NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

仮面ライダー001に変身したイヴを倒すべく、奮戦する滅。戦いの中で徐々にダメージを負ってゆく滅は、己の内にあるバーサーカーモードを起動させてしまう。一方、滅が戦っていると知った32Sは、亡の反対を押し切り滅の援護に出撃するのだった。


『宝物(後半2/2)』

 地下劇場での戦闘は一方的な展開となっていた。

 数秒前まで一方的に攻勢をかけていた001は、今や滅の腕に捕まり、壁に押し付けられている。

 拘束から逃れようとする001を、滅は万力の如き左腕で押さえつけていた。

 滅がその鋼鉄の右腕を叩きつける旅、001のアーマーはひしゃげ、火花を立てる。それでもなお、鉄鎚の乱撃が止むことはない。

 滅の全身から吹き出す熱性の蒸気により、劇場は既に熱地獄と化している。アーマー溶かさんばかりの熱は陽炎となり、滅の紫身を余すところなく揺るがせる。

 そんな状態になって尚……いや、その状態だからこそ、徹底的に、執拗に、それこそ猟奇的なまでに、滅の攻撃は継続された。

 イヴが防御をしようとする手を払い、その返しで彼の顔面を打つ。一つにしか見えない動作が、その実三つや四つの攻撃を内包しているのだ。数秒前とは明らかにレベルの違う戦いであった。

 

「その程度の抵抗しねぇのかよ……このまま殴り殺してやろうかぁ!!?」

「そんなの、いくらやられても、いたく、ない!!」

 

 001のその声が、強がりから来る物である事は明白であった。一撃一撃が黄の鎧を打つ度に、001……その鎧の内にいるイヴが短い悲鳴を漏らしているからである。

 やがて、乱撃に飽きたのか、滅は001の首を右腕で大きく掴み、持ち上げた。

 元々機械生命体であるイヴの重量は決して軽くない。ましてや、仮面ライダーに変身しているなら尚更である。その重量を、滅は今片手で持ち上げているのだ。

 その膂力の程や如何程か。少なくとも尋常のヒューマギアに出せる代物ではない。

 

「そうかよ。だったら……」

 

 言うや否や、滅は001を宙へとぶん投げた。宙を舞うその身体を、銀のワイヤーが追ってゆく。すでに突き刺してあったのか、銀針・アシッドアナライズの先端が001のアーマーを穿っていた。

 伸びきったワイヤーは、滅の滑らかな手掌の動きに合わせ、まるで蛇か蚯蚓の如くその畝る銀体を001の全身に巻きつけた。

 磔刑……神の子が十字架にそうされたが如く、彼は無防備な黒身を晒している。

 

「があっ!!」

 

 獣のような咆哮をあげ、001が四肢を暴れさせた。黒と黄の身体に纏われたエネルギーが膨張と収縮を繰り返し、ワイヤーにダメージを与えてゆく。

 熱と暴力に晒された銀鞭が悲鳴を上げる。だが、それが砕け散るより速く、滅の身体は地を蹴り、宙を舞っていた。

 

「一足先に、地獄で待ってろ」

 

 陽炎が尾を引き、弧を描きながら001の元へと伸びる。宙で一回転し、滅の爪先が槍の如く黄色のアーマーへと向けられた。

 

『塵芥滅殲 スティング・ユートピア』

 

 アシッドアナライズに縛られた001に、その大技を避ける術は無い。焼けた滅の熱脚……その爪先から迸る熱が、黄色のアーマーを焼く。残り数ミリで命に届く距離だ。

 だが……

 

「……ッ!?」

 

 滅の爪先は標的を僅かに外れた。制御を失ったワイヤーが緩やかに解け、001の身体を束縛から解放してゆく。

 001が何かをしたわけでは無い。何かが起きたのは、滅の方であった。

 滅の身体が、壇上へと落ちてゆく。

 

「クソッ……時間切れか。遊び、すぎたな」

 

 滅の身体は、まるで糸の切れた操り人形の如く、壇上に崩れ落ちた。

 倒れ伏す滅とは相対的に、001は、ゆっくりとその身を起こし……ふらつきながらも滅の方へと歩みを始めた。

 戦局は、逆転した。

 


 

 地下劇場へと足を踏み入れた32Sが目にした光景は、まさに、窮地そのものであった。

 黄色い仮面ライダーが、紫の仮面ライダーの首を掴み上げている。紫のライダーは抵抗らしい抵抗をしていない。黄色のライダーの腕は、今にもその首をへし折ってしまいそうだ。

 

(紫のライダーは……ホロビだよね。じゃあ、黄色の方が敵……だとしたら、危ない!!)

