「どうやら全員無事に生き残ったようだな。……じゃあ、行くか」
俺達の戦いを見届けて、さらりとハジメが気絶している天之河を無視してそう言った。
「ま、待って、待って! 一応、光輝くんの治療しないと……」
白崎さんが慌ててそう言いながら天之河の治療を始める。
「……完全に治療すんのは勘弁してくれ。死なない程度でいいだろう? しばらく気絶させとけよ」
「わかってるよ。元よりそのつもりだし」
ハジメの言葉に迷いなく頷く白崎さん。
「南雲ぉ、白崎ぃ………光輝が気に食わないのはわかるけどよぉ……なんつーか……」
「南雲君、カオリン……」
坂上と谷口さんが天之河をちゃんと治療してほしそうな雰囲気でそう言うと、
「お前ら、これを完全に治癒した後の面倒さを考えろよ」
「面倒さ? ……あ」
「谷口はわかったようだな。いいか。天之河はこの試練をクリアできなかった。自分から目を逸らした結果が、大士と俺への八つ当たりだ。それは目を覚ましても変わらない。と言うことはだ……」
「さっきみたいになっちゃうってことなんだね……」
「そういうことだ。まぁ、さっきのは虚像の影響でご都合解釈の悪癖に拍車がかかったというのもあるだろうから、目を覚ましても、直ぐに暴走するということはないかもしれないが……」
ハジメが羅針盤を取り出すと、その指し示す針を確認する。
「深部まではもうすぐだ。おそらく、これが最後の試練だったんだろうが、この先に何もないとは断言できない。何かあったとき、後ろから襲われるのは鬱陶しいことこの上ないんだよ」
「……はぁ、命があっただけでも拾いもん、か」
坂上は溜息を吐くと、悲しそうな表情を気絶している天之河へ向けた。
すると、その近くに居たユエとシアが、
「……むしろ、このまま放置すればいいのに」
「いえいえ、ユエさん。むしろ止めを刺しましょう」
などと物騒な事を言う。
「やるなら俺も手伝うぜ!」
ハジメのパートナーであるアグモンもやる気だ。
「主ら……気持ちはわからんでもないが抑えんか。ピンポイントで殺気を当てられて、勇者が悪夢にうなされておるぞ」
ティオはそう諫める言動をするが、そこまで積極的に止めようとはしていない。
「ティオの言う通り抑えてくれ。でないと、大士がわざわざ生かしてやった意味が無くなっちまう」
「むぅ……ハジメがそう言うなら」
「命拾いしましたね、勇者め」
「相棒が言うなら仕方ねーや」
止めて無かったら本気で殺ってたっぽいな。
天之河の処遇について一段落すると、ユエとシアがハジメへと抱き着いた。
試練をクリアしたとは言っても、その精神的ストレスは凄まじい。
2人はハジメに甘えて存分に癒されようとしている様だ。
ハジメもそんな2人の様子に気が付いているのか、2人の背中をポンポンと優しく叩く。
そんな様子をティオが羨ましそうに見ていると、ハジメがティオにも気付き、
「あざとい。こっち見んな」
「ッ!? ハァハァ、場の空気を完全に破壊する一撃……んっ……何と弁えておるご主人様か……ぁん……でも、ちょっと泣きそうじゃ」
いつもの通常運転なハジメの言葉に見悶えるティオ。
だが、その言葉通り涙目だ。
そんなティオを見て、ハジメはふう、と溜息を吐いて肩を竦めると、ちょいちょいと手招きした。
ティオは、わぁ~い、と言わんばかりに満面の笑みでハジメの背中に飛びついた。
「………………南雲って、何だかんだでしっかりとティオのご主人様やってるわよね」
優花がポツリと呟く。
「同感。飴と鞭を使い分けてるところがまた何とも…………」
「無意識だと思うけどな」
優花の呟きに葵と俺も同意する。
「もう………皆ってば………」
白崎さんは仕方ないなぁと言いたげな表情だ。
正妻の余裕だろうか。
「さてと………光輝君はこの位かな?」
死なない程度まで天之河を回復させたようで、治癒魔法を終える白崎さん。
すると、天之河を放っておいてハジメの方に直行した。
「坂上。天之河を頼めるか?」
俺はそう言う。
