どうすればいいのだろう。
彼女——宮湖永遠はいつになく悩んでいた。
ほむらと話をした翌日である今日、彼女は巴マミに接触するためにその思考を巡らせていた。
とりあえず、繰り返す時間の回廊に巻き込んだ原因と言える暁美ほむらについては、現状なんとかなったとみていいだろう。まだまだ信頼には至っていないのは彼女自身も理解しているが、それでもある程度の信用を得る事には成功したと彼女は考えているからだ。
ワルプルギスの夜を倒す為にはあらゆる理由からこの街の魔法少女の協力が不可欠となる。まず、あの超絶な魔女はその弩級の存在の強さから、言うまでもなく正面から対峙して倒せる相手ではないのは彼女でさえ分かりきっていることだ。だからこそ、入念な準備を施してあらゆる手段を用いて倒さねばならない。その為の協力。その為の共闘。こちらがそれを繰り出す側であるために、ある程度相手に渡して信頼を得なければならない。マミとの一度目の接触は悪くはなかったと永遠は考えているが、成功というにはいささか厳しすぎる結果であった。直接相対するのは今日が二度目。時間的に余裕が無い訳ではないが、かといっていつまでもこの状態のままでいる訳にはいかない。
実際のところ、ワルプルギスの夜に関する彼女が持つ情報というものは皆無に等しいものであった。当然のことながら、実際に対峙しているであろう暁美ほむらの方が情報を多く持っているのは言うまでもなく、近いうちにはそれを聞き出そうとしているものの、今の状況ではどうしようもない。今からいきなりほむらから情報を聞き出せるほど、彼女は信用されている訳でもなく、またそんな短い時間で聞き出せるほど簡単なものだとも思ってはいない。
ある程度の大きさや姿形は魔法少女の間で伝聞として聞いた事はあるが、それは信憑性に等しいもの。実際にこの目でみたワルプルギスの夜は遠すぎて曖昧な形しか分からなかった。
「伝えるにしても、やっぱりそれなりの情報が無いとだめだよねぇ。信じさせるには情報が多いのがなにより、なんだけどねぇ。うーん……」
どうすればいいのだろう。
彼女の思考は堂々巡りであった。考えるのは後から、会ってなんとかするという彼女らしい方法もあるにはあるが、今の彼女は普段よりも少々慎重だった。
どうしようもない。
元々永遠はモノを考えて行動する質の人間ではない。考えたところでそれは解決するものではなかった。
そんな事を考えているところに、思考を中断させろと云わんばかりに彼女の携帯が着信を知らせた。
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From:ユゥ
message:
今どきフロイトを語るのはもはやオカルトだよね
それはそうと、これからゆうちゃんの家にいって遊んできまーす。ラブラブなう!\(*´3`*)/
P.S:ちゃんと街の哨戒はやってます。現在のところ使い魔も見当たらず平和で問題ない感じだよー
私の知らないうちにアオちゃんとミズちゃんが時々こっちに来てくれてるみたいなので、多分私が動かなくても問題ないかもー。
あ、でもちゃんと真面目に見回りはするよ! 安心してね!
