NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ
ついにアークを復活させた滅亡迅雷.netは、アークを宇宙に打ち上げる計画を実行に移そうとする。それを阻止せんとするヨルハ部隊は、自身がマギアになる新システム【栄光人類.net】を創設、仮面ライダー達を蹴散らそうと迫る。

アーク打ち上げの聖戦。
これはその10余時間前、それぞれの陣営の動向を描いた物語である。


第6話:『聖戦前昼』
『聖戦前昼』


 11946年4月30日19時28分

 

 昼の国に夜は無い。昼も夜も陽が射し、光の大地が広がっているのがこの地域だ。

 だが、動物達には昼夜の概念はあるようで、鹿や猪達の声は聞こえてこない。

 静寂に包まれた真昼の森を人工衛星アークの内側から眺めながら、イズは何度目になるか分からないため息をついた。

 彼女がこの部屋に軟禁されてから、かれこれ5日が経つ。

 

 2020年、天津の命令により、未来世界の調査を命じられた彼女は、彼の開発したタイムマシンによりこの11946年の世界に降り立った。

 右も左もわからず彷徨っていた彼女を保護しようとしたのは、アンドロイドの32S。そこから紆余曲折あり、結局彼女は彼の居候先であった滅亡迅雷.netに匿われる事となった。

 迅は彼女にこの世界の歴史を語った。

 1946年前、自分達がこの世界に迷い込み、アンドロイド達との絆を築き上げるまでの……そして、それらが緩やかに崩壊しゆくまでの歴史を。

 

【未来世界における安全性の調査】

 

 その点では彼女の本来の目的は達成されたと言える。だが、もう一つの特命については、まだ果たされていない。

 

『滅が、ヒューマギアがもし向こうの世界でまだ生きているんだったら、連れてきて欲しいんだ。俺達人間にヒューマギアが必要なように、アイツらにも、きっと……』

 

 アークの内に囚われている間、イズのメモリ内では、或人の言葉が幾度となく反芻されていた。

 

「或人様。どうされていますか?」

 

 イズは虚空へ向けて語りかける。

 返事など、帰ってこないと分かっているのに。

 

「私は……まだ、大丈夫です。或人様も、無事であって欲しいと思います」

 

 幾度目の、祈りだっただろうか。

 ふと、キイとドアが開く音がした。

 全身の可動部を弛緩させきっていたイズはビクリと全身を震わせ、音のした方へと目をやった。

 藍の瞳が絞る集光レンズの先。そこには、真黒いインナーに身を包んだアンドロイドの姿があった。

 肩甲骨を覆い隠さんばかりの銀髪のウィッグが、暗がりに舞う埃を散らしてゆく。

 

「お前、ヒューマギアだな」

「あなた、は?」

 

 目をぱちくりさせるイズを見下ろし、アンドロイドは下目遣いでこう言いやった。

 

「A2。そう呼べばいい」

 

 埃まみれの窓の外で、木々がそよぐ。

 聖戦の幕が上がるまで、あと十時間と幾ばくか。全てが静まり返るこの昼の国の中で。

 

「来い。会わせたい奴がいる」

 

 ようやく、イズの時間が動き出した。

 


 

 11946年4月30日21時30分

 

 エイリアンシップ。

 陥没地帯の地下に秘匿されていた、エイリアンの移動要塞である。

 この船は、かつては地球侵略の足掛かりとなった母艦の一つであった。

 だが、彼らは滅亡した。自分達が地球侵略の尖兵として設計した機械生命体の手によって。

 誰にとっても寄る辺になどならない空の棺の中。とある二体の機械生命体が立っていた。

 一人は銀の長髪を腰元まで伸ばしたアンドロイド、アダムである。

 均整の取れたその肉体は、アンドロイドよりもむしろ人間に近いものであった。

 彼はその真っ赤な瞳を爛々と輝かせながら、眼前に展開される透明なモニターへと指を走らせる。

 

「先の戦いでヨルハが見せたあの感情から私が得た答えは……」

 

 目に見えぬほどの高速で指を走らせていた彼は、ふと視界の端に映った赤に目をやった。

 赤の正体は、瑞々しいリンゴであった。

 その果実が、彼の眼前で真白く鋭い犬歯に削られる。もう一人の機械生命体、イヴによってだ。リンゴを齧っているようであった。

 アダムは彼に興味を失ったのか、眼前の二次元端末へと目を戻した。

 

「これだ」

 

 端末の一角を拡大し、アダムは大きく目を見開いた。

 がっつくように端末を見つめるその視線は、獲物を見つけた肉食獣のそれを彷彿とさせる。

 

