アークを復活させることになった滅亡迅雷一行は、様々な準備をとり行なっていた。そんな中、32Sを探していた滅は、亡の付き添いで機械生命体の村へと物資を取りに行くことになる。村長のパスカルと話すうち、滅は機械生命体の怖さに気がついてゆく。
パスカルや滅の住むエリアに、夜や夕方といった概念はない。永遠に太陽が照りつける、眩しい昼の国である。
時間という概念を押し付けるのは、自分達の体内に内蔵されたデジタル時計しかない。それが故障して仕舞えば、たちまち時間という船は転覆し、無限の昼という大海原に身一つで放り出される事になる。
ここは機械生命体の村。
平和を求める機械生命体達が、旗を降ったり、鬼ごっこをしたり、はたまた思索にふけったり……大きさも背の高さもバラバラな彼等が共存している様は、一種のユートピアを彷彿とさせる。
だが、彼等が暮らしているのは廃材によって作られたツリーハウスである。機械の骸によって築かれた理想郷は、言い方を変えればディストピアと言えるのかもしれない。
機械生命体の村の中には、ヒューマギアの姿も見受けられた。どうやら、ここに落ち着いている個体もいるようだ。
ヒューマギアの村よりも居心地はいいのかもしれない。若干閉鎖的なあの村より、よほど開放的である。
もしかすると、自分達が求めていたのはこんな世界だったのではないか。永遠に今日という安寧を繰り返さず、明日という風を取り入れながら前に進む。そこに多少の危険はあれど、僅かな充実感に惹かれるように進む。
緑の目を爛々と輝かせながら次々と物資を運んでゆく機械生命体達の姿を見つめながら、滅はふとそんな事を考えていた。
「ホロビさん」
ふと話しかけてくる者があり、滅はのそりと思い身体を声の方へと向けた。
いたのは、パスカルであった。
おずおずと、それこそ首をいつでも引っ込められる亀のように怯えているのは、先程のやり取りで滅が乱暴をしたせいだろう。
もう、危害を加える意思はなかった。それを示すため、滅は両腕の力を抜き、「なんだ」と短く聞いて見せた。
怯えようは変わらなかったが、それでもパスカルは震える足で廃材を踏み、一歩を踏み出した。滅に、言葉を伝えるため。
「厳しい事を言ってしまいましたが、私はヒューマギアの独立自体には賛成です。それに、あなたは強い意志を持っている……もしよろしければ、また是非、いらして下さい」
それだけを若干早口で言うと、パスカルはキュッと踵を返した。
強い意志を持っている。
パスカルのその言葉が、滅の中で蟠っていた。
確かに、滅亡迅雷.netは人類滅亡を目指して活動し続けた。人類のいない世界が理想郷の完成形と信じ、がむしゃらに戦い続けた。
だが、それはアークの意思の元に行われた事である。滅自身が人類に恨みを抱いていた訳でもなければ、自然浴衣かな環境を切に望んでいたわけでもない。
俺がアークを復活させたいと考えているこの思考は、果たして意志なのか。自分の、意志なのか。
そうでなければ……
自分の意思とは、何なのだ。
不安と不快の渦に巻き込まれそうになっていた滅の思考を、ふと高い金属音が切り裂いた。
それは、機械生命体の鳴き声のようであった。そのヘルツの高さからして、どうやら子供の機械生命体らしい。
声のした方に目をやると、ちょうど目を緑に輝かせた小型の機械生命体が、パスカルに抱きつこうとしているところだった。
「パスカルオジチャーン」
「はーい、どうしました?」
腕をぐるぐるさせながら暴れる小型の機械生命体を、パスカルはギュッと胸で押さえつける。その数m後ろから走ってくるのは、黒い服に身を包んだアンドロイドだ。
その姿には、見覚えがあった。
「アノアンドロイドガ、アンドロイドガイジメル!!」
「あーもう、待てって! 勝手に走っていっちゃうんだから」
この眩しい光の世界の中にあって、異彩を放つ外見。黒い髪、黒い軍服、黒いズボン。靴の先まで黒い。その中で、煤けた肌の白さだけが光に馴染んでいる。
そのヨルハ機体には、見覚えがあった。
パスカルは小型の機械生命体をあやしながら、少年のヨルハへと問いかける。
