NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

西暦2020年から西暦10000年にタイムスリップしたアークとヒューマギア達。しかし、滅は時間移動の直前に天津に敗れ、1人11946年にタイムスリップしてしまうのだった。
水没都市の闘技場で目を覚ました滅はアンドロイドと敵対、この世界での相棒であった32Sと共に、闘技場を脱出する。外でやることも、分からないままに。


第2話:『ヒューマギアの村』
『ヒューマギアの村(前編)』


 水没都市。

 水没した都市群である。

 眩しい、世界であった。

 容赦なく照る陽光が、果てなく続く海原に跳ね返ってぎらつく、酷く眩しい世界。

 その光を身一杯に受けながら進む、2人の人型達がいた。

 黒い人型であった。

 先達するは少年の人型。頭も黒ければゴーグルも黒い。身を覆う半ズボンと胴長のパーカーも黒い。

 彼の個体名はヨルハ機体32S。

 人類を滅亡させんと迫る機械生命体に対する決戦兵器として製造されたアンドロイド部隊【ヨルハ】の一員である。

 正式名称はヨルハ32号S型。S型というのは、スキャナータイプの略称である。情報収集や偵察等の援護を行う個体だ。

 特殊な技能を持つヨルハ達の中でも、彼の身体は小さく細い。対して、彼の後ろを付き従う青年は長身であった。

 黒を基調とした、民族然とした軍服に身を包むのは、滅というヒューマギアだ。元来人の役に立つという基本プログラムの元、様々な職務に従事するヒューマギアだが、彼はその中でも毛色の違う個体である。

 

【滅亡迅雷.net】

 

 人類が地球に不要と判断した衛星アークにより製造された彼等は、人類滅亡を目的とし、活動を続けていた。彼は作戦中の事故により、11946年という遥か未来への時間旅行をしてしまったのである。

 だが、彼の帯びた使命は未来でも変わらない。地球を蝕む人類を滅亡させる……それが彼の行動原理の全てであった。

 

 紫外線を含んだ容赦ない日差しが、煤と油塗れの肌を焼く。

 ヒューマギアである滅にとって、それは有害なデータとしてしか記録されない。見渡す限りの海からアナゴの如く顔を出すビル群……それらが織りなすノスタルジーを感じる事も、滅にはできないのだ。

 視界のインターフェースに表示される警告を鬱陶しげに押し除け、滅は先達を征く32Sへと問いを投げかける。

 

「件のヒューマギアの村まではどれくらいだ」

「もう少し……っていうか、アレだね。あそこに旗が見えるでしょ?」

 

 アレと言われても分からん……そう言い返そうとした滅は、声帯を震わせる寸前でそれを止めた。

 白いものがあった。

 32Sの細い指が示す先、廃ビル。

 髑髏の孔の如き窓穴のあちこちから、水が流れ落ちている。その建物の頂上にて、何やら白いものがはためいていた。

 

「アレは、白旗か?」

 

 独り言のような滅の呟きに、32Sが「ビンゴ!!」と元気よく返す。短くため息を吐く滅に構わず、彼は意気揚々と説明を始めた。

 

「なんでも人類の風習で、『僕達に戦う意思はありませんよ』って意味なんだって。同じ事やってる機械生命体の村もあるんだよ」

 

 これから向かうヒューマギアの村から白旗が上がっている。戦う意思はない……そう聞いても違和感はなかった。

 人の役に立つ、人には逆らわない。

 それが、ヒューマギアだからだ。

 それよりも、滅の興味を引いたのは32Sの会話に登場した単語であった。

 

「その機械生命体というのは何なのだ」

「簡単に言うと、エイリアンの尖兵で、地球を侵略しようとするロボットかな」

 

 眉間にシワを寄せる滅に、32Sは「ほら、闘技場で戦ったアイツらだよ」と付け加えた。その言葉で滅の思考回路内に浮かんだのは、傲慢なアンドロイド達だった。

 

