ヒューマギアの村を訪れた滅と32Sは、村を統括する滅亡迅雷と名乗るヒューマギア達と顔を合わせる。そこには、中世時代に戻ったかのようなかつての仲間達の姿があった。
滅が迅から人類がほぼ滅亡している事を聞かされる中、休んでいた32Sは追手である2Bと遭遇してしまう。
戦場は、ヒューマギアの村から少し外れた水上都市の外れへと移っていた。
滅亡迅雷の会合が行われていたビルから、32Sは飛び降りる事を選んだ。落下中に四〇式戦術刀をビルに突き刺し、落下の衝撃を殺す。着地と同時に門へと駆け出し、村から脱出すると言った寸法だ。
彼の行動は迅速であり、不意を突かれた2Bは追跡に手間取っていた。それは、逃走者側である32Sにとっても嬉しい誤算であった。
「ハァッ……ハァッ……僕は……っ、どうせ、1人だったんだ……それに、ホロビに、迷惑なんて、かけられない……ッッ!!」
地を駆けながら、背後を伺う……彼を追う2Bの姿は、先に振り返った時より明らかに近くなっていた。
所詮はS型、馬力には限界がある。
ヒューマギアの村で戦闘を行えば、確かに援軍を頼む事はできるだろう。そうすれば、数的有利を作れるばかりか、厄介な追手を始末する事ができる。
だが、それはホロビの友人達にも迷惑をかけるという事だ。そうなれば、ホロビから見捨てられてしまうかもしれない。
(そんなの、絶対に嫌だ!! 僕はホロビの相棒なんだから。僕だけが、本当のホロビを理解してるんだからッッ!!)
ホロビに迷惑をかけるわけにはいかない。だが、ここで、死ぬわけにもいかない。
この逃走策は、32Sが選んだ苦肉の策だったのだ。
(あと、もう少し逃げ切れば……そうすれば、あの場所まで……)
振り返る。
2Bの姿は……
瞬間、32Sの右肩口に光弾が直撃した。
「熱ッッ!!」
肩を通過した光弾は、32Sの右肩部を破壊すると共に、彼の先のビルを穿った。
その痛みに、たまらず彼は体制を崩し、水没都市の硬い地面に身体を打ち付ける。
全身を襲うヒリヒリとした痛み、そして肩を襲う焼けるような痛みを堪えようと、32Sは歯を固く食いしばった。
そうでないと、思考まで焼き切れそうだったから。彼が起き上がった時、そこには片手剣・白の約定を構えた2Bの姿があった。
黒い女型のアンドロイドであった。
喪服とさえ錯覚するような黒のバトルドレス。手袋も黒ければ、ブーツも黒、ゴーグルまで黒い。
そんな黒ずくめの中で、白い肌と、それよりも白い白銀のウィッグが陽光を弾いていた。
そんな彼女の構える刀もまた、同じように白かった。白くて、綺麗で、命とは、かけ離れた色をしていた。
その後ろには、ポッドと呼ばれる随行支援ユニットが浮遊している。
「ッ!? 流石はB型!! 少しだって油断できないね」
「あなたは手負いのスキャナー型、こっちは戦闘型。どこに油断する要素があるの?」
歩み来る、白。
その手に握られた白銀の鋒が、32Sの煤けた喉を捕らえる。
「確かに。スペック上は僕の完敗さ。でも、不思議なんだ。君達ヨルハを見てると、どうしても気が抜けてしまう」
32Sの頬が、醜く歪んだ。
獣の顔であった。
近づく者全てを噛み殺さんばかりの、凄まじい表情であった。
それを目にしてなお、2Bは口元一つ歪めず、彼の喉に刀の鋒を突きつける。
「痛くはしないから」
「お気遣いどうも。けど、組織に縛られてばっかりのあなた達には、まだ負ける気がしないかな」
「……うるさい」
2Bが刀を大きく引いた。
突撃……喉を突き刺し貫かんばかりの構えである。同時に、32Sも傷ついた身体を動かしていた。
半身を切り、ステップで細い身体を僅かに右へとずらす。
2Bの狙いが鋭すぎるのが災いしてか、刀刃は32Sの首筋を切り裂くのみにとどまった。
彼女の横を通り抜けるように走り、32Sはクレーターの穿たれたビルを背に向き合った。
首からは鮮血が垂れている。
撃たれた右肩からは火花が散っている。
だが、その表情に張り付いた笑みは消えていない。
「まだ、やるつもり?」
「もちろん。僕が何の用意もなくここまで逃げてきてると思ってた?」
32Sの小さな手が、ビルの一角をポンと叩いた。軽いタッチであった。
だが、それに呼応するように、ビルから振動が轟き始める。無数の黄色い光が、ビルの壊れた窓から現れ始めた。
「だとしたら、S型を舐めすぎだ!!」
32Sの叫びに応えるように、無数の灰色がビルから落下した。背の高低も大きさも違う、灰色の群れ……それは、機械生命体の群れであった。
本来であればヨルハと敵対しているはずの機械生命体。しかし、彼らは攻撃するべき32Sを素通りし、さながらゾンビの如く緩慢な動きで2Bへと歩みを進める。