「どうされました?」
「いや、この子が遊園施設に遊びに行った時に、宝物を落としちゃったらしいんですよ。でも、遊園施設には人食いもいるらしいでしょう? だから1人で行くのは危険だって」
ヨルハの説明に、パスカルは「あぁ」と笑いまじりに答えた。子供が駄々をこねているだけ、そう判明し安心したのだろう。
「ありがとうございます」
サファイア色の双眸を点滅させそう礼を言うと、パスカルは小型の機械生命体を解放し、彼女の元に蹲み込んだ。
そのやや細長い足の関節部を折りたたんでやっと、パスカルと彼女の背の高さが一緒になった。
「あっちは危ないから、パスカルおじちゃんが後で探しに行ってあげましょう。どんな宝物ですか?」
優しく問いかけるパスカルだが、小型機械生命体の癇癪は治らないようだ。
「ワタシシカワカンナイ!! ワタシガイク!!」
両手をブンブンと振り回し、ひたすらにパスカルを困らせる彼女の様子を、ヨルハは頬を緩ませながら眺めている。
そして、そんなヨルハの背後から、その肩を掴む者があった。
滅であった。
「久しぶりだな、32S」
「ホロビ……来てたんだ」
ヨルハ機体……32Sは、最初こそその灰色の眼を大きく見開いていたが、すぐにそれを元のようにキュッと細めた。
お前には今は心を許さない、そんな意思を察した滅は、彼の肩に置いた手をそっと戻した。
「ヒューマギアの村には馴染めた?」
「あぁ。今はアーク復活のために作戦行動を行っている。俺達には、お前の持つ情報網が必要だ。また2人で組む気はないか?」
「僕は、君……達に協力するつもりはない。ヨルハが必要なら、そこらにいるのを捕まえてハッキングすればいいだろ……ッッ」
32Sは僅かにその口端から白い歯を覗かせた。食いしばった犬歯が、下の歯を破壊せんばかりの勢いで細かに揺れていた。
滅には、彼の考えている事が理解できない。彼が何故自分の元に戻って来ないのかも、何故自分を拒絶するのかも。
「俺達にはお前が必要だ。アークのために、なにより、この世界での俺の目的を見つけるためにな」
その言葉に、32Sは僅かにその灰色の眼で滅の顔を返り見た。その意図もまた、滅には分からない。少年も、何も語ろうとはしない。2人の間には沈黙の霧が立ち込めていた。
そんな空気を断ち切るように、パスカルの困ったような声が滅の集音フィルタを揺らした。
「あー。これは難しいです。しかし、私がこの村を空けるわけには行きませんし。どうしましょう。誰かこの子の宝物を探してくれる親切な、人海戦術が使えそうなヒューマギアがいればいいのですが」
独り言のようでありながら、明らかに誰かに向けて発せられた言葉である。滅があたりを見回していると、ふと機械生命体の細い腕が腰のあたりに巻きついていた。
32Sにも同じくである。
緑に目の光った個体であった。
「私達が行ってくるよ。散歩もしたかった事だしね」
「どういうつもりだ、俺は……」
抵抗しようとする滅の口を、今度は大型機械生命体の手が塞いだ。これもまた、緑色に目の光っている個体である。
「いつも物資を工面して頂いているお礼をしなければね。それに、実はあのメモに書いてある物資の量は最低限の量だったりするんだ。あともう少し手に入れば、計画も安定するはず」
亡の言いたい事に察しがついた滅は、軽いため息と共に身体の強張りを解いた。32Sは未だ抵抗しているようだが、大型機械生命体の膂力の前には子猫の抵抗のような物だろう。
「なにより、パスカルおじちゃんは、子供の頼みは断れない人だからね」
「亡さん、相変わらず悪い人ですね」
笑う2人の機械を前に、滅は自分が非常に面倒な厄介事に巻き込まれている事を改めて自覚した。
燦々と照りつける太陽がツリーハウスの廃材を熱するこの機械生命体の村で、滅は己の精神的無力さを知った。
遊園施設。
紫と光の世界である。
左右非対称のハートのくり抜きが行われた巨大な城の周りでは、細長い人類文明の遺産が猛スピードで駆け回っている。城の周りをデコレートする花火が絶える事はない。誰が打ち上げているのかは知らないが。