「機械生命体ネットワークとの接続を解除。加えて、私自身のバックアップも消去」

 

 リンゴを食べ終えたイヴが、アダムへと問うた。

 

「にぃちゃん、何やってんの?」

 

「生を実感するための儀式だ。背中に隣り合わせの死があることで、我々機械生命体は生命にふさわしい存在となる」

 

 アダムは一顧だにせず答えた。

 彼が端末をスライドさせると、二次元の操作板がイヴの前へと飛んでゆく。

 

「お前もやってみるといい。背筋を冷や水が走るような、甘美な感覚を味わえるぞ」

「何言ってんのか分かんないけど、にぃちゃんが言うなら分かったよ。やってみるよ」

 

 イヴはアダムの言う通りに、端末を操作した。これにより、二人の機械生命体はこれまで接続されていたネットワークを離れ、ただの個として生まれ変わったのだ。

 それは即ち、破壊されれば復元ができないということを意味していた。

 

「気持ち良くは、無いけど。これが生きてるって事なの?」

「そうだ。つべこべ言わずに、味わえ」

 

 アダムは両腕をいっぱいに広げ、歩き出す。

 さながら、騎士の凱旋の如く。

 はたまた、秘境を目指す冒険家の如く。

 

「さて、行くぞイヴ。アークの持つ人類文明の情報を根こそぎ奪い、私達の存在をより高みへと押し上げようじゃないか」

「あぁ。にぃちゃんについていくよ」

 

 二人は歩き出す。

 エイリアンシップの外へ、光へと続く、暗いトンネルの中へと。

 だが、その歩みを阻むように、人影が現れた。

 

「おっと、そうはいかねぇなぁ」

 

 影は、黒衣の軍服に身を包んでいた。

 エイリアンシップの青状光が、腰に長刀を携えた長身のアンドロイドの姿を映し出す。

 アンドロイドの中でも異質。黒衣に身を包み、機械生命体を狩る事に特化したアンドロイドの特設部隊……通称・ヨルハ部隊。

 彼はその構成員だった男だ。

 裏切りのヨルハの一人。汎用戦闘型アンドロイド、ヨルハ機体46Bである。

 彼はヨルハであると同時に、滅亡迅雷としての名前も持っていた。

【滅】

 かつては滅亡迅雷のリーダーとして行動した事もある彼は、現在どちらの派閥にも属さず己の目的を達成する事にのみ執着していた。

 

「お前、あの時の、仮面ライダー」

 

 滅を敵と認識するや否や、イヴの身体が揺れた。

 以前の戦闘で見せた、高速移動である。

 

「いいぜ、来てみろよぉ!!」

 

 同じように、滅の四肢もその場で消える。

 直後、トンネルの入り口で、轟音と閃光が爆ぜた。

 イヴの右拳を、影の突き出した刀の柄が抑えていた。つまり、イヴの塗り出した拳は、発生の時点で止められていたのである。

 互いに身体が揺れていた。

 膂力のぶつかり合いによるものだ。

 だが、動かない。

 力が拮抗しているからだ。

 

「私達の元に単身乗り込んでくるとはね。もう少し頭が良いと思っていたが」

 

 手をかざし、何かを行おうとするアダム。

 だが、その喉元に、すぐさま別の長刀が突きつけられる。

 刀の主は、滅の相棒・32Sであった。

 彼もまた、ヨルハ部隊の一員だった存在だ。

 

「滅が、僕を置いて来るわけないだろ」

「いいね。実に興味深い」

 

 アダムは降参するように両手を挙げた……かと思いきや、それを思い切り32Sの顔面に叩きつけた。

 裏拳である。それも、人間の可動域では絶対にあり得ない角度でねじれた裏拳だ。

 32Sが吹き飛ばされるのと時を同じくして、滅もまたイヴを突き飛ばしていた。

 滅とアダム。

 二人は互いに入れ違いになるようにして、お互いの味方の元へと戻った。開戦を宣言するように、滅がアダムへと言い放つ。

 

「人類を滅亡させるためには、あの方舟が必要なんだよ」

 

 生命にふさわしい存在となった4体。

 二体の鉄の軀体が向かい合い、動いた。

 


 

 11946年4月30日23時00分

 

 ここは森の国、アーク発射場付近。

 滝に埋まっていたアークは掘り起こされ、巨大な発射塔に縛り付けられていた。

 ラウンチに縛り付けられているのはアークだけではない。それを衛星軌道へと運ぶ巨大なロケットだ。

 アーク内の設備点検が終わってから3日の間、労働力となる機械生命体達の身体を使い、組み立てられたラウンチとロケット。シャトル台はあまりに粗末なものであり、ロケットは所々破損部が見受けられたが、アークを宇宙へと飛ばすのは辛うじて可能な設備となっていた。

