ジョハリの窓   作:碼椙 柊

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認識論的信頼(Epistemic trust):他者からもたらされる社会的世界についての情報に対して私たちが持つ信頼のこと


12話「認識論的信頼-Epistemic trust-」

 

 

 

「じゃあ改めて、私の目的を話すね」

 

 手に持っていたカップを机に置き、三人を一度見遣ってから、徐に口を開く。

 

「私の目的は、これまで通りに、この先も私の人生が問題なく進んでいくこと。この街にワルプルギスの夜が現れた後も。その為に必ず達成しなければいけない目標が、時間を繰り返す要因の排除。まぁこれは今の所の目星だと、ほぼ必然的にワルプルギスの夜の撃退になるね。倒せればさらにいいけれど」

 

 厳しいよねぇ絶対。ため息を吐きながら彼女は呟く。

 遠目でしか確認できていないが、あれは確かに別格だと見るだけで分かってしまう。魔女というカテゴリに本当に入れていいのかと思うほどの存在だ。無策で勝てる相手じゃないのは本能が理解してしまっている。あれほど離れていながら、その脅威を感じ取れるほどなのだ。はっきりいってまともじゃない。

 

「で、まずもって私の目的を達成する為に、まず同じ時間を繰り返す原因を突き止める必要があった。その結果、私がここに来る前に理解できた範囲で『ワルプルギスの夜がこの見滝原に現れてしばらくして』時間の逆行に巻き込まれることが分かった。というわけで現時点での最も高い可能性の原因はワルプルギスの夜。そして時間の逆行を実行した魔法少女は恐らく、見滝原もしくはその近くにいる。そこまで考えて、私はこの見滝原に来た」

 

 そして暁美ほむらという魔法少女に出会った。暁美ほむらが時間を繰り返し、それに自分自身——宮湖永遠——が巻き込まれているという構図も確定した。

 

 ならばその暁美ほむらという少女が時間を繰り返さないようにすればいいという結論に至るのはごく自然。

 次の問題は彼女はなぜ繰り返しているのか。ここが彼女はまだ分からない。永遠自身の推測では、街か人か、はたまた全く別の何かか。おそらく何かを守ろうとしているということは感づいていた。それが叶わなかった結果、彼女は時間を巻き戻す。自身の考える、最良の結果にたどり着くために。

 

 彼女が知る限り、時間逆行の要因となる結果は複数あった。ワルプルギスの夜が街を飲み込むパターン、街と相打ちになるパターン、ワルプルギスの夜を超える新しい魔女が現れるパターン。この三つが存在している。直近の、前回のパターンで言えば、三つ目だ。ありえない程の魔力を感じたと思ったら、そこにはもうワルプルギスの夜はいなかった。そして代わりにもっと巨大な、恐ろしい魔女が鎮座していた。その姿を見て永遠は正直なところ、絶望しかけた。初めてあれを見て、偶然だが誰かの能力に巻き込まれる彼女自身の能力がなければ、そこで命を絶っていたかもしれない。

 

「何度も強調するけど、私はグリーフシードに起因する縄張りというものには全く興味がない。だから一般人に被害が及ぶ場合を除いて積極的に魔女を狩るつもりもない。常識的な範囲で活動する分には、自分の活動分はちゃんと持ってるから。ただただ、私の目標が達成されればいい。本当にそれだけ。だからこそ、この街を護っているあなたに協力してほしい。いや、協力したい。この街をいずれ呑み込まんと現れるワルプルギスの夜。あれの排除を手伝いたい」

 

 そう。本当にそれだけなのだ。永遠にとって、必要なことは。

 普通に人生を歩みたい。その為の障害となるものを取り除く。見滝原に来た理由にそれ以外は存在しない。むしろ、この理由さえなければこの先も関わることがなかったかもしれない街だ。

 

 だけど、今はそうではない。知ってしまった。見てしまった。どういった形であれ、選択せざるを得ないのであれば、やるしかない。

 

 

「あ、あともう一つ話すことがあるんだった」

 

 思い出したかのように手を叩き、まどかとさやかを見やる。

 

「堅苦しい話は一旦終わりにして、と。次の話題だね。今から話す内容は持論だから、それほど真剣に聞いてもらわなくてもいい話。聞き流してもらっていいんだけどね」

 