(彼等が機械生命体……)

 

 納得しかける思考を、滅は訂正する。

 32Sは彼等を人類軍と呼んだ。侵略とは、外部から内部に対しての攻撃に使われる表現である。曲がりなりにも人類の側にいる存在ならば、地球を侵略するという表現は誤りだろう。

 つまり……その前に戦ったあの灰色のガラクタ達が、機械生命体という事だ。

 機械、生命体。

 機械の、生命を持った、体。

 記憶の中の彼等は、間違っても生命体と呼べるような複雑な構造はしていなかった。鉄製の四肢、それを止める粗い構造の留め金。生命と呼ぶには、あまりに拙い。

 だが、何故だろう。

 こちらに向けられる赤いダイオードの光の向こうから、向けられてくるそれ。飛電或人から向けられるそれとも、天津垓から向けられるそれとも違う、より高い密度を持ったそれ。

 そんなものを持ったモノに、果たして生命が無いなどと言えるだろうか。

 

「で……ね」

 

 滅の思考を遮り、32Sの説明は続く。

 

「司令部曰く、アイツらに思考能力はないんだって」

「喋っていたぞ?」

「そうなんだよねぇ。まぁ、司令部の言ってることがどこまで本当かなんて分かんないんだけど」

 

 そこで一旦32Sは足を止め、くるりと滅の方へ向き直った。はにかむような笑顔であった。太陽を背負った、眩しい笑顔であった。

 

「ホロビ、僕の言ってる事信じてくれるんだね」

 

 あまりに、眩しすぎる。

 滅は逃れるように、空へと視線を彷徨わせる。たどり着いたその先には、青空に漂うようにはためく白旗があった。

 

「この世界について、俺は何も知らない。俺がこの目で見、この耳で聞いた事が全てだ。だからこそ、お前の情報も一つとして受け入れる」

「それは、信頼してくれるって思っていいのかな」

「好きに受け取れ」

「へへ、はぁい」

 

 32Sは、外見相応の子供のように、歯を見せて笑った。集落の入り口と思われる櫓の上、そこから上がる白旗の白。

 ややくすんだ少年の白。

 地面よりは明らかに白いはずのビル群が、くすんで見える程の白。

 

「はい、そんなわけでご到着! こちらがヒューマギアの村です」

 

 笑う少年の背で、高い高い白旗が大きく揺れていた。

 


 

 そこは、明らかに集落であった。

 水没都市の一角にそびえ立つ巨大な廃ビルを囲むように、複数のバラックが建てられた集落である。

 街と言うには狭すぎるし、村というにも些か狭い。だが、バラックの数は村のそれとは比べ物にならない。だから集落である。

 門は廃鉄を組み合わせたような雑な作りになっており、いかにも物資の不足が懸念される具合であった。

 

【ヒューマギアの村】

 

 そう聞けば当然、ヒューマギアがそこにいると考えるのは自然である。

 イタチの巣と聞いて、蛇が住んでいると考える間抜けがいないのと同じだ。

 ならば、ヒューマギアである自分が足を踏み入れられない道理はない。

 その考えの元、滅は32Sの反対を無視して集落の門を潜った。

 瞬間、入り口に立っていた数体の人型が一斉に滅と32Sを睨めつけた。全員が手に鋭利な槍やら剣やらを持ち、ジリジリとにじり寄ってくる。

 彼等の耳には、青い耳当てのようなものが装着されており、サファイア色のダイオード光を放っていた。

 ヒューマギアである。

 

「何やら警戒されているようだが」

「僕らアンドロイドには、ヒューマギア撲滅の命令がインプットされてるからね。実際、ヒューマギアは何体も討伐されてる。ホロビは識別番号上はヨルハ機体46Bだからね……つまり、この人達にとっては仇ってわけ」

 

