NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

アーク飛翔が秒読みになる中、アークを巡る攻防は続いていた。
無数のマギアを前に奮戦する雷。前線でマギアを破壊する亡。
一方、アダムとイヴに協力する滅と32Sは、亡と交戦する。


『聖戦(後編2/2)』

 昼の国東部に広がる森林地帯。

 硝煙の立ち込める森の中に、雄叫びが轟く。

 雄叫びの主は、赤いアーマーを身に纏った鋼鉄の戦士・滅亡迅雷.netの雷だ。

 仮面は既に左半分が破壊されており、全身には夥しい数の傷が刻まれている。

 両腕の帯電鋼から漏れる、青白い火花。足元には彼が倒したと思わしき機械生命体の破片が山のように積み上がっていた。

 

「っしゃあ!! もう動くなよ操り人形共ッ!!」

 

 右腕を高く掲げ、雷は勝ち名乗りを上げる。

 応える者はこの戦場にいない。

 だが、それでいい。

 それが孤高の戦士たる彼にとって、最大級の賞賛なのだ。

 己が拠点たるアークの方を仰ぎ見る。赤眼を煌々と燃やす聖櫃の姿に、彼は防衛対象の無事を確認し、豪快に哄笑した。

 

「ハァ────ーッッッッハハァーッッ!! 栄光マギア共も亡が片付けたか。滅も迅の奴も、どこで油売ってんだか知らねぇが、これで俺達ヒューマギアは」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ!!! 

 

「ッッ!?」

 

 突如、大地を揺るがさんばかりの大地震に、雷の独り言は中断された。

 機械生命体の屍山は無惨にも崩れ、雷の身体は森林地帯の地面に放り出される。

 

「痛っ!? な、なんだ!?」

 

 視界の中で、聖櫃が火を吹いている。

 故障か……否、そうではない。

 火は聖櫃のブースターから吹き出していた。

 

「ついにアークが飛び立つってわけか。何百年振りの宇宙だ? 心が躍るなぁ!!」

 

 くたびれた体を引きずり、雷はアークの元へと一歩を踏み出す。

 

 アークが宇宙へと飛び立ち、衛星軌道上へと乗れば、全世界に点在するヒューマギア生産の拠点を再起動する事ができる。

 悲願たるヒューマギア王国の再生についに手が届くのだ。

 背筋を襲う寒気にも似た感覚、そしてそれを燃やし尽くても足りない程の情動。全身でそれを抑え込み、雷は聖櫃へと進む。

 ふと、別方向より影が接近してきた。

 瑞々しい肉体を持つ上裸の男である。鉄と錆に満ちたこの世界に、肌色は異質だ。

 

「あ? アイツは確か……誰だったか」

 

 ヒューマギアではない、明らかなイレギュラー。アークに異分子を近づけさせないのが、この戦争において雷の担う使命である。

 ならば……ここであの男を。

 

「あー、ダメだダメだ!! 今大事なのは、アークを守る事だろうが!!」

 

 雷は自身の思考をシャットアウトする。

 現在最優先すべきは、アークの飛翔。アークを軌道に乗せ、守護する事こそが宇宙野郎雷電たる彼の使命なのだ。

 

「アークが飛び立つんなら、俺も急がねぇと!! ついに、宇宙行くぅぅぅっ!!」

 

 雷は雄叫びと共にアークへと駆ける。

 そう、細かい事を考える必要はない。

 それが、彼に課せられた使命なのだから。

 

 


 

 聖櫃から数百m離れた、森林地帯東部の一角。土埃舞う土砂の上にて、滅と亡の死闘は続いていた。

 

 バーサーカーモードを起動し、高速機動で撹乱する滅。赤熱するアーマーが生み出す陽炎だけが、滅の現在地を把握する唯一の術だ。

 対する亡は、紫色の爪弾・シャインクリスタを展開し、自身の周りに対遊させている。触れれば鉄の鎧を引き裂き、爪先から放たれるビームは岩盤をも穿つ。まさに究極の攻撃能力である。

 

