見滝原とは別の街からやってきた魔法少女、宮湖永遠がこの街の魔法少女に出会った翌日のこと。見滝原中学校では暁美ほむらと巴マミが対峙しており、魔法少女という一面を知らぬ人にとっては異色の組み合わせといえる光景に、少ないながらもその二人を知る人も知らない人も、横目で、もしくは遠巻きに、二人を奇異の目で見ていた。
「昨日の件について、詳しく聞かせてもらえるかしら」
「何の話か、分かりかねるわ」
巴マミの言葉に対して、暁美ほむらは用はないと云わんばかりにばっさりと切る。ただでさえ、学年の違う二人が話しているだけで目につくのに、会話の雰囲気はどう見ても良いものには見えず、近くを通る目を逸らしながら生徒たちは足早に去っていく。
そんな周りの状況などいざ知らず、そして突っぱねるように言い捨てたほむらの言葉をある程度予想出来ていたのか、特に気にする様子も無くマミは続けて口を開く。
「見滝原を守る魔法少女として、私には話を聞く義務があるわ。あなたたちみたいな怪しい魔法少女が街に居たら、それだけで警戒に値するもの。……それと、あの人から少しだけ聞いたわよ。暁美さん——あなた、冗談でもなく本当に時間を繰り返しているそうね」
余計な事を。
ほむらは言葉には出さなかったものの、昨日会った魔法少女に対して心の中で悪態を吐く。舌打ちこそしなかったが、僅かに表情が変わったのをマミは見逃さなかった。
「俄には信じがたいことだけれども……この事は、あの人が言っていた事は事実なのかしら」
「想像に任せるわ。どちらであると言っても、どうせあなたは信じないでしょうから」
突然のこととはいえ、昨日あれだけ取り乱したのは失態だった。そのせいでこんなことになってしまっている。
ワルプルギスの夜という強力な魔女に対して共闘出来る存在が出てきたのは何よりもありがたいが、必要なことを全て話すには今はまだ時期尚早すぎる気がしてならない。目の前の少女、つまりは巴マミがあの魔女と邂逅するまでがリミットになるとはいえ、それまででもまだ少しの時間はある。ならば…もう少し土台を積み上げてから話すとしても遅くはないはずだ。どちらにせよ、これ以上話していると墓穴を掘ってしまいそうな気がしてならない。
ただでさえイレギュラーの要素が存在している今回の世界は気に掛けることが普段よりも格段に多いのだ。そこに見たことも聞いたことも無い新しい魔法少女の登場など、気が気ではなくなってしまう。
——実のところ、内面はかなり焦りを見せているほむらは、その焦りを気取られる前に踵を返し自身の教室へと続く廊下を歩く。
「待ちなさいっ」
マミの言葉を無視してほむらは歩をそのまま進める。途中、廊下の角で鹿目まどかと美樹さやかが覗いているのを見つけたが、特に何かを話すことはなくほむらは視線を二人から正面へと戻し、そのまま教室へと戻って行った。
「ほ、ほむらちゃん……」
「なんだぁあの転校生! ほんと愛想悪いね。いこ、まどか。あたしたちも戻ろう」
自身にかけられる言葉など聞こえない。なんと言われようが、自分は自身の願いを叶えるだけ。その為に何度も時間を繰り返しているのだ。他人の言葉に心を動かされている場合ではない。
きっと、今度こそ。
時間を繰り返しているからこそ、時間の大切さを身に染みて理解しているのだ。だからこそ無駄にしない。今度こそ、今回で終わらせる。自身の望む、最良の結末で。それが暁美ほむらという魔法少女の願いであり、変わることのない思い。
教室に戻り、クラスメイトと当たり障りのない会話をこなし、やがてクラスメイトらが散っていくと、ほむらは隠れるように小さなため息をつく。
クラスメイトたちに隠れるようにして、ゆっくりとその少女は近づいてきた。
「えっと、ほむらちゃん…、マミさんと何を話してたの?」
鹿目まどか。
誰から見ても、ほむらとはただのクラスメイト。保険委員と病弱少女との少しばかり会話をする程度の、なんてことの無い関係。
しかし、暁美ほむらにとっては全く異なる関係であった。
「あなたには関係の無い話よ」
だからこそ、ほむらは突き放す。守るために。近づけないために。
そんなほむらの言葉が気に入らないのか、いつの間にか接近していたさやかがほむらに噛み付く。
