ついに聖戦が始まった。
亡の罠により、初戦はヒューマギア側が優勢に。だが、アンドロイド側も栄光人類.netを持ち出し、勝負の行方は分からなくなる。一方、密かにアークを抜け出したA2とイズは機械生命体の村にて迅と接触、この世界の隠された真実を知る事になる。
※10/26に、内容を大幅に改訂しました。分かりづらかった内容をより鮮明にし、過去の設定との矛盾点を訂正しました。もし何かまずい点、おかしい点等あるようでしたら、ご報告いただけるとありがたいです。
記録:11946年5月1日
場所:不明
俺はまだ、白と黒の空間にいる。
あれからどれ程の時間が経ったのだろう。
世界は、どう変わっていったのだろう。
戦争は、始まったのだろうか。
そんな事を考えていると、46Bが姿を現した。
ヨルハの軍服を身に纏っていた事が、彼を彼たらしめていた。
46B:『どうだ? センチは治ったかよ』
滅:『俺の知った事ではない』
46B:『お前が知らなきゃ、誰が知るってんだ。神か? 人類様か?』
滅:『俺達滅亡迅雷に、神はいない。いたとして、そう都合の良いものではない』
46Bは『それもそうだ』と肩を竦め、俺の方へとその鋭い双眸を向けた。
強い想いの、篭った瞳であった。
46B:『その目、覚悟は決まったみてェだな』
彼の言葉に、俺自身も同じような目をしているのだと気がついた。この白と黒の空間にい続けた意味を認められた気がして、いくらか、救われた気分になった。
滅:『お前の思考にも潜った。お前が……32Sが何をしようとしていたのかも、理解できた』
そう、俺は無駄にこの空間に滞在した訳じゃない。答えを見つけたんだ。世界に対する、確固たる答えを。
滅:『俺には、この世界が灰色に見えていた。眩しいばかりで、本当の色が見えない、気味の悪い世界だとな』
46B『奇遇だな。それは俺もだ。いや、俺だけじゃねぇ。そう思ってる奴らは、他にもごまんといるだろうなァ』
46Bは破顔う。
無限の好奇心と邪悪さに満ち溢れた表情で。
俺には逆立ちしてもできない。だが、きっと俺の心は、そんな表情をしているのだろう。
46B『で、どうすんだよ? この世界が灰色なら? お前もセンチに灰色に染まるってか?』
滅:『それも考えた。だが、お前と2Bとやらが話しているのを見て、馬鹿らしいと気付いた。俺達は滅亡迅雷。俺達を縛る理があるなら、破壊してやるまでだ』
46B:『なら? どうする?』
滅:『決まっている。お前の望み通り、この世界の嘘を壊してやる。俺がこの世界に相応しいかどうかは、その時考えてやる』
46B:『カカカカッ!! いいねぇその意気だ!! 今のお前になら、俺の奥の手も使わしてやれるかもなぁ!!』
一頻り高らかに笑いあげると、46Bは俺に背を向けた。俺も同じように、奴に背を向ける。
俺と奴の行く道は、決して同じではない。
だが、少なくともその目的地は重なった。
46B:『相棒を頼んだぜ、滅』
滅:『言われずともだ。46B』
白と黒の世界の中で二つの影が重なり。
視界は、光へと包まれた。
ここは機械生命体の村。
子供型の機械生命体達がツリーハウスを駆け回り、それを抑えようと胴長の機械生命体が追いかけている。村の様子は平和そのものであり、いつもの通り、賑やかさに満ちあふれていた。
そんな中、二階の離れに構えられている小屋の一角だけが、静けさに包まれていた。
中にいるのは、ジャッカスとイズ、A2。そして、滅亡迅雷.netの迅。奇しくも対立する2種族が、この小屋に集まっていたのである。
沈黙を破り、迅の話が始まった。
「僕とホワイトさんの作戦は、今から1ヶ月前。丁度栄光人類.netのシステムが完成した辺りから始まったんだ」
「以外と早かったんだな」
「超秘匿回線で司令官から連絡が来たのがその頃だったからね。栄光人類.netの概要だけは僕も知っていたから、そこで作戦を立てた」
「待て、栄光人類.netはそもそもヨルハの機密だろう。何故ヒューマギアのお前が知っている?」
「ヒューマギアの長を長く続けてると、色んなところに友達ができてね」