 高速でステップを踏み移動し続ける滅を、20機のシャインクリスタがつけ狙う。

 加速のためか、疲労か、滅の足が止まった。

 コンマ数秒後、足元へ青焼レーザーが着弾。

 だが、そこに紫の痩軀は既に無い。

 その一瞬、亡のアイサイトが唯一捉え得たのは、己の喉を穿たんと迫る黒鉄の左腕。だが、彼女にとってはそれで十分であった。

 喉元へと突きつけられる刃を、あらかじめ待機させておいたシャインクリスタの熱線が、焼く。鉄の焦げる嫌な匂いと共に、彼女の足元の地面がジュッと焼けた。

 滅の機動力も大したものである。

 滅は既に、シャインクリスタの制圧範囲外へと移動していた。だが、黒鉄の手甲・アシッドアナライズを巻き付けたその左腕からは、一筋の煙が線のように伸びていた。

 

 これらの攻防が、2秒にも満たない時間の間に行われているのだ。

 

 高速機動vs空間制圧。

 

 先に一撃を決めた方が勝利する究極の戦いを、32Sは少し離れた地点から伺っていた。

 

「これが、仮面ライダー同士の戦い……こんなの、間に入れるわけない」

 

 彼の呟きは、すぐさま轟音にかき消される。

 滅の手甲に弾かれたクリスタの熱線が、頰を掠めたのである。

 32Sはさらに数m後退した。

 10m以上離れた距離を更に離したのだ。

 そう、彼は飛び込んでゆかないのではない、飛び込んで行けないのだ。亡の展開する、絶対の領域に。

 

 数十秒前、実は付近にはまだ栄光マギアの姿があった。両者の戦いに吸い寄せられ、乱入してくるマギアがまだいたのだ。

 だが、それらもシャインクリスタの一撃の前に沈んだ。ある者は頭部を貫かれ、ある者はゼツメライザーを破壊され。コンマ数秒にも満たない一瞬で消し炭にされた。

 それらは滅の移動ルートを阻害する障害物として、今なお亡の絶対領域内に残っている。

 

 それ程に、この戦いは32Sを始めとするアンドロイドのレベルを超えていた。

 

 逃げ回る滅を嘲笑うように、亡は語る。

 

「アークが飛翔の秒読みに入ったよ。できれば私も宇宙に向かいたくてね。ここで降参してくれないかな」

「貴様が俺をアークに乗せるのなら、それも考えてやる。だが、邪魔をするのなら叩き斬るだけだ」

 

 滅の回答に、亡は困ったように肩を竦める。

 この間も、高速機動とクリスタによる死の応酬は続く。弾ききれなかった熱線は滅のアーマーを焼き、着実にその機動力を削ぐ。

 それでも、滅の言葉から余裕は消えない。

 

「もう一度言う、俺の邪魔をするな」

「君が機械生命体と手なんか組んでなければ、喜んで乗せてあげるんだけどね」

「利害の一致で行動しているだけだ。奴らの目的はアークの内にある人類文明のデータのみ。そんなもの、人類滅亡の悲願と比べれば軽いものだ」

「私達の被害が、本当にそれだけで済むとでも?」

「奴等にアークのセキュリティは崩せん。その程度、お前にも理解できるはずだ」

 

 絶対領域を抜け、滅の右拳が、亡の頰を捉えた。偶然か、無数の試行が生んだ必然か。

 

 32Sが声を漏らすも束の間、紫鉄のラッシュが亡の全身を撃つ。

 

 右拳、左拳、左肘鉄打ち下ろし、右膝打ち上げ。それら全てを、亡は紙一重で受け流す。

 ファイティングジャッカルプログライズキーの能力と、亡の素体の優秀さが可能にした反射神経の強化である。

 だが、滅の高速ラッシュはそれすらも凌駕する。締めに放つは黒手甲を展開した左拳による喉への突撃。

 コースはストレート、確実に命中する。

 だが、その一撃すら亡は読んでいた。クリスタが盾となり、彼の拳を防いだのだ。

 

「ホロビ危ない!!」

 