「おうよ。……ダメだったのは光輝だけか。落ち込むだろうなぁ」
「それは……でも、鈴達もまだわからないし。……それに! 生きていれば何度だって挑めるよ!」
「それもそうだな。……随分と馬鹿やらかしちまったけど、ぶん殴ってやんのも生きてなきゃできねぇしな。ま、こいつが〝もう一度〟ってんなら、とことん付き合ってやりゃあいいか。いつもみたいにな」
「うんうん!」
坂上と谷口さんが頷き合うと、坂上が天之河を背負い、俺の方に向き直った。
「……………その………黒騎。ありがとな、光輝を殺さないでくれて…………」
「別に礼を言われるほどの事じゃない。ハジメの『敵』に容赦しないスタンスは否定して無いが、殺さないで済むならそれに越したことは無いしな。まあ、相手が極悪人なら遠慮はしないが、コイツはただのガキの癇癪だったからな。言うなれば躾の一環だ」
「ガキの躾であのボディーブローかよ……………」
「スパルタにも程があるよ……………」
俺の言葉に2人が唖然とする。
俺はハジメの方に向き直ると、何故か八重樫さんがハジメに寄り添っていた。
「……誰かにあんなふうに寄り掛かったのは初めてだったけれど、とても心地良かったわ。ありがとう」
「……軽く脅してきやがったくせに」
八重樫さんが頬を赤く染める。
これはもしや?
「だ、だから、これはお礼よ。そ、それとあの時言ったことは、じょ、冗談じゃないってことの証よ」
八重樫さんが素早い動きでハジメに顔を寄せると、その頬に唇を触れさせた。
俺の横では、驚きからかドスンと坂上が天之河を落としていた。
寧ろ俺としては漸くか、といった感じなんだが。
「ユエ、シア、ティオ……香織。私、この試練で色々と自覚したわ。自分の悪癖も、今感じている気持ちも。既に、彼にはユエ達がいるし、何より親友が好きな人なのに……最低だと思うわ。でも……」
「雫ちゃん……大丈夫。最低なんかじゃないよ。だって、心のことだよ? どうしようもないことだもん。それより、直ぐに自分より誰かを優先しちゃう雫ちゃんが、自分を押し通そうとしてくれたことの方が、私、嬉しいよ」
「香織……」
八重樫さんの言葉に白崎さんは慈愛の籠った笑みを向け、八重樫さんは感極まっているのか声が震えている。
すると、八重樫さんがハジメに向き直り、
「私、南雲くんのことが好きよ。……だから、自分の為に頑張らせてもらうわ」
スッキリしたと言わんばかりの微笑みを見せた。
「ふふ、雫ちゃん、すっごく可愛いよ……最近はユエとシアがペアで迫ってきてるから、こっちも負けないように幼馴染ペアで対抗しようよ! これなら絶対に負けない!」
「えぇ? 香織ったら、もうっ。でも、ふふ、確かにそれはいいかもね。南雲くんの左右を私と香織で独占してみたいわ」
「……雫、いつかこうなる予感はしていた。でも、2番目を譲るつもりはない」
「独占したいと言われたら、引くわけにはいきませんね! 受けて立ちますよ、雫さん!」
告白されたハジメ本人をほったらかしに盛り上がる女性陣。
「……のぅ、ご主人様よ。さり気なく仲間はずれにされた妾はどういう反応をすればいいんじゃろうか? ペア対決で盛り上がっておるのじゃが……」
「キャラは一番濃いだろ」
蚊帳の外に置かれたティオとハジメが何処か哀愁を漂わせる。
「……雫も、かよ。どうなってんだ、南雲の奴。いや、ホントに」
「俺は時間の問題と思っていたけどな。八重樫さんが俺達に付いて来るといった時点で」
「はわわ、シズシズまで陥落だなんて……南雲君のドン・ファン! どうしよう、鈴まで知らないうち落とされちゃったら……お姉様と一緒に、あ、あんなことやこんなことをっ! …………………………ふむ、悪くない」
「落ち着きなさい。変な方向に妄想が暴走してるわよ。鈴」
「私達は見慣れてるけど、普通に考えればやっぱり異常なんだよね~」
優花が暴走する谷口さんを諫め、葵が感想を漏らす。
すると、坂上が天之河を落としたことに気付いて慌てて拾い直す。
その際、
