アーク復活計画も進捗残り14%。
滅がヒューマギアの村に戻らない状況下にも関わらず、雷はアーク内に残留する機械生命体の排除に向かう。
一方、滅は32Sを助けるために遊園施設の深部へと向かう。そこでは、2Bが滅の失われた記憶を再生すべく待っていた。
ここは遊園施設。
夕闇に暮れる空を、極彩色に染めるありったけの花火の群。巨大なハートマークを中心に穿った巨城。機械生命体のパレードは意味もなくラッパを吹いて回り、その様子を巨大な黄金の兎像が見下ろす。
中央劇場では人類の創った物語を模倣した劇が連日連夜上演され、批評家気取りの機械生命体やヒューマギア達が的外れな『感想』を垂れ流している。
そんな遊園施設の奥も奥。
人知れず、暗がりが存在していた。
広場の喧騒や劇場の狂乱とは一線を画した、静寂たる空間。最低限の照明が視界を闇に閉ざす小道を抜けた先……10畳程の広間に、背部をブラウン管に繋がれた白黒テレビ達が、寄り添い合うように5m程の小山を形成している。
闇と明かりとテレビのみで構成される、ひどく静かな地下世界。
本来は無人のはずのその空間には、今、三体のアンドロイドが存在した。
皆、黒い軍服に身を包んでいる。
一人は、テレビの山の中で倒れ伏しているアンドロイド……32S。彼の身に着けている軍服は煤と埃に汚れており、彼が辿ってきた旅路の過酷さを物語っていた。
そして、テレビの山から少し離れた広間の中央にて……小型のテレビを眺める二つの影があった。
アンドロイドの一人が、憂いを秘めた瞳をテレビの山の方へと向ける。
眼窩に宝石でも埋め込まれているのではないかと思う程に、綺麗な灰のであった。
彼女はヨルハ2号B型……通称2Bと呼称される汎用戦闘型アンドロイドだ。
女性型のアンドロイドである彼女の軍服は、過去の人間達の装束の中ではドレスに酷似している。機動性を重視してか丈は短くされており、少し動けばその内に身につけているレオタードが見えてしまいそうだ。
「何か、思い出した?」
2Bの呟きが、テレビに吸い込まれてゆく。
その問いに、もう一人のアンドロイドは「いや」と短く答えた。
彼は、紫を基調とした民族調の衣装に身を包んだアンドロイドであった。金髪をバンダナでまとめ、耳元までを深く隠している。
彼の名は滅。人類滅亡を目論む組織、滅亡迅雷.netのヒューマギアだ。
小型のテレビが映し出すのは、ヨルハの男性用軍服を着た滅と、32Sが戯れている様子である。
日常の一コマ、あるいは任務遂行中の会話記録、あるいはバンカーでの違反行為の証拠映像。それら全てを、滅はまるで他人事のように鑑賞していた。
それは仕方の無い事であった。
滅にはそれらの記憶が無いのである。
2020年のデイブレイクタウンでの攻防にてサウザーに敗れたのが、この世界で目覚めた彼の持つ最後の記憶であった。
自分の前身、ヨルハ機体46号B型としての記憶は、彼にとって全く身に覚えのない記憶なのである。
テレビの映像から目を背け、滅は逃げ道を探すように2Bに問う。
「このテレビは何なんだ」
「テレビはただの記録再生用の媒体。この映像を出力してる再生機器は、テレビの山の中に埋もれてる。アンドロイドの記憶を隅々まで掘り起こし、再生する媒体が」
2Bはテレビから目を離す事なく、そう解説した。その様は、滅にテレビから目を離すなと暗に告げているようでもあった。
滅も眉間に皺を寄せながら、またテレビの白黒の中へ視線を潜り込ませてゆく。
「あなたの記憶も、きっとこれが見つけてくれる」
2Bの声は、どこか遠くにいる、滅では無い何かに向けて放たれているようであった。
闇の中に消えていき、そのまま帰ってこない、消え入りそうな声であった。
「俺の、記憶か」
テレビの表面に映し出される、無数の凹凸。それを眺める内、滅の意識はその内へと吸い込まれていった。
無限の、思い出の中へと。
