚悟』が。
俺を信じ、俺を行かせる為に命を懸けた。
俺は、皆のお陰で『救世主』になったに過ぎない。
…………………やっぱりこんな終わりは納得できない!
誰でもいい!
俺にチャンスをくれ!
もう1度だけ、やり直すチャンスを…………!
今度こそ俺は『大切』な人達を守り抜いて見せる!
みんなと一緒に、笑い合える『未来』を…………………!
意識が浮上する。
「ここ………は…………?」
うっすらと目を開けて見えたのは、見慣れた…………
それでいて酷く懐かしく思える天井。
上半身を起こして辺りを見渡す。
勉強机に、制服が掛けられたハンガー、俺が寝ていたベッド。
どれもこれも、『元』の世界の俺の部屋だった。
「戻って…………来たのか…………?」
その事実に、俺は目から涙が零れたのを感じた。
だけどそれは嬉しいんじゃない。
悔しくて涙が溢れてくる。
結局俺は、あの世界から逃げたのと同じだ………!
俺だけが平和な世界でぬくぬくと暮らしていく事が悔しくて堪らない………!
「…………………って、あれ?」
俺はそこで違和感に気付いた。
「何で俺、覚えてるんだ………?」
霞は、原因が消滅すれば、結果も消滅すると言っていた。
それはつまり、俺のあの世界の記憶も消える事を意味している。
それなのに………
「俺の名は白銀 武。所属はA-01部隊、最終階級は少尉…………覚えてる………けど、何で…………ッ!?」
俺はもう1つの違和感に気付いた。
夕呼先生は、俺が戻るのは10月22日…………
つまり冥夜が俺達の前に現れた日。
なら、冥夜が俺のベッドに居なきゃおかしい…………!
俺は慌ててベッドの隣、部屋の中、果てはベッドの下まで確認する。
何処にも冥夜は居ない。
「ッ………………!」
俺は、まさかと思える予感が過った。
制服に着替え、家の階段を降り、玄関で靴を履く。
そして、ドアノブに手を掛け、
「………………ふう」
一息入れて、一気にドアを開いた。
そこに映った光景は………………
純夏の家が、大破した戦術機『撃震』に圧し潰されている光景だった。
その光景は、過去に2度見た光景と全く同じ光景。
1回目に見た時は夢だと思った。
2回目に見た時は困惑だった。
そして、3回目の今回は、
「……………………………は、はは………」
歓喜だ。
不謹慎だとは思うが、俺の心は喜びで満ち溢れていた。
因果導体で無くなった俺が、何故もう一度この日に戻って来たのか?
純夏のお陰か?
それとも全く別の要因があるのか?
そんな疑問も過るが、今はそんな事如何でもいい!
俺にもう一度チャンスが与えられた。
それだけは事実なんだ!
「今度こそ………! 今度こそ俺は皆を守り抜いて見せる………!」
今度は皆を犠牲になんかしない!
皆と一緒に、最良の未来を掴み取って見せる!
その為には…………!
「まずは、夕呼先生に会わなきゃな!」
俺の言う事を信じてくれる可能性のある唯一の人物で、そして俺の人生の『先生』でもあるあの人に!
俺は、その人がいる横浜基地へと駆けだした。
「………………しまったな」
横浜基地へと続く坂道を登りながら、俺は自分の失態に気付き、片手を頭に当てつつ俯いていた。
「…………ゲームガイを持ってくるべきだった」
1回目の世界では、そのゲームガイのお陰で夕呼先生が俺の話を聞いてくれたに等しい。
2回目は持っていかずに、俺の話を信用してもらうまでに苦労したんだ。
無くても何とかなると思うが、あるに越したことは無かっただろう。
とは言え、
「今戻っても、多分廃墟になってるんだろうな…………」
俺があの家から離れれば、元の廃墟になる事は既に分かっている。
「…………いきなり失敗したなぁ…………」
さっきまで最良の未来を掴み取って見せるとか言っときながら、いきなり失敗した自分に自己嫌悪する。
「…………まあ、仕方ないか………!」
失敗してしまった事は仕方ない。
俺は気持ちを切り替えて横浜基地の正面ゲートに向かう。
とりあえずここは無難に行こう。
俺が正面ゲートに近付くと、記憶にある2人の門兵が近付いてきた。
「おい、こんな所で何をしてるんだ?」
「外出してたのか?」
「隊に戻るんだろ? 許可証と認識票を出してくれ」
記憶にあるやり取り。
そして残念ながら、今の俺はそのどちらも持ってはいない。
俺は両手を挙げて敵意が無い事をアピールしつつ口を開く。
「あ~、すまない。こんな格好をしていて紛らわしいと思うが、俺はこの基地の人間じゃない。俺の名は白銀 武。すまないが夕呼先せ………香月副指令に会わせて欲しい」
まあ、そうは言っても前回と同じく一悶着あるんだろうなぁ…………
とりあえずここは前と同じで…………
俺がそう思っていると、
「シロガネ…………タケル…………?」
黒人の門兵が俺の名を呟く。
その呟きには、何処となく聞き覚えのあるニュアンスが含まれている様な気がした。
すると、もう1人の門兵と顔を見合わせ、
「おい、今の名前ってもしかして………」
「ああ………間違いない………」
言葉を交わして頷き合う。
一体なんだ?
