ジョハリの窓   作:碼椙 柊

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成功=継続・失敗=移行方略(win-stay lose-shift strategy):学習において、強化されれば現在の状態を継続し、強化されない時は別の状態へと移行するという方略のこと。


07話「成功=継続・失敗=移行方略-win-stay lose-shift strategy-」

「いやー、ほんとにびっくりした。中に入って状況を理解しようとする時間もない内に、もえもえが変なのに食べられそうになってるんだし」

 

 病院の外れ。

 そこには5人の少女の姿があった。

 異郷の地から赴いた未来を知る少女、宮湖永遠。

 時間を繰り返し、自らの望む世界へと邁進する少女、暁美ほむら。

 一身で自らの住む街を守り抜き、今しがた二人の魔法少女に命を救われた少女、巴マミ。

 そしてその素質を見抜かれ、候補生として異形の世界を覗き見る二人の少女、鹿目まどかと美樹さやか。

 彼女らはつい数分前までこの場所に張られていた結界の中で、生死を賭した魔女との戦いにその身を投じていた。

 

「とりあえず、無事に結界から出られて何より! もえもえを助けられて良かったね、ほむほむ!」

 

 そしてその戦いに見事勝利を収め、元の世界に戻ってきたところであった。

 ほむらへと、言葉と共ににこりと笑いかける永遠に対し、ほむらは聞き流すようにその表情を変えず、視線はマミへと向けていた。

 

「私の言っていたことが理解できたかしら。いくら後輩が出来て浮かれていたとはいえ、あれはさすがに気を抜きすぎよ」

 

 ほむらの声が厳しくマミに刺さる。しかしそれに反論できる材料をマミは持ち併せていない。命を助けられたとはいえ、つい先ほどまで良い関係であるとは云えなかった二人。互いが互いに余裕を持てず、一触即発といっても過言ではなかった相手だ。マミはそういう相手に助けられたのだ。

 鹿目まどか・美樹さやかの両名がいるからこそ、体面は未だに取り繕えているが、そもそもマミの心の内はほむらに対して反論したり何かを答えたりする余裕はなかった。

 

 あと一歩で死んでいた。

 ほんの少し、いずれかの行動を起こす時間が違えていれば、今自分はここに居ない。頭からがっぽりと喰われて見るも無惨な姿で死んでいただろう。それを、目の前の少女は助けてくれたのだ。巴マミという少女の命を救ったのは、今マミの目の前に居る少女であるのは何よりもの事実。

 

 暁美ほむら。巴マミからすれば宮湖永遠と同じく正体不明の魔法少女。ほむらからマミに対して目に見えて敵対の意思は見えないものの、新たな魔法少女が生まれるのを阻止しようとしている。故に魔法少女としての素質のある鹿目まどか・美樹さやかの二人はほむらにマークされているのだろう。マミはそう考えていた。この二人と行動していると、マミとほむらは出会うことが度々ある。もちろん、魔法少女としての使命である魔女の討伐という重要な仕事がある故に出会ってしまうということもあるが。

 どういう形であれ、自分は暁美ほむらに命を助けてもらった。勘違いだったのかもしれないが、鹿目まどかと美樹さやかを守る為に結界の途中に縛り付けたりもしたのに。それなのに目の前の少女は助けてくれたのだ。無視しても良かったはずなのに。

 ——どういう風の吹き回しなのだろうか。もしこの少女が、真に自らのグリーフシードの為だけに鹿目まどかと美樹さやかを狙っていたのなら、あの場面でマミ自身を助ける必要は無かったはず。あそこで恩を売る必要など無かった。だから暁美ほむらの行動理由がグリーフシードなら、自分を助ける必要はない、はずだった。

 