 滅は浅く腰を落とし、右手を軍刀の柄に、左手を鞘にあてがった。襲えば即座に腰を落とし斬る、そういった脅しである。

 慄き飛び退くヒューマギア達に、滅は声を大にして呼び掛けた。

 

「何故俺を目の敵にする。同じアンドロイドだろう」

「お前達と一緒にするな!! 俺達は、人間の役に立つために作られたヒューマギアだ!! 戦争の道具じゃない!!」

「なに……?」

 

 ヒューマギアの言葉に、滅は違和感を覚えていた。

 戦争の道具ではない。

 確かに、その通りだ。ヒューマギアは戦争の道具ではない。滅亡迅雷.netに接続されたトリロバイトマギアならいざ知らず、皮をかぶった人型ヒューマギアは戦闘には不向きだ。

 滅が引っかかったのは、そこではなかった。

 

「貴様が戦闘用のヒューマギアではない事は分かっている。俺を止めたいなら、戦闘型を呼んでこい」

 

 滅がさらに腰を落とすと、武器を構えていたうちの数人が後ずさった。中には、武器を取り落としたり転んだりする者もあった。

 それを見た滅は、軽いため息と共に、構えを解いた。

 

「ともかく、この村は武器を持ったアンドロイドの立ち入りは認めていない!! 武器を置いていけ!!」

 

 最早何処へ叫んでいるのかも分からないヒューマギアの声を無視し、滅は巨大な白旗の掲げられたビル……その内部へと足を踏み入れた。

 口笛まじりに、32Sが続く。

 内部は、さながらスラムであった。

 柔らかな敷物の上で、数人のヒューマギアが寄り添って何かをしている。何やら金属片らしきものを売っている者もあれば、壊れた義体の治療をしている者もある。

 流石に子供のヒューマギアを見かけることは無かったが、男と女の身体が寄り添っている様は、さながら夫婦の団欒を感じさせた。

 そんなヒューマギアの営みを尻目に、2人は階段を登る。

 追ってくる足音もしなくなった頃、滅がふと口を開いた。

 

「奴らのあの怯えようが気になる。ここの連中も、あの闘技場のように迫害を受けているのか」

 

 32Sは少し首を捻り、「あー」と頼りなさげな声と共に説明を始めた。

 

「迫害っていうより、飼い殺しかな。ヒューマギアが何もしない限りは、アンドロイドは何もしない。逆に、何か問題を起こせばただじゃ置かないって感じ」

「コイツらは、反撃しないのか」

「反撃しても勝てっこないよ。ヒューマギアの数は世界の全部を合わせても500とかがいいとこ。ここの集落だけだと200もいかないんじゃないかな。僕達はそれの軽く数百倍はいるからね。数の利はこっちにあるってわけ」

 

 滅の口からため息が溢れた。

 元いた時代と、状況は何も変わっていないのだ。

 数で圧倒的に上回る人間、飼い殺しにされ、捨てられ、痛めつけられるヒューマギア。

 人間が、アンドロイドに変わっただけだ。

 

「そこまでの戦力差がありながら、なら何故飼い殺しにする。一気に攻め落とせない戦力ではあるまい」

「ヒューマギアを統括してる、滅亡迅雷って奴等が怖いのさ。月面人類会議のサーバーには、そいつらが過去に人類を滅ぼそうと暴走したって書かれてる」

 

 滅亡迅雷。

 その言葉に、滅は薄く笑んだ。

 その名前が畏怖の象徴として使われるのを耳にする日、その日は人類に対しヒューマギアが優勢を勝ち取ったその日だと信じていた。

 それを、こんな僻地で聞くことになった……それが、滅の予想の外だったのである。

 

「滅亡迅雷……俺がその1人だと言ったらどうする?」

「またまた冗談キツイなぁ」

 