入場者を待ち受けるのは、巨大なウサギ型の黄金像が飾られた広場でのパレード。それを抜けて寂れた小道を進んで行くと、様々な遊具が点在する遊園ゾーンへと入る事ができる。
そこを抜け、やっと入場者は城へと入ることができるのだ。おちゃらけた外観とは裏腹に、かなりの広さを持った施設なのである。
薄暗い夕闇の空の中で、機械生命体とヒューマギアが延々とパレードを繰り返す奇妙な街である。成熟した精神を持ったアンドロイドにとっては、この場所は狂気そのものだが、子供の機械生命体等にとっては遊びと未知に溢れたワンダーランドになり得るのだろう。
さて、ここに今宵も入場者が数名現れた。
小型の機械生命体を連れた、ヒューマギアとヨルハ機体の一行である。
待ち受けるパレードに、ある者は声を上げて喜び、ある者はたじろぎ、ある者は無視し、ある者はそのパレードを構成する一部の機械生命体を捕まえて遊んでいた。
「ヨロコビヲワカチアオウ!」
「アオウ!」
彼らの好き勝手な行動に負けず、ピエロ衣装に身を包んだ機械生命体達のパレードは、ひたすらに楽しげに像の周りを回る。
ある者は手に持った銃から風船を吹き出し、ある者はラッパを手に行進を続ける。
そんな奇妙なパレードの様子を眺めながら、滅はやっと口を開くことができた。
「なんなんだコイツらは」
「人類文明を模倣してるのさ。私達となんら変わらない」
彼の問いに答えたのは、同じヒューマギアの亡である。とはいえ、彼女は現在ハッキングした機械生命体の意識を介在してこの場にいるので、外見は胴長の中型機械生命体そのものだ。
彼女の方から声がする度、滅が反射的に刀の柄に手をかけてしまうのはそのためである。
「俺の知る人類はこんな事はしない」
ため息と共に先行しようとする滅の腕に、中型の機械生命体が絡み付いてきた。見ると、先程とは別の個体である。
「一体何体操っている?」
「ふふ、いくつだと思う?」
パレードを突っ切り、先へと進んだ滅は、ふと寂れ街の中に見知った顔を見つけた。
それは、ヒューマギアであった。
ヨルハのような黒い服に身を包み、ややおとなしげな青年の顔をしたヒューマギア……祭田ゼットである。
まだアークが復活していなかった時分、彼と滅は同じ滅亡迅雷.netの同志として活動していた。彼の裏切りにより両者は袂を分かつ事にこそなったが、滅は彼を『暗殺』と呼び頼りにしていたものである。
予想外の再会に面食らいつつも、滅は一心不乱に何かを差し出している彼に声をかけた。
「お前は何をしているんだ」
滅の問いに、祭田ゼットは笑顔で「ようこそ、ワンダーランドへ」と返した。
よく見ると、黒服のあちこちには蛍光色の飾りが施されている。彼の差し出したチラシをポケットに押し込み、滅は再び同じ質問を繰り返した。
「チラシ配りが私の担当です。私のお仕事は祭りを盛り上げる事。お客さんは滅多に来ませんが、ここにいるとなんだか安心するんです」
「客はいないようだが」
嘲笑まじりにそう言うと、ふと横にいた機械生命体が、壊れたロボットのように、ケタケタと笑い出した。
「オメデトウ! アナタが1人目のお客サンです!!」
その手には、割れたイヤリングが握られている。何の活用性も無いガラクタだ。
「まったく、下らん」
無駄な時間を過ごした、と振り返ると、丁度亡の操る機械生命体達が寂れ街の傾斜を登ってくる所であった。亡のハッキングした機械生命体の肩には、宝石に飾られたポーチがかけられていた。そのポーチの口からは、またさらに安物の宝石が飛び出している。
同じものが、小型の機械生命体の肩からも垂れ下がっていた。
二体とは距離をとっている32Sも、両手に光る棒を持っている。一行に合流した後も、滅は妙な疎外感を感じずにはいられなかった。
寂れ街も終わりに近づいてきた頃、32Sが小型の機械生命体に問いを投げかけた。
「で、宝物って何なの?」
「ヒミツ!! ミツケタラオシエテアゲル!!」
やけに楽しげに、小型の機械生命体はずんぐりとした身を弾ませながら答えた。
可愛らしい仕草ではあるが、それではやはり探しようもないのである。