「くぁー! さっきからあんたは! ちょっと転校生! 調子に乗りすぎてるんじゃないの!」
「さ、さやかちゃん……」
まどかの声にさやかははっと我に返り、辺りを見渡す。幸い休み時間で、先ほどほむらの周りにいたクラスメイトを含め、グループ同士の会話に夢中でこちらの会話に気づいた様子のある生徒はいないようだが、もし聞かれていたら危なかったかもしれない。
容姿端麗文武両道、大和撫子な黒髪長髪に静かでお淑やか。男子は勿論のこと、女子でさえ何かを感じ取らずにはいられないほどのステータスに満ちた転校生、暁美ほむら。
このような注目を浴びて当然の彼女に向かって強く当たる既存のクラスメイト。見る人によっては嫉妬にしか見えないだろう。クラス内の不必要な対立は誰だって避けたいもの。さやかは誰にも聞かれていなかったことに安堵し、再び先程よりかは柔らかくほむらにつかみかかる。
「そもそも、あんた、昨日マミさんと何をしてたのさ。ほんとだったら、マミさんは昨日はあたしたちと一緒に魔女の結界探しをするはずだったのに、急用とかいってあんたとどっか言っちゃうし。そうかと思えば今日のさっきみたいなことになってるし。あたしたちのマミさんに下手なことしたら、許さないよ」
「魔法少女でないあなたたちには関係のない話と言ったはずよ。この先は、軽い好奇心と安い興味だけで首を突っ込んでいい世界じゃないわ」
鹿目まどかを守る。まどかを守る自分になりたい。それが原初の願い。鹿目まどかという少女の笑顔を守ることが、暁美ほむらという名の少女が持つ使命。少々気が乗らなくても、そのためにはまどかの友人を守ることもしなければならない。
だからこそ、二人を自らの踏み込んだこの世界に近づける訳にはいかない。マミがどうして新しい魔法少女を迎えようとしているのか、何度も時間を繰り返したほむらにはおおよその想像はつく。だからこそ、マミの行動をほむらは責めることが出来ない。孤独のつらさと、すぐ隣に友達がいることの、これ以上無いほどの安心感。その二つを誰よりも共感出来るからこそ、暁美ほむらはこの点に関しては巴マミを責めない。
ならば自分はどうすればいいのか。
ごく自然に、そして誰にも責任の所在がないように、鹿目まどかと美樹さやか、2人の魔法少女志願を諦めさせる。そうしてあの魔女戦で巴マミを殺させずに生き残らせ、佐倉杏子と和解させ、そして利用出来るのならばあの正体不明の魔法少女と4人で決戦の時を迎える。これが出来ればかなりの好条件であの魔女との戦いに挑むことが出来る。暁美ほむらが今回の世界で最良とするものだろう。これ以上無いほどの理想だ。
しかし理想を叶えるにはいくつもの高いハードルを超えなければならない。
簡単に届かないからこその理想なのだ。普通に考えれば不可能なことだ。今まで何度失敗してきたことか。
理想の形を為すことは出来なくても、どういう形であれ今回こそあの魔女に勝ってみせ、理想の世界にたどり着いてみせる。いつだってその思いを暁美ほむらは持っていたし、今回だって微塵も薄れさせてはいない。
決して大きく動かないほむらの表情の下には誰よりも強い思いが焔のように揺れ動いていた。
「はー。なーにもやることないなぁ」
一方その頃、やる事のなくなった永遠は昨日と同じく、何をするでもなく、見滝原をぶらついていた。
レンタサイクルを格安で貸し出している施設を運よく見つけたことで、彼女の見滝原における行動範囲は随分と広がり、また移動速度も上がったものの、基本的には地理の確認以外することの無い現在、彼女は時間を持て余していた。
「それにしてもほんと綺麗な街だなー。全然日本的じゃないし、とても現実の街とは思えないや。ここ本当に日本?」
移動するたびに感激してはキリがないが、彼女にとってはまさに感激感動の連続だった。彼女にとっての日本の街並みといえば、少し古びたビルとこれまた古い民家が立ち並び、そこから少し移動すれば田園風景が広がり、その途中々々には小さな寺社がある。彼女の思い描く一般的な日本の街並みはそんなものだった。
もちろんその印象形成には彼女が育った街の影響が多分に含まれているが、それを除いても、彼女がこの見滝原市で感動するには十分な風景が続いていた。
