NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ
アークを復活させるべく活動していたヒューマギアの滅と雷は、突如天空から落下してきたベローサマギアの襲撃を受ける。栄光人類.netを名乗るマギアと交戦する2人は、その数に苦戦を強いられる。
一方、機械生命体のコアを探していた32Sは、未来から来たヒューマギア、イズを発見してしまう。彼女をヒューマギアの村まで送り届けようとする彼だが、途中で機械生命体のアダムと遭遇してしまう。


『栄光人類.net(後編)』

 陥没地帯と水没都市を繋ぐ廃トンネル。

 元は下水道だったものが、その機能を失い、実質的にトンネルとして機能している。

 下水の滴る薄暗い閉所空間には、様々なものが流れ着く。廃材、ボルト、機械生命体の部品……時に、アンドロイドの死体など。

 それらの共通点は、総じて生きていないという事だ。打ち捨てられた機械部品の墓場、それがこの下水道なのである。

 水没都市の先には、ヨルハの小規模な軍事基地とヒューマギア特区が存在するくらいである。アンドロイドから見れば打ち捨てられた土地に他ならず、それ故に基本的にこのトンネルを使用する者は少ない。

 

 さて、そんな廃トンネルだが、この日は珍しく、3つの人影が蠢いていた。

 

 1人は、近未来的な白い衣装に身を包んだヒューマギアである。

 西洋人形かと思う程に端正な顔立ちに、均整の取れた体つき。前髪から垂れる緑燐のメッシュがその美麗さを際立てている。耳にモジュールの青色ダイオード光が、トンネルの薄暗さを僅かに緩和していた。

 この世界において、その美しさと清らかさは尋常のそれではなかった。

 

 そんな彼女の前に立つように、黒衣のアンドロイドが長刀・四〇式戦術刀を構えていた。

 黒いのは衣だけでは無かった。軍靴も黒ければ髪も黒い、元は白かったと思われる肌も、煤と埃に塗れて黒く汚れていた。

 トンネルの薄闇に隠れるほどに黒い彼の名は、ヨルハ機体32号S型。通称32Sである。

 この鉄と油の香りに塗れた世界において、彼の装いは酷く尋常であった。

 

 さて、そんな対照的な外見をしている2人の前に立っている男……彼もまた、尋常ではなかった。

 白髪を肩口まで伸ばした男であった。

 素材不明の黒のフルレングスパンツに、これまた薄い生地の白シャツを身につけている。

 彼の腰元には黒いドライバーが巻かれており、その真っ赤な顎は今にもプログライズキーの装填を待ち望んでいるようであった。

 彼の白く艶やかな肌はまるで『生きているよう』であり、口元から覗く白い歯の並びは、それだけで様々な感情を帯びていた。

 

 彼は2人にアダムと名乗り、続けて、自身の区分は機械生命体に類する事を告げた。

 

 その時点で、32Sは浅く腰を落とし、長刀の鋒を彼に向けた。剣術で言う、霞の構えといった構えである。

 両者の間に開いた距離は3m程。

 32Sは穴のあく程にアダムを睨み据えていた。それこそ指一つでも動かせば、即座に飛びかかる事ができるように。

 

「では……」

 

 その声の続きが彼の耳に届くより届くより速く、32Sは脚部の駆動系を軋ませ、地を蹴っていた。下水道の下を通っていた汚水がピシャリと跳ね、彼の軍靴を濡らす。

 両者の間に開いていた僅かばかりの距離はものの一瞬で詰められ、長刀の鋒が軟肉を切り裂かんとアダムの胸元へと迫る。

 

 アダムはそれを躱そうともせず、立ち尽くしている。反応しないのか、できないのか、それとも反応しない事を選んでいるのか。

 彼の表情には、未だ余裕の笑みが張りついていた。

 

 長刀の鋒が、アダムの左胸周りの筋を穿ち、鮮血にも似た液体を洩れさせる。

 だが、そこまでだった。

 

「ッ!? ぐ……うっ!?」

 

 32Sはその全身の動きを止めたのである。

 アダムを貫かんばかりの踏み込みであった。あと一歩で心の臓を穿たんばかりの突きのはずであった。

 