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
「……追伸の部分だけ送ってきてよ」
同じ街の後輩魔法少女が送ってきたメールに、つい独り言がこぼれる。毎日のように、同じような惚気とともに時には写真を送ってきているが、飽きないのだろうかと永遠は純粋に考える。はっきりいって興味のない永遠はその部分には全く反応せずにメールを返している。相手も分かっているのかそのまま別の話題に移行するため、一種の様式美のようになっている感はあると永遠は感じていた。
ふとその後輩魔法少女に思いを馳せる。
この子にはちゃんと理由は話したが、それでも半ば自身の故郷を捨てる形になってまでこうして見滝原に来たのだ。しっかりとした説明をすることなく、いきなりである。何を言われても、返す言葉が無いのは事実だ。しかしそれにも拘らず、永遠を責めることなく普段と変わらない調子でいてくれている。それが彼女にとって、たまらなく嬉しいことであった。そして未だに無事でいてくれていることは何よりも嬉しいことだ。
嬉しいことといえば、正直言ってあまり仲の良くない隣街の魔法少女たちが、永遠の縄張りを奪う形にはなってるがメールの内容の通り、彼女の街を守ってくれていることだった。予想外の嬉しい誤算であった。付き合いが長いくせにあまり仲良くしてこれなかった隣街の二人の魔法少女だが、実力は折り紙付きだ。あの二人が来てくれているのなら永遠がいなくても、あの子(と隣町の魔法少女)だけでも、恐らくなんとかなるだろう。
「出来ればあの二人にはこっちに来てほしかったんだけど……」
戦闘能力に関しては、経験に裏打ちされ、そこらの魔女や魔法少女には負けないレベルの実力を有していると自負している永遠は、しかしその自分を苦戦させるほどの実力を持っていると判断している二人の魔法少女の力があれば、打倒ワルプルギスの夜はかなり楽になると踏んでいた。しかしそれは街から長期間離れることになるためにまずあの二人が許容しないだろうし、何よりももしあの二人が来てくれたなら、永遠の故郷の街を含めてあの土地の街を二つ空ける事になるのだ。そんな無防備な状況になど、縄張りを持つ魔法少女として出来る訳が無い。
結果として、一人でこの見滝原にくる事になったのだが、なんだかんだで結果オーライなのかもしれない。永遠と二人の魔法少女の仲は実際はともかくとして険悪そのものだが、あの子との関係は何故かそれなりを保っているのだ。あの二人とはもっと触れ合ってみたいと昔から密かに思っている彼女としてはいささか寂しいところがあるのだが、それはそれ。今はそこじゃない。
「ま、向こうは今はなんとかなるでしょうし、問題ないかな」
そう、今は。
問題は今じゃない。
「……あの二人に賭けるしかないのかなぁ」
繰り返す運命にありその原因が分かっても、宮湖永遠という魔法少女が見滝原に行くのを最後まで渋っていた理由。今でも後悔しているそれが、何よりも気がかりだ。
実力で云えば、あの二人の魔法少女ならばまったく問題ないといえる。むしろ過剰火力ともいえるほどだ。出会う事さえ出来れば、間に合いさえすれば問題はない。
彼女が何度繰り返しても間に合わせる事が出来ずに手遅れになったそれを、あの二人の魔法少女がなんとかしてくれるのならそれはもう、とても嬉しいことだ。
そう心の中で祈りながらも、彼女はその隅で諦観の境地にもあった。
役者が変わるだけでなんとかなるなら、今まででなんとかなっていたはずだ。何度繰り返しても無理だったからこそ、あの結果が起きるのだ。もはや因果であると云っても過言ではない。そして彼女は自分のため、ほむらのため、この世界のために、あの子を見捨てた。自分の住む街から逃げ出したのだ。
それでも、まだほんの少しは諦めていない。幽かに輝く希望を頼りに彼女は街を背にする。
一種の掛け、一種の願い。あらゆるものがごっちゃになって彼女の心を苛む。考えすぎてはいけない。これは、身を滅ぼす類の思考だ。
どつぼに嵌まる前に無理矢理思考を切り上げ、いま、考えなければならない目の前の事に集中する。
