「………っ!? イテテ…頭が…、」
ズキズキとした痛みと圧迫されるような鈍痛で目が覚めた。
俗に言う二日酔いという状態に陥っているのだが初めての経験である和人にとっては何が何だか分からない。
目が覚めたと言っても依然として寝ぼけ眼な和人は目を擦りゆっくりと目を開け辺りを見渡す。
視界に入るのは大量の空になったお酒の缶と瓶。 そして全裸の男約10人が仰向けやうつ伏せで倒れ込んでいる。地獄絵図を朝っぱらから見せられて気分は最悪だ。
そうだ歓迎会を皆が開いてくれてその後…その後どうしたんだ?
フラフラと立ち上がると仄かに味噌汁の香りがしてきた。
「起きたんだ」
「あー…おはようございます…古手川さん…」
「…まっ、全部脱がなかっただけまだマシか。伊織と今村くん起こしておいて。 朝ご飯出来るから」
「あぁ……」
痛みが走る頭を押さえながら足元を見ると和人は自分の格好にようやく気がつく。
パンツ以外全て脱ぎ捨てていたことに。
そして伊織と耕平が自分が着ていた服を握り締めている事に。
「おい、服を離せ。起きろ伊織、耕平」
「んん…なんだよ和人…まだ朝だろ…」
「朝だから起きろって言ってるんだよ…それと服を離せ。人の服を脱がしやがって」
「…くぅ…何言ってるんだ。 お前が自分から脱いで俺と北原に服を渡したんだろうが」
「なっ!? 馬鹿な……!?」
「ほら、3人とも馬鹿やってないで早くご飯食べて」
千紗に促されてすごすごと食卓に座ると気がついた時には床に転がっていた他のサークルメンバーたちは既に消えていた。いつの間に帰ったんだ…
味噌汁に目玉焼き、それと白米というシンプル朝食だったのだが記憶が混濁するレベルで飲んだ翌朝と考えるとむしろ丁度いい量だった。 暖かな味噌汁が五臓六腑に染み渡り心地がいい。
伊織、耕平も同じく味噌汁を啜り息をついている。
「桐ヶ谷くんは何時から研究室に?」
「今日の昼頃に一度顔を出す予定だよ。 一応俺や同じ学校の仲間内で作ったモノを見てみたいって言われててさ」
「そうか和人は別に講義を受けるわけじゃないのか」
「興味があれば出てみてもいいって言われてるけどな」
「明確な理由を持ってるのは俺達との違いだな」
千紗、伊織、耕平と次々口を開くが和人としてはそう立派な志があって研究室に顔を出す訳でもない。どちらかと言えば流れに流された結果の様なものだ。
「さて、俺達はそろそろ大学に行くか。千紗は?」
「行くけど2人とは一緒に行かない…」
「「何故だ」」
「2人が裸だからじゃないか…?」
「「普段通りだが」」
なるほど。とりあえずコイツらをどうにかするのが俺の仕事だな?
皿洗いは任せてくれ、と千紗を制して服を無理矢理着せた彼らと一緒に出てくのを見送り皿洗いを始める。
オーナーである古手川 父や千紗の姉である奈々華さんは朝から用事があるということで出掛けているらしく、今は和人一人で店に居る。 別に開店してる訳でもないので特に緊張することも無いのだが何処か気が張ってしまう。
カランと音が響き店の扉が開く。
今日は人が来ないと聞いていたのだがおかしいな、と顔を覗かせると和人と同い年ぐらいの女の子が店内をキョロキョロしていた。
「あー、えっと…生憎オーナーと奈々華さんは出掛けてて…」
「伊織って大学行っちゃった?」
「あ、あぁ。ついさっき」
「そっかぁ…和人は行かないの? って店をほったらかしていく訳にも行かないのか」
なんでこの人は自分の名前を知っていてフランクに話しかけてくるのだろうか…と考えていると件の女性はジト目で和人を睨み付ける。
「……もしかして昨日の夜のこと覚えてない?」
「…うっ、すみません。どなたでしょうか…」
「青女1年の吉原愛菜。 まったく忘れるなんて…って言いたいけど昨日のあれは私も引いたし寧ろよく無事だったわね…」
「そんなに酷かったのか!?」