 その台座の根本に、雷は座っていた。

 アークの前で不寝番をする雷の前に、影が現れた。

 亡である。

 アダムやイヴ達と同じ、人間に酷似した義体を操作しているようであった。

 

「ラウンチのセッティングが終わったよ。後は溶鉱電炉に火をつければ、アークを打ち上げられる」

 

「そうか」

 

 雷は、彼女の方を見ずに短く答えた。

 仲間に向けるものとは思えない、素っ気ない仕草であった。

 亡は首を傾げ、そっと隣へ腰を下ろす。

 

「何か、悩み事でもあるのかい?」

「なぁ亡、お前は何でその身体を使うんだ。俺達にはヒューマギアの身体がある。俺ほど頑丈じゃねぇにしろ、お前のだって十分に強ぇはずだろうが」

「何でって、この身体の方が強いからに決まってるじゃないか。私達は戦争をするんだろう? なら、勝つために手段は選ぶべきじゃない」

「その身体、気持ち悪くはねぇのかよ」

「そんな事は、ないけど……あぁ、なるほど。君は私に嫉妬心を抱いている訳だ」

 

 亡は目をキュッと細めて笑った。

 何かを理解されたような、見透かされたような怖気に、雷は思わず彼女を睨みつけた。

 せめてもの抵抗の意思であったが、亡はそれに僅かばかりも怯む事なく、笑みを返す。

 

「いいもの見せてあげる」

 

 亡がパチンと指を鳴らすと、木々の陰から巨大な機械生命体が姿を現した。胴長の身体に細い脚がくっついている所は小型のものと同じであったが、肩から伸びるその両腕は足の根本まで届かんばかりに長かった。腕だけで、ヒューマギア1機分である。

 総じて、雷の3倍程の体軀を誇っていた。

 全身が黄金に輝く個体であった。赤い目を爛々と輝かせ、機械生命体は両腕をグルグルと回転させながら向かってくる。

 

「にいさま、の……かた……きを……」

「来たのは、私だけじゃないんだよね」

「敵性機械生命体か。アークを壊しに来たって事かよ」

 

 戦闘態勢を取ろうとする雷を、亡は右腕で制した。

 

「はい、早とちり!!」

 

 亡の腰元には、フォースライザーが巻き付けられていた。その手に握られているのは、黄金色……ファイティングジャッカルのプログライズキーである。

 殺意を剥き出しに、今にも突進を開始せんばかりの機械生命体を前に、亡は不敵な笑みを浮かべた。

 

「彼は私が連れてきた実験台だよ。君もよく見ているといい。私の、新しい力を」

 

 亡がプログライズキーのスイッチに手をかける。

 

【HUNT】

 

 その小気味良い電子音に答えるように、黄金の機械生命体が突進を開始した。踏み込む両の剛脚が大地をゴウと揺らし、回転する両の巨腕が空をビリと揺らす。

 どの一撃でも、もらえば昏倒必至。

 雷ですら警戒を抑えきれない、そんな相手を、亡は吟味するように見つめていた。

 そのすべやかな手の内にあるプログライズキーが、フォースライザーの口に吸い込まれてゆく。

 

「変身」

 

 たおやかさすら感じられるその発声と共に、フォースライザーがその顎を閉じた。

 

【FORCE RIZES.FIGHTING JACKAL】

 

 装着者である亡の全身を、黒色のスーツが包んでゆく。身体の局部を覆うようにして、金色のアーマーが展開されてゆく。

 

【BREAK DOWN】

 

 そこには、陽の光に照らされ黄金の輝きを放つ、金色の仮面ライダーの姿があった。緑に輝く瞳が、電子の光を放っていた。

 

「仮面ライダー亡、ファイティングジャッカル……見参!!」

 

 名乗りを上げる彼女に、機械生命体の腕が迫る。風圧が頬を切り裂かんばかりに迫る近接を前に……亡は地を蹴った。

 決して、目に止まらないような高速機動の類ではなかった。緩やかに、最短距離を。そう言った類の跳躍である。

 放物線を描き飛んでゆく亡の身体は、ギロチンの如く回転する両の腕をすり抜け、機械生命体の胸の内へと潜り込んだ。

 

「いよい、しょっとぉ!!」

 

 跳び膝蹴りであった。

 少なくとも、雷の目に映ったのは技はそれであった。

 踏み込みの甘い蹴りであった。とても、ダメージを与えられる構えでは無かったように見受けられた。

 絶望的な体格差もあった。

 亡がはじき返される事は、自明の理であった。

 だが、それら全てのセオリーを無視し……

 

