11945年のニーアオートマタの世界に来てしまった滅は、32Sと名乗ったアンドロイドから情報を得、ヒューマギアに起きた歴史を学んでゆく。一方、32Sは滅の突然の変貌を訝しんでいた。転生により様子の変わってしまった滅に対し、32Sは刀を向ける……だが、それを邪魔する存在がいた。
地下である事以外は、何も分かっていないこの場所。
薄暗い場所であった。
男二人がやっと並んで通れるほどの狭さの廊下に、7人ほどの人型が並んでいた。
かたや5人。
民族然とした軍服に身を包んだ、屈強な大男達である。服の端々から、鉄と油の匂いがツンと鼻についた。肩口から腰にかけて下げられた軽機関銃、真っ黒な銃身が、仄かな蛍光灯の明かりを浴びて淡く光っていた。
軍属である事には容易に想像がついた。肩口の刺繍には、フォークの先端と人の顔を繋ぎ合わせたような紋様があった。
だが、それらの表情に張り付いた笑みは、軍と呼ぶにはあまりに不誠実であった。
かたや2人。
黒を基調とした軍服に身を包んだ、長身の男・滅。その表情は仏像のように何も映しておらず、さながら機械のようであった。同じ服装をした少年・32Sが、怯えと焦りの混じったような顔で隣に立ち尽くしている。
滅は人類のために作られたヒューマギア、32Sは人類の敵たる機械生命体を滅ぼす決戦兵器として製造されたヨルハ機体というアンドロイドである。
機械故、生命はない。
だが、その表情の機微はまるで本当の人のようであった。
そこにいる全員が、煤と油に汚れていた。血にも似た、鉄の匂いを放っていた。
「ようヨルハの兄ちゃん達。なぁんか聞き捨てならねぇ言葉が聞こえちまったが?」
5人組のうち、先頭にいた男が質問をした。長身の男に向けてであった。
身なりの格式にそぐわぬ、乱暴な言葉遣いであった。
長身の男は辺りを見回し、不思議げに目をキョロリと回した。男の仕草に、質問をした男も眉を潜める。
男は何かを考えているようであった。
寸刻して、思考しても分からなかったのか、男は隣の少年に問うた。
「アイツは誰に話しかけてるんだ」
「ホロビにに決まってるじゃん!」
少年のツッコミに、先頭の男が「あぁ!?」と大声を張り上げた。
廊下はおろか、建物全てが震えるのではないかというくらいの大声であった。
少年が高い悲鳴を短く零す。
だが、肝心の長身の男は無反応であった。それが仲間内から失笑を誘い、苛立った先頭の男はさらに目つきを険しくしながら少年に詰め寄った。
「テメェもだよS型! 俺は「達」って言ったよなぁ」
「ハハ、ですよねぇ」
引きつった笑いを浮かべる32Sの頬を、先頭の大男は軽く掌で打った。
コチン、と硬いものが当たる音がした。
少年は短く呻き声を上げたが、それを喉元で止め、すぐにまた、先程の貼り付けたような笑みを取り戻した。
口端の繊維が切れたのか、血が流れていた。
滅は、唇の端から
歯を食いしばっていた。
耐えていたのだ。好きでこうしているわけではないという事が、滅にも分かった。
気に喰わない仕草であった。
(コイツは……どの時代も、変わらないんだな)
滅は、手慣れた動作で、大男の胸ぐらへと手を伸ばした。
男はまだ戸惑っている。そんな男の馬鹿面をよそに、片手で胸ぐらを掴んでいた。その万力のような指で、彼の喉元を締め上げていた。
迷いの無い動作であった。
一瞬遅れ、大男が滅の両手を握りつぶさんばかりの勢いで同じように掴みかかる。
だが、その寸前、滅は己の額を男の額に打ち付けた。ゴチン、と鋼を鋼で打つような音と共に、大男の身体が半歩ほど後退した。
「その武装に体組織の構成物、貴様ら人間ではないな。時代錯誤のヒューマギアもどきが俺たちに何の用だ」
「言ってくれるじゃねぇか。新型のヨルハだか何だか知らねぇが調子に乗りやがって!」
鼻から赤い液体を吹き出しながら、大男が懐から刃物を取り出した。鈍い仕草であったが、背後にいた男達も同じようにしていたので、滅は敢えてそれを止める事はしなかった。
彼らに一斉に襲い掛かられては、無事では済まないからだ。
男達は興奮していた。
少年は慌てていた。
その中で滅だけが、表情を変えていなかった。
「ここはアングラ。お前達には義体のバックアップもあるんだろ? 一体二体死んだところで代わりはいるんだよ」
5人の男のうちの誰かが放った言葉であった。擬態のバックアップ、聞き覚えのない言葉であった。
一体二体死んだところで代わりはいる。それには同意した。ヒューマギアの滅は、たとえ破壊されようとアークに残存したデータから復元される。今の滅が死んだところで代わりがいるのは、間違いない事であるからだ。
だが、滅にとってそれは不本意な事であった。
「数に頼めば勝てるとでも」