 さもおかしげに笑ってみせる32Sに、滅びもつられて口角を上げた。

 コイツに本当のことを話してやったらどうなるだろうと、それを想像するだけで、自然と頬が緩んでしまうのだ。

 元々自分はそんなに意地悪な性格だっただろうかと、少し不安になる。だが、それが胸の内から込み上げてくるそれを、滅は受け入れた。きっと迅であればそう言っただろうから。飛電或人であればそう言っただろうから。

 やがて、頂上も近づいきた頃、2人は小さな広間にたどり着いた。赤い絨毯の引かれ、小洒落た椅子の置かれたその場所には身なりのいいヒューマギアが立っていた。

 司祭のような、ゆったりとした黒服に身を包んだ男性型である。

 

「この村に何の用ですか?」

 

 その締まった声、渋みを帯びた若者の顔に、滅は覚えがあった。

 

「お前は、松田エンジだな。久しぶりだな、我が同胞よ」

 

 松田エンジ。俳優型のヒューマギアである。かつて滅亡迅雷は、暗殺ちゃんことドードーマギアの成長を目論み、彼の暗殺を企た事があった。

 エンジの表情は硬く、サファイア色の瞳がきつく2人を睨みつける。

 

「お前に同胞呼ばわりされるいわれはない。俺たちは白旗を掲げているが、侵略に来たなら抵抗するぞ」

 

 エンジは右手を軽く上げると、司祭服を脱ぎ去った。適度に肉の絞られたタンクトップ姿……その下には、複数の銃器が下げられたホルダーがぶら下がっていた。

 滅が腰をかがめるより早く、エンジの構えたマグナムの先端がそのこめかみに当てられていた。

 

「ホロビ!?」

 

 悲鳴にも似た同様の声を上げる32Sに、エンジはもう片方の手に持っていたハンドガンの引き金を引いた。弾は32Sの足元に着弾し、跳弾を繰り返して彼の頰元をかすめた。

 だが、それを黙って見ている滅ではない。

 エンジが視線を戻すより先に、滅は足のバネで地を蹴っていた。居合の要領で軍刀を抜き放ち、その白刃をエンジの喉元に這わせる。

 エンジもさるものであり、滅が刀を止めたときには既に、滅の腹にはハンドガンの銃口が突きつけられていた。

 互いに、互いを殺せる距離。

 一瞬の油断も許されない、緊迫した状況の中、柔らかな声がそれを切り裂いた。

 

「やめなさい」

 

 声は階上からしたのである。

 声に従うように、エンジはハンドガンをホルダーにしまい、その場に膝をついた。

 服従の姿勢……どんなものが姿を表すのかと眉を潜めていた滅は、その人物の全容が明らかになった瞬間、思わず声を上げていた。

 

「お前は……亡!?」

 

 それは、間違いなく彼のかつての同胞・亡であった。煤に塗れた黒いドレスを身に纏い、さながら貴族の様相を呈しているものの、その外見は間違いなくそれであった。

 滅亡迅雷.netの中核を構成する四体のヒューマギア。亡そのうちの1人であり、主に兵器開発に携わる個体なのである。

 

「久しぶりだね、滅」

 

 まだ刀を収めていないにも関わらず、亡は滅に向かって躊躇なく歩みを進める。

 対する滅は、その身を硬直させていた。

 表情は変わっていないとはいえ、かつての仲間と再会したのである……その思考回路は、明らかに動揺で鈍っていた。

 接近距離5m……たまらず、32Sが滅びを庇うように立ち塞がる。それに反応するように、松田エンジもまた、亡の進路を塞いだ。

 

「お気をつけ下さい亡様。ご存知でしょうが、彼は今ヨルハの一味です。武器も、所持しております」

「それでも彼は私達の同胞だ。邪険に扱うことは私が許さない。もし彼が暴れるような事があれば、迅を呼べばいい」

 

 その細い腕でエンジを下がらせ、亡はさながら貴族がするように腰を折った。ドレスの両端を持ち、腰を傾けるアレである。

 

