ただ糞眼鏡とベルグシュライン卿が戦うだけのお話。

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タイトルそのままです。
トリニティアペンドとちょっと違くない?という描写はお目こぼしいただければ幸いです。


審判者VS絶対剣士

「東部戦線を支配するアドラーの隊長、審判者(ラダマンテュス)についておまえは伝聞を聞いているか?」

 

 旧・イギリス領、カンタベリー聖教国にて。

 己が主(グレンファルト)からの不意な問いに、寡黙な神剣(ベルグシュライン)は一拍置いてから口を開いた。

 

「神算鬼謀を持つ智将にして、最前線を駆けるに相応しい剣技と星辰光(アステリズム)を所持しているとは聞いたことが。アドラーが東部戦線を維持できているのは彼の手腕によるものが大きく、同時にプラーガが火の海にならないようバランサーの役割も担っているとか」

「それだけ知っていれば十分さ。奴の名は遠く海と陸地を隔てた本国(こちら)にまで伝わってくるくらいだ、第四軍団・紅玉騎士団(カーネリアン)の面々が苦労しているのもさもあらんというヤツだろう」

 

 そこで神祖グレンファルト・フォン・ヴェラチュールは愉快気に笑うと、自らの愛刀へ意味深な視線を寄越した。

 意味を計りかねたベルグシュラインが「つまり?」と問えば、待っていたとばかりに突飛な発想を口にする。

 

「千年一と謳われるおまえと、激戦区すらコントロールするアドラー屈指の名将がぶつかり合った場合、どちらの方が勝るのか興味があってな。プラーガは次元間相転移式核融合炉七番機がある以外に目立った特徴もないが、いつまでも聖地を遊ばせておくのもしのびない」

「私に審判者(ラダマンテュス)を討って来いと?」

「まあ、そういう事になるな。パワーバランスの一角を崩せば後は容易い。さらにおまえという最強がカンタベリーに加われば、帝国も連合国も恐れるに足らんだろう」

 

 強欲竜(ファヴニル)という危険要素はあるがな、と嫌そうに呟く主を横目に、無銘の名剣(ティルフィング)は無意識に剣の柄を握りしめていた。

 果たしてそれは、まだ見ぬ強敵を相手取れることに対する興奮なのだろうか。本人すら己が内面を分からぬまま、話は流れるように進んでいく。別に、主命に口を挟むつもりなど彼には毛頭存在しないのだが。

 

「既に仲間たちには話を付けている。第一軍団の団長たるおまえが派手に動きすぎても話がややこしくなるからな。不死の恩寵も秘匿せねばならない以上、やるのはあくまで()()()だ。こっそり行って、こっそり討って、こっそりカンタベリーに助力しろ。ダメそうならばこっそり引き上げ戻ってこい。言葉にすればこれだけさ」

「拝命致しました。この命に懸けて、その主命を果たして見せましょう」

「頼んだぞ、絶対剣士(ティルフィング)。剣の冴えを見せてくれ」

 

 こうして、あまりにも呆気なく、最強の使徒ウィリアム・ベルグシュラインは東部戦線(古都プラーガ)へと派遣される運びになったのである。

 

 ◇

 

 第六東部制圧部隊・血染処女(バルゴ)猟追地蠍(スコルピオ)共々プラハ城に居を構えている。

 そして前者のトップにしてこの地における強者の一角、ギルベルト・ハーヴェスは敏感に普段と違う空気を察知した。

 

「ふむ、今日はいつもより微妙にカンタベリー側が勢いづいている気がするが……」

 

 城の一室で報告を聞くや、審判者(ラダマンテュス)の炯眼は呆気なくこの地の僅かな異変に気が付いた。

 ほんの微かではあるが、常態よりも聖教国に活気がある。特段この日に祭事(イベント)をやる予定とは聞いていないし、三国の睨み合いが続く中で戦勝の余韻といったこともない。むしろ末端の方がほとんど何も知らないながら、上層部だけが何かしら吉報を受け取り、その噂が流れ出したかのような──そんな違和感を覚えたのである。

 

「これはもしや……なるほど、考慮に入れておく必要はあるだろう」

 

 すなわち、この情勢下における静かな援軍。それもアドラーの情報網にすら掛からない程度の規模となれば、相当な手練れが秘密裏にプラーガへやって来ている可能性があると結論付けた。