今は昼をやや過ぎた頃。まだ見滝原中学ではまだ授業をしている頃だろうか。先ほど彼女へとメールを送ってきた、ユゥと書かれた送り主の学校はどうやら短縮授業日らしく、もう学校は終わっているようであったが。
「あー、そういやうちのクラス、今日古典の小テストだったっけ。怒られそう……」
ふと学校のことを思い出し、成績に影響してしまうであろう欠席にちょっとだけナーバスになる。
見滝原に来ている件に関しては既に両親には連絡をつけてある。もちろん一方的に、そしてなおかつ真実は全く伝えていないのだが。見滝原へと移動していた当初は着信がうるさすぎたので、マナーモードに加えてドライブモードで携帯を完全に沈黙させる必要があったが今は落ち着き、なんとかなっている。……当然、彼女は自分の街に帰ってからのことは考えていないが。
「とりあえず、と」
思考が右から左へと次から次に移ってしまう。今彼女が考えるべきことは巴マミとの話し合いのことだ。
まず連絡を取るのは当然のことだが、彼女が今いる場所は見滝原中学からはかなり離れているところだ。テレパシーを飛ばそうにも、少し距離が離れすぎている。
とりあえず移動しないと、と考えたところで自転車を再び走らせる。来た道とは違う道で。見滝原の風景を楽しむように。
見滝原中学に向かう途中で見覚えのある制服がちらほらと目に入り、なんだっけかと思いめぐらせようとしたところで思い出す。そうだ、見滝原中学の制服だ。
「……まだ早いよね? あれあれ、もしかして、ここも短縮授業?」
時計を見ても、授業が終わって下校するにはやや早い時間。にも拘らずよく見渡せばそこかしこに見る事が出来る見滝原中学の制服。ハテナと首をかしげること数秒、勇気を持って近くにいた見滝原中学の生徒に事情を聞いてみたところ、やはり短縮授業であったらしい。やってしまったと頭をかくが、後悔先に立たず。
「はぁ。とりあえず念のために近くまで行くかな」
既にテレパシーを飛ばせる距離にはあったものの、実際に確認するためにも近くへと移動することにした。彼女らの下校ルートがどこにあるのかはさっぱり分からないが、運が良ければ途中で会えるかもしれない。
自転車を飛ばし、進むはいざ見滝原中学。
とはならないのが宮湖永遠という人間であり、宮湖永遠という魔法少女であった。
「さーてと、まずは休憩休憩」
道中にある全国チェーンのコーヒーショップにて少しばかり休憩。
頼んだ品物はコーヒー店らしく、ちゃんとホットコーヒーを頼んでいた。
余談だがこのような店舗で永遠がたいてい頼むのは抹茶オレであったが、今日の私は少しばかり大人よと云わんばかりに見栄を張っていた。彼女を知る人間が見れば珍しすぎて何が起きているのかと目を白黒させるほどである。ただしコーヒーはブラックではなくミルク、それも豆乳を投入済みではあったが。
「……にが」
それでも彼女のお口には合わないのであった。
うえー、と砂糖を追加で投入しながらも窓の外の景色を眺める。街の中を道行く人々を眺める。
電話しながら歩くスーツ姿の男の人、制服から覗く太ももがまぶしい女子校生、ゴスロリファッションとその身長が見事にマッチしてかわいらしい姿を演出する女の子、ビビッドカラーなキワモノの私服を着こなす芸術の化身のようなよく分からない人、THE・無難を体現するような服を来ている人妻臭漂う女性。
平和な世界だ。今ここを歩く人々は恐らく全員魔女の事など知らず、魔法が存在しているしていることすら知覚する事無く生涯を終えるのだろう。数年前までの彼女と同じく、あったら面白そうと思いながらも知る事無く。
何も知らない人々だ。知らないからこそ、守らなければならない。
「……?」
ふと、彼女の感覚が違和感を捉える。それは昨日感じたような魔女の結界ではなく、まったく別の何か。
本当に違和感としか捉えようの無い何か。原因を探ろうと店内を一瞥し、次に窓の外を注意深く見るが、やはり何も違和感の正体は見つからない。
「(気のせいかな…)」
もしかしたら彼女自身が感じている以上に心労があるのかもしれない。ありもしない違和感という勘違いで精神エネルギーを使ってばかりだと、やるべき時に十全の力が発揮出来ない。
