強キャラ感を出したいがために 作:ナラカナ
異様な風貌、そして背中には長巻の刀。人間を蔑んでいた逆髪の結羅でさえもこの人間を目にした時、只者ではない事を察する事ができた。
だが、男がこちらの話を聞いている合間に、両手と両足に、自身のかき集めてきた髪をもってして縛る事に成功した。
人間の何倍も腕力を誇る妖怪でさえも、並であれば由羅の操る髪を引きちぎる事はできない。
彼女からすれば、すでに男を縛った時点で勝ちは取ったもの同然。後は殺して、その兜の中にある髪を手に入れれば、それで終わり。
由羅は愛刀である紅霞を構え、切っ先を男の胸へと差し向けた。
「これで終わりね」
勝気に笑みを浮かべる由羅。今まで通り、身動き取れなかった者達と同じく泣き叫び命乞いをするだろうと、彼女は予想していた。
だがしかし、この男は…
「そうとは限らん」
兜から震えた声で呟いた。一瞬その震えは恐怖によるものだと由羅は認識していたが、それは全く真反対であったことを男が呟いた後の行動で勘違いだと気づく。
「声が震えてるわよ?強がりはやめ…」
「ぬおおおお!!」
獣のように叫んだ男。結羅の指から感じ始めた力を察するに、力任せで髪を千切ろうとしているのだろう。あの震えは自らを鼓舞する武者震いというものであったのだ。
常人の目には見えぬ髪によって、他の者は自身がどの様に囚われているか、斬られたかを簡単に特定することはできない。
だが、この男は自身がその髪に縛られていることに気付いている。それだけでも結羅にとっては評価に値する人間だと思った。
だが残念ながら、結局のところ力がなければ搦手を突破する方法は無い。
「悪いけど無駄な足掻きはやめることね」
結羅は再び紅霞で突き刺そうとする。…が、奇跡を信じられない現象が起きた。
「うおおおお!!」
「えっ!嘘っ!?」
束の様に巻いていた両手と両足を、男は無理矢理引き千切ることができたのだ。妖怪は兎も角、妖力の一欠片も感じ取ることができない男は正真正銘、本当の人間。しかし目の前で髪を引きちぎったという真実は、結羅にとっては怯む程に驚愕してしまった。
「うおおお!!!」
その隙をつき、男は長巻を抜刀してそのまま由羅へと縦一閃に斬りかかる。
「…っ!くそっ!」
我に帰った由羅は反射的に後ろへ引いてみたものの、長巻の刀身はそれでもを巻き込める程に広い攻撃範囲を誇る。
彼女の胴体に血飛沫が舞った。しかし、彼女の魂はある場所に隠されている。故に彼女は不死身であるため、その攻撃は単なる無駄な悪足掻きでしか無かった。
そのまま空中に張った髪へと足をつけて、こちらへと刀を向けた男を睨む。
本来ならば、このままさっさと首を落とすところであったが、彼に対してはそうしない様に決めた。
「嬲り殺しにしてやる」
結羅は見下していた人間に斬られ、自身のもつ矜持を傷つけた。それ故に男への殺意で頭に血が昇っていく。
髪一本一本で締め殺すには、馬鹿力を持つ男には不可能。しかし彼は由羅の操る髪を認知する事はできない。
(こちらの方が圧倒的に有利よ)
そこで由羅は両手を大きく振りかざし、束ねた髪を男へと放つ。彼女の動作に勘づいたのか、男はすぐさまその場から身を引いた。
身を引いた場所は見事に抉れ、まるで鉄球が落ちたかのように穴がポッカリと空いている。
その束ねられた髪は槍の如く鋭く、槍よりも破壊力のある。まさしく凶器そのものだった。
「…成る程」
結羅の一連の動作を目にし、男は静かに呟く。目に見えていない不可視の攻撃は男を劣勢に追い込む程の脅威的なものであったが、男の態度は冷静且つ余裕を含んでいた。
「そうやって調子こいているのも今のうちよ!」
結羅が繰り出すのは、更なる連撃の嵐。一つの操作の精度を落としている為、所々命中しない時があるが、それが余計に男の行動範囲を狭める結果となり、攻撃を見切ることすら叶わない。刀で防ぎながらも、しばらくして肩や脇腹へと突き刺さった。
「くっ…!!」
跪いて怯んでいる様子の男。その弱気な姿を目にした結羅は、満足そうに笑みを浮かべた。
「やっぱり所詮は人間。まぁ私に一太刀入れただけでも、誇りに思いなさいな」
結羅が腕を交差させるのは、最大の一撃を加える為の布石。最後の留めを差すために彼女は地面へと降り立ち、周りにあった髪を掻き集めて槍を形取る。
「これが私の全力の一撃。喰らったら、あんたは木っ端微塵になるわね」
「…成る程、俺をもう殺した気になっているのだな」
男の煽るような笑いを含んだ声。顔は見えないものの男の結羅を見る目は心底彼女を嘲笑っているようであった。
(挑発だ…そうに決まっている。乗るな私)
「…あんた、今自分の置かれている状況がわからないの?何の自信があるのかしら?」
男の放った言葉が挑発であると気づいた結羅。ふつふつと沸き立つ怒りを鎮めながら、男に問いかけた。
自分を冷静にさせるためではあったが、純粋に命の危機が迫っている男の態度に疑問を抱いたということもあった。
「…そうだな」
由羅の問いかけに暫くの沈黙を続けた後、男は静かに答えた。
「単純に見破ったとでも言うべきかな?」
結羅は目を見開く。あの考える余力すらも削ぎ落とすほどの、絶え間ないを攻撃を。男は見破ったと言うのであった。
