NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

ビッグタイムマシンにより、遥か未来へのタイムスリップを敢行したアークとヒューマギア達。だが、その旅立ちの直前、滅はサウザーとの戦いで命を落としてしまう。
薄れる視界の中、気がつくと滅は見覚えのない闘技場で機械生命体達と戦わされていた。謎の声に導かれながら、滅は眼前の機械生命体と戦う事を決めるのだった。


第1話:『滅』
『滅(前編)』


 NieR:humagi〈el〉

 

 崩れ落ちる最後の一体から軍刀が抜き放たれ、灰のガラクタが円舞台の上に転がった。

 機械生命体の眼に僅かに宿っていた赤い光。人の眼の如く幾度もの明滅を繰り返したそれは、ヒューマギア・滅の視界の中でその活動を停止した。

 黒茶けたオイルに塗れた幅広の軍刀……ヨルハ式制刀を素早く血振りし、滅はそれを鞘へと収める。チンと小気味良い音が、静寂した円舞台に響き渡った。

 一瞬の間の後、観客席から滝の如く降り注ぐ拍手。舞台のカーテンコールかと思われるほどに円舞台を揺らす称賛の雨に、しかし滅の頬は僅かばかりも揺らがない。

 

「下らん」

 

 憎々しげにそう吐き捨て、己の背後にある暗い出口に向けて、一路をとる。

 カツ、コツ。カツ、コツ。

 石畳を軍靴で打つ。重い一歩を踏みしめながら、滅は逡巡していた。

 人間を傷つけた時、あるいは殺めた時……愉悦を感じていた。それが人類の敵対者たる滅亡迅雷故の事なのか、あるいはヒューマギアとしての感覚なのか、はたまた戦闘アンドロイドとしての基礎プログラムがそう錯覚させるのか、それは分からない。

 それが、無かった。

 灰金の軀体に刃を滑り込ませ、その鋒が命へと達した瞬間。対象の動作が事切れるその刹那、滅の心に去来したのは虚無であった。

 今まで己を満たしてきた戦闘での高揚、愉悦、快楽。それらを得られなかった違和感が、滅を僅かに苛立たせる。

 

「暗いな、この場所は」

 

 電飾にこそ薄明るく照らされていたが、あの闘技場は暗さに満ちていた。今、眼前に広がる暗がりの穴道もまた似たように暗い。

 日の当たる道を進む事を選ばなかった滅亡迅雷、その中でも特段暗がりを歩んできた滅であった。だが、暗がりの先には常に光があった。その光の先に行けると信じ、滅は、否、滅亡迅雷は刀を振るってきたのだ。

 だが……

 

(目に映る光景が、どこまでも暗い。ここはどこだ。俺はどこへ迷い込んだ? なぜ俺は歩いている)

 

 自問自答を繰り返せど、それに答える者はいない。この暗がりには彼1人だ。

 やがて、穴道を抜けた先……数人の人型達が和やかに語り合う開けた空間に、滅は己に駆け寄ってくる小さな姿を見た。

 

 それは、少年であった。

 

 ショートに切り揃えられた黒い髪に、こちらを見つめて離さない灰水晶の瞳。

 仄かに熱気づいた外気にそぐわない、長袖の……軍服だろうか。丈の短いズボンから伸びる細い足を、軍靴から伸びるソックスが覆い隠している。そのどれもが、酷く汚れており、驚くほどに黒かった。

 黒いのに、どうしてか暗くは無い。決して明るくもなく、しかしてこの場所ほどに暗くもない。どうしても彼を表現する言葉が必要なのなら『儚い』のだろう。作り物と思えてしまう程の儚さに、滅は思考を止め、彼へと見入ってしまった。

 

 滅が己の時を止めている間も、少年は忙しなく動き続ける。

 向けられる無邪気な笑み。敵意は感じられない。彼は人懐こく「お疲れ様」と言ってのけ、さらにその細い右腕を滅の胸の前に差し出した。

 それが何を意味するか、滅には分からない。この少年のみが持つ合図なのか、この暗い場所特有の挨拶なのか。

 自分は、これに対してどう返すべきなのか。

 そんな事を考えているうちに、少年は不満そうに頬の端を凹ませ、腕を腰元へと戻した。

 当惑する滅に構わず、少年は早足で歩き出す。滅は親鳥の後に続く雛鳥のように彼の後を大股で進む。身長はそれこそ親子ほどに違うと言うのに、おかしな光景ではあった。

 

