「キ~ミコ。料理ばっかしてないで私にも構ってよ」
「ごめんマリエ。あとちょっとしたら手が空くから。それまで待ってて、ね? お願い」
「え~?」
別に本当に不満なわけじゃない。忙しそうなのを分かったうえでちょっかいを出したのだ。何気ないやり取りが楽しくて、いけないとは知りつつもついキミコの邪魔ばかりしてしまう。
差し出された小皿を受け取り、スープの味見をしながら見つめるキミコのエプロン姿。それ自体は見慣れた姿ではあるけれど、時折キラリと光る指輪が結ばれたという事実を強く思い起こさせてくれた。
「そういえば午後出掛けるんだっけ?」
「うん、ちょっとね。寂しい?」
「寂しい。でもキスしてくれたら頑張って耐える」
「しょうがないな~。今が良い? それとも後で?」
「両方」
「はいはい、分かりましたよ。お姫様」
「あっ、サキさん。こっちこっち」
「お久しぶりですマリエさん」
「髪型変えたんだ。大人っぽくて私は良いと思うよ」
大学近くのカフェ。外では汗だくのサラリーマンが羨ましそうに店の中をチラ見しては足早に通り過ぎていく。夏にはまだ早いが今日は充分に暑い。エアコンの利いた店内でアイスコーヒーの氷が立てるカラカラという音を聞いているとまるで別世界のように思えてくるほどだ。
サキさんとはもう何度か会っている。最初に会おうって言った時サキさんは復讐されると思ったらしく、青ざめた表情で待ち合わせ場所に現れた。もちろん彼女のしでかした事は簡単に許される事ではない。けれど私は泣きながら謝る彼女を見て、胸の中の炎が鎮火していくのを感じてしまった。全てを完全に許したわけではないが、もはや復讐する気はさらさらない。
キミコへの愛ゆえに、という行動理念に少しだけ共感してしまった部分があったのかも。
「そういえばテニスサークルやめるんだって? 男共が大騒ぎしてた。姫がいなくなるってね」
「自分に嘘をつくのはもうやめようと思って。もう男の人は好きになれないって気付いちゃったから。これからは女の人と恋愛します。卑怯な手段なんか使わずに一から関係を築いて、いつかはお二人みたいなカップルになれたら、なんて」
「自分で決めたんならそれが良いと思うよ」
「はい」
「それじゃあこれ、頼まれてたやつ」
カバンから封筒を取り出しテーブルに置くとサキさんは震える手でそれを掴んだ。
「すみません。本当は見せたくない写真のはずなのに」
「けじめをつけたいって気持ち、分かるから」
「拝見します」
持ってきたのはウエディングドレスを着た私とキミコの写真だった。とは言っても結婚式の写真じゃない。ネットで探した同性カップルでもそれっぽい写真が撮れるフォトスタジオでの一枚だ。特大のウエディングケーキはないけれど、それでも結婚式場に見立てた華やかな飾りのおかげで私たちの気分は大いに盛り上がった。
私が男装をするっていう案もあったけど、悩んだ末に二人揃ってドレスにしようって決めた。二人ともドレスにした方が華やかで写真が映えるってのもあったし、あとはまぁ価値観とか色々。でも一番の決め手はキミコの、私のドレス姿を見たいって希望だったかな。
写真の中にはブーケを手に満面の笑みを浮かべたキミコ単体のやつも入っている。今サキさんが見つめているのはそれかもしれない。
「綺麗…」
「ありがと」
「いつ撮ったの?」
「先週。写真を撮ってからそのまま二人で役所に行って提出してきた」
「結婚するってどんな感じ?」
「どうって言われてもね。結婚って言っても正式なものじゃなくてパートナーシップ証明だから。届け出して、はいおしまい。拍子抜けしちゃった」
「そうなんだ。想像してたのとはちょっと違うな」
「それは私たちも思った。サキさんの頃にはもう少し変わってるといいね。もっと良い方に」
ストローに口を付けて吸い込むと、ガムシロップの甘い味がした。混ぜ方が足りなくて底の方に溜まっていたらしい。均一になるようにクルクルとかき混ぜてからもう一度口を付けた。
「私はあの夜、期待しちゃったんです。キミコの一番になれるかもって。でもこの写真見て、嫌ってほど痛感しました。マリエさんには勝てないなって。だってこんなに幸せそうなキミコの顔、私…見たことない」
込み上げるものがあったのか、サキさんは後半言葉を詰まらせた。でもこの写真を見ることで、彼女の中で、彼女なりに、心の整理がついてくれることを私は願っている。
これから先へ進むためにも、それは必要な事だ。
空になったグラスが水滴で濡れていた。指で触れると、水滴は雫となってグラスの表面をツゥーっと滑り落ちていき、その足元に小さな水溜まりを作った。
「ねえサキさん。私はこれからずっとキミコと生きていくよ。おばちゃんになっても、皺くちゃのおばあちゃんになっても。生きて、生きて、生きて。いつかきっと、あの日の事も一夜の過ちだったって笑い飛ばせるくらいにキミコのことを幸せにする」
「マリエ…さん」
「だからサキさんも幸せになりなよ。約束だよ。その時しょぼくれた顔してたら笑い飛ばせないからさ」
「ありがとう。それと…ごめんなさい」
「あ~もう、泣かないの。そんなんじゃ良い相手見つかんないよ」
笑って席を立ち、サキさんの頭をクシャクシャっと撫でてから私はその場を後にした。なるべく振り返らないように、だけど頑張れってエールを送るつもりで手だけ振って。
あの夜の出来事はなかったことには出来ない。私にとっても、キミコにとっても、サキさんにとっても。だけど私たちは生きていく。いつか3人揃ってそんな日もあったねと言える時が、訪れる事を信じて…。
その時私はこう言うだろう。
『テニサーの姫と一夜の過ち』なんて、どっかの3流ゴシップ誌の見出しにある笑い話みたいだね、と。
読んでいただきありがとうございました。今回で完結となります。
寝取られ描写がありながら、最後は既存カップル大勝利というエンディングでしたがいかがでしたでしょうか?
もしよかったらコメントや感想をいただけると嬉しいです。一言とかでも構いません。他人の目に触れたくないという方はメッセージとかでもお気軽にどうぞ。百合とか寝取られ(またはその両者)がお好きな人とかのお話が聞けたらなぁと思います。
それでは~♪