「何、そんなに驚くほどではないだろう。こちらへと差し向けられる殺気と、その風の流れを読めば不可視であっても自ずと”視る”事ができる」
男は淀みなく喋りながら刀を構えた。その仕草は一寸の震えもなく、まさしく達人の貫禄が為せる技。結羅は男の言っている事が、ただのハッタリではない事を窺わせた。
(…鬼の首を斬ったのも、真実のようね)
「なら、私の全力を込めた攻撃。貴方になら止められると言うの?」
「無論。…だからこそ、やめるべきだ。その攻撃は」
またもや結羅の耳に障る言葉…だが、今度の男は笑いを一つも溢さない切実した口調であり、彼が真剣に警告している事がわかった。
「やめるべきとはどういう意味?」
「その攻撃は斬られてしまえば、使えなくなってしまう。いわば有限なのだろう?それで今からしかけてくるであろう、最大の攻撃は斬ってしまえば、お前は武器を持たなくなってしまう」
「…だから何?私にはまだこの紅霞があるわよ」
「…剣技で俺に勝てるとでも?」
正論であった。唯一優位性を保っていた由良の能力も消えてしまえば、逆転されてしまうのは目に見えてしまう。鬼の宝刀である紅霞も、男に対しては付け焼き刃の何物でもない。
「結果は見えている。だから…やめておけ」
「…私はまだ負けていない」
呼びかける男へ、由羅は自分の口から驚くような言葉が出てしまう。今までは飄飄と獲物を狩り続けて生きてきたつもりであったが、こうまでして負けず嫌いだったか。腑に落ちないが、これが鬼の血筋なのだろうと納得した。
「もう一度言う、やめておけ」
「くどいッ!!」
紡がれる男の言葉を結羅は遮り、大きく腕を振りかぶって、遂に髪の槍を射出した。
彼女自身でもふと我に振り返ると、驚く程に威力の増した一撃。
(これならば…あいつを貫ける!)
元々刀は切れ味に特化した刃物。打ち合いなどは不向きであるため、例え男の持っている刀が上物であろうとも、結羅の攻撃は到底防ぐ事はできない。
ましてや一撃に全ての力を任せている為に操作する精度も高く、避けようなども考えても追尾して背後から串刺しにしてしまうのは容易い。
「終わりだっ!!」
打つ手のない男。結羅は勝利を確信する。だが男は動じずに刀を頭上へと伸ばした。そのまま身動き一つとせずに待ち構えている。
(まさか、斬ろうとしてるの?)
それならば、その男の行動は1番愚かな選択肢であった。彼は結羅の髪を自身の勘によって視えるようになったと豪語していたが、それはあくまでもさっきまでの話。今は速度も威力も違う攻撃を1発で読み取ることなど妖怪ですら、限られた実力者しかいない。
(残念ね、あんたの悪足掻きは虚しく終わる事になるわ)
髪の槍が蛇のようにうねりながら、男の胸まで近づく。それはもはや一寸先であり、避けられようもない距離。頭上に伸ばした刀を戻しても防ぎようのない速さ。
…だがその男は。
「ハァッ!!」
それすらも超えた、縦の一閃を繰り出してみせた。一気に周りの風圧で、草木は舞い上がる。
(これがあいつの本気なの!?)
最初に結羅を斬った時とは比べにもならない衝撃波。妖刀でもなく、ましてや何かに力を借りている訳ではない人間が、拘束を力づくで破ったり、渾身の一振りで衝撃波など到底起こせるものではない。
土煙が収まりを見せ、徐々に視界が良くなっていく。
「…っ!」
そこから結羅の瞳に映ったのは刀を振り下ろした男の勇壮たる姿と、無数に散らばってしまった、結羅の操った髪の毛である。
その光景を見た結羅は力なくへたり込む。全力を尽くしても、尚倒れる事もなく立っている男。彼女はそれが乗り越えることのできない壁のように錯覚した。
「ふふ…」
思わず、渇いた笑いを零す結羅。彼女にとっては、この世に生を与えられた時から殺すか生きるか、食うか食われるかの弱肉強食の中で生活してきた。
勝負の世界など、結羅には到底関わる事のないものだったのだ。だが、今になって彼女は漸く理解する。勝ちと負けと言う感情を。
(完敗だわ)
そして負けた時の悔しさも。本来は結羅の目的は男の髪を手に入れる為に襲いかかっていたはずであった。それが途中からは男との戦いに固着し、もはや頭の中には当初の目的は消え失せてしまっていた。
(ほんと、血が上っていたのね)
今までとさっきまでの自分の剥離に驚きと呆れを感じながら、結羅は男を見つめる。刀を鞘に戻しながら、彼女へと近づいて来ていた。
彼女は不死身…であったが、それは殺され続けても耐えられる精神力を持ち合わせなければ、永遠の地獄となる。結羅はぼんやりと眺める。抵抗するに力は持ち合わせていなかった。
(次戦う事ができるなら、次は勝ちたい。…叶わない夢だけれども)
一抹の願望を胸に秘めながら、顔を上げる。そこには男が相変わらずに重苦しい兜で結羅を見下ろしていた。
「私の負けだわ。さ、殺すなり焼くなり、好きにどうぞ」
男が飽きるまで、恐らく嬲られてしまうのだろう。もしくは自身の心が壊れてしまうまでか。
その苦痛を覚悟した結羅は静かに言葉を紡いだ。
「成る程、好きなようにか」
彼女の言葉を聞いた男。結羅は気のせいか、兜越しに表情がニヤついているように見えた。
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