「まだ私もPaBの飲み会は3回ぐらいしか体験してないけど…あれは飲み会なんて言えないか。現に伊織と耕平も潰れてたでしょ」
確かに今朝目を覚ました時は千紗を除いて死屍累々だった事を鮮明に覚えている。まぁ、それ以上前の記憶がすっぽりと抜け落ちているし思い出さない方がいい事ってあるんだろう。
「因みに、俺はどんな感じ…だった?」
「え? あー…裸?」
明日奈も直葉も近くに居なくてよかった。
醜態を晒すところだった。
「なんだか流れでサークルに入ることになったけど良かったのかな。ダイビングなんてした事ないし」
「私もしたこと無かったから大丈夫だよ。 初めは水着とタオルぐらい自分で用意して後はレンタルがいいんだってさ」
「なるほど…その辺は伊織たちに聞いてみるか」
「千紗に聞いた方がいいよ。あいつらはアレだし…」
どれだけ信用が無いんだあの二人。
「あ、近々沖縄で合宿をするって話があるんだけど、もちろん和人も参加するよね?」
「いや、昨日来たばかりで分からないまま入会されたんだけど俺…」
「和人の為に寿先輩達が一度軽く講習してくれるって言ってたよ? かく言う私もまだ片手で数えられる程度しか潜ってないから一緒に教えてもらうけど…」
それならばまぁ、何とかいけるのか?
ゲームと違いリアルの海に潜るなんて全く経験がないけれど、折角の機会なのだから挑戦しないのも損というやつだ。
そう結論付けて吉原がよく読んでいるというダイビングの教本を借りて昼まで時間を潰す事にした。時折、吉原が大学の前は何してた〜やら彼女はいるの? とか当たり障りの無い質問をしてきたけれど話せない部分も多いのでかなりぼかして返事をしていた。
彼女の事を言ったら何だか身の危険を感じる気もするしな…
◆
時間は少し巻き戻り昨夜、和人の歓迎会が行われている頃合。
未だ大型アップデートなどを繰り返して多くのユーザーをかかえているALOの一角ではバーサークヒーラーを中心に複数名の女性プレイヤーが座って談笑していた。
「アスナ、元気だしなって…まだアイツが行ってから半日だよ?」
「わかってるけど寂しいものは寂しのよ…」
「ホント…こういう時は急にポンコツになるのよねアスナって…」
「シノのんまで酷いよ…」
「えっと、キリトさんって何処にいったんですか?」
「伊豆の大学にね。少しだけ在学…って言ったら変だけど勉強してくるんだって」
「伊豆かぁ…海が綺麗って聞くけど行ったことは無いのよねぇ」
ワイワイと伊豆の話で盛り上がってる友人たちを後目にアスナは頭を抱えて落ち込んでいる。 少しでも愛する和人の事を感じようと彼の心拍数を計測しているアプリを開いてみると…
「な、なにこれ?!」
「ん、どうしたのアスナ?」
開いたウィンドウを見てフリーズするアスナを不思議に思いみんなして覗き込むと…
和人の心拍数が凄まじい速度で増減したり一瞬止まったりと明らかにおかしな動きをしていた。
「ば、バグじゃない?」
「普通こんなのありえないわよね…」
「あ、アスナさんとりあえず落ち着きましょう…」
「き、キリトくんどうしちゃったの!!!」
「もっともってこいやぁぁぁぁ!!」
「おー、和人いい飲みっぷりだなー」
「今年の一年は活きがいいな」
「バカばっか…」
時は戻って和人初めての大学。
キャンパス内は爽やかな風が吹いており何とも心地いい気持ちになるのだがこちらの気持ちを知ってか知らずか、伊織と耕平がパンツ一丁で仁王立ちしていた。
「ウェルカムキャンパスライフ」
「ノーサンキューだ」
「折角で迎えてやったと言うのになんて態度だ」
「なんで朝服を着ていったのに今はパンツになってるんだよお前たち!?」
「そりゃアレだ。講義中にビール飲んで暑くなったから脱いだ」
自らの常識が通用しないことに和人は打ちのめされ衆目の中で膝を着いてしまう。
何でこいつらはこんななのか…慣れるしか無いのかこの生活に…っ!
