所変わってここはマミの自宅。
移動の最中にマミの誤解を解くことには成功したが、未だ半信半疑のようで、信じきっていない節がある。面倒になった永遠はそれ以上は何も言わず、マミの想像に任せることにした。
「ずかずか堂々と家の中に入っておきながらなんだけど、私を警戒したりとかしない訳? 実は信用させて魔法少女狩りをするための口実で、今までのは全部嘘ってこともありえるかもよ?」
「あら、そうなの?」
「違うけど……」
「大丈夫よ。もし仮にそうだとしても、私、あなたが思っている以上には強いわよ」
この前の魔女戦で喰われかけて死にそうになってたくせにと、心の中でだけ文句を言う。
実際に実力はあるのだろう。この前は油断だか慢心だか知る由もないが、たった一度の失敗なだけで。経験に裏打ちされた実力があるのは大凡予想がつく。だからこそ、その一度の失敗はあってはならないことだけど、と彼女は心の中で呟く。
「何か言いたいことでもあるのかしら」
読まれていた。
どちらにせよ、ここはマミにとっての文字通りのホームであり、永遠にとってのアウェーであることには変わりはない。
さすがに無いとは思うが、ここで不用意な行動をとることによって事前に設置したトラップによって痛手を負わないとも限らないのだ。どう有利な方向で考えても最終的には永遠自身がやられる図しか想像出来なかった。もちろん、永遠本人はそんな無意味な行動をするつもりなど全くなく、まさに杞憂で片付けられる事案ではあるのだが。
それよりも、年下である中学生にいいようにされている自分がなんとも情けなく思う。しかしよくよく考えれば故郷のことを思い出すと今も昔も大して変わってないことに気づいた。
「お茶を淹れるから、そこで座って待ってて頂戴」
リビングに通され、永遠はお洒落なソファに座って待機する。キッチンへと移動したマミが居なくなることで、その場には永遠ひとり。若干そわそわしながらも、部屋の全体をぐるりと見やる。
広い部屋だ。家具はあまり多くないものの、装飾品が至る所に設置されているので、いい意味で広さを感じさせない。ソファの横から後ろへと続くロフトへの階段の先にはちらりとベッドが見える。
大方、この一部屋だけで生活の大半が完結するようにしているのだろう。玄関からこの部屋に来るまでにあったいくつもの扉は、風呂とトイレを除けばあまり使われていないのかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えながら部屋を再び見回す。それにしても広い。こんな広い部屋にマミは一人で住んでいるのだろうか。永遠はふと考える。マンション自体は3階4階建ての単身用のアパートという訳ではなく、マンションの大きさからイメージする通りの世帯用の大きさだ。そんなところに「巴マミ」の表札が掛けられ、女子中学生が一人で、住んでいる。
そこまで考えて、ひとつの可能性に至る。なぜ中学生の彼女の名前が表札として掛けられているのかも、なぜ一人でこのような広い部屋に住んでいるのかも。それは--魔法少女の運命は、大なり小なり、”不幸”がついて回るからだ。もしかするとそういうことなのかもしれないと、それ以上の思考を停止させる。その可能性に沿って考えれば、今までのマミの行動に納得がいくものがあるからだ。
「お待たせ。紅茶しか出せるものがなかったけど、いいかしら。お茶受けは、あり合わせのもので申し訳ないのだけれども」
「あ、いえいえお構いなく。どうせ他の子たちが来るまでの間だし」
半ば強引に連れてきたのはマミであるが。そこは言葉の綾というものだ。
どうぞと促されてカップを持ち上げる。なにやら高級そうな見た目にいい香りの紅茶。カップはよくよく手入れされていて、渋のひとつもなく、白磁のように綺麗な白におしゃれな彩り。肝心の中身もその香りに負けない、しかし主張しすぎない穏やかで控えめ、かといって薄すぎない、飲みやすい味だ。たとえ毒が入っていても気にせず飲んでしまいそうだ。……実際のところ毒が入っていたところで、魔法少女たる彼女には何の影響も与えないが。