 アダムは表情一つ変えず、重心を後ろに預ける事で胸に刺さった鋒を抜いた。鋒からは、真紅の液体が滴っていた。

 霞の構えのまま硬直している32Sの横を抜け、彼はゆっくりと歩を進める。

 

「無理はしない方がいい。先のハッキングで君の可動系は麻痺させてある。下手に動けば、爆発するようにも設定しておいた。もっとも、タイマーを起動したのは今だけどね」

 

 先のハッキング……32Sは焦りながらも思考を巡らせる。思い当たる節は一つしかなかった。トンネルを進んでいる時に一瞬襲ってきた極光と、その後の目眩である。

 あの1秒にも満たない一瞬で、アダムは32Sにハッキングを仕掛けたのだ。

 

 何という性能だろうと、彼は心中で感心していた。

 神業、という他ないだろう。

 ハッキングの専門家である彼とて、機械生命体の全身を支配するのには数秒かかる。ましてや、ウイルスを仕込むなら尚更だ。それを、この機械生命体は一瞬でやってのけたのである。

 

 ピシャリ、ピシャリと長い間隔で足音を立て、アダムはイズの元へと近づいてゆく。

 イズは動かない。いや、動けないのだ。

 彼女の表情は強張っていた。命の危機を感じた小動物のような強張りであった。

 アダムの肉食獣じみた視線が、殺気が、彼女を捉えて離さないのだ。

 

「なら、一思いに止めを刺せばいいだろッ!!」

 

 その叫びは、32Sのせめてもの抵抗であった。

 可動部一つ動かせない彼にとって、自身に注意を向けさせる以外にイズを守る方法がなかったのだ。

 事実、アダムは歩みを止めなかった。

 

「君達ヨルハには興味があるからね。可能な限り『動く』状態で持ち帰りたいんだ」

 

 やがて、アダムの牛歩はイズの元へと到達した。硬直する彼女の腰元に、その艶やかな白腕が巻きついてゆく。

 

「っ……!!」

 

「まぁ、今は君よりもこのヒューマギアだ。彼女の視覚データからは、人類に関するあらゆる新鮮な情報が引き抜けそうだからね」

 

 イズの肩に己の顎を乗せ、まるで恋人にでもするように、アダムは両手をその豊満な肉体に這わせてゆく。

 逃れられない、蛇の束縛。

 恐怖からか、拒絶からか……イズは僅かに身動ぎした。両手を硬く握りしめ、眉を曇らせ、瞳は一点を見据えている。

 だが、それすら許さないとばかりに、アダムは彼女の唇にその赤い爪先をかけた。

 

「嫌……っ!!」

 

 悲鳴と共に短く洩れる呼気。

 その隙に滑り込むように、アダムは彼女の真っ赤な舌を、人差し指と中指を使って器用に捉える。

 

 征服、完了。

 

 もはや短く息を吐くばかりの彼女の耳元で、アダムは甘い声で囁いた。

 

「渡してくれるね」

 

 イズの口内を征服した真紅の爪先……その先端が、淡い金色の光を放つ。

 観念したのか、イズの瞼が緩やかに落ちてゆく。アダムの口元が、醜く歪んだ。

 

 瞬間、衝撃が2人の身体を吹き飛ばした。

 

 2人はもんどり打つようにして下水の波にその身を叩きつけ、絡み合ったその身体を解けさせた。衝撃はさらにアダムの身体の上にのしかかり、彼が立ち上がらぬよう押さえつける。

 

「ッ!!?」

 

 衝撃の正体、それは32Sであった。

 四〇式戦術刀の刃先をアダムの喉に擦り当てる。少しでも引けば、パックリと喉が裂けてしまう程の鋭さであった。

 アダムの腹に跨ったまま、32Sは震えながらも起き上がりつつあるイズに叫んだ。

 

「ここを南に進んで森のある方に行けば、機械生命体の村があるんだ。そこは中立地帯だから誰も襲ってこないはず。白い旗が目印だから、すぐわかる……」

 

「……っ」

 

 彼女は壁に身を立てかけた体勢のまま、それ以上動けないようであった。己の身に起きた事が信じられなかったのかもしれない。

 純潔そのもののであった外見通りに、その心もまた純潔であったのだろう。

 縋り付くような彼女の視線に、32Sは一瞬、身体を弛緩させたが、すぐに駆動部の繊維を引き締めると、語気も荒く叫んだ。

 