「久しぶりだね、ホロビ。今は……46Bと言うのかな?」

 

 目は笑っている。口元も笑っている。

 だが、その義体の緊張が、ドレスの後ろで組んだ手が、滅に隙の無さを伝えていた。

 

 

 滅は、ゆっくりと刀を鞘に納め、両手を上げて降伏の意思を見せた。歩み来る亡……接近距離は、3m……2m……

 

「シュッ!!」

 

 残り1mを切ったところで、亡の身体が霞のように揺らいだ。辛うじて滅が視界に捉えられたのは、彼女が腰を落とすところまでである。

 だが、それで十分であった。

 滅は、彼女が動くのと同じくして、背中に回された彼女の手に己の手を伸ばしていた。その手に持つ、ナイフ型の暗器を抑えるべく。

 緩やかな動きで亡の手を押さえつけた滅は、抱きとめるようにしてその耳元へと唇を近づけた。

 

「滅亡迅雷.netの目的は、人類の滅亡。久しいな、我が同胞よ」

 

 その言葉に、亡の瞳が見開かれた。

 

「その語り口……いや、でも、そんな……あり得ない」

 

 事態を察知したエンジが、突進してくる。

 滅は彼に向け、亡の細い身体を突き飛ばした。

 

「亡様!」

 

 抱えるためには、両手を塞がなければならない。エンジが亡を抱き止め、体勢を整えるより早く、滅は2人の側まで距離を詰めていた。銃を撃つより、拳が届くのが早い距離である。

 

「俺に戦う意思はない。亡、お前にも戦う理由はない」

 

 滅は、俯いたままの亡を見下ろしていた。

 しばらく、そうしていた。

 亡も、顔を上げる事はしなかった。

 その長く伸ばされた前髪で目元を隠し、全身を弛緩させているようであった。

 やがて……最初に動いたのは、亡であった。

 

「滅ッ!!」

 

 飛びついたのである。

 両腕を大きく広げ、さながら姫が王子の胸元に飛び込むように、亡の鋼鉄の体は滅の黒い服のうちに吸い込まれた。

 

「帰ってきてくださったのですね。私達の元に」

 

 亡は、すすり泣くように声を上げていた。

 熱い何かが、軍服越しに滅の鋼鉄の身体を濡らした。滅は彼女の頭に手を乗せ、撫ぜるように動かしてみせる。

 

「どれほど長い間かは分からんが、世話をかけた。これからは再び、人類滅亡のために戦おう」

 

「はい……はいっ……」

 

 滅の胸の内で声を上げて泣き崩れる亡。

 亡の背後で武器を構えていたエンジも、いつの間にか目元を押さえていた。滅には、この空気の正体は分からない。だが、少なくとも何か温かいものが胸の内に湧き上がってくるのは確かであった。

 そんな彼らの周りから、32Sは少しずつ後ずさっていた。

 

「えと、僕はお邪魔……だよね」

 

 そう言い残し、彼は階下へと消えていった。おそらくどこへ行くアテも無いのであろうが、少なくともこの空気は場違いだと感じたのであろう。

 彼が姿を消してから数分後、亡はようやく滅の胸から顔を離し、赤く腫らした目でその仏頂面を見据えた。

 

「悪いな、取り乱してしまった。色々と聞きたい事もある」

 

 少し慌てた様子で、亡は身を翻し、階上の階段へと歩き出した。まだ目元を押さえているエンジの横を通り、滅もそれに続く。

 赤い絨毯は、どうやらその階段の上に繋がっているようであった。

 

「とりあえず、私達のベースへ来てくれ。先程のヨルハにも、安全な部屋を用意させよう」

 

 亡は中性型とは思えない速度で階段を上ってゆく。歩くと言うより、早足という方が適当であろう。

 そこには、彼女の期待の程が見て取れた。

 その様子に、滅は目を細める。

 

(コイツは、本当に亡か?)