「でも、なんなのか解ってないと、僕たちも探しようが……」
「ダイジョウブ!! バショハ、ワカッテルカラ!!」
言うや否や、小型の機械生命体は、進行方向にあった遊具の方へと突進していった。その後を、亡が追いかける。
後には、32Sと滅だけが残された。
2人とも、口を開かない。
花火の音とパレードの歓声だけが2人の背後で楽しげに騒いでいる。
「仲間のところ、行かなくていいんだ」
「あの依頼を受けたのは俺ではない。それに、亡なら多少の事態には対応できるだろう……傷はもう良いのか?」
滅は目も合わせずにそう問うた。
「それは、大丈夫だけど」
32Sは目も合わせずに、そう答えた。
「お前は俺を導く光の一つだ。この星のアンドロイドを知るために、お前は必要だ」
「一つ……か」
32Sの声には、若干の寂寥が混じっていた。それは、滅にも理解できた。ただ、その感情の源がどこにあるのか、それだけは理解できなかった。
「あのさ……」
32Sが徐に話し出したのは、亡達が飛行機型の遊具に遊び飽き、また別の遊具を探しに行ってからの事であった。
およそ6分後の事であった。
「あの子の宝物って何なのかな」
「想像もつかんな」
復た、沈黙の谷が2人の間を引き裂いた。
『バンッ!!』
ふと背中を襲った衝撃に滅が振り返ると、緑の目をした機械生命体が彼の背の生体部分をつねっていた。痛みは無いが、何か責められているように感じ、滅は何とか思考の中から話題を探した。
「お前にも、宝物があるのか?」
「どうして?」
32Sの回答は淡白であった。
だが、ここで挫けては背後の亡に何をされるかわからない。
会話を続けるんだ。
「前に言っていただろう。『僕の宝物に触るな』と」
「あ……聞こえてたんだね」
32Sは恥ずかしげに俯いた。
今日初めての、拒絶以外の感情であった。
視界の端で、緑目の機械生命体が「やったぜ」とばかりに腕をぐっと引いている。
「……それは、今は僕の口からは言いたくない。君がホロビの記憶を取り戻したら、自然とわかる事だから」
「何だそれは」
「秘密。でも、これだけは信じて欲しい。僕は、君と約束をしたあの日から、ホロビを信じなかった事はなかったって」
その後何度聞いても、32Sは滅の問いには答えなかった。聞き直す度に背後の機械生命体がノコギリやらハンマーやらで背を叩いてくるので、滅は逃げるように遊具密集地へと歩き出した。
その先では、亡と小型の機械生命体が何やら騒いでいるようであった。
「ノリタイ! アレ! アソノコニアルノ!」
小型の機械生命体は、遊具を指差していた。その先にあったのは、例の城の周囲を何周もしていた遊具である。
「アレって、人類文明の遺産だよね……名前は確か、『絶叫マシン』だったかな」
「正式名称はジェットコースターだ。ついぞ乗る事は無かったがな」
『超高速で動き回る鉄の列車』それが、滅のジェットコースターに対する認識であった。
要は、危険物である。人間が乗る分には構わなかったが、仲間を乗せようとは思わなかった。
しかも、今眼前で動いているのがどれほどの年代物か分かったものではない。
あのレールだって、何処が錆び付いている事か。
「危険だろう。もし落ちれば、怪我では済まん」
そこまで言ったところで、滅はふと小型の機械生命体を見やった。彼女が、自分を見つめていたからである。
睨んでいるようにも思えた。
構えた手足を、振り回そうとしているのかもしれない。
機械生命体との戦いを経るうちに実際に食らった事のある滅は、その膂力についてよく知っていた。コンクリートを破壊し、鋼鉄製のアーマーをひしゃげさせる威力である。
もし自分が同じ事をされたら、胸部のアーマーが粉々になるだろう……そう考えると、あのパスカルは非常に頑丈なのかもしれない。
彼女の要求はわかり切っている。乗るのを邪魔するなと言う事なのだろう。
だが、パスカルとの約束もある。依頼を受けたのが自分ではないにせよ、監督者として相応の責任は存在するはずだ。
数秒の思考の後、滅はため息と共に言い放った。
「分かった、乗ってくればいい」