「はぁ……光輝。お前の気持ち、わからねぇでもないけどよぉ。確かに、あのお前じゃあ、持ってかれても文句は言えねぇよ」
複雑な表情をしながらポツリとそう呟いた。
その後、新たに現れた道を情報交換しながら進む。
その中にユエとシアが大喧嘩したり、究極体デジモンが合計で3体も現れていた事などがあった。
その際に、ハジメとアグモン、白崎さんとガブモン、八重樫さんとコテモンが究極体に進化できるようになったことを聞いた。
いつも通り騒ぎながら道を進むと、この空間に転移してきた時と同じような光の膜を発見し、注意深く警戒しながらその膜に飛び込むと、広い空間に出て、目の前には氷の神殿があった。
「……どうやら、今度は分断されなかったみたいだな」
「……ん。それにあれ」
「ふむ、どうやら、ようやく辿り着いたようじゃの」
「綺麗な神殿ですねぇ」
「……攻略……したんだ……ぐすっ」
「鈴ちゃん……やったね」
「……やったわね」
「おうよ。何回、死にかけたかわからねぇけどな」
「それは、あんたが毎回、後先考えず突貫するからでしょうが」
「いやぁ、ははっ、まぁ、結果オーライってことでいいじゃねぇか」
それぞれが感慨深い言葉を口にする。
氷の神殿に辿り着き、扉を開けると、そこには外観に似合わず、何処かの屋敷と思うほどの邸宅のエントランスがあった。
「見た目は神殿なのに、中身は住居だな」
「……ん。オスカーの隠れ家と似てる」
「言われてみればそうだね」
ハジメとユエ、白崎さんがそう漏らす。
羅針盤の指し示す方向に従ってその中を探索すると、程なく魔法陣がある部屋に辿り着いた。
最早慣れたもので、俺達は迷うことなくその魔法陣に足を踏み入れた。
「………………一応合格か」
俺は呟く。
これで神代魔法は5つ目。
宝の持ち腐れにも程がある。
「私も合格したみたいだけど………良かったのかな?」
試練をほぼほぼスルーしてきた葵が困った様に呟く。
「まあ、試練の影響を受けない程の使い手と判断されたんじゃないか?」
俺は推測を口にする。
そして、最後の神代魔法である【変成魔法】を手に入れたことを皆が喜び合おうとしたその時だった。
「ぐぅ!? がぁああっ!!」
「……っ、うぅううううっ!!」
「あっ!? うぁああああああっ!?」
ハジメ、ユエ、優花の3人が頭を抱えて苦しみだしたのだ。
「ハジメさん!? ユエさん!? 優花さん!?」
「どうしたの、3人共!!」
「優花!? どうしたんだ!?」
「優花!? しっかり!」
「相棒!?」
「ユエ!?」
「優花!?」
シア、八重樫さん、俺、葵、アグモン、ブイモン、ハックモンが思わず声を上げた。
「落ち着かんか! 香織! 呆けるでない!」
「え? あっ、うん、直ぐに診るから!」
俺を含めて取り乱した皆にティオから叱咤が飛ぶ。
そのお陰で我を取り戻した白崎さんが3人を診察しようとした時、
「っぁ……」
「……んっ」
「あっ………」
3人は糸が切れた様に気を失ってしまった。
倒れそうになるところを、シアがハジメを、八重樫さんがユエを、そして俺が優花を支える。
一体何が起こったのかと困惑する俺達に、
「取り敢えず、三人を休ませんとの……」
変態でも普段は冷静なティオがそう言う。
こういう時はほんと頼もしく思える。
解放者の住処の中を探索し、客室の様なベッドがある部屋をいくつか見つけ、それぞれを寝かせる。
あと序に天之河も。
それから皆がリビングの様な部屋に集まると、
「一体ハジメさん達に何が起きたのでしょうか?」
シアがそう切り出す。
ここにいるメンバーの多くが首を傾げていたが、
「俺の推測で良ければ聞くか?」
俺はそう口にする。
落ち着いて考えると、3人が気絶した理由に思い当たったのだ。
「何か分かったのか!?」
ハックモンが結構な勢いで問いかけてくる。
「まあ、推測だがな。気絶した3人だが、ここにいる俺達とは違ってとある共通点がある。それは何か分かるか?」
俺がそう問いかけると、白崎さんがハッとした。
「あっ! 神代魔法!」