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滅が意識を失ったのと時を同じくし、ヒューマギアの村を飛び出した雷は、聖櫃へと辿り着いていた。
崖の下に横たわる直径50m程のそれは、流れ落ちてくる滝に打たれ続けている。その足元には小さな池ができており、シカやイノシシ等森の動物達が水を飲みに来ているようだ。
燦々たる陽の光を木々の葉が遮り、苔生したエメラルドの外装が、彼等を見守っている。
その聖櫃に近づこうとする一つの影があった。
真紅の外装に身を覆った仮面ライダー…….雷である。既に変身を完了させているらしく、その手には機械弓アタッシュアローが握られていた。
聖櫃を目の当たりにした雷は、腰を深くかがめると、声帯部のマイク音量を全開にした。
「宇宙──ーッ!! 行くぞ────ッ!!」
大気が震えた。
半径50m全てがその震動に晒された。
動物達は本能に身を任せその場を飛び去り、あるいは恐怖に身を竦め動けなくなった。
轟々たる叫びであった。
10秒ほど続いたその絶叫の後、雷は改めて聖櫃を見遣った。
そこには、1匹の生物の影も無かった。
聖櫃は静かに、滝に打たれているのみだった。
「って、来てみたはいいが、結局ここで何すんだ?」
聖櫃へと歩を進める雷。
これが一歩を踏み締めるたび、彼の全身から漏れ出す電撃の渦が、草木を焼いてゆく。
彼が踏み締めた草木はそのまま轍となり、聖櫃まで、真黒い足跡が点々と続くこととなった。
聖櫃に辿り着いた彼は、苔生した古紅色のレンズ球体に手を当てがった。衛星アークが活動している事を示すメインランプであり、同時にアークの生命線でもあった部位だ。
「とりあえず、コイツを叩き起こすんだったよな」
雷はアーク外装の苔を払うと、その赤い手を銀の外装に重ねた。
既に彼の全身に展開されていた青白い電流の蛇達が、さらに勢いを増してゆく。
周囲の水辺から湯気が立つほどに温度の高くなる彼の全身。それ程の帯電、それほどの電力量である。
雷は全身に力を込め、「いくぜェェェッ!!」と怒声を吐き出した。
瞬間、彼の外装に蓄積された膨大な電流が、アークへと流れ込んだ。
アークは悲鳴のような声を上げ、紅のランプをピッピッと点滅させる。
だが、悲鳴はそれだけで終わらなかった。続け様に女性のものと思われる悲鳴が何度も聖櫃内から轟いた。
雷が訝しむ中、聖櫃の内からは足音が聞こえ始めた。
「わーっ!? いっけなーい!! 火花火花!? これ、この攻撃、もしかして例の仮面ライダーじゃないですか!?」
悲鳴を上げながら「私は逃げますっ!!」と甲高い声を上げて飛び出してきたのは、銀髪ショートヘアのアンドロイドであった。
真黒いゴーグルに、これまた真黒いドレス状の隊服。ヨルハ機体である事は明白だった。
彼女を追うようにして、もう一体のアンドロイドが聖櫃内から姿を表す。
先程の個体と同じ、ヨルハ機体であった。濃桃色のウィッグが、ショートヘアスタイルに整えられていた。
両者の相違点は、背に負っている武器と髪の色くらいであった。
新しく現れたヨルハは、先に現れたヨルハの頭を思い切り拳骨で殴ると、焦ったように恫喝した。
「バカ、騒ぐな22B!! せっかくの奇襲のチャンスなんだ、見つかったらどうする!!」
「もう見つけてるぜ」
「あ!? 何で見つけてんだよ!!」
声を荒げるヨルハ機体……64B。
その怒声は逆ギレに近かったが、雷はあえて怒りで返す事はせず、声のトーンを落として彼女に向かい合った。
長年かけて培った兄としての経験が、彼にそれが最適解だと告げたのだ。
「アンドロイドが俺達の古巣に何の用だ」
雷は薄く殺気を解放した。
64Bもこの場に流れるのは尋常の空気では無いと悟ったらしい。白髪のアンドロイド……22Bを庇うように、雷の前に立った。
両者の距離は8m程。走れば、1秒とかからない、必殺の間合いである。
「用は無ぇ。用があるのは、テメェだ、ヒューマギア」
「なんだテメェ。アンドロイドにしちゃあ随分と……」