おそらく著名なデザイナーがデザインしたと思われる特徴的な建物は、その中身は実はいくつかの小売店が並ぶ商業施設であったり、見た目は非常に洒落ている建物が実は定食屋だったりと、見た目のイメージと実際がかけ離れており、しかしそれでも全体としてはまとまっているのがまた不思議だった。
一昨日昨日、そして今日と、合計で三日間はこの見滝原を探索したが、それでもまだ飽きない。視覚で楽しませてくれる都市というものはこれほどまでの素晴らしいものかと、彼女はカメラを持ってこなかったことを今更ながらに後悔する。もちろん、携帯電話のカメラ機能では既にかなりの枚数を撮っているのは言うまでもないが。
「にしても、これからどう動けばいいのかな……。念のためにグリーフシードは多めに持ってきてるからここで狩らないでも問題はないけど、目先の問題よりもこの先だよねぇ……」
懐から取り出したグリーフシードを指先で弄びながら、少し先の未来に思考を巡らせる。
一度も戦闘しないのであれば、日々の魔力の消費程度なら今の手持ちで例の日まで余裕があるので問題はない。一度二度くらいならむしろ戦闘しても保つだろうといえるほどだ。しかし、彼女が問題にしているのはそのような事ではない。
確かにここでグリーフシードを手に入れられるのならば、それは大きな利点になり、武器になる。この先において、消費を今よりも気にすることなく戦えるというのはかなり有利に戦う事が出来るだろ。
しかしそうではないのだ。
彼女が心配しているのは、自身が言った通り、その辺に現れる魔女といった目先の問題ではない。
今のままだと、彼女は"あれ"に対しての戦闘行為の一切を、実質禁止されているようなものだ。そもそも見滝原で自由に動けない時点で魔法少女としての活動は何も出来ない。不思議な力を持っているだけの、ただの少女に他ならない。他人の縄張りで好き勝手するほど、彼女とて分別の無い人間ではない。それをすることによって生じる不利益を、彼女自身何度も見てきた故に。
「なんとかなるっちゃ、なんとかなるだろうけど。さすがに今回は時間制限があるしねー。いつもみたいなゆるゆるでいっちゃ駄目だろうなぁ」
自身の長所と短所は理解しているつもりの彼女である。常にマイペースなのは長所として働くこともあるだろうが、今回ばかりはそうはならない。今回のように時間制限があるような場合は、マイペースなのは自分の首を絞めることと等しい。
「とりあえず、長く見積もって一週間くらいかなぁ。出来れば週末までにはなんとかしたいものだけれども」
ズレた予定はもはや取り返しはつかない。それならば、ズレた分だけこれからの行動を早めればいい話だ。マイペースというのはただ物事をゆっくりするだけではない。自分の好きな早さで物事を行うということだ。
現在の彼女にとって何よりも大事なのは、ほむほむともえもえ——つまりは、暁美ほむらと巴マミの二人の信頼を得ることだ。
暁美ほむらに関しては、近いうちになんとかなるという、根拠の無い確信が彼女の中にあったものの、巴マミに関してはなかなかその点を見いだすことが出来ていない。
暁美ほむらは彼女と同じく時間を繰り返す者として、彼女が一方的にちょっとしたシンパシーの様なものを感じているためにそのような確信があるのだが、巴マミに関しては彼女自身との共通点を見つけることが出来ていない。そのために彼女は実は巴マミとの距離を若干計りかねているところがあるのだ。
しかしそれも彼女にとっては特に気にすることではない。let it be.が彼女の好む言葉であることから想像出来るように、流されることを悪とすることは彼女は全くしない。
どういう形であれ、結果がこうなったのであれば、そうならざるを得ない理由があったのだ。ならばその結果を踏まえて次の行動を決定する。それが彼女の生き方であった。見滝原の魔法少女、暁美ほむらと巴マミ。中学生という大人びていながらも少女としての心をまだ残している微妙なお年ごろ。彼女からすれば少しばかり懐かしく感じる年頃の、かわいく思える後輩のような二人。だからこそ、きっとなんとかなると彼女は楽観視していた。
「……ん?」