「がう、んっ!?」

 

 亡の膝は、機械生命体の胸を貫き……

 宙に浮かせ……

 その身体を大きく遠方へと吹き飛ばした……

 およそ5mは飛んだであろうその軀体が、ズシンと轟音を立て地面に叩きつけられる。

 地面は大きく抉れ、その機械生命体の重量を如実に物語っていた。

 

 うまく起き上がれない機械生命体に背を向け、亡は雷に向けて大きく腕を広げてみせた。どうだ、やってやったぞとばかりの仕草であった。

 その圧倒的な性能に、雷は声すら出せなかった。

 

「すごいでしょ雷!! 私の作った新型ボディは、軋んだヒューマギアの軀体より自由なんだ!!」

 

 言うや否や、亡の身体が再び躍動した。

 空を駆けるように何度も空中にて跳躍を重ね、彼女の身体は空へと消えてゆく。

 亡の身体は、さながら兎のようであった。

 人間は昔、月に兎がいると妄想したという。今の亡であれば、その月まで跳んで行く事も不可能ではないだろう。そう思わせる跳躍であった。

 自分に、同じ動きができるだろうか。あの膝蹴りのように、効果的なダメージを与える事ができるだろうか。

 

「……チッ」

 

 ヒューマギアとしての矜持、機械生命体の身体を使う事への嫌悪感。雷の中に渦巻いていたそれは、彼女の持つ性能の前に、完全に圧されてしまったのだ。

 

 亡は高空にて体勢を整えると、遥か遠くの地上にある黄金の機械生命体を見やった。

 機械生命体は、最早抵抗する力もなく、地上にてぐったりとしているばかりであった。

 

「腰の引けた可愛らしいお人形さん……可哀想に。私が壊してあげるから」

 

 フォースライザーの口が、スイッチにより開閉される。全身にエネルギーが満ちるのを待たずして、亡は空を蹴り地上へと加速した。

 重力と、脚力とが、彼女の身体を思う存分に加速させてゆく。

 落下の摩擦が、鼓膜を掠る。

 右脚を突き出した。

 飛び蹴りであった。

 

【煉獄狩虐・ハンティングディストピア】

 

 踵が機械生命体の頭部に直撃し、黄金でコーティングされたその形を無惨にも一瞬でひしゃげさせる。着弾部は融解すらしていた。

 

「にいさま……ごめん……さい……」

 

 直後、機械生命体の淡い遺言は、落下の衝撃波により全てかき消された。重力による超絶的な力が加わり、頭部が跡形もなく破砕される。

 亡が後方宙返りで雷の元へと舞い戻るのと時を同じくして、機械生命体は大爆発と共に、バラバラの残骸へと還った。

 

「アハハ!! やっぱりすごいよこれ!! 雷もそう思うよね!!」

 

 半ば興奮気味に笑い転げる亡に対し、雷の表情は暗かった。

 雷は機械生命体の断末魔を聞いていた。

 あれは『にいさま』と、そう発していた。兄弟がいたという事なのだろう。それが分かった瞬間、雷は胸の奥に重石が乗せられた様な感覚を味わっていた。

 彼はその正体を知らなかったが、日々兄弟を見てきた彼は、これは当然の感覚であると認識していた。

 

 亡もそれを聞いていたはずだ。

 だが、眼前の亡は興奮気味に笑っている。良心の呵責など、欠片も無いように。

 

「お前、本当に亡なのか?」

 

 半ば怒りと憎しみを込め、雷はそう問うた。

 亡は可笑しさを抑えられないと言った調子で、「当たり前じゃないか」と返した。

 

「なんでそんな事聞くんだい? 君が、この身体の外見にまだ慣れてないからかい? なんなら君にも作ってあげようか、このボディ」

「……いや、何でもねぇ」

 

 残骸を狂ったように笑い続ける彼女を背に、雷は衛星アークへと歩き出す。

 ヒューマギアや人間、それら全てとまるで違う様な彼女の様子に、雷は苛立っていた。

 

(変わったのは、俺の方なのかよ)

 

 雷は舌打ちと共に、アークの内へと姿を消した。

 やがて、亡もそれに続く。

 跡には、無残にも粉々にされた機械生命体の残骸だけが風に吹かれていた。

 


 

 11946年4月30日23時50分

 