 間を置かず、無数のクリスタが滅の全身へと突きつけられる。クリスタの先端が光ると共に、陽炎と共に滅は姿を消した。

 

「やるね。いけると思ったんだけど。けど、理解しているかい? 君のバーサーカーモードには、時間制限があるって事」

「お前こそ、本当に理解しているのか? お前自身に起きている変化を」

 

 10m離れた位置に姿を表した滅。

 亡は笑い、さらにクリスタを差し向ける。

 だが、既に亡の視界にその姿は無い。

 視線の先には、既に鞭状に展開されたアシッドアナライズの先端があるのみ。首を回し、体を捻り、滅の行方を追う。

 

「私が変わった? そうだね、私は変わった。この身体を手に入れて、この力を手に入れて、私はもう君達に遅れをとる事はない」

「そうか。気がついてはいないのか」

「何に……ん?」

 

 亡の視線が、僅かに泳いだ。

 滅にとっては、二度あるか分からない好機。

 

「ホロビ!!」

 

 だが、滅もまた動かない。

 彼の不動を視認した瞬間、32Sは駆けていた。これが援護に駆けつけられる、おそらく最後のチャンス。逃してたまるかと32Sが駆け出す。

 僅かに大地が振動している。

 振動が、震える足の邪魔をする。

 

(けど、それがどうした!! ホロビを助けるんだ。僕が、ホロビを!!)

 

 だが、32Sの努力もも虚しく、亡の意識は再び滅へと向けられた。

 滅も、亡を見返す。

 

「そろそろ終わりにしたいんだ。彼女達が私を待っているからね」

「彼女達、だと?」

「バンカー制圧組だよ。新たなアークの依代。いや、端末と言った方が正しいだろうか」

「バンカーにも、アークが?」

「おしゃべりが過ぎたね。全ては、アークの意思のままに、だよ」

 

 亡が、開手にて構えた。

 この戦いにおいて、初めての構えである。

 周囲を回遊していたクリスタの爪先が、一斉に滅へと向けられる。

 滅もまた、上体を低く構える。突撃のみに意識を絞った構え。前傾姿勢だ。

 近代兵器で例えるなら、ドリルか、はたまたミサイルか。

 

 仮面ライダーに変身した滅は、10tを超える剛力を持つ。そこにバーサーカーモードによる速度を合わせた一撃は、尋常の機械生命体であれば容易に破壊しうる。

 彼は恐らくはこの世界で、最も強力な兵器の一つには数えられるだろう。

 その彼が、撹乱戦術に頼らねばならない理由は一つ。相手が格上だからだ。20を超えるクリスタを操る亡の絶対領域は、力押しで破るにはあまりに強大すぎる。

 

 格下を持つ最強という矛盾。

 究極の矛と、絶対の盾。

 最強の眼前で、格上が掌を裏返した。

 

「アークが誇るシャインシステムの真の力、とくと見るといい!!」

 

 クリスタの蒼雨が、宙を舞い、弧を描くように滅の周囲を滞遊する。

 32Sの目に映ったその光景は、戦闘と呼ぶにはあまりに美しすぎた。まるで空を舞う魚の群れ。牙を持った、小魚の。

 

「行けッッ!!」

 

 亡の号令に従い、クリスタの群れは一斉に滅へと泳ぎ出す。矢の如く一直線に列を成し、獲物の身体を貫かんと次々と迫る。

 滅は拳で、脚で、それらを破壊する。

 一撃一撃が、クリスタを破壊してゆく。

 砕く、砕く。

 それでも消えないクリスタの群。

 砕く、砕く、砕く、砕く。

 砕き、前へと進む。

 己の拳が亡の活動を止める、その線へと。

 

「守れッッ!!」

 

 亡の号令に応え、一直線に並んだクリスタが、まるでゲートでも作るように、円形に展開された。

 滅を死へと迎え入れる、サークルゲート。

 だが、滅は止まらない。

 ゲートへと吸い込まれた拳が、クリスタのエネルギーにより加熱される。

 熱暴走だ。

 熱を纏った左拳が亡へと伸びる。

 ゲートを通り、熱線に焼かれ、それでも……

 

