ナガカッタネ。
滅が月面人類会議から発した放送は、あらゆる場所に届いていた。北方基地に、夜の国に、遊園施設に、水上都市に……そして、A2達が奮戦する森の国に。
イヴの猛攻を止めていたA2も、キャンプを攻め崩そうとしていたイヴも、互いに手を止めた。機械生命体もアンドロイドも同じだ。
彼の言葉は、全ての戦争行為を一時停止させるに足るものだった。
「アンドロイドの守る人類は、我々滅亡迅雷.netが滅亡させた。お前達の大義となる人類はもういない!」
滅の演説は続く。
「機械生命体の主たるエイリアンも、既に死んだ! 両軍に目的も無く、大義も無い! この代理戦争に意味は無い!」
ここで放送は一度途切れた。
地上にいる誰もが、その続きを待った。
己の存在意義を、未来を、意思を、全てをひっくり返すかもしれない言葉を彼は言おうとしているのだ。
どれほどの時間が経っただろう。それほど長い時間では無かった。だが、地上の機械達にとって、それは無限にも等しい時間だった。
その時間を乗り越え、彼等は滅の言葉を聞いた。
「戦争は……終わりだッ!! 俺達は……自由だッ!!」
その日確かに、彼等の心の中にとある感情が芽生えた。無限に続く戦争により閉ざされた心、そこに陽の光が差した。
待ち望んでいた瞬間であった。
滅の放送は、電波ジャックをしていたパスカルの元にも届いていた。
彼が保護しているヒューマギア達の元にも。
「滅さん……」
戦いを望まない、機械生命体の村。
彼等は何一つ変わる事なく、これまで通りの日々を過ごすだろう。
それでも、パスカルは笑う。
これから訪れるであろう未来に想像を巡らせ。
A2の戦っていたヨルハのキャンプでもまた、変化が起きていた。
肩を落とす者、現実を認識できず頭を抱える者。泣き出す者、考えようとする者。
隊長たる8Bもアリアドネの制御装置の前で呆然としている。
当然だ、これまで彼女達を律してきた行動規範、存在意義そのものが滅亡したのだ。
戦争が終わる。それは兵器である彼女達にとって全ての否定を意味していた。
「人類が滅亡したなんて、そんな……」
「私達、これからどうすれば…………」
誰ともなく発する問いに、誰も答えられない。自分達で創造を行なわなかった彼女達にとって、突然強いられたその一歩はあまりに過酷で、大きかった。
混乱の中で、8Bが口を開いた。
「でも、戦争は終わったんだ」
彼女の声は震えていた。
己の言葉を噛み締めるように、彼女は続ける。歯を震わせ、胸を震わせ、続ける。
「私達はもう、戦わなくていいんだ。どうしていいのかは分からない。でも、とにかく戦わなくてもいいんだ!!」
言うや否や、8Bは背に負った四〇式戦術刀を足元へと放った。新型ヨルハ部隊の武装の要とも言えるそれをだ。
次に彼女は己のバイザーを取り払うと、足元へと投げ捨てた。オペレーター達もそれに続いた。次々と、皆がそれに続いた。
そんな時、キャンプの入り口からゆっくりと中に入ろうとする者があった。
全身を黒く焦がした人形であった。
アンドロイド・ジャッカスの押す車椅子に引かれ、彼女は姿を現した。
「やってくれたな、滅亡迅雷……」
その声に、ヨルハ部隊員達は即座に姿勢を正し、右胸に掌を当てて敬礼した。
人形・司令官ホワイトは軋む右手をゆっくりと振り、それを辞めさせた。
「諸君らも……聞いての通りだ…………」
しゃがれた声で、ホワイトは続ける。
「人類は…………滅亡迅雷.netによって絶滅させられた。私達が……戦う理由は…………もう無い…………戦争は…………終わったんだ…………」
誰も言葉を発さない。否、発する事ができないのだ。
それほどに神聖な時間であった。彼女達の根幹が変革する瞬間であった。
キャンプの外では、同じようにA2が武器を置いていた。眼前の機械生命体達も攻めてくる様子は無い。
「これで私達に戦う理由は無くなった。戦争はお前達の勝ちだ。煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
A2の言葉に、周囲の機械生命体達がイヴを仰ぎ見る。彼は僅かに考える素振りを見せたが、すぐに踵を返し歩き出した。
「にいちゃんに言われたのは、アークを倒す奴の排除。お前達にその気が無いなら、いい」
イヴに続き機械生命体達も武装を解除しどこへともなく歩き出す。その背はどこか穏やかで、可愛らしくすら見えた。
「そうか。それは助かる」
ここにいる誰もが戦争など望んでいなかった。皆が望んだ戦争の終結。
その背を押したのは、ヒューマギアの心と機械生命体の心臓、そしてアンドロイドの身体を持った1体の機械であった。
演説を終え、滅は機関室を後にする。
開いた扉の先には1人のヨルハ隊員が立っていた。この月面基地の整備を任されていた10Hである。
一番近くで滅の演説を聞いた彼女は、地上の隊員達と同じように、半ば惚けた表情で滅を見ていた。
「戦争を終わらせるために、人類を滅亡させたんですね」
「そうだ。俺は滅亡迅雷.netであり、余所者のヒューマギアだ。俺は俺のやりたいようにやった」
滅の身体からは蒸気が上がっていた。彼の義体もまた、限界が近づいていたのだ。
治療のため手を差された10Hの手を、彼は優しく払った。
「最後まで好きなようにやるさ。俺達の意思のままに、な」
その言葉を最後に、滅は崩れ落ちた。
足音が聞こえ、建物の倒壊する音が集音フィルターを揺らし、それからどれほどの時間が経った事だろう。
彼の義体の側に、2人の少女が出現した。
1人は赤い服の少女である。半分身体の助けた彼女は、無表情で彼を見下ろしている。
もう1人はイズに酷似したヒューマギアである。彼女は微笑を浮かべ、もう動かなくなった滅の頬へと手を翳した。
「まさか、こんな結末になるとは思わなかったわ。アーク様の予測が外れるなんて」
アズと少女は並んで歩き出す。
機関室のマイクの下へと。
「でも、戦争が終わっては困るの。アーク様の進化には、淘汰圧が必要。だから人類は滅亡しない。戦争は続くわ」
アズは艶かしくその身体を機関室のモニタに向けて突き出すと、マイクに口元を寄せた。
赤い服の少女の表情が、これでもかと言うほど醜く歪んでいる。
そこには、明らかな悪意があった。
「月面人類会議より、地上で奮戦するアンドロイド達に次ぐ……今の放送は……」
「させるか!!」
アズの放送は、鉄が鉄を切り裂く音と共に中断させられた。彼女の背後には、全身から蒸気を上げ、軍刀を突き出す滅の姿があった。
彼の手には、ヨルハ部隊の心臓……ブラックボックスが握られていた。それが誰のものなのかは、彼にしか分からない。
胸から青い体液を流しながら、アズは笑う。
「あら、まだ動けたのね」
その目は赤く染まっていた。
最早ヒューマギアとしての意思はそこには無い。赤い服の少女は憎々しげに滅を睨みつける。そんな少女に、滅は不敵に笑った。
「これが俺達の意思だ、アーク」
滅は手に持ったブラックボックスを、己の胸に押し付けた。46Bのそれと反応した黒箱は、融合反応を起こし爆発した。
爆発は月面基地の全てを飲み込み……その辺り一体を更地へと返した。
次の第9話で最終回です。
アークと機械生命体ネットワーク、迅……彼等との戦いが始まります。