 もちろん、ただの杞憂であるだとか、実は本国の方で吉報が起きただけとか、そういう可能性もある。しかしこれらすべての可能性を吟味して、どう転んでも対処できるように動くのがギルベルトのやり口だった。

 

 ──結論から言えばこの考察は的中している。いくら秘密裏といえどプラーガに陣取る指揮官クラスにまで黙秘とは行かず、グレンファルトも最低限の話を通していたのだが……まさかその程度の揺らぎから援軍を送った事実を読まれるとは、いくら何でも対策のしようがなかった。

 

「これは久々に、私も出撃してみるとするか」

 

 もし同僚(ヴァネッサ)が隣に居れば顔を顰めることを平気で宣い、蒼穹を映した瞳はプラーガの街並みを見下ろす。

 この地に紛れ込んだ招かれざる客を見透かすように、審判者の頭脳は淀みなく回転を続けるのだ。

 

 ◇

 

 夜。古都の喧騒もすっかり鎮まり、草木の間を風が抜ける音だけが大きく聞こえる頃。

 身の丈ほどもある長刀を携えた男が街中を静かに闊歩していた。周囲に人気はなく、コツコツと歩く音が規則的に響いては消えていく。

 唐突に、足音が一つ増えた。横道から現れたのは黒い軍服を纏った偉丈夫である。彼は先を行く長刀の男から少し距離を取りつつ、けれど同じ方向へと向かっている。

 

 それから、どの程度歩いただろうか。気が付けば二人は民家や建物の少ない広場へとやって来ており、示し合わせたかのように向かい合って対面していた。沈黙が彼我の間に横たわり、しばし視線だけが交錯する。

 

 口火を切ったのは軍服の男──ギルベルトだった。

 

「貴君がカンタベリーの寄越した援軍と考えて間違いないかね?」

「……これは驚いた。いったい何時から気が付いた? 俺もこの地には今日到着したばかりなのだが」

 

 無表情の中にほんの少しだけ驚きの色を浮かべて、ベルグシュラインは刀の柄に手を掛ける。

 

「簡単な話さ。今日のカンタベリーはどうにも浮足立っていたと見える。その上少し街を歩くだけで見かけない人物が見つかり、カマを掛けてみればご覧の通り。実に簡単な推測だよ」

「なるほど、これは一本取られたな。どうやら俺は腹芸には向いていないらしい」

 

 神剣は苦笑とも取れるような感情を覗かせ──次の瞬間、抜刀した。

 緩んだ動作から一挙に高速の居合へ移行する剣技、並の者ならば何が起きたかすら分からず両断されているだろう。思考の隙を突いた見事な緩急だが、しかしギルベルトは事もなげに大剣で受け止め対応した。あたかも()()()()と分かっていたかのような動作だ。 

 

「何者か、とはもはや問わぬよ。これだけの剣技と殺気を練れる剣士などそうは居るまい。さらに海を超えてやって来たとなれば、正体は火を見るより明らかだ」

「悪いがそちらの問いに答えるつもりはない。認めてしまえば後がない程度は俺にも理解できるのでね」

「それはまた、残念だと言っておこう」

 

 嘯いてから流れるように回し蹴り。飛びのいて回避したベルグシュラインへ追撃の剣が走る。

 今度はベルグシュライン側が余裕を持って躱して、返しとばかりに剣を一閃。鋭く速い斬撃を紙一重で受け流したギルベルトへさらに猛追して止まらない。剣を振るう手すら霞んで見える程にベルグシュラインの技量は速く、巧く、圧倒的で隙が無いかった。

 

 明らかに防戦へと回されたギルベルトであったが、彼の心にあったのは焦燥よりも賞賛の念である。

 

「素晴らしい、よもやこれ程の使い手と相対することが出来るとは。断刃(ムラサメ)の剣技にすらあるいは勝るやもしれないと思うほどだ。まったく、我が身の非才を嘆くばかりだ」

「謙遜することはない、そちらの完成度も相当なものだ。そしてその上で感じることは同じだろう」

 

 ”俺の方が剣技では上回っている”──敢えて言葉に出さずとも、この事実は審判者(ラダマンテュス)に伝わったことだろう。

 実際、両者を比べてしまえば剣技の差は一目瞭然だった。剣筋の描く流麗さ、修めた型の完成度、状況に対する対応力から何まで、ベルグシュラインの方が一歩どころか二歩も三歩も上回る。後塵を拝しているのは紛れもなくギルベルトの方であり、怠慢なく鍛え抜いた彼の実力を以ってしても至高の天才(ベルグシュライン)には敵わないという無慈悲な現実がそこには存在した。