彼女が何かを真剣に考えるでもなく、頭の中に流れ浮かぶいくつもの思考をゆるりと処理していると、その思考と同じように流れてくる風に、微かに何かが漂うのを感じた。微弱な反応、ほんの微かに漂う違和感の香り。何もしていない今だからこそ感じ取れるほどの微弱なそれ。風に乗せられてそのまま消えていきそうなほどのそれは紛れも無く、彼女ら魔法少女しか理解できない類の違和感。
否、それは違和感ではなく一種の嫌悪感とでも言うべきだろうか。
「これ……結界!?」
彼女にとって、現在滞在しているこの見滝原は別に縄張りでも狩場でもない。やらねばならないことの為にやってきた以外の理由はなく、故に最低限以外の警戒をする必要はない。だからこそこの辺りをうろうろとほっつき歩く間は、全く警戒を行っていなかった。この街で起きる事は、あの二人の管轄。そう考えてふらついていた為に、今の今まで近くに結界が張られていることなど、気づきもしなかったのだ。
「何も活動始めてなくてこれだけ感じるってことは、もしかしてタイミング的にはもうヤバいかもねー……」
押し歩いていた自転車に再び掛け乗り、気配を強く感じる方向へと向き直り、自転車を強く漕ぎ出す。
しばらく進んだ先の赤信号で停止し、ソウルジェムを宿した指輪を掲げ意識を集中させる。ソウルジェムが強く反応する位置を割り出し、その場所へと自転車を走らせる。
「あーもう折角今日はゆっくりしようとしたのに……ほんと、魔女どもは容赦してくれないねぇ。どうせ二人は学校だろうし、場所取りと時間稼ぎくらいはしてあげようかな。私ってば、やっさしー」
向かった先はビルの立ち並ぶ見滝原中心街。その路地裏にたどり着く。
「……見つけた。これか。周りは大丈夫そうだし、とっとと二人を呼んで入ることにしますか」
宝石のような輝きを見せるソウルジェムを手に持ち、念じるようにしてこの街の魔法少女へと語りかける。
『やぁやぁこんにちは。私だよー。素敵な魔法少女の永遠ちゃんだよー。お二人ともお元気かなー?』
飽く迄も気軽に。魔女の結界を見つけたことなど気取らせないような軽さで。
『……今日はいったい何の用かしら。さすがに今日は用事があるから、会うことは出来ないわよ』
『あぁ、それについては大丈夫。用があるのは変わらないけど、私からのオファーじゃないから』
昨日と同じく素っ気なく、そして警戒心を隠そうともしないマミに対してオープンチャンネルから特定の相手だけに伝わる方式のテレパシーに切り替えて、いつも通りの変わらない調子で彼女は答える。
『用件を手っ取り早く言うとだね、魔女の結界を見つけた。場所は分かるように目印を付けておくから、時間が取れ次第こっちに来てね。もうそろそろ活動を始めるっぽいみたいだし、君たちが来るまでの時間稼ぎはするけども、あまりにも遅すぎたら私も逃げるよ。縄張り以外での必要のない魔女狩りは避けるのが揉め事回避の基本だし。狩っていいなら私がとっととやるけれど、そうにもいかないでしょ?』
今の時間だと、まだ二人は学校で授業を受けている時間に違いない。そして本来ならば、彼女も同じく自身の通う学校で授業を受けれなければならない。しかし、学校を休んで見滝原に来ている彼女にはそれはもう全く関係ない訳で。だからこそ、見滝原の魔法少女たちが動けない今は自分が動くのだ。もっとも、使命感など一切無く、たまたま見つけなければこんなこと、する気もなかったのは言うまでもない。
魔法少女としての使命を果たすためにこの街へとやってきた彼女は、今現在は使命を持った自由人という、なんとも中途半端な存在になっていた。
結界の中に入る目的はいつもとは違う。普段なら魔女を倒し、倒した魔女が内包しているグリーフシードを手に入れるのが目的だ。しかし今回はそのグリーフシードを手に入れることはならない。見滝原にいる限り、見滝原に現れた魔女はすべて見滝原の魔法少女のものだ。それが、魔法少女達の暗黙のルール。エリアの不可侵を守ることはつまりは自身を守ることになるのだから。
幸い、彼女の手元にはグリーフシードの予備がそれなりの数を持って保管されている。少々の魔法行使ならば、問題は無いが、しかしそれもいつまで続くか。
「……反応がないや。こっち来てくれてるのかな」
先ほどの発言から何も無い先方を若干心配しながらも、彼女は結界を眺める。