 マミは思考の波に飲まれる。なぜ、どうして。答えは一人で考える間はいつになっても出てくる事がない。

 暁美ほむらという少女は一体何なのか。出る事の無い答えがマミの頭の中を巡っていく。

 あの正体不明の魔法少女——宮湖永遠——が言っていたように、この少女は悪意だけで動いている訳ではないのだろうか。

 一人では答えが出るはずも無い問いを延々と続けていく。その思考は堂々巡りのように同じところへ行き着き、そして答えのでないまま再び思考は再開される。

 そして再び思い出すのは先ほどの魔女戦。目の前にまで伸びてきた魔女の大口。死を覚悟する余裕すら無く、ただ一瞬の出来事。

 今になって記憶が鮮明になる。その記憶は恐怖以外の何物でもなかった。思い出そうとするほど、身体がこわばってしまう。

 

「…ちょっと巴マミ。話を聞いているの?」

「え、あぁ。……ごめんなさい。よく聞いてなかったわ」

 

 そう答えるマミの手は未だ震えていて。一瞬前までの恐怖を未だに心から消せない姿を隠しきれずにほむらに見せていた。

 それを見たほむらはため息を吐きながら髪をかき上げて視線を外す。

 

「あなたも魔法少女なら、しゃんとしなさい。私たちの使命に、二度目は無いのだから」

 

 優しさと厳しさを持った言葉にマミは何も言う事が出来ずにいた。まさにその通りであると分かっている。しかし、直前までのあの光景が、目前にまで迫った恐怖が、マミの身体にまとわりついているのだ。死の匂いとも云うべき、具現化された彼岸の迎えがすぐそこにまで来ていた。

 歴戦の魔法少女であれども、その中身は中学生に他ならない。これほどにまで死を近くに感じて、何も感じずにいられるほど鈍感な年頃では無かった。

 死の恐怖は魔法少女である限りは必ず経験するといっても過言ではない。その頻度や質に差はあれど。今回のはさすがにベテランのマミといえども、そのままで過ごすことが出来ないものであった。

 

 しかしそれでも、それだからこそ、ほむらは今回マミを救えたことに何よりも価値を見いだしていた。

 気が動転していたマミには気づく余裕も無かったが、マミを救ったとき、ほむらは一瞬だけだがとても安堵した表情を見せていた。もちろん、それは遠く離れていた永遠やまどか、さやかなどは気づく由もなかったが。ほむらにとってマミは心の弱い、尊敬すべき偉大な先輩だ。だからこそ、マミを守れたことが何よりも誇らしかった。もちろん、そんな心の内など誰にも見せなかったが。

 

 

 ほむらとマミの掛け合いのような会話を横に、永遠は思い出したかのように視線を魔法少女ではない、別の二人の少女へと見遣る。

 見るからに気の弱そうな華奢な子と、頭の中身が少し抜けてそうな少しボーイッシュな色のある子。

 あぁそういえばキュゥべえが何か言っていたような、と空を見上げて思い出そうとしたところで面倒だと思い、止める。そして再びその二人の少女を見遣る。

 

「え、えーと」

 

 困惑しているのか、初対面の彼女に対して華奢な子は固まってしまっている。もう一人の子は永遠を見定めるかのように、そして華奢な子を守るかのように一歩前に出て永遠を見返す。

 じーと眺め続け、両者の間に沈黙が流れる。傍らからはほむらとマミの掛け合いのような声。

 

「……ほむほむー、この子たち誰?」

 

 沈黙の時間を続ける理由も無く、ほむらに対して質問をする。目の前の少女たちに直接聞くような勇気は彼女は持ち併せていない。いくら魔法少女として気持ちを切り替え、意気を上げているとはいえ、少しばかり気の抜けた今は元の状態に戻りつつあるのだ。

 永遠の質問はマミとの会話に忙しいほむらには聞こえず、宙をさまよった。しかしそれを拾ったものがいた。

 

「それは僕から説明しよう。この二人はこの街に住む、魔法少女の素質を持った少女たちだ。

 今は魔法少女としての願い事が決まるまで、マミが魔女退治をする傍らで魔法少女がどういったものなのかというのを実際に見せているんだよ」

 

