ついにヒューマギア陣営とアンドロイド陣営の決戦が始まった。ヒューマギア陣営の目的はアークの復活及び宇宙への打ち上げ。アンドロイド陣営はそれを阻止すべく、50体のヨルハをヒューマギア特区とアーク本体へと差し向けた。
様々な思惑が交錯する中、ついに第244次降下作戦が始まる。
『聖戦(前編)』
ここは、聖櫃。
その外壁部の最上段に腰を下ろす、二つの影があった。1人は黒衣のドレスを着たヒューマギア・亡である。
亡は硝煙混じりの空をその瞳の内に映しながら、滑やかに喉を揺らした。
「ほぉたぁ〜るのぉ〜♪ ひぃかぁ〜りぃ〜♪ まぁどぉのぉゆう〜〜きぃ〜〜♪」
「この何だその歌。俺たちの世界の歌か?」
彼女の歌に反応したのは、紅の西洋甲冑に身を包んだ青年型ヒューマギア・雷である。
時代にそぐわないずんぐりとした外装の上から、茶髪の頭部が顔を出していた。膝をカチャカチャと言わせながら、彼は遠方の平原を監視している。
彼らは人型アンドロイドの一派・ヒューマギアのリーダー格【滅亡迅雷.net】の一員である。
構成員は以下の4人だ。
育児用ヒューマギアとして製造され、戦闘任務に特化した改造を行われた滅。
兵器開発用ヒューマギアとして製造され、兵器開発や作戦立案の全てを司る亡。
子供用ヒューマギアとして製造され、滅と同じく戦闘特化型に改造された迅。
宇宙空間に適応すべく製造され、電撃を操る事に長けた雷。
この強靭なるヒューマギア達によって、昼の国に存在する特別区【ヒューマギア特区】は機械生命体の攻撃から守られてきたのである。
そんな強者の面影など微塵も感じさせぬ程に、亡の歌声は柔らかく、その表情は穏やかさに満ちていた。
対する雷は、全身に雷のような気を纏っている。緊張感ゆえの事なのだろう。触れただけで静電気が走りそうな程であった。
「ふぅ、やっぱりいい曲だなぁ」
一小節を歌い終えた所で、亡はその細長い眼を雷へと向けた。穏やかさの裏に、人を丸呑みにしそうな程の貪欲さが秘められた、深い黒の瞳であった。
「これ、前の世界の歌なんだ。この歌が聞こえたら、お客さんはいかなる状況だろうとお店から出なきゃいけないんだよ」
「なんだそりゃ」
「法律で決まってたらしいよ。破ったら禁固刑だって。君達は蛍の光や窓の雪のような儚き存在だと歌う事で、民の存在が矮小である事を示していたんだね」
「そんなにヤベェ歌だったのか」
雷の問いに、亡は大真面目に頷いて見せた。
先程亡が口ずさんでいた歌詞を反芻しながら、雷はこんな事を思い出していた。
そういえば、機械生命体の奴等からも聞いたことがある。歌には、作者が深い意味を込めることがあると。
亡の言う事だ、この曲にも何か今後の俺達の行く末を暗示するような何かが含まれているのかもしれない。その何かが何なのかは、皆目見当も付かないが。
雷は首を傾げながらも、亡の言う事ならと自分を納得させた。
ここに迅や滅がいれば何か訂正等を入れる事もあったのかもしれないが、滅亡迅雷の常識二大巨頭が不在の今、雷の理解を訂正する者はいなかった。
亡は悪戯っ子のような笑みを浮かべたまま、また硝煙混じりの青空へと眼を戻した。
「結局、滅は戻ってこなかったね」
「迅の奴もだ。今朝から姿が見えねぇ。まぁ、アイツに限って、ヘマやらかす事は無ぇだろうがよ」
「私達だけでやるしか無いさ。それに、不測の事態でも起こらない限り、戦力は十分すぎる程に確保できた」
亡が片手を挙げると、草むらから緑色の蜘蛛の目が顔を覗かせた。
新手かと腰元の大剣を抜き放とうとした雷だが、彼は途中でその手を止めた。
よく見ると、それらは無数の緑の点が集まっているだけであった。だが、その数がおかしいが故に蜘蛛の目のように見えてしまったのだ。
それは、雷が視界に捉えられただけでざっと60を超える光の群であった。
微動だにしない不気味な燐光の群。
一心不乱にこちらを見つめるそれらの群から、雷は目が離せない。
亡は先程の歌うような口調のまま続ける。
「迅が10、雷が6、私が34壊せば、この戦いは終わるよ」
「聞き捨てならねぇな。何で俺が迅より少ねぇんだ。てか、お前だけ数おかしいだろうが」