しっかりしろ自分と喝を入れるように、目の前のコーヒーの残りを一気に流し込む。
「あままずい!」
砂糖を入れすぎた。
『はっろー。私だよー永遠ちゃんだよー。聞こえてたら返事ちょうだいねー」
学校が目の前に見えるところまでようやくたどり着き、無駄であると薄々感じながらも念のためにテレパシーを飛ばしてみるが、やはり反応はない。キュゥべえに協力を頼もうにも、今までの彼女の行いからか、こういうことに関しては面倒な理屈を並べて非協力的なのだ。もともとあれは魔法少女対して必要以上に関わりを持とうとはしていない為、どっちにしろ協力は望めない。
どうしようもない状況。向こうが避けているのかもしれないと一瞬考えたりもしたが、向こうからすれば正体不明の魔法少女の彼女だ。さすがに放置するのは考えにくい。
「……どうしよう」
永遠の周りには下校する見滝原中学の生徒がそこかしこに見られる。中学を眺めて止まっている永遠のことを見遣る生徒もいるが、やがて皆興味なさそうに各々の通学路や友人の方へと向き直る。
しばらく待つが、やはり反応はない。どう考えても学校にはもういないと結論づけるのが普通だ。
永遠もため息一つつき、用事は終わったと云わんばかりに別の方向へと自転車を漕ぎ出す。
「(はー、どこにいるんだろう。もしかして私を捜して動いてたりするのかな……ないか。どっちかといえば魔女退治に動いてる方が正確か)」
ならばこの先すべきことは決まっている。邪魔をしない程度に、この街の魔女を探し出すのだ。そうすれば自ずと会えるはずだ。
「(となると、結界捜索に一家言を持つ私の出番だね!)」
魔女や使い魔というものは、基本的に身を潜ませ、活動の拠点としているところに共通点がある。勿論それぞれの魔女ごとの特徴がそこに加わるのだが、永遠はこれまでの魔法少女としての活動歴からおおよその統計のようなものを算出しているのだった。
その統計に加えて、あとは魔女自身の特徴や特性を使い魔などから知る事が出来れば、かなりの確率で場所を絞り込む事が出来る。これも全て魔女に対して臆病な彼女が、いきなり襲われないようにするための努力の結果であるのは言うまでもない。
場所は候補が多すぎてどうしようもないし、多数と少数、どちらを好むかで大きく変わってくるのでどうしようもない。あとは時間だが……まだ少し早いと云えるだろう。
逢魔が時。
古来より魔物や妖怪が活動を始めんとされている時間。
それは魔女にとっても同様であると彼女はこれまでの経験から結論づけていた。勿論、当然のことながら例外は存在するし昼間に堂々と活動している魔女もいる事にはいる。
しかし多くの魔女は、あらゆる条件から逢魔が時以降が自分たちの時間であることを本能で知っているかのように、わらわらと動き出す。
活動を始めてしまえば人を喰う危険性も高まるが、同時に魔法少女たちに気づかれる可能性も格段に高まる。
何にせよ、魔女が好む隠れ場所というものは一定の法則があるらしいというのが永遠の持論であった。
「とっりあえず、探しますかー」
急ぐ訳でもなく、しかしかといって時間を無駄にする訳でもなく。
彼女は彼女なりのペースで動き続ける。
自転車が進む先は特に決まらず。しかし進む先に何かがあると信じて永遠は鼻歌と共に見滝原を駆ける。
「…まぁ普通に考えて、土地勘の無い場所での捜索は無理があるよね……」
彼女が見滝原を動き回ることしばらく。収穫なしという事実と疲労感からやる気が悉く奪われた永遠の姿がそこにあった。
時間にすると2・3時間といったところか。それなりの時間を捜索に充てていたが、魔女は元より連絡を取ろうとしている二人の魔法少女さえまったく引っかからないというのが結果であった。
気合いが空回りした彼女はもういいやと云わんばかりに目についたベンチに腰掛け、しばらくの間休んでいた。
「今日は魔女も活動していない、外れの日と言う事で。だから今日はゆっくりしても良い日なのです。魔法少女のきゅうそくび~」