 彼女からすればうわ出た、と言葉にはしないものの表情で丸わかりの表現をする。どうしてここにいるんだと問いかけようとしたところで、魔法少女在るところにキュゥべえ在りは当たり前の事。問うだけ無駄だと思い出し、表情を切り替える。

 

「あーそうなの。……まぁ私の街じゃないから契約に関しては特に何も言わないけども、さ。

 とりあえず自己紹介するね。はじめましてー、私は宮湖永遠っていうほむほむやもえもえと同じ、魔法少女をしてる女子高生でーす。よろしくね」

「あ、と…えと……はじめまして」

「は、はじめまして」

 

 永遠の勢いについていけない二人は戸惑いながらもなんとか挨拶をする。ふと聞き覚えのある声に、さやかはもしかしてこの前のテレパシーの人だろうかと一瞬頭の中で考えを巡らせる。

 

「うんうん。挨拶が出来るのはとても良い事です。魔法少女の見学かー。私も最初は似たようなことしてたなー。懐かしいや。あ、やっぱりさっきの訂正。契約に関してはまぁ正直私としてはどうでもいいんだけど、内容はしっかり考えなよ。せっかく考える時間があるんだから、それを無駄にしないようにね。一度きりで後戻りなんて出来ないから慎重にね」

 

 にこりと笑いかけながら先輩からのアドバイスですーと軽く流す。

 口にしてから、ちょっとばかし先輩風吹かせすぎかなと誰も気にしていないことを考え、若干の自己嫌悪に陥る永遠だが、勿論それを表面には見せない。

 

 永遠は軽くふわふわと話すものの、まどか・さやかの二人からすれば初対面の年上。緊張しない訳にはいかなかった。当然のこと、表には出していないものの、それと同じ位性根が人見知りの永遠も緊張しているのは云うまでもなかったが。

 

 いったい彼女は何者なのだろうと二人は考えを巡らせる。しかし魔法少女でもない二人がその答えを見つけられるはずも無く、ただ見当違いの方向に考えを巡らせるだけであった。そんな二人をみて、少しばかり緊張が落ち着いてきた永遠はふぅとため息を一つ。どういう形であれ、年下によく見られたいのは誰だって同じだった。なんとか威厳のようなものを保てたと考えている彼女は一安心とばかりに視線をめぐらせる。

 そこで永遠の視界に入ってきたのは白いぬいぐるみ。言わずもがな、例の生物であった。

 

「っていうかきゅーべー。あんた何で居るのさ」

「魔法少女が居るところに僕が居たとして、別におかしいところは無いんじゃないかな」

「そういう問題じゃないんだけど」

 

 はぁと再びため息を吐き、目の前の二人の足下近くに居るキュゥべえをもう一度見やり、もう一度口を開く。

 

「あとこれ以降、私の気分が悪い時にその姿を見せたら、問答無用でぶっ潰すからね。いい加減にしてほしいんだけど」

「僕は魔法少女同士の無用な争いを防ぐ役割がある。だから君たちの近くに居ることで動向をある程度知っておく必要があるからね。こればっかりはどうしようもないよ。……それと、僕は君が来る前から結界の中にさやかたちと居たということを忘れないでほしいね」

 

 あっそと彼女はそっけなく呟いて、それ以上、キュゥべえの方を見ることはなかった。

 

 そして再度二人の少女へと視線を戻す。困惑しているように見える。そういえば、この前のテレパシーはこの二人にも聞こえたのだろうかとふとそんな疑問を持つ。

 魔法少女同士のテレパシーであれば何も考える必要は無い。しかし目の前の少女たちが、彼女のテレパシーを聞き取るには、キュゥべえによる中継が必要になる。キュゥべえはテレパシーの中継を適宜判断して送ったりしているようだが、果たして前回のテレパシーはこの二人に届いてしまっていたのだろうか。

 

「(ま、どっちでもいいや)」

 

 それは気にしても仕方の無い事であった。過ぎた事であるし、どういう形であれ今日、そして今が初対面。いくらでも仮面をつけて猫を被る事は出来る。問題ない。魔法少女としていつもやってることだ。