「私はね、君とはもう数値が違う。それに、使っている兵の数もね。ヒューマギアの村の方にがーんばって仕掛けた罠を考えても、このくらいはやらせてもらわないと」
亡は「ふふ」と微笑むと、背に負ったアークへと眼をやった。その巨大な紅のレンズは薄い紅光を放ち、エネルギーの充電準備が整った事を主張していた。
「始めようぜ、亡」
「了解。エネルギーシステム、起動」
亡が指を打ち鳴らすと、二人の尻の下にあったアークが『ズン』と揺れた。
森の木の葉を浮かせ、木々を揺らし、動物達を追い払う、開幕の地鳴りであった。
地鳴りは不規則に、ズン、ズンズン、ズズズ、ズンと周囲の大気を震わせてゆく。
寝ぼけ眼の機の律動に揺られながら、雷は立ち上がった。亡もまた、彼の横に並び立つようにして眼を向ける。
眼前に広がる、巨大な森の空き地へと。
これからここが戦場になるのだ。それを知る二人には、この平地に刻まれるであろう弾痕が見えているかのようであった。
「おい、亡よぉ」
雷が、振り返らずに問うた。
その時。
【ざわり……】
亡の眉がピクリと揺れた。
雷も同じであった。
静かに揺れる森の木々。その一角だけが、不気味にそよいでいるのだ。
「ざわめきが聞こえる。木々の、動物達の」
亡の瞳が、これでもかと言うほどに細くなってゆく。獲物を見つけた蛇か、好敵手を見つけた獅子の如く。
「私たちの、敵の」
そう言うや否や、亡はアークの高台から身を滑らせると、一階のアーク内部への出入り口のドアに手をかけた。
ドアが長い認証を続けている間、彼女は顔を向けず、雷へと語りかける。
「アーク打ち上げまであと1時間。衛星軌道に乗り次第、アークに乗り込んだ雷が、電源を入れて衛星を起動する。分かってるね」
「当たり前だ」
力強いその返事に、亡の口元がほんの僅かに和らいだ。だが、それもまた先程の獣の笑みにかき消される。
「それじゃ、守り切ろうか」
「応よ」
そうして、亡は揺れるアークの内側へと……
雷はアークの前方へと……
それぞれ、姿を消した。
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森の国、機械生命体達が作る王国の一つである。
その一角に、小型の移動トレーラーの姿があった。
付近には兜を被った機械生命体の残骸が、無残にも打ち捨てられていた。円を描くように点在する残骸の群。その中心に存在するトレーラーの中では、数人のアンドロイドが通信端末に向かい合っていた。
ここは、第244次降下作戦暫定仮設本部。
アンドロイド達は、皆黒衣に統一されており、一部を除いて皆が口元にマスクを着用していた。彼女達、ヨルハ機体O型ことオペレーター型の特徴でもあった。
一人のO型が口を開いた。どうやら、画面に何か変化があったようであった。
「レーダーで、内部の様子が確認できました。一般ヒューマギアの反応多数……3日前と同じです。おかしな様子はありませんね」
報告に、降下作戦を指揮する隊長・8Bは短く息を吐いた。
決して良くないその反応に、O型達もゴクリと唾を飲み込む。
「仲間のヒューマギア共は囮に、主戦力はアーク防衛に配置するとは。もっと愚かかと思っていたが、存外に賢いな」
独り言のように、彼女は続ける。
「だが、無抵抗に徹すれば襲われないと思っているなら、実に甘い考えと言える」
8Bは先程のO型を「おい」と呼びつけた。彼女は「はい」と鋭い発声で答えた。
「【アリアドネ】は?」
「アレは、予定通り、衛星軌道上に待機させてあります。発射には司令官の承認が必要ですが」
「私は司令官からこの作戦に限り兵器系統の全権を委任されている。私の命令があり次第、撃ってかまわん」
そう命じ……8Bは深く息を吸い込んだ。
ゴーグル越しで他のヨルハ達には見えなかったが、彼女は眼を瞑っていた。
司令官との連絡が途絶えてから、はや数時間である。それを隊員たちに通達すべきか……
そもそもこの降下作戦自体、疑問ではあった。アークや滅亡迅雷.net、武装ヒューマギアのみならず、一般ヒューマギアまでの殲滅。それがヒューマギア陣営とアンドロイド陣営にどれだけの軋轢を生むか……