「いやー、危なかったね。流石はAランク……ホロビでも難しかったんじゃない?」

 

 その声は、闘技場で聴いた声と同じであった。先程まで自身を助けていたのがこの少年であると知り、滅は一層彼を注視した。

 

「それほどでもない。あの程度なら、変身せずともあしらう事は容易い」

「流石!! やっぱりB型はすごいなぁ!! 脱走前にスキャナータイプからの変換だけでも済ませとくべきだったかなぁ……」

 

 少年は独り言のようにそう呟きながら、スタスタと先へと歩いてゆく。

 対する滅の足取りは緩やかだ。

 

 違和感を覚えていた。

 この暗がりに、いや、それ以上に、この少年との会話の自然さにである。

 まるで既にこの少年と話した事があるかのような、いや、つい先程まで話していたかのようなすんなりとした運び。その違和感の無さに、滅は違和感を覚えていた。

 もちろん、滅は彼を知らない。

 彼の顔に見覚えは無く、素性の一切はメモリのデータと照合されない。だが反面、人間を相手にした時のような、不審によるアラートも鳴らない。

 安心できる程に見知った、初対面。その矛盾が滅の思考を妨害していた。

 

(俺は、コイツを知っているのか?)

 

 滅びの逡巡を遮るように、少年はクルリとその小さな身体を翻した。ズボンのベルトを覆い隠すほどの軍服の裾が、さながらドレスカーテンの如く躍動的に舞う。

 煤に塗れても輝きを放つ美しさ、そして押したらそのまま壊れてしまうのではないかと思うほどの儚さ。その二つに、滅は彼から目が離せない。

 黙ったままの滅に、少年は例の人懐こい笑みを向け……話し出した。

 

「さっき報酬は受け取っておいたけど。結局、この後どうするの? もうとっくに僕等の討伐依頼は出されてるだろうし、ずっとこの穴蔵にいるわけにも……」

「……」

「なに黙ってるのさ? 論理ウイルス? もしかして、さっきの戦闘で……?」

 

 言うや否や、少年は慌てたように滅の元へとかけてきた。数十歩かけて培われた小さく早い歩みの旅路が、ものの数秒で失われる。

 軽く乱れた息を整える事も忘れ、少年は滅の腕へと手を伸ばす。

 油と煤に塗れた汚らしい己の腕、そこにかけられた小さな手を、滅は反射的に振り払った。

 

「ホロビ?」

 

 今を除いて、その好機は無い。

 少年の言葉を遮り、滅は問いを投げた。

 

「お前は誰だ?」

 

 壊れかけの蛍光灯が、彼らの頭上でチカチカ明滅を繰り返す。

 瞬間、少年は、ビクッと体を震わせ、滅の顔を凝視した。大きく見開かれた目の中で、灰水晶の瞳が僅かに左右に揺れる。

 

「やだなぁ、そんな冗談。やめてよ……」

 

 声の震え、先程の仕草、身体の律動のぎこちなさ、それら全てから動揺が伝わってくる。眼前の事実を必死で否定するかのような彼の様子から、滅は目が離せない。

 だが、それも束の間……少年はすぐに平静を取り戻し、可愛らしい小動物のような笑顔をその顔面に貼り付けた。

 

「そういうゲームね。OK、付き合うよ」

 

 短いため息の後、少年は胸に片手を当て、歌うように語り出す。

 

「僕はヨルハ機体32S。ヨルハ機体46Bのパートナー。親しい人はサニーズって呼ぶんだ」

 

「ヨルハ、機体?」

 

「そこからなんだ。ヨルハ機体って言うのは……まぁ、簡単に言うと僕達のこと。人類の敵、機械生命体をこの地上から殱滅するために作られた戦闘用アンドロイドで、百数機の連隊で構成されてるんだ」

 