「速く逃げて!!」

 

 その言葉に押されるように、イズは辿々しく歩き出した。汚水に塗れたその背中には、最早純潔の欠片も宿ってはいなかった。

 彼女の背中が遠くなってゆくのを確認して、32Sは股下のアダムへと視線を戻した。

 

「可動部の爆発は、嘘だったみたいだね」

 

 後は刀を引くだけ。

 だが、32Sが腕に力を込めた瞬間、無数の光の束が彼の背後から突き上がった。束は剣の形を為し、彼の背を突き刺さんと踊り狂う。

 彼もそれを予想していたのか、馬乗りを解除し、前転して攻撃を回避していた。

 

「よく躱す」

「身軽さが取り柄だから、ねッ!!」

 

 起き上がり、その光剣の一つを手に取ろうとするアダムに、32Sは再び距離を詰めた。

 すんでの所で剣を手に取ったアダムは、彼の剣撃をその光剣で受け止めた。

 火花が散り、長刀から削れた鉄片が下水道に落ちる。

 鍔迫り合いの形をとりながら、2人は額をぶつけ合うように互いの瞳を睨めつけた。

 

「なぜ彼女を庇う? 君達ヨルハにとって、ヒューマギアは憎き敵のはずだろう」

「僕にも分からないさ。けど、あの子を守れば、僕も分からない何かに辿り着ける気がするんだ。ホロビがおかしくなった原因にも……だから、お前に邪魔される訳にはいかない!!」

「よく喋るアンドロイドだ。君も、調べてみたら面白いのかもしれないな」

「君に僕の中身を調べられるなんて、そんなの、考えるだけで虫唾が走る、よッ!!」

 

 鍔迫り合いの最中、32Sは己の重心をさらに前へと出した。鍔迫り合いに打ち勝ち、相手の体制を崩すためである。だが、その力は抵抗なく、虚空を撫ぜるばかりであった。

 理由は明解、アダムがそれに合わせて重心を後ろに傾けたからである。僅かに体勢の崩れた32Sの懐に、アダムはサマーソルトばりに爪先を打ち込んだ。

 

「か……ッ!?」

 

 32Sの身体が僅かに浮き、腹から金属の軋む鈍い音が響く。パシャパシャと音を立てながら後退した32Sは、息も荒く、その場に膝をついた。

 アダムはそんな彼を見下ろし、満足げに笑んだ。美味しそうな餌を見つけた、獰猛な獣の笑みであった。

 いつの間にか、その手には青いゼツメライズキーが握られていた。

 

「それって、滅と同じ……」

「その通り。これは君達から貰った人類文明の遺産を僕達の技術で複製した産物な訳だが。その性能を試させてもらうとしよう」

 

 赤い爪先が、ゼツメライズキーのスイッチを撫ぜる。

 

『KAMEN RIDER』

 

 電子音と共に、ゼツメライズキーが淡い輝きを放った。アダムは慣れない手つきでそれをベルトまで持ってゆく。

 

「確かこう言うんだったか。へんし……」

 

 ベルトにゼツメライズキーが収まり、アダムはベルトのスイッチを入れようとした。

 その時であった。

 アダムの胸が、大きく剃り上がった。

 

「これは、意外だな」

 

 彼の胸からは、深紅の鮮血に染まった、緑の刃が突き出ていた。鮮血が白のシャツを真っ赤に染める中で、彼の身体がゆっくりと下水に崩れ落ちていった。

 

 


 

 時は少し進み、下水道。

 汚水の滴る薄暗い小道を、2人の人型が足早に進んでいた。

 1人は紫と黒を基調とした民族調の衣装に身を包み、金髪をバンダナで隠した男。滅亡迅雷.netの一員、ヒューマギアの滅である。

 もう1人は全身を真紅の西洋鎧に身を包んだ男であった。髪は明るい茶色、肌は日に焼けて少し褐色がかっている。彼の名は雷。滅と同じ滅亡人類.netの一員だ。

 水没都市で【栄光人類.net】を名乗るマギア達に襲われた彼等は、それらと交戦した。

 正体不明とはいえ、敵はマギアである。その動きや習性も2人は熟知していた。滅が敵の首領と目されるベローサマギアを抑え、雷がその他のバトルマギアを始末する。徹底した連携により、敵は今や手負いのベローサマギア一体のみとなっていた。