圧倒的強者が、理由も無きままに弱者を蹂躙する。この戦争に、意味などあるのか……
8Bは熟慮の末、それを心の内にしまい込んだ。司令官ならば、何か深いお考えがあるのだろう。私のすべき事は、司令官が戻るまで、この任務を遂行し切る事だ。
8Bは静かに、左胸に手掌をあてがう。
人類に栄光あれ。
彼女達を軍隊として動かす原動力への賛美だ。
O型達も、次々とそれに習った。
通信の向こう側のヨルハ機体達も、音こそしないがそれに習っていただろう。
「すまない、お前たち」
自然と漏れた彼女の言葉を拾ったのは、森の風だけであった。
やがて、ゴーグルの内で眼を開けた8Bは、肺のうちにため込んだ息を喉へと逆流させ、凛とした声で叫んだ。
「これより、第244次降下作戦を始める。目標は敵最重要拠点・衛星アーク!!」
8Bは発声鋭く、その命令を全軍へと下した。
「特区襲撃隊、突撃!!」
かくして、11946年が5月1日14:00、第244次降下作戦とという皮を被った、アンドロイドとヒューマギアの小規模な戦争が幕を開けた。
両陣営共に、指導者を欠いたまま。
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14:00、水上都市に居を構えるヒューマギア特区に、総勢20体のヨルハ機体がなだれ込んだ。黒服のヨルハ達が、ヒューマギアの苦心して築き上げた市場や住処を尽く踏み潰してゆく。
彼女達は10体で一つの小隊を形成している。この特区襲撃を任じられた小隊は、D(デルタ)小隊とE(エコー)小隊である。共に、B型とS型の混成部隊である。
D小隊は主にビルの内部を担当、E小隊は特区周縁及び小型建造物を担当する。
両小隊共に、凄まじい速さで該当区域を制圧してゆく。その様は、戦闘型アンドロイドさまさまであった。
戦闘を行くのは、デルタ小隊に配属された16B。後に続くのは、11Bを初めとするB型中心編成の部隊である。
「5階、クリア!! 敵影なし!!」
「先行しすぎるな。16B」
「大丈夫です!! ヒューマギアのカス共なんか、先輩の手を煩わせるまでもありません!! 私が、ぶっ潰してやります!!」
「そのくらいにしておけ、逸る気持ちは分かるが、任務に事情は禁物だ」
「はっ!!」
16Bはそう答え、さらに速度を上げた。
11Bはため息と共に、後続の機体へと行軍を促す。ビル内は尽くもぬけの殻であり、その度に2人は顔をしかめた。
ヨルハ機体の中には、長く同じ任務に就くうちに先輩、後輩の関係を持つ者もいる。64Bと22Bは砂漠監視の任務に就く中で、隊員同士の垣根を超えた関係を築いた。2Eと9Sのように、歪んだ関係を築く者もいる。
11Bと16Bもまた、そういった関係であった。彼女達の関係は【愛】であった。この任務が終わったら、共に休暇を取って安全な所で休もう。そう互いにそう約束し合い、この任務に参加したのだ。
16Bは逸る気持ちを堪えきれずに、タッタッと階段を登っていってしまう。その先にある物への恐怖や不安など、塵と変わらぬとばかりに。
やがてその歩みは、最上階へと達した。
「最上階A地点、敵影なし!!」
「敵影、無しだと?」
16Bの報告に、11Bは眉を潜めた。
最上階がもぬけの殻など、そんな事はあり得ないからだ。
「はい!!」
「だが……」
これまでに一体のヒューマギアとも遭遇していないのが問題なのである。
16Bの予想は2択であった。ビルの各地に兵を忍ばせ、奇襲をかけるゲリラ戦術。または、ビル最上階に陣を張り、その狭さを生かしてひたすら耐え続ける防衛戦術。
だが、敵そのものがいないのでは、全く話が変わってくる。もし敵が拠点を捨てたとするなら、この拠点は。
そして、彼女の思考をかき消すように、天井から柔らかな声がした。
『ほぉたぁ〜るのぉ〜♪ ひぃかぁ〜りぃ〜♪ まぁどぉのぉゆう〜〜きぃ〜〜♪』
「これは……歌?」
聞いた事のない歌であった。
警戒を現にするデルタ小隊に構わず、ビル内の歌は大きくなってゆく。
『っと、いけない。ピンポンパンポーン。いらっしゃいませ、ようこそ、ヒューマギア特区へ』