 

 沈黙が流れたところで、目の前の少女二人と魔法少女二人を眺めながら永遠は見滝原の今後を勝手に案じてみる。見滝原はそれなりに大きい街で、人口の数に比例するかの如く魔女の数も多いように思える。現状ほむらとマミの二人でグリーフシードに関しては問題なさそうに思える。実際のところはその全てがグリーフシードを落とす訳ではないので現状を知る由もないがどちらにせよ、あと二人増えるとなると、今後の動き方はそれなりに考えなければならない。

 グリーフシードは魔法少女の生命線だ。動けば動く程に、魔法を使えば使う程に必要とする量は増える。となると必然的に効率の良い戦い方が求められる。それが意味するところは、経験の浅い魔法少女は不利であるということ。

 

 そこまで考えたところで、ほむらとマミならたとえ二人ほど増えても問題ないだろうと、勝手に案じて勝手に結論を出したところで息を吐く。

 落ち着いた頃かと永遠がほむら・マミの魔法少女組を見やると当然と云うべきかそれとも何故かと云うべきか、先ほどと何も変わっていなかった。

 魔法少女候補の二人も心配そうにちらちらと目を遣っている。あの二人は気づいていないのだろうか。それとも気づいていてなお続けているのだろうか。どちらにせよ、言い合いのようになりながらも何故か刺のない雰囲気は安心出来るものであった。

 

 魔女は討伐した。戦いは終わった。魔女空間から解放されたこの瞬間こそ、もっとも気の緩む時間。いまこの瞬間こそ気をつけるべき瞬間なのだと、教え教えられていた永遠は、たとえ周りがどのような状況であってもその軸をぶれさせない。過去に一度だけあった苦い経験。それが刺となり軸となり、今の永遠を形作る一つとして存在しているから。

 それでも。それでも久しぶりの多人数での魔女討伐の達成感というものは、悪いものではなかった。たまには、一瞬だけなら、忘れたっていい。ここには手練れの魔法少女たちがいるのだから。そんな気持ちが永遠の内にわく。

 

「ま、これにて一件落着だね。大きな怪我もなくみんな無事に戻れてほんとよかった」

 

 胸の前でぱんと手を叩き、暗にそろそろ解散だと周りの少女たちに告げる。

 時刻は既に夕方を過ぎている。暮れ行く空は夕闇へと変わりつつある。直にあたりは暗くなるだろう。さすがに中学生の女の子をそんな時間まで外に出していては、年上の面目が立たない。同じ魔法少女やその候補であったとしても。

 

「さ、みんな帰ろう帰ろう。あんまり遅くなりすぎると、ご両親が心配しちゃうよ」

 

 携帯電話を取り出し、時刻を見せる。

 時間に驚いたのは候補生の二人。どうやら思っていた以上に時間が遅くなっていたようだ。引き止めちゃってたかな、と永遠は少し罰の悪そうな表情を見せた後に帰るよーと先導するように病院の出口へと歩いていく。

 一息後れて残りの四人がその後をついていく。

 外来の診察時間はとうに過ぎているため、病院を出入りする人間の姿はそう多くはない。時折見える見舞い客の行き来を目の端で流しながら、ゆっくりと歩みを進める。

 

「あ、あの…」

 

 永遠の後ろから声が聞こえ、おもむろに振り返る。声のした方向……彼女の視線の先には巴マミがいた。

 

「暁美さん、……あと、宮湖さん。その……ありがとう」

「……礼には及ばないわ」

「…いやーん、もえもえかっわいー☆ 抱きしめちゃう!」

 

 走り寄り、マミの身体を抱きしめながらその頭をよしよしと撫でる。されている本人は困惑の表情を浮かべているが、永遠のスキンシップを拒否することは無かった。

 

「っていうかもえもえはもっとほむほむに感謝するべきだよ!