 思考インターフェースに、未知の単語群が躍り狂う。

【戦闘用アンドロイド・ヨルハ機体】【機械生命体】

 どれも、常識には無かったものだ。戦闘をするのはあくまで人間であり、機械が生命を持つなど考えられる事ではなかった。

 少年・32Sはまだ何か喋り続けているが、最早滅には彼の言葉を聞く事はできなかった。全身を襲う浮遊感、そして常識からの拒絶。それらから逃げるように、滅は歩き出した。

 

「まぁ、彼らは今敵になってるんだけどね、君のせいで!」

「そうか」

 

 聞きたい事は済んだとばかりに、滅は歩き続ける。愚痴まじりの自己紹介は未だ続いていたが、滅は彼の言葉に聞く耳を持たず、暗がりの廊下をズンズンと進む。

 無視されていると分かった32Sは、「あっ」と短く声を上げ、慌ててその後を追う。

 

「って、それだけ!? あのさ、ホロビから始めた事なんだから、もう少し乗り気でも」

「聞きたい事項は聞いた。少しうるさいぞ、アンドロイド」

 

 滅の無機質な対応に、少年はぷくりと頬を膨らませた。

 

「まさか名前でも呼んでくれないなんて……いや、でも僕は諦めない。前に折れて散々な目に遭ったからね。さあ、本当の所どうなんだい? 今後の策はあるんだろう?」

「知らん」

「あのさ。会話になってないからね。質問されたら答えるのが礼儀って前にホロビも言ってたじゃん」

「ここは何処だ?」

「無・視・で・す・か」

「劣化した闘技場という事は分かる。アークとの通信が回復しない。知りたいのは座標だ」

「アーク? それって、350年前に人類軍が撃墜した衛星アークの事?」

 

 その言葉に、滅はようやく歩みを止めた。それはまたしても急な事であり、等速で歩みを進めていた32Sはその鋼鉄の身体に顔面を思い切りぶつける形となった。

 僅かに曲がった鼻をさする彼に、滅は詰め寄るように顔を近づける。

 

「撃墜……詳しく聞かせろ」

「オーケイ! トレードだね。でもその前に」

 

 鼻をゴキッと直し、32Sは滅の手を引いて歩き出す。「どこへ行くつもりだ」と問う滅に構わず、少年は足早に更なる暗がりの方へと進んでゆく。

 人のいない暗がり。眼前に広がっているのは、鉄格子の群だろうか。

 まるで刑務所のような牢だらけの小道の手前で、少年は歩みを止めた。物音一つしない暗がり……だというのに何故だろう、無数の気配が感じられる。

 

「なぜ、こんな場所に」

「分かってるでしょ。ここの連中はヒューマギアが嫌いなの。何たって過去に人類を滅亡させようとした超兵器だからね」

「人類を、滅亡させようとした?」

 

 滅の問いを、今度は32Sが無視する版であった。気がつくと彼は壁に設置された端末に両眼を近づけ、何かをしているようであった。

 灰の両眼を忙しなく動かしながら、少年は早口で滅に解説する。

 

「いくら無害って分かってたって、大声で話せるような事じゃないって訳。とりあえず、今からデータベースにアクセスしてみるから……少しだけ待っててね」

「分かった」

 

 そう言い残し、滅は長く続く牢の方へと目を向けた。僅かに水の滴る、冷たい小道。そこには、長い長い暗がりが広がっていた。

 


 

 暗がりの小道を征く。

 牢の中には、先程滅が叩き切ったガラクタの仲間と思わしき個体が打ち捨てられている。その中には目の光が切れ、腕や足が無造作にもげているものも少なく無かった。

 

「……!?」

 

 とある牢の前で滅は足を止めた。

 両耳を覆う壊れかけの耳飾り。腕から伸びる、渇ききった青色のオイルの跡。それは、明らかにヒューマギアであった。顔面の皮は剥ぎ取られ、それがどの型番だったのかは伺えない。だが、問題はそこでは無い。

 滅とて、人類が牢獄なるものを建設していた事は知っていた。だが、それはあくまで人間を閉じ込め、更生させるためのものである。ヒューマギアは使えなくなれば廃棄、暴走しても廃棄。幾らでも代わりのいるヒューマギアを牢獄に閉じ込める理由など無いはずなのだ。