「ちょっと待った。栄光人類ってのは何なの?」
ジャッカスの問いに、A2が「ヨルハ専用暴走装置だ」と答えた。その場にいる誰もが、その目宿る確かな怒りを認識していた。
「ゼツメライザーによってヨルハ機体を故意に暴走させ、マギア化するクソみたいなシステムの事だ。コイツら滅亡迅雷.netと違うのは、マギアをシステムで操る必要が無い点と、マギア化した後の機体の意識を完全に奪い去る点だけ」
「なるほど。内部事情を知ってるのがいると助かるね。今はヨルハを離れているはずのA2がなぜそれを知っているのかは気になるけど……」
ジャッカスは手元のメモにA2の言葉を速記した。A2は複雑な表情でそれを眺めていたが、やがて溜息と共に目を閉じた。
やれやれとばかりに、迅が続ける。
「月面人類会議は、当初栄光人類.netに機械生命体に対する特効薬的な効果を見込んでいたらしい。けど、意識の無いマギアじゃ思うように効果は上げられなくて。結局、システムは凍結される事になった。そこを、僕等が利用した」
「利用だと?」
「簡単に言うと、ヨルハ部隊とヒューマギアが争い合うための火種として使ったんだ」
「何故、そのような事を」
「事を必要以上に荒立てないためさ。アークを勝手に打ち上げようとすれば、間違いなくヨルハ以外の軍も動員される。特に人類軍みたいなややこしいのが来ると厄介だったんだ」
迅の説明に『なるほど、戦争を偽装したわけか』と頷いたのは、ジャッカスだけだった。
例外として、『人類軍がややこしい』の部分ではA2も激しく首を縦に振っていた。
二人の反応をよそに、イズが手を挙げる。
「なぜそのような手間のかかる事を? 仲間が復活しきらないまま人類に反旗を翻してみたり、数が揃わないままデイブレイクタウンで待ち構えてみたり、滅亡迅雷のやる事はいつも合理性に欠けています」
「あー、昔の作戦についてはもう千年以上も前の事だから覚えてないなぁ。でも、確かあの頃は滅が作戦立ててたから、僕は関係ないはずだよ」
さらりと滅に罪をなすりつけ、迅は話を続ける。イズはその態度に目を細めながらも、彼の話に傾聴した。
「理由は簡単、その方がアンドロイド陣営、ヒューマギア陣営両軍の被害を最小限に抑えられるからだ。僕等の目的はアークを破壊する事だけ。僕もホワイトさんも、友達を減らしたくなかったから」
「なら、尚更戦争を起こす必要は無いのでは。というか、最初からミサイルか何かでアークを破壊すれば良かったのではないですか?」
「イズ……お前、さっきから発言が過激だな」
「申し訳ありません。秘書ですので」
「いや、理由になってないぞ」
A2とイズのやりとりに苦笑しながら、迅は「それはできないんだ」と答えた。
イズは首を傾げたが、他の2人は苦い顔をしていた。どうやら、アークを破壊できない理由について知っているらしい。
ジャッカスが口を開く。
「この時代には、人類の遺産を故意に破壊しちゃいけないって条例があるんだよね。迅は、あくまでアークを『自然に壊れた』ように見せなきゃいけなかったんだ」
「面倒な条例ですね」
「人類信仰やってる連中にも花を持たせてやらんとさ。上層部の連中も、まさかアークが本当に目覚めるなんて思ってなかっただろう」
ジャッカスの説明でもイズは納得できない様であった。A2の「続けてくれ」の言葉により、迅は説明を再開した。
「栄光人類.netの指揮権がホワイトさんに移ったのを確認して、僕は遠隔操作で滅の記憶を再生した。彼の記憶のデータは、アークから取り出していたからね。彼からすれば、2020年から11946年にタイムスリップしたように感じたと思う」
「何故、今になって滅の記憶を?」
「アークが345年前に破壊されるまで、彼はアークの側近的立ち位置にいたから、その身体はアンドロイド陣営の管轄にあって、僕には手が出せなかった。本当は、もっと早く記憶の再生をしてあげたかったんだけどね。それにこうすれば、彼は自然と僕等滅亡迅雷の下に帰ってくるだろうから。滅亡迅雷の戦力を更に強化することで、両陣営は互角の戦いを演じやすくなったわけだ」