 不利を悟ったのか、ベローサは下水道へと逃げ込んだ。それを追い、2人は今下水道を進んでいるのである。

 雷は焦りと苛立ちに表情を歪めながら、滅の前に立ってズンズンと歩を進める。滅は速度は変わらず、その少し後ろをついてゆく。

 下水道も半ばに差し掛かってきた頃、雷が舌打ちと共にぼやき出した。

 

「ったく、あの雑魚共ただのマギアじゃなかったなぁ。外装が硬すぎる……中身は爆散して無くなっちまったから真偽は分からねぇが、ありゃ多分元はヒューマギアじゃねぇ」

 

 滅は雷の言葉に反応を示さなかった。

 雷の歩行ペースが僅かに落ちる。

 滅は変わらずの速度で彼の横を通りすがり、下水道の先へ、先へと進んでゆく。

 

「おい滅」

「気を抜くな」

 

 苛立つ雷に、滅は低い声でそう諭した。

 彼の目には、未だ獲物を探す鋭い眼光が宿っていた。下水の僅かな滴も見逃さない、それ程の鋭さであった。

 

「マギアはこの奥に逃げ込んだ……ヤツの外見は俺達ヒューマギアそのものだ。アンドロイドのキャンプにでも入り込まれたら、奴等に攻撃の口実を与える事になる」

 

 滅は呟くようにそう言いながら、下水道を進んでゆく。彼は主に足元を見ながら歩いていた。何かしらの痕跡を探しているのだ。

 

「アーク復活計画をここで終わらせるわけにはいかない」

 

 やがて、滅は足を止めた。

 彼の視線の先には、大量の廃材が散らばっていた。どれも、自然に流れ着いたと判断するには不自然な代物である。

 数多散らばる部品の中で、滅の目に止まったのは真白いウィッグであった。ウィッグは短く、使用者は短髪であった事が予想された。

 ウィッグの近くには、黒のゴーグルも落ちていた。どれも、ヨルハ機体の身につけている装具である。

 

「白い短髪のウィッグ……これは、あの2Bとかいうヨルハに随行していた奴のものか?」

 

 探せど、ベローサマギアの痕跡は見つからない。

 

「こいつは、例の機械生命体の……別個体、なのか?」

 

 アンドロイドを構成していたと思われる部品群。そして、明らかな戦闘の痕跡の数々。

 踏み越えてベローサマギアを追うべきか、それともこの場でもう少し情報を収集するべきか。

 悩む滅の前に、人影が姿を現した。

 音もなく現れたその人型に、思わず刀の柄に手をかける滅。だが、下水道の隙間から差し込む陽光に照らされ、その姿が明らかになった瞬間、滅は思わず声を漏らしていた。

 

「どうして、お前がここに」

 

 薄茶色の衣装に身を包んだ、女性型のヒューマギア・イズであった。服こそ汚れ、ひどくみすぼらしい様相へと変化してしまっているが、緑の瞳とその美しい容姿は、滅の記憶に新しいものであった。

 絶句する彼の後ろで、雷が眉を潜める。

 

「誰だコイツ。そのモジュールつけてるって事は、ヒューマギアだよな」

「イズ……飛電或人の所の秘書型だ。覚えていないのか」

「……そんなのも、いた気がするな。何年前の話かは覚えてねぇけど」

 

 雷はイズから視線を背けながら、舌打ちと共にそう言った。その声色には、どこか、苛立ちが混じっているようにも思えた。

 

「お久しぶりです。滅、雷」

 

 イズは丁寧に腰を折り、真っ直ぐに2人を見据えた。滅もまた、彼女を真っ直ぐに見つめた。

 

「全てをお話しします。ここであった、全てを」

 

 イズはその真っ赤な唇を僅かに震わせながら、事の顛末を語り出した。

 

 


 

