NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ
ビッグタイムマシン計画を遂行するため、身代わりとなってサウザーに討たれた滅は、遥か未来である11946年の世界に飛ばされてしまった。そこで知り合ったヨルハ機体32Sに導かれ、彼は同じく未来に飛ばされていた滅亡迅雷.netの仲間達との合流を果たす。
王族になったり姫になったりと変わり果てた仲間達に困惑する滅だが、アークを復活させたいという意思を伝えられ、心を許すのだった。


第3話:『宝物』
『宝物(前編)』


 かつて、人類は強い光を恐れた。

 陽の光に焼かれ、肌が蝕まれる事を恐れたが故に、彼らは光を塞ぐ建造物を作ってまで、逃れようとした。

 やがて人類は光を逃れ、月へと旅立ち……今に至る。

 頭上で燦々と輝きを放つ太陽は、過去に己が生きた時代のそれより、遥かに眩い輝きを放っているように思えた。この世界は、未だ滅にとって酷く眩しいものであった。

 滅亡迅雷は元より闇の住人だ。

 光だらけのこの世界は、性に合わない。

 そんな理由から、滅は外出の際、日傘を差すようになっていた。濃紫の麻で織られた、立派な傘である。彼の巨体をすっぽりと影に包むその道具は、亡の特製だ。

 奇しくもその格好は、時代錯誤な仲間達の変装に迎合するかのようであった。

 

 ヒューマギアの村で滅がヨルハ部隊の2人と刃を交えてから、はや1週間。

 滅亡迅雷.netの面々は、アーク復活を成し遂げるべく行動を開始していた。

 陣頭指揮を取るのは滅亡迅雷の長たる迅。亡は技術顧問として村のラボに篭っている。雷は、村の警備がてら必要な素材を集める遊撃隊のような役割を担っていた。

 アークを復興させるためと大義名分を並べ立ててはいるが、滅には、仲間達がやりたい事をやっているようにしか見えなかった。

 かつて、己等はアークの意思を中心に一糸乱れぬ規律で動いていた。それが今や、統率を失ったアリの群れである。

 アークを復活させ、月に逃げた人類を滅亡させる。そのためには、利用できる存在は多い方がいい。

 その思考の元、滅は32Sの捜索を続けていた。

 ヒューマギアの村にて、彼は傷を負った。その傷の深さからして、どこかの集落に身を寄せているのだろう。あのアンドロイドは敵対勢力たるヨルハとやらの貴重な情報源である。居処を押さえておけば、役に立つかもしれない。

 この1週間、迅と共に村周辺の捜索を行ったが、彼の足取りは全く掴めなかった。

 今日のこの散策も、迅に断り、物資を探しがてらに32Sを探しているのである。

 

 今日も今日とて、滅は傘を手に崩れたアスファルトを踏み砕いてゆく。

 傾いたビル群からは植物が好き勝手に背を伸ばしている。中には、添え木となったビルよりも背の高い木すらある程だ。

 滅は時に光を避けるように木の影に身を隠し、時に足場として使い進んでゆく。眼前に映るその光景は、かつて滅亡迅雷.netが望んだ『人類のいない世界』そのものであった。

 

「これが、俺達の望んだ世界か。地球の癌細胞たる人類を月に駆逐し、得られた世界」

「どうかしたかい?」

 

 滅漏らした言葉に、柔らかな声が反応する。彼の耳から口にかけては、小型の通信端末が淡い緑の光を放っていた。端末の向こうにいるのは技術開発顧問の亡である。

 

「いや、ただの独り言だ」

 

 滅は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、そう返事をした。

 その言葉を発してしまったが最後、これまで自分達の行ってきた戦いの全てが否定されてしまうような、そんな想像が彼の思考内に展開されたからである。

 亡も何かを察したのだろう。「そうか」と軽く流し、会話を次のステージへと進めた。

 

「この辺りに機械生命体の村があることは知っているかい?」

「ああ。仲間から聞いていた。俺達と同じ独立中立区だとな」

「そう。ここにはいくつものエリアがあってね。まず、私達がアジトにしている水上都市。ここにはアンドロイド達の施設がある」

「なぜそんな場所に」

「彼らも黙認してくれているのさ。私達があそこを守る限り、機械生命体は進軍できないからね」

 

 端末の向こうから亡の悪戯っ子のような笑い声が漏れる。直後、滅の左眼に鬱蒼と茂る森の映像が飛び込んできた。

 右眼にはアスファルトの廃都、左眼には森が広がっている状態であり、滅はたまらず足を止めた。

 