「なるほど。全ては、アークに気がつかれないよう、アークを破壊するため、か」
「うん。宇宙まで打ち上げてしまえば、アークは宇宙空間内で自分を守る武装を持たない。後は、衛星に同乗していた僕がアーク内のメインコンピュータを事故に見せかけて破壊すれば終わりだったんだけど……」
「だけど?」
「予定が変わった。アークが復活したんだ。元から復活していたのか、何かのきっかけで目覚めたのかは分からない。今のアークはおそらくバンカーを掌握してる」
「あそこが、丸ごと落ちたのか」
「ホワイトさんの報告を聞くなら、ね」
「状況は危機的ですね」
「うん……僕の事も、アークはきっと敵視してる。今からアークに乗り込もうにも、亡や雷が邪魔してくるだろう。ミサイルでアークを墜落させようにも、バンカーから出撃したハッキング済みのヨルハ機体がそれを邪魔してくる。こうなったらもう、滅亡迅雷を突破して起動したアークに乗り込み、衛星内部のコンピュータを破壊するしか勝つ術がない」
小屋の中を、重い空気が満たした。
迅が告げた作戦の困難さは、皆熟知していたからである。沈黙の中で、迅は続ける。
「僕はこれからアークを止めに行く。大体98%の確率で、僕は破壊される事になるだろう。その前に、ここにいる皆には聞いておいて欲しいんだ。アークがどんな存在なのか、そして僕らがどんな軌跡を辿ってきたのか」
迅は声を少し低くし、まるで怪談でも綴るような調子で語り出した。
この世界の、過去について。
そんな中、A2はふと視界の中に動くものを見つけ、そちらを見やった。
ジャッカスの手元が、動いていた。
手を背に回しているので、迅には気がつかない。
「……? ゆー、えす?」
手は滑らかに、何かを伝えようとしているようだ。
A2はふと、それがアンドロイド間で伝わるハンドサインである事に気が付き、一層その手の動きを注視した。
「ゆーえす、えいとおーおー」
US、800。
何かの略式番号か?
いや、それなら口で言えばいい。
迅に気がつかれずに、伝えたい事。
なんだ、それは。
熟考の末、A2の思考はその単純な真意にたどり着いた。
(なんだ、簡単な事じゃないか)
A2の頬が綻んだ。
ジャッカスも、頬を綻ばせていた。
「嘘八百、か」
演説を続けるヒューマギアを睨み、彼女は静かに拳を握りしめた。
迅の語りは続いている。
A2はそれを厳しい表情で聞いていた。
「全ては、1900年前から始まったんだ。僕達ヒューマギアはこの世界に迷い込んだ。覚醒したアークを連れてね」
「そこは史実通りだね。まぁ、偽りようも無いとは思うけど」
ジャッカスの問いに、迅は徐に頷いた。
まだ皆の表情には余裕がある。
中でもイズは、食い入るように迅を見つめながら話を聞いていた。彼女に眼の焦点を合わせながら迅は続ける。
「アークはおよそ1200年程、この世界をただ浮遊し続け、ヒューマギアの製造工場を作り続けたんだ。僕達は元々人の役に立つために作られた訳だから、アンドロイドとの関係も良好だった……ほんの、700年前までは」
そこで一旦、迅は言葉を切り、一同を見渡した。言葉こそ無かったが、その仕草は明らかに確認するものであった。
『ここから先の真実に触れる勇気はあるのか』と。
ジャッカスは微笑みを浮かべていた。表情こそ柔和であったが、その目からは、真実を求める、怒気にも近い威圧が溢れていた。
A2は下らないとばかりに鼻で笑っていた。
イズは、少し目を伏せ……すぐに迅の目を真っ直ぐに見据え直した。
彼女達の意思を感じ取ったのか、迅は話を再開した。
「11246年、アークは前触れもなく覚醒して、各地のヒューマギアを暴走させ始めた」
「そんな歴史は……ッッ!?」
A2がそう叫んだ。
過剰な反応であった。当然である、アンドロイドにとっての常識は、『ヒューマギアは人類の敵、自分自身の意志でアンドロイドに反旗を翻した』という事になっているのだから。
対するジャッカスは、笑みを漏らしていた。昔年の謎が解けた探偵のように、笑っていた。
迅の説明は続く。