 

 半ば直感的に、32Sは幕壇へと駆け出していた。

 

「ホロビ!!」

 

 呼べど、滅から返事はない。

 32Sはポケットから取り出した豆電球を投げつけた。偽装型フラッシュバン、亡から預かった、緊急用の閃光手榴弾である。

 放物線を描いて飛んだそれは001と滅の丁度間へと着地し、劇場を埋め尽くさんばかりに凄まじい光を放った。

 

「今のうちに!!」

 

 白に包まれる劇場。その中で、32Sは数秒前までの視覚情報を頼りに、滅の身体へと駆け進む。

 もう少し。

 あともう少し……

 硬い感触があった、これだ!! 

 アーマーを纏った、自分より2回りほど大きな身体を抱きとめた32Sは、光も薄れぬ内に、壇の下手へと身を滑り込ませた。

 腕の中の滅は、苦しげに呻いている。

 まだ意識があるらしい。

 

「ホロビ!! 大丈夫!?」

 

 白さの薄れゆく世界の中で、32Sは滅の身体を揺すり、懸命に語りかける。彼の努力の甲斐あってか、滅は口が動くまでに回復したようであった。

 

「亡から、逃げろと、聞かなかったか」

「言われたよ。でも、ホロビが戦ってるって聞いたら、やっぱり黙ってられなくって」

「そうか」

 

 滅は、32Sの手を振り払うようにして立ち上がった。

 変身こそ解除されていないものの、義体は熱を帯び、随所から火花が上がっている。いつ機能停止に陥ってもおかしくない状況だ。

 止めようと手を伸ばす32Sに、滅はアタッシュアローの先端を突きつけた。赤熱した矢尻の先端が、黒軍服の胸元をジュッと焼く。

 

「俺を信用できない奴に背中を預けるつもりはない。とっとと失せろ」

「だからって、その身体じゃ……」

 

 32Sがアタッシュアローを退け、滅の腕を掴みかけた……瞬間、別の衝撃が2人を襲った。

 黒と黄色の混ざった残影が、壇上で踊り狂っている。衝撃は、その残影の主が壇へと突っ込んだ音であったようだ。

 残影の主・001は、腰を低く落とし、アップライトに構える。仮面越しにすら、その顔面に張り付いた凶悪な笑みが見えてきそうだ。

 

「ヨルハか……これなら、少しは面白くなりそう」

 

 言うや否や、残影が2人を切り裂いた。32Sが滅の身体を突き飛ばすのと同時であった。

 一瞬遅れ、衝撃が2人の隠れていた楽屋中を揺らす。

 

「ッ!! ッッゥ!?」

 

 直撃の衝撃に、32Sは歯を食いしばり耐える。全身がバラバラになりそうな衝撃であった。何発も食らえば、直ぐ様に義体が崩壊してしまう攻撃であった。

 

(こんなものを、滅は何回も……)

 

 楽屋の暗闇にて、蛍光色の光が敵の居場所を教えてくれる。

 震える手足を動かし、32Sは立ち上がる。001と正対し、腰を落とすようにして四〇式戦術等の柄に手をかける。

 

「何を、している」

 

 背に負った滅が、掠れ声でそう呻いた。

 敵から目を離す事なく、32Sは答える。

 

「僕は、今の君を信用してない。けど、ホロビの事は信用してるんだ。だから、僕は……ホロビを守るために、君を守る」

「俺が、滅亡迅雷のヒューマギアでもか」

「やってみせるよ。だってホロビは、どんなになっても、僕の」

 

 32Sは大きく息を吸い込み、脚に力を込める。その口元が僅かに歪み……

 

「相棒だから!!」

 

 彼は、001の元へと駆け出した。

 大上段から繰り出される斬撃を、001は最小限の動きで避ける。

 

「ちくしょっ!!」

 