「そういや和人が持ってるそれが今朝言ってた作った物なのか?」
「ん、あぁ…通信用プローブな。 外に出歩けない人とかに風景を見せたくて作ったんだけどさ」
「へぇ、それ海の中でも使えないか? ダイビングの時に付けてけば気分だけでも海の中を見せれるだろ」
「うーん、防水性能は無いしな…ここから改良して…ってのも費用がかなり…でもユイの為なら」
ブツブツと呟きながら和人の様子に若干引き気味の伊織と耕平だが当の本人は気が付いていない。
とりあえずGrand Blueに戻ろうぜ、と二人に引き連れられ歩くこと少し。最早既に店内からは異様な雰囲気を感じ取った和人は踵を返そうとするのだが同い年の男二人に捕らえられた。
「な、何しやがる伊織、耕平」
「おいおい和人。俺たちは一蓮托生だろ?」
「まさか一人で敵前逃亡とは外道だな」
「あ、あのなぁ…俺たちは一応未成…「「大学生だ」」、無理があるだろ!?」
抵抗虚しく店内に拉致されれば半裸の女性がたわわなバストを揺らしながら野球挙を興じてた。
いけない、目をそらさなければ。
「おー伊織に耕平、それに和人おかえりー」
「ただいまです梓さん、何してたんですか」
「んー、野球挙。みんな弱くって」
裸にひん剥かれた男達が転がっていた。
そうか、俺は昨日自分で脱いだ訳じゃなくてこの人にジャンケンで負けて脱いでたんだな。
そう勝手に解釈した。というか、自分で脱いだなんて信じたくないのだ。
「梓さん…俺としましょう」
伊織がいつの間にか拳を握って店の中心にいた。欲望に忠実だなおい。
しかしチャンスとばかりに耕平を引連れ店の角に陣取っている千紗、愛菜の付近へ退散した。
「いつもこうなのか?」
「あぁ、俺と北原が来た時からこんな感じで慣れた。少し待ってろウーロン茶を持ってきてやる」
そそくさと立って飲み物を取りに行った耕平を眺めながら愛菜と千紗はダイビンググッズを雑誌で眺めていた。
「そうだ、今朝愛菜に聴いたんだけどダイビングって最初は水着とタオル…を買えばいいのか?」
「興味あるの?!」
「え、あ…あぁ…俺はゲーム一辺倒だったから新しい事を始めてみたかったし…いいタイミングで誘われたからさ」
「そっか。それなら少し出費になるけどマスクも買うといいよ。ダイビングの目的は海を見ることだし自分に合ったものを使うのが一番だから」
「なるほどな」
「明日みんなでダイビング器材を見に行くの。桐ヶ谷くんには実技と逆になっちゃうけど…先に少し道具を見てみよっか」
「お、何だか急にダイビングサークル感が出てきて少しワクワクしてきたよ」
「あはは、私も最初潜るまでなんのサークルかわかんなくなってたしね…」
「なんの話しをしているんだ?」
ウーロン茶を両手に持ち戻ってきた耕平が横に腰を掛けた。
「あぁ、いや…ダイビングをするにあたって買っておいた方がいいものとかを聞いてたんだよ」
「なるほど、俺も北原もケバ子もその手の店に始めてだ。 楽しみだな? 桐ヶ谷、ウーロン茶だ」
「…あ、それ」
ありがとう、そう感謝し受け取ったウーロン茶をゴクッと流し込んだそれは茶葉の味はせず、どちらかと言うと喉を焼くようなキツいアルコールが………
「き、サマ…なにを、のませ、た!」
「何ってウーロン茶だが?」
ウォッカ 9 : ウィスキー 1
「馬鹿だろお前は!?」
「これがPab式ウーロン茶だ。 色がウーロン茶だろ?」
「色で飲み物を判断するなよ…その水をくれ…っ」
和人は耕平が持っていた水のグラスを掻っ攫うと一気に喉を鳴らして飲み干す。
「がはぁ!?」
「それは可燃性の水だ」
「か、かねんせ…いっ…」
スピリタス(アルコール度数96%)
※良い子は真似しないでください
10分後
「アウト!! セーフゥ!!」
「「よよいのよいぃぃぃぃぃ!!!!!」」
パンツ一丁のバカ達が騒いでいた。
「和人、お酒が絡まなければ常識人なのにね…」
「そのうち伊織達と同じことになりそう」