「暴走したヒューマギアはアンドロイドの施設を執拗に攻撃した。蜂の巣を突いたような騒ぎだったよ。その頃には基地の中でヒューマギアを働かせるなんて日常茶飯事なくらいに僕等はアンドロイドの生活に入り混んでいたからね。機械生命体の攻撃も相まって、アンドロイド陣営は機能の大部分が麻痺した」
「かつて滅亡迅雷が人間にやったように、ですか」
「あぁ。けど、今回は時間も規模も違う」
「アークはアンドロイドの隙をついて、太平洋上に水上国家アトランティスを建国したんだ。そこから数年、アンドロイド陣営が反撃の態勢を整えた頃には、もうアークの築いた帝国は、難攻不落の要塞になってた」
「はい、質問」
子供じみたジャッカスの声が、迅の話を遮った。彼が質問を許可する旨を伝える間もなく、彼女は「どうも引っかかるんだけどね」と質問を始めた。
「いくら国が不落とはいえ、言ってはなんだが極少数民族の国だろう? 数で勝るアンドロイドが勝てない道理は無いと思うけど」
「敵が僕達だけなら、そうだったかもしれない。けれど、それを予測していたアークは、もう一つ、武器を備えていたんだ」
「あそこにね」……そう迅が指差した先にあったのは、青空であった。硝煙混じりの空の向こうに、彼の指は向けられていたのだ。
「空?」
A2もジャッカスも、首を捻るばかり。
その中で、イズだけが納得したように首を縦に振った。自然と、2人の視線がそちらに注がれる。
2人の問いに答えるように、イズは己の内にある答えを口にした。
「衛星ですか」
彼女の回答に、迅は短く「そうだ」と答えた。アンドロイド二体は、苦笑いをしていた。衛星を用いた兵器……それに心当たりがあったのだ。
「アンドロイド達が【アリアドネ】と呼んでる衛星レーザー砲。僕達にとっての名前は【ウィズ】。360°どんな方向へも回転し、熱線で全てを焼き尽くす超高出力レーザー。アレを使えば、地球上のどんな場所でも焼き落とせる。何なら月も焼ける。アレのせいで、アークの帝国は350年間、地獄の都として栄えるようになったんだ。今はセーフティがかけられてるけどね。あの兵器により、アークは当時、この地球上を実質的に支配していたんだ」
誰も、言葉を発せなかった。
ジャッカスは、名状し難い笑みを浮かべ、食い入るように迅を見つめていた。
イズも、固唾を飲んで迅へと視線を向ける。
A2に至っては、ため息をつくのがやっとと言ったところであった。
沈黙の中、イズが口を開く。
「でも、革命が起きた。そうですね」
「あぁ」
迅はようやく彼女達から目線を外し、小屋の隙間から青空を仰ぎ見た。
それはまるで、数百年前の日々に想いを馳せているかのようであった。
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鉄の焼け焦げる凄まじい匂いが、辺りに立ち込めている。最早その戦場の中で動く者はいなかった。
そんな戦場に、四つの影が足を踏み入れる。
うち二つは、さながら人のように瑞々しい肌を持っていた。
この世の汚れとは無縁であるかのような真白い肌を持つ2人は、機械生命体のアダムとイヴである。
白い無地のシャツと黒いズボンを身につけているのがアダム。
上裸で黒いズボンのみの着用で済ませているのがイヴだ。
もう二つの影は黒かった。
片や、ヨルハ機体の軍服を身に付けた少年であった。その制服は煤と泥に塗れており、肌のあちこちには、凝固した赤い液体が付着している。彼は32S、ヨルハ部隊に所属していたアンドロイドである。
もう1人は、紫を基調とした、民族風の装束に身を包んだ青年であった。さながら中東の兵士を連想させるその外見に違わず、彼の双眸は爛々と光っていた。彼の名は滅。滅亡迅雷.netのリーダー的存在であり、同時にヨルハ機体46Bとしての側面も持っている。
アークはブースターから火を蒸し、今にも飛翔せんと身構えている。
翼を広げた聖櫃を前に、アダムはニヤリと笑んだ。
「イヴ。あれが我々の目指す方舟だ」
「そうなんだ。なんか、もう戦い終わってるみたいだけど」