雷はそこで言葉を切った。
64Bが手に持っている細長い物体、一見ムカデのようにも見えるその金属製のそれに、目が止まったのである。
彼にとってそれは、数百年前の遺物であり、馴染みのないものであった。
「そのベルト……ゼツメライザーか」
雷の問いに、64Bは口端を大きく歪め、「あぁ」と答えた。
ゴーグルで目が隠れているからこそ、そこに宿る狂気や殺気も大きかった。
「お前らの技術を解析して、月の人間様が作ったモンだ。これを装着すれば、あたし達も変身できるんだよ」
「マギアにだろうが。俺達の真似事して、楽しいかよ」
「勝てば官軍、だろ? 戦争に勝つためなら、人間様はなんでもやるぜ」
「そうかよ」
最早問答は無用、と悟ったのだろうか。
雷はアタッシュアローを捨て、両腕の帯電甲に青白い電撃を溜め始めた。
電撃は青から次第に赤へと色を変え、彼の周囲の水や草木を焼いてゆく。
蒸気に包まれた雷を見て、22Bは「ヒィッ」と情けない悲鳴を上げた。だが、対照的に64Bはその足を前へと進める。
「お前、9Sを倒したらしいな」
「誰だそいつ」
「前のカマキリ野郎だよ。アイツはS型だから、火力も無かった。正直、弱かったろ」
「何が言いてぇ」
両者の距離が4mを割った、その瞬間、雷が動いた。電撃を纏った足が地を蹴り、鈍重な赤鎧が森林の大地を疾る。
対する64Bはまだ動かない。
ベルトを腰に巻こうとした体勢のまま静止するのみだ。
「あたし達戦闘特化モデルが変身すれば、戦闘力は数倍」
雷の拳が、高熱とうねりを纏って放たれた。
64Bの頬を焦がすその赤拳。数百度を超えるその伝熱に表皮を焼かれながら、彼女はそれでも、不敵に笑った。
「つまり」
雷の拳を紙一重ですり抜け、彼女は伝熱により焦げきった大地を転がる。受け身を取った彼女は、ボロボロになったドレスの下部分を破り切り、下半身のレオタードを露出させた。
その腹元には、既にゼツメライザーが食い込んでいる。
「最強になるって事だよ」
拳を戻そうとする雷を突き飛ばし、64Bは腰元のゼツメライザーのスイッチを入れた。
【ゼツメライズ】
禍々しい合成音声と共に、ベルトから無数の土色の高圧チューブが飛び出した。
高圧チューブは四方に何度もくねりながら、彼女の全身を覆い尽くしてゆく。
「栄光人類.netにせつぞ……」
身体が無数の高圧チューブに覆い尽くされる刹那、64Bは垣間見た。己の目に映る22Bの泣きそうな表情を。
(何でそんな顔してんだ。泣くな、見せてやるから、あたしが、仮面ライダーに勝つところ)
声にもならない想いを心のうちで語りながら、64Bは雷に向けてその四文字を発生した。
「変身!!」
意識が暗闇に飲み込まれてゆき、思い出が次々と消去されてゆく中、64Bは眼前にて拳を構える雷に焦点を合わせた。
雷は、変身中にも関わらず、彼女の方へと電撃を放とうと両腕を構えている。
容赦の無い敵だ。だからこそ素晴らしい敵。
(コイツなら、ちゃんと倒してくれそうだ)
そう思い残し、64Bの意識は闇へと閉ざされた。
両腕の帯電甲に貯めた電気を放とうとした雷は、直前でその手を止めた。
眼前で変身をしようとしたヨルハ機体が、糸が切れたようにその場に立ち尽くしたからである。
「あ? バグったのか?」
雷の眼前で変身を遂げた、両手と頭部にドリルを宿したマギア……ビカリアマギア。
まるで戦意を感じないその個体は、ユラユラと揺れるように雷の方へと歩き出す。
雷は警戒しつつも、帯電甲に貯めた電気を前方へ放出しようとマギアの方へと右手をかざす。
瞬間、ビカリアの身体が『消えた』。
雷の視界の中から、文字通り消えたのである。微かにその場所に滞留する煙……それの続く先を追った雷は、上空にその影を発見した。
「人類に、栄光あれ」
先程の強気な声色とは打って変わり、ビカリアマギアは冷徹にドリルと化した右手を雷に向けて放つ。
「チッ……」
雷は舌打ちと共に、帯電甲にチャージしていた電撃を全身へと拡散させた。