 

 いいや、むしろ先読みと地力によって曲がりなりにも打ち合えている事実こそ賞賛に値すべき事柄なのだが……そんな慰めなど審判者(ラダマンテュス)は欠片も欲しくない。

 求めるはただ、完全なる勝利を。光に焦がれた男の辞書に、敗北と諦観の文字はない。

 

「単一の技量で及ばぬならば、それ以外で補えば済む話だろう」

「来るか──ならばこちらも抜かねばな」

 

 気配が変わる。空気が変わる。これまでの戦いは鞘落ちだったと語るかの如く、剥き身の(ちから)を解き放たんと構え出し……両者共に星の恩寵を開放した。

 

『創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌く流れ星』

 

 発現するは異能の星々。基準値(アベレージ)から発動値(ドライブ)へと跳ね上がったギアを肉体へと馴染ませ、いっそう苛烈に剣戟を結んでいく。もはや人型の嵐が如く、周囲の大地は砕けて捲れているものの、知ったことかと破壊を続けて憚らない。

 

「いざ並べ、死後裁判は開かれた。眠りにまどろむ魂魄ならば我が法廷に凜と立て。

 公正無私の判決に、賄賂も媚態も通じはしない。 宿業見通す炯眼は、清白たる裁きのために重ねた功徳を抉り出す」

「剣の閃き、限りなく。黄金の柄に鋭き刃、鋼を両断する度に王器を彩る栄光が地平の果てまで鳴り響く。三度振るえば訪れる破滅の波など知りはしない」

 

 楽園を統べる審判者が、所有者に栄光と破滅を齎す魔剣が、いざ降誕を始め出す。

 その果てに生まれる未曾有の激突を前にして、加速するギアは留まるところを知らなかった。

 

「汝、穢れた罪人ならば禊の罰を受けるべし。地獄の責苦にのたうちながら、苦悶の淵へと沈むのだ。

 汝、貴き善人ならば恐れることなど何も無し。敬虔な光の使徒に、万代不易の祝福を」

「我が所有者こそ絶対神。侏儒(ひきうど)鍛冶(かぬち)が遺せし呪怨など、至高の神威は跳ね除けん。

 断ち切る魔物を御示しあれ。八つ頸唸る邪竜とて、語らず、逸らず、粛々と」

 

 ギルベルトの踏み込んだ足元が、何故か爆発して衝撃を解放した。

 ベルグシュラインの剣の先にあった瓦礫が、何故か刃渡りを無視して両断された。

 

「これぞ白夜の審判である。さあ正しき者よ、この聖印を受けるがよい。 約束された繁栄を極楽浄土で齎そう」

「一切斬滅。唯其れのみ。此れより神敵、調伏致す」

 

 故にこれこそ、新西暦の誇る最新最強の暴力兵器(エスペラント)に他ならず。

 

超新星(Metalnova)──楽園を照らす光輝よ、(St. stigma Elysium)正義たれ!」

超新星(Metalnova)──抜刀・天羽々斬空(Orotinoaramasa Tyrfing)真剣」

 

 鞘から解き放たれた超人(ニンゲン)同士の決闘が、いよいよ本格的に開幕した。

 

「ふっ────」

「ほう」

 

 苛烈さを増していく戦いで、まず有利に立ったのはベルグシュラインである。彼の星はごく単純な斬閃延長能力……すなわち刃の届かない距離にも斬撃を届かせることが出来るという、ただそれだけだ。しかし射程は数百メートルにも及ぶとなれば、使い手の技量と合わせて絶対的な噛み合いを見せることだろう。

 だからすぐにでも勝負の天秤は絶対剣士に傾くかと思いきや、そうでもない。審判者は依然健在であり、むしろ果敢に実刃の届く範囲内へと飛び込んでいた。足元に起こした小規模な爆発で加速しているのか、先ほどよりも踏み込みが早い。

 

「なるほど、奇怪な星辰光だな。どのような現象を発生させているのか判断がつかない、しかも応用性に富んでいると見受けられる」

「逆にそちらは斬撃を飛ばすだけとは、まったく驚かされるよ。そこらの凡俗が持っても宝の持ち腐れだが、聖教国随一の剣士が持てばこの通りとはな」

「この数合でそれを見抜き、接近戦の方が己に分があるとまで理解したか。ますます以って侮れないな」

 