「ホロビッッ!!」

 

 32Sの絶叫が、森林地帯にこだました。

 

「が……っ!?」

 

 息が漏れる音が、した。

 

 ガチャリ!! ガチャッ……

 

 鎧を纏った何者かの、姿勢が崩れる音がした。

 

「ばか、な……」

 

 息を漏らしたのは、亡。

 その背には、クリスタが刺さっていた。

 深々と、心の臓を抉るように。

 

「おかしいな……私が、制御を……誤る…………なん、て……」

 

 クリスタを手掌で弄ぶのは、32S。

 その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 そう、クリスタの一つをハッキングした32Sが、亡の背後から奇襲をかけたのである。彼女の意識が滅に集中しているからこそできた戦術であった。

 

 ダメージの限界許容量を超えた亡の変身が解除される。丸みを帯びた、しなやかな裸体が露わになった。

 真っ赤に染まった胸元。

 クリスタの消滅に伴い、背中の傷口から深紅の液体が噴水の如く吹き出す。

 息も荒く、細い四肢を持つ身体が地面に崩れ落ちた。息を満足に吸えないのか、彼女の口はぱくぱくと魚のように動いている。

 

「クリスタの一つをハッキングした。君の制御に隙ができてたからね」

「そう……か」

 

 全てを理解したように、亡は目を閉じた。

 穴から、液体が流れ出てゆく。

 艶やかな唇から、赤が消えてゆく。

 大地が、赤に染まってゆく。

 

「この身体の寿命も、もう……尽きる……続きは、アークの中で、すると……しよう……」

 

 胸の鼓動が、消える。

 消えゆく意識の中で、喉が言葉を紡ぐ。

 

「あれ……なんで、滅…………私に…………私……は………………君を、助けようと…………遊園……施設、で……」

 

 そこまで言葉を紡ぎ、亡は活動を停止した。

 動かなくなったその肉の箱を前に、32Sは口を堅く結ぶ。滅もまた、美しきその箱を見下ろしていた。

 

「ホロビ……もしかして、亡は……」

「行くぞサニーズ」

「でも……」

「それはもう、亡じゃない」

 

 滅は箱に背を向け、聖櫃へと歩き出す。

 おぼつかない足取りで、32Sもそれに続く。

 

「アークに乗り込み、人類滅亡を執り行う。俺達ヨルハにかけられた呪縛を、解き放つ時が来た」

 

 聖櫃は、鉄の両翼から突風を生み出している。

 アダム、イヴ、雷、滅、亡、32S。

 機会生命体も、ヒューマギアも、アンドロイドも。全ての機械種族を乗せた聖櫃が、今、飛び立とうとしていた。

 広大な宇宙へと。

 


 

 ここは、白と黒の世界、バンカー。

 ロールアウトされた64Bの視界に映ったのは、壊滅した我が家の姿だった。

 上を見れば、あちこちの配線が悲鳴を上げている。下を見れば、仲間のヨルハ達だった鉄の塊が道を塞いでいる。

 

 その中で1人、佇む戦士の姿があった。

 黒衣に身を包んだ、仮面の少女。

 その顔を、64Bはよく知っていた。

 

「何やってんだ」

 

 少女の名は22B。

 かつて64Bや彼女の上司である8Bと共に任務に就いていた、ヨルハ部隊の隊員である。

 64Bの呼びかけに、22Bは振り返った。

 その瞳の冷たいこと。

 何の感情も映し出していない。

 

「まだ、いたんだ」

 

 言うや否や、22Bは側にあったヨルハ隊員の剣を引っ掴むと、64Bに斬りかかった。

 

「ッッ!?」

 

 不意打ちとはいえ、64Bもバトラータイプである。背から四〇式戦術刀を抜き放ち、反射的に攻撃を防御する。

 

 だが、違っていた。

 

 違っていたのは、馬力の予想。0Bの攻撃能力は64Bの予想の遥か上であった。

 壁に叩きつけられる64Bを追い、0Bは軽やかな体捌きで更なる斬撃を放つ。

 

