幸いにも、この学院の教師達のフットワークは軽いらしい。
適当に見つけた小太りのご婦人、シュヴルーズに話しかけると、私の容姿に驚きつつも対応してくれた。
驚いたといえば、なんと私を起こしてくれたシエスタというメイドさんが、私がこの世界に出現する瞬間を目撃したらしいのだ。
「この様な事が起きるとは考え難いのですけれど……シエスタさんの証言によれば、貴方は恐らく、召喚の儀式の影響によって召喚されたのでしょう。そばにメイジが居なかったこと以外は、証言された現象と儀式は酷似しています」
「召喚の儀式?」
「はい。メイジしいては貴族の生涯の使い魔を決める、人生において重要な、神聖なる儀式です」
私はその様な儀式を知らないし、使い魔を一々召喚するのに神聖な儀式等とは、仰々しいにもほどがある。
以前の世界では、その様な召喚魔法はアルカナ一枚で数体召喚できてしまう。時間が経てば消えてしまうから、生涯の使い魔とするには無理があるが。
まあ、この世界における使い魔と言うのは私の言うそれとは無関係なのはよくわかった。
「なるほどね……。あれ、じゃあ私、誰かの使い魔になるの? 誰かが呼び出したってことでしょ」
「いえ、今頃は、召喚に失敗し使い魔が現れなかったとされ、再び召喚の詠唱が行われている事でしょう。応じた使い魔が確認できれば、再召喚せずにそのまま契約へと移行するのが儀式のしきたりなのですが。……今回は何かの間違いでしょう、貴方が使い魔として召喚されたとは思えません」
そうか。うむ。これはラッキーだ。ていうか危機一髪だ。誰が使い魔になるんだよ。私? いや勘弁。
「まあでも、なるほど。ふうむ……どうしたことか」
誤召喚の被害を被ったとして、ここの学院に住まわせて貰えないだろうか?
一介の教師に訴えかけたところで、私を住まわせる権限はないから、どうしても学院長に話を付ける必要があるだろうが……。
「事故で人間が召喚されたと解釈して、貴方が使い魔となることは無いでしょう。……ところで、ウィレミナさん。貴方は召喚前、何処に居られたのですか?」
「召喚前? 確か、○○○王都*1って所なんだけど」
「……王都、ですか。少なくともこの大陸ではなさそうですね」
そりゃあそうだろう。海を超えるどころか、時空を超えた所からやって来たのだから。
「ここの国はなんて?」
「トリステイン王国です。ハルケギリニア大陸の北西に位置しています」
「なるほど……知らない大陸だ」
「ええ、どうやらお互いの国の名が知られない程に遠い様です。念の為調べておきますが、その国までの道筋を割り出すのは困難を……いえ、不可能に等しいでしょう」
「……」
「一度、学院長に話を通しましょう」
……やった。これで衣食住の確保に一歩近づいた。
学院の責任で住まわせてくれると言うことだろう。そうすると、シエスタさんの証言の信頼性が肝になる。
頼むシエスタさん。貴方が嘘をついているとは到底思えないし理由なんか無いだろうけど、学院長にもそう思われている人間であってほしい。
・
・
・
「オスマンさん、1つ相談したいことが」
仕事が残っているという頼みの綱、シエスタと別れ、教師と二人っきりになって学院長の部屋へと向かった。私はその後ろで緊張しきっていた。
4度のノックをし、ドア越しに言い放った教師シュヴルーズの言葉の後に、しばらく待たずに部屋の中から声が返ってくる。
「シュヴルーズか、入りなさい」
「ええ、失礼します」
「失礼します」
「ふむ、そして後ろのは……ほっほう、赤いローブに白いリボン、そして中々の美人じゃないか。ふぉっふぉっふぉ」
「初対面の女性を口説くのは止めたほうがよろしいかと」
秘書なのだろうか。部屋の横にある机で、書類と向き合いつつ老人へ苦言を申し上げた。
だいぶ愉快な老人、いや学院長らしい。どうやら必要以上に緊張する理由もなさそうだ。
「して、見るからにお主……」
「ウィレミナだよ、レミィでも。……あ、です」
「ではレミィくん、気軽な言葉遣いで良いんじゃぞ。どうやらお主に関わる相談事の様じゃが?」
「ええ。本日行われている召喚の儀式で不手際があったのか、ウィレミナさんが召喚されてしまったようなのです。しかも会場から離れた場所で、です」
「ほう。そのような事が……」
それの他に説明する必要のある事のほとんどを、シュヴルーズが済ましてくれた。
最後に、私からの希望としてここに泊めてほしいとも伝える。全寮制の学院ならば、不可能では無いはずだ。
「ふむ、ふむ。……レミィくん、毎日わしの肩を揉んでくれると言うのならおごおおごおおおぉ……!」
あ、学院長の肩が秘書さんの手で握りつぶされそうになってる。
「ウィレミナさん。貴方の事情は把握しました。この件の原因は私達学院にあると認め、こちらで保護することとします。一介のメイジとしても、責任を負いましょう」