 アダムの身体を貫いた緑の刃の主は、彼を蹴り飛ばすと、ふらつきながら壁にもたれかかった。

 32Sには、その姿に見覚えがあった。

 かつて46Bと共にヒューマギアについて情報収集をした時、彼がマギアと呼んでいた存在に似ているのだ。

 全身に傷を負った緑のマギアは、動かない身体を無理に動かしながら、仰向けに倒れているアダムに向けて歩き出した。

 32Sはその不気味な挙動を、眼前で起きようとしている出来事を、ただ見つめることしかできない。

 

「人類に、栄光、あれ」

「どうやら手負いのようだが、それは私も同じか」

 

 アダムも、先の一撃で大きなダメージを負ったようであった。胸を押さえ、歯を食いしばりながらなんとか立ち上がろうとするが、力が入らないようだ。

 胸元から流れ出る血が、汚水の赤銅と混じり、白いシャツを真っ赤に染めてゆく。

 彼は瞳を黄金色に光らせ、右手をマギアへと突き出した。32Sも使う、ハッキングの兆候である……だが、マギアは動きを止める事なく、アダムに向けて刃を振り下ろさんと迫り続ける。

 

「ハッキングは困難……矮小な思考プログラムの割には、やけにガードが固いな」

「機械生命体、アダム。機械生命体、人類の、敵。アダム、2Bの、敵。殺す」

「殺す、ねぇ。操り人形が、やけに物騒な言葉を使うじゃないか」

 

 アダムの言葉に、粘りが混じり始めた。内部の駆動機が血をかき出し切れないのだろう。

 それは、アダムの命がもう少しで尽きる事を暗に示していた。

 

 ピシャリ

 

 ベタ足のベローサが、アダムの元へと到達した。朱に染まった鎌が、再び彼の胸元に振り下ろされようとする。

 だが、そんな危機的状況で、アダムは笑った。

 

「目には目を、歯には歯を、だ」

 

 直後、ベローサマギアの身体が大きくのけ反った。背後から現れた光の大剣が、マギアの正中線を貫いたのである。

 

「2B……ごめん、な……ぃ」

 

 マギアは何かを言い残し、その場で爆散した。彼を構成していた部品は下水道中に飛び散り、あるいは壁に刺さり、あるいは下水のうちに埋れていった。

 静寂の訪れた下水道の内で、アダムが気怠げに「ハハ」と笑った。

 

「まったく、やってくれるな。これでは、順序が逆じゃないか」

 

 乾いた笑いを漏らすアダムの元に、濡れた足音が近づく。

 

 ピシャリ、ピシャリ、シャリ、シャリ

 

 32Sの足音であった。

 先に受けた蹴りがまだ効いているのか、前傾姿勢であった。そのため、腕から下がった長刀の先端が、下水道の先を擦っていた。

 

「私に、止めを、刺すつもりか。確実に、この局面を突破する、ために」

「そうだ」

 

 アダムは、もう腕も上がらないようであった。32Sはそんな彼の胸元に、長刀の鋒を突きつける。

 アダムは軋む身体を震わせながらも動かす彼に、真に不思議そうに、尋ねた。

 

「何故そうまでして、生に執着する。ここで、君が、死んでも、バンカーには、君達のデータが、保存されている、だろう」

「それじゃ意味がないだろ!!」

 

 叫ぶ32Sを、アダムは食い入るように見つめた。

 その表情に、あの邪悪な笑みは無い。そこにあったのは、このアンドロイドの思考を知りたいという純粋な好奇心のみであった。

 死際の存在が見せる表情ではなかった。

 狂気すら覚えるほどに、純粋な視線だった。

 32Sは、その視線に真っ向から立ち向かい、「僕だけなんだよ」と叫んだ。

 

「ヨルハとしてのホロビの事を覚えてるのは、今の僕だけなんだ。ホロビの事を、無かった存在にはしたくない。それが、僕の生きる理由だ!!」

 

 32S自身、自分の心を全て言葉に落とし込めたとは思っていなかった。だがアダムは彼の言葉の真意を理解したのだろう、満足げな笑みと共に頷いた。

 

「バンカーのバックアップ、記憶の消去と再生、ネットワーク……なるほど、そういう事か。ハハ、なるほど」

 

 アダムの目蓋が、ゆっくりと落ちてゆく。

 