瞬間、雷の身体も地から消えた。
否、消えたのでは無い。電光を纏い神速を手に入れた雷が、空を舞うマギアの懐に拳を叩き込んだのである。
懐に、深く食い込む拳。
だがマギアは構いなく雷の手にドリルの先端を向けた。
「マジか……ッ!?」
空中で全身を捻り、回し蹴りでマギアの身体を蹴り飛ばす雷。雷を纏った彼の蹴りの威力は、通常時のそれを遥かに凌駕する。
胸部にそれを喰らったマギアの身体は、蒸気の立ち込める水面で何度も跳ねた。2発の打撃と、全身強打……凄まじいダメージである。
対する雷も、腕から青い血を流していた。ビカリアのドリルが命中した箇所である。
「攻撃力が高いってのは、マジだな」
傷を伝熱で焼く雷の前で、驚くべき事が起こった。
先程までピクリとも動かなかったマギアが、ムクリと起き上がったのである。
雷は再び戦闘態勢を取った。
「気味悪ぃ奴だ。騒いだり静かんなったりよ」
雷の陰口をかき消すように、ビカリアの全ドリルが凄まじい速度で回転を始める。回転の衝撃が森の大気を震わせ、2人の間に無数の木の葉を舞い散らせた。
敵は、尋常ならざる怪物。
そんな敵を前に、雷は敢えて力を抜いた。
「まぁ、構わねぇ」
マギアのドリルに合わせるように、雷の帯電甲がバチバチと火花を立てる。
可動部という可動部を意識から外し……
身体の全てのパーツが分解した感覚へと突入する……
やがて、全身の脱力が完了した……
その瞬間。
「仮面ライダー雷、タイマン張らせてもらうぜェ!!」
雷は脱力に乗せて地を蹴った。
________________
記録:11946年4月28日
場所:遊園施設 深部
気がつくと、白と黒の空間にいた。
己の手を見ると、これもまた白と黒の砂嵐が走っている。
先程まで、俺はあの2Bというアンドロイドと共に、テレビを見ていたはずだ。
それが、いつのまにかこの空間に俺は存在している。状況が理解できない。
滅:『ここは……』
辺りを見回すと、ふと人影が一つ、目に入った。白黒で不鮮明だが、どうやらその人影は、ヨルハの軍服を着て、髪をバンダナで縛っているようであった。
謎の男:『よぉ、ヒューマギアの滅さんよ』
滅:『お前は……?』
謎の男:『俺はお前だよ』
滅:『…………俺……だと…………?』
謎の男:『お前のブラックボックス内に保存された記憶データ。もしくは、ヨルハ機体46B。何とでも呼べよ』
男は46Bと名乗った。
その名は、確か俺が記憶を取り戻す前のこの機体の個体番号だったはずだ。
それを、眼前の男は名乗っている。
この男が本物の46Bなのか、それとも俺が謀られているだけなのか……分からない。
黙っていると、男はやれやれといった調子で肩を竦めた。他人を馬鹿にしきった、腹の立つ仕草であった。
46B:『オイ、何シケた面してんだよ。お前も知りたがってただろうが、俺の事をよ』
滅:『俺が、お前の事を?』
46B:『そうか、お前は自分の心を知覚してねぇのか』
男は大きくため息をつき、その場にどっと腰を下ろした。俺はたったまま、男を見下ろしている。
男はこちらを仰ぎ見、お前も座れとばかりに目配せしてきたが、得体の知れない奴の前で不利な体勢になるつもりなどない。
男は俺の意思を感じ取ったのか「ったく、クソ真面目め」と悪態をつき、話を再開した。
46B:『サニーズの奴が知るこの俺がどんな奴だったのか、どうやったら俺を演じられるか、その像をお前は求めてた』
男はさらに声量を上げ、続ける。
46B:『奴に……いや奴だけじゃねぇこの世界の一員として、認められるためにな』
滅:『俺は、お前になりたかったのか』
46Bになりたい。
そう思った自覚は、俺には無かった。
俺にあったのは、この世界に居場所がない、孤独だけだった。
それは良かった。元より、人類滅亡は孤独な業、居場所など最初から存在しない。
だが、よりこの世界にとって最適な俺がいるのなら、その存在が俺よりこの世界に相応しいなら……