本来の目的を忘れてしまいそうになるが、とりあえずはもう一口。永遠自身舌が肥えている方ではないが、それでも分かる美味しさ。淹れ方が絶妙なのだろうか、とにかく飲みやすく、良い味がすることは永遠でも理解できた。
「早速だけど、本題に入らせてもらってもいいかしら」
カップをソーサーに置いて一息したところを見計らうように、マミが口を開く。そうだ、ここにはただお茶を飲みに来ただけではないのだ。
マミにとっては目の前の魔法少女、宮湖永遠という存在が果たして利する秀でた者か害なす愚か者かを見定めなければならない。それは見滝原を守る魔法少女としての義務であり、また自分を守るための方略でもあった。永遠の目的がはたして言葉通りなのか、自分を含めた見滝原の魔法少女たちと候補生たるまどかに真に友好か。見定めなければ、ならない。
「まず改めて。もう一度あなたの目的を聞かせてもらえるかしら」
軽く咳払いをしてから、永遠を真っ直ぐと見据えてゆっくりと口を開く。
「あなたが暁美さんと協力して何かをしでかそうというところまでは以前聞いたわ。その内容と、理由をもう一度、詳しく聞かせてもらえるかしら」
若干の遠慮が見えながらも、嘘やとぼけることを許さない雰囲気を醸し出すマミに、永遠は同じく姿勢を正し、目の前の少女と正対する。
少しの間、目を閉じて思考を巡らせる。それはこの場を切り抜けるための言い訳を考えるためではなく、今までの記憶を想起させ、その時感じた後悔、恐怖、諦観、そして絶望。その全てを思い出す。
時間にして10秒にも満たない時間。それからゆっくりと目を開いた永遠は、そのまま言葉を紡ぐ。
「ーー今から大体2週間後、かな」
この街に、ワルプルギスの夜が来る。
簡潔に、淡々とその事実を述べる。未来の事なのに事実とは、と考えるかもしれないが、少なくとも永遠はあれほど何度も経験したあの出来事が偶然で終わるとは考えられなかった。確定した事実として、現実として起こる。
だからこそ、あの時起こった全ての出来事は繰り返された。どれだけ動いても、何をしても、全てが予定調和かのように繰り返される。
「名前くらいは聞いた事があると思う。超弩級の、最強最悪の魔女。最凶の災厄を振りまく、天敵の中の天敵。不倶戴天。あれが、ここに来る」
それは確実で、確定した未来。
何度も何度も繰り返される同じ時間で、何れの例外もなく現れた存在。熟れたりんごが木から落ちるように、当たり前のようにこの街へと"あれ"はやってくる。
避けようの無い滅びも、嘆きも、それが役目であるかのように撒き散らす。
その度に、事実を噛みしめなければならなかった。彼女にとってワルプルギスの夜という魔女の出現は、その時点で彼女にある一つの絶望を植え付けているからだ。
否応なく繰り返される1ヶ月。辛いと思うことは何度もあった。それでも、諦めなかった。好機だと無理矢理納得し、たった一つの出来事を覆すために奮闘した。
それでも変わらなかった。どれだけ試行錯誤を繰り返しても、結果は一つに収束する。どれだけ、何を変えようとも、それを反すことは出来なかった。
「私の目的は、あいつを、ワルプルギスの夜をなんとかすること。……勘違いしないで欲しいのは、これは別にこの街の為じゃない。私の為」
結局、彼女は逃げ出した。
変えることのできない現実から。覆すことのできない事実から。なにをどうやっても出来ないのなら、もうそれから目を逸らしてしまえばいい。
その結論が、彼女が見滝原へと足を向けることの理由となった最たるもの。
しかしそれでも、永遠は逃げ出した”それ”から手を離すことが出来なかった。逃げ出しても、手放すことはできない。彼女にとって、大事なものだから。辛い現実から逃げ出しても、心から消すことはできないし、いつまでも大きな比率を持つそれは、彼女にとっての生きる意味でもあった。
とても、とても大事なものだった。しかしそれでも収束する結末に耐えることが出来ずに、逃げ出した。
それが彼女を苦しめる。葛藤として、罪悪感として。アンビバレントな、両義的な感情が彼女の心を内から責めていく。
だからこそ、彼女は見滝原での行動を全て正当化しなければならない。
一つの命を捨てたのだ。