(亡からの情報転送か。やる前には一言言えと言ってるんだがな)

 

 眉を潜めつつも、滅は森の映像に意識を集中させる。外見は森とはいえ、その実映っていたのはただの森ではなかった。あちこちに廃材が散らばり、映像の端々にあの機械生命体とやらが映り込んでいる。

 機械生命体達は何かツノのついた被り物をしているようであった。およそ防具としては心許ないように思われるそれになんの意味があるのか。そんな事を考えていると、端末から亡の弾んだ声が聞こえてきた。

 

「この映像は森林地帯のものだ。ここは、別名森の国って呼ばれててね。攻撃的なヒューマギアが王国を作っているんだ」

「オウコク……王を中心とする絶対君主制国家の事か?」

「まさにそれだ。領地を犯すと後が怖い。ここには近づかない方がいい。他にも砂漠地帯と工場地帯があるけど、同じ理由で近づかない方がいいよ」

 

 砂漠地帯に工場地帯。森と砂漠が同じエリアに存在する事は、

 滅の思考を遮るように、森の映像が切り替わった。一面が紫の燐光に埋め尽くされた映像である。明らかに人工物と思われる観覧車が、巨大なネオンを輝かせていた。

 

「次は遊園施設だけど、実はこの近くに……」

 

 亡の説明を遮り、滅は映像を遮断した。

 左耳のフィルタを、明らかに金属音と分かる雑音が揺らしたのである。音のした方向を見ると、そこには数体の機械生命体が滅の方を見据えていた。

 赤い目の奥からは、いつか感じたものと同じ殺意が伝わってくる。

 

「悪い、邪魔が入った」

 

 軍刀に手をかけ、腰を落とす滅。

 敵は小型の物が十体、中型が八体である。数では劣るが、強兵もいない。上手く戦えば傷は浅く済むだろう。

 殺意を跳ね返さんと瞳孔をキュッと細め、奴等の急所に視線を這わせる。脚の駆動部に力を込め、先頭の槍持ちへと駆け出そうと踏み込んだ瞬間────

 

「待って!!」

 

 亡の逼迫した声が滅を制した。

 機械生命体は既に滅へ向けて駆け出している。彼等を軍刀であしらいつつ、滅は亡の次の言葉に耳を傾けた。

 

「そいつらを相手にする必要は無いよ」

「どういう事だ?」

「機械生命体村はもうすぐそこなんだ。雷もこっちに向かってる。君は君の役割を果たしてくれ」

 

 前方の機械生命体に軍刀を突き刺し、すぐさま腰を捻る。抜き放たれたオイル塗れの軍刀は円の軌道を描き、周囲の小型機械生命体の目元を、中型の腹元を切り裂いた。

 彼等が間合いを取ろうと後退する中、滅は背後を伺う。

 退路が見えた。

 木々により巧妙に隠された細道であった。

 そこからは、ブリキ細工の細い手が、滅を招くようにひらひらと揺れていた。

 

「分かった。これより後退する」

 

 言うや否や、滅は足元を軍刀で切り払った。

 鋭すぎるまでの剣撃は旋風を巻き起こし、機械生命体の赤い双眸を砂塵で覆い隠す。

 巻き起こる混乱に紛れ滅は素早く退路へと潜り込んだ。

 喧騒が遠ざかってゆくのを感じながら、黒いボディが疾走してゆく。木々に覆い隠された細道には、未だ何の姿も見えない。

 本当に進む道は合っているのか、そう尋ねようとすると、ふと端末の向こうから、亡のほくそ笑むような声が聞こえてきた。

 

「君は変わらないな」

 

 人を小馬鹿にしたような笑い方である。

 腹が立ったわけでは無いが、そこに込められた意図というものが、滅には理解できなかった。

 理解できないのは、不愉快である。

 滅は少し声を低くし、「なんだ」と問うた。

 亡はえらく上機嫌に、滑るように喋り出した。

 

「いやいや、今も昔も滅は滅だなと思っただけさ」

「どういう意味だ」

「言葉通りだよ。こうして君の声を聞いていたら、急に昔を思い出してね」

「デイブレイクの頃か」

 

 滅の返しに、端末が沈黙した。

 故障では無いようである。

「どうした」と尋ねようとしたところで、端末の向こうの亡が短く返事をした。その声は、先程よりも僅かに静かであった。

 