すると、2人の門兵は俺に向き直ると姿勢を正し、
「失礼しました! 白銀少佐!」
「極秘任務よりの帰還! ご苦労様です!」
ビシッと敬礼をしながらそう言い放った。
「……………はぁあああああああああああっ!?!?」
予想だにしない返答を返されて、俺は思わず驚愕の声を上げてしまった。
「しかも少佐ぁ!?」
先程口にされた階級に二度ビックリ。
「極秘任務の功績により、本日付で少佐に昇進となったと香月副指令より聞き及んでおります!」
「何やってんの夕呼先生ぇぇぇぇぇぇっ!?」
次から次に出てくる予想外の事態に、俺は思わず叫んでしまう。
すると、
「ふふふ。驚いてくれたようで何よりだわ、白銀」
その声と共に現れたのは、白衣を羽織った紫の髪の女性。
「夕呼先生!?」
香月 夕呼先生その人だった。
「副指令!?」
「お疲れ様です!」
突然現れた夕呼先生に、門兵の2人は慌てて敬礼をする。
「はいはい、そう言うのはいいから」
夕呼先生は手をヒラヒラと振って如何でも良さげな事をアピールする。
すると、夕呼先生は俺に向き直り、
「久し振りね白銀。それとも、さっき振りって言った方がいいかしら?」
「ッ!?」
その言葉に、俺は目を見開く。
「せ、先生…………!?」
この言い方は、確実に俺の事を知っている!?
しかも、さっき振りという事は…………
「え、え………? まさか先生も………!?」
すると、夕呼先生は背を向け、
「さっさと来なさい。積もる話もあるでしょう?」
そう意味深な笑みを浮かべて、俺について来るよう促すように前を歩き始めた。
そうして、いつもの地下19階にある夕呼先生の部屋に通された。
前回までと違うのは、4時間にも及ぶ検査が無かったこと位か。
すると、先生が執務机の椅子に腰掛け、俺を見つめ、
「それじゃあ改めて。さっき振りね、白銀」
先生はそう言った。
「や、やっぱり………やっぱり夕呼先生なんですか!? 桜花作戦の後に会った……!」
「そうよ。ガキ臭い救世主さん」
その言葉は、あの時夕呼先生が最後に言った言葉。
それで俺の予感が確信に変わる。
「ど、どうして…………?」
驚愕よりも困惑が勝る。
「どうしてかは私にもまだ分からないわ。ただ、あの時アンタが消える瞬間、アンタを包んでいた光が突然膨れ上がって、私と社もそれに巻き込まれたのよ。気が付いたら、今日の朝8時頃にこの椅子に座っていたわ」
あの時の光に夕呼先生と霞も!?
って事は………!
「じゃ、じゃあ、霞も!?」
「ええ。勿論社も同じ状態よ…………ほら、何してるのよ社。愛しの白銀がそこに居るのよ?」
夕呼先生は揶揄うようにそう言いながら部屋の後ろに向かって呼びかける。
ふと見れば、部屋の隅にウサミミのようなバッフワイト素子製の髪飾りがピコピコと揺れていた。
「霞………?」
俺が呼びかけると、霞が照れくさそうな仕草をしながら顔を見せた。
「ど、どうしたんだ霞? そんな挙動不審な…………」
俺がそう言うと、夕呼先生は呆れたように溜息を吐いた。
「アンタねぇ………あの時社に何て言われたか覚えてないの?」
先生にそう言われて俺はハッとなる。
『でも私は………あなたが好きでした………!』
そうだったぁ――――ッ!