声は特区全体に響いているらしく、窓から見下ろした他の隊員達も同じように辺りを見回していた。
「どこから鳴っている」
「先輩、あれ……」
11Bの指差した先。天井には小さなスピーカーが設置されていた。
どうやら、ビル内の音声は各地に設置されたスピーカーから流れているらしい。
まるで緊張感の無いその案内に、16Bを初めとするヨルハ隊員達は困惑していた。
『御来場のお客様にお知らせいたします。当館は全面禁煙となっております。お煙草、発煙筒を始め、武器弾薬等のご使用は、お控えいただきますよう、よろしくお願いいたします』
アナウンスと共に、壁の一部が競り上がってきているのだ。広間全体を囲むように、人型の窪みが浮き出してきている。
「ヒューマギアの、死骸? いや、あれは私達アンドロイドの」
そこまで考えた所で……
『ガンッ!!』
16Bの思考を急激なノイズが襲った。思考そのものを鈍器で殴られるような鈍痛である。
「ウ……ウウ……」
ノイズに揺れる視界の中で、他の隊員達も同じように頭部を押さえて苦しんでいる。瞳は赤く染まり、呼吸はおぼつかない。
彼女はその痛みに覚えがあった。
EMP攻撃……特殊な電磁波を用いた、アンドロイドの思考部に作用する攻撃だ。
(これは、罠!? いけない、撤退信号を出さなければ!!)
そう思い、振り返った、次の瞬間。
下背部に、鋭い痛みが走った。
「うッ!?」
視界を下に向けると、腹のあたりから、長い何か鉄のようなものが突き出ていた。明らかな異物、義体内には無かったもの。
軋む背を無理に動かし、後方を確認する。自分の背に刺さっていたのは、B型の四十式戦術刀であった。
その柄を握るのは、16Bであった。
「16B……お、まえ……」
彼女もまた、自分のした行為が信じられないようであった。
「先輩……? わたし、なんで……」
霞む視界、軋む可動部。
脚に、力が入らない。
身体を支える背を貫かれたのだ、当然である。
「やだ……!! 先輩……先輩っ!!」
力を失った11Bの背から、四十式戦術刀が引き抜かれる。16Bは真っ赤に染まったその刀で……泣きながら、他のヨルハ機体に躍りかかった。
それを皮切りに、他数名のヨルハ機体も、まるで狂ったように仲間の機体に襲いかかる。暴走していないヨルハも、論理ウィルスに神経系を犯されているため、防戦に徹する事しかできない。
「私、わたし……ッッ!!」
ヒューマギア特区は、瞬く間に混乱に陥った。
暫定本部の通信回路からは、焦りと戸惑いに満ちた報告がひっきりなしに飛び交っていた。
『こちらA地点よりデルタ、敵のなんらかの攻撃により、回路に異常……』
『こちらエコー!! この攻撃、EMP攻撃です!! ぎ……っ!?』
「11B!! 状況を報告して下さい!! デルタ小隊の誰でもいいです!! 正確な情報を!!」
「EMPって……これ、どういう事ですか!? ヒューマギアにとってもアレは有害なはずじゃ……!?」
焦るO型の耳に、アナウンスのような声が飛び込んでくる。それは、明らかに彼女達の知るヨルハ機体……B型の個体が発している声であった。
『ご来場の皆様。長らくお待たせしました。ご機嫌な舞踏会の開演でございます!!』
EMPに犯されたB型達。彼女達の発した開演の挨拶を皮切りに、通信回路は悲鳴と怒号で包まれた。
『やめろ16B!! 私達は味方だ!! 汚染されてない!!』
『くそっ……何故、こんな事に……』
『先輩……起きてください!! 私、みんなやっつけました!! もう安心ですから!!』
『やめて下さい!! 僕は……みかた……で』
『助けて……誰か……私を…………止めて……』
『そことそこの家を使え!! 出入り口を固めて耐えるんだ!! 本部との通信が繋がるまで、ここに立て篭もる!!』
『こんなので守り切れるわけないじゃないですか!! 私は、暫定司令部に応援を呼びに戻りますから!!』
『おい!! 勝手に行くな!! おい!!』
O型達は阿鼻叫喚の渦の中、状況を整理せんと必死に言葉を拾う。そんな中、1人のO型が力なく声を発した。
「デルタ小隊からの報告……途絶しました」