 ほぼ間違いなくギルベルトの星は近距離用の能力だと無双の剣士は読んでいた。出なければ執拗に接近戦を挑む理由もないだろう。よって彼はただひたすらに距離を取り、遠隔から斬り刻めば済む話だったはずなのだが……そうも行かない理由があった。

 

 ベルグシュラインが飛びのく傍から足元が爆発したたらを踏む羽目になる。

 横合いから不意に瓦礫が飛んできて、そちらの方にコンマ数秒意識が取られる。

 この程度の妨害で心を乱されはしないが、けれど鬱陶しいのも確かであり。微かに乱れた剣技を好奇とばかりにギルベルトはこじ開けにかかるのだ。

 

「地味ではあるが厄介だ。思うように動けない」

「私は二流の凡俗なのでね、この程度のことしか出来ないが──絶対剣士(ティルフィング)に付け入る隙としては十分だろう?」

 

 普通なら隙とも言えない隙なのだが、炯眼の男は逃がさず距離を詰めてくる。あまりにも嫌らしく、同時に深謀遠慮に長けた男らしい戦い方だ。相手が次にどう動くか、それを踏まえて自らの次手をどうするか、的確に読んで実行してくる。これぞ刑戮の詰将棋、アドラーが誇る部隊長の真骨頂だと存分に見せつけ渡り合う。

 もしベルグシュラインがただ己が才能に胡坐をかくだけの人間だったなら、順当に敗北して終わりを告げたことだろう。しかしこの天才剣士に驕りはない。よって当然の如く()()()()()()()()()()()戦い方を開帳した。

 

「この爆発や瓦礫すら、攻撃に逆利用すれば良いだけのこと。飛び交う銃弾を斬るのは慣れているのでね」

「これはこれは」

 

 足元で発生した衝撃を逆利用し、飛びあがるための加速台とする。しかも飛び出した直後の瓦礫を片手間に遠距離から両断して己が下へと届かせない。ましてや直接剣で殴りつけてギルベルトへと方向を変える余裕すらあるとなれば、利用される側としては堪ったモノではないだろう。

 ギルベルトの撒いた布石へ即座に対応、状況に合わせてすぐに自らを更新(アップデート)する様は確かに天才の名に相応しい。種も見破れず目視も出来ないまま、それでも対策を打てる手合いが果たして新西暦にどれだけいるのか。少なくとも当人が出会うのはこれが初めてだった。

 

「だろうな、いずれそうなるだろうと分かっていたとも」

 

 ──勿論、初見だからと油断はしないのが光の亡者の真骨頂。

 

 敵手に敬意を払うからこそ『おまえならば必ず乗り越える』とばかりに淡々と次の手を披露する。

 

「では次の手だ。剣士としては致命的な誤謬が起こるが、さてどうするかね?」

 

 敵手を捉えた絶対剣士の一閃が、不意にあらぬ方向へと捻じ曲げられる。本人すら訳も分からず空を斬りつけた姿勢は誰が見ても隙そのもので、ギルベルトの剛剣は確かにベルグシュラインへと届いたのだ。

 咄嗟に後方へと後ずさって傷を抑えたのは天才の為せる技に他ならない。驚きながらも身体は危機に反応し、多少斬られた程度で済ませることに成功した。これならば使徒特有の回復能力を発揮する必要もないだろう。

 

 こうして、初見殺しを見事に掻い潜った敵手を前に、審判者はやれやれとばかりに首を振った。

 

「まったく、これにすら対応してくるとは。これまで敢えて見せなかったとっておきの札だったのだがね」

「いや、今のは確かに驚かされた。事実、一歩遅ければ間違いなく両断されていたことだろう。身体に沁みつけた修練が救ってくれたも同然だ」

「過ぎた謙遜も嫌味になる。これ程の才覚を持ち得ていながら誇りもしないとは、嫉妬の念すら覚えてしまいそうだよ」

 

 嫌味なく爽やかに語りながら、改めてギルベルトは攻め込み始めた。

 今度は地面や瓦礫に貼り付けた衝撃だけでなく、これまでの攻防で剣に付着させた衝撃すらも利用していっそうベルグシュラインへと渡り合う。流麗な剣技を汚すようにあらぬ方向へと捻じ曲げて、数歩の距離をゼロにする呼吸と歩法も知ったことかと出だしから潰していく。どこまでも合理的に詰めていく様は一切の可愛気を感じさせない容赦のなさだ。

