誰かが私にキスをしている。誰かって誰だろう。そんな相手、私にはマリエしかいないのに。
「ん…。マリ…エ? 私いつ戻って…」
「起きた? キミコ」
マリエの声じゃない! そのことに気付いてハッと目を開けると、そこにいたのは━━━。
「サキっ!? なんで? えっ、ここは!?」
どう見てもうちじゃない。それどころか普通の家の寝室、たとえばサキの部屋にも見えない。どこかのホテルみたいな内装だ。
そのうえサキは私の身体に覆いかぶさるようにして私を見下ろしていた。
「覚えてない? キミコが誘ってきたんだよ。タクシーの中で甘えた声出して、どこかで休んでこうって」
「ウソ…」
「ほんとだよ。私の身体にべたべた触ってきて凄かったんだから」
「じゃあここって」
「ラブホテルだよ。キミコってば本当に覚えてないんだ」
覚えてない。それに思い出そうにも記憶がぱったりと途切れていて辿ることすら出来なかった。せめて棒でバケツを叩いてるかのようなガンガン鳴り響く頭痛がなければ、とも思ったけど、この様子だと当分は治まってくれそうにない。
サキが嘘を言うとは思えないし、たぶんサキの言う通りなんだろう。見たところお互い服は着てるから最後まではしてないようだし取り返しはつくはず。とにかく謝らないと。
「ごめんサキ。私、サキにとんでもないこと言っちゃったみたい。とにかく酔ってて。そんなつもりはないの。本当にごめん。許して」
「ふふ、あはははは」
「サキ?」
「謝んなくていーよ。今のは全部私の作り話だから」
「えっ………?」
「私がキミコのこと連れ込んだの。初めて見た時からずっと好きだったんだ」
サキが何を言っているのか理解出来なかった。サキはテニスサークルの姫で、ずっとノーマルだと思ってた。彼氏だって今まで何人もいたのを知ってるし、セックスだってしてるって言ってたのに。
「最初は戸惑ったよ。女の人を好きになるなんてって。でも神様は私を見捨てたりはしなかった。キミコが女の人と同棲してるって聞いた時の私の気持ち、想像出来る? すっごく嬉しかったんだよ。私にもチャンスがあるって」
「チャンスって私にはマリエがいるんだよ!?」
「だからこうしてるんじゃない。安心してキミコ。私たくさん勉強したから。実際にするのは初めてだけど、気持ちよくしてあげる」
逃げなきゃ。そう思ったのに身体が言うことを聞かなかった。泥にでも浸かってるみたいに手足の動きは鈍く、首筋にキスしてきたサキの顔を遠ざけようとすることさえ出来ない。
「無理だって。あれだけ酔ってたんだから動けっこないよ」
首筋、頬、おでこ。色んなとこにキスしてからサキは私の唇を貪った。
「よく考えたらチューなら男女関係ないんだよね。だったら自信あるかも」
その言葉通りにサキのキスは手慣れていた。
舌と舌が擦れ合って溢れた唾液が口の端から溢れそうになると、私の舌に吸い付いてねこそぎ奪って飲み込んでいく。口の中が空になれば、今度はサキの唾液が流れ込んできて私を満たした。
本当は吐き出したいのに、水分を欲する私の身体はそれを勝手に受け入れ嚥下してしまう。
私からサキへ。サキから私へ。望まぬループが何度も繰り返されるうちに、服の中に滑り込んできたサキの手が私の胸を探り当て先端に触れる。
「あれ? もしかしてキミコ…」
「これは、ちがっ…」
「キミコってばやらし~。興奮してるんだ」
「違う。そんなんじゃない」
感じてしまったことをストレートにからかわれ羞恥心に火が付くと、身体は余計敏感になってサキを喜ばせた。脇腹、おへその周辺、下腹部。サキは硬くなった胸の突起を弄びながら私の反応を楽しむように、徐々に下の方へと、至る所にキスマークを刻んでいく。
そしていよいよサキの手が私のショーツに掛かろうとしたその時。
ブーッブーッ。
床に投げ捨てられていたカバンの中でスマホが振動した。
マリエだ。画面を見なくたって分かる。マリエが心配して連絡してきたんだ。証拠はないというのに私はなぜか確信していた。
「マリエ。マリエっ! マリエーーー!!」
気付いたら叫んでいた。叫べば伝わるわけじゃないのに勝手に声が出ていた。
「せっかくいいところだったのに」
起き上がったサキはカバンを掴むと私のスマホを探し出し表示を確認する。
「へぇ~ビンゴ。マリエさんからだ。気持ちが通じ合ってるのかな? ちょっと妬いちゃうな~。でも邪魔されたくないから切っちゃうね」
サキがスマホの電源を切って乱暴にカバンに放り込んだ瞬間、私は連絡手段だけじゃなくてマリエとの絆まで断ち切られたような気がして絶望的な気持ちになった。
「お願い。返して!」
自分では必死にジタバタ藻搔いているつもりだったのに、再び覆いかぶさってきたサキの力は強くてびくともしない。サキだって結構な量を飲んでたはずなのにどうして?