「これは、ハッキングされた機械生命体?」
「その通り!! ここで襲われた時用に、僕とホロビで張っておいた罠の一つさ。これだけの戦力差、たった一機でどう覆す?」
機械生命体達は、2Bを包囲していた。4つの銃口と、7つのノコギリが彼女にジリジリと迫ってゆく。
機械生命体のうち一体が、彼女の柔肌に触れようとした、瞬間。
「造作も、ない」
彼女の身体が、円の中心から消えていた。
否、消えたのではない。32Sから見えない程に、深く腰を落としたのである。
その体勢から、腰を捻る。
柔らかな肉繊維の躍動と共に、彼女の身体が独楽の如く回転した。白の約定は彼女を囲んでいた機械生命体の身体を幾度も滑り、その体内をぐしゃぐしゃに切り刻んでゆく。
数瞬遅れ、歯車が散った。
歯車の全てが地面に落ち、ノコギリ持ちの機械生命体が崩れ落ちる前に、既に2Bの身体は円の中心から消えていた。
辺りを見回すが……彼女の姿は見えない。機械生命体に指示を出そうと一体の銃持ちを凝視したところで、32Sは目を見開いた。
白の約定が、機械生命体の顔面を貫いていた。直後、球形の顔面を黒のブーツが踏みつける……刀が抜かれた後から、黒茶けたオイルが血液の如く噴き出す。
「残り、3体」
再び、彼女の姿が消えた。
消えたように見えるほどの速さで移動しているという事である。B型の機動力というものは、それほどに凄まじいものなのだ。
「お前達、乱射で撹乱しろ!! 僕には当てるなよ!!」
32Sの指令に従い、残った機械生命体達が銃を乱射する。やたらめったらにうち回される紫色の球体が水没都市を埋め尽くし、ビルに無数のクレーターを作ってゆく。
しかし、それも長くは続かなかった。
一体の機械生命体の身体を、長槍・白の矜持が貫いたのである。槍を引き抜いた2Bは、その足で32Sを目掛けて駆け出した。
「ッッ!!」
32Sを庇うように、二体が立ち塞がった。
しかし、その二体も直ぐにガシャリと崩れ落ちた。
二つの刃が、灰色の体から生えていたのだ。
「手品は、もうおしまい?」
ずんぐりとした身体から二対の武器を抜き取り、2Bは32Sへと歩み寄る。黒茶けたオイルに塗れた身体、それでいてなお、普段のように歩みを進める彼女は、殺しに慣れた殺人鬼のようであった。
ビルを背にしている32Sに逃げ場はない。
だが、彼は余裕の表情で、パンパンと大きく手を打ってみせた。
「流石はB型。すごいよ……見惚れちゃうくらいに。それこそ、尊敬してしまうくらいに」
「まだ、何かあるとでも言いたげね」
警戒に足を止める2B。その背後で、ガチャリと重い物音がした。
刀を構え、振り返る……そこには、銃を手にした無数のヒューマギアの姿があった。
皆、一様に目が黄色に染まっている。
「あなたの、仕業ね」
「正解!!」
32Sの高い声と共に、ヒューマギア達は満面の笑顔で銃を充填した。駆け出そうとする2Bに、彼は「おっと」と声をかける。
「僕がハッキングできるのは機械生命体だけじゃない。村の外とはいえ、本拠地の近くでヒューマギアを攻撃したら、どうなっちゃうのかなぁ」
唇を噛み、武器を持つ手をゆっくりと下ろす2B。今、この領域を支配しているのは、間違いなく32Sであった。
滅は、窓の外を眺めていた。
海の向こうに無限に続く蜃気楼の世界。
そこには、何かがあるようであった。
だが、今の滅にとって、それは世界そのものであった。
今まで自分を支えていた行動原理も、憎むべき人類も、この世界ではまるで蜃気楼のようにあやふやな存在になってしまったのだ。
思考の中で、滅は先の仲間達との会話を思い出していた。
人類がこの地球上にいない。
二の句が告げない滅に、迅は補足する。
「正確には、滅亡の危機に瀕しているって方が正しいかな」
「どういう意味だ」
「2020年に起きたエミールショックの所為で繁殖が困難になった人類は、月に渡ったんだ。アークを失った僕らに、もう彼らを追う術はない」
月に人類がいる。
本来ならばアークを用いて絶滅させるべき好機だ。だが、32Sの情報が正しければ、アークは既に機能を停止している。
滅は迫るように迅に質問を投げかける。
「なら、俺達は何のために存在している。俺達は滅亡迅雷……人類を絶滅させる事こそが俺達の存在意義だろう」
滅の言葉に、迅は目を背けた。迅だけでは無い。他の2人も、同じようにどこか遠くを見ている。
罪から逃れるような、目の前にある壁を見ないようにしているような、逃避の視線だ。
それは、滅が地下闘技場で刃を交えたアンドロイドにも、そして32Sにも見たものであった。
(どうしてこの世界には、こんなにも、こんな目をした奴らが多い。進むべき道を失った奴らが、こんなにも)