 ──絶対剣士の星辰光(アステリズム)とは、あくまで斬撃の補助を成すもの。よって審判者の星の応用性には後塵を拝する他になく、周囲に点在する見えない爆弾を補足するのも不可能だ。だからこれまで聖教国一の剣士に傾いていた天秤が再び中庸に戻り、あまつさえ審判者へと徐々に傾きだしたのもなんら不思議なことではないだろう。ただ()()()()()()()()()()が、多彩な手を持つ兵器を相手に勝てる道理など何処にもない。

 

 白夜の天才が驕らず鍛え抜いた地力と慧眼、そして宿した星は決して至高の天稟(てんぴん)にも劣らない。それを証明するかの如く、苛烈なまでに頭脳と身体と星を駆動させてベルグシュラインを追い詰めていくが、

 

「ああ、すまないな。()()()()()()()()()。要するに貴公が一度でも触れた箇所が爆発すると理解すれば、やり過ごす方法など幾らでもある」

 

 だからもう効かないと傲岸にも言い放ち、万物断ち切る男(ティルフィング)の動作が最適化され始めた。これまで帝国が誇る英雄以外に誰一人として攻略出来なかった死の詰将棋を無慈悲に破壊しにかかる。

 衝撃で剣がブレるなら、それを計算に入れて次の剣技に繋げれば良いだけのこと。他の誰に不可能だとしても、ただ一人神祖(カミ)にも認められた男にはそれが可能だった。

 振り下ろしが横に逸れた途端に駒のように遠心力を活かして斬撃、途中で上へと刃が持ってかれたならば再び振り下ろしへと戻して繋げていく。上下左右、どちらに衝撃が起きようと、その勢いすら利用して自らの技を加速させ、次の布石へとしてしまうのだ。むしろギルベルトは妨害のために必ず剣へ衝撃を起こすと心得れば、炎やら雷やらを相手にするよりずっと容易いとさえ感じてしまう。

 

「つくづく驚嘆に値する技量だ。単に天才に生まれたという事実だけで、こうまで高い完成度を誇るとは」

 

 自らの計算を上回りつつある男に対して、傷を負いながらもギルベルトは余裕の表情を浮かべていた。

 むしろ十重二十重の策を超えて勝利へ手に掛けつつある男を指し、何故か嘆息する余裕すらある始末だ。

 

「だからこそ、嘆かわしいのはその在り方だよ。まったく以って理解できない、それだけの才覚と克己心を持ち得ながら、心には一つの情動も見受けられないとは。すべては心一つで如何様にも解決できると、主からは教わらなかったのかね?」

「……なるほど、貴公はそちら側の人間であったか。生憎と、我が主はそのような手合いを毛嫌いしておいでだ。俺も同様にして、精神力だけですべてを解決しようとする気は毛頭ない」

 

 人間の底力を、可能性を見せつけてくる”光狂い”を所持者(グレンファルト)は心底嫌っていたし、刀剣(ベルグシュライン)が同類とならないように口を酸っぱくして言い聞かせられた程である。そもそも彼は我欲自体が薄い性質を持っていることもあり、心一つで覚醒する素養とは最初(ハナ)から縁が無いのだ。

 

「そもそも、精神の持ちようで強さが上下しては武器の名折れというものだ。常に一定の力を発揮し続けるからこそ絶対神の剣足りうる訳で、覚醒などせずとも敵を斃せる強さがあれば良いだけの話だろう」

「…………なるほど、一理はあるか。己を一振りの剣と例えるその感性は皆目理解できないが」

 

 極楽浄土(エリュシオン)に相応しい敵手と邂逅し、賞賛を告げていた白夜の頭脳が冷や水を浴びせられたように鎮静化する。そして冷静さを取り戻した頭で理解したのは、彼我の間にあるあまりにも隔絶した違いであった。

 奮起する精神力さえあれば誰でも羽ばたくことが出来ると信じるギルベルトと、ただ天賦の才に恵まれたから最強というシンプルな論理(ぼうろん)を体現するベルグシュライン。共に天才と謳われる人間であるというのに、価値と基準に天と地ほどの差があるのは積み重ねた人生経験の違いなのか。噛み合わない理想図はそのままに剣の応酬だけが無慈悲に継続されていく。