今日も良く頑張ったー、と伸びをしながら空を眺める。空は青から夕暮れの赤へと変わりつつある色。そろそろ人間も魔女も活動の動きが変わり始める頃。
それでも今日はもう何も無いと彼女は気を抜き始めていた。そんな気がするという役に立たない直感に頼って。
さて少し目を瞑って休もうか。そう考えて瞼を落としかけていたところ、
『宮湖永遠! 聞こえていたら返事をしなさい!」
そんな彼女の許に、突然テレパシーが飛んできた。
気を抜いていた彼女は思わずずっこけかけるが、なんとか持ち直し、何事も無かったかのようにいつも通りの口調で応える。
『はっろー。その声はほむほむだね。もしかして私に』
『今は冗談を言っている場合じゃないわ! 緊急事態なの。巴マミが危ない』
尋常じゃないほどの焦りを含んだ声。少なくとも、ただ事ではないのは明らかであった。
そして会ってまだ数日の自分に対してこの連絡。罠か、本当に緊急事態か。
どちらにせよ、彼女がすべき行動は決まっていた。
『場所は』
『……見滝原の病院よ。一番大きな病院だからすぐに分かるはず。正面の玄関を中に入らず右にいったところに結界があるわ。……早く来てくれないと本当に手遅れになる』
『分かった。すぐに向かう』
テレパシーでのやり取りが終わる頃には既に彼女の姿は地上には無かった。
魔法少女としての装束を身につけた彼女は一瞬で空へと飛び上がり、目に入る見滝原の全景と頭に入れた地図を比較する。見えた病院は全部で6つ。規模を考えるとそれらしきものは2つ。一番大きな病院は……。
「こっち、かな!」
空中を蹴り出し目的の方向へと、まるで飛んでいるかのように移動し始める。時折建物へと着地するがそれも一瞬のこと、ばねを貯めるかのように踏み込み再び空へと翔け上がる。空を翔ける、まるで飛んでいるかのように移動する。その早さはすでに人のものではない。魔法少女としての力が存分に発揮されているものであった。
嘘ならばそれに越した事はない。もし彼女を嵌めるための罠であれば、大変だがそれは問題ない。彼女の実力を持ってすれば逃げる事くらい、簡単なのだから。
それでも。
もし本当のことだったなら。本当に危険な状況にあるのなら。
永遠の前では常に冷静な姿を見せていたあの暁美ほむらが、ここまで動揺して連絡を取ってきたのだ。少なくとも、ただ事ではない。本当に、危険な状況にあるのは想像に難くない。
魔法少女を失うのは、前回までの世界で十分だ。もう、誰にも死んでほしくない。間に合わないだなんて、もう言わせない。
自分という存在のファクターが無駄でなかったことを信じる為にも、永遠は何よりも速く、目的地へと進んでいた。
永遠とほむらのテレパシーによる会話からしばらくも経たないうちに、彼女は件の病院の前へとやってきていた。日は既に暮れかけている。今はまさに逢魔が時。
「入り口の右側……と」
目をそちらに見遣ると、見えるのは駐輪場。そしてそれに隠れるようにして異形の空間がそこに存在していた。
それは魔法少女にしか見えない、世界を巣食う害悪の象徴、魔女の結界。その入り口がそこにはあった。動きを止め、それを見つめる。その表情に色はない。しばらくと言うには短い時間、永遠は結界を見たまま動かない。そして徐に口を開く。
「ヘビが出るかジャがでるか……あ、両方とも蛇だ」
そんな軽口を叩きながらも彼女は深呼吸ひとつ。音もなく魔法少女としての装束を身にまとい、そのまま無表情で結界の中へと入り込んでいく。
相変わらずの異形で異様な空間。いつ来ても慣れることのない、生理的嫌悪を底から感じさせる何か。
進む先に使い魔は見当たらない。既に狩っているのか。そういえば到着してから連絡をとっていなかったと、ほむらと連絡をとろうとしたところで、道の先に何かがあるのが目に入った。
一瞬この結界のオブジェかと見間違うところであったがそれは人の形……縛り上げられた状態で放置されている人間はまさに
「ほむほむ!」
まさに今、連絡を取ろうとしていた暁美ほむら張本人であった。
近くまで駆け寄り、ほむらを縛っていたリボンのような紐を断ち切る。
「もえもえは!?」
「早く! 時間が惜しい!」