「あ、うん。えっと、学院長は大丈夫なの?」
「頭以外は大丈夫なのでお気になさらず。……しかし、無条件で貴方を受け入れるのも、多くの貴族の生徒を抱える私達としては、危機感無く受け入れる事も出来ません。多少の制約を掛けさせて頂きますが、それでも宜しいですか?」
「大丈夫だよ。檻の中が寝床だったり、パンの耳で3食過ごすとかじゃなければ」
後々に思い返すと、この軽口は学院長がああだったから言えたのかもしれない。
「有難うございます。今すぐにも案内したい所なのですが、こちらで部屋を用意するにも時間が必要です。申し訳ありませんが、それまで客間の方でお待ち下さい」
客間でも大満足である。
貴族の養育、訓練施設というだけあって、どこもかしこも高価そうな設備や家具でいっぱいだ。さぞや客間のソファもふかふかなのだろう。
そう思うとワクワクしてきた。流石にソファの上で跳ねるような真似はしないが、与えられた部屋のベッドでするまで我慢だ。がまんがはま。
「うん。お気遣いありがとう。あんまり気を使わせるのも悪いから、最低限夜寝られる状態になってくれれば良いよ」
その思いに反して、口は遠慮するような言葉を紡いだ。信用を失い追い出されたくはない。
「善処いたします。さ、客間へ案内します。この部屋に居ると、何時ネズミの目に覗かれるか分かりませんので。シュヴルーズさん、ここからは私が対応します。ありがとうございました」
「良いのよ。あと、今回のお返しと言っては何だけれど、オスマンさんのセクハラがひどかったら、何時でも相談なさいな」
「有難うございます。では」
「それじゃあ、私は失礼するわね」
「あ、シュヴルーズさん、このお礼は何処かで必ず返すよ」
「ええ、楽しみにしているわ」
「それではウィレミナさん、こちらへ」
・
・
・
客間へ案内され、予想通りふかふかソファーとなかなか大きい机がある部屋で、待機を指示された。
どこかへ出かけたい時は学院長室の司書ロングビルに伝え、後は適当なメイドを捕まえて案内を頼めとのこと。
と言われても、今の私に何処かへ出歩く気力はまったく無い。
一度気絶していたとはいえ、その直前までカオスの試練に挑んでいたのだ。
実の所、今まで私の抱える疲労を悟られなかったことに驚きだ。幾多の試練の繰り返しで多少は体力がついたかもしれないけど。
そして今、このふかふかソファーの魔力に抗う力は残されていない。
良きかな良きかな。この眠気に逆らうつもりは全くなかった。
本能にしたがって目を閉じてみると、眠気が意識を覆い隠してしまった。
「……すぴー」
「ウィレミナさん。紅茶を……あら、寝てしまいましたか」
ウィレミナは、ソファーに座った姿勢のまま眠ってしまっていた。
これでは身体を痛めるだろう、と思ったロングビルは、そんな彼女を横たわらせた。
「あら? これは……」
その拍子に、眠る彼女の懐から何かが零れ落ちた。
それは、五角形の各頂点に5つの属性らしきシンボルが記された、一見魔法陣の様なメダル。
それは伝説の勲章と呼ばれる、2度にわたってウィレミナを転移させた元凶であった。
「……」
少し考えた後、ロングビルはそのまま懐に仕舞った。
僅かな笑みは、果たして誰にも見られる事なく、この部屋を去っていった。
・
・
・
今や夕方。自然と目が覚めた私は、ロングビルのところを訪ねようと足を運んだ。
寝てしまった事は多分、知っているだろうし、一応起きたって事を伝えておきたかったのだ。それと序に、外の空気を吸いたいから、それを伝えに。
「……ふあぁ、ねむ」
ここまでぐーたら過ごすのも久しぶりに感じる。休日と定めた日でもないのにこんな事をしていると、同居人の家具どもが色々言ってくるから気が休まらないのだ。
カオスの試練は年中無休である。地獄か。
「えーっと、ロックビルさん、居ますか?」
「ロングビルです。こちらから迎えます」
「あ、ごめん」
ノックして尋ねたら、本当にロックビル、いやロングビルの方から来た。一瞬だけ開いた扉の向こうを見ると、学院長がなにやら机に向かって真剣そうに本を見つめていた。
「名前間違えてごめん。あと眠り込んで迷惑じゃ無かった?」
「ええ、問題ありません。私は貴族ではありませんし、客室も使われる予定は無かったので」
「へえ、じゃあ平民なのにここの秘書に就いてるんだ。すごいじゃん! ……あ、だからって気安い態度じゃダメ?」
「別に私は構いません。ただ、幾ら学院長があのザマでも、礼儀を欠くのはお勧めできません」
「わかった。気をつける」
「ええ。それでは、本題に移っても良いのですが……貴方が寝ている間に、召喚の儀にて少々騒ぎがあったので、お伝えします。貴方も知っておくべきでしょう」
「召喚の儀って、私がここに来た原因の……え、何があったの?」
「2人目の人間が召喚されました。正式な使い魔として」
「……ほわ」
ほわっと?!