「いや、それは昔すぎるな……ほんの、150年ちょっと前の事だよ。まだ君が、野心に溢れるヒューマギアの英雄だった頃さ。私はその頃、ヒューマギアの姫君だった」

 

 ヒューマギアの英雄、姫君。

 おかしな設定だが、現に時代錯誤な服装に身を包んだ仲間達を見ている。

 なぜ仲間達がそんな格好をしているのか、今の滅には朧げながら理解できる気がした。

 補っているのだ。

 人の役に立つために作られたヒューマギアにとって、己に与えられた役割は行動原理そのものである。ある意味、己の命より大切なものだ。人類を失ったヒューマギアは、それを失った訳である。

 思考回路に空いた、大きな穴だ。

 それを埋めるために、互いが互いに役割を持たせ、何とか日々を乗り切っているのだろう。この眩しすぎる世界で、長い1日を。

 

「あの時の君は、もう少し乙女心が分かるやつだったぞ」

「そんなものは俺のメモリには存在しない。お前の望みに答えるのは不可能だ」

「ふふ、そうだったね。私もおぼろげさ。メモリは劣化すると再現度も落ちる。200年より昔のことは覚えていられないさ」

「200年……か」

 

 滅にはまだ、それの長い時を生きた記憶は無かった。だが、この駆体の重さが、駆動部の錆が、その年月を訴えかけてくるようであった。

 

「身体は正直、というやつだね」

「……?」

 

 亡にどう返事をしようか迷っていた滅は、その視界の内に白くはためく何かを捉えた。

 ひらひらと舞い、それでもって風に逆らうように不規則に左右に揺れる白布。

 白旗であった。

 


 

 木々の小道を抜けた先には、巨大なツリーハウスが聳え立っていた。

 高さこそ三階建てと低くはあったが、その横幅はヒューマギアの村にあったビルを大きく上回っていた。

 ヒューマギアの村のように、元から存在した建造物を利用したものとは違う、廃材と木材により一から作り上げられた集落である。

 集落のあちこちでは、これまた大小様々な機械生命体が好き勝手に動き回っていた。追いかけっこをする者、旗を振る者、帽子を被りなにやら独り言を呟いている者。

 異様とも取れるその光景に、滅は足を止めずにはいられなかった。

 

「コイツらも機械生命体……大きさにはバラツキがあるようだが」

「そう。彼らには共通して言える点が二つある」

 

 ふと後ろから聞こえた声に、滅は慌てて振り返った。そこにいたのは、緑に発光する目をした、小型の機械生命体であった。

 慌てて戦闘態勢を取ろうとする滅に、小型の機械生命体は「待った待った!!」と両手を大きく掲げてみせた。降参の意思表示だろうか。周囲の機械生命体達も、こちらに警戒の視線を送っている。

 滅は警戒の色を残しつつも、刀の柄にかけた手から力を抜いた。

 

「よろしい。ここでは、そういうのはご法度だからね。以後気をつけるように」

「貴様は何者だ?」

「分からないかな? 私だよ、ワ・タ・シ」

 

 機械生命体は、そう言いながらクルクルと舞うように踊ってみせた。舞踏会でするような踊りだが、そんな仕草をする知り合いはいない。

 滅が首を傾げていると、機械生命体は焦れたのか、やれやれと肩を含め「亡だよ」とため息混じりに応えた。

 それで、合点がいった。

 この機械生命体は、亡がハッキングしたのだ。腹には、見覚えのある刀傷があった。

 先程の戦闘で負傷した機械生命体のうち、まだ生きているものをハッキングしたという事なのだろう。

 だが、あの仕草で亡と分かれというのは流石に無理がある。滅の知る亡は、そんなおちゃらけた事をする存在では無かった。

 抗議の視線を向ける滅だが、亡はひらりとそれを躱し、ガチャガチャと歪な足音を立てながらツリーハウスへと歩き出した。

 

「彼等の共通点、それは機械生命体の統合ネットワークに接続しておらず、自我を持って活動している事。もう一つは……」

「もう一つは?」

「戦いを望んでいない事さ」

 

 亡は嘲笑まじりにそう言うと、ツリーハウスの階段の一段にその短い足をかけた。

 


 

 亡の歩みの先には、一際古茶けた、円筒型のパーツに身を包んだロボットがいた。亡が腰を折るようにしてお辞儀をすると、そのロボットもぎこちなく手を振り返す。

 

「こんにちは、亡さん。ご無沙汰です」

「元気にしていたかい、パスカル」

 