「やめて。やめてよサキ。私はマリエが好きなの」
「私だってキミコのこと大好きだよ。今からそれを分からせてあげる」
「やっ、ショーツ…取らないで。やだ、やだよサキ。ねぇ、ねぇってば!」
「一つになろうねキミコ」
足の付け根にキスを浴びせられ、少しすると生暖かい感触が伝わってくる。頭を滑り込ませたサキが舌で優しく私に触れていた。
次から次へと溢れる潤滑油がシーツに染みを作り、真っ白なキャンバスに模様を描いていく。着々と範囲を広げるそれは、侵略されていく私をモチーフにした肖像画のようでもあった。
身体を起こしたサキが私の片足を抱え、互いの足の付け根を触れ合わせると、私は呻き声を上げた。何か掴んでいないと浮いてしまいそうな感覚に囚われ、夢中で握りしめた枕がクシャッと歪む。最初は不規則だったリズムが次第に一定のリズムが刻み、足がピーンと突っ張って下腹部の熱いのが通り過ぎて行くと、私たちは同時に身体を震わせ力尽きた。
私の上に倒れ込んできたサキと一緒になって息を弾ませ倦怠感に身を委ねていると、サキは得意気な顔をして私を見つめて言った。
「マリエさんとどっちが良かった?」
私が答えずにいると、少しムッとしたのか腹いせにキスマークを刻み始め、私の身体はサキの印でいっぱいになる。
「いいよ。私の方が良かったって言うまで続けるから」
その言葉通りにサキは執拗に私を求め、何度目か分からない絶頂を迎えた後、私たちは倒れるように眠るのだった。
人の動く気配に目を覚ますと、簡単な朝食と替えの下着が用意されていた。
「水も置いとくからたくさん飲んだ方がいいよ。頭は痛くない?」
昨夜のことがウソみたいにサキは世話を焼いてくれた。本当は別人だったんじゃないかって思うほどに。
頭は鈍痛がしていたが、まぁなんとか動けた。あとは足の付け根が少しヒリヒリしているくらいか。
勧められるがままにシャワーを浴びて汗だのなんだのを洗い流すと幾分シャッキリしてきたが、それと同時にこの後どうしようって不安になって声を殺して泣いた。
マリエと別れることになるかもしれない。
味のしない朝食を口に放り込みながら開いたカーテンから外を眺めると雨が降っていた。予報では晴れるはずだったのに外れたらしい。まるで今の私みたいに空はどんよりとしていた。
「じゃあ私は帰るから。傘も買っておいたからそれ使ってね。ばいばーい」
私の支度を見届けるとサキは帰っていった。帰り際にキスされたけど、ざらざらしていて気持ち悪かったことだけ覚えている。スマホでマリエに連絡を取る気分にはならず、足を引き摺るように家路に着く。
ビショビショのままコンビニのビニール袋に突っ込んだ下着と一緒にサキがくれた傘も投げ捨てようかとも思ったが、ボロボロの私には必要なものだった。半透明とはいえ傾ければ少しくらいは人目を避けられる傘が。
そして私はあの朝を迎えた。マリエと離れ離れになったあの朝を。
いつしか雨が止み、お日様が顔を出しそうになっても、玄関に置いた濡れたビニール傘からはまだ雨が滴り落ちていた。いつまでも、いつまでも、途切れることなく…。