ステップで距離を取り、流れるように腰を落とす。片手は軍刀の鞘に、片手は柄に。
大男達も銃を構える。
彼らの指が、安全装置に触れた瞬間……動いていた。
動いていたのは、32Sであった。
重口と斬撃の間に体を割り込ませたのである。一歩間違えば、ボディに致命傷が与えられるほどの危険な行為だ。
「ホロビ! ここは一旦抑えて!」
大男達に会釈し、32Sは戦闘態勢をとる滅の身体を押し、男達から遠ざける。少年の概念からは想像がつかないほどの馬力に、滅の身体はずるずると後退してゆく。
「何をする」
「あの腕につけてる腕章見えるでしょ? アレは人類軍の印なの」
「だからどうした。人類の味方をするアンドロイドが相手なら、叩き切るまでだ」
軍刀を構えようとする滅に、32Sは「だから、今は抑えて!!」と一喝した。
気合のこもった喝であった。
滅はようやくそこで、軍刀を収めた。
32Sの喉から、震え混じりのため息が漏れる。
「人類軍ってのは、人類直属の兵士で、変にプライドは高いから逆らうと面倒な事になるんだよ。滅が何したいか分かんないけど、とりあえずコイツらと問題起こして、いい事ないから」
32Sの後頭部を、大男の肘が襲った。
短い悲鳴と共に体勢を崩した彼の頭を、軍靴が追い討ちで踏みつける。
「分かってるじゃねぇか。その通り、俺も、後ろにいる奴らも皆、変にプライドの高いレジスタンスの英雄よ。聞きゃあ、お前ら上から脱走兵として指名手配されてるみたいじゃねぇか」
「っ!! はい……っ!!」
踏みつけられながらも、32Sは笑っていた。
靴裏のゴムに付着した汚れを髪に擦り付けられながらも、歯に土の汚れが付着しても、笑い続けていた。
気に喰わない笑みであった。
この状況を見て、滅は考える。
この薄暗い世界に辿り着き、戦った。
人類を滅ぼすのとは全く違う、高揚感も達成感もない無機質な戦い。
この薄暗い世界を歩くうち、知った。
アンドロイドに隷属するヒューマギア。人類を失い、絶望するその姿が。
この薄暗い世界に目が慣れて、分かった。
眼前で笑う少年の、眩しさが。
そして、滅は決断した。
徐に、歩き出す。
「ホロビ!?」
32Sを越え、大男の横を通りすがり、エレベーターホールの方へと向かってゆく。
にやけ面の人類軍達を横目に、滅はただ歩みを続けてゆく。最後尾の人類軍が、滅の背中に銃を突きつけた。それが、やっと彼の歩みを止め得た。
「お前、俺達に剣抜こうとしたよな。タダで帰れると思うなよ」
安全装置の解除された軽機関銃。銃を持った人類軍の顔には、下卑た笑みが張り付いていた。
アークのデータに保存されていた……そして、かつて滅がこの目で見てきた人間の悪意が、そこにはあった。
滅の瞳が、仄かに紅く瞬く。
「そうか」
蛍光灯の光が瞬いた。
瞬間、黒のコートが翻った。
滅の長身が、軍服の懐へ潜り込む。腰を落とした体勢からの、胸骨、鳩尾、恥骨……正中線への3連撃であった。
男の身体が、ぐらりと揺れる。
銃声が轟いたのは、その後の事であった。
銃弾のうち一発が蛍光灯に直撃し、周囲から光が消えた。
「ッ!?」
「がふっ!?」
「ぎっ!?」
暗闇の中で、悲鳴が一つ、また一つ……
やがて、物音もしなくなった頃、暗闇の中で誰かが誰かの身体を掴みあげた。
2人は千鳥歩きのようにして、生きた蛍光灯の下へと姿を表す。
滅と、32Sであった。
汚れきった32Sの黒髪を払い、滅はその灰の瞳を深く覗き込む。酷く暗く、それでいて綺麗な灰の瞳であった。
「あんな弱者共に対し、何を怯える必要がある」
「でも、アイツらを怒らせたらホロビの身が危なくなる。もちろん、僕の身も。僕達は、仲間を裏切ったんだから」
仲間を裏切った。
それが、これまで滅の感じていた違和感に対する答えであった。ヒューマギアであるはずの自分がヒューマギアから裏切り者として扱われ、アンドロイドであるはずの32Sが同じアンドロイドに頭を下げる。
記憶を取り戻す前の2人は、お互い、自分の所属する組織を裏切ってここにいたのだ。
寄る辺の無い2人が、旅の途中で通りすがったのがこの場所だったのだ。
ならば、する事は一つだ。
滅の瞳は、火花の散るエレベーターホールを捉えていた。未だ知らぬ、外の景色を。
「来い」
歩き出した。
地に足をつけ、歩き出した。
「俺達ヒューマギアは人類を超える。俺たちにとってコイツらは倒すべき敵でしかない」
32Sは歩き出さない。
彼の視界に映る滅の背中が、小さくなってゆく。蛍光灯の切れた闇の中へ踏み込む寸前、滅は振り返らず、告げた。
「解き放たれろ、その楔から」
滅は、エレベーターホールへと続く闇の中へと消えていった。光の中には、少年だけが取り残された。
少年の口の中で、幾つもの言葉が生まれては消える。言葉にならないほどの、小さな呟き。
