「起きた、よっと」
彼女が目を覚ましたのはそれからたっぷり数時間、平均的な睡眠時間が経過した頃であった。
モニタの電源をつけ、マウスを動かして画面を復帰させる。そして右下に表示されている時間から、現在の時間を確認する。
「(まだ早いじゃん……。随分と早起きしちゃった)」
現代の人間が活動を始めるには、まだ若干早い時間であった。今この時間に活動をしているのは新聞社の人間か沖に出る漁師か、はたまた仮想の世界で無双する廃人か、そのどれか位だろうと考えながら、ドリンクサーバのコーナーへとコップを持って歩き出す。そして
「あぁネカフェの夜勤の人も起きてるね」
そこでせっせとドリンクサーバの内部を清掃している店員を発見し、そう呟く。自分が寝ている間にも世界は動いているんだなぁ、と当たり前の事を一瞬考えながらもオレンジジュースを注いでブースへと戻る。
「さてと、時間までにこれからの行動方針を決めないと」
深夜帯からの長時間利用のできるパック料金で入店しているので、延長料金が加算されるまでにはまだしばらくの時間がある。しかし、だからといってここでダラダラしていい理由にはならない。タイムリミットは既に設定されている。リミットまではしばらくの時間の猶予はあるものの、だからといって進んで無駄な時間を過ごそうとは考えない。
眠る前に印刷した見滝原市の白地図にぽつぽつと情報を書き加えていく。たとえば電車の路線であったり、たとえば国道や県道であったり、たとえば山や川であったりと、ただの白地図だったものがどんどんカラフルになっていく。しばらくその作業を続け、彼女が一息ついた時には書き加えられる前のものが想像できない程に様変わりしていた。
「……、もう一枚、印刷しないと」
無駄に気合を入れすぎてやりすぎたと後悔するがそんなものはやる前に気づくことは出来ないので、こうなることは決定していたようなものである。
結局彼女の手元には、変に書き込みすぎた手製の地図と、無料で公開しているあらかじめ様々な情報が記載されている地図の2枚があり、それらを最終的に統合してまとめ、彼女のネットカフェにおけるやるべきことは終了した。
「(まぁ、まだ時間はあるし、もうちょっとだけゆっくりしておこうっかな)」
時計は動き始めるには早い時間を示している。あと1時間ほどもすれば、周りも動き始めるだろうが、まだ今はそのような気配はない。これからの激動の数週間の前に、最後の休養だといわんばかりに彼女はだらだらと時間を過ごす。少し前に考えていた、時間を無駄にしないという戒めは既に彼女の頭から消え去っていた。
「さって、そろそろ動き始めようか、な」
ゆっくりと惰眠を貪っているうちに、気づけば時間もそろそろいい頃合になっていた。外では通勤ラッシュで電車に押し込まれ、なかなか進まない道路にイライラしながらハンドルを握るような時間だ。しかしそのどちらもこの見滝原には無いように思えたし、似合わないように感じた。これが近未来型都市、見滝原のイメージ戦略か。恐ろしく素晴らしい。そんなことを考えながらも彼女は会計を済ませ、ネットカフェの入っていたビルを出る。
すでに日は昇っており、辺りを熱と光で照らしていた。相も変わらず、彼女の住んでいた街とは違う光景を見せつける見滝原は、それでも他の街と変わらず、働く人間を電車でピストン輸送し学生は学校へと向かっていた。
「うん、いいねぇ。平和な平日の一日って感じ。そして学校をサボって見滝原にいる私。うん、いいねぇ」
右へ左へとうろうろしながら宛ても無く彷徨っているように見える彼女だが、実際その通りで何も考えずに動いているだけだった。特に目的地を決めずに歩き回りながら、今日のこれからの細かい予定を立てていく。
「えーと、まずは……見滝原中学校だったっけ。とりあえず、そこに向かおーか、な」
昨日の段階で、会うべき人間が中学生であり、そして見滝原中学というところに通っているという情報はすでにキュゥべえから聞いている。あとはどう接触するか、であったが基本的に楽観的な彼女は特に考えることなく、その足でそのまま中学校へと向かうのであった。
すでに中学生ではない彼女にとって、別の都市の中学校に向かうというのはちょっとした探検のようなもので、少しばかり気分が上がっていた。