「なら、今の私の生と死、その両方に、意味は無い、か」

「何を、言って……ッ!?」

 

 32Sが長刀を突き刺そうとした時には、既にアダムの身体から力は消えていた。

 今まで動いていたものが、動かなくなる感覚、命が失われる感覚がそこにはあった。

 32Sは動けなかった。アダムの身体が確実に動かなくなって、彼の身体が朱に濡れた人形になり、光の束になって地面へと吸い込まれるまで。

 

 やがて、32Sは徐に立ち上がり、歩き出した。イズの去っていった、光の方へと。

 

 その数分後。

 彼が消えた光の先から、1人の人影が現れた。

 人影の正体は、黒衣のアンドロイドであった。レオタードの上に黒衣のドレス、身につけたブーツもゴーグルも黒い。その中で、ショートボブのウィッグとその肌だけが白かった。

 固く結んだその口元には、ポツリと小さな黒子が浮いていた。

 

「作戦失敗、か」

 

 黒衣のアンドロイドは、その場の惨状を見下ろし、目を伏せた。

 

「ううん。こんなの、作戦じゃない」

 

 下水に漂う白のウィッグと黒のゴーグルを手に取り、2Bは口元を固く結ぶ。

 

「なんで、あなたは……さなかったの?」

 

 何かを呟き、アンドロイドはその場を去った。ここまでが、その場に隠れていたイズが目撃した光景の全てだった。

 

 _________________________

 

 イズからの説明を聞いた滅は、徐に光の先へと歩き出した。彼がその先に何を見ているのか、雷には分からない。

 滅は振り返る事なく、雷の名を呼んだ。

 

「イズをヒューマギアの村まで連れて行ってやれ。先の襲撃もある、お前の弟達共々、亡のラボに匿ってもらえ」

「お前はどうすんだよ」

「32Sを探しに行く。コイツの言う事が確かなら、そう遠くには言っていないはずだ」

 

 滅の姿が、光の中に消えてゆく。

 軍刀を下げ、紫と黒の混じった装衣に身を包んだ滅。外見は少なくとも、雷の知る滅のはずであった。

 だが、誰かを助けに行こうと光へと向かうその背には、彼の知る滅の面影は無かった。

 

「或人社長から伝言です。『俺達人類には、ヒューマギアが必要だ。頼む、帰ってきてくれ』と」

「人類? そりゃどういう事だ」

 

 雷の問いは、イズというよりも滅に向けて投げかけたものであった。

 彼が、自分の理解できる範囲での回答をする事を、雷は期待していた。

 だが、滅の口から飛び出してきたのは、彼の期待していた回答では無かった。

 

「俺達を殲滅すると宣っておきながら、役に立つと分かった途端に戻って来いとは……勝手な言い分だ」

「人類が、俺達を滅ぼすっつったのか?」

「こっちの話だ」

 

 滅の回答に、雷はますます己の中の苛立ちが膨らんでゆくのを感じた。

 機械生命体だろうが、アンドロイドだろうが、仲間は信じ受け入れるという迅の思想が、彼は嫌いでは無かった。

 だからこそ、彼は仲間同士の隠し事は嫌いだったし、仲間には全てを打ち明けていた。

 お前は『こっち側』じゃないのかよと、彼は口の中でモゴモゴと呟いた。

 

「ともかく、イズ。お前を野放しにするわけにはいかん。お前の身柄は俺達で拘束する」

 

 光の中へと消えてゆく滅に、イズは叫ぶように呼びかける。

 

「或人社長は、あなたの事も信じていました!! きっと、戻ってきてくれると。そして、きっとあなたも人類と分り合う事ができると」

「雷、そいつを黙らせろ」

「……チッ」

 

 雷は、眉間にシワを寄せつつも、手刀に静電気を纏わせた。ヒューマギアが数分行き来を失うレベルの電流である。

 イズはまだ、光の中に消えつつある滅へと言葉を投げ続けている。

 

「私からもお願いします!! 或人社長を助け……」

 

 手刀がイズの首筋を打ち、くらりと彼女の身体が傾いた。眠り姫の如く倒れる彼女を抱き抱え、雷は光の方を見つめる。

 最早、滅は光の中で点になりつつあった。

 