 身を捻り繰り出す斬り返しも同様、001は余裕すら見せながら、後方にステップして躱した。だが、32Sの追撃は止まない。

 さらに身体を捻り、戦術刀による回転の連撃を001の懐目掛けて放ち進む。

 

「ハァァァッ!!」

「アハハ!! アハハハハハッッ!!」

 

 001は高笑いを続けながら、それら全てをステップで躱しみせた。まるで、未来でも見えているかのような動きである。

 32Sが攻撃を止めると、001も構えを解いた。だらりと垂れ下げた手から、彼のつまらなさそうな態度が伝わってくる。

 

「何、もう終わり?」

 

 ため息混じりにそう吐き捨てる001に、32Sはその口端を獣の如く歪めた。決して、追い詰められている者の表情では無かった。

 お前を倒してやる算段があるんだぞと、そう言わんばかりの表情であった。

 

「終わりじゃないよ」

 

 言うや否や、32Sは己の前方を斬り払い、同時に後方へと飛び下がった。

 001が怪訝そうにその行動を見つめる中、彼は思考野をフル回転させていた。

 

「これまでのデータを元に、奴の移動速度を解析、次の行動パターンを予測……うん、分かった!!」

 

 再び、32Sの黒身が動き出す。それに合わせるように、001も残影と共に突撃した。

 片やS型の鈍足、片やライジングホッパーの神速……あさ側から見れば、笑ってしまいたくなる程の速度の差である。元々狭かった2人の距離は、1秒の間もなく埋まった。

 001の拳が真っ直ぐに繰り出される。

 狙いは胸元……ブラックボックス格納部位だ最短距離を、直線でゆく攻撃である。反射で大幅に劣る32Sに、それを躱す術はない。

 だが、直撃の瞬間、彼は僅かに半身を切り、衝撃をずらした。

 

「あれ?」

 

 001が一瞬、硬直する。

 その隙を突き、32Sの右腕が蛇の如く001の首に巻き付いた。両足で腰を抱え込み、戦術刀を手にした左腕で敵の右足甲を突き刺す。流れるような一連の挙動に、さしもの001も動揺を見せた。

 

「ッ!?」

 

 32S振り落とそうと身をよじる001。だが、既に32Sの戦術は完了していた。

 

「ホロビ、動ける!!?」

「当然だ」

 

 滅は既に起き上がり、矢を構えていた。

 放たれた紫矢は001のベルトを直撃し、プラグライズキーごと彼の腹部を貫いた。矢の衝撃により壇上まで吹き飛ばされた彼の体は、大の字のまま、ピクリとも動かなくなった。

 001の変身が解けてゆき、白髪の青年・イヴが姿を表した。

 


 

 記録:11944年12月15日

 場所:工場廃墟

 これは、工場廃墟にて46Bと作戦行動についていた時の記録。46Bは本部の監視が及ばない場所では、仮面ライダーに変身して戦う事が多かった。ヒューマギアしか使えないはずの兵器を彼が使える事に疑問だった僕は、それについて聞いてみる事にした。

 

 46B:『んなモンは簡単な話だろうが。俺はヒューマギアにブラックボックスをぶち込んで作られた機体だからな。コイツを使えるのは当たり前だ』

 32S:『え、そうだったんだ……でも、それって僕に言って大丈夫なの? 重要機密だったりとか……』

 46B:『知るか。俺はお前に隠し事はしねぇ。それが重要機密なら、俺の規則違反が一つ増えるだけだ』

 32S:『ハハ……普通、それは『だけ』じゃないんだけどね』

 46B:『ヒューマギア共の使う仮面ライダーに弱点は無ぇ。強化装甲に守られた身体、運動等能力も大幅に強化される。まさに理想の兵器だ』

 32S:『それだけ聞くと、無敵だね……』

 46B:『だが、それはあくまでプログライズキーがあっての話なんだよ。ベルトかプログライズキーか、どちらかを壊しちまえばいい』

 32S:『なるほど。でも、それは向こうもわかってるんだよね。だったら、壊すために作戦が必要じゃない?』

 46B:『そうだな。例えば、有効なのは囮作戦だな。誰かがライダーの気を引くか拘束し、もう1人がベルトを破壊するって作戦がある。もちろん、囮役は命の危機に晒されることになるなぁ』