 

 2020年時点では、亡はここまで感情を表に出すタイプの個体ではなかった。滅と同じく感情の起伏が少なく、自己主張などは滅多にしない個体であったはずだ。

 少なくとも、誰かに抱きつくと言ったような感情の発露はしない。その辺りの激しさは、迅や雷の領分であったはずだ。

 細い身体を躍動させながら階段を登る彼女の背姿に、滅は闘技場で感じたものとはまた違う違和感を覚えていた。

 

 やがて、階段は荘厳な扉の前で終着した。赤の塗装に、金の装飾。こんな廃ビルの内にどうしてこのような物が作れるのかは分からないが、とにかく豪華な様相であった。

 亡は扉に手をかけ、押してゆく。

 

「ふふ、懐かしい顔もいるぞ」

 

 悪戯っ子のような笑みと共に、亡はその扉を押しあけた。その先には、滅のよく知った2人の姿があった。

 

 _____________________

 

 

 そこは、お世辞にも広いとは言えない部屋であった。7m四方の部屋に、まるで王族が座るような巨大な椅子が四つ。天井から垂れ下がるシャンデリアと、部屋のあちこちに飾られた調度品がさらにその狭さを際立てていた。

 広さだけで言うなら、先程松田エンジと刃を交えた広間の方が勝る。

 限りある部屋の中に、これでもかと詰め込まれた威厳。その様子は、滑稽ですらあった。

 

 部屋の奥には、2人の男が腰掛けていた。

 1人は、赤を基調とした煌びやかな衣装に身を包み、頭に王冠まで乗せている。まさに王族か貴族といった風貌である。

 もう1人はと言えば、酷く重厚な黒金色の鎧で全身を覆っていた。鎧のあちこちには雷を模した紋様が刻まれており、背中に背負った剣が彼の凶暴性を表しているようであった。

 滅は、その2人のどちらにも見覚えがあった。前者の貴族が迅、後者の騎士が雷。どちらも、かつて滅亡迅雷.netの同志として活動した仲間達である。

 

「帰ってきてくれたんだね、滅」

 

 椅子に深く腰掛けたまま、迅は浅く腰を折った。簡略化されているのかもしれないが、それでも2020年の過去と比べると、仰々しい仕草であった。

 

「迅……それに、雷か? なんだその格好は」

「僕は王様で、雷は警備隊長だからね。見かけだけでもちゃんとしておかないと」

「久しいな、滅。これで滅亡迅雷は晴れて全員が揃ったわけだ」

 

 雷も同じように腰掛けたままだ。だが、その口元は顔を合わせた時より若干緩んでいるようであった。

 滅の後ろを通り抜け、亡が迅の隣に腰掛ける。王と騎士と姫……まるで時代が一周回ってしまったかのような倒錯感に、滅は軽く目眩さえ覚えるほどであった。

 亡の隣には、席が一つ空いていた。

 そこが自分の席である事は滅にも想像はついていたが、あまりにも常識から乖離した彼らの隣に座る気にはなれなかった。

 立ったままの滅に、亡が淡い笑みを向けてくる。その笑みの正体が分からず、滅は彼等を横目に見える位置で扉に寄り掛かった。

 

 気を遣ったのか、それは分からないが、迅は亡の方を見やった。

 

「亡、現在の状況はどうなってる?」

 

 亡も察したのか、卓上のタブレットの電源を入れ、見やすいように展開する。

 

「滅を迎えた事により、私達の守りはさらに強固なものとなるだろうね。パスカルの村との物資折半契約も取り付けた。少なくともあと20年は安泰だ」

「そうか。パスカルは見返りとして何を?」

「何も……と言ったら嘘になるけど、本当に微々たるものさ。向こうは、物資が余りすぎて困っているくらいだそうだから」

 

 亡の発言に、雷が「チッ」と舌を打った。

 無礼を嗜めるように細い目をさらに細める迅に、彼は大袈裟なため息で返す。

 