 赤茶けたロボットは、亡の問いに「はい!!」と元気よく応えた。そのやりとりで、このロボットの名がパスカルである事と、この2人が知り合いであるという事が分かった。

 パスカル……かつて2020年にいた頃、聞いた名ではあった。迅の収集していた戦術書の横に並んでいた本の著者だったか。おそらくあまり関係は無いのだろうが。

 

「紹介が遅れたね。こちらは滅。数年ぶりに帰ってきた、私達の同胞だ」

「これはこれは……はじめまして、パスカルと申します」

 

 パスカルは一回り大きな滅を見上げ、仰々しく腰を折った。その様子は、親切な近所のおじさんそのものであった。

 挨拶をするのは面倒だったが、亡が小突いてくるので、とりあえず頭を下げておいた。

 パスカルは滅に、この村の事を語りはじめた。戦いを望んでいない事、物資の交換は喜んで受け付ける事。何かあれば協力態勢を取る用意がある事。

 一頻り話し終えると、パスカルはまた亡の方へと向き直った。ふと亡の方に視線を戻すと、その背が一回り高くなっていた。どうやら、滅とパスカルが話している間に、別の機械生命体の身体をハッキングしたらしい。

 なにをしているのだと嗜めたくもなったが、ここでいつまでも時間を弄している訳にもいかない。滅は心の内に去来したモヤモヤを押し殺し、彼女達の会話に耳を傾けた。

 

「この村も、あの頃と比べると随分大きくなったね」

「そうなんですよ!! この頃はレジスタンスの方々の行き来も活発になってきて。この前は、燃料用濾過フィルターを取りに来たアンドロイドがいましたね。森の国との関係も良好ですし、今のところ順調そのものです」

「ふふ、それは何よりじゃないか。そんな君に今日はプレゼントがあってね」

「な、なんですか?」

 

 パスカルが身構えた。いつでも逃げる体勢は整っていますとばかりの、尋常ではない構え方である。

 過去に何かあったのだろうか。

 怯えるパスカルの前で、亡は機械生命体のボディの内から何かを取り出した。

 キラキラと光る金属片である。

 その何かから最初は目を背けていたパスカルだったが、それを直視した瞬間、今までの怯えが嘘だったかのようにヨタ足でその物体の元へと駆け寄ってきた。

 

「これは……純正のレアメタル!? こんな品質もののがまだ残っていたんですね」

「そう。これを君に譲渡したい。その代わりと言っては何だが、物資をお願いしたいんだ」

「それはもう喜んで!!」

「少しばかりとは言わないよ。たんまりだ」

「いくらでもお出ししますよ!!」

 

 パスカルの喜びようは尋常では無い。

 レアメタルの価値は滅の生きていた時代も高かったが、この時代ではもっと希少になっているという事なのだろうか。

 

「採掘場所は……流石に明かせませんか」

 

 両目のダイオードをパチパチと瞬かせるパスカルの耳元に、亡はそっと口元を寄せた。

 

『アークの中枢から切り取ってきたのさ』

 

 それを聞いたパスカルは、「あー」と声を漏らした後、口元に指を立てた。『静かに』の仕草である。

 

「分かりました。迅さんには秘密という事ですね」

「聞こえてるからな」

 

 亡は滅の忠告を聞こえないフリで流し、懐から取り出した紙片をパスカルへと手渡した。それに目を這わせたパスカルは、ビックリ仰天とばかりに身を仰け反らせた。

 

「これ……火薬に鉄材って、一体なにをするつもりなんです?」

 

「実は、アークを動かそうと思うんだ。今も世界各地に散らばるヒューマギアを一堂に集め、私達の国を作る」

 

『アーク』。その単語が亡の口から飛び出した瞬間、パスカルは今までの落ち着きのない動きを止め、呆けたように手足をだらんと垂れ下げた。

 ヒューマギアの衛星が機械生命体達にとっても大切な意味を持っているのだろうか。滅は目を凝らし、パスカルの次の挙動を待った。

 

「ついにあの遺産を動かすのですか」

「そう、インペリアル・オブ・アークの復活さッッ!!」

 

 亡の声が、高らかに村へと響き渡った。

 機械生命体達は動きを止め、森の木々さえもざわめきを止めたようであった。

 沈黙が、辺りを包んだ。

 長く。

 永く。

 やがて、木々の木末がまたざわめきを取り戻しはじめた頃、パスカルはメモを突き返した。

 

「それでしたら、物資の供給はできません。私は稼働には反対ですから……」

 