「なぁ、滅」

 

 光の中の滅に向けて、雷は名を呼んだ。

 衝動的な行いであった。

 であればこそ、彼は本心を口にした。

 

「お前は、何のために戦ってんだ?」

「決まっている。人類滅亡のためだ」

 

 滅の言葉に、雷は返す言葉もなく。

 ただ暗い下水道の中で、佇むしかなかった。

 

 


 

 昼の国。

 陥没地帯を進む二つの影があった。

 一つ目の影の正体は、黒衣のアンドロイドである。女性型のヨルハ機体、2Bだ。

 横に浮かんでいるもう一つの影は、彼女の随行支援ユニットであるポッド046のものだ。

 2Bは背に同じ黒衣のアンドロイドを抱えていた。そのアンドロイドは、2Bと違い少年型であり、ウィッグも黒かった。

 陥没地帯を登りきり、日陰へと身を潜めた2Bは、ふと遊園施設の方角を見やった。

 

「ポッド、あっちに何か見えない?」

「疑問:あっちとは、どちらの方角か。要求:目標物の正確な方角の提示」

 

 ポッドの堅苦しい返答に、2Bは硬く結んでいた口をさらにへの字に曲げる。

 彼女は遊園施設の入り口付近に点在する茂みの一つを指差し、「アレ」と言った。

 

「ほら、あっちだって。もうちょっとカメラ絞って」

 

 ポッドが2Bの頭上を飛び越え、少しずつ彼女の指定した箇所へと近づいてゆく。

 その小さな立体が、完全に彼女の姿を視界から外した……瞬間、彼女の身体が揺れた。

 手に隠し持っていた武器で、ポッドの尻を叩いたのである。

 ポッドは鈍い音を立て、その場にガシャンと墜落した。完全に停止していないのか、四角い立体からは歪な電子音が漏れ出ている。

 

「っと。ごめんね、ポッド」

 

 悪戯っ子のようにそう呟く2Bの表情には、どこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。

 彼女は背に負ったヨルハ機体を地面に下ろすと、懐から旧式の無線機のような黒箱を取り出し、耳にあてがった。

 黒箱からはザザ、と耳障りな音が流れていたが、やがてプツンという音と共に人の声が聞こえ出した。

 

「はーい秘匿回線シックスオーでーす」

 

 黒箱の向こうから聞こえてきたのは、元気そうな女性の声であった。オペレーター6O……2Bの任務を衛星のバンカー上からサポートするヨルハである。

 彼女達O型は基本的に地上に降りる事は無いため、連絡手段は通信に限られる。

 だが、それを逆手に取り、バンカーへの通常回線以外の回線を使うことにより、お喋り等の任務外行動を行う事ができるのだ。

 単独行動しがちなヨルハ機体は、寂しさを紛らわすためによくこのシステムを利用していた。

 

「こちら2B。任務中にごめん」

 

 半ば申し訳なさそうに謝る2Bに、6Oは笑いながら「いいんですよ」と答えた。その朗らかさに、2Bの頬の硬直が若干緩んだ。

 

「そのための秘匿回線なんですから。それで、今日はどうされました? 星占いの結果が聞きたいんですか?」

「いや、任務報告。ナインエ……栄光マギアは目標を達成できず。作戦は、失敗した」

 

 2Bの報告に、通話口からは若干の沈黙があった。報告の内容からして、無理もない事ではある。

 

「そうですか……それは、残念です」

 

 6Oは沈んだ声でそう返した。

 だが、すぐにまた「えへへ」と笑い、いつもの調子に戻った。

 

「でも、くよくよしててもしょうがないですよね。承知しました!! 司令官には、こっちで伝えておきますから!!」

「ありがとう」

 

 彼女の明るい対応に、2Bの表情も、どこか和らいだ。憑物が落ちたようだとでも言えばいいのだろう。

 今まで日陰に立ち尽くしていた彼女は、思い出したように近くの植物に寄りかかり、足を女の子座りの形にペタンと折り畳んでその場に座った。

 

「なんだか、楽になった。やっぱり、6Oはすごいね」

「……えと、2Bさん、何かありました?」

「ううん、何も」

「そう、ですか」

 