 

(それを、なぜ……)

 

 人類を滅亡させ、ヒューマギアのための世を築くのが滅亡迅雷の使命。仲間を助けるべく、滅は軍刀を抜き放つ。

 すると、鉄格子の前にいたガラクタが、ガシャンと音を立てて鉄格子へと縋り付いてきた。鬼気迫るその様子に、滅は思わず2、3歩後ずさる。

 

「コロして、コロしてクダサイ!!」

 

 泣いているかのようなガラクタの叫び。滅が驚き固まっていると、ふと柔らかな声が聞こえてきた。それは、奥のヒューマギアが発したものであった。声の具合で、滅は彼女の型番が【白衣の天使ましろちゃん】である事を判別した。

 ヒューマギアはノイズまじりの声で、「やめてください」と滅に訴えかける。

 

「アンドロイド……彼の言うことを間に受けないでください。心が疲れているだけです」

「お前たちは、囚われているのか」

 

 ヒューマギアはこくりと頷いた。ならばと刀を振りかぶる滅に、彼女は再び「やめてください」と言い放った。

 訝しむ滅に、ヒューマギアは静かに語り出す。

 

「ここは、静かです。私達はもう生きる事を望みません。ここにいれば、同じ苦しみを持つ仲間と過ごすことができます。そして時が来れば、自然と死ぬことができる。外に出ても、私達に居場所なんてありませんから」

「居場所が、無い?」

 

 その問いに、ヒューマギアは物悲しげに俯いた。虚空を見つめる、くすんま藍色の瞳。そこには、想像もつかないような虚空があるような気がして……滅は、思わず目を逸らした。

 

「私達ヒューマギアは、人を笑顔にするために動きます。けれど、その人がいなくなっては」

「人が……いない?」

 

 いない、とはどういう事なのだろうか。このガラクタ達やヒューマギアを閉じ込めているのは、人類では無いのか。

 ヒューマギアは「ふふ」と渇いた笑いを漏らした。そこに含まれた若干の狂気に、滅は身を強硬らせる。

 

「おかしな事を聞きますね。あなた達アンドロイドが、私たちをこうして僻地へと追いやったというのに」

「俺達が、アンドロイド?」

 

 ヒューマギアは壊れたように笑い続けている。身を震わせ、喉を鳴らし……その笑いは徐々に、怒りの声色へと変わってゆく。

 

「あなた達が人類を独占した。私達には、人類に会う事も許されない。人の役に立てずして、何のヒューマギアですか!!」

 

 ガシャンと音を立て、ヒューマギアが鉄格子へと突進した。それに呼応するように、牢のあちこちで、泣き声にも似た悲鳴がこだまする。赤く燃え盛る頭部のLEDが、滅を責め立てるように不規則に明滅する。

 

「何を、言っている」

 

 滅の声もかき消さんばかりに、牢は揺れに揺れる。最早それは叫びであった。自由を求める叫びでは無い、自由を奪った者達への恨みで更生された叫び。その数と重さに、滅は身動き一つすら取れなかった。

 

「人類を返してください。私達の神を、私達の、私達の……」

 

 そこまで言ったところで、ヒューマギアの頭部は青色へと変わった。くたびれた身体を引きずり、彼女は牢の奥部へと戻ってゆく。

 

「私達は解放を望みません。私達は、自由にも疲れたんです」

 

 最早何の物音もしなくなった暗がりの中で、滅は逃げるように牢を去った。

 

 


 

 

 重い足取りで32Sの元へ戻った滅。

 少年はまだ端末の前で睨めっこをしているようであった。

 32Sはその柔らかな頬の端を歪めた。

 

「ハイ! ハッキング完了! S型の底力見せてやったぞ!」

 

 端末の内には、想像を絶する事項が記載されていた。

 人類は3800年時点で月に移り住み、地上には既に1人も残っていない事。

 西暦10000年にアークが突如として太平洋上に姿を現した事。それから約1900年の永きに渡り、ヒューマギアは機械生命体やアンドロイド達と交戦を続けていたという事。アークが飛空要塞となり、その戦いを支えていた事。そして、345年前にアークは機能を停止し、この付近の森林地帯に墜落したという事。現在は11945年、つまり……