多数の命を救えなければ、この決意に何の意味もなくなってしまう。
失敗はすなわち、彼女自身の全てを否定することに繋がる。宮湖永遠という魔法少女の苦悩の末の決意は、ただの無意味な悩みなのだと。
そんなことは許されない。
「あの子、暁美ほむらが時間を繰り返しているのは、ほぼ確定だし、それによって私もその繰り返す時間の旅に巻き込まれたのは事実」
耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ。
次はきっと上手くいく。今回は絶対に失敗しない。そう自分に言い聞かせて何度も何度も、勝手に繰り返される時間の中で、未来を変える為に努力した。
そんな彼女の奮励を嘲笑うかのように、結末は常に一定の結果を返す。
繰り返すたび、彼女の心はすり減る。
今回こそ、絶対に救ってみせる。今回も、どうせ駄目なんだ。
「私はもう時間を繰り返したくない。あの子が何を思って時間を繰り返しているのか分からないけれど、少なくとも、ワルプルギスの夜が関係しているのは間違いじゃないと思う」
限界が近いのは彼女自身理解していた。
自分のことは誰よりも自分が一番よく分かる。その言葉の通り、心と身体に違和を覚え始めたのは何度目の繰り返しか。
日常生活の中でのソウルジェムの濁る速度が早くなり、今はまだ支障はなくとも、それがさらに不安を彼女に植え付ける。
「ワルプルギスの夜を撃破し、暁美ほむらを救うことが、私の救いに繋がる。その結果、この見滝原に訪れるはずだった壊滅的な被害がなくなるのは、私にとっては飽く迄も副産物みたいなもの」
救わねばならない。
誰よりも、何よりも、自分を。
このままでは自滅の未来しか待っていない。
あの子を見捨てた自分の価値は、今や他の誰かを救うことでしか見出せない。
暁美ほむらを、そしてこの見滝原を。
一人の少女、一つの街さえ救えないような自分が、この先あの子に顔向けなど、何があっても出来るはずがない。
だから。
救うのだ。
「ワルプルギスの夜は知っての通り、他の魔女とは訳が違う。私たちみたいな普通の魔法少女が単体で挑んで勝てる相手じゃない」
そのための唯一にして最も大きな障害。それが、ワルプルギスの夜。
一線を画したその存在は、腕に自身のある彼女とて一人で勝てるとは到底思っていない。
「だからこそ、私は奴がここに来るよりも先に訪れて、あなた達見滝原の魔法少女と対ワルプルギス同盟を結ぼうとした」
綿密な計画ではなかったが、行動は早くに起こすに越したことはないと決意し、ループの開始直後から動き始めた。
見捨てるための準備を、救うための準備を。
心が痛み、いつか対峙するであろう巨悪に恐れ、何度も涙を流して声をあげて人知れず泣いた。
悲しい悔しい怖い恐ろしい逃げたい何もしたくない。
それでも、立ち向かうことを決めた。
現実を直視し、それを変えるのだ。
「三人……いや、もう四人だね。この四人でいけるかどうかは分からない。だけど、私は勝たないといけない。誰のためでもない。私のために」
救いを与えるために。
「もう私は、何度も繰り返してきたこの一ヶ月にもう限界を感じている。この先も何度も耐えられるとは思わない。だから」
勝つ。
負けてられない。
永遠はそう言い切る。
強い意志を以て目的を完遂する。
その為に、手段を正当化する。"何があっても"救いを手にするまで。
「……」
マミは口を挟むことなく、静かに永遠の話を聞く。
「つまり、私がこの見滝原に来た理由は、私自身の救済のため。目的は、ワルプルギスの夜を退けること。その為の同盟を結びたい。これで分かってもらえたかな」
その表情に揺らぎはない。
決意は変わることなく、ただひとつの収束点へと向けて邁進するのみ。
為せば成る。ならば、為さねばならぬ。だから今ここに私がいるのだと。
その目を逸らすことなく、そう言い切る。
「話はおおよそ分かったわ」
だけど、と続ける。
マミの表情はまだ硬い。
信用を得られたとみるには厳しい。まだ、足りないか。
「その話を、私が信じるための材料はあるのかしら」
ない。
永遠はきっぱりと言い切る。