見たところ、まだ中にいる魔女は活動を始めていない様子である。結界を張り、これからの活動の準備をしている段階のようだ。人を襲う前に見つけられたのは運がいいかもしれない。もし狩るつもりで来ていたなら、このまま結界の中に入り、奇襲を仕掛けるように突っ込めば簡単に倒せるだろう。
しかしそれが出来ないのが今回の魔女。狩ることが出来れば苦労しないのだが、この見滝原は、そして魔法少女の暗黙のルールがそれを許さない。
自由人の彼女でも、さすがに場を荒らすような真似をするほど奔放な性格ではない。日本人らしく、それなりに調和というものを彼女なりに大切にしているつもりなのだ。
外から眺めている分にはまだそれほど問題がないように見えるが、実際、結界の内部で魔女がどのようにしているのかは、やはり中に入らなけらば分からない。外に影響を及ぼすようなことでも、派手なことをしてくれれば分かりやすいものだが、さてこの魔女はいったいどの程度動くつもりだろうか。
結界をいじる前に、まず二人に伝えた通り魔女の目印となるものを打ち上げる。魔力の固まりのそれは、魔法少女しか見えない花火のようなもの。
「結界はそろそろ完成してるっぽいかな。となると、さすがにそろそろ動きだしそうだね。存在感がある割にはそれほどな感じだねぇ。まぁいいや。ってことで、いざしゅつじーん!」
隠しているつもりの結界を、魔法少女としての力を用いてこじ開ける。空間に一点だけあった違和感は、彼女のその力の行使によって直径1メートルほどの大きさの異次元空間へと早変わりした。
魔女の結界への入り口。
いつも目の前のこれを見るたびに心臓がくっと締まるような思いをする。冷や汗が流れる。表情が動かなくなり、身体が硬直するような錯覚に陥る。
単純な話だ。怖いのだ。
痛い思いはしないだろうか。
この魔女と戦って死なないだろうか。
ちゃんと生き残れるだろうか。生きて帰れるだろうか。
いつだって彼女はそんな思いを抱き、恐怖しながら魔女の結界に入る。怖い思いをせずに魔女と戦ったことなんて一度もない。
涙が流れて泣きそうになるし、すぐにこんなことをやめて逃げ出したくなる気持ちもある。
それでも、彼女は往かなくてはならないのだ。ここで逃げれば、自分が逃げた所為でたくさんの人が犠牲になる。救える力を持ちながら逃げるなんていう卑怯なことをした所為で、知らない人がたくさん死んでしまう。彼女が魔法少女という存在であり、魔女と戦う使命を持っているということを知っている知り合いや友人は、同業者を除くとほぼいないといえる。責める人はいなくとも、彼女の精神が彼女を責めるのだ。それが何よりもの恐怖だった。
だからこそ、彼女は往くのだ。他人の為ではない。なによりも自分の為に、自分が自分を殺さない為に死地へと赴く。
「よ……っし…!」
心の準備はできた。あとは一歩を踏み出すだけだ。
なるようになれ。人間万事、塞翁が馬だ。
いつだって、どんな時だって生き残ってきた臆病な性格が、今回も自分を救ってくれると信じて彼女は一歩を踏み出した。
彼女からのテレパシーを受けて、巴マミはすぐに暁美ほむらに連絡をとった。
昨日のような相手を制限してやりとりをしていたテレパシーと違い、かなりオープンで広域な方法を採っていたため、ほぼ自動的にキュゥべえを介して魔法少女ではない"別の二人"にも聞こえてしまっていると感づいた為だ。
『暁美さん。鹿目さんと美樹さんは』
『いきなり見ず知らずの声が聞こえてきて驚いている最中だわ。なんとか、他のクラスメイトには悟られないように努力しているみたいだけれど』
それはそうだろう。二人にとってはただでさえこのテレパシー自体、つい数日前にその力を初めて体感したところなのだ。分からないことだらけのところに、さらに新しい魔法少女の存在など、自分たちでさえそうなのだから、混乱するに違いない。
『そう。暁美さん、……今回の魔女はあなたに譲るから、簡単な説明だけ二人に説明しておいてくれないかしら。詳しい説明は後で、私が出来る範囲でしておくから』
『彼女に対しての必要な説明を貴女が出来るとでも? 少なくとも、貴女よりかは理解出来ているつもりの私ですら分からないのに』
宮湖永遠、別の街からやってきたという正体不明な魔法少女。あれに関してはとにかく分からないことが多すぎる。