 結界に縛られながらも私に助けを呼んできたんだし、もしあれがもうちょっと遅れてたらほんとにどうなってたか分かんないからね。助かったからなんとかなったものの……」

 

 頭を撫でながらマミに対して思い出したかの様に話しかける。

 三者が三様、再び先ほどまでの魔女戦を頭の中から思い出すように思い浮かべる。

 異様な程に焦った声で永遠に助けを求め、それに応え、そしてたどり着いた先には驚愕の光景。時間にするとあっという間だったかもしれない。しかし異様な程に凝縮されたその一瞬の間。

 

 ほんの少しの行動の違いで、結果は大きく変わってしまっていた。

 ほむらが永遠に助けを求めたからこそ。永遠がそれに応えて全力で応援に駆けつけたからこそ。歯車は上手く回り、一人の魔法少女の死という不協和音を奏でる事無く、哀しい結果が生まれることなく、こうして平穏無事な時間を再び享受出来ることとなったのだ。

 

「とにかく、もっと命を大事にしないと。魔法少女になっても人生は一回きりだよ! 残機は常にひとつ、油断ならないんだから!」

 

 抱きついていたマミから離れ、その目の前で人差し指を立てて、それを片方の手で弾くような動作をする。

 どんなに魔法少女として強くなっても、命を落とせばそれで終わる。どれだけ歴戦の魔法少女であっても、それは変わらない。魔法少女の心臓たるソウルジェムが砕かれてしまえば、いくら強大な魔法少女であってもその命を失う事となる。現実は平等に残酷なのだ。

 それを知るからこそ、強さによる慢心などあってはならないことだ。だからこそ、永遠はいつまでも魔女に恐怖する。永遠にとっても、他の魔法少女にとっても、そして誰にとっても魔女は命を刈り取る死神たる存在なのだから。

 

 間に合った事は何よりも喜ばしい事。助けられたのは何よりも嬉しい事。魔法少女を失わずに済んだのは、彼女にとっての自信になるものだった。助けられなかった時ほど悔しいことはない。間に合わなかった時ほど自らの無力を悔やむ時は無い。ずっと、ずっと、何度も失敗し続けて来た彼女だからこそ、この一度の成功は何よりも喜ばしいことで、何にも代え難い嬉しい出来事であった。

 

 もう、たとえ一人でも、魔法少女は失いたくない。全員は無理でも、せめて自分の知る魔法少女たちくらいは、自分が守って救いたい。

 最大多数の最大幸福、なんて言葉があるが実に合理的で実に平等で実に分かりやすいものだ。納得はしていないが理解はしている。現実的に物事を見た場合、それが最も効率的であると。

 誰もが理不尽に命を奪われない世界。そんな理想を得る事が出来ないのは分かりきっている。だからこそ、目の前の現実くらいは救いたい。

 

「あ、あの……」

 

 そんな小難しいことを頭の中でつらつらと考えているところに、ふと声を掛けられ現実に戻される。

 宙に浮いていた思考を手元にまで引き戻し、意識を声の掛けられた方へと向ける。

 そこには所在なさげに手を胸元で握りしめるマミの姿があった。

 

「も、もし良かったらお礼がしたいのだけれども……」

 

 いきなりの言葉に永遠は面食らったような表情を見せる。マミを助けたのはそもそも彼女自身の生き方に由来するものであり、決して恩を売る為にしたのではない。視線を横に遣ると、同じように面食らったのか、少し驚いた表情を見せるほむらの姿がそこに見える。

 礼なんて、言葉だけでも充分すぎるくらいだ。彼女にとっては、魔法少女が生きている。それだけで満足出来る結果なのだから。

 そもそも恩や礼のための行動ではない。空腹になれば飯を食う。彼女にとってはそれくらい、当たり前のことなのだ。

 

 だからこそその言葉には少しばかりの同様を見せてしまうのは仕方のないことであった。勿論、そんな彼女の内心などマミには知る由もないのだが。

 

「その……よかったら、私の家でお茶でも……」

 