 ケーキを頬張りながら、永遠は軽い調子で話し始める。

 

「私たちの魔法っていうのは、基本的に自分のために使うものなんだよ。何があっても。だから、唯一のものである、契約時の願いもそうであるべきなんだよね。

 他人のために使っちゃいけないとは言わない。けれど、そんな使い方をして、本当に自分はそれでいいのかって疑問がいつしか現れる。自分の願い事はあれでよかったのか。自問する時が遅かれ早かれ、きっとくる」

 

 まるでそんな時期が自分にはあったかのような口振りに、周囲は息を飲む。そう、彼女は実際にその問いに直面した時期があった。今はもう過ぎた話だが、彼女にとって自身のアイデンティティを揺るがす程の問いに自ら当たった過去があるのは事実であった。

 

 悩み悩み、悩み抜き、そして出した一つの答え。正しいかどうかよりも、それが自分にとって何を意味するのか。

 難しい考えよりも、自分が納得出来たその答えに彼女なりに満足していた。否、満足せざるを得なかったのだ。もっといい願い事があったのではないか、もっと上手くやれたのではないか。そうした悩みは過ぎた過去をいつも引きずらせる。故に、それで良かったと無理やり納得しなければならない。幸いなことに、彼女の場合はそれほど深刻に考えるほどのものでもなく、過去の自分と折り合いをつけていくことに大した労力を要しなかった。

 

「100%他人のために魔法を使える魔法少女なんて、絶対にいないよ。下心がない訳がない。魔女退治をすれば結果的に命を救える。けれど、私は他人のためにそれをしている訳じゃない。魔女を倒してグリーフシードを集め、生き延びるため。そうしなければ、生きながらえる事が出来ないから仕方なく」

 

 卵が先か鶏が先か。

 自分が救った結果としてグリーフシードがあるのか。グリーフシードを得るために結果的に助けることになったのか。

 魔法少女という存在になった以上、ソウルジェムは彼女自身の生命線であり同時に大きな弱点でもある。魔法少女という自身の存在を生きながらえさせる為に魔女を狩らなければならない。魔女という存在は魔法少女にとって忌むべき存在であると共に、無くてはならない存在でもあるのだ。

 そんなの嫌だと駄々をこねたのはどれほど前の話か。懐かしむ程にはまだ時間が経っていない。

 それでも折り合いをつけねばならなかった。自分なりに納得の出来る理由を探して、作り上げた。

 

「まどかちゃん。さっきの質問の答え、今答えるよ。

 ……他人のための願いごとっていうことに、良いも悪いもない。ただ、そこに自分の意思があるか。そこに後悔はないか。その選択をした自分を誇れるか。

 イエスと答えられるなら、それはもう誰にも侵されない、尊いものだ。そうでないならば、……忘れちゃだめ。自分がなぜその願い事をしたのか、を」

 

 真剣味を帯びた表情と声色に、だれも口を挟むことはできない。

 少しばかりの沈黙が流れ、そしてそれを破る声。

 私も、他人のために願ったよ。

 徐ろに口を開いた永遠の言葉。

 

「ありとあらゆる皆が、今よりも少しでもいい世界で生きられるように、って。だから、私は暁美ほむらという少女の後悔に巻き込まれている。彼女の考える、こんな世界はいい世界じゃない。もっといい世界があるはずだっていう意思に巻き込まれて。トライアンドエラーの繰り返しなのかな。次は今よりきっとよくなるに違いない。あの子はそう考えているのかもしれない。

 でも、私はそれに対して不満はないし怒ることもない。だって、こんなことがなければ、私は暁美ほむらという少女の存在を知ることができなかったし、その苦悩を一生知らずに無視したかもしれない。なら、こうなったのは偶然でも必然でもなく、自然の摂理そのものだと云えるんじゃないかな。運命、って言葉はあんまり使いたくないけど、まぁなんていうんだろうね。そういった類のものなのかもしれない」

 

 その中で、彼女も避けられぬ後悔を繰り返す。なぜ、どうして。

 物語の歯車は全てが綺麗に嵌るように出来ているのかと考えずにはいられなかった。

 

「私が考えた先に結論として出たのは、どういう形であれ、その時最良だと思えるものを願い事にしたはずなんだ。だから、自分にとっては最良の願い事を他人にどうこう言われる筋合いは無いと思う。でも、人って一人で生きるものじゃないからね」

 

 そこんとこが難しいんだよね。

 ため息を吐きながら困ったような顔で少し笑う。

 

「人の幸せって他人を踏みにじって得るものじゃないっていうけど、自分が手に入れた幸せのおかげで、みんなが本当に幸福になってる? 誰か一人でもその幸せによって不幸になってない?