え、使い魔として人間が召喚されました?! うわあっぶなぁ! 立場が逆だったらきっと馬車馬の如く扱われるに違いない!
ぶるぶるっと震える体を自分を抱きしめるポーズで抑える。
「ほわ、とは?」
「そ、それはとにかく! ええっと、その人は大丈夫なの?! というか会える?!」
ああ怯えたものの、わが身の心配は恐らく無用。ならば、飛び火を警戒したかった。
……似たような境遇の人間一目見たい、と言うのも理由として大きいけど。
「今は気絶しているらしいです。主人である生徒の個室へ運び込まれましたが、貴方がその個室に入るわけにはいけません」
「気絶……そっか。あ、それじゃあどんな姿をしてるかとか、聞いても良い?」
「そこまでは。平民の男が召喚され、生徒が彼を使い魔とした、とまでしか聞いていないので」
「ローブを着ていたとかは?」
「いえ」
……という事は、私と同じウィザードではなさそうだ。
いや、伝統に則すことなくローブを着ないウィザードも居るが、滅多に居ない。
私の記憶にあるのは評議員達の個性的な服装である。
ううむ、似た境遇とは言ったものの、何処からやってきたのかは一緒では無さそうだ。
「そっかー……、仕方ない。それとはなしはかわるんだけど、ここって魔法の使用は何処まで許されてるの?」
「危険な魔法を使用することを禁じられていますが、屋外であれば練習する程度は認められています。と言っても、不文律、つまり暗黙の了解の様な物ですが」
「ちょっと、アルカナの……あー、魔法の調子を確かめたくて」
アルカナ用のポーチには、試練を終えた時のデッキがまだ残っている。レリック*2も試練内で拾った物が残っている。
そういえばあの伝説の勲章は見当たらなかったが……あれの事だ。召喚時に元の世界に取り残されたか、どっか別の場所へ飛ばされたに違いない。
「メイジだったのですね」
「見た目で分からない?」
「初見であれば不審者だという事しかわかりませんが」
……まあ、カオスの試練っていう文化が無いなら当然かあ。でも不審者って、そりゃないですよ。
これでもお洒落な方なのに。このリボンとか割と可愛い自信あるのに。タイムスリップした時の会った現地人にとっては、違和感でしか無かったらしいけど。
「暇な教師を呼んで、貴方の監視をさせましょう。貴方の系統は?」
「系統?」
「火、水、風、土のどちらを扱いになられるのですか?」
「あー、属性ね。ここじゃそう言うんだ。今は火と水だね」
その系統というものには何故か雷属性が挙げられなかったが、気にせずデッキの属性を明かす。
デッキの大半は火属性だ。移動用のアルカナだけ水属性にしている。
「ふむ、ラインのメイジですか。主な系統は火ですか?」
「まあ、そうなるよ」
「その若さにしてはそれなりの才能を持っている様で」
そう言われても、イマイチピンと来ない。聞かない単語ばかりだし。
メイジとかもそもそも聞かない単語なんだけど。元の世界じゃ、アルカナを扱う者は魔法使いかウィザードで呼ばれていた。
「ラインって言うのは?」
「簡単に言えば、扱える系統の数を表します。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアと数えます」
「へえ……じゃあ五つ扱えたらペンタゴンだね」
で、カオス属性も含めたらヘクサゴンか。なんか凄い力強い響きだな、素晴らしい。
「その様な者が居るならば、正に伝説として言い残されるでしょう。……しかし、ラインという言葉も知らないのは……」
「お互いの国の名すら伝わってないんだ。仕方ないよ」
「……そうですね」
「もしかしたら、魔法という技術の原理からして違うかもね」
まあそんな事言うまでもなく普通に違うが。
しかしここは私の茶目っ気だ。にししと笑って見せた。
それに対し、ロングビルは目と眼鏡を光らせて私を見つめた。
「……では、私が監視役を務めましょう」
・
・
・
なんか、目線が気になる。
何を思ってか、学院長の秘書である筈のロック……ロンゲビル? さんが私の事を見ることになった。忙しくないの?