 32S:『その囮役ってって、ホロビがやってくれたり……』

 46B:『するわけねぇだろ阿呆。まぁ心配すんな。もしお前が囮役をやる時は、火力を調節しといてやるからよ』

 32S:『頼んだよ……』

 

 記録はここで途切れている。

 


 

 先程まで喧騒と暴力に満ちていた地下劇場には、一時の静穏が戻っていた。

 滅は既に変身を解除している。今にも崩れ落ちそうなその義体に、32Sは肩を貸していた。2人とも全身を余す所なく損傷している。だが、2人の表情には苦痛よりもどこか晴々とした、満足感のような色が浮かんでいた。

 

「32S……お前が抑えてくれたおかげで、隙ができた。見事な連携だ」

「ホロビが教えてくれたからね。それに、アイツの動きさえ封じれば、ホロビなら絶対やってくれると思ったんだ」

 

 ボロボロの身体を互いに支え合いながら、2人は壇上へと戻った。壇上では、既に起き上がっていたイヴが、少し前まで己の腰に巻かれていたフォースライザーの残骸を手に、泣き崩れていた。

 

「ベルト……ニイちゃんがくれた、ベルト」

 

 子供のように泣き崩れるその姿に、先程までの強力な戦士の面影は無い。

 武器の柄に手をかけていた滅も、ため息と共にその手を離していた。32Sも困惑しているようで、瞳を揺らしながらイヴの姿を見つめている。

 

「でも、何なんだろう、コイツ」

「機械生命体、と名乗っていた。外見は奴らとはかけ離れているが、先程見せた膂力は十分に脅威にあたる」

 

 そう言いながら、滅は自分の中で彼への脅威が高まっていくのを感じていた。それはイヴへの恐怖でもあり、機械生命体という存在そのものへの恐怖でもあった。

 

「トドメを、刺しておくか」

 

 滅は軍刀を抜き放ち、泣いているイヴの首元へと突きつけた。さながら、罪人の首を斬り落とす形によく似た構図であった。

 

「ニイちゃんが、くれた、タカラモノ。壊された……」

「悪いな。お前を殺す」

 

 滅の身体が霞のように揺れ、刀がその刀身を劇場の背景へと同化させた。斬撃がイヴの首へと滑り込み、内の肉を断たんと筋繊維を両断してゆく。

 

「壊された!! ヒューマギア、なんかに!!」

 

 瞬間、滅は飛び退いていた。

 尋常ならざるエネルギーが、イヴを中心に巻き起こったのである。

 

「ゴオアァァッ!!」

 

 叫びと共に、光の柱が、イヴを中心に展開された。

 柱は彼の首元を削りかけていた軍刀を弾き飛ばし、柱の内にあった滅の手を焼いた。

 

「ッ!?」

 

 飛び退いた2人を、柱から伸びた無数の光の槍が襲う。何とかそれらを躱しきった2人に、次は天空へと投げ出された槍の群が降りかかった。

 

「変身してないのに、こんな力が!?」

「避けろ、サニーズ!!」

 

 槍の群を斬り払い、あるいは避けながら2人は劇場を逃げ回る。その様子を、いつの間にか立ち上がっていたイヴが、憎しみに満ち溢れた目で睨んでいた。

 

「絶対に、殺す!!」

 

 外傷など全く感じさせない、完全状態のイヴ。対する2人は、満身創痍もいいところである。しかも、この地下劇場から逃げる術を、2人は知らない。

 

「言いたくは無いが、絶体絶命か」

「そうだね。しかも、僕達囲まれてるみたい」

 

 周囲を見回した滅は、32Sの言葉の意味を理解した。地下劇場の端から端を埋め尽くすように、機械生命体達が集まってきているのだ。

 どれも瞳を緑に染め、2人を囲むようにジリジリと距離を詰めてくる。

 

「コノママジャダメ、コノママジャダメ」

 

 どの個体も口々にそう呟きながら、手と手を繋ぎ、次々と身体を寄せ合い始める。

 個が複に、複が線に、線は円に……そして、円の集合体は灰色の球となり、イヴと2人の間に立ちはだかった。

 

「なんだ、アレは……」

「機械生命体の、球……?」

 

 機械生命体の集団が織りなす球の内からは、淡い緑の光が漏れつつある。その光は優しく、滅にとって、どこか懐かしいものであった。

 