 そんな感じで、長く魔法少女をやっていると、悩むときが出来ちゃうわけ。まー、私たちは悩み多き乙女な思春期なんだし、それ以外でもいろいろ悩むんだけど、それに加えて魔法少女の悩み。もう訳わかんなくなっちゃう。頭のなかごっちゃごちゃ。手当たり次第に八つ当たり」

 

 いろいろ迷惑かけたなぁ。

 そう昔でもない、ほんの少し前の過去の出来事をしみじみと思い出すかのように呟く。

 

「でも、だよ。それでも。私がいまここにいる通り、紆余曲折があって私という存在と魔法少女というアイデンティティは完全に一致した。過去のいろいろを受け止められる程度には成長できたかな、というのが今の私」

 

 そんな私が言えること。

 

「結論、好きにすればいいよ。って話。どんな願い事でも、本人がそれでいいと思うならそれでいい。だから、むしろ我慢をしない願い事の方がいい。ずっとずっと、その願い事は自分に付きまとってくるから。しつこいくらいに」

 

 言いたい放題言ったところで、結局責任は持てない。どういう結果になったところで、そのツケを彼女が払うことはできないのだ。ツケを払うのは、いつだってその本人なのだから。

 

「なんだか、何言ってるのか自分でも分かんなくなっちゃったかな。私自身もいろいろ悩んだけどそれが今に繋がってるから、悪いことばかりじゃないよって。で、その繋がった今を未来に更に繋げるためには、ワルプルギスの魔女をなんとかしないといけなくて、そのための協力を得たいって話。話が繋がった感じだけど、これでいいかな」

 

 強引にまとめたようになったが、彼女が話したいことは概ねこれでひと段落した。

 

 

 

『って感じなんだけれど、ほむほむはどう?』

『……私にどういう返答を期待しているのかしら』

 

 4人の会話をソウルジェムを通してテレパシーでそっとほむらへと垂れ流していた永遠は、ひと段落ついたところで垂れ流し先であるほむらへ会話を試みる。

 

『ほらさ、私って見滝原だと異邦人じゃん? 私の話を補完してくれる人がいると、心強いなぁって思うわけ。あなたはそれに適任なわけ』

『残念ながら適任ではないわ。そちらの話はそちらで片付けて欲しいものだけど』

『冷たいなー』

 

 永遠としては、こちらでの会話をほむらへとつなぐことで、情報の共有を図る目的もあったのだが、当のほむらはあまり必要としてなさそうであった。

 

『私は他にやることがあるから』

 

 テレパシーを切ろうとするほむらであったが、永遠は胸の中だけでにやりと笑う。

 

『ちなみにいま繋いでるこれだけど、私の意志でないと切ることができない特別製だから。特製強制垂れ流し専用チャンネル』

『嫌がらせにも程があるわ』

 

 聞こえないはずのほむらの舌打ちが聞こえたような気がしたが、それを無視して永遠はほむらとの会話を続ける。

 

『まぁそれは置いといて。わたしたちの目的は一致してるわけじゃん? というわけで少なくとも敵対しないくらいの言葉は欲しいなぁ、なんて』

 

 永遠にとって、この見滝原はアウェーなのは誰もが承知している。場合によっては縄張り争いと誤解され、無用な争いさえ引き起こしかねない。それでも、永遠はここに留まり続ける理由と、その意志がある。そのために来たのだから。

 

『必要があればその時に言うわ。だから』

 

 とっとと切って頂戴。

 そんなことを言わんばかりの声色だった。さすがに悪いと思った永遠は少しばかりの冗談を言った後、テレパシーを解除した。

 

 

 ほむらとの対話が終わり、心の中で息を吐く。

 