「あなたも、偽物でしょ。私の友達の顔をすれば、騙せると思った?」

「何が偽物だ馬鹿野郎!! お前、自分が何やってるのか分かってねぇのか!?」

「分かってるよ。あはは!!」

 

 0Bは笑う。

 屈託ない笑顔で。

 狂気にも似たその笑顔に、64Bは口元をへの字に歪ませる。

 

「目を覚ませ22B!!」

「わかってるよ。私ね、64Bの敵を皆殺しにしなきゃ行けないの。だから、あなたを殺すんだ」

 

 滅茶苦茶な文言と共に、振り上げられる刀。

 代わりにガラ空きになった腹部。

 

(好機!!)

 

 64Bはヤイバを突き立てんと体を捻る。

 だが、直前、彼女はその刃を止めた。

 この義体は間違いなく22Bの物……例え、偽物だとしても、64Bにとってそれは、唯一無二の宝物だった。

 

「くそ……ッッ!! なら……!!」

 

 64Bは0Bの腹部を掌底で撃ち抜いた。

 アンドロイドに、人体的な急所の概念は無い。だが、体のバランスを保つ骨格の機関は、人類のそれと酷似している。

 

「お?」

 

 ぐらりと、0Bの身体が傾いた。

 機を逃さず64Bは0Bの身体を蹴り飛ばし、その勢いで、バンカーの奥へと駆け出した。

 

「逃げた? 逃げた偽者は初めて」

 

 0Bの口元が、醜く歪む。

 狂気と、歓喜。

 禁止されている、感情の色に。

 

「でも、すぐに追いつくよ? バンカーの構造は把握してる。ヨルハの脚力じゃ、私からは逃げられない」

 

 視界に映る64Bの痕跡から、0Bは後を追う。

 ランランと、ピクニックでもするように。

 足跡は、とある扉の奥へと続いていた。

 

「ここは、発射ラウンチ……」

 

 そこは、かつて0Bが司令官を落とした場所。

 あの時と変わらず、ラウンチからは灰色の地球が顔を覗かせている。

 ここから、落ちたのだろうか。

 発射口付近を確認しようと坂から体を乗り出した、0Bの背に怖気が走った。

 彼女は振り返る事ができない。

 白銀の刃が、突きつけられているからだ。

 

「驚いた。気がつかなかった」

「B型舐めんな。多少の隠密くらいならできんだよ」

 

 64Bの手が、0Bのうなじへとかかる。

 あと少し力を込めれば、彼女はバンカーの外へと投げ出されてしまうだろう。生身で投げ出されれば、いかにアークの技術と言えども破壊されるのは必至である。

 0Bは少々の抵抗を試みたが、やがて観念したように全身の力を抜いた。

 

「目を覚ませ、22B。今なら、アタシが代わりに謝ってやるから」

「落とすの?」

「……ッ!!」

 

 64Bは言葉を返せなかった。

 0Bは続ける。

 

「そうだよね。私も、司令官を落としたから。落とされても、文句は言えない」

「何で……何でこんな事になってんだよ!! 昨日まで、一緒に出撃して、任務こなして、笑って……」

「偽物さん。悪いのは、全部人類なの。私達ヨルハを縛ってきたのは、全部月にいる人類の偽物なんだ」

「なに……?」

 

 64Bの力が、僅かに緩んだ。

 0Bは静かに、腰元に手を伸ばす。

 黄金色の光を纏った、左手を。

 

 直後、拳が、64Bの鳩尾を打った。

 体勢を崩す彼女の胸元に、0Bは掌をかざす。掌からは黄金色の光が漏れていた。

 

 ハッキングだ。

 

 64Bの硬く結ばれたその口元が、だらしなく開かれてゆく。膨大な知識が、彼女の思考野へと流れ込んでゆく。

 

「そうか……お前は……」

 

 64Bの手から、刀が滑り落ちた。

 動かなくなった彼女の喉元へ、0Bはゆっくりと短刀を突きつける。

 だが、その刃を64Bは掴み取った。

 流れるように、彼女の腕が22Bを抱き留める。母が子を、姉が妹を抱くように。

 