「っ! そういえば…………!」
最初から参加していた葵もハッとなる。
「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」
他の皆は首を傾げる。
いや、ティオだけは納得した表情をして頷いた。
「ああ、気絶した3人は、7つの神代魔法全てを手に入れている」
俺の言葉にパーティーメンバーは頷いたが、谷口さんと坂上は首を傾げた。
「それってカオリンや黒騎君、アオアオも一緒じゃないの? 南雲君と最初の方から一緒だったんでしょ?」
谷口さんが疑問を口にする。
「俺達は違う。俺と葵は真のオルクスの大迷宮では優花やドルモン、リュウダモンに任せきりだったから攻略者とは認められなかったし、グリューエン火山の迷宮でもロイヤルナイツが現れた所為で俺と葵は神代魔法の魔法陣に入る余裕が無かった。白崎さんもアンカジの領民の治療の為に残ったから、グリューエン火山の迷宮の攻略には参加してない」
「……………お前らが神代魔法を全部手に入れて無い事は分かった。けどよ、全部手に入れたあいつらは如何して気絶したんだ?」
坂上が更なる疑問を口にする。
「それはハルツィナの迷宮のリューティリスの言葉を思い出してくれ。彼女は全ての神代魔法を手に入れるとどうなると言った?」
「……………概念魔法」
ティオが口にする。
「おそらくご主人様達は、その概念魔法に関する知識を追加で書き込まれたのではないだろうか? その負荷によって気絶したと妾は考えるが…………」
「俺も同じ意見だ」
ティオの言葉を肯定する。
「じゃあ、暫くすればハジメ君達は目を覚ますんだね?」
「推測が正しければな」
白崎さんはあからさまに安堵の表情を見せた。
暫くして3人が目を覚まし、気絶した理由を聞くと、やはり概念魔法に関する知識を追加で書き込まれた様だ。
それは、神代魔法に関する根本的な理解。
今までハジメ達が使っていた神代魔法は、言わば人が理解できる程度にセーフティーが掛けられた簡易版。
それを根本的な所から理解するための知識を書き込まれ、脳がオーバーヒートを起こして気絶してしまったという事だ。
そして、それぞれの神代魔法を正確に言葉で言い表すなら、
生成魔法は、『無機的な物質に干渉する魔法』。
重力魔法は、『星のエネルギーに干渉する魔法』。
空間魔法は、『境界に干渉する魔法』。
再生魔法は、『時に干渉する魔法』。
魂魄魔法は、『生物の持つ非物質に干渉する魔法』。
昇華魔法は、『存在するものの情報に干渉する魔法』。
変成魔法は、『有機的な物質に干渉する魔法』。
だそうだ。
もちろんこれは俺達に理解できるようにハジメ達が言い表した言葉であり、それらを完全に理解しているのは、ハジメとユエと優花だけだろう。
「なるほどね。本当に、大きな、それでいて根本的な事柄に干渉できる魔法なのね。人が触れていい領域を超えているように思えるわ。……でも、そうすると、まだ帰還の為の概念魔法は生み出せそうにないってことかしら? 聞く限り、相当難易度が高いように感じるけれど……」
「まぁ、確かに難しくはある。リューティリスが極限の意思なんてふわっとした説明をしていたが、実際、その通りなんだよな。魂魄魔法と昇華魔法で〝望み〟を概念レベルまで引き上げて、それに魔力を付与して無理矢理事象を現出させる……簡単にいうと、そういうことなんだが、普通は昇華魔法を使ったところで成功はしない。それどころか、概念魔法は、その時の意思を元にする。だから一度発現したからといって次回以降も安定して使えるというわけじゃない。普通は一回こっきりの魔法と言う訳だ」
「……ん。ハジメの生成魔法で羅針盤みたいに物へ付与しないと」
「そうだな。ユエの魔法に対する制御能力と俺の錬成、園部のサポート……息を合わせて世界を越える為の概念を付与したアーティファクトを作る」
「私も………? 逆に邪魔にならないかしら? 私って、南雲程帰郷の念が強い訳じゃないし……………ユエ程南雲と息を合わせられるとは思えないわよ」