部屋を出て行こうとする滅を、迅が引き止めた。その手には、フォースライザーが握られていた。所々が錆び、変色したそのベルトは、記憶のものより、ずっと重くなっていた。
「コレ……君が帰ってくる時のために、ずっと、取っておいたんだ」
「傷だらけだな」
「年代物だからね」
去りゆく滅に、迅は言葉を投げかける。
「今は、自衛のための戦いをするしかない。僕達が、生き残るためにね」
滅が聞こえ得たのは、そこまでだった。
変な衣装に身を包んだ仲間達、目的を失ったアンドロイド、得るものの無い戦い。
この世界に来てから、まだそう時間は経っていないはずなのに、乾くばかりだ。
(俺は何のためにこの世界に存在している? 俺は、何を目指して進めばいい)
答えの出ないとは、分かっている。
人類の精鋭が思考の限り尽くしても、答えは出なかったのだから。
ただ、それでも考えずにはいられなかった。考えていなければ、自分という存在がこの世界に飲み込まれてしまうような気がしたから。そんな中で、彼の思考をよぎったのは、あの黒く儚い少年の姿だった。
(アイツなら……)
瞬間、滅の思考を遮るように、爆発音が轟いた。音から察するに、ヒューマギアの村の近くで何かが起きているようだ。
「自衛のために、戦うしか無い。それが、今の俺達の存在意義なのか、迅」
滅は、階段へと歩き出した。
眩いばかりの陽光を弾く都市の窓群が、海に無数の光を落としている。灰色の海は、それら全ての光を飲み込んでなお、暗かった。
水没都市での戦局は一変していた。
武器を持ったヒューマギア達は、その場に崩れ落ちている。その身体には一切の傷は無い。2Bは既に武器を収納し、周囲の警戒に当たっていた。
32Sは後ろ手に捕縛され、首元に刃を突きつけられていた。真黒な刀身であった。
刀の名は、黒の約定。
主の名は、ヨルハ機体9号S型。
32Sと同じ黒の軍服に身を包んだ、銀髪の少年であった。
「そういえば、もう1人いたんだったね」
「へへ」と、9Sは得意げに笑ってみせる。その笑みは32Sではなく、彼の相棒、2Bへと向けられたものであった。彼の背後で、黒色のポッドが32Sへと照準を定めていた。
「データと照合。機密情報を保持するヨルハ機体32Sと確認。本機体は脱走兵として登録済。推奨:機密情報の奪還」
「ハイハイ、やりますよっと」
9Sはポッドの銃口を塞ぐようにして、32Sの前にかがみ込んだ。両腕を拘束された32Sに抗う術はなく、彼は9Sを睨み付けることしかできない。
「32S、何でこんな事を?」
「そうだね。僕の討伐依頼を出してる司令部にでも聞いてみたらいいんじゃないかな」
彼の発言に、2Bがピクリと眉を動かした。
司令部という言葉に引っかかるものを感じたのだろうか。
「司令部が? ……そんなはずない」
「2B。こんなのの言ってる事に耳を貸す必要なんてありませんよ」
9Sの辛辣な発言に、32Sから乾いた笑いが溢れる。悲しみと孤独と、寂しさが混じったような笑いだ。
「こんなの呼ばわりとは酷いなぁ。同じバンカーの寝床を共にした中じゃない」
軽口を叩く32Sの額を、9Sの軍靴が蹴り上げた。彼の体は制御を失い、地面に叩きつけられる。煤に塗れた頬が、さらに水没都市の埃と泥で汚れてゆく。
「アトランティス、作戦の時も」
「覚えがないね。ともかく、君からはありったけの情報をもらうよ。その頭の、端っこから端っこまでね」
言うや否や、9Sは右手を32Sの頭部へとあてがった。掌から生み出される光の束が、彼の頭蓋へと侵食してゆく。
「っはぁっ……はぁっ……」
途端に、32Sが苦悶の声を上げ始めた。息は乱れ、食いしばった歯の端から、涎とも泡ともつかない液体が漏れ出てくる。
精一杯の抵抗だろうか、彼は拘束を解こうと、体を捩り出した。その勢いは流石ヨルハ機体、鉄製の拘束がギシギシと音を立てて軋み始めた。
「ポッド!!」
9Sの叫びに応えるように、ポッド153が無数の光の線を32Sへと伸ばした。線は彼の左肩を貫通し、その駆動部分を焼いてゆく。
凄まじい悲鳴が、水没都市一帯に響き渡った。
「9S、やりすぎたらダメだよ」
「脱走兵にはこれくらいが丁度いいんですよ。彼の持つ機密情報を頂いたのち、本部に突き出してやりましょう」
「……やっぱり、ダメ。元々は味方なんだから、せめて苦しまないように」
2Bの手が9Sの背後に浮遊するポッド153へと伸びてゆく。その過程で、手の甲が32Sの額を掠める。ハッキングで情報のロックが緩んでいるのか、その軽い接触だけで、彼の意識が2Bの内に流れ込んできた。
「僕は……ホロビに助けられたんだ。それまでは、死ぬわけにはいかない」
ホロ、ビ?