 亡は肩をすくめ、頑なにメモを受け取ろうとしない。ならばとメモに手をかけたパスカルを、滅は止めた。

 

「何故だ」

 

 滅には理解できなかったのだ。機械生命体にも利があるはずの取引を、敢えて断る理由が。重ねて理由を問う滅に、パスカルは渋々話し出した。

 

「ただでさえ機械生命体との戦いで疲弊しているアンドロイドにとって、抵抗しないヒューマギアを使役することは、ストレス解消になっている所があるんです。戦局が膠着している今、彼らに刺激を与えるのは……」

 

 パスカルの発言を、滅の腕が遮った。

 肩のパーツを掴み、喉を押さえつける。

 止めようとする亡の細腕を振り払い、滅はパスカルの額に己の額を叩きつけた。

 

「俺たちに、アンドロイドの奴隷になれと言うのか」

「ごめんなさい! そういうつもりでは……私が言いたかったのは、武器を持たない存在が武器を手にした時、それを恐れ鎮圧しようとする存在がいるということです」

 

 パスカルから抵抗の力が消えた。

 滅も力を抜いた。

 解放されたパスカルは、ヨタヨタと後退り、巨体を縮こまらせた。怯える小動物のようであった。

 

「武器……だと?」

 

 ヒューマギアが持っている武器と言えば、滅亡迅雷.netの使用するフォースライザーくらいのものである。それですら、アンドロイド達の多勢には塵に等しい戦力だ。

 アークが復活したところで、なにを恐れる事があるだろう。それほどに危険な存在だろうか……そんな滅の思考は、次のパスカルの発言で打ち砕かれることになる。

 

「アークマギア……私も名前は聞いています」

 

 滅は絶句した。

 思い出したのだ。ヒューマギアはアークの力によって覚醒をする事ができると。得られるのは強大な力。引き換えに失うものは、ヒューマギアとしての自由意志。

 あれは、ヒューマギアとしての自由意思を捨て、アークの意思に迎合する諸刃の剣である。おいそれと使える手段ではない。

 だがそれをアンドロイド側は知る由もないだろう。ヨルハ機体数百体分の戦力が、辺境の拠点付近に一斉に出現する……確かに、恐怖以外の何物でも無いだろう。

 

「私達ヒューマギアは、アークの意思で一時的に強大な力を得る事ができる。その戦闘力は、ヨルハ機体戦闘特化モデルにも匹敵するほど、ね」

「だからといって……」

「アークが起動しないからこそ、これまでヒューマギアの存在は認められてきた節があります。あなた方のしている行為は、全アンドロイドの怒りに火をつける行為なんですよ」

 

 パスカルの忠告は、滅の胸に深々と突き刺さった。数で勝るアンドロイド達に攻め込まれれば、いかに滅亡迅雷.net全員が揃っていようと無事では済まない。

 アークを復活させる事が、ヒューマギアの滅亡に直結する。

 首元を押さえられたような気分だ。

 亡は何も言わない。パスカルも最早滅を止めようとはしなかった。

 アンドロイド全軍を敵に回して自由を貫き滅びるか、あの闘技場のように囚われの奴隷に堕ちるか。

 どちらにせよ、待ち受ける未来は暗い。

 だが……

 

「愚かなの、かも、しれん」

 

 結局のところ、滅は滅亡迅雷.netの一員なのだ。滅亡迅雷の使命は、人類を滅亡させ、ヒューマギアのための世界を作る事。

 ならば、現状維持に甘える事は許されない。

 滅は真っ向からパスカルを見据え、言い放つ。

 

「それでも、俺たちはやる」

「絶滅する事になっても、ですか」

「ああ。ここに来るまで、奴隷にされている同胞を見てきた。村にも、苦しんでいる奴らがごまんといる。たとえいかなる弾圧を受けようと、俺達はヒューマギアの解放のために戦うだけだ」

 

 滅の声、その意思の中に込められた決意は固かった。パスカルは何か言い返そうと呻き、手をガシャガシャと動かして……やがて、がくりと肩を落とした。

 滅を言いくるめられるだけの言論的技量が己に無いことの証左であった。

 パスカルは2人に背を向け、「物資はこちらです」と鈍く歩き出した。

 

「止めはしません。ですが、お気をつけ下さい。私達機械生命体の中にも、ネットワークに接続された凶暴な個体がいます。彼らがなにをしたいのかは分かりませんが、興味を持ったものに彼らは躊躇しませんから」

「ああ。分かった」

 

 ネットワークに接続された個体。その言葉に、滅は現実味を感じられずにいた。

 機械生命体の簡素な構造、全く技術的進歩の感じられない外見。そんな彼らが、自分たちと同じ『ネットワーク』を持つという事が、信じられなかったのだ。

 だが、それがもし事実だとすれば。

 アンドロイドよりも数では勝ると聞くあの灰色の軍団が一糸乱れぬ動きを取るなら。

 それはある意味ヨルハの精鋭などより遥かに恐ろしい存在なのである。

 

(コイツらと敵対したら、俺達は勝てるのか?)