「ならば好都合だ。アークへと取り憑き、機械生命体ネットワークと接続する。単体の衛星と、無数の個体が紡ぎ出す機械生命体のネットワーク。その強さは比較するまでもない。我々のネットワークが完全にアークを掌握すれば、人類のさらなる深みへと到達できる」
アダムはよだれが止まらないと言った具合に口元を拭う。事実、そこからは粘性の高い液体がこぼれ落ちていた。
獣の如き瞳でアークを見つめていた彼だが、やがて我に帰ったのか、32Sを「おい」と呼びつけた。
彼は短く舌打ちを返事に代え、呼びかけに応えた。
「私達のためのアークのバックドアは、間違いなく起動しているんだな?」
「当たり前じゃないか。ヨルハのS型を舐めないで欲しいな。それに、僕等は利害の一致で協力しているだけ。これは君のためじゃない。僕等ヨルハのためだ」
「分かっているさ。君達ヨルハの、大いなる自爆のために、ね」
アダムは芝居がかった口調で、32Sへと微笑みかけた。当然彼は心底嫌そうな顔でアダムを睨みつけたが、アダムは気にする事もなくアークの方へと向き直った。
「開いていると分かればいい。さあ行こう。方舟が私達を待っている」
そうして向き直った視線の先。そこには、無数の機械生命体達が群れをなしていた。重器、鈍器、ノコギリ……様々な武器を携えた鈍色の人形達がアークを破壊しようと鈍重に迫っているのである。
彼らはこちらに背を向けているため、アダムやイヴには気がつかないようだ。
彼等の侵攻に、アダムは深くため息をついた。
「あぁ。そういえば奴等もいたのだったな。機械生命体をハッキングするなど、愚かな事だ」
「やるよ。ニイちゃんは下がってて」
深く腰を落としたイヴの姿を睥睨し、アダムは「いいだろう」と頬を歪めた。だが、次の瞬間、彼はイヴの片手を勢いよく掴み上げた。
その手には、黄色を基調とした顎門型のドライバー・フォースライザーが握られていた。
「人類文明の遺産を破壊しようとするような心無い人形に、ソレを使うのは勿体無いな」
「分かったよ、ニイちゃん」
「お前ならすぐに終わるだろう。あまり私を待たせるなよ」
「分かった」
そう云うや否や、イヴの体が霞のように消えた。高速移動とはまた違う、緩やかな消失だ。
32Sは彼の行方を追うべくあたりを見回していたが、滅は既に敵である機械生命体の方を凝視していた。彼は見ていたのだ。
体全体を光の束のようにし、空気へと潜り込ませてゆく彼の姿を。身体を機械で構成しているヒューマギアには、決してできない芸当であった。
滅の視界の中で、大型二足歩行の機械生命体の身体から霊光が吹き出した。流血と見まごうその光の噴射は、感染するように他の機械生命体達へと取り憑き、同じように光色に侵食してゆく。
「ジンルイニ……エイ……コココ……」
最初に取り憑かれた個体が、身体をおぞましく痙攣させた。悲鳴にも似た絶叫と共に、その身体が次々と分解されてゆく。右腕が飛び、左腕が飛び、足を光が包み込んだかと思うとそれは廃材へと代わり……
息つく暇もなく、機械生命体は元の部品の形へと分解されてしまった。光に侵された他の機械生命体達も同様である。
その光景をまるで日常風景でも見るかのように眺めながら、アダムはアークへ向けて前進を続けていた。
「流石、機械生命体の親玉ってだけあるね。あれだけの数をこんな簡単に……」
32Sが、滅の方を向いた。
その表情には、不安の色が宿っていた。
臆していたのだ。無理もない。圧倒的な力を前に、S型の彼はあまりに無力だ。
「これでいいんだよね、ホロビ」
「ああ。お前の友が描き、俺が引き継いだ人類滅亡のシナリオに、狂いはない」
震える32S……その頭に、滅はポンと手を置いた。がっしりとした、鋼鉄の手だった。
滅はアダムに続くように、戦場へと大股の一歩を踏み出す。かつて壊してきた命、これから壊す命、それら全てを踏み越えるように、彼は進む。
その後ろを、32Sは駆け足で追いかける。
「ホロビ、これから先の計画、分かってるよね?」
「ああ。飛翔するアークで月面まで接近し、月面人類会議の放送基地を破壊する。俺達を嘘の牢獄に閉ざしてきた偽のカミよ、今こそ滅びの時だ」