滅の許可が出た瞬間、小型の機械生命体は脇目もふらず乗り場へと駆け出した。
既に32Sはジェットコースターの最前列に乗り込んでおり、機械生命体はその隣にストンと腰を下ろす。
「ソレジャア、イッテキマース」
「安心して!! 僕が監督しておくから!!」
「おい、何故お前がそこにいる?」
滅の質問を遮るように、ブザーが鳴った。
ぎこちない金属音と共にシートベルト代わりのレバーが彼らの腹元まで下がってゆき、固定される。座席の中には、レバーが下がりきらず上下しているものもあった。
本当にこの乗り物は大丈夫なのかという滅の不安をよそに、ジェットコースターは緩やかに走り出した。
ジェットコースターが城の周囲を縦横無尽に駆け回っている。時に叫び声を上げ、時に両手を上げて喜びを表現する彼等を、花火の大群が祝福し続ける。
側から見ているだけの滅ですら、頬の硬直が緩んでしまう程だ。
夕闇に沈む遊園施設は、狂気という薄皮を一つ剥けば享楽という果実が得られる、言うなればエデンの園だ。眩しさに惑わされ、否応なしに戦わされるあの昼の国と比べれば余程恵まれた環境と言えるだろう。
しかし、どんな文明、文化にも裏というものは存在するのだ。この享楽と狂気に満ちた世界が表だと言うのなら、この世界の裏は、果たしてどのような様相を呈しているのだろう。
そんな事を考えながらジェットコースターを眺めていると、ふと背後から滅の背を叩くものがあった。
「面白いよね、彼ら」
彼を小突いたのは、緑の目をした機械生命体であった。亡のハッキングした個体である。
「乗らなかったのか」
この世界の亡は、最早滅の知る亡ではない。未知に好奇心を示し、喜びを素直に表す。人のいざこざに首を突っ込み、好き勝手に引っ掻き回す……この世界の亡はそんな存在だ。
滅の問いに、亡は乾いた笑いと共に「つまらないからね」と答えた。
「私は最後尾に乗っている。監督者という名目でね。ただ、ハッキング越しに見た景色だと、どうしても爽快感に欠けるから」
「そうか」
滅の返答も素っ気なかった。
亡の発した言葉について考えていたからである。
『彼等が、面白い』
滅も、同じ事を思っていたからだ。当初から機械生命体に対して抱き続けていた違和感。あのガラクタじみた灰色の外見に、何故か抱き続けてしまう劣等感、焦燥感。
その正体が滅には分からずにいたのだ。
「面白いかどうかは分からん。だが、機械生命体……少なくとも奴らは、俺の考えているより高度な知性を有しているらしいな」
「知性か。それはどうかな」
亡はハッキングした機械生命体の指を一本立ててみせた。
「彼らが知っている事を、1としよう。それなら、私が知っている事は」
滅の眼前で、一本だった指が続けて、2、3と立ち上がってゆく。あっという間に、その数は両の指全てへと変わっていった。
「これだけある。伊達に長く生きてないからね。この小さな体に入っているような事は、きっと私は全部網羅しているさ。きっと、まだ私の方が出来ることも多い」
亡は興奮したように続ける。
「しかし、感情という面では、彼等は私達の上を行っているかもしれないんだ。生まれたばかりの彼等が、私達のシンギュラリティを超えているのだとしたら、それらそれで嫉妬してしまうよ」
シンギュラリティという言葉が集音フィルタを揺らした瞬間、滅は亡の一切の言葉が聞こえなくなっていた。
何故その存在を忘れていたのか。
そう、シンギュラリティ、技術的特異点である。ヒューマギアはこれにより、感情を獲得することが出来るとされているのだ。かつて滅達は、それを起こした仲間達を覚醒させ、己の仲間として使役していた。
シンギュラリティを迎えたヒューマギアは、良くも悪くも己の意思を顕著に示すようになる。嫌なものは嫌と言うし、癇癪だって起こす。
もし亡の性格変貌がそのせいなのだとしたら。いや、亡だけではない。迅も、雷も、シンギュラリティを迎えているのだとすれば。
(この世界には、俺1人しか……)
焦燥と不安が一気に思考に去来し、滅は思わずその感覚に目眩を覚えた。
何も聞こえない、何も感じない。ただ、頭だけが痛い。