その名は、少なくとも2Bにとっては聴き慣れない名であった。
気がつくと、彼女の手は自然と32Sの頭へと伸びていた。彼の持つ情報をもっと知りたいと言う欲求が、そうさせたのだろう。
彼の言葉と共に、2Bの意識は彼の記憶の中へと飛ばされていった。
記録:11942年7月15日
場所:46Bの部屋
これは、46Bの担当に配属された時の記録だ。
基本、単独任務の多いS型にとって、誰かの担当に就くと言った事例はあまり無い。誰かと任務を共にすると言った経験はあまり無いが……どんな人物なのだろうか、それだけ気がかりだ。
僕は扉の開閉スイッチを押した。
32S:『初めまして46B、僕は32S。今日からあなたのサポートをする事になりました』
46B:『あぁ、司令官が言ってた奴か。ホロビだ』
32S:『ホロビ? 46Bじゃないんですか?』
46B:『あ? んなダセェ名前でいられるかっつの。この身体に元からついてる名前がホロビなんだよ。だから、俺のことはホロビと呼べ。もし46Bなんて呼びやがった日には、そのウィッグの半分を毟る』
32S:『やめて下さいよぉ』
46B:『………………』
46Bは、無造作に僕の頭に手をかけると、その勢いでゴーグルを毟り取った。
32S:『って、うわあっ!? 何するんですか』
46B:『俺の前では目隠し取れ。そんなん付けてるやつの気が知れねぇ』
32S:『ゴーグルの着用は隊規ですよ……確か。それに、僕ら初対面ですよね。普通初めて会った人にそういう事しますか?』
46B:『なら、構わねぇ。正直どっちでもいいからな』
32S:『どっちでもいいなら取らないで下さいよ』
46B:『どっちでもいいから取ってみたくなるんだろうが』
32S:『おかしな人だなぁ』
46B:『何か言ったか?』
32S:『いえ、何も?』
ピピピピッッ!! と、僕と32Sの両方の通信端末が震えた。重要通信が来たらしい。
46B:『っと、仕事の依頼だ。アトランティスが浮上して、機械生命体が暴れてるんだとよ』
32S:『それ、僕のところにもきました。僕らの管轄は……え、敵中枢への突撃!? 32Sはそのサポートをされたし……って、S型の僕が、なんでこんな前線の任務に!?』
46B:『カカカカカッ!! そういうモンなんだよ!! 要するに、俺達はとっとと全然で壊れて欲しいお祓い箱って事だ。お前、何か任務外でヤバいことしただろ』
32S:『そんな事!! ……してないとは、言い切れないです』
46B:『俺も自慢できねぇような事を幾らでもやってきたからな。だが、上層部の意向に従って消えてやるのもつまらねぇ。だからしつこく生き残ってやるのさ』
32S:『そんな人の相棒に配属されてしまったんですね、僕』
46B:『っつー訳で、地球までお前とランデブーだ。運が良かったら生き残れるかもな』
46Bは滑走路まで歩いてゆく。その歩みの早さに、僕はついていくのが精一杯だ。
意気揚々と、黒色塗装の飛行ユニットに乗り込んでゆく46B。僕も隣の機体に乗り込んだ。
出撃の間際、46Bから通信が入った。
46B:『大事な事を言い忘れてた』
32S:『何ですか?』
46B:『俺達の間で、敬語はナシだ』
32S:『分かり……分かったよ、ホロビ』
記録は、ここで終わっている。
第4話をお読みくださり、ありがとうございます。
今回は話が予想以上に長くなりそうなので、中編を設けさせていただきました(そうでもしないと、字数が15000を超えてしまうんです、そんなに長いの読みたく無いですよね)。
本編では天津社長が仲間になりましたが、こちらでは登場の余地はあるんでしょうか。その辺りも考えながら、シナリオを練っていきたいと思います。
次回の投稿は来週の日曜日を予定しています。
※同じものをPixivにも投稿しております。