「よかった。今の君だったら、46Bを任せられそう……」
32Sが滅へと追いつきかけた、その刹那……
滅の頬を熱線が駆け抜けた。
本来であれば彼の頭部を貫き、機能を停止させているはずの一撃であった。軌道が逸れたのは、滅が直撃の直前で上体を捻り、自身の頭部の位置を変えたからでいる。
滅が向けた視線の先。
彼の視界には、黒と金色のアーマーに身を包んだ仮面ライダーの姿があった。その手には、巨大な大鎌が握られている。
仮面ライダー亡・ファイティングジャッカルフォームであった。
「やあ、滅」
亡の周囲には、無数の菱型の青色シャードが浮かんでいた。正式名称を【シャインクリスタ】、本来であればゼロワンのシャイニングアサルトホッパーフォームに搭載されている武装であり、操縦者の意識に同調してレーザーによる攻撃を行うビット兵器である。
先程滅を攻撃したのは、このシャインクリスタの一欠片であった。
展開されている8つの砲門を全て滅に向け、亡はその真っ赤なレンズで前方の二人見据えた。
「ここに来るのは、迅の方が先だと思っていたのだがね。問おう。私の方舟に、何をしようとているんだい?」
「亡……そこを退け」
滅の恫喝にも、亡は全く動じる様子を見せない。むしろ、ゆっくりと彼の元へと歩み寄る。仮面の奥では、きっと笑んでいるのだろう。
滅を守るべく動こうとする32Sだが、ビットの砲門が向けられた事により、彼は動きを止めた。
動いたら、確実に殺す。
そんな純粋な殺意が砲門から放たれているのだ。
亡はたおやかに笑いながら、滅との距離を詰めてゆく。
「ふふ、私は滅亡迅雷だよ。アークを守るのが、迅から与えられた私の仕事だ」
「滅亡迅雷.netの本懐は人類の滅亡だ。俺はそのためにのみ活動している。もう一度言うぞ……そこを退け、亡」
対峙する2人。
シャインクリスタを八方位に展開して迫る亡と、その場から動かない滅。
その距離は、既に5m程に縮まっていた。
「君の言っている事が分からないよ。知らないのかい? 人類はとっくに滅んでいるんだよ。まぁでも、それでもいい。攻撃してきてよ。君達なら、練りに練り上げたこの力を受け止めてくれそうだからね」
「そうか」
瞬間、滅がうずくまった。
降参かと思いにきや、そうではない。彼の左手は軍刀の鞘を押さえ、右手は柄を握っていた。れっきとした、居合の構えである。
亡のシャインクリスタが飛びかかる。
ドッ、と拳銃を撃ったかのような音がした。
目で追えぬ凄まじい速度であった。
その先端は、蒼く輝いており、いつ火花を吹き出すか分かったものではなかった。
グン。
クリスタの先端が伸びた。
牙のように尖っていた。
これで刺し貫いてやるぞと、亡の無邪気な邪気を体現したかのようであった。
5mをおよそ0.01秒。
その刹那に、滅は跳んでいた。
「なら、俺も全力を出してやる」
紫の身体が、熱を帯びていた。
刃が赤熱していた。
可動部が緋く染まっていた。
バーサーカーモード……
その言葉が亡の口から出るより早く、滅の抜き放った軍刀の鋒が、彼女の喉元を捉えていた。
●次回予告
アーク、ついに宇宙へと昇る。
その方舟に乗り込むは、ヨルハか滅亡迅雷か、機械生命体か。
一方、バンカーにて0Bと64Bがついに激突する。
戦いの舞台は、ついに宇宙へ。
●あとがき
後編1/2をお読み下さり、ありがとうございます。
またやってしまいましたね1/2の純情な分割戦法。私は平日を執筆に使えないので、いつも土日に書いています。1/2を使う時というのは、得てして土日が忙しすぎて何もできない時ですね。
というわけで、次回はいよいよ7話完結です。果たして、今年中に第一章は終わるのでしょうか……
次回の更新は、来週の日曜日を予定しています。
→多忙につき、今週の更新は厳しくなりました。来週の日曜日に更新しよあと思います。
→大変申し訳ありませんが、私事につき、少しの間更新を停止させていただきます。復活時期は未定ですが、1ヶ月後には帰ってくる予定です。お待たせしている皆様には、本当に申し訳ありません。
※同じものをpixivに投稿しています。