「客観的に判断出来る、確実な証拠となるようなものはない。強いて言うならば、私という存在そのものが証拠であり証明であると言えるかな」
「裏付け出来るものがない以上、そんなものを私が信じるに価しないわ」
マミの言うことも尤もでありそれは永遠も自覚していた。証拠を見せろ、証明しろと云われたところで何も示せるものがないのは初めから分かっていた。
信じてもらえないのなら、行動で示すしかない。
簡単だがそれでいて難しい。
だけど今の自分に出来ることはそれしかない。
この街の魔法少女の利益を守りつつ、自らの目的のために舞台を整える。
「まぁぶっちゃけると、いまの私の話を信じようが信じなかろうが、それは私にとっては大きな違いはないんだよね。ただ一ついうならば、信じておいた方がお互いの利益になるし、後々苦労しないってだけで」
飽く迄も、彼女の目的はワルプルギスの夜を退けることにある。見滝原の魔法少女たちの信頼を得ることは手段に過ぎない。
ただ、信用を勝ち取ることで彼女の言葉を信じる土台ができればーーそれは大きなリターンとなる。目的の達成確率が大きく跳ね上がることに繋がり、それは永遠にとっては願ってもいないことだ。だからこそマミから信用されるように、昨日も全力で助けたのだ。
助けること自体に見返りなどは全く求めていないが、それでもあわよくば…という思考が無いわけではない。下心なく助けたつもりであっても、実際のところはそういう打算を完全に取り払ったものであったかと問われた時、躊躇うことなく首を縦に振ることができるかといえば、それは否であると答えるしかない。当時は無心で助けたとしても、今冷静になって思い返すと……。とどんどん自分の行動に自信がなくなっていく。
心の中だけでため息をつく。自分はこんなに打算的な人間だっただろうかと。損得をこれほどまでに考える人間だっただろうかと。そんな自分に嫌気が差すが、自己嫌悪に陥っている暇はない。今やるべきこと、それを為さねば意味がない。
「私の目的は、ワルプルギスの夜の撃破もしくは撃退。少なくとも、この街への被害を最小限に抑えること。そしてワルプルギスの夜がどうしてこの街にやってくるかを知っているのかは、私が何度も時間を繰り返しているから。私と組むメリットは、ワルプルギスの夜に関する情報の少しなら出せるし、なによりも戦力になる。こう見えて私もそれなりにベテランの魔法少女だし、そこらへんの魔女には負けないくらいの実力は持ってる」
私から話せるのはこのくらいかなと、言い切ったとばかりに息を吐く。
マミは考えるような素振りでしばらく動かない。そんなマミをじっと見つめる永遠。
そこでふと思い出したかのように永遠が口を開く。
「私と組むメリット、とかそういう話ってわけじゃないけど。ほむほむ……暁美ほむらとは仲良くしておいた方がいいよ。少なくとも、あの子はこの街にワルプルギスの夜がやってくるまでの期間をこの街で過ごしてきたと思われる。だから、今後ワルプルギスの夜がやってくるまでの間に起こるあらゆる事象を知っている筈だよ。いつ、どのタイミングでどんな魔女が現れるのか。それに対する有効打、対策、その他もろもろetc... 未来の事を知識として知っているというのはとても大きなアドバンテージであることは疑いようがない。情報はいつだって最強の武器だ。どういう形であっても、この街を守るつもりならあの子との接触はもっと増やすべきだと私は思うよ」
目線だけを永遠の方へと遣り、再び考える人へと戻るマミ。
これ以上は下手に何かいっても逆効果だと感じた永遠は何をするでもなく、部屋の中とマミとを視線を行ったり来たりして時間が過ぎるのを待つ。
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沈黙がまたしばらく続こうとしたところで呼び鈴が部屋に鳴り響き、二人がぴくりと反応する。まどかとさやかがやってきたのだろう。マミは永遠に断って席を外し、インターホンの許へと向かう。
来客と簡単なやりとりをするマミの後ろ姿を見やりながら、永遠は大きく息を吐く。
厳しいところだ。