少年の足が、動く。
「分かったよ……もう!! 本当にいつも滅茶苦茶なんだから!」
黒の髪、黒の服、黒の軍靴……全てが黒い少年であった。そのどれよりも暗い闇の中へ、少年は歩き出そうとしていた。
「なんでかは分かんないけど、分かった。僕のすべき事……だから、僕は君についていく」
駆け出した闇は、暗く、深い。
だが、少年はそれでも前に進むことができた。それはきっと、その先に、彼にとっての光があるからだったのだろう。
「僕はヨルハ機体32S! ちゃんと名前で呼べよ!!」
叫びと共に、短い闇を駆け抜けた。
飛び込んできた光の中に映ったのは、無数の武装したアンドロイド達を前に大立ち回りを演じる滅の姿であった。
「まったく、無茶するんだから!!」
アンドロイドを斬っては払い、動かなくなったその人型を盾に、また斬っては投げ飛ばし。既に彼の後ろには、10を超えるアンドロイドの亡骸が転がっていた。
その勢いたるや、さながら六腕鬼面の鬼子母神の如くである。
やがて、眼前の全てのアンドロイドが物言わぬ亡骸となった頃、滅は振り返った。
鉄と油、そしてアンドロイドの皮膚から漏れた赤い液体に塗れた滅の身体を見て、少年は安心したように微笑んだ。
32Sは耳に手を当てる。周囲の物音が止んだのを確認したのだ。集音器が何のデータも示さない事を確認し、彼は懐から紫色の何かを取り出した。
「これ、ホロビから預かってたやつ。質に入れろって言ってたけど、やっぱり、大切なものだったみたいだし、さ」
気恥ずかしげに、少年はそれを滅に手渡した。滅にとっても、それは見覚えのあるものであったらしい。
「フン、未来でもこれはあるんだな」
鋼鉄の指がそれの一部を押すと、それはややかすれた音声を発した。
『poison』
ポイズン……確か、英語で毒という意味だったはずだ。滅はそれを掌上で弄び、己の懐へと仕舞い込んだ。
「動きはするようだ。だが、変身にはまた別のドライバーが必要になる。まぁ、気長に探すとするさ」
2人の眼前では、エレベーターが壊れたように口を開けている。重い足取りでエレベーターへと乗り込む32S。
滅は、まだ扉の外にいた。
「確か、サニーズだったか」
「うん……そうだけど」
怪訝な眼差しを向ける32Sに、滅はその無機質な目線を返す。
「俺は、お前の知る俺ではない」
「そんなの、もう知ってるよ。でも、今なら……君にもついていっていいって思ってる。君の中のホロビを取り戻すために、僕は君を助ける事にした」
「そうか」
32Sはエレベーターの中から、その小さな手を差し出した。滅は、ゆっくりと差し出されたその手に己の手を重ねる。
「俺は、この世界を知らん。このエレベーターの上に何が広がっているのかも、分からん」
「だろうね」
「お前は、俺の……」
滅はそこまで言いかけたところで、言葉を切った。何か、遠くを見るように目の焦点を外していた。
ふと、エレベーターが何やら音を立て始めた。32Sは慌てて滅の手を引き、その黒鋼鉄の身体を鉄箱の内へと引き入れる。
「はぁ……脱走犯の次は人類滅亡の立役者か……本当、ホロビといると退屈しないなぁ」
横の滅から、返事はない。
ただ一点、エレベーターの上部で光を放つ赤のダイオードを見つめているだけだ。
無限とも思えるほどに、エレベーターはガラガラと音を立てて上へと上がり続ける。
だが、それも有限だったのだ。
ガシャンという轟音と共に、エレベーターが止まり、戸が開いた。
その奥には、光が広がっていた。
32Sは迷う事なく、その中へと飛び出してゆく。後に続く滅が迷わぬよう、ゆっくりと。
呆けるようにその場に立ち尽くす滅の手を引き、32Sは彼の身体をエレベーターの外へと引き出した。
多湿であった。
植物まみれであった。ビルと思わしき建造物にまで植物が絡んでいた。
どこからか流れ落ちてくる水が足元を濡らし、それが蛇の如く海へと這ってゆく。
その海の向こうに、無限の白が広がっていた。
「ようこそ、僕達の世界へ」
ここが、滅にとっての新しい世界であった。
酷く、眩しい世界であった。
第二話をお読みくださり、ありがとうございます。
ここのところ本当に時間がなく、よりシンプルな文体で書けるようになろうと模索していたところ、いいものが見つかったので可能な限り再現してみました。
ゼロワン本編では、ついにヤベーのが出てきましたね。ああいうのに出てこられるとシナリオが歪むのですが、これもまたシナリオに落とし込み、活かして行こうと思います。
牛歩ですが、確実に毎週少しずつ進めていきますので、続きをご期待ください。
次回の投稿は、1週間後の日曜日を予定しております。
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