「サキごめん、遅くなった」
「いいって。私も今来たとこ」
このあたりはいくつかの大学があることもあって飲食店や居酒屋が多い。その例に漏れず今日の待ち合わせ場所も、とある居酒屋の前だった。チェーンではないが、安くて美味しいと評判の店だ。
「他の子は?」
「それがさ~聞いてよキミコ。あいつら急に用事出来たとか言ってばっくれたの。用事って絶対男だよ」
「えっそうなんだ。じゃあどうする?」
「いいよ。あんなやつらほっといて二人で入ろ。せっかく来たんだし、ね?」
「うん、分かった」
返事するとサキは小さく「やった!」と叫び、意気揚々とお店の暖簾をくぐって中に入っていった。
「ほらキミコも早く~。すいませーん! 二人なんですけど個室でもいいですか?」
「個室? まあ空いてそうだしいいけど」
「女二人だし酔った客に絡まれたら嫌じゃん?」
サキの説明を聞いてそれもそうかと納得した。サキは男受けするツボを心得ていて、今日のコーデも抜群に可愛らしい。1人でほっておいたら次々と声をかけられそうだ。かといって野暮ったい格好をしないのはサキなりのポリシーがあるんだろう。
案の定、若い男性店員はサキに釘付けだった。おそらく普段の数倍は愛想を振りまいてるに違いない。足下気をつけてくださいなどと言いながらしきりに媚びを売っている。
それに対してサキも店員の機嫌を損ねない程度に上手く応じていた。さすがは姫といったところだ。
私たちが案内されたのはお店奥の個室で、サキは席に着くなりビールといくつかのつまみを注文した。
「あっ頼んじゃったけどビールで大丈夫だった?」
「うん、平気~。それよりさっきの店員さん、サキのことめっちゃ見てたね。帰りに連絡先とか渡してくるんじゃない?」
「え~そんなことないよ。私ここに男と来たことあるし多分知ってると思う。だから私じゃなくてキミコのこと見てたんだよ。私が男だったら絶対キミコに告ってただろうな。それで相手にもされずに撃沈してた」
サキは男遊びが激しいと専らの噂で、私も初めて話すまでは良い印象を持っていなかった。それが変わったのは講義で同じグループになった時のこと。いざ話してみると明るくて面倒見がよく、気配り上手なこともあって私は自分の浅はかさを後悔した。
今ではこうして時々飲んだりする仲だ。
「キミコは最近どう? マリエさんと上手くやれてる?」
熱々の焼き餃子に苦戦しながらサキが尋ねてきた。私はマリエとのことをそこまで秘密にしていないので知っている人間も多い。同性愛者というだけで忌避する人も少なからずいたが、サキは変わらずに接してくれた。
「うちは順調だよ。相変わらずラブラブ。この前も二人で旅行してきた」
「いいな~。私はダメダメ。この分だと今月末にはお別れかな~」
焼き餃子は諦め代わりに焼き鳥に手を付けたサキは、空になったグラスを端に寄せ、ドリンクの追加注文をしようとメニューとにらめっこを始めた。上下左右に動く切れ長の目が可愛らしい。
「日本酒頼むけどキミコも飲む?」
「私はあんまり強くないやつがいいな」
「日本酒苦手なんだっけ。あっ、でも私が頼むやつはすっごく飲みやすいからさ、チャレンジしてみない?」
「え? サキがそう言うなら…。じゃあちょっとだけ」
わたしが指で少しの合図を作りながら了承するとサキは嬉しそうにタッチパネルを押した。もし飲めなかったら残りはサキに飲んでもらうとしよう。
ほどなくして小洒落た半透明な容器に入れられたお酒が運ばれて来ると、サキは私の隣に陣取り、おちょこを私に手渡した。
「注いであげる。ささっ。どうぞどうぞ」
「もう~ちょっとだけだからね」
お酒が溢れないように少しだけ身体を寄せ合うと、サキの身体からフワリと香水の匂いが漂ってきた。
「香水変えたんだね。結構好みかも。あとでどこのか教えてよ」
「オッケー。今日は食事するし匂いきついのだと悪いと思ってさ。それに前にキミコが…」
「私?」
「ううん、なんでもない。それよりほらっ、飲んでみてよ」
言いかけた内容も気にはなったけど、私は勧められるがままに透明な液体で満ちたおちょこを傾けた。
冷たい日本酒がするりと口内に流れ込んでくる。辛さは抑え目で、どちらかというと果実酒のようなフルーティな口当たりだ。
「おいしい!」
「でしょ~」
これなら日本酒が苦手な私でもサキと一緒に楽しめるかもしれない。私が喜んでサキの注いでくれた2杯目にも口を付けると、サキは気を良くしたのか、冗談交じりに抱きついてきた。
「よしっ! 今日はいっぱい飲も。キミコが酔い潰れたら私が責任を持って送ってってあげる」
頼もしいサキの言葉に警戒心の薄れた私は1杯、また1杯とおかわりしていった。
そして2時間後。
「キミコ~。大丈夫?」
「え? あ…ちょっとボーッとしてた。それよりゴメン、もたれかかっちゃって」
「気にしなくていいよ~。私が飲ませちゃったんだし。ってかキミコ軽いね。びっくりしちゃった」
個室で人目に触れないからというサキの言葉に甘え、私はアルコールの回った身体を預けながらまどろんでいた。
部屋を仕切っている障子風のドア越しに見たら、私たちの影はイチャつくカップルのように見えるかもしれない。
「サキは優しいね。男の人が夢中になるのも分かるよ」
「はいはい。お世辞はいいからこれ飲みなよ。ウーロン茶。さっき頼んどいたから」
「ありがと」
少しは酔いが醒めるかもと思って口を付けたウーロン茶は、なんだか変な味がした。酔い過ぎて味覚もバカになっているらしい。
でもせっかく頼んでくれたからと半分ほど飲んだ。
「私、お会計してくる。もし辛かったら横になってていいよ。あとタクシーも呼んでおくから」
「なにからなにまでゴメン」
こんなに酔ったのは初めてだった。それだけサキとの時間が楽しかったってことだろうけど、いくらなんでもはしゃぎ過ぎた。そういえば今何時だろう?
スマホを見るとまだ12時前。飲み始めてからそう時間は経っていない。マリエからのメッセージはなかった。友達と飲みに行くとは伝えてあったから心配してないのかも。
「キミコ~。お店の前にタクシー来たみたい。どう? 歩けそう?」
「肩、借りてもいいかな」
「りょーかい」
私を担ごうと屈んだ拍子に谷間がチラリと覗いて、こんな時なのにセクシーだなって思ってしまった。
狭い店内をどうにかこうにか通り抜け、タクシーにどっこいしょっと乗せられると、安心感からか急に眠気が襲ってきて、私の目はほとんど閉じかかかっていた。
反対側からタクシーに乗り込んだサキが運転手に行き先を告げる。
「着いたら起こしてあげるから寝ちゃって平気だよ」
そんな言葉が聞こえたのを最後に私の意識は静かに眠りへと落ちていった。
タクシーは滑るように夜の街を走り抜けていく。ネオンの煌めきに照らされながら、私とサキの二人を乗せて…。