 バンカーの最奥にひっそりと存在する司令官自室。真っ白なそのドアの向こうは、書類と私物が織りなす埃塗れの山脈が聳えている。

 そんな、書類山の頂点で、司令官ホワイトは例の通りに寝転んでいた。

 常に硬く結ばれていた胸元のホックは外され、真白いレオタードに押し潰されんと抵抗する二つの胸丘が主張されている。ブーツは山のどこかに脱ぎ捨てられ、機械仕掛けの生脚が紙上の埃を撫ぜては払っていた。

 

 司令官は己の両脚を絡めながら、埃のかぶった電子画面の端末を覗いている。頰を薄桃に染め、唾を飲み込み端末が何処かへと繋がるのを待っている。

 やがて、電子画面に角ばった字体で【SUPER SECRET】の文字が浮かびだされた。

 瞬間、彼女は半ば叫ぶように「迅か」と問うた。心拍が乱れていた。端末を掴む指の先が、書類を撫ぜる足先が、強張っていた。

 端末の向こうから聞こえてきた「はい」という柔らかい声の返事に、彼女は頬を綻ばせた。

 彼女が「私だ」と微笑み混じりに言うと、端末の向こうからも「しばらくぶりです」と帰ってきた。

 

「そちらの方は、順調か?」

「すべての準備が整いました。作戦は、明日の14時に決行です。しかし、ホワイトさんも人が悪いですね。僕に黙って、ヒューマギアを殲滅する計画を立てるなんて」

「お前達こそ、私に断りなくアークを復活させようとしただろう。アレのおかげで月面人類会議からお達しが来たんだ。『ヒューマギアを早急に滅ぼせ』だの、背筋が凍ったぞ」

「僕の方からは秘匿通信かけられないように設定決めたの、あなたじゃないですか。僕はずっと連絡したかったんですけどね」

「それは……そうだが」

 

 ホワイトは罰が悪そうに口を尖らせた。

 これが迅の悪ふざけだという事は知っていた。口争いでは決して彼に勝てない事も。

 悔しさを胸に秘めつつ、彼女は話題を変える。

 

「アークは騙し通せそうか」

「騙すも何も、まだ棺の中で眠ったままですよ。まぁ、目を開けて寝ていられたら、一巻の終わりなんですけどね」

 

 迅は冗談めかしてそう言った。

 ホワイトはそれを嗜めようかと少し迷ったが、やめた。

 迅の事である、アークが起きている可能性が1%でもあったなら、対策を講じている事だろう。

 それに、これは超秘匿通信だ。月面人類会議にすら傍受されない、特殊電波を使用している。

 月面人類会議に盗聴『させる』用の秘匿通信とは違い、誰にも聞かれる恐れのない、彼女と迅だけのプライベート回線なのだ。

 

 ホワイトは「ふふ」と笑い、今度こそ、全身の力を抜いた。

 端末の向こうにいる想い人に身体の全てを預ける、そんな妄想に自然と笑みが溢れる。

 だが、そんな幸せを切り裂くように、思考の内に浮かんできたのは、2Bの表情であった。

 

 ホワイトは、間接的に彼女を殺したのだ。9Sに対しゼツメライザーを使用せよと命じた時、彼女は確かに抵抗の意を示していた。それを無理に遂行させ、結果として9Sはアダムによって破壊された。

 まだ彼女はバンカーに帰ってきていない。

 

「私は、多くの隊員を命令で殺してきた。その中には、機密を守るための暗殺指令もある。私は……裁かれるべきなのだろうか」

 

 ホワイトの問いに、端末の向こうから帰ってきたのは沈黙であった。数秒……続いたその沈黙は、彼女の心拍をさらに早くさせ、口元をさらに硬く結ばせた。

 やがて、端末の向こうから声がした。

 

「どう……でしょうね。僕らの神は人類ですから、その定義に照らし合わせるなら、彼等の命令を遵守しているあなたは、むしろ讃えられるべきでは」

「仲間達を殺して、讃えられる、か」

 

 意地悪な返しであると思った。

 迅の返答は、人類から見れば至極真っ当に正しいのだ。それに対する回答が、言葉じりを捕まえての皮肉だったことに、ホワイトは自身の性格の悪さを改めて実感した。

 

 この地獄のような命令は、月面人類会議から届いたものであった。ホワイトとはいえアンドロイドである彼女に、拒否権は無かった。

 だが、非道な命令への抵抗を上申する事はできたはずだった。それをしなかったのは何故か、彼女はその答えを知らなかった。

 

「私は、きっと隊員達が嫌いなんだ。私に命を預けてくれる、彼女達が」

「だとしても、あなたは隊長です。立派に彼女達を戦地に送り出し、作戦を遂行してきたじゃないですか」

 

 迅はさらに、言葉を続ける。

 