ハジメの言葉に優花が口を挟む。
「ああ。それはもちろんわかっている。帰郷の概念は俺が主軸になるし、魔法の制御はユエになる。俺達だけでも成功させる気ではいるが、成功率は少しでも上げておきたい。園部は俺達をほんの少し後押しする程度の気持ちで良い」
「なるほど…………」
「だが、召喚防止の為の概念も、となると……少し時間がかかりそうだ」
「出来なくはないんですね?」
「当たり前だろう? 何が何でも成功させる。その為に足掻いて来たんだ。帰還のアーティファクトだけなら直ぐに取り掛かれるし、奴らからの干渉を防ぐ概念も必ず編み出してやる」
ハジメの目が燃えている様な気がした。
ハジメはおもむろに立ち上がると、
「さっそく挑戦するのかの?」
「ああ。話しているうちに知識の整理も出来た。まるで、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬みたいな気持ちなんだ。試さずにはいられない」
ハジメはそのまま別の部屋に駆け込んでいきそうな勢いだったので、谷口さんが慌てて声を掛けた。
「えっと、南雲君。日本に帰る為の魔法って、どれくらいかかりそうかな? 出来れば、鈴も完成したところを見たいと思うんだけど……あんまり掛かりそうなら、鈴達も色々準備しなきゃだし」
「そう、だな。帰還の魔法だけなら時間はそれほど掛からないだろう。帰りたいという俺の願望が、極限でないなんて誰にも言わせないからな。だが、他者からの魔法的干渉を防ぐのは……正直、わからない。直ぐに出来そうな気もするんだが……」
「そっか。わかったよ。それじゃあ、帰還の魔法が出来るまでは鈴達も休息に専念することにするよ。本当に帰れるのか分かるまでは、他のことに手が付きそうにないし……せっかく手に入れた変成魔法のこともあるから、魔人領へ行くのはその後だね。えっと、シズシズや黒騎君達はどうするの?」
谷口さんが遠慮がちに聞いてくる。
「……………私は皆には悪いけど、南雲君達と行くつもり。オルクスで光輝と別れてからそう決めてるから」
八重樫さんは少しバツが悪そうに、しかしそう言い切った。
「そう………それじゃあ仕方ないよね?」
谷口さんは少し寂しそうに笑みを浮かべた。
「俺は谷口について行くぜ。中村の事もほっとけねえしな」
坂上がニカッと笑いながら親指を立てる。
「ありがと、龍太郎君」
それから谷口さんの視線が俺の方を向く。
「それで、黒騎君達は……………」
俺の答えは決まっていた。
「魔人領には俺も用があるから、行くというならついでに同行してもいいぞ」
「へっ?」
俺の答えが意外だったのか、谷口さんが素っ頓狂な声を漏らした。
「意外そうだな?」
「そりゃそうだよ! 黒騎君、南雲君と一緒でこの世界の戦争には関わらないスタンスだったじゃん!」
「ああ。それは今でも変わりない。戦争したきゃ勝手にやってろって思ってるぞ」
「じゃ、じゃあ何で?」
「魔人族に手を貸しているデジモン達の『神』に用がある」
俺の言葉に全員がピクリとする。
「もし…………というか、十中八九そうだと思ってるだが、その『神』が俺の思っている通りの奴なら、確実に地球に干渉してくる。どうやら俺は奴に目を付けられてるみたいだからな」
ぶっちゃけそう言う設定は無いが、デジタルワールドからリアルワールドへの干渉は可能だろう。
四聖獣でも干渉できたぐらいだし。
「そいつにはハジメが干渉防止用の概念魔法を作り出したとしても恐らく通用しない。概念魔法と言えど、『魔力』によって干渉する。今までのデジモン達の傾向から言えば、デジモン達は『魔力』による直接的な影響を一切受けないからだ。それに恐らく、間接的に効果があったとしても、『奴』なら力尽くで破ってくる」
俺がそう言うと、
「大士、前から聞きたかった…………お前の言う『奴』…………デジモン達の『神』って言うのは一体何なんだ?」
ハジメがそう問いかけてきた。
「……………まあ、今更か。ほぼ確定してるようなもんだしな」