滅:『俺は、お前に代わるべきなのか』
46B:『俺に、代わる?』
俺の問いに、男は目を丸くした。
驚いているようであった……だが、やがて、男は腹を抱えて笑い出した。
心底人を馬鹿にしてはその態度に、俺は眉間の皺をさらに深くし、抗議の視線を飛ばした。
だが、男は笑う事をやめなかった。
46B:『ンな事できる訳ねぇ!! 俺は俺、唯一無二の俺様だ。この俺に代われる奴なんざ、いたとして俺がぶち殺してやるよ』
一頻り笑い終えた男は、まだその残響も消えないまま、俺へと質問を投げかけた。
46B:『だがお前、なんでそんな下らねぇ事考えてんだよ』
滅:『俺は、いや俺達ヒューマギアは、この世界に必要とされていない。人間を奪われた俺達は、今や機械生命体に襲われ、アンドロイドに生かされているだけの存在だ。何のために存在しているかも分からず、ただ過ぎる時を眺めている事しかできない』
46B:『存在に意味がねぇから、意味がある存在と代わりてぇってか。下らねぇ』
滅:『なんだと……?』
46B:『世界に必要とされてない? 上等だろう』
男は立ち上がり、両腕を天に掲げて叫んだ。
46B:『だからぶち壊してやるんだろうが!! そうだろ!? 滅亡迅雷.netのヒューマギアさんよォ!!』
滅:『世界を、壊す……?』
46B:『お前は、それを分かってるはずだぜ』
男はニヤリと笑むと、俺に背を向け歩き出した。何故か、その背中を追う気にはなれなかった。
俺には、その資格が無いような気がした。
46B:『まぁ、しばらくはそこでセンチメンタルにでも浸ってろ。2Bの相手は、俺がしてやる』
やがて、男の姿は白黒の世界の向こうへと消えていった。
俺はそれでも、動くことができなかった。
記録はここで途切れている。
遊園施設深部。
小型テレビを前に目を閉じる滅の表情を、2Bはじっと覗き込んでいた。その状況が作り出されてから1時間と少々、漸くして、2人の様子に変化が起きた。
滅がぱっちりと目を開けたのである。
2Bは縋るように滅の手を取り、その瞳を覗き込んだ。
「どう、思い出し……」
2Bの言葉を遮るように、刃が、彼女の頬を掠めた。
目を丸くし硬直する彼女に対し、滅はステップで距離を取り、軍刀を構える。
2Bの頬から滴った赤い液体が遊園施設の暗がりに赤い血溜まりを作る頃には、2人の間には刀8本分ほどの距離が生まれていた。
滅は目線鋭く2Bを睨みながらも、その口元を大きく歪ませた。
「よぉ、泣き虫ヨルハ。まだくたばってなかったのか」
滅のその台詞に、2Bはやっと、硬く結んでいた口元を緩めた。
刀を向けられているにも関わらず、それはもう嬉しそうに、彼女は笑ったのだ。
「その軽口が懐かしい。戻ったんだね、46B」
「あぁ。つっても、一時的なもんだ。アイツの意識が戻っちまったら、それまでだよ」
滅……否、46Bは、「フンッ」と鼻を鳴らすと、地を蹴り空へと舞った。
ヒューマギアやアンドロイドらしからぬ、凄まじい身のこなしである。空中を滑空するように移動した彼は、テレビの山……丁度32Sが倒れている付近へと着地した。
「俺にはこのバカとの約束がある。この身体の支配権が俺にある内に、お前を倒させてもらうぜ」
46Bは2Bを見下ろしながら、プログライズキーのスイッチを入れた。かつて彼が愛用していた、スティングスコーピオンのプログライズキーである。
テレビの山上にて変身の構えをとる46Bを、2Bは止めようとはしなかった。
その必要が無かったからである。
「分かった」
短くそう呟き、2Bはどこからか、細長いベルトを取り出した。ベルトの外周部にはムカデのような何本ものクラッチが取り付けられており、今にも装着者の腰に食らいつかんと蠢いている。
その不気味極まるドライバーに、46Bは心底軽蔑した様子で口をへの字に曲げた。
「栄光人類ゼツメライザー、完成してたのかよ。月面人類会議サマも、趣味の悪いこって」
「趣味が悪いかどうかは、問題じゃない」