 

「とはいえ、驚いたのは事実だ。貴公がまさかそちら側の人間であったとは、皆目予想もしていなかった。我が主とてこれは同様だろう」

「光は光で素晴らしい、これを否定してどうするかというヤツさ。かつて私は至高の光を仰いだ身でね、それ以来非才ながらも未来を目指して邁進している最中さ」

「そうか、ならば是非とも励んでくれ」

 

 ただし、ここを生き残ることが出来たらの話だが。

 言外の意思を刃に乗せて、ベルグシュラインの剣はさらなる冴えを見せていく。もはや衝撃添付による読み合いすら意に介さない快進撃の種は、恐ろしいことにギルベルトの太刀筋を学び見切った所にある。剣の運び、足さばき、フェイントの入れ方から衝撃の発生するタイミングまで……炯眼を上回る速度で対処法を編み出してしまったのだ。

 

 今度こそ詰みだ。審判者お得意の先読みにも後出しで対処され、星辰光さえ逆利用できるとなれば、勝敗はもはや剣技でしかつかないだろう。そして、絶対剣士(ティルフィング)が剣で負けることなど万に一つもあり得ない。

 光への情熱を抱いた男は、運命(ものがたり)を何一つ持たない男の手により敗北へと向かうのが必定であり──

 

「それで? まさかこの程度で私が追い詰められるとでも?」

 

 たかが剣技で上回られる程度、ギルベルト・ハーヴェスが読めないはずがないのだ。

 防戦一方へと押される傍ら、彼が見極めていたのも同じくベルグシュラインの剣技だった。むしろどう対処されるかをつぶさに観察し、後の先で()()()()()()()を練る方針へと切り替えている。

 それだけでは勝負の天秤を戻せないから、さらに一手。軽やかに指が鳴らされ、大前提がひっくり返る。

 

「これは──」

「何事にも全力で取り組み事前準備を怠らない。あればあるだけ良いというのは万事に通じる基本だとも」

 

 実はこの戦闘が()()()()に広場に仕込んでいた衝撃たちを一斉に解放する。勢いよく爆発した地面が天へ舞い上がる土砂崩れと化し、周囲に点在するオブジェや建物が轟音と共に倒壊した。飛び交う瓦礫すべてに対応するのはさしものベルグシュラインでも不可能で、二本の腕と一本の剣では当たり前に手が足りない。

 もちろん、これではギルベルトも一緒に土砂と瓦礫の雨霰に巻き込まれるのが道理だろう。しかし自らの身体に添付(ペースト)した衝撃を適切に解放することにより、リアクティブアーマーの要領でダメージを逸らす手腕に淀みは無かった。

 

「見事だ。目の前の相手に対処すれば良い武器(オレ)と違い、先を見越して対策を施していたか」

「相手に敬意を払い、その上で乗り越えるとはこういう事さ。使える手段を出し惜しんで負けるようでは光を目指す甲斐がない」

 

 互いに磨き抜かれた剣技をぶつけ合う中で、フィールドを味方に付けたギルベルトへ再び天秤が傾き出す。

 いくら無双の神剣も四方八方から障害物が飛び交い、命を預ける武器は勝手に暴走し、あまつさえ敵手も一つの完成形となれば押されるのも道理だった。むしろこれだけの悪条件が揃ってなお戦えるのが武器の武器たる所以であるのか。

 

 さらに、ダメ押しにもう一つ──

 

「この状況下でもいずれは対応するのだろう? 分かっているとも、だからこそ”勝つ”のは私だと宣しよう」

 

 光狂いに相応しく、心一つで覚醒することによりこの差を一気に突き放す。

 敵を認め、相手を脅威に感じるという正しい認識が起爆剤となり力に変わる。一秒ごとに進化していく太刀筋、より強烈になる膂力、斬られたとしても一切頓着しないのは気合の為せる技だった。星辰光の出力も二倍どころか三倍は下らなく、今なお更新し続けているとなれば手の付けようがないだろう。

 

「ここらが潮時、だろうかな……」

 

 よって、ベルグシュラインはこの時点でギルベルトを討ち取ることを完全に諦めた。

 確かに不死の身体を使えば強引に逆転することも可能だ。しかしそれでは聖教国の秘中の秘を審判者に教えてしまう事になり、万が一にも生き残る事態になれば計り知れない損失となる。