少なくとも昨日の感触ではもっと信用を得ていたように感じていたのだが、それは彼女の勘違いだったのだろうかと項垂れる。ーーままならないものだ。だけど、止まっている時間はない。うまくいかないまま時間が無為に過ぎてしまうのであれば、第二第三の案、場合によってはそちらの案の実行を考えておかねばならない。
彼女がそう決意したのと時期を同じくして、マミが二人を連れてリビングへと戻ってきた。
手提げの鞄とリュックサックにそれぞれの荷物を詰め込んでいるであろうまどかとさやかが、リビングに居座っている永遠に気づき、軽い会釈を返す。永遠もそれに手を振って返し、手招きと共に立ち上がる。
「こんばんは。さっきぶり。先に始めちゃってるけど、気にしないでねー。ささ、荷物はさっさと置いて、こっちにおいで」
二人のぎこちなさそうな素振りの理由が、この部屋に自分がいるという事だけではないということを信じて永遠は二人を歓迎する。さすがにこれだけの人数がいれば、気まずい沈黙が訪れることはないだろうという希望的観測もある。
マミが二人分の紅茶を淹れている間に、永遠はじっくりと二人を観察する。
正体不明の永遠に物怖じすることなく話を聞きに行った肝の据わっている少女ーー鹿目まどかに対して彼女はそんなイメージを抱いていたが、いま目の前にいる子からはそんなイメージを全く想像できないような、まさに少女そのものという印象を受けた。
対して新米魔法少女たる美樹さやか。この二人は仲がいいのか、寄り添うようにくっついている。はてと考えたところで、もしや自分が原因かと永遠は結論づける。何か手を出そうものなら、新しく手に入れた魔法少女の力で対抗してやるぞと。まどかを庇うような位置に座って警戒心を隠しきれていないその瞳を見て、永遠はそんな印象を受けた。
「うーん、よし。じゃあ改めて自己紹介しようかな。私の名前は宮湖永遠。ここからちょっと遠い、大城市ってところで魔法少女をしてるよ。歳は16歳。高校2年生です。契約したのが中1のときだから……もう丸々4年以上は魔法少女をやってるかな、そう考えると長いね」
指を折って数えてその年月を実感する。思春期といえるその期間をすべて丸々魔法少女として生きてきたのだ。何も思わない訳がない。
「電車に乗ってこの見滝原まで来たんだけど、ここって本当に凄いところだよね。私、毎日感動の連続だよ。いい街だね。で、そんな私がなんでこの街に来たかというと……」
説明を続けようとしたところでマミがトレイを持ってリビングへと戻ってくる。新しくやってきた二人分のカップと何やらケーキのような物がみえる。もちろん、人数分あった。
「その話をこの二人にするのは、もう少し後にしてもらってもいいかしら」
無闇に不安にさせるようなことは言うなという言外の圧力。それを理解した永遠ははいはいと返事してカップに口をつける。
マミはマミで新たにやってきた二人と当たり障りのないような会話を二、三続けたのちに表情を引き締める。
そしてさやかの方へと向き直り、言葉を続ける。
「早速だけど美樹さん。お話を聞かせてもらっても、いいかしら」
見るからに居心地が悪そうに視線を泳がせて、必死にこの現状をなんとかしようと頭を働かせて試みるさやかだったが、妙案が思いつくこともなく、諦めて正直に答えることに決めた。それが一番無難であり、正しい方法であると理解したためだ。
「あたしも、マミさんに相談してから契約するべきなのは分かってたんですけど、どうしてもそんな時間も惜しい事情がありまして……」
それは誰もが理解し、すでに承知の事実であった。さやかに先走る気があるのは承知の上だが、それだけではなく冷静な部分も持ち合わせている。そんなさやかが親友のまどかにすら相談することなく、独断で契約を敢行した。
「さやかちゃん……」
「治らないんだってさ」
少しの間、悩んでいた素振りを見せていたが決意したかのようにおもむろに口を開く。その声色は硬い。
「恭介の腕が……事故で怪我したあたしの知り合いの腕が、いまの技術じゃ治る見込みがないって言われたみたいで。落ち込んで傷心のところに、あたしが傷口抉るようなことしちゃって……」