俺は隠す必要も無いと判断し、
「『イグドラシル』」
その名を口にした。
「イグドラシル?」
葵が首を傾げながら聞き返す。
「デジタルワールドを『管理』するホストコンピューター…………デジモン達の『神』ともいえる存在だ」
「デジモン達の『神』……………」
「俺は奴が魔人族………延いてはエヒトに助力していると考える。理由は分からないが、イグドラシルならデジモン達をこの世界に呼び出すことは可能だと思う」
「………………なるほど、奴の目的は?」
「それは分からん。『神』の目線で考える奴の思考を俺が理解できるわけ無いだろ」
「ごもっとも」
その一言でハジメは納得する。
「それでお前は如何するんだ?」
「とりあえずイグドラシルと接触してみない事には何とも………地球に手を出さなきゃそれでいいし、出して来るんなら戦うことになるだろう」
「勝てるのか?」
「正直未知数だ。仮にも『神』が相手だからな」
イグドラシルで印象に残っているのはデジモンセイバーズだが、究極体を超えるバーストモード4体掛かりで致命傷にならないダメージを与えるのが精々だったからな。
いくらアルファモンでもバーストモード1体分か、多く見積もっても少し強いぐらいだろう。
そして、更に最悪の予想は、残りのロイヤルナイツが全員集合してないかどうかだ。
ロイヤルナイツが居た場合、アルファモンだけでは勝ち目はゼロに等しいだろう。
「まあ、最悪はお前と一緒に一旦帰還して、応援を連れてくることも視野に入れてるけどな」
「応援?」
「ああ」
「大士、もしかして…………」
ドルモンは気付いたようでハッとなる。
「俺達が再会できたんだ。あいつらが再会できてないわけないだろう?」
「うん! そうだね!」
ドルモンが笑みを浮かべて頷いた。
「ま、そう言う事だからこっから先は俺は別行動だ。だから………」
「ちょっと待って。その別行動に私達を入れてないでしょ?」
葵がちょっと怒ったような雰囲気で迫ってくる。
「いや、でもな…………こっからは俺とドルモンの独り善がりだ。地球への帰還に直接関わる事じゃない。無理に付き合う必要は…………」
「独り善がりだろうと何だろうと、大士に置いて行かれることの方が私達にとっては悲しいわ」
優花もそう言う。
「……………………」
「前にも言ったけど、私達の居場所は大士の隣。大士が行くなら何処にだろうと付いていくわ。それが例え、地獄への道だろうとね」
「もし大士が死んだりしたら、それは私達にとってこれ以上無いほどの地獄だよ。迷わずに後を追うから」
その言葉に嬉しいような悲しいような…………
「重い………! 2人の愛が重いよっ…………!」
谷口さんが恐れ戦く。
「それにだ。そいつの存在はある意味俺達の帰還の邪魔をしているとも取れる…………もしそうなら、『神』だろうと殺すだけだ………!」
ハジメの言葉に俺は呆気にとられる。
「もしかしてハジメも付いて来る気か?」
「これでもお前の事は一番の
「勿論、ハジメ君が行くなら私達もだよ!」
「………んっ」
「勿論ですぅ!」
「当然じゃな」
「私も少なからず力になれると思うわ」
ハジメの言葉に続いて女性陣もそう言う。
「………………ありがとよ」
俺は感謝の言葉を口にした。
「あ、あとは光輝くんだけど……」
「ん?」
谷口さんの言葉にハジメが首を傾げる。
「そういや、あいつどこ行ったんだ?」
「部屋にいないことに、今、気が付いたのね。……光輝なら別室でまだ寝ているわ。ダメージが深かったから目覚めにはもう少しかかりそうよ」
そういやそうだったな。
俺もすっかり忘れていた。
「まぁ、あいつのことはいい。俺とユエは今から神代魔法の魔法陣があった部屋にでも篭って概念魔法が付与されたアーティファクトの作成に入る。万が一、その間に天之河が起きても邪魔はさせないでくれ」
「邪魔って……帰る為の道具を作ってくれるってぇのにそんなことしねぇだろ?」
ハジメの言葉に坂上が反論するが、