「な……!?」
絶句する8B。それに続き、O型の間に通信端末を外そうとする者が現れ始める。
震えている者もいた。
目の焦点が合っていない者もいた。
「エコーは、無事な隊員がバリケードを築いています!! いつまでもつかは……」
動揺を抑えようと、別のO型が声を張る。その声もまた、震えていた。
O型達からの報告を聞きながら、8Bは手元の情報端末に目を落とす。
端末の中では、まだ複数のヒューマギアやヨルハ達の反応が生きている。彼らは通常生活でも営むような速度で歩いているのだ。
「何が……起きている……?」
乱れる思考を鎮め、8Bは状況を整理する。
報告を聞く限り、特区で起きているのは同士討ちだ。EMP攻撃が行われ、同時に何者かのハッキングが行われた。
ハッキングを受けた個体は仲間を襲い、敵対勢力となった。
つまり、彼女達は罠にかかったという事だ。
最早端末はアテにならない。
現状、少なくともデルタ小隊からの報告は途絶えているが、エコー小隊は無事な者が数名いる。報告があった事からも、確定事項と見て良いだろう。
仲間達を助けるためには、他の部隊を回すしか無い。これは極秘作戦でもある。暴走した個体がアンドロイドキャンプに雪崩れ込みでもすれば、それこそ目も当てられない。
熟考の末に、8Bは顔を上げた。
「アーク攻撃部隊の一部を救援に向かわせる。アークへの攻撃は、14:45に【アリアドネ】で行う。アルファからチャーリーの中で、今から特区の方に回せる奴はいないか」
「現在、アルファ小隊が滅亡迅雷と交戦中。敵は仮面ライダー雷。10対1ですが、戦線は上げられません」
10対1という言葉に、8Bの顔色が変わった。巨大機械生命体との戦いの際ですら、投入された兵力は7体のみである。
当初、たかが50数体のヒューマギアにこれだけの兵力を投入する事に疑問を感じていた8Bだが、これを見て考えを改めた。
滅亡迅雷.netとは、ヒューマギアとはこれ程のものなのだ。ヨルハ10体を持ってしても、簡単には突破できない戦力なのだ。
(これが、あと3体……)
8Bは身を襲う震えを必死に抑えながら、端末へと目を走らせる。
「ブラボーとチャーリーは?」
「交戦中、です」
「他の滅亡迅雷とか?」
「違います」
「では何とだ!? ヒューマギアの雑兵共はマギア化できないだろう。他に我々が手こずる程の相手がいると言う事なのか?」
「いえ、それが……」
「ええい、貸せ!!」
まるで要領を得ないO型の報告に痺れを切らした8Bは、彼女の通信機を奪い取った。
通信機の向こうからは、鉄が鉄を打つ鈍い音が断続的に聴こえてくる。
集音フィルターを劈かんばかりの轟音だ。
それらに負けじと、8Bは声を張り上げる。
「こちら総合作戦本部!! ブラボー、誰でもいい!! 状況を知らせろ」
『こちら、ブラボー!! 現在、機械生命体の一団と交戦中!! 種別は大小多数!! 数は、っと、30じゃ効きません!!』
「機械……生命体……だと……?」
8Bの思考が止まった。
沈黙が支配する暫定司令部で、別のO型が言葉を発する。
「チャーリーも同じです。目を青緑に光らせた無数の機械生命体が、襲ってきたと……」
ハッキング、EMP、同士討ち、機械生命体、滅亡迅雷、アーク。
様々な単語が思考の内をグルグルと回り……ここで、8Bは完全に沈黙した。
ヒューマギア特区での戦線、そしてアーク防衛戦線は、圧倒的戦力を有するアンドロイド陣営の『劣勢』から始まった。
特区での同士討ち、そして防衛線での機械生命体の参戦。これにより、50体以上いたヨルハ達の内、行動可能な隊員の数は40を割っていた。
それが実質的にたった1人のヒューマギアによって為されていることは、この時点の8Bには気づく由も無かった。
記録:11946年5月1日 14:30
場所:バンカー
ここは、灰色の場所。
何故灰色なのかは知らない。アンドロイドにとっての天国なのかもしれない。
司令官を突き落とした、飛行ユニット発着場。ここから見える地球は、ひどく退屈だ。
いろんな色が、混じり合っているから。単色なら、もっとわかりやすいのに。
