もうそろそろかな。寄りかかるキミコの体温を感じながら私は静かにタイミングを測っていた。
だいぶ意識が朦朧としているのか、私が腰に手を回しても何とも思わないようで抵抗一つしようとしない。個室の外から聞こえてくる酔っ払いたちのガヤガヤとした喧騒にも、焦点の合わない視線を部屋のいずこかへと彷徨わせたままぽや~っとした表情を浮かべている。
これならいけそうだ。
「キミコ~。大丈夫?」
さも酔い覚ましかのようにウーロン茶ではなくウーロンハイを勧めながらキミコの背中をさする。これからこの身体を好き放題出来ると思うとたまらなく興奮した。
企ての初期段階は概ね成功したと言っていい。ウーロンハイにしたのは念のためだ。いきなりお冷やをがぶ飲みでもしてシャッキリされたら台無しになってしまう。
キミコを個室に残し手早く会計を済ませる。タクシーは既に手配済みだから、あとは到着を待つだけだ。
トントントン。自分の太ももを指でノックしながらその時が来るのを待つ。たかがタクシー1つをこんなに待ち遠しく感じるなんて、昔の自分に教えてもきっと信じやしない。
個室で待っているキミコはどうしているだろうか? 言うことを聞いて横になってるといいんだけど。
そんな心配をしているうちにタクシーが到着した。
急いでキミコを迎えに行く。よかった。横になってる。
華奢な身体を担ぎ店内を歩いていると、店員や他の客たちのぶしつけな視線が鬱陶しくて仕方がなかった。どうせ酔いつぶれた女客を見て邪な妄想でもしているんだろう。汚い目でキミコをじろじろ見やがって、不愉快だ。
タクシーに乗り込み行き先を告げる。前に聞き出したアパートの場所だ。
ひとまずそこへ向かってもらい、隣にいるキミコが完全に眠ったのを確認してから再び運転手に話しかけた。
「すみません。行き先を変えてもらってもいいですか」
同棲相手が何も知らずにキミコの帰りを待っているのかと思うと少し胸がざわついたが、ここで引き返すわけにはいかない。
「はい、どちらにしましょうか?」
「駅の方に戻ってもらって裏手の方の。少し入ったところで」
真面目そうな30代くらいの運転手が一瞬怪訝な顔をした。バックミラーで私をチラリと見たのが分かる。しかしそこは客商売。黙って車の向きを変えると、タクシーは
驚くのも無理はない。私が告げた場所はラブホテル以外には雑居ビルしかないようなそういうところだ。そんな場所に女二人で行くのは、私にとっても初めてのことだった。
窓の外では街灯の明かりが尾を引くように細長くなって流れていく。そんな夜の街の景色を眺めながら、ふと、サークルの男たちは私をホテルに連れ込む時どんな気持ちだったんだろう、と想像してみた。期待と不安がごちゃ混ぜになった、なんとも言えない高揚感。そんなところだろうか?
もっと平和的な手段だったなら彼らに自分を重ねられたのに…。
ここまで来たらあとはもう祈るだけだ。キミコの手をそっと握りながら私は祈った。起きるな、起きるな、起きるな。どうかそのまま眠っていてくれと。
タクシーが速度を緩め目的地に停車した時、心の底からホッとした。着くまでの間中ずっとキミコが起きやしないか気が気じゃなかった。起きたらどうしよう。なんて言い訳をしよう。そんな恐怖が頭から離れなかった。
でももう大丈夫だ。運転手に千円札を2枚渡し、お釣りは受け取らずにキミコを担いで外に出る。夜だというのにどこかむわっとした蒸し暑さがあった。
目の前の建物を見上げると、白い壁に取り付けられた看板に控えめな電飾でホテル名が記されている。この辺りではここが一番綺麗で清潔なホテルのはずだ。以前男と来たことがあるから中も知っている。本当はラブホじゃなくてちゃんとしたとこのスイートが良かったけど、チェックイン手続きが煩わしいので諦めざるを得なかった。
鍵を受け取りエレベーターで上へ。
もうすぐ着くからね、キミコ。
ドアを開けて中に入るのに苦戦したものの、一度入ってしまえばあとは二人きり、そう自分に言い聞かせて力を振り絞った。どうにかベッドにキミコを横たわらせ寝顔を拝見する。
やっぱり綺麗だ。こうして眠っていると童話に登場するお姫様みたいで、サークルで姫なんて言われてる自分が酷く醜く思える。どれだけ着飾っても本物には敵わないんだなって痛感させられた。
「んっ…」
小さな吐息と共にその身体がピクリと動く。お姫様のお目覚めだ。
呼吸する度に上下する胸。火照って汗ばんだ手足。ベッドの上でウェーブを描く髪。どれも魅力的だけど今は後回し。最初に何をするかなんて、そんなの決まってる。
「好きだよ、キミコ」
恋焦がれた唇にそっと口付けをした。
私は今夜生まれ変わる。男に媚びるのはもうやめだ。もちろんテニサーの姫も。今までの自分を捨てて本当の自分を手に入れる。これはそのための儀式…。