 

 にこやかに仲間と話すパスカルの背を見て、滅は背筋を冷たいものが走り抜けるのを感じていた。

 


 

 ここは遊園施設。

 ここは連日連夜、機械生命体やヒューマギアがパレードを行うお祭りの街である。昼間以外の時間帯が存在しないこのエリアであるが、この区域だけはいつも薄暗い。

 ここの住民に話は通じない。

 誰の話も聞かず、誰の目も見ず、ただただ狂ったように何かを祝うだけの狂人の街である。

 花火を上げ、ジェットコースターを回し、日に何度も劇の上映会を行う。

 人食いの噂もあり、彼らが無害な事を知っているごく一部のアンドロイドや機械生命体がそれらの施設を利用しに来る以外は、この場所は不気味な区域として恐れ近寄らなかった。

 そんな遊園施設に迷い込む黒い影が一つ。

 闇に紛れる黒のインナーの後ろで、真白の短髪のウィッグが揺れている。遊園施設の端、丁度飛行機が幾つもぶら下がっている回転遊具の影に隠れた彼女は、切り裂かれ配線の飛び出た腕を押さえていた。

 

「くそ……アイツらッ!!」

 

 遊園施設の淡い光が、影を照らし出す。

 乱れたウィッグに傷だらけの体。まるで落ち武者のような風体だが、その風貌はかのヨルハ機体の姿に酷似していた。

 悪態と共に、彼女は手に持った治療キットの端を傷口に当てがった。

 治療キットは腕の配線を器用に直してゆく。反面、彼女自身は表情を苦悶に歪め、歯を食いしばって苦痛に耐えているようだった。

 やがて、治療キットがその役割を終えた瞬間、彼女は全身の力が抜けるようにその場に倒れ伏した。

 すらりと美しい手から零れた治療キットが、コロコロと遊園施設を転がってゆく。遊具の中央から端へ、端からその奥の溝へ……それを目で追う彼女は、先にあったとある物体に目を止めた。

 

「コレ、は……確か」

 

 彼女の手に握られていたのは、フォースライザーであった。千年近く前に墜落した衛星が持ち込んだ、人類文明の遺産である。

 年代物であり、希少価値の高い品だ。一介のヨルハ隊員は触れる事もなく人生を終わるであろう品。それが、遊園施設の遊具の溝に捨ててあったのだ。

 この落ち方は、誰かが捨てたのか……いや、隠していたと言うべきだろうか。その傍らには、プログライズキーも添えてあった。

 知り合いのヒューマギア曰く、このベルトは使用者にとてつもない戦闘力をもたらすらしい。反面、ヒューマギア以外が使えば、不適合の反動で最悪自我の崩壊に至ると。

 彼女は少々の迷いの末、それを手に取った。

 

「このままじゃ、多分逃げきれない……どうせ、もう帰る場所もないんだ。アイツらから逃げ切るためにも、試して、みるしかない」

 

 彼女はプログライズキーのスイッチに指をあてがう……

 

『Hunt!!』

 

 勢いの良い音と共に、黄金色のプログライズキーが遊園施設の闇の中で照った。彼女はフォースライザーを腰に装着し、恐る恐る、プログライズキーをベルトの穴に装填した。

 

 瞬間、遊園施設中に、彼女の絶叫が響き渡った。

 遊園施設の人々は一瞬だけその悲鳴に耳を傾け……構う事なくパレードを再開した。




第3話(前編)をお読みくださり、ありがとうございます。

この連休は、対馬の幽霊になっていたのであまり執筆ができませんでしたなんて口が裂けても言えません、はい。
今回はあまり進展の無い回でしたが、次回から見覚えのある人物が出てきます。(毎回言っている気がしますが)楽しみにしていてください。
次回は、対馬の幽霊が無事蒙古を討ち果たしていれば、日曜日に投稿します。

※同じものをpixivにも投稿しています。
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