この見滝原にある学校なのだ。きっとお洒落な佇まいに違いないと、変な希望と期待を持って彼女は見滝原中学校への道を歩いて行く。
地図をちらりと確認し、道が合っているか確認する。しばらく進むと標識に進むべき方向を示した地名が乗せられおり、それに従うようにして彼女は歩いていった。
「いざすすめー見滝原ちゅうがくー」
能天気な彼女の言葉は運よく誰にも聞かれる事なく流れていった。
天気も良好、彼女の頭の中も良好、晴れ渡っていた。駅から数キロの道のりを彼女は何かを考えることなく、景色を眺めながら歩いていった。
それから歩き続けて1時間と少し。ようやく見滝原中学校に到着し、その外観を見てはじめにでた言葉が
「ひろっ!!?」
というものであった。そしてそれは感想でもある。
少なくとも都会とは言い難い街で育った彼女にとって、これほどの規模の中学校は今まで見たことのないものであった。そして彼女の事前の予想通り、中学校とは思えないデザインの建築物がたくさんあったのだ。知らない人間が遠くから見れば、どうみても中学校には見えないような、そんなデザインの学校であった。
「いいなぁ。私もこんな学校に通いたかったなぁ」
怪しまれない程度に周りを歩いて眺めながら、少しだけ妄想にふける。きっと、こんな素晴らしい学校に通う子は、素晴らしい子たちに違いない。そんな、ありえないような偏見のような妄想を広げながら、彼女は建物をうっとりと眺めていた。
しかしそれも長くは続かない。例の如く、彼女の視界の隅に現れたのは白い物体ともいえるぬいぐるみ。
「……私がいい気分になってるのに、どうしてあんたは邪魔するのかな」
「僕にはそんなつもりは一切ないのだけれども。君が勝手に不愉快になっているだけじゃないかな」
私はあんたが気に入らないのよと視界の隅に入っていたキュゥべえを無視して、再び歩き出す。
「マミたちの学校に行って何をする気だい」
「別に。昨日も言ったじゃないの。会って話をするだけだって」
自身に偽装の魔法を掛け、正面の校門から堂々と学校の中へと入る。授業中の学校は静かなもので、時折校庭から生徒たちの声やホイッスルの音がするだけであった。
「侵入成功。潜入しまーすおじゃましまーす」
誰に言うでもなく、ひとり言のように呟きながら軽い調子で学校の敷地内をうろつく。目で実際にみた建物と、地図とを照らし合わせながら、向かうべき場所を定める。
「うーん……ここで、いいかな」
歩きながらこっちがいい、いやこっちのほうがいいかもしれないと建物を見定めながらすいすいと校舎の間を縫うように歩いて行く。しばらく歩いた先に建っている、他よりも背の高い建物の中へと入り、そのまま階段を上っていく。
2階、3階、4階とどんどん階段を登りながらついには屋上の扉の前までたどり着く。残念というべきか当然というべきか、扉には鍵が掛っていたが、彼女がドアノブに手をかざし、さっと手を動かすと解錠の音。当然のように開く扉を何の感慨もなくくぐり、屋上へと出る。
広がる空を見やり、そのまま景色を瞳に写す。
「あぁ、広い」
とっても見晴らしがいい。彼女はそう呟きながら見滝原中学校を、そして見滝原市を眺める。
全景を望めるという程ではないものの、市内を広く見渡せるそこは、彼女が意志を再確認し、そして成し遂げなければならないものの重さを実感するには十分であった。
この街を救う。そしてこの街に住む、悲しい運命に囚われた少女を救う。
「そのために、私はここに来た」
——きっと負けない。絶対負けない。
あの子のためにも、そして自身のためにも、世界をあの日で終わらせる訳にはいかない。この世界はずっと続くのだ。同じ時間を繰り返させない。
「よっし……。となると、まずは接触から始めないとね」
伸びをしながら授業をしているであろう校舎群を眺める。そして左手を前にかざす様に出したかと思うと手首をくるりと軽くひねり、指輪として指に嵌めていたソウルジェムを本来の姿である卵の形へと戻し、その輝きを眺めながらソウルジェムへと呟くようにして魔法を行使する。
『はろーはろー。見滝原中学の魔法少女さん。ご機嫌いかがかしらー。聞こえていたら返事ちょうだいねー』
見滝原中学校の全景の眺めながら、彼女はテレパシーを使って自らの言葉をばらまいた。同じ魔法少女にしか聞こえないそれは、見滝原中学に通う魔法少女たちにとっては突然すぎる来訪者を告げるのに、十分な効果を持っていた。