 どうかしら、と手を所在なさげにもじもじさせながら永遠とほむらに話しかける。そんなマミの姿に思わず滾る彼女であったが、その心の内をぐっとこらえて、溢れ出るリビドーのような何かを抑えつけて永遠は再び笑顔を作り、マミへと口を開く。

 

「お礼かー。嬉しいけれど、それは遠慮しておこうかな」

 

 出来ることなら是非とも乗りたい提案ではあるがまだ時期尚早と判断し、今それに乗る事を彼女は善しとしなかった。

 

「せっかくでとっても嬉しいんだけれども、お家にお邪魔するのはもっと仲良くなってからにするね。さすがに警戒感が一気に薄れ過ぎだよ」

 

 残念そうな顔で。

 勿論嘘ではないしその表情に偽りはない。しかし彼女の生来の気性がその提案に乗る事を邪魔するのだ。出来る事ならば、このままの勢いで行きたいものなのだが、こればかりはどうしようもない。

 口から出てくる言い訳のようなものをべらべらと吐き出しながら、この場の解決を企図する。

 

「時間も時間だしね。中学生はとっととお家に帰って晩ご飯を食べなさい! それじゃあね! さぁ帰った帰った!」

 

 背中を押して病院の敷地の外へと押し出す。警備員らしき人がちらりと5人の姿を見たが、彼女は気にする事無くわいわいとなんでもない事を口にしながら歩みを進める。

 まだまだ双方の理解が充分でない現在、下手にこれ以上余計な話をしていると無駄な誤解を招きかねない。そういう場を設ける心算はあるので急ぐ必要もない。

 

 4人それぞれが、納得のいかない表情をしていたのを気づかぬ永遠ではなかったが、それでも今日のこの場はお開きにすることに変わりはない。

 

 

 結局急かす形で4人を返した永遠は、一人になってようやく長いため息を吐いた。

 精神的に非常に疲れた一日だった。なんでこんなに疲れたのだろうとふと一日を振り返ってみるが、これだけ一日中気を張っていれば当たり前の話であった。特に見滝原に来てからは常に魔法少女として振る舞っているため、気を抜く暇がない。日中くらい気を抜いても良いのだが、彼女はそれを善しとしなかった。

 

「…でもさすがに疲れたかも……。気を休める時間が欲しいかも……」

 

 誰に話す訳でもなく、宙へと言葉を浮かべる。

 当たり前の話ではあるが彼女は高校生である為に、一ヶ月もの間、身寄りのない土地に居続けるには資金面に多大な手落ちがある。常にホテルに宿泊するほど金銭面に余裕がある訳でもなく、かといって外法で資金を調達するような度胸もない。故に彼女は常に宿を探し歩いている状態にある。

 

「(身体と衣服の汚れは魔法で何とかなるし、お腹が減るのもごまかせるけれど、やっぱり気持ちはどうしようもないなぁ)」

 

 大抵は人の住んでいないと思われる空き家や、使われていないオフィスなどに侵入し寝床としていたのだが、やはりそれでは完全に気が休まる訳ではない。当然のことながら法に反しているためにその罪悪感が彼女の心に残るからだ。魔法少女に対しては非常にフランクな態度を取っているが、永遠の元来の性格はそれとはかけ離れたものであり、図太い神経を持っているような性格ではない。

 

 そろそろ真面目に考えないといけない。

 頭に浮かんだのは、これからの魔女との戦いやもう二十日ほど後に迫ったあの忌わしき魔女との決戦のこと——ではなく、目先の衣食住の問題であった。

 

「(ほんとに、どうしようかな……)」

 

 泊めてもらう宛てもなく、かといって解決策も思いつかない。

 

「ま、いいか。なるようになる。れっといっとびー。さぁさぁ、今日のおうちに帰りましょー」

 

 どうしようもなくなってしまえば、その時に考えればいい。案外なんとかなるだろうから。

 結局それ以上は考えるのをやめ、止めていた歩みを再び進めることにした。

 

 

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