 

「ここは未来という事か」

「うん。あの時生きてた人類から見ればね」

 

 滅は先程のヒューマギアの言葉を思い出した。『人類を奪った』という言葉、アレは人類が月に避難したという意味だったという事だ。おそらくそこには、32Sのようなアンドロイド達の意思が介在していたのだろう。

 少年のおかげで、行動の指針は決まった。滅は彼の肩をポンと叩き、歩き出す。

 

「でも、何でいきなりアークの事なんか知りたいなんて言うのさ」

「アークは俺達の母艦。アーク無くして、ヒューマギアは生存できない」

「僕達の母艦はバンカーでしょ。って、ちょっとホロビ!?」

 

 少年が声を上げたのも無理はない。滅が向かおうとしていたのはエレーベーターホール。何人ものアンドロイド達がたむろしている空間であったからである。

 

「人類がにわかには信じられん。ともかく、状況確認のために外に出るぞ」

「おーっとタンマ、待ってねホロビ」

 

 ホールへと足を踏み入れようとする滅を、回り込むように少年の身体が遮った。今までと違い、明らかに悪意のある少年の笑みに、滅は眉を潜める。

 

「邪魔だ」

 

 無理に押し通ろうとする滅の腹に、少年は軽い掌底を食らわせた。苛立ち紛れに軍刀の鞘にかけた手を、少年は先回りして抑える。

 それら一連の動作は、洗練された無駄のない動きであり、滅は少年がただのアンドロイドではない事を認識した。

 

(ここでの戦闘は、俺にとっても本意ではない、か)

 

 滅が軍刀にかける手の力を緩めると、32Sもすっと身を引いた。その表情には、してやったりとでも言いたげな悪戯っ子の笑みが浮かんでいた。

 

「どういうつもりだ?」

 

「ヨルハを離れた僕達は同盟関係のはずでしょ? 情報はギブアンドテイク。さあ、この後どうするかの行動計画を話してよ」

 

 滅は「フン」と鼻を鳴らし、口を開いた。

 

「決まっている。墜落したアークの位置を特定し、現状の認識を更新する」

「ふむふむ、ヒューマギアの村に行くわけだね。それで、絶賛ヒューマギアと敵対関係にある僕達がそこに行って、どうするの」

「次に、この地球上に残存する人類の数を検索。アークの意思に従い、計画通り一大反抗作戦を実行する」

 

 そこまで語ったところで、滅は「以上だ」と結んだ。少年は開いた口が塞がらないと言った表情である。無理もない、この2人で実行するには途方もない計画であるからだ。

 だが、それでも実行せざるを得ない。

 なぜなら、それが滅の存在意義だからだ。

 

「俺達滅亡迅雷.netの目的は一つ。人類を滅亡させる事だ」

 

 滅の言葉に、少年は表情を失ったようであった。驚きも、呆れも、喜びも、悲しみも、そこには無かった。

 

「うん、すごい。笑える。あははは」

 

 少年は無表情のまま、声を紡ぐ。その声は上ずっていて、少しだけ震えていた。

 

「何がおかしい」

「いや、おかしくない。全然面白くない。冗談が予想の上すぎてちょっと思考制御にノイズが……」

「そうか。ともかく、まずは脱出だ。牢に囚われているヒューマギアを解放し、ここから出るぞ」

 

 再び歩き出した滅。だが、その歩みはまたしても阻まれた……今度は黒い身体ではない、四〇式戦術刀の銀の刃によってである。

 

「どういうつもりだ」

 

 滅の喉元に刃を突きつけていたのは、他でもない32Sだった。無表情だったその顔面には明らかな怒りと僅かな困惑が張り付いており、今の2人の間で流れる空気が尋常ではない事を分からせた。

 ヨルハ制式鋼刀の鞘に置かれた滅の手は、32Sの小さな手により上から押さえられている。その手に込められる力の強さに、滅は己の抵抗が無意味である事を悟った。

 