「まさか本当に接触しようだなんて、本当に、君のやることは訳がわからないよ。これから何をするつもりだい」
「だから話を聞くだけだって。私が個人的に聞きたいことがあるから。……でもたぶん、片方はハズレかな。もう片方は当たりだと思うけど。っていうかそうでないと困るんだけどね。まぁそこからはれっといっとびーってやつ」
キュゥべえが勝手に着いてきていることに対しては最早何も思うところは無く、出来るだけ無視するようにしながら見える範囲の教室を注意深く観察し、今の通信によって挙動不審になった子はいないかと探していく。
「……」
注意深く、そして見逃すことなくずっと調べていく。ここでもない、隣もいない。
そうして見滝原中の魔法少女を探しているうちに、相手のほうから彼女へと、テレパシーを返してきた。
『あなたは誰かしら? こうやって話が出来るところをみると、私たちと同じ魔法少女のようだけれども』
彼女はそれに対して飽くまでもマイペースに答える。
『あ、返ってきた。どうもこんにちは。いや、まだおはようかな? 私はとある街のとある魔法少女Aさんです。ちょっとお話したいから、もしよかったら私のいるところまで来てくれないかな。次の休み時間でいいから』
『正体も分からない相手の言うことを聞くと思って?』
『それについては問題ナッシン、お互いさまだから。私は今この学園の一番高い建物の屋上にいる。いま手を振ってるんだけど、見えてるかなー?』
テレパシーで相手に伝えながら、見えない誰かに向かって手を振る。もしかしたら全く関係ない人が見てしまうかもしれないけれど、それはそれ。ところで彼女は自分が相手からの死角にいるかもしれない可能性については全く考慮していない。なんとかなる、それだけを考えて行動している彼女は、その抜けている思考に関して自問する視点の高さを持っていなかった。
『……見えたわ。それで、話の内容は何かしら。今済ませられるのなら、ここで終わらせたいのだけれども』
『ちょっと込み入った話になりそうだしねぇ、出来れば休み時間に直接会って話したいかなぁ、なんて。あ、心配しなくても敵対とか戦ったりとか、そんなんじゃないから安心してね。私、れっきとした由緒正しい魔女専門の魔法少女だし、他の魔法少女とは無駄に戦った事はないからそういうのよく分かんないから心配しなくていいよ』
どこかで見ている見滝原の魔法少女に向かって、再び笑みと共に手を振って返す。未だにどこにいるのか見つけられていないが、それでも気にすることなく手を振る。まったく関係の無い他人に見られることも考えずに手を振る。
そうしているうちに相手の方で考えがまとまったのか、一言だけの返事が返され、テレパシーでの会話は終わりを告げた。おおむね成功といっていい結果に、まずは彼女は安堵した。
と息をつく前に再びテレパシー
『あ、ごめんねあと一つだけ』
『……なにかしら』
再び応えてくれた相手に安心しながら、彼女は変わらず言葉を続ける。
『授業って何時くらいに終わるの?』
そしてその時限の授業が終わった次の休み時間。
「おっはー見滝原魔法少女ズ。って言いたいところなんだけど、あれ、なんで一人なの? もう一人いるってキュゥべえから聞いてたんだけど」
にこにこと笑いかける彼女の目の前には一人の少女がそこにいた。
およそ中学生には見えない素敵な体つきに慈母のような慈しみの心が溢れんばかりの優しげで尚且つ整った容貌、そしてそのルックスにアクセントをつけるかのように、しかし目の前の少女にはそれが一番似合っているといえそうな髪型。まさに"お姉さん"というイメージをそのまま具現化したような少女が、彼女の目の前に立っていた。
そして彼女の問いに対して
「知らないわ」
たった一言だけの返事。どう見ても友好的でなく、その目は敵対の色が見える。彼女はそれを気にすることなく、会話を続ける。
「あれあれ、なにそれ。さっき二人で私の知らないところで秘密の話し合いとかしてたんじゃないの? もしかして二人そんな仲が良くなかったり? えー、うちんとことは大違いだよそれ。っていうかあなた可愛いね。ちょっと写真撮らせてくれない?」
「用件は何かしら。こんな事を話すために呼んだ訳じゃないでしょう」