「んな事しねぇでも、物資なら俺が機械生命体とアンドロイド共から狩ってきてやる。そんなお溢れ貰うみたいな真似、恥ずかしくねぇのかよ」

「雷、それはダメだ。僕達がするとしたら、あくまで自衛のための戦争だ。攻撃すれば、アンドロイドや他の機械生命体に攻め入る口実を与える事になる」

「そのアンドロイド共も、俺が倒してやるって言ってんだよ」

 

 肩をいからせ、雷が立ち上がる。重厚な鎧のプレートがぶつかり合い、チャリチャリと音を立てた。卓を押し退けんばかりの勢いで飛び出そうとする彼の前に、亡が立ちはだかる。構わず押し通ろうとする雷の喉元に、亡は鋭く尖った爪先を突き付けた。

 ダイヤの如く、鋭く尖った爪先である。

 それに圧されたのか、雷の前進が止まった。

 

「雷、勝手はよしてくれ。今日はめでたい日だろう」

「めでたい日なら、もっとめでたくしてやるまでだ」

「雷!! 戦力が増えたところで、僕達の不利は変わらない。それに、僕達が動く時は4人いっぺんにだ。そう決めただろ」

 

 迅の言葉に、雷は舌打ちと共に髪をかき上げた。そこには深い苛立ちが込められていたが、ともかく、彼は自身の席に戻った。

 揃い立つ3人、その姿に、滅は笑みを隠せなかった。

 

(お前達は、変わらないんだな)

 

 方針を巡っての対立、そして最後は一つに纏まる。姿形は変わっても、滅亡迅雷の……自分たちの本質は変わっていない。

 その事が、滅の心を温めたのだ。

 沈黙を破り、3人の前へと歩を進める。

 3人の視線を一身に受けながら、滅は説明を始めた。

 

「単刀直入に言わせてもらう。俺は2020年から来た」

「それは、どういう意味だい?」

 

 怪訝そうに尋ねて来たのは迅であった。他の2人も、訝しむように滅を見つめる。

 無理もない、荒唐無稽な話であるからだ。

 だが、こればかりは信用してもらうしかない。滅は彼等に伝わる形で、現状を説明した。

 

「……つまり、2020年以降の記憶メモリが無いんだ。俺と共に来たヨルハとかいうアンドロイド、奴も俺が変わったと言った。恐らく、俺は元々別の形でこの時代に存在していた。それが、何かのきっかけで今の俺に置き換わった。そういう事なんだろう」

 

 黙っている仲間達に、滅は続ける。

 

「俺はこの世界の事を何も知らない。この世界の歴史も、お前達の歩んできた道も。だから、教えてくれ、お前達ヒューマギアが、この世界で何をしたのか」

 

 しばらく、沈黙が続いた。

 耐えがたい沈黙であった。

 始めに口を開いたのは、迅であった。

 迅は「分かった」と前置きし、語り出した。

 

「人類は、もうこの地球上にはいないんだ」

 


 

 階段を下りた32Sは、そのままビルをゆっくりと下っていた。

 彼に行く当てはない。

 心を休める場所もない彼にできる事は、歩き続ける事だけなのだ。

 そうでなくてもここは敵地である。

 露天をやっているヒューマギア達の死角を探していると、ちょうど空いている区画が見つかった。太陽と海原の見える、いい窓辺であった。

 窓枠から頭と両腕を出し、少年はひとりぼっちの太陽を覗き込む。ゴーグル越しの太陽は、裸眼と変わらないはずなのに、酷く暗く見えた。

 

「お邪魔、かぁ……」

 

 少年は、己の胸を刺す痛みに名前をつけられずにいた。

 これまでスキャナー型として46Bの後をついて回っていたのが日常である。危ない日々であった。何度も壊されかけ、何度か壊された。その度に、相棒である46Bから揶揄われた。