 さらに、これだけ派手に戦っているとなればいずれ三国のどれかが確認のためにやってくるはず。いや、むしろそれさえ踏まえたギルベルトが帝国軍に入れ知恵している方が自然だろう。衆目の前に姿を晒すのは神祖の望むところでない。

 

 そうと決まれば行動は速かった。一目散に後退しながら斬撃を飛ばして牽制し、飛び交う障害物を避けながら高速で離脱を果たしていく。追撃は来ない、おそらく向こうも深追いは厳禁だと弁えているのだろう。故に絶対剣士はアッサリと戦場から離脱を果たし、それを確認した審判者は瓦礫たちに発動させていた己が星を解除した。

 

「あと一分もあれば王手を掛けられたものを……勘も良いとは聖教国最強の剣士も伊達ではない。ふむ、良い経験をさせてもらったよ」

 

 嘘のように静まった広場の中心で、此度の戦いを振り返る。

 実際、血染処女(バルゴ)隊長である彼をしてもこの戦いはかなりの綱渡りだった。一歩間違えれば敗北も十分あり得たし、苦戦らしい苦戦をしたのもいつ以来という程で。それ故にむしろ得難い経験であったのも間違いない。

 

「しかし気になるな、あの戦い方からは傷や怪我を考慮しない捨て身な気配を感じもしたが……」

 

 まるで、即座に傷を治せる算段でもあるかのようだ。しかし彼の星辰光は斬撃の延長で決まっている、となれば他にも何か持っているのか、あるいは単に捨て身の気概を持つだけなのか。

 

「まあ良い、その辺りの分析は私よりも魔弓人馬(サジタリウス)の面々に行ってもらえば問題はないとも。こちらはこちらで、集中したいこともあるのでね」

 

 意味深に呟いた男の下にヴァネッサ・ヴィクトリア率いる帝国軍がやって来たのは、読みに違わずきっかり一分後のことだった。

 

 ◇

 

「まさかおまえ程の男が討ち取れないとはな……侮っていた訳ではないが、しかし驚きだ」

「主命を果たせず申し訳ありません。この罰は如何様にでもお受けする所存です」

 

 プラーガから帰還したベルグシュラインは即座に己が主に事の顛末を報告していた。

 結果だけ見れば目的を果たせず逃げ還ったも同然なのだが、しかし大神素戔嗚(ヴェラチュール)はまったく以って上機嫌である。

 

「いやいやまさか、意外だったのは認めるが責める気は毛頭ないとも。むしろ頭も回る光狂いを相手に決定的な情報を漏らさず、的確なタイミングで離脱した判断力を俺は賞賛したい程さ」

「身に余るお言葉光栄です。俺も、あなたの仰る光狂いの恐ろしさを垣間見た気がします」

「そうだろうとも、奴らはいつだって本気だから厄介なのだ。口を開けば人間を舐めるなだの、この程度の負傷がどうだのと喚き、覚醒しては立ち上がり……何度煮え湯を飲まされうんざりさせられたか覚えていないぞ」

「心中、お察しします」

 

 追い詰められたからと呆気なく覚醒していく姿にはベルグシュラインも素直に驚嘆したし、厄介だと感じたものだ。こんな手合いと何度も何度も相対し、追い詰められつつ乗り越えた神祖たちの倦厭ぶりは納得できるものだろう。

 

「しかし、東部戦線のギルベルト・ハーヴェスか……多少はマークしておくのもアリかもしれないな」

「少なくとも直接対決は避けた方が無難でしょう。アレは真正面から戦ってもこちらの損にしか転ばない相手です」

「だろうな。これまでの才覚や低い立場を気合と努力で補う奴らと違い、才能も立場もありながら光に狂った筋金入りの厄介者だ。マトモに相手をするだけ損だろう」

 

 かくして、神祖からの方針は決まった。

 そして同時に審判者(ラダマンテュス)絶対剣士(ティルフィング)の道が交わることも二度とないだろう。

 どちらにも己が関わる舞台があり、本来ならばこうして交わることもない。イレギュラーな出会いは何処までもイレギュラーなまま、一つの経験として終わることで時間の闇へと流れて消えてしまうのだ。

 

 とはいえ……

 

神祖(カミ)にも劣らぬ使い手との戦いは、間違いなく得難い経験になった」

 

 無銘の刀剣にほんの少し浮かんだ笑みは、この出会いも悪くはなかったと如実に語っていたのである。


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