どこまでも敵対的な相手にうーんと一瞬悩む振りを見せるも、それが格好だけで何も考えていないのは目の前の少女にも明白であった。
さすがにこれ以上険悪な雰囲気にするのは良くないと理解したのか、へらへらした雰囲気から少し真面目な色を纏わせて口を開く。
「ちょっと相談したいというか確かめたいことがあるんだけど、例えば私が未来のことが分かるって言ったらどうする?」
そうして彼女が言った言葉は、少なくとも目の前の少女にしてみれば突拍子もないようなことだった。
「何を言いたいのか分かりかねるわ」
「じゃあアウト」
残念、と彼女は特に残念ぶる素振りを見せずにただ言いのけた。
「どういうことかしら。それが私達に会う理由になってるとでも?」
全く理解できている様子はないが、少ない情報から推測しているのだろう。自分からどうにかして情報を得ようとしているのを彼女は感じた。
とは言うものの、恐らくこの少女は当たりではない。既にそう結論づけている彼女にとって、この少女との会話はもはや意味の無いものであった。これからの連携には必要であるかもしれないが、今はまだその時ではない。
そしてこの会話で彼女も見滝原の状況がある程度理解できていた。
この見滝原の魔法少女二人は別に協力し合っている関係ではなく、情報も共有している様子はない。いくら未来のことを知っているという非常識極まりない事実であっても、見滝原そのものが失われる可能性には変えられないはずである。ループの開始から少し時間が経っているにも関わらず、それであっても共有している様子が見られないということは、よっぽど関係が悪いのか、それともあるいは双方が頼れない間柄なのか。さすがに互いを知らないということはなさそうだが。
推測し、考えながらも、彼女は会話を続けていく。もう片方の少女はきてくれるだろうか。そんな事を頭の隅で考えながら。
「その通りってわけだねまさに。それが理由だから」
「どういうことか説明してもらえるかしら」
「そう言ってもねー。知らない方に言っても分からないことだし、理解できないなら結局言う意味ないし」
今はね、と付け加えてため息をつく。
どちらにしろ、今目の前のいる少女はまだ会うときではない。もう一人の少女に会い、確定してからが本当に動く時だ。今回で終わらせるためにも、何回も時間を繰り返している、自分とその子のためにも、まずは下地を固めねばならない。
「情報が少なすぎて、分からなさすぎるわ。それとも、出し渋りをしないといけない理由でもあるのかしら」
出し渋りをする理由はまったく無いだろう。むしろこの情報は公開したほうがいいと彼女は考えていた。しかしそれにしては少し信憑性が疑われるものだし、なによりもこの地で今まで何度も実際に戦ってきた当の魔法少女を無視していいのかという疑念が彼女の中に残っていた。
今の彼女の行動基準は、時間の檻に囚われた見滝原の件の魔法少女を救えるかどうかということだ。彼女が知るだけで4度、そして5回目の今回の同じ世界がある。もしかしたら彼女が知っている以上に、同じ世界を繰り返している可能性も考えられる。
たった数度の繰り返し。それだけでも彼女は心が砕けそうになるほどつらかった。救えない目の前の現実、どれだけ行動を変えても変わらない結果。そして世界の終わり。どうしようもなかった。何をしても救えないものは救えなかったし、変えたものはどれだけ変えようとも結果として同じ結末を迎えた。
目の前の少女——魔法少女——の力はまだ未知数だ。どれだけ強いのかは分からない。いざという時に頼れるかも分からない。しかしキュゥべえの話によると、少なくとも片方はそれなりのベテランらしいから、まだ可能性はある。
教えても問題ないだろうか。そう考える彼女ではあったが、どちらにせよ、目の前の少女はどうやらもう少し情報を与えないと納得しなさそうだ。
彼女は渋々ながら、とある日を口にする。それは今から3週間ほど先の、何か特別な出来事がある訳でもないとある日。当然ともいうべきか、少女はそれが何を意味するのか理解できず、ただ困惑するのみであった。
「ほら、やっぱりね。これが分からないなら言っても無駄なんだよねー。と言う事はもう一人の方か。あーもう。つくづく、私は運がないのかな」