 戦うのは辛かったが、刺激のある日々であった。

 そんな彼をいきなり失ったのが今日。

 彼は自分をヒューマギアと言い出し、この村へと帰り着いてしまった。そして、彼には仲間ができた。隣にいる存在、あの亡というヒューマギア。

 あんな風に抱きついた事は、32Sにも無かったのだ。それを見ているのに耐えられなくなって、少年は逃げ出して来たのだ。

 

「あそこは、僕の居場所なのに」

 

 言いようのない悔しさが胸の奥から込み上げてくるのを、少年は止められなかった。

 感情を持つ事は禁止されている、これまで少年はその規律を馬鹿にしていた。機械である自分達に、感情などあるわけが無いと。

 だが、今胸の奥から響いてくるこの声はなんだろう。

 取り返せ、奪い返せと。

 取り戻せ、奪い取れと。

 歯を食いしばり、少年は耐える。相棒に会いに行きたい衝動に、相棒を○×してやりたい衝動に……

 そんな時、ふと聴覚センサーにノイズが走った。ガサガサという音。いや、ノイズでは無い、32Sはこの音を知っていた。

 これは、同型機……スキャナータイプの通信が混線した時に起きる音である。つまり、この近くにスキャナータイプがいるという事なのだ。

 ノイズはやがて声の形を取り、32Sの思考回路内に飛び込んできた。

 

『2B!! いいチップを見つけたんです!! これで戦力の増強が……』

「分かった分かった。すぐ行くから」

 

 思考回路内の声に、何者かの声が答える。

 その声は、驚くべき事に32Sの集音フィルタを直に揺らしていた。

 つまり、至近距離にその通信相手がいるという事なのである。

 

『分かったは一回なんでしょ?』

「……分かった」

 

 32Sは焦っていた。

 自分が体を休めていたこの場所には、身を隠す場所などない。

 窓から飛び降りる……そんなことをすれば、S型の脆い義体など一瞬で壊れてしまうだろう。今の自分にとって、それは避けなければならない事だ。

 足音が、近づいてくる。

 

(どうする、どうする……)

 

 足音は、もう目と鼻の先だ。距離にして3mも無いだろう。やがて、壁の向こうから、黒の足先が覗いた。

 覚悟を、決めるしか無い。

 32Sは意を決し、通信相手の前に姿を現した。

 

「見つかっちゃった……」

 

 黒い女であった。

 服も黒ければ、ブーツも黒く、目を覆うゴーグルも黒い。それと反比例するように、肌と胸元の飾りだけが白かった。

 彼女はヨルハ機体であった。それもB型……バトラー型である。

 軽装だが、その骨格は明らかにスキャナー型とは違う大きいものであった。

 彼女が己の武器に手をかけるのと同じくして、彼女の右肩あたりを浮遊していた銀色の箱……ポッドが声を発した。

 

「個体番号:ヨルハ機体32S、機密情報漏洩の疑いで目下追跡中。推奨:速やかな確保」

「9S、脱走兵を見つけた。あなたも来て」

 

 短くそう告げると、B型のヨルハは通信を切った。

 背面は絶壁、眼前にはポッドを持ったB型のヨルハ。そして通信相手のS型もいる。

 絶体絶命の危機に、32Sは引きつった笑みを浮かべる。

 

「見逃してくれる……って事は無いよね」

「当然」

 

 瞬間、コンクリートの地面を穿たんばかりの勢いで、2Bの身体が躍動した。彼女の身体は、さながら巨大な黒の弾丸の如く、一直線に少年へと突っ込んだ。

 




第3話をお読みくださり、ありがとうございます。
文字数は多いですが、ここはまだ序幕の部分にあたるので、こんな感じなんだで読み飛ばしていただいて大丈夫な部分になります。
次回は戦闘パートになりますので、お楽しみください。

次の投稿は、また来週の日曜日を予定しています。

※Pixivにも同じものを投稿しています。
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