「そうかよ。だが、お前自身はどうなんだ?」
彼女との距離を詰めながら、46Bは問いを続ける。
「アンドロイドの記憶と自我を全て消して、ただの操り人形にするシステムってのが、俺達にとって必要だと思ってんのか?」
「……栄光人類.netに、接続」
2Bは彼の質問に応える事なく、ゼツメライザーを腰に巻いた。2Bの腰の肉に無数のクラッチが食い込み、彼女の表情がわずかに歪む。
「……そうかよ」
46Bは短くそう吐き捨て、プログライズキーをフォースライザーに装填した。
「変身」
フォースライザーのスイッチが押されると同時に、彼の全身を紫のスーツが覆った。
【FORCE RIZING. STING SCORPION. BREAK DOWN】
体の各部位には鋼鉄製のアーマーが付与され、46Bは仮面ライダー滅へと変身した。
ドライバーから流れ込む強靭なエネルギーの波に耐えながら、2Bはそれでも、言葉を紡ごうを口を動かし続けた。
「1つだけ聞かせて……?」
「あぁ?」
「どうしてあなたは、32Sを殺さなかったの? 司令部から出ていた討伐命令を無視して……人類を裏切ってまで……どうして」
2Bは痛みに耐え切れないのか、小型のテレビにすがりつき、その筐体に指を突き立てながら質問を続けた。
息は荒くなり、四肢のあらゆる部位が痙攣している。
それらの症状全てが、彼女の命があと僅かである事を告げていた。
「大した事じゃねぇよ」
46Bはテレビの山から飛び降り、息も絶え絶えに苦しみ続ける2Bと向かい合った。
彼の表情には、複数の感情が入り混じっていた。
死にゆく仲間への哀れみ、愚かな人形への嘲り、そして、ヨルハを縛る不条理なシステムへの怒り。
最早視点の焦点すら合わなくなっている様子の2Bに、46Bは観念したように口を開いた。
「俺にとっちゃ、月に引きこもるカス共の命令に従うより、アイツといる方が愉しめるってだけの話だ」
「それが……私達の……カミ……に弓ヲ……引く事にナッテも?」
「神がなんだ!?」
46Bは叫ぶようにそう言い放った。
最早言語中枢すら怪しい2Bの足元にしゃがみ込み、彼女の全身を蝕むゼツメライザーに手をかけた。
「神を殺すのが、滅亡迅雷.netだ。俺は32Sを守ってやると誓った時から、お前達の神に縋るのはやめたんだよ」
「あアアあっ!?」
46Bの剛力により、ゼツメライザーが引き剥がされてゆく。彼女の肉に食い込み、命を貪ってでも離れようとしない牙の群。
2Bは声にならない悲鳴を上げ、四肢を暴れさせて抵抗する。だが、それを仮面ライダーの剛力で押さえつけ、46Bはゼツメライザーを毟り取った。
「お前も、俺と同じE型だろうが!! なら、抗ってみせろッッ!!」
ゼツメライザーを失った2Bは、少しの間全身を痙攣させていたが、やがて動かなくなった。彼女の胸に耳を当て、ブラックボックスの起動音を確かめた46Bは、その場に崩れ落ちる。
遊園施設の深部に、彼の荒い息だけが広がっていた。
●次回予告
強大な膂力と耐久力を併せ持つビカリアマギアを相手に、苦戦を余儀なくされる仮面ライダー雷。だが、雷は戦いのなかでマギアの弱点を見つけ出す。
一方、滅の身体を一時的に乗っ取った46Bは、自らの命を捨てようとしていた2Bに、E型としての自分の意思を伝える。
そして次回。ついに、大いなる悪意が目覚める。
●あとがき
第5話をお読みくださり、ありがとうございます。
これまで記録の中で登場し続けてきた46Bというキャラクターは、神やシステムを嫌い、闘争と混沌を好むやばい奴という認識で大丈夫です。ニーアレプリカントのとあるキャラがモチーフだったりします。
今回は中々進展の無い回ではありましたが、少しずつ一章の物語は終わりへと近づきつつあります。どうか最後までお付き合いいただければと思います。
次回の更新は、来週日曜日を予定しています。(日曜日内であればセーフという自分なりの基準があります)
※同じものをpixivにも投稿しております。