まあ、別にそれは良いんだけど、何だこの目線は。カオスの試練で襲い掛かる敵意の目とは違う、妙なねちっこさがある。
「うーん……訓練用のマネキンとかある?」
「粗雑な物でよければ」
「お、頼んでみるものだね。ありがとう」
ロンなんとかビルさんが、持っていた杖を振るう。すると地面の土が盛り上がった。
人の身長ほどの高さに、厚さはそこそこといったところ。
前の世界のような、無限の耐久を持っているマネキンを期待していたが……まあ、仕方ない。
ベーシックアルカナの力強い爆発を思い浮かべて、アルカナから力を引き出す。
何度も使い、今や無意識に扱える程になっていたが、どうやらこの世界では変わらなさそうだ。初めて試練に挑んだ日の私には、こんなアルカナ使いになるとは思わなかっただろう。
私が突き出した手から吐き出される爆発。絵師に言わせればこれは火柱らしいのだが、ここまでの爆発をされるとどこが柱なのか分からなくなる。
爆発の規模は、爆炎の大きさだけで私の身長の二倍ぐらいだ。
無論、土の的は粉々に砕け散った。
いちいちマネキンの用意を頼むのもバカらしいし、私たちウィザードには、アルカナを単体で扱う様なスタイルは滅多に存在しない。
あるとすれば、それはレリックの効果を利用した戦略か、滅多に隙を見せない強敵に僅かな隙を突く時。
三連撃の最後に、より大きな爆発を放った後、今度は大きな三日月を分厚くした様に形を模った炎を放つ。
既に的の姿はないが、もし的が形を保ったまま吹き飛ばされていたら、胴体の辺りを両断していただろう。
その動作の途中から前に出していた重心を使い、倒れる前に前方へダッシュ。前方つまり敵の方向へ向けてダッシュアルカナを発動、離れた距離を詰める。
一度地面を蹴ると、風が自身を押し出して加速し、同時に球体状の水が私を囲う形で現れる。
ここからはもう、私の経験則に依存した完全なシャドーボクシングだ。
ダッシュする私と同様の速度で敵へ迫る水の球体は攻撃を防ぎ、巻き込んだ敵自身も弾く性質がある。
私が地面に足をつけ、急制動を掛けると水の球体が私の体から離れ、それは敵を巻き込みつつ進み続ける。
地面に足をつけ姿勢を安定させたと同時、右手に炎の球を発生させる。これは炎の球を保持したまま溜めることで、攻撃力が増す。
放っていた水の球体が消滅する所まで待って、そこまで押し退かれたであろう敵の位置へ目掛けて投げつける。
最早砕かれた土のカケラなどは何処にも見当たらない。魔法は地面だけを焼き焦がしたが、私は敵に命中したとみなして連撃を続けようとする。
次のアルカナを発動しようとして、その絵柄を思い浮かべて……ふと思い立って、それを中断する。
「……」
このアルカナは、最終的に炎の矢を拡散させる。いくら屋外とは言え、その様な攻撃をして人を巻き込んだらいけないだろう。
「……仕方ない。ここでクールダウン、と。一応ここでも十分使えそうだし、今日はそれでいっか」
不満点と言えば、アルカナ絵師の存在が期待できないから、このアルカナの組み合わせを変えられないと言うことぐらいか。
「ねえロングヒルさん。……え、どうしたの、それ?」
見る側も大迫力、やる側もスッキリなアルカナのラッシュを見ての感想を求めようとして、気付く。
彼女の懐の中で、なにかが輝いている。
何やら呆気に取られていた彼女もそれに気づいて、慌てて取り出して放り投げる。
放射線状の軌道で投げ飛ばされたそれは、銀色の輝きと見慣れた模様を持っており……。
「ああっ。私のでんっ……の勲章!」
伝説と言いかけて、取り敢えずそこだけ伏せて言い終えてみたけれど。
その言葉通り、確かにそれは、スラさんから貰ったメダルであった。
なっが
前まで3000文字だったのに急に二倍