「どういうことかしら。その日がさっき言った未来のことが分かるということに繋がるの?」
目の前の少女はいまだ理解できていないらしい。やはりこちらは全く知らないといってもよさそうだ。ならばもう一人の魔法少女が当たりか。今だ姿を見せていないが、少なくともこちらに注意を払っているのは予想できる。何よりも、かすかな気配は感じられる。
「悪いけど、用事があるのはあなたじゃない方みたい。もう一人の子を呼んでもらってもいい?」
「待ちなさい、もう少し説明してからにしなさい。いったいどういう事なの」
「だからーこれだけ言っても分からないなら、少なくとも今はまだどうしようも無いってこと。もう一人の子と話してからなら、もう少し話せるけども、肝心のその子がいないんじゃどうしようもないしねぇ」
会えないなら探しにいこうかしらと目の前の少女を無視し、踵を変えそうとしたところで、どこからともなく声が聞こえた。
「待ちなさい」
凛とした声。そして僅かな魔法行使の気配。
それは間違いなくもう一人の見滝原の魔法少女の登場を示すのに、十分な情報だった。
「貴女の話、もう少し詳しく聞かせなさい」
「……暁美さん」
そうして現れたもう一人の少女。一瞬だけ魔法少女としての姿をしていたと思えばすぐにその姿を解き、この学校の制服姿へと自身の姿を戻していた。
彼女はもう一人の魔法少女と出会えたことに喜びながらも、心の中で『あれ、キュゥべえから聞いた名前ってなんだっけ……あけみなんとかと、ともえなんとかっていうのは覚えてるけど……』と若干焦りながらも自分のペースで喋り続けていた。
「こんにちは、薄幸そうな美少女さん。お名前聞いてもいいかしら?」
「……」
「うわっ、無視された。わたしないちゃいそう。 でもそんな無口なところも似合ってて可愛いよ! いろいろと喋りたいし写真も撮りたいところだけど、さっきそっちの子に怒られたし時間も無いだろうし、ちゃちゃっといくよ」
そう言って彼女は再びとある日付とキーワードを口にする。なんてことのない、ただの日付と少し聞き慣れないだけのただの単語。しかし知る人にはそれが忌むべき日だと、いむべき存在のものだと、否が応でも理解してしまう。事実、新しく現れた目の前の少女は、その日を聞くと途端に目の色が変わった。
「やっぱりあなたのほうね。こっちの子は何も知らないみたいだったから戸惑っちゃった。でもそのお陰で分かった事もあるし、まぁどっこいどっこいかな」
「……あ、貴女」
暁美、と呼ばれた少女は声が震えている。もしかしたら少女はずっと秘密にしていたのかもしれない。誰も知るはずの無い情報をどうして、とでも言いたいのだろうか。
しかしそれは見滝原に訪れた彼女以外の人間にとって、と付け加えなければならないものだ。目の前の少女が時間を繰り返しているように、彼女もまた同じ時間を繰り返していた時間遡行者なのだから。もっとも、彼女の場合は——
「あなたが何度も経験した絶望を、私は知っている。救えなかった現実を、私は知っている。何度も、そう何度も見てきた。繰り返してきたこの1ヶ月を、私は知っている」
「な、なんで……」
言葉にならないとはこの事をいうのだろうか。突然の予想外の出来事に、まったく動けないでいる暁美さんと呼ばれた少女に驚いているのはもう一人の少女であった。
彼女の言葉に驚き、そしてその光景に驚く。なんとも滑稽な空間が出来上がっていたが、当の本人達はいたって本気であった。
ほとんど止まっていたその空間を再び動かしたのは、いつも規則正しく働くチャイムの音だった。気づけば、休み時間の10分を過ぎていた。
「…どうやら今はこれで終わりみたい。また次の休み時間でも、昼休みでも、放課後でもいいし、時間作ってくれると私はありがたいかな。二人も消化不良だろうし」
さぁ授業を受けに行きなさいと追い払う彼女に、先ほどまで止まっていた少女は食いつく。
「ま、待ちなさい。貴女はどうして——」
「これ以上のお話は、じっくり時間を取って話すのがいいかな。さ、早く行かないと先生に怒られちゃうよ。私はそこらへんぶらぶらしてるから、また時間が取れるときに連絡してちょうだい」
ふらりと見滝原中学に現れた彼女は、去る時もまたふらりと、風のように気づけば消えていた。
そこに残っていたのは、見滝原の魔法少女二人だけであった。