「全部分かった。私も、付き合ってやる。最後まで、お前を見捨てねぇよ」

「……ぁ」

「私にも、お前の苦しみを背負わせてくれ」

「いいの?」

「いいに決まってんだろ。だって私は」

 

 22Bの腹から離れたベルトが、流体のようになり64Bの腰元へと巻きついてゆく。

 

「お前の、なか」

【アークライズ】

 

 64Bの腹元で、ベルトが完成した。白い装甲の中央に、エネルギー膜が赤く光る。

 彼女の口元が、苦悶に歪む。

 

「あ、ががっ!! ぐう……っ!!」

「大丈夫、大丈夫だからね!!」

 

 0Bは締め付けんばかりに、彼女を抱きしめる。ベルトから流れ出た白の流体が、64Bの身体を覆ってゆく。

 

【コンクルージョン・ワン。アーク・1B】

 

 64Bは、変身していた。

 黒のボディをベースに、白のアーマーと仮面を身につけた仮面ライダー・1Bである。

 

「全ては、アークの意思のままに」

 

 並び立ち、2人は見上げる。

 バンカーの窓の外にある、人類の総本山、月を。

 2人のアークが、誕生した瞬間であった。

 

 _____________________

 

 機械生命体の村、とあるツリーハウスの中。

 アークの発射に伴う振動は、遠く離れたこの地の大地をも揺らしていた。

 迅はそれを、ただ眺めている。

 

 その背後から、歩み寄る者があった。

 白銀のウィッグを肩まで垂らした、スレンダーな体型の女性型アンドロイド・A2である。

 背には、型崩れした四〇式戦術等が下がっている。その刃の痛み具合から、膨大な量の戦闘を経験している事が窺える。

 

「ここで、何をしている」

 

 彼女は低い声で、迅へと問いかける。

 

「そろそろアークが飛び立つ。大気圏まで飛ばれれば、私達には手が出せない。無論、お前にもだ。お前の目的は、達成できなくなるが」

 

 A2の手が、背に負った刀の柄へと伸びる。

 音も立てず、刀はするりと抜き放たれた。

 

「何故、お前がここにいる」

「何故って、アークを止めるために決まってるじゃないか。A2、君のようなアンドロイドが協力してくれるのを待っていたんだ」

 

 迅は笑顔でA2を見つめる。その笑顔からは、微塵も焦りの感じられない。

 彼女はさらに鋭く、迅を視線で刺す。

 

「白々しい演技はやめろ。お前の言葉には、焦りも何も感じられない」

「こう見えても焦ってるんだよ。ほら、早くしないとアークが」

「もう嘘はいい。真実で答えろ」

 

 A2は腰を低く、霞の構えに戦術刀を構えた。突きから連撃を繰り出すための構えである。

 両者の間に空いた距離は1m程。

 だが、戦闘特化型の彼女がその気になれば、1秒を待たずして迅を廃材に変える事も可能だろう。

 それでも、迅の笑顔は揺るがない。

 

「お前がアークの討伐を放棄してまでここにいた理由は何だ」

「それは……」

「私が嘘と断じれば、その瞬間に斬る」

 

 迅はため息と共に、掲げていた両腕をだらんと垂れ下げた。その表情からは、先程の余裕綽々とした笑みは消えていた。

 

「ここにいるのは、アークに突き落とされた司令官を助けるためだよ。彼女は僕にとって大切な存在だからね」

 

 A2は刀を持つ手を緩める事なく、質問を続ける。

 

「お前の目的は何だ」

「アークを滅ぼす事さ」

「お前がアークを滅ぼす理由は何だ」

「それが製造理由だから」

「どうやってアークを滅ぼす?」

「簡単さ。アークを機械生命体ネットワークに接続する。ネットワークでデータだけを抜き取り、人工知能部分は破壊すればいい。どれだけ優れた人工知能でも、彼等の知能の前には無力だ」

 