「いやぁ…………万一気絶する前の状態が続いていれば、『皆を地球に帰すのは俺の役目だ』とか言って邪魔しそうな気が…………」
俺はふと思った事を口にする。
「うぐっ…………!」
それはあり得ると悟ったのか、坂上も言葉に詰まった。
「大士の言う通り、精神的負荷が大きかったようだし、ないとは思うが寝起きに錯乱する可能性はゼロじゃない。まぁ、念の為だ。流石に、作成途中は余裕がなさそうだからな」
「任せて下さい、ハジメさん。お手伝いが出来ない分、お二人の邪魔は誰にもさせません」
「ああ。頼んだ、シア」
「……シアがいれば安心」
「いざとなったらまた俺が殴って気絶させといてやる」
「お願いね、大士」
優花も安心したようにハジメに続いて、神代魔法の魔法陣があった部屋に入っていった。
「大丈夫かなぁ」
暫く経ってから谷口さんがポツリと呟いた。
「何に対しての〝大丈夫〟なの?」
「う~ん? 全部かな。また、南雲君達が倒れたりしないかな? とか、本当に日本に帰れるかな? とか、光輝くんは大丈夫かな? とか……これから向かう魔人領でのこととか……」
「鈴ちゃん……大丈夫だよ。ハジメくんは、いつだって、どんな困難だって結局は乗り越えてしまう人だし、ユエだって信頼できる
「カオリン……」
「それに、光輝くんのことは光輝くん自身がどうにかしなきゃならないことだよ。もちろん、出来る範囲で力にはなるけれどね。恵里のことは……うん、取り敢えず、突撃することだけ考えよう! それ以外にないんだし、考えても疲れるだけだよ」
その言葉に谷口さんが噴き出す。
「カ、カオリン……ぷぷっ、男前すぎるよぉ。もう、すっかり南雲くんに影響されちゃってるね」
「違うわよ、鈴。香織は昔から、こうと決めたら大抵、突撃するわ。香織の決断は、突撃で結論づけられることが九割よ」
「鈴ちゃんも、雫ちゃんも酷いよ。それじゃあ、私がまるで龍太郎くんと同じみたいじゃない……」
「おい、香織。どうして俺と同じだと〝酷い〟になるんだ? さり気ない罵倒だって気づいているか? こら」
「とにかく、恵里のことはどうなるか分からないけど、少なくとも手出しはさせないよ。私もついて行くし。いざとなったらいくらでも治癒してあげるから気の済むまで殴り合えばいいよ!」
「うぅ、カオリンってば……ええ子や、ホンマにええ子や。おおきにな~」
「鈴ちゃん、何で関西弁?」
そんな事を話していると、突然リビングルームの扉が開いた。
「ここにいたのか……」
「あら、光輝。目が覚めたのね。体調はどう?」
「大丈夫だ。ごめん、心配かけた」
「無事ならそれでいいわ」
「おう、復活したようで何よりだぜ」
「本当に、よかったぁ」
いつものグループが声を掛け合って笑みを浮かべる。
すると、天之河の視線が俺を捉え、
「黒騎……………」
俺の前に歩いてくると、
「…………………その………すまなかった。迷惑をかけたようだ…………」
天之河は謝罪の言葉を口にする。
だが、頭は殆ど下げて無いし、その目は何かを我慢しているように揺れ動いている。
心からの謝罪では無く、義務感や使命感といったものから出た謝罪の言葉だ。
「別に気にしてないし、無理に謝る必要もないぞ」
「べ、別に無理してる訳じゃ………!」
天之河は必死に否定しようとしているが、動揺しているのが丸わかりだ。
「その様子だと正気に戻ったようね。それとも、まだ黒騎君や南雲君がデジモン達の力を使って私達を洗脳していると思っているのかしら?」
八重樫さんが確認の質問をする。
天之河は咄嗟に目を逸らすが、
「光輝、目を逸らさないで」
八重樫さんはそれを許さない。
「っ……あぁ。……もうそんなこと思っていないよ。あの時は、本当にどうかしていたんだ……」
あんまり納得していない様だが、理性でそれを抑えている感じだな。
八重樫さんは暫く天之河の目を見続けていたが、一応の納得はした様だ。
「そう。ならいいわ。……光輝。何か、聞きたいことはある?」