「あなたの言いたいことは分かったわ」

 

 しばらく口を閉じていたマミがタイミング良くその沈黙を破った。

 ほむらとの会話に集中しかけていた永遠は意識を目の前の少女たちへと戻し、頭を切り替える。

 

「見滝原を管轄する魔法少女として、貴女が見滝原に滞在すること自体は問題ないと判断します。ただ、ワルプルギスの夜の件については、やっぱりまだ確証が得られないわ」

「……まぁそうなるかぁ。これ以上はどうしようもないんだけどなぁ」

 

 未来の事象を証明するなんて、はっきり言って不可能だろう。預言者だって、未来を予言したものが、現在に現実になって初めて評価されるのだ。預言者でもないただの少女である永遠が、最初から未来の事象について予言したところで、信用される筈もない。

 ——まぁ難しいよね。

 

 心の中でため息をつく。分かっていたことだ。自分だって逆の立場だったら正直、信じられるはずもない。だが収穫がないわけではない。何にせよ、この街を管轄する魔法少女が滞在していいと言ったのだ。暴れたりしない限りはしばらくここにいても問題ないということだ。

 

「ただ、貴女が敵対的行動をとらない限りは、私は貴女に対して特別何かをすることはありません。貴女のいう、ワルプルギスの夜が来るその日まで居てもらっても構わないわ」

 

 ほっと一息。永遠とて、それなりの年月を魔法少女として生きてきた。そうやって生きてきた期間の中には、魔法少女との対立も残念ながら存在している。

 同じ目的で生きている存在のはずなのに、どうして戦わねばいけないのか。生来の気質が厭戦的な永遠にとって、それはとてつもなく辛いことであった。

 だからこそ、マミのこの申し出は非常にありがたいものであった。不必要な対立は何としても避けたかったのだ。

 

「それに」

 

 なぜかマミが永遠のことをじっと見つめ続けていることに、やや遅れて気づく。どうしたのだろうかと永遠の疑問が口に出る前に、マミが再び口を開く。

 

「貴女はちゃんとしたところで寝泊まりした方がいいのは確実に言えることね。貴女がいいのなら、私の家を拠点にしてもいいわ」

 

 やっぱり勘違いされている。

 顔には出さないが、永遠は困ったと言わんばかりに少しばかり首を捻る。まぁ利点は大きいのだろう。後ろめたい気持ちなく、堂々と身体を休めることのできるところがあるというのは心身ともに大きく安らぐ。さすがに何も代価を渡さないのはマナーと心情的な問題があるが、それでも懐にも大分優しい。

 

 マミからすれば、正体不明の魔法少女を放ったらかしにするよりかは、監視できるところに置いたほうが楽なのだろう。そして寝首をかかれる程弱くもないし隙も見せないという絶対の自信があるからこそ、この申し出なのだ。

 

 永遠は悩んだ。利点不利点はこの際どうでもいい。正直なところ、年下とはいえ、同年代の人間の部屋に上がること自体、彼女にとって稀なことなのだ。というよりも、これまでの十数年の人生でも魔法少女の知り合いの数名のところしか上がったことがない。同業者とはいえ、これは大変緊張することなのだ。

 平然としつつ、その実冷や汗をだらだらと流している永遠は、この申し出にどう答えれば良いのか、必死に思考を巡らせていた。それも、いつも以上に。何なら、彼女の魔法少女としての能力をフルに使っているくらいに、だ。

 どうしよう……本当にどうしよう。

 拒否するのは簡単だ。しかし、相手が、マミがどの程度の本気度で申し出ているのか、対人経験が圧倒的に足りていない永遠はそれを読み取るのが非常に難解なのである。故に、この場合、どう答えればいいのか答えあぐねていた。

 不自然な沈黙を作った後、永遠は徐に口を開こうとして、それをマミに遮られた。

 

「やっぱり、正体の分からない相手の家に泊まるのは嫌かしら」

「い、いやそんな事はないかな。その申し出、有り難く受け取ることにするよ」

 

 会話の流れで言ってしまった。心の中でうわあああぁぁぁ、と叫んでいる永遠だが、表面上は平然としている。冷や汗の量がさらに増えた。

 