「アレは、俺達の」

 

 そう滅がこぼした瞬間、球が爆ぜた。

 緑の光と羊水にも似た液体を劇場に撒き散らし、文字通り四散したのである。機械生命体達は抜け殻の如くその場に倒れ、目から光を無くしている。

 代わりに、劇場中央には1人の女が立っていた。

 髪の長い女性であった。

 髪の色は吸い込まれるような黒であった。

 女性は裸であった。裸であるが故に、一切の生殖器がついていない事が、容易に判別できた。

 その手には、茶色のプログライズキーが握られていた。そして、腰にはフォースライザーが巻かれていた。

 呆気にとられる滅の、32Sの、イヴの前で、女はプログライズキーのスイッチを入れる。

 

『HUNT』

 

 フォースライザーにキーを滑り込ませた女は、そのままベルトのスイッチを入れる。

 

「変身」

 

 短い発声に応えるように、フォースライザーから展開されたアーマーが彼女の全身を包み込んだ。翡翠色に光る両眼に、黒をベースにしたスーツ。全身には金の装飾が施され、その手には巨大な鎌が握られていた。

 

『FIGHTING JACKAL.BREAK DOWN』

 

 変身が完了した。

 瞬間、謎のライダーの身体が霞のように揺らいだ。そこにいた全員が辺りを見回す中、ライダーはイヴの真後ろに出現していた。

 手に持った鎌を振りかぶり、ライダーがイヴへと斬りかかる。イヴは自身の腕に光の束を纏わせ、その一撃を両腕で受けた。

 困惑の面持ちであった。

 反撃のため、光の束を爪の形に展開するイヴ。だが、その時には既にライダーの身体は彼の眼前には無かった。

 

「どこに……ッ!?」

 

 イヴがライダーの場所を認識したのは、彼の後頭部が強烈な打撃に襲われた瞬間であった。ライダーは一瞬にしてイヴの背後に回り、彼の側頭部に回し蹴りを繰り出していたのである。

 振り向きざま、爪の連撃を繰り出すイヴだが、それらの攻撃は全て、宙を舞うようなライダーの高速移動により回避された。

 

「コイツ……なんでこんなに、俺達と同じか、それより、速い!!」

「お前達に話す必要は無い。イヴ。私の目の前から、早く消えろ」

 

 言うや否や、ライダーは鎌でイヴの両手に展開されていた光の爪を斬り払い、彼の耳元へと顔を寄せた。

 一瞬の出来事であった。

 ライダーが顔を離すと同時に、イヴは構えを解いた。彼の腕に展開されていた爪の名残も消えた。明確に戦闘解除の意思を表明したのである。

 

「……分かったよ。言うこと聞くよ」

 

 そう言って、イヴは己が作り出した光の渦の中に身を浸した。光の繭とでも形容すべきだろうか。滅達が呆気にとられる中、解けた繭の中には、既にイヴの姿はなかった。

 壇上に残されたのは、ライダー1人。

 ライダーは劇場中央の2人を見下ろし、鎌を上段に構え直した。その緑の瞳が何の感情を映し出しているか分からない。だが、彼女の構える鎌は、明らかに殺傷用の武器であった。

 

「来るぞ、構えろ」

 

 滅と32Sが軍刀を抜き放つ。

 2人は一歩も退く素振りを見せなかった。互いが互いを守るように、肩と肩を合わせ、軍刀を構えていた。

 

「ホロビ、何か作戦あったりする?」

「無い」

「だよね」

「策が無い事を嘆くな。策がなければ、真っ向から叩きのめすのみだ」

「了解!!」

 

 示し合わせたように、2人は壇上のライダーへと駆け出した。ライダーは動かない。鎌を構えたまま、2人を視界に捉え続けるのみだ。

 軍刀を足がかりに、壇上に躍り出る2人。

 上手と下手、両サイドから挟み込む形である。

 

「何者かは知らんが、俺達の邪魔をするなら、亡き者になれ」

 

 言うや否や、滅が駆け出した。32Sもそれに合わせる。二つの刃の先端が、ライダーに向けて突き出され……交錯した。

 ライダーは2人の攻撃がかち合うように、身を低くしてそれらを避けたのである。

 