 6Oの反応に、2Bは「ふふ」と頰を歪めた。いつもの彼女であれば、絶対にしない表情である。

 電話口の向こうで戸惑っている6Oの様子がおかしく思えたのか、2Bはしばらく、小刻みに肩を震わせていた。

 

「でも、意外です。司令官に怒られたくないから秘匿回線使うアンドロイドは、まぁ少なくはないですけど。2Bさんはそういうズルい事とか、した事なかったから」

「大丈夫。多分、今回が最後になるから」

 

 2Bはそこで大きく息を吸い込み、短く吐き出した。何か胸の内に秘めた覚悟の、再確認。

 数秒のそれの後、2Bは口を開いた。

 

「……32Sを鹵獲した。これも、ただの報告だけど」

「あー、別任務のですね。じゃあそっちも司令官に……」

「待って!!」

 

 2Bの叫びに、電話口の6Oが沈黙した。

 彼女は早口で、まくし立てる。

 

「これは、司令官には伝えないで。あと、もう少しで再起動する9Sにも」

 

 胸を押さえながら、2Bは「お願い」と付け加えた。彼女の声は震えていた。

 息を少し荒くさせながら、彼女は続ける。

 

「クエストは、失敗で処理しておいて欲しい。あと、『私』からの通信はこれで最後になる。大丈夫、またすぐに会えるから」

「2Bさん……」

「頼んだよ、6O」

 

 そう言い捨て、2Bは一方的に無線機の電源を切った。

 言いたいことを言えたという事、6Oの回答を聞けば覚悟が鈍ってしまう等々理由は様々あったが、1番の理由は故障していたポッドが自己修復を終え、起き上がろうとしていたからであった。

 

 ポッドは起き上がるや否や、2Bに要求を告げた。その頃には、既に2Bも日向へとその姿を晒していた。

 

「通信状況が回復。要求:通信状況断絶間の映像及び音声記録」

「無理。私もその間の記憶が消えてる。何かのハッキング攻撃かもしれない……ポッド、周囲を探索できる?」

「了解。ソナーによる周囲の探索を開始」

 

 ポッドは数秒のレーダー探索の後、ピピッと軽快な電子音を立てた。どうやら、反応があったらしい。

 2Bは全身の可動部付近の繊維を硬らせる。

 

「ソナーに反応あり。識別番号、ヨルハ機体46B。推奨:速やかな対象の破壊」

 

 その識別個体名を耳にした2Bは、慌てて「ダメ」とポッドを制した。

 

「私に作戦があるから、今はそれに従って」

「了解」

 

 2Bは気を失ったままの32Sを担ぐと、遊園施設の入り口を通過し、城の方へと歩き出した。その口は固く結ばれ、拳もまた、固く握られている。

 広場を抜け、中央の通路を進む。

 

「知りたいの。あの時、あなたが、何を考えてたのか」

 

 口の中でそう呟きながら、彼女は遊園施設の劇場内へと足を踏み入れた。中央劇場では複数の機械生命体達がおかしな劇に対して評論を行なっていた。それらを尻目に、2Bは劇場の外れに位置していたエレベーターに乗り込む。

 

「あなたと話がしたい。たとえ一度死ぬ事になっても」

 

 どこへ続くとも分からないエレベーターに身を任せ、2Bは下へ下へと降りてゆく。真っ暗な世界の中へ、下へ、下へ。

 

「46E」

 

 やがて、エレベーターがガシャンと音を立てて止まった。

 開いた扉の先には、闇が広がっているばかりであった。




●次回予告:32Sを攫った2Bは、司令部の命令に背き、46Bとの対話を望む。一方、イズを仲間に引き入れた滅亡迅雷.netは、アーク復活のための最後の1ピースを取りに行くべく行動を開始するが、その前に栄光人類.netの尖兵達が立ちはだかるのだった。
どうなる第5話!!

●ここから後書き
第4話をお読みくださり、ありがとうございます。

この回は、実は第5話とセットになっており、起承転結の起と承の中盤を担うお話となっております。第5話は第一章の中盤にも当たりますので、ここからはもう隠し事無しのノンストップです。
あと、今回から次回予告をやってみました。

次回の投稿は来週の日曜日を予定しています。

※pixivにも同じものを投稿しています。
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