彼女自身が言う目的は、暁美ほむらのそれとほとんど同じものだ。そして時間を繰り返しているというのもおそらくは真実。そうでなければ数週間先のあの出来事など、ただの魔法少女が知っているはずもない。それ故にほむらは警戒し、マミは情報の少なさ故に判断をしかねている。
『私には鹿目さんと美樹さんを守る義務があるわ。さすがに敵かもしれない魔法少女がいるところに、二人を連れて行く訳にはいかないもの』
『貴女一人で行くという選択肢はないのかしら』
『貴女とあの魔法少女の関係性が特定できない以上、行動方針は限定されるものだと思うのだけれど』
その声色は少しばかりの敵意が込められている。それが自分にも向けられていることに最早ほむらは特に感じることはなかった。そうなるだろうと行動してきた結果なのだから。
ほむらからすれば、巴マミという魔法少女は尊敬すべき先輩だ。少々メンタルの弱い面はあるものの、魔法少女としてのその在り方は真に尊ぶに値するものだと信じて疑わない。
だからこそマミの言葉をため息一つで流す事にし、結界の中に居るであろう魔法少女について思考を始める。
時間を繰り返しているのが辛いから、見滝原に来た。宮湖永遠という魔法少女は理由をそう答えた。
理由としてはそれなりに通っているが、本当にそれだけだろうか。前回や前々回の時点で既に来ていてもおかしくはないはずだ。耐えられなかったからとは言っていたが、それが本当の理由かも分からない。疑えば疑うほど、ほむらの思考はどつぼにはまってしまう。考えるだけ無駄だと分かっているが、どうしても考えてしまう。この1ヶ月の流れはもはや変わらない。その中での、弩級のイレギュラー。どう動けばいいのか、今のほむらには判断が出来かねるのが現状であった。
『とにかく、今回の魔女は貴女に任せるわ暁美さん。グリーフシードが手に入るのだから、文句はないでしょ?』
そもそも巴マミに関しては、時間を繰り返しているという彼女らの言葉に対して完全な信頼を持つには、二人に対する情報と信用が足りていない。二人が組んでいる可能性はこれまでの反応から無いと推測できるが、それも確定している訳ではない。
もしかすると今回の一件も、時折聞くような魔法少女狩りを行う為の罠という可能性も考えられる。そのような場に鹿目まどかと美樹さやかを連れて行く事など言語道断であるし、自分一人であっても十二分に警戒するのは当たり前だ。
だからこそ暁美ほむらで試すような真似となってしまっているが、ほむらであればそのように想定していることや、ある程度のことが起きても対処出来るとマミは信じているからだ。宮湖永遠と同じく、暁美ほむらに対しても信頼を得るには至っていないが、その実力に関してはそれなりの信用を持っている。暁美ほむらの今までの行動から、今後魔法少女になるであろう鹿目まどかと美樹さやかの両名を排除する可能性が考えられる。そして異郷の地から現れた宮湖永遠は何をしでかすか分からず、暁美ほむらはいつどこで魔法少女候補の二人に手を出すか分からない。
ならばこそ、自分が鹿目まどかと美樹さやかの二人についていなければならない。自分が身近に居て二人を守り、そして暁美ほむらで宮湖永遠の動向を探れば全く問題がない。
マミの思考も十分に永遠の出現によって乱されていたが、それを本人は知るべくもなく考えを巡らせていた。
『……今回はそういうことにしておくわ、グリーフシードを手に入れられるかはどうかとしてだけど。怪しまれないように授業が終わってから向かうことにするけれども、別に構わないでしょう?』
『そうね。あの人も一応足止めしておくと言っていたし、今すぐに行くと鹿目さんと美樹さんに余計な心配をかけてしまいそうだから問題ないでしょう』
必要な情報のやり取りを終えて、二人のテレパシーのつながりは断たれる。
暁美ほむらと巴マミ、二人の間に現在信頼関係はないと云っても過言ではない。しかし二人にとって魔女が共通の敵である事には変わりなく、そして宮湖永遠という魔法少女が正体不明であることにもお互いの意見は一致していた。
魔女を狩らなくてはならないということ、そして宮湖永遠という魔法少女についてもっと知らなければならないという点において二人の意見に相違はなかった。それ故に未だ信用が足りていないこの二人の間に奇妙な信頼関係が形成されていくのであった。