「やるね、2人とも」

 

 ライダーはしなやかに身を屈め、まるでポールダンスでも踊るように滅の背後へと回り、彼の首にその手を巻き付けた。

 女性的な仕草であった。

 軍刀を構えようとする滅に、ライダーはチッチッチッと指を振ってみせる。

 

「お遊戯はおしまい。もう戦う必要はないよ」

「その声は……亡か?」

 

 ライダーが首を縦に振った事で、滅はため息と共に戦闘態勢を解除した。32Sも同様である。ライダー・亡は手に持った鎌をクルクルと回転させ、「ふふっ」と悪戯っぽく笑ってみせた。

 

「その通り。機械生命体の機能を使って、新しいボディを作ったんだ。すごいよね機械生命体って。たくさん集まる事で、工場にもなれる」

「機械生命体に、そんな機能が」

 

 32Sが漏らしたその言葉に、亡も「私も驚きだよ」と返す。

 

「おかげで、生まれ変われたよ。この身体、すごく軽い……昔に戻れたみたい」

「アイツらもこうして生まれたなら、あのレベルの戦力が敵には無数にある事になる。俺たちの思う以上に、奴等の進化は速いのかもしれん」

 

 ベルトに伸びる亡の手を、滅が抑えた。

 

「まだ変身は解くな」

「どうかしたかい?」

「お前は……その、外見は裸のままだろう」

 

 滅が何が言いたいのか分からないのか、亡は首を傾げている。

 滅は嘆息と共に、32Sの方に視線を向けて見せた。

 

「俺はいいが、ここには青少年型アンドロイドもいる」

「あぁ。そんなに緊張する事はない。所詮機械生命体の身体だ」

「だとしてもだ」

「どうしてもかい?」

「どうしてもだ」

 

 結局、滅は城を出、服の代替案が出るまで、頑として亡の変身を解かせる事は無かった。

 


 

 戦いの終結から、およそ1時間が経過した。

 ジェットコースターは再び運行を再開し、城の周りでは花火が大輪の花を咲かせている。

 敵性機械生命体も、イヴと共に撤退したようで、遊園施設には数時間前までの喧騒が戻っていた。

 先程のショックが嘘のようにトテトテと駆け出してゆく小型機械生命体の後を、4つの軍靴と2つ裸足が落ち着いた足取りでついてゆく。彼らの足取りはどれもバラバラだが、向かう先は皆同じであった。

 

 滅はボロボロの軍服姿、32Sは上下に黒い下着を身につけている。

 彼の背には、傷を負った銀長髪のヨルハがおぶさっていた。ブラックボックス格納部位から僅かな稼働が伝わってくる以外、彼女はピクリとも身体を動かさない。

 亡は、黒い軍服とズボンを身にまとっていた。少し前まで32Sが身につけていたものである。

 服の提供に関し、彼は最後まで不満そうだった。だが、あの小型生命体の前では絶対にアーマーを着たまま会いたくないと、亡が強く願ったのである。

 頑として譲らない彼女に、滅は仕方なく自身の衣服を提供しようとした。だが、彼の軍服は穴だらけであり、衣としてはあまりに心許なかったのだ。

 身体の軽さに慣れないのか、亡は何度もバランスを崩し、時に転倒しては32Sにため息をつかれていた。

 城が遠ざかり、遊園施設の入り口が見え始めた頃。小型生命体は本通りを左に逸れ、闇に隠れた小道へと足を踏み入れた。

 3人が声をかけるのにも構わず、彼女は枝分かれする小道を迷いなく進んでゆく。

 右へ左へと何度も小道を曲がった先、暗がりに包まれた一角に、光るものがあった。

 

「タカラモノ!! アレ!!」

 

 そう叫び、彼女は吸い寄せられるようにその光の元へと駆けた。その声を聞いた3人が彼女の元へと辿り着いた時には、彼女は身をかがめ、その光を覗き込んでいた。

 

「ヨカッタ、マダアッタ」

 

 安堵したようにそう漏らす機械生命体の視線の先、煉瓦造りの壁に囲まれた小道の一角に、真っ白な光が密集していた。

 一見すると人工的にも思える程の光量である。薄闇に目が慣れた3人は、目を細め視界に映る光量を絞りながら

 はじめに声を上げたのは32Sだった。

 