そこから天之河が気絶してから今までの事を説明し、現在ハジメ達が帰還用のアーティファクトを作成中だという事を話した。
天之河以外が神代魔法の取得に成功したという所は内心穏やかではないだろうが。
やがて、唐突に八重樫さんが切り出した。
「……光輝。私ね、南雲くんのことが好きになったわ。彼に、一人の女として見て欲しいと思ってる」
「っ……」
ここでそれを言うのか八重樫さん。
「南雲には香織がいるし、ユエ達もいるのに? ……雫、考え直した方がいいんじゃないかな? 悪いことは言わな――」
「光輝。私は別に意見を求めているわけじゃないわ。今のはただの報告よ。幼馴染だから」
「……」
八重樫さんの言葉に天之河は押し黙った。
天之河は視線を巡らせて坂上や谷口さんに同意を求めるが、2人から返って来たのは八重樫さんの言葉を肯定する表情だ。
「ははっ、皆、あいつの味方だな。人を簡単に殺して、簡単に見捨てるような奴なのに……」
「光輝!」
そんな味方が居ない状況を悟り、皮肉めいた愚痴を零す天之河。
「こんなことなら、あの時、橋から落ちるのは俺だったら良かった!」
そんな事を言う天之河に向けられるのは、白崎さんと八重樫さんの侮蔑を含んだ視線。
だが、そんな考えのお前じゃあの奈落を生き残ることは到底不可能だ。
そう思った時、衝撃に似た魔力が駆け抜けた。
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
全員がその現象に一瞬動揺する。
「これは……ハジメさん! ユエさん!」
シアが何かに気付いたように駆け出す。
俺も優花に何かあったのかと思い、後を追った。
やはり発生源はハジメ達のようで、3人が籠っている部屋に近付くほどこの現象は激しくなっている。
部屋に飛び込んだ俺達の目に映ったのは、ハジメとユエの魔力が螺旋の奔流となって渦巻きつつ、優花の魔力がその2つを覆い、抑え込んでいる。
「これどうなって……」
「わかりません。でも、取り敢えず、3人に何かあったわけじゃないみたいです」
「……大丈夫なら、出た方が良さそうね」
「そうじゃな。妾達のせいで失敗などしたら……お仕置きされてしまうのじゃ」
「……そこは嬉しそうに言っちゃダメだよ。ティオさん」
俺達が部屋を出ようとした時、突然別の場所が映った。
それは奈落。
ハジメが落ちてから、俺達と合流するまでのたった1人で生き抜いていた時の記憶だった。
蹴りウサギに左腕を砕かれ、爪熊に腕を切断され、目の前で咀嚼される。
その時の恐怖がありありと映し出される。
何とか錬成を駆使して逃げ延びるが、圧倒的な孤独と絶望感に何日も晒され続ける。
やがてハジメの精神に変調をきたし、生を渇望するようになる。
だが、そんな中でも決して手放さなかったのは白崎さんへの想い。
それがハジメの心が黒く染まる中、ハジメに残された優しさを失わせなかった。
そんな中、ハジメが魔物の肉を喰らって変貌する場面が映る。
「っ……これが、あの姿の……」
「聞いてはいたけどよぉ……こいつは強烈だな……」
そして己の唯一の技能である錬成を磨き、幾度も幾度も失敗を重ねた末にハジメは1つの兵器を完成させる。
それがハジメが奈落の時に使っていた初代ドンナー。
それを使い、ハジメは自分の心を折った爪熊を倒す事に成功する。
そして、
――帰りたい
ハジメは自覚する。
――帰りたい
己の中の渇望を。
――香織と一緒に、故郷に帰りたいんだ
極限の意志とも言うべき強い思いを。
その瞬間、渦巻いていた魔力が集まりハジメ達の手元に集約される。
それと共に、手元にあった鉱石が形を変え始めた。
ハジメが錬成を行っているのだ。
「あれは、鍵……かな?」
「そうね。水晶で出来たアンティーク調の鍵みたいね」
白崎さんと八重樫さんが呟く。
その時、
「「――〝望んだ場所への扉を開く〟」」
爆発的な魔力の奔流が辺りを包んだ。
第62話です。
原作とあんまり変化なし。
なのでちゃっちゃと次に行きたい。
さて、次回から終盤に入ります。
お楽しみに。