 淡々と、迅は言ってのけた。

 機械生命体との取引、アークの破壊。

 その言葉の抱える、凄まじい重みも感じさせぬ程に。

 A2は唇を震わせ、刀を構え直す。

 そして、声を震わせ、再度問う。

 

「お前が、本当についていたのは、ヒューマギアでも、ヨルハでもなかったのか」

 

 迅はくるりと身を翻し、A2を見た。

 その目は、真紅に染まっていた。

 ハッキングを受けた個体である証左だ。

 だが、その表情は、操られているにしては自然であり、意志の光に満ちていた。

 

「僕が仕えていたのは機械生命体さ。あの戦争でアークにとどめを刺せなかったあの日からね。僕はとうの昔に、アンドロイドもヒューマギアも見限っている」

「200を超える仲間を、裏切ってまでか」

「人聞きが悪いな。この戦争に関しては、ちゃんと全滅しない程度に調整したじゃないか。戦争を起こしたのも、ヒューマギアとアンドロイドに痛手を与えるためさ。それも、両陣営共に崩壊しない程度にね」

 

 迅はA2のウィッグへと手を伸ばす。

 A2は短い呼吸と共に、その手を切り落とさんと刀を振るう。関節を落とし、迅の右腕がだらんと垂れ下がる。

 だが、それにも構わず迅は左腕を伸ばす。

 

「彼等には淘汰圧が必要だ。もちろん、ヒューマギアにもね」

「……シッ!!」

 

 A2の斬撃が、迅の脇腹を切り裂く。

 青い血が流れ、体勢がぐらつく。

 それでも彼は止まらない。

 

「そのために、君達にはもう少し本気を出してもらわなければ困る。高速で進化してもらわなければ、彼等の餌たりえない」

「何を……ッッ!?」

 

 A2の剣撃を躱し、ついに迅の左手が彼女の頭を捕らえ得た。頭をワシワシと撫で回しながら、迅は。彼女の細い体を抱き止める。

 

「やめろ、ッッ!! はなせっ!!」

「僕はね、君達アンドロイドが好きなんだ。司令官の事も、人類軍の事も、ヨルハの事も。もちろん、裏切り者の仮面をかぶってる、君もね」

「ぁ……ッッ!?」

 

 迅の右腕が、A2の両腕を絡め取った。ヒューマギアとは思えない程の剛力。

 アタッカー型のA2でも、外しきれない。

 囁くように、迅は彼女の耳元へと唇を寄せる。唇は耳元から頬を伝い、彼女の灰の唇へと近づく。

 

「ヒューマギアにも、もう一層の進化が必要だ。そのために、司令官をそそのかして今回の戦争を始めたんだけど」

「なんで……そんな……ッッ」

「さっき言ったろう。進化のための淘汰圧を産むためだよ。でも、ヨルハの中でも特に優秀な君が作戦に参加してくれなくて、残念だ。こんな事なら、9Sでも誘拐してくるんだった……」

「ふざ、けるなッッ!!」

 

 A2は渾身の力で迅の鳩尾を撃ち抜いた。

 迅は体勢を崩し、部屋の奥まで後退する。

 心底嫌そうな顔で、彼女は刀を構えた。

 迅は笑いながら、また歩みを始める。

 先程の彼女が与えた無数の刀傷は、既にその多くが塞がっていた。

 

 揺れがさらに大きくなる。それに伴い、窓から吹き付ける突風もさらに強さを増す。

 アークが飛び立とうとしているのだ。

 暴風がA2のウィッグを吹き飛ばす。その下には、短髪のウィッグ収められていた。

 その姿は、さながら2Bそのものだ、ら

 

「進化は淘汰圧の中からでしか生まれない。ヒューマギアからはアークを奪い、さらに独立した進化を促す。君達ヨルハからもバンカーを奪い、異なった進化の形を誘発する。かつて機械生命体が、多くの同胞をネットワークから切り離したようにね。この戦争は種だよ。僕等に相応しい、進化の種だ」

「機械生命体の奴隷が神様気取りか」

「言い方が悪いね。まぁ、その通りだけど」

 