そんな事を考えていると、ふと、声がかかった。
そこに立っていたのは、64Bだった。
64B:『よぉ、戻ったか22B!!』
22B:『64B……再起動されたんだね』
64B:『応!! てか、何だお前、その仮面』
22B:『あ、うん。任務の時にね、拾ってきたんだ。砂漠には、いっぱい落ちてるでしょ?』
64B:『あー、確かに。にしても、そんな趣味悪ぃ仮面つける事ぁ無ぇだろ。つけるにしてもモノってもんがよ』
22B:『そうだね。えへへ……』
私は、笑ってみせた。
64Bは屈託なく笑っていた。
なんだか、少しだけ胸の辺りが軽くなった気がした。
64B:『つか、聞いたかよ!! 今日の昼からデカイ降下作戦があるんだ。ここで手柄を立てりゃ、砂漠勤務ともオサラバだぜ!!』
22B『そう、なんだ。そうなんだね』
ふと前を向くと、64Bが怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
何かあったのだろうか。
64B:『お前、泣いてんのか?』
22B:『え……?』
目元を拭うと、そこには確かに滴の感触があった。何故そんな物があったのか、その理由は分からなかった。
アークの高度な分析システムを以ってしても、理解できない事項であった。
22B:『やだなぁ、砂塵がまだ目の中に残ってたのかな。おかしいなぁ……』
64B:『作戦前までに洗い流しとけよ。現地で隊長が待ってんだ……アタシ達も、準備が出来次第出るぞ』
22B:『うん』
64B:『戦場が怖いなら心配すんな。アタシが守ってやるからよ』
そう言って、彼女は去っていった。
心強い言葉だった。
後についていきたいと、何度も思った。
それでも、ついていく事は出来なかった。
22B:『知ってるよ。知ってる…………』
なぜなら、私は
0B:『憎悪』
声がしたような気がして。
振り返ると、そこには頭から夥しい量の流血を垂れ流す、灰色のアンドロイドがいた。
22B:『ッ!?』
超速で退く。
よく見ると、それは指揮官であった。先程地球に向けて突き落としたはずの司令官であった。頭が半分潰れていて、分かりにくい。
壊れても、私の邪魔をする人。
それでわかった。
これは、幻覚の類であると。
ホワイト:『悪意、恐怖、憤怒、憎悪』
言葉は、明らかにそのアンドロイドから放たれていた。その言葉が集音フィルターを通り思考に滑り込む度、何かが消えてゆく。
私の気持ちも、64Bとの温かい思い出も。
ホワイト:『めつぼ……』
私は迷う事なく、幻影を斬りつけた。
血塗れの司令官は霧散した。
代わりに、そこには見知らぬヨルハ機体の擬態が倒れていた。慌てて頭部を確認する。
それが64Bでない事を確認し、安心する。
0B:『今から、悪者をやっつけてあげるから。安心して。64Bには、怖い想いさせないから。もう、誰にもあなたを殺させないから』
前方が、何やら騒がしい。
基地に駐留しているヨルハ機体が、集まってきているようであった。
皆、刀を抜いている。
私は仲間なのに、どうして。
そうか、みんな悪者なんだ。これは実は、みんな司令官なんだ。そう思えば、そう。
そう見えてきた。
0B:『変身』
腰元のスイッチを押す。
全身を、生暖かい赤の膜が包み込む。
この膜のうちにいる間は、安心していられる。
【アークライズ オール・ゼロ】
赤に染まる視界の中で、何人もの司令官がこちらに向かってくる。ある者は武器を手に、ある者は手を光らせ。
その中で、私は外を見る。
暗い空の中に浮かぶ、真っ白なあの星を。
0B:『標的……月面人類会議』
月を。
●次回予告
ついに始まってしまった戦争。亡のハッキングにより優勢となったヒューマギア陣営だが、圧倒的な数的不利は変わらない。そんな中、アンドロイド陣営の隊長である8Bは、栄光人類.netによる作戦を開始する。
第7話(前編)をお読み下さり、ありがとうございます。
今回から、ついに最終決戦編です。この編は7話と8話で1セットになっており、8話で第一章が完結します。
次回は、来週日曜日の更新となります。
※pixivにも同じものを投稿しております。