記憶を探るかのように、目を閉じながら言葉を続ける。その表情は先ほどよりもさらに少し硬くなっている。
目を開いて、無理に作った笑顔を見せる。苦笑い。
「契約のための願い事候補って他にもいろいろあったよ。でもさ、本当に叶えたい願い事が何なのかって考えた時に、答えはひとつしかなかった」
一拍置いて、言葉を続ける。
「あたしは、恭介のために契約する。あいつが、またバイオリンを弾けるように。あの音色がもう一度聴きたかったから、みんなに聴いて欲しかったから、あたしは契約した」
顔を上げてマミと正対する。その瞳に弱々しさや迷いはない。強い決意と、意思がそこにあった。
「この選択を、あたしは後悔しません。恭介のために契約して、魔法少女になって。……秘密にしなきゃいけないのは、ちょっと辛いですけど」
それでも。
さやかは言葉を続ける。
「あたしは戦います。あたし自身のためとか、恭介のためとか、そういうのはいまいちよく分かんないけれど、あたしは、あたしが守りたい世界を守る為に戦います」
眩しいなぁ。永遠はそんなことを思った。
魔法少女のあるべき姿っていうのはこういうものだなと一歩引いた立場から考える。自分の願い事も綺麗事じゃなくて、こんな風に本当に綺麗な願い事だったら今みたいな苦労はしていないのかなとふと考える。
だが今の願い事がこの出会いを生み出している事を考えると、人生というのはどこでどう歯車が噛み合っているか分からないものだ。これも運命ってやつかなと頭の中で考えつつ、話し合いの様子を見守る。
マミはそんなさやかの姿を見て観念したかのようにため息をひとつ。
「あなたが決めて、後悔しないという自信があるのなら、私が言うことはもう何もないわ。けれど、忘れないで」
しかしその表情は決してくらいものではなかった。
「魔法少女というのは、決しておとぎ話のようなものじゃないの。自由な時間も限られるし、普通の生活はもう出来ないと思っておいて。もちろん、魔女と戦う以上死の危険も付きまとうわ。……この前の私のようにね。美樹さん、私の手を握ってみてくれる?」
意図を掴めず疑問を頭に浮かべながら、言われた通りにマミの手を軽く両手で握る。
「ほら。あの時を思い出しただけで、怖くなって震えるのよ。情けないと思わない? 先輩面しながら、あんな無様な姿を見せて。いざあの時のことを思い出すと怖くなって身体が震えて動かないのよ。……本当のことを言うと、今日の魔女との戦いだって行くのを迷ったわ。また怖い思いをしたらーー。また死にそうな目にあったらーー。そう思うだけで、足が竦んで動けなくなったわ」
うっすらと涙を浮かべるマミの姿にその場の誰もが声をかけることが出来なかった。死の恐怖はそう簡単に拭えるものじゃない。何度も死にかけて、本当に死にかけた経験を何回も味わってきた永遠はそれがよく分かる。自分だってマミと同じだ。死の場面を想像しただけでもう戦えなくなるほどに身体が言う事を聞かなくなる。だけど、それを無理やり動かす。それが出来るのが魔法少女であり、宮古永遠という少女であった。
泣いて、叫んで、もう嫌だと駄々をこねて。誰も代わりになってくれる人はいない。望んで成ったこの身だ。それでも思ってしまう。なんで私が。
道に迷った幼児のように、涙を流しながら魔女を追う。そんな世界だ。
「そんな世界なのよ。……それでも、私と一緒に戦ってくれるかしら?」
「もちろんですマミさん。あたしは恭介がまたバイオリンが弾けるようになって、それでいろんな人に聴いてもらって。あいつがまた多くの人に感動を与えられるような。そんな世界を、守りたいんです。あたし自身の手で守れるなんて、これ以上やりがいのあることなんて、ありませんよ」
その眩しい笑顔は、初々しくも覚悟を決めた強い少女の持つものであった。
「じゃ、次私の話してもいい?」
完全においてけぼりになっていた永遠が、ここぞとばかりに話に入り込もうとする。ここでいかねば多分ずっと置いてけぼりになってしまうと思ったからだ。
「と思ったけど、ちょっと休憩してからにしようかな。重っ苦しい話ばっかりだと、せっかくのケーキも美味しく食べれなくなっちゃうし」
続