「これは、花?」

 

 続けて、亡が「あぁ」と声を漏らす。

 1人だけ全く状況が掴めていない滅に、亡は人差し指を立てて解説を始めた。

 

「これは『月の涙』だね。私達が来たばかりの頃はまだ少しは咲いてたんだけど、この頃はめっきり見なくなってしまった」

「暗闇でも、この花は光るんだな」

「だから、『月の涙』なのさ。月は夜だからこそ光るだろう?」

 

 伸ばしかけたその手を、滅は止めた。

 ここで花を摘むのは簡単だ。指に僅かでも力を込めれば、その茎を手折る事ができるだろう。その瞬間に、この光は自分のものになる。

 だが、同時にこうも考えられる。摘んで仕舞えば、途端にその光が失われてしまうのではないかと。

 だからこそ、この機械生命体はこの花を摘まなかったのだ。一度摘んでしまった経験からの判断なのか、はたまた直感がそうさせたのかは分からない。

 だが、少なくともこの機械生命体にとっては、この花がこの場所に存在する事が、宝物なのだと滅には分かった。

 

「綺麗だね」

 

 忘れたように、32Sがそう零した。

 

「あぁ。綺麗だ」

 

 短絡的に、滅もそう答えた。

 重ねて、滅は問うた。

 

「お前の宝物も、こんな風に光るのか」

「うん。光るよ」

 

 32Sの答えに、滅は僅かに口端の強張りを解いた。

 

「そうか。見せてもらうのが楽しみだ」

 

 滅の言葉に、32Sも微かに口端を歪めた。

 

「見せるよ。必ず。ホロビに」

 

 かくして、遊園施設での騒動は収束を見せた。小型生命体を無事に送り届けた事をネタに、亡はパスカルから物資折半の契約を取り付けることができた。

 運び込んだ正体不明のアンドロイドは、未だに目を覚さない。亡によると、修理は完了したのだが、論理プログラムに何かしらの問題があるとの事であった。

 アーク復活計画の進捗は、38%を超えた。

 物資が揃えば、次は電力である。

 滅は次なる戦いに備えるべく、足繁く亡の元へと通うのだった。

 

 

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 ここは黒白の前線基地・バンカー。

 アンドロイド陣営の新設部隊【ヨルハ】の本営である。地球軌道上に浮かぶ衛星の内に設立されたこの基地こそが、ヨルハ達にとって唯一の家であり、自分達の命である『バックアップデータ』の保管場所でもあるのだ。

 そんなバンカーを統括する女傑こそ、ヨルハ部隊司令官・ホワイト司令である。

 彼女は作戦司令室に常駐し、昼夜を問わずリアルタイムで世界の動きを監視している。命令を聞くのも司令室、下すのも司令室というのが、彼女である。

 だが、その実彼女の自室には整理の手が及ばず、魔窟と化しているのである。その事は既に周知の事実であった。だが、噂は噂を呼ぶものである。ヨルハ達の中には斯くなる噂が流れていた。

【司令官が自室にて隊員に命令を伝達する際は、その件は最重要機密案件に関わるものである】と。

 その噂に踊らされ、司令室の扉に耳を当てるアンドロイドが1人。白い短髪のウィッグをつけた、少年型のアンドロイド・ヨルハ機体9号S型である。

 彼が司令官の自室の前で話し声を聞いたのは1分ほど前の事。その会話相手が、自身のよく知る者であると知り、聞き耳を立て始めたのはおよそ40秒程前の事である。

 

「命令は以上だ。明朝より、速やかに遂行せよ」

 

「はい」

 

 瞬間、甲高いヒールの音と共に扉が開いた。

 司令官自室が魔窟という噂は真であった。9Sの視界に映るその部屋の内状は、さながら書類とゴミに埋め尽くされた迷宮そのもの。

 ゴミをかき分け、真白いショートボブのウィッグが姿を表す。彼の相棒、2Bであった。

 与えられたわずかな猶予を巧みに使い、9Sは扉前から素早く退避し、部屋から抜け出た彼女の背後に違和感なく合流した。

 

「司令官と、何話してたんですか」

 

 9Sは軽く問うたつもりであった。

 だが、2Bは彼の問いを黙殺した。

 数秒の後、彼は再び問うた。

 