「衛星機能をそのままにアークの自我だけを奪う……月面人類会議の無茶を押し付けられたあなたの苦労は、僕も分かっています。失われた命への償いは、僕らで受けましょう」

 

『僕らで』というそのフレーズに、ホワイトは駆動部がトクンと跳ね上がるのを感じた。実際にそんな事が起きていた筈はない。だが、そうとしか感じられない程に、彼女の胸は高鳴っていた。

 

「あぁ。分かった」

 

 近くにあった枕を手に取り、その上にいくつも書類を載せ、力一杯抱きしめる。書類の固さと枕の柔らかさ。相反する二つの感覚を以って、彼女は必死に押さえつける。

 だが、それとは別に、彼女の思考は動いていた。

 理性を素通りし、思考が言葉を紡ぐ。

 

「なぁ、迅。お前も、宇宙に来るんだろう」

「そうですね」

「もし、もしだぞ。お前さえ良ければ、この作戦が終わったら、バンカーに来ないか?」

 

 顔が、熱くなっていた。

 身体が、熱を帯びていた。

 足先に至るまで、ジンと疼いていた。

 すごい事を言ってしまったと、後悔した。

 論理の破綻も良いところだ。

 だが、もはや止める事は出来なかった。胸の内にある熱を、情動を。

 ホワイトはさらに、言葉を紡ぐ。

 

「月面人類会議には、反乱鎮圧に貢献した内通ヒューマギアとして報告すればいい。何なら、長であるお前を軟禁する事で、残りのヒューマギアの生産をこのバンカーで行えるよう改築案を出してもいい」

 

 枕をギュウッと握り締めながら、司令官は続ける。息が、少し荒くなっていた。

 

「ここは、暗いんだ……お前さえいれば、私はきっとどんな罪にも耐えられる。だから頼む」

 

 息をすうっと吸い込むと、司令官は心にずっと秘めていた言葉を吐き出した。

 

「私と共に来てくれ」

 

 時が、止まったように感じた。

 無限の時間が、流れているようだった。

 だが、時間は現実には時計の律動の通りに流れていて。

 返事は、帰ってくるものである。

 

「わかりました」

 

 ホワイトの、駆動部が限界まで跳ね上がった。存在しないはずの心臓が脈打っている錯覚が、思考を埋め尽くす。

 息ができないくらいに、胸の辺りが苦しい。

 枕を潰さんばかりに抱いても、少しもそれは治ってくれない。

 

「実は、僕に考えがありまして。同じような提案をさせていただこうと思っていたんですよ」

「あぁ……」

「あれ、聞こえてます? 一応、ファイルも作ってきたので、送りますね」

「うん……ありがとう」

 

 迅からの返事は、彼女の耳には届いていなかった。それよりも大きな駆動の拍動が、鼓膜を揺らしていたのだ。

 気がつくと、端末に何やらファイルのようなものが浮かび上がった。熱にうなされたような揺らぎの中で、彼女はそのファイルに目を走らせた。

 

「これはまだ仲間にも話していない極秘の案なんです。寄葉の国作戦と名付けようと思っている所です」

「これは…………………………すごいな」

 

 そこにあったものは、とある特別区の設立案であった。それは、先程の不思議な熱を打ち消さんほどの、一種の感動をホワイトに生み出していた。

 ファイルをスクロールする度、心を縛り付けていた鎖が外れてゆく。

 それ程までに、迅の提案した案は凄まじいものであった。

 

「これがあれば、機械生命体との戦争は……いや、アンドロイド同士のいさかいも」

 

『コンコン』

 

 ホワイトの思考を遮るように、入口からノックの音がした。

 隊員の誰かが来たのだろう。

 司令官は熱のままにファイルを読みたかったが、だが、ノックの音は止まない。

 適当にあしらって追い返そう。その考えの元、司令官は端末に向かって語りかける。

 

「すまない、誰か来たようだ。すぐ折り返す」

 

 司令官はブーツを履くのも忘れ、レオタードと裸足のままドアを開けた。

 そこにいた人物に、彼女は目を見開いた。

 

「お前……22Bか?」

 

 そこにあったのは、真白い仮面で顔の右半分を覆った22Bの姿であった。

 


 

 司令官ホワイトは基本的に全ての隊員の特徴を記憶している。

 

 ヨルハ部隊は、基本的に外見の似通った集団である。髪色やアクセサリーで個性を出そうとしている隊員を除けば、ゴーグルをしてしまえば、どれも同じ外見になってしまう。

 もちろん認識表や個体番号の確認は自身の基礎プログラムの中にインストールされているが、それが非常時に作動しなくなる可能性もある。

 隊員の誤認を防ぐために、ホワイトは常日頃より、隊員達の佇まいを確認するようにしていた。彼女達の言葉遣い、立ち方、一挙一動を記憶する事により、有事の際、即座に隊員を判別することができるのだ。