微妙に噛み合わない会話が事態の緊急の度合いを表していた。本当に危ない。それは空気からも、彼女の経験からも理解し得ることであった。
魔力によって強化した身体で全速力で奥へと突き進む。ほぼ一本道のそれは途中で別の何かに遭う事も無く、ひたすらに二人を奥へと運んでいった。
移動する間の二人には会話はない。ほむらに関しては自身の能力による移動の方が素早く、手っ取り早いのは承知していたが、それでも永遠と共にただ走り続けた。
景色は変わる。異様の空間は異境的で異常なものへと変遷していく。それは結界の中枢に近づくということ。それからしばらくと走らないうちに道は行き止まりへとたどり着いた。延々と続く道の終着は一つの扉であった。手術室の扉を模したものというよりも、どうみてもそれにしか見えない魔女の部屋への扉を蹴り破り、直ぐ様突入する。
そこでの光景は、ほむらの様子から予想していたものとは程遠いものであった。
マミが魔女であろうものと戦い、そして縛り付けることで追いつめていた。動きの取れない魔女は抵抗する事無く縛り上げられ、マミの魔法の餌食となろうとしていた。
「……あの魔女はまだ終わらない。巴マミは油断して喰われる」
ぽつりとほむらが呟く。永遠の頭に疑問が浮かぶが、それは一瞬にして霧散する。
暁美ほむらは自身と同じく時間遡行者である。故にこの先の出来事を知っていたとしても不思議ではない。その事実を思い出したのに加えて、目の前の状況が一変したことが決定的であった。
マミの放った大砲により、小さなその魔女は身体を貫かれ、撃破したかに見えた。
それは勝者の余裕からの油断か。勝利の余韻からのほんの僅かな空白。それは戦いの際には決して見せてはいけない隙。その先の真実を知るは暁美ほむらただ一人。貫かれたはずの魔女の身体から、質量保存の法則を無視した異様なサイズの新しい魔女が生まれでる。蛇のようにうねるその魔女は、隙だらけの動きの止まったマミへと一直線に伸び、その身体を――——
「……」
喰らうはずだった。
誰の目から見ても、脱皮するように生まれ出た魔女に、マミが喰われるのは明らかであった。にも拘らず
「……え? え? 暁美……さん?」
巴マミという少女は生きていた。ほむらの両手に抱えられた姿で、先ほどとは違う場所に一瞬で移動し、そして怪我一つなく生きていた。
誰もが状況を理解出来ない。倒したと思った魔女に喰われそうになった巴マミ当の本人を始め、陰でひっそりと応援し見守っていた鹿目まどか・美樹さやかの両名も、隣にいたはずのほむらの姿が消えていたことに一瞬遅れて気づいた永遠も。
真実を知るは暁美ほむらただ一人。
「いきなり心臓に悪いんだけど!」
一瞬の沈黙を破ったのは永遠の声。しかしその一瞬で現状は大きく変わっていた。
死する運命にあったはずの巴マミは暁美ほむらに寸でのところで助けられ、マミを喰らわんとした魔女は壁にへばりつくようにして"何か"によって射止められていた。
「びっくりして反射的に撃っちゃったけど動きを止めただけだから問題ないよね! さぁほむほむともえもえ! とっととやっちゃって!」
声の主は宮湖永遠。自分の方を見た魔法少女二人に対して、キラリとウインク。自分の役目をほんの短い間で理解し、行動した彼女はそれをしっかりと果たしていた。
「今度こそ仕留めるわよ、しゃんとなさい巴マミ」
「え、えぇ……!」
すでに思考を切り替えているほむらと違い、未だ頭が追いつかないマミは一拍遅れて行動を起こす。
しかしそこからの動きは早いのは、さすが熟練の魔法少女といったところか。
自らを縛り付けていた永遠の魔力の拘束を力づくで振りほどき再び動き始めた魔女を、ほむらの銃火器による牽制で動きを止める。それに続くマミの束縛魔法、そして動きを止めた魔女に対して再び大砲による必殺。
あっけないものであった。時間にして1分もかかっていないであろう魔法少女と魔女のせめぎ合いは、当然の如く魔法少女の勝利によって幕を閉じた。
結界は揺らぎ、世界の崩壊を告げる。
瞬きの一瞬で異様の世界は消え去り、現実の世界へと、人間の世界へと少女たちのその身を戻す。
彼女らの世界に再び短い平穏が訪れた。