「そう、なら貴女の泊まる部屋を整えないとね。どのみち、今日は鹿目さんや美樹さんも泊まるのだから、ここで皆で寝るのもいいかもしれないわね」

 

 永遠の目には、何だか心なしかマミの目が輝いているように見えていた。そんなに、お泊まり会が楽しみだったのだろうか。そういえば、この二人を誘った時もやけにテンションが高かった覚えがある。そういうのが楽しいお年頃なのだろうか。

 年齢でいうといくらかしか変わらないとはいえ、何だかギャップを感じざるを得ない永遠であった。

 

 

 ややぎこちないながらも、4人のお泊まり会はそれなりに恙無く時間が過ぎていった。異邦人である永遠を、残りの三人がうまくフォローすることで、様々な会話でそれぞれが取り残されることなく、楽しい時間を過ごすことができていった。

 見滝原のこと、魔法少女のこと、魔女のこと、永遠の街のこと。そして、そこから派生するそれぞれの話。

 時には熱く、時には湿っぽく、時にはひょうきんに。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、段々と目蓋が重くなり、うつらうつらとする者が出てきた頃、ようやくその時間は終ろうとしていた。

 年長者として、分からないなりにそれっぽく動き、そろそろボロが出るのが避けられないと思っていた矢先、いま居る中での一番の年少者であるまどかとさやかが眠りに落ちた頃、まだ起きていたマミと目があった。

 

「いくつか聞きたいことがあるのだけれども」

 

 少し眠そうではあったが、やや真剣味を帯びた声色に、永遠も眠気をなんとか飛ばして応える。

 

「なにかな。真面目な話はこんな時間にするもんじゃないんじゃないかな」

「ワルプルギスの魔女は、私たちだけで勝てるものなの?」

 

 明言は避けてきた根本的な問題。

 はっきり言えば、一言で片付けられる問題だ。しかし、永遠はあえてそれを濁した。

 

「厳しいかも知れないね。もともと魔法少女だった私たち三人はそれなりに強いだろうけれど、この子はまだひよっこだし、難しいだろうね。ワルプルギスの夜と戦うことよりも、戦い方に慣れる方が重要だからね。ま、でも私からしたら少しでも戦力が増えたぶん、頼もしいかも。という訳だし、あとひと月もないけど、それまでに最低限戦えるようにはしないとね」

 

 嘘をついたり、誤魔化そうとすると、人は饒舌になるそうだ。そんなテレビだか本だかの話が脳裏によぎる。だが永遠は嘘をついているわけではない。ただ、真実を述べていないだけだ。これじゃ、どこぞの白いぬいぐるみと同じだなと一人で勝手に自己嫌悪。

 

「あなたから見て、美樹さんはどうかしら?」

 

 抽象的だなと思いつつ、決戦という点だけで応える。おそらく、相手もそれを望んでいるのだろうから。

 

「まぁ実際のところ、あれに対して近接武器だけってのは少々心許ないのが正直な感想。もっと経験を積めば、変わってくるのだろうけれど」

 

 美樹さやかの主たる得物は剣だ。永遠も、近距離戦用の得物は持っているが、それだけで戦うことはしない。相手の様子を見て、自分のスタイルを変える。それができるのが彼女の能力であり、彼女の在り方だ。

 

「でもそもそもの話。ワルプルギスの夜に付け焼き刃の連携が通用するようには思えないけど」

 

 ため息を吐いて枕に顔を埋める。直接対峙していないとはいえ、その目で実物を見た記憶を持っている永遠は、この中では誰よりもあれの能力の得体の知れなさを身を以て体感している。だからこそ、その言葉は出てくるのだ。

 

「それでも、貴女はワルプルギスの夜を何とかするのでしょう?」

 

 期待を込めたような声。そうでなければ、この街にきた意味がない。永遠はそう言っていた。だからこそ、マミは聞きたかった。どうやってそんな巨大な存在を退けるつもりなのか。

 

「そこはそこ。正直なところ、私の力がどれだけあれに通用するかはさっぱり検討もつかない。私ひとりだと確実に無理だし、今いるメンツだけでも多分、無理。もっと、たくさんの人がいないと厳しいだろうねぇ」

 