 

 そんなホワイトが確認に手間取ったのは、22Bの纏う空気が【ホワイトの知る22B】とまったく違っていたからである。

 身につけているおかしな仮面だけではない、彼女が本来纏っている人見知りな動作、臆病かつ慎重な性格から来る動作が、一切見受けられなかったのだ。

 

(何か、あったのか)

 

 疑念を抱きながらも、ホワイトは司令官としての務めを果たすべく、彼女と向かい合う。

 

「修理は済んだようだな。作戦開始まではまだ時間がある。お前は降下作戦の班だったはずだな。今は身体を休めておけ」

 

 そう言ってドアを閉めようとした司令官だが、ふと思い出した事があった。

 そういえばこの22Bもまた、栄光人類作戦で自爆を命じた一人であった。彼女のパートナーであった64Bは、既に再ロールアウトが完了している。

 本来なら、これで終わりのはずだ。彼女達は新しい任務に就く、ホワイトは司令官としてそれを指示する。

 だが、彼女達の心は……

 

(向かい合う、べきか)

 

 22Bを真っ直ぐに見据え、司令官は「すまなかった」と彼女に頭を下げた。

 

「お前には辛い任務を課してしまった。全てが終われば、私も全てを償うつもりだ。だから、もう少しだけ、お前達の力を貸してくれ」

 

 顔を上げた時、22Bは先程と変わらぬ表情のまま、彼女の方を見つめていた。

 言葉が通じていたかは分からなかったが、ともかく、聞こえていたのは間違いないようであった。

 彼女は、立っていた。

 ずっと、そこに立っていた。

 

「どうした、まだ何か」

 

 そう問いかけた、次の瞬間。

 腹部に、焼けるような痛みが走った。

 

「な……ッッ!?」

 

 腹元を見ると、22Bの持つ小型の拳銃が煙を吹いていた。

 彼女の腰に巻かれていた、赤色の球体を据えたドライバー。ホワイトはこれに、見覚えがあった。

 

「心当たりは、山ほどある、よね」

 

 ウィッグを掴まれ、視界が下へと傾く。

 痛みのせいで、身体に力が入れられない。

 無抵抗のまま、ホワイトの体は簡単に部屋の外へと引き摺り出された。

 

「アーク、か……!?」

 

「あなたを壊す64Bの居場所……このバンカーまで奪うつもりはない。けど、彼女を苦しめたお前を赦すつもりもない」

 

「く……ッッ!?」

 

 ホワイトは苦し紛れに、22Bの腰元へと手を伸ばした。ベルトを破壊すれば、仮面ライダーは無力化される。迅から伝えられていた情報通りに、抵抗したのだ。

 だが、22Bの膂力は想像以上であった。

 彼女はバンカーの白壁にホワイトの頭部を打ち付けた。クレーターが出来るほどの強さであった。

 液体が、彼女の灰の髪を黒く濡らした。

 

「私を破壊しても、意味はないぞ、アーク。お前を滅ぼす意思は、もう、他の者に託してある……ッッ!!」

 

 22Bはそんなもの聞こえていないとばかりに、再び司令官の頭を壁に打ち付ける。

 

「何言ってるの? 私は0B。助けを読んでも無駄。誰も来ないよ。ここの一帯は、もうハッキングで一時停止させてあるから」

 

 引いては、打ち付ける。

 頭から流れ出た黒い飛沫が、灰の壁を黒に染めてゆく。

 

「かわいそうに、現実が見えてないんだよね。何が寄葉の国? そんなの、人類軍だから考えられるんでしょ」

 

 引いては、打ち付ける。

 最早司令官に、抵抗の余力は無かった。

 仮面が黒に汚れても、22Bは叩きつける事をやめなかった。クレーターは、既に真っ黒に変色していた。

 

「私達の事、馬鹿にして、感情を押さえつけて、使い捨てて、最後には殺して!! だから、私達が嫌がる命令だって簡単に出せるんだ!!」

 

 散々に叩きつけた後、22B……否、0Bは司令官の身体をバンカーの床へと放った。

 黒の血で汚れた真白い身体は、糸の切れた人形のように地面にへばりつき、身体をピクリと震わせる事しか出来ていなかった。

 

「はぁっ……はぁっ……迅……」

 

 痛みと苦しみに喘ぐ彼女を見下し、0Bはその首根っこを掴み上げた。そのまま、彼女はスタスタとバンカーの一角へ歩いてゆく。

 彼女が向かった先は、飛行ユニットの発車場であった。既に扉は開かれており、灰色の地球がその奥に広がっている。

 