俺霞に告白されたんだぁ――――――ッ!
自分が鈍感だという事は分かってはいるが、二度と会えないだろう別れの時の、勇気を振り絞った告白の後だと、如何顔を合わせていいか分からないのは当然だろうーーーーーっ!
「す、すまん霞………デリカシーが無かったな………」
「い、いえ…………白銀さんの所為では…………」
「けど………な………」
俺は照れ隠しに鼻の頭を掻きながら、
「………また会えて嬉しいよ。これは俺の本心だ」
俺がそう言うと、霞は涙を浮かべ、
「白銀さん!」
思いっきり俺に向かって飛び込んできた。
「おっと………」
俺は倒れないように受け止める。
俺は暫く霞を抱きしめ続けた。
暫くして、
「もういいかしら?」
夕呼先生が呆れた口調でそう言って来た。
「す、すみません………!」
霞は恥ずかしそうに俺から離れる。
すると、夕呼先生が佇まいを直し、
「さてと、ここからは真面目な話だけど、アンタはこれからどうしたい?」
真剣な表情でそう問いかけてきた。
それに対する答えは決まっている。
「もちろん戦います! 前回よりも、より良い未来を掴む為に………! 今度こそあいつらを、絶対に死なせはしません!!」
俺はそう言い放つ。
「相変わらず青臭いわねぇ…………」
夕呼先生は呆れた様な。
それでいて何処か納得しているようにそう漏らす。
「まあいいわ。それで、鑑の事なんだけど…………」
その名に、俺の心臓がドクンと高鳴る。
「今は前と同じく脳髄の状態でシリンダーの中に居るわ。量子電導脳の公式も私の頭の中にあるから、やろうと思えばすぐに00ユニットにする事も可能…………」
人類の勝利には凄乃皇の力が必要不可欠。
その凄乃皇を動かすためには00ユニットは必要だ。
だけどそれは、『純夏』の死を意味する。
人格は00ユニットに転写出来ても、『純夏』自身は…………
だけど、この世界の今の医療技術でも、脳髄だけの状態からの再生は不可能。
あの状態で苦しませ続けるよりも、00ユニットになった方がまだ…………
「…………なんだけど、今はまだしないわ」
ぐるぐると思考の渦にハマっていた俺を、夕呼先生の言葉が現実に引き戻した。
「えっ……? ど、どうして………?」
「忘れたの? BETAは00ユニットの浄化装置から人類の情報を手に入れていたのよ」
「あっ!」
「もしかしたらバッフワイト素子の応用で漏洩を阻止できるかもしれないけど、確証がない以上、今すぐに00ユニットにすると、メリットよりもデメリットの方が大きいわ。だからしばらくは現状維持ね」
「そう………ですか………」
その事を聞いて、ホッとしている自分がいることに腹が立つ。
『覚悟』を決めたつもりでも、『純夏』の死を前にして覚悟が揺らぐ。
俺は拳を握りしめた。
「それで、アンタのこれからの予定だけど、表向きは前回と同じく207小隊に訓練兵として入隊してもらうわ」
「了解しました…………! 表向き?」
俺は気合を入れて返事をするが、思い返して気になった言葉を反復する。
「忘れた? アンタは今少佐なのよ?」
「……って、アレ本気だったんですか!?」
「当たり前じゃない。アンタほどの衛士を遊ばせておくほど、人類に余裕がある訳じゃないのよ」
夕呼先生は悪戯っぽく笑う。
「それで、XM-3のプログラムは組み始めているわ。数日で出来ると思うから、シュミレーターでバグの洗い出しとコンボの設定は任せるわ。それが済んだらA-01部隊へXM-3の教導ね」
「は、はい!」
前回とは違い、今からXM-3で訓練を始めれば、前みたいに伊隅大尉や速瀬中尉、柏木達が死ななくて済むかもしれない。
そう思うとやる気も上がる。
「それじゃあ、もう一度始めましょうか。ガキ臭い救世主による、世界を救う物語を…………」