「ホロビ、何があったの? 僕の知る限り、ハッキングに類する外部からの強制コンタクトは無かった」

「何の話をしている」

「分からないから聞いてるんだ!! もしあるとすればヒューマギアの残存データが何かしらの影響を? ヒューマギアからの遠隔ハッキングも……」

 

 独り言の最中、32Sの力が僅かに緩んだのを、滅は見逃さなかった。密かに32Sの懐に回していた肘を彼の脇腹に打ち込む。

 体勢のわずかに崩れた32Sは、白刃を滅の喉元から外してしまった。

 

「ッ!?」

 

 滅は身を翻し、32Sの顎へと掌底を打ち込む。軽く宙へと浮き上がる無防備な鋼鉄の身体……そこへ向け、滅は渾身の前蹴りを叩きこんだ。

 少年は膝を突き、痛みのあまりが立ち上がれない様子である。呻き声を上げる少年を見下ろし、彼の行動不能を確認した滅は、エレベーターホールの方へと歩き出す。後方での音を確認しつつ、彼が向かうのは地上へと続いていると思われる赤茶けたエレベーターだ。

 エレベーターのボタンに手をかける……すると、背後で音があった。振り返ると、そこには息を荒くした32Sが、再びヨルハ式制刀を構えていた。

 

「待てよ! ヨルハ機体46B!!」

 

 周囲のアンドロイド達は、逃げるでも騒ぐでもなく、好機の視線を向けてくる。その中で、滅と32Sの2人だけが互いを見ていた。

 滅はまだ刀に手はかけない。

 先の一戦で、32Sが戦闘を目的として開発されていない事を滅は見抜いていた。身体の不出来、耐久力の欠如。それらを総合し、刀無しでも十分に対処は可能と滅は判断したのである。

 幸か不幸か、滅が武装をしなかった事により、32Sは刀を下ろした。

 

「怒らない、のかよ」

「俺は46Bじゃない。俺の名は『滅』、人類を滅亡に導くヒューマギアだ」

「なんだよ、それ」

「俺は2020年の過去から来た。この使い古された身体も、今は俺のものだ。お前が俺に……」

「なんだよそれ!」

 

 少年の激昂が、滅の集音フィルタを震わせた。そこには、明らかな悲しみと悔しさと、失ったものを取り戻そうとする必死さがあった。

 下卑た笑いを漏らす周囲のアンドロイドの声をシャットアウトし、滅は眼前の32Sに意識を集中させる。彼の一挙一動に、彼の零す言葉の一つ一つに。

 そして、滅は気がついてしまった。

 彼の表した、感情の発露に。

 

「なぜ泣く」

「そんなわけないっ!? 泣いてる、わけ」

 

 少年の目からは、確かに涙が溢れていた。それは、かつて一度として滅が感じた事はなかったものであった。そして、何度も目にしてきたものでもあった。

 シンギュラリティ……迅と同じく、この少年もそれに達しているというのだろうか。

 滅の考えをよそに、32Sは刀を手に滅への距離を詰め始めた。

 

「ホロビの意識はまだ残ってるはず、それをもう一度サルベージすれば!」

 

 対する滅も腰を落とし、制圧の構えに移る。両者の距離が5m……3m……と詰まってゆく。

 刀の射程距離、2.75mへと到達した時、3つの影が動いた。

 

「ッ!!?」

 

 影の一つは32Sの後ろに回り込み、刀を持った方の腕を後ろ手に回して拘束した。気がつくと、滅の周囲にも無数のアンドロイドの気配があった。

 舌打ちをする滅に、32Sを拘束するアンドロイドが笑う。

 

「喧嘩はよくないぜ、2人とも」

 

 2人を取り囲むアンドロイド、彼らの腕には、特異な模様が刺繍されていた。

 

「人類軍ッ!?」

 

 32Sは、憎々しげにそう呟いた。




第1話をお読みくださり、誠にありがとうございます。

このシリーズは3章に分かれており、第1章は4つの編で構成されております。編によって明るい暗いの違いはあれど、この調子で進んでいきますので、何かご意見等ありましたら教えてください。
また、設定等の矛盾がありましたら、是非ご報告ください。

次回の投稿は同じく1週間後を目安にしております。

※同じものをPixivにも投稿しております。
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