「ねぇ、2B……」

 

「教えられない。極秘事項だから」

 

 2Bの歩調が速くなった。

 9Sもそれに合わせ、足早にバンカーを征く。

 

「そんな堅いこと言わないで。ここならオペレーターさん達とも通信繋がってませんし、誰にも言いませんから」

 

 食い下がれど、2Bは答えない。

 何度も呼べど、「言えない」の一点張りである。

 

「じゃあヒント!! 一個だけでいいですから……」

 

 瞬間、2Bは足を止めた。

 

「言えないって言ってるでしょ!!」

 

 轟雷であった。

 9Sの足が、ピタリと止まった。あるはずのない心臓まで、動きを止めたようであった。

 

「ごめん、もう聞きません、から」

 

 9Sは背を向けた。

 

「……出発時間まで、待機」

 

 同じく背を向けたままで、2Bも告げた。

 彼女の姿が見えなくなるまで、9Sは動けずにいた。それ程の剣幕であった。

 足が動くようになるその時まで、彼は彼女の言葉を記憶野で反芻していた。そこには、明らかな寂寥があった。悲哀があった。

 棒のようになった足で、9Sはバンカーの硬い一本道を征く。

 2Bの自室を通りすがる時、足がさらに重くなった。鉛鋼のように、一歩一歩を踏み締める。その途中、9Sは横目に見てしまった。

 その光景が、再び彼の足を止めた。

 自室で、彼女は涙を流していた。

 泣いていたのだ。

 

「命令は、絶対。今までだって、そうしてきたんだから」

 

 2Bの声であった。

 僅かに開かれた扉の向こうで、彼女は泣いていたのだ。

 

「感情を持つ事は、禁止されている……ッ」

 

 微かな隙間から伺う。彼女は、手に何かを持っていた。9Sにはそれに見覚えがあった。

 

【ゼツメライザー】

 

 異世界人類が持ち込んだ遺産の一つ。

 2Bはそれを手に、泣いていたのである。

 


 

 遊園施設の隅。

 ちょうど数日前に月の涙が発見された付近の一角で、一筋の静電気が産声を上げた。

 産声は泣き声に変わり、泣き声は悲鳴へと変わる。静電気の束はそれらの過程を経ながら瞬く間にその大きさを増し、人1人が悠に通れるほどの球体へと成長した。

 そして、その球の内から人型が一つ、姿を現した。耳に青く光る耳飾りをつけ、黒の前髪の一部にミドルのメッシュがかかっている。

 ヒューマギアの特徴を備えた彼女だが、傷一つない皮膚はこの時代においては違和感を覚えさせるものであった。

 彼女は周囲を見廻し、耳元の飾り・ヒューマギアモジュールに手を添えた。

 

「天津様、到着致しました」

 

 モジュールは、何も返さない。

 数秒経って、彼女は悪戯っ子のように微笑を浮かべた。

 

「聞こえるわけがありませんね。ここは未来。時空を超える電波があれば、話は別ですが」

 

 冗談まじりの微笑を表情に貼り付けたまま、ヒューマギアは空を見上げる。夕闇に閉じた遊園施設の空。虚空に向けて花火が飛び続けるその様子に、彼女は嘆息を漏らす。

 

「『ミライ』なのに、『クライ』のですね、この世界は」

 

 ヒューマギアは何も無い隣の壁を僅かに伺い、少し寂しそうに目を伏せた。そこから帰ってくるハズの返事を僅かに期待しているかのような素振りであった。

 

「ヒューマギアと人間が笑って暮らせる世界は、必ず作れる。ですよね、或人社長」

 

 ヒューマギア・イズは、手に持った蛍黄色のプログライズキーを、固く握りしめた。

 この眩しく昏い世界の中に降り立った、1人の天使。彼女がこの世界に何をもたらすのか。それはまだ、誰にも分からない。




第3話をお読みくださり、ありがとうございます。

今回は文字数があまりに多くなってしまうため、特例として、後半を2分割させていただきました。最近は文章が思うように浮かばなくなってしまう事も多く、執筆スピードも落ちてきています。
この連休がリフレッシュになり、また文章に活を取り戻せればと思います。

次回の投稿は、来週の日曜日になります。

※pixivにも同じものを投稿しております。
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