【ハッキング:対象・司令官ホワイト】

 

 0Bは左手を司令官の頭に当て、光らせた。

 直後、司令官の目が真っ赤に染まった。敵性ハッキングの兆候である。

 

 0Bが司令官を解放すると。彼女は飛行ユニっての方へと歩き出した。血で汚れた裸足が、千鳥足を踏みながらバンカーの血を汚してゆく。

 やがて、ユニットの元まで来た司令官は、身体を鉄の鳥に預けらさせられた。

 さながら、海賊が裏切り者に対して行うような、船からの追放のシーンである。

 

「待て……お前なら、抑えられるはずだ……私は、まだ、死ぬわけには……行かない」

 

 司令官は動かない喉を無理に動かし、語りかける。だが、それでも22Bは顔色一つ変える事なく、飛行ユニットを蹴った。

 

「もし64Bがそう言ったら、司令官は聞いてくれた?」

 

 翼が唸りを上げ、動力部が加速する。

 碌な装備も無いまま、鉄の翼を纏った司令官の体は、鉄の宇宙へと放り出された。

 ユニットは真っ直ぐ、地球の大気圏へと落ちてゆく。自動フライトシステムが起動し、緩やかになった。

 その様子をバンカーの出口から見ていた22Bは、ゆっくりと、その鉄の鳥に向けて人差し指を突き出す。

 

「お前だけ、一人惨めに死ね」

 

 指先から放たれた細い赤色の光弾が、飛行ユニットの動力部を的確に貫いた。

 動力部からは火花が上がり、それはやがて炎となり各部位を爆ぜさせてゆく。

 やがて、飛行ユニットは22Bの視界の中で、大気圏突入を待たずして爆散した。

 

 


 

 破損するユニットから、司令官はギリギリで脱出する事に成功していた。

 ハッキングが緩んでいた事もあった。

 だが、それで危機が去った訳では無い。

 大気圏の高熱が、全身に襲いかかるのだ。地球の重力に身体を引っ張られ、引きちぎれんばかりの痛みと熱が全身を襲う。

 戦闘用に義体を強化されているヨルハならいざ知らず、一般のアンドロイドである彼女に、これを耐える術は無い。

 飛行ユニットの大きな破片を盾に、せめて前方からの熱から身を守る。だが、表皮が焼けていく事は避けられない。

 まさに、地獄の責め苦である。

 

(迅、お前に一目、会いたかったよ)

 

 剛熱と重圧により朦朧とする意識の中で、司令官は端末の向こうの相手を想像する。

 会ったら何を言っただろうか。

 自分の気持ちを伝えられただろうか。

 思考がうまくまとまらない。

 息も吸えない、声も出せない。

 やがて、大地が見えてきた。

 煙と爆発と、人類文明の遺産だけが乱立するこの鉄錆の世界。それを俯瞰した彼女は、その世界に色がついている事を知った。

 

「きれ……い……」

 

 最早熱すら感じない。

 極彩色に彩られた静寂の中で、彼女はその情景を瞳に焼き付ける。

 

(ヒューマギアとアンドロイド。この戦争に、大義など無い。真に裁かれるべきは……私か、お前か。どちらなのだろうな)

 

 やがて、海が見えてきた。

 地表にぶつかれば間違いなくショックでバラバラになるが、海ならまだ可能性はあるかもしれない。

 そちらへ向かおうと足を動かそうとするが、動かない。可動部がダメになったか、もう取れてしまっているのか。

 風に吹かれ、彼女の身体は海へと近づいてゆく。青一色の海が近づいてゆく中で、彼女は最後の一瞬、思考を巡らせた。

 

(それでも、お前が見させてくれた夢は、美しかったよ)

 

 ホワイトの小さな呟きは、その場にいる誰にも聞かれる事なく、海の藻屑と消えた。

 

 その日、昼の国には流星が観測された。

 だが、それは誰の目にも映らず、ただの天体の現象として過ぎていった。

 

 そして、日付は変わり……聖戦の日が訪れた。




●あとがき

第6話をお読みくださり、ありがとうございます。

本来この話は、次回の第7話にて語らせていただくつもりでした。ですが、実際書いてみると量が膨大な事になってしまい、とても収拾がつかなくなってしまったので、こうして前夜としてまとめさせていただきました。
ちなみに、今回から少しだけタグの管理が怪しくなる(R-15に入ってくるかもしれない)ので、気になった方はご指摘下さい。

次回の投稿は、来週の日曜日を予定しております。

※pixivにも同じものを投稿しております。
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