 実際にこの目で見たからこそ分かる、ワルプルギスの夜の恐ろしさ。それは、文字通りの底なしだ。どれだけ思考を重ねても、あれを撃破する、倒すというビジョンは見えなかった。おとぎ話や、マンガに出てくる荒唐無稽で破茶滅茶なキャラクターが居て初めて、想像のなかでも何とか戦えるレベルなのだ。

 

 しかし現実にはそんな物語を破綻させるようなキャラクターは居ないのだ。だからこそ、どうすればいいのか、それをあと数週間もない今のうちに考えれねばならない。

 使える駒は十全に使えるようにしなければならない。マミやほむらはもはや考える必要はない。とすると、鍛えるべきは新人魔法少女の美樹さやかだ。

 他にこの近辺に強力な魔法少女がいれば、まだいくらかは安心できるが、それでも個の強さを上げなければいけないことに変わりはない。

 

 彼女の知る魔法少女が全員協力してくれれば、あるいはまだ希望は少しばかり明るくなるかもしれない。だが一人は問題外だし、もう一人はそもそも協力という言葉を頭の中に持ち合わせていない。あとの一組は欠ける可能性のある勝負には出ないだろう。残念ながら、協力を仰げそうにない。

 

 何にせよ、今手元にあるカード以上の増援は考えない方がいいというのが永遠の考えだった。もしかすると、見滝原サイドではあと数名、協力を得られるかもしれない。しかしそれをあてにしてはいけないだろう。もともと、一人か二人でなんとかする予定だったのだ。そこから考えると、倍の戦力。文句などつけられるはずもない。

 

 

 

「あともう一つ疑問なのだけれども」

 

 一つ目の質問が落ち着いたころに、まだ終わっていないとばかりに、追加の質問を浴びせる。

 永遠は正直、そろそろ寝たいなとも思っていたが、せっかくなので聞くことにした。数秒後に気づくが、それは悪手であった。

 

「どうしてずっと魔力を纏わせているのかしら」

 

 ぎくっ。

 そんな擬音が聞こえてもおかしくないくらいに、永遠が挙動不審になる。

 当たり前だ。同業者とはいえ、まだ出会って間もない人たちと、こんな砕けた会話を、人見知りの宮湖永遠という少女が本来ならばできるはずもない。

 

 故に魔法少女としてのペルソナを被り続けるために、常に魔力を消費しておかなければならないのだ。魔力を使うということはすなわち彼女の中での平時と有事の切り替えスイッチになっている。あまりやりすぎると、反動でしばらく誰にも会わなくなる引きこもりが発動するが、今のところは彼女自身支障ないレベルだと判断している。

 

 しかしマミはそんなことを知る由もない。初めて出会ったときと同じ、魔法少女としてのペルソナを被ったこの状態の永遠しか知らない。そもそも、普通の人間がこんな多重人格じみた変化を見せることなど、そうそうないだろいう。想像など簡単にはできようもない。

 ゆえにマミは聞いたのだ。とても単純で、些細な、なんてことない質問のつもりであった。しかしそれは永遠にとって、非常にクリティカルな問題であり、できれば触れることなく終わってほしかった話題でもあった。

 これからしばらくを共に過ごす仲間なのだから、教えればいいと思考の隅でささやく声もある。しかしそれを採用することは出来なかった。

 

 永遠は自らを強い人間と思ったことは一度もない。元来の臆病な性格が思考を引っ張るためだ。そんな臆病な永遠にとって、他人に弱点を見せる、教えるというのは、莫大なストレッサーであり、一世一代の賭けにも匹敵するものなのだった。だから教えることは出来ない。真実を告げる勇気はまだなかった。

 反応しない永遠を不審そうに見るマミを見て、ようやく我に帰った永遠は、

 

「あ、あれかなぁ。常在戦場の心構え的な」

 

 苦しい言い訳で逃げ切る作戦で押し通すことにした。

 寝るために暗くしていて助かったと永遠は思った。今、もし明るい状態で見られていれば、冷や汗をかき、あらぬ方向をみつつ挙動不審になっている永遠が簡単に見えてしまう。

 幸か不幸か、マミはそれ以上問うことはなく、その日の会話はそこで終わり。安堵のため息をついた永遠はそのまま眠りに就くことができた。

 

 

 

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