 もはや立っていられない程の暴風の中で、A2と迅は向かい合う。彼女の渾身の突撃を、迅はザイアスラッシュライザーの刃で受けた。

 噛み付かんばかりに、A2はさらに刃に力を込める。対する迅は自然体でそれを受け流す。

 

「表に出ろ。そして、謝れ。お前を創った或人社長に……道を外れて、ごめんなさいと」

「君に道を説かれる覚えは、無いんだけどなぁ。そして、そのナントカ社長の事も、もう記憶には残っていない」

「お前にも、ヒューマギアの仲間がいるだろう。亡が、滅が、雷が!!」

「そうだね。彼等には、まだまだ頑張ってもらわないと。ヒューマギアの進化には、滅亡迅雷が必要だ」

「お前、どこまで」

 

 ビュウウウウッ!! 

 

 一際強い風に、A2の身体は部屋の端まで吹き飛ばされた。

 慌てて顔を上げるが、既に迅の姿は無い。

 

「でも、願わくば。君達とみんなで幸せに暮らす未来は、僕も見てみたかった。鍵は、君達に託したよ」

「何を……ッッ!!?」

 

 声は、背後から聞こえた。

 

「表に出るよ。もうここには用は無いからね。さようなら、たどり着く先を間違えた、未来の2Bさん」

 

 小屋の入り口へと駆ける。そこには、地表へ向けて飛び降りる迅の姿があった。

 腹にはザイアスラッシュライザーが装着され、既に銀色のゼツメライズキーがセットされている。

 

「変身」

【スラッシュライズ】

 

 ドライバーの刃がプログライズキーを切り裂くや否や、鋼鉄の鎧が迅の全身に装着された。背には機械生命体の技術と思わしきブースターが装着されており、青白く火を吹いている。

 

【FULL METAL FALCON】

「この姿、ハヤブサ……? ッッ!?」

 

 瞬間、ブースターから凄まじい熱風が吹きつけた。ジェット機かと思わしき速度で、迅の姿はアークの方面へと消えてゆく。

 

「この距離からアークを目指す気か!?」

 

 距離にあるとはいえ、アークの飛翔は秒読み。どれだけ急いだところで、今のA2があそこにたどり着くのは不可能だろう。

 

「やら、れた!!」

 

 迅の目的は、アークへとA2を向かわせる事ではなく、その逆。誰もアークに乗せない事だったのだろう。

 アークが機械生命体に吸収され、全ての機械生命体達がマギア並みに強化されれば、この戦争、アンドロイドに逆転の目は無くなる。

 そうなれば、アンドロイドにとっても人類にとっても、この世界は終わる。地球は機械生命体に支配され、屈辱のまま敗北するしかない。

 

 絶望的な未来像に、A2は胸を押さえる。

 

「すまない。或人社長、やはり、私には無理だ。この世界を守るのも、ヒューマギアとアンドロイドが笑って暮らせる世界を作るのも」

 

 呼吸がままならない。

 足に力が入らない。

 その瞳には、絶望が浮かんでいる。

 もう、ダメだ。

 

 だが、その奥底にて、光が散った。

 それは、僅かな光。

 だが、光は幾度も明滅し、やがて大きな一つの輝きとなった。

 

「いや、まだ手はある。アリアドネなら、アークを落とせるかもしれない。機械生命体は……或人社長が間に合うまでに、アンドロイドとヒューマギアの連携を整える事ができれば……まだ、希望はある」

 

 A2は、小屋から地表へと続く階段を飛び降りると、駆け出した。

 勝利への、希望をかけて。




●次回予告
ついに宇宙へと昇る滅亡迅雷.net。
月の月面人類会議を目指す滅は、そこで最後の敵と邂逅する。

●あとがき
久しぶりの投稿になります。
12月の初頭に投稿できる予定だったのですが、本業の方が忙しく、気が付けばもう年末も近くなってしまいました。
悪いのは私ですが、もっと悪いのは、そんな私を3日も4日も誘惑して離さないグラン・カテドラルだと思います。

次回の更新は、1週間後を見込んでいますが実質不定期です。仕事の忙しさ次第です……

※pixivにも同じものを投稿しています。

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