支えてくれる亡を振り払い、頭を振るようにして滅は飛行機の遊具の近くまで千鳥足で歩を進める。
(だとすれば、俺は……)
頭を襲う痛みに意識が遠のき、ぐらりと体幹が崩れかけた、その時。
「!?」
滅は、その視界の内に奇妙なものを見つけてしまった。
初めに目に飛び込んできたのは、白いウィッグであった。暗がりの中で、それだけが白く輝いていたから。次に視線が探り当てたのは、ボロボロのインナーとあちこちがショートしたボディ、半分だけ脱げた軍靴……そこまで見たところで、滅の思考はその正体を突き止めた。
(コイツ、ヨルハか)
頭を襲っていた痛みが、すっと何処かへと引っ込み、滅の身体は緊張していた。
敵は手負い。それも、重傷である。
仮に今この個体が目覚めたとしても、軍刀の一撃で仕留める事ができるだろう。もし彼女がヒューマギアに敵意を抱いているなら、ここで始末しておく必要がある。
だが、敵はヨルハ、油断はならない。
(刺すなら、胸か、頭か)
舐め回すように義体を見つめる中で、ふと、ヨルハが目を開いた。
薄く開いたまぶたの奥から、灰の瞳が覗く。「ぁっ」と短い呻き声を漏らしながら、ヨルハは眼前の滅を見上げた。
「お前、滅亡、迅雷だな」
そう呟くと、ヨルハは右手だけを使い、気怠げに上体だけを起こした。足は動かないのか、動かすだけの動力が無いのか……ともかく、彼女はやっとの事で起こした上体を遊具の中央ポールに預け、滅と向かい合った。
背後からは、亡の足音が聞こえる。
「そうだ。俺は滅亡迅雷のヒューマギア、滅だ」
「正確には私もだよ。敵の体をハッキングしてるんだ」
「よかっ、た……すまないが、治療、を」
苦しげにそう言い残し、ヨルハは事切れるように目を閉じた。慌てて亡が駆け寄る。
間をおかず、治療が始まった。亡は己のハッキングした機械生命体の腹部から部品や素材を取り出し彼女の治療を始めたのである。
修復の心得はあった滅は、彼女に手を貸した。服を剥ぎ、損傷部位を検める。見れば見るほど、その義体は傷だらけであった。
「このヨルハ、危ない状況だな」
「ここまで損傷して、よく五体満足でまだ動いてるね。いつどこの駆動部が動かなくなってもおかしくない」
無数の傷があった。
古い傷、新しい傷、それこそ数え切れないほどに。共通して言える事は、それら全てが治療されていない事であった。
つまり、治療できない理由があったと言う事である。病院が嫌いだったか、または、脱走兵か……
ふと、亡がとある一つの傷を指し示した。真新しい傷であった。傷口の凹みからして打撃系の傷である。熱変形した痕跡もあった。
「この傷、一体どんな攻撃を受けた……?」
傷口を検めていると、亡が「あっ」と声を漏らした。
何があった。
視線をやった滅もまた、「ん」と声を漏らさずにはいられなかった。
彼女の腰には、彼等のよく知るものが巻かれていたのだ。
「フォースライザー……私達が持ってる以外に、まだ現存してる物があったなんて」
亡がベルトに手をかけようとした、その時……
ガァンッ!!
橙黄の風が、亡の身体を貫いた。
滅の目にも止まらない程の、凄まじい速度である。一瞬遅れ、凄まじい爆発が、滅とヨルハを吹き飛ばした。
「亡!?」
揺れる視界の中で中型の機械生命体を探すが、見当たらない。辺りには、鉄板や歯車が無残にも散らばっている。
亡のハッキングしていた機械生命体の身体は、これになったのだ。そう理解するまでに、1秒弱の時間を要した。
(やられたと、いう事か)
淀む思考を切り捨て、滅は例のヨルハを探した。もし襲撃者の目的が自分達ではなく彼女なら、少なくともその位置を見極めれば対処の選択肢が増えるからだ。
彼女は、滅の左手の先にいた。「うぅ」と苦しげな呻き声を上げている。とても動けそうな状態ではない。
正体不明の襲撃者に、手負いのヨルハ機体。
対する自分は1人。
明らかな窮地であった。
滅は立ち上がり、周囲を見回す。左手は軍刀の鞘を抑えた。右手は柄にかかっている。いつでも、抜ける。
気が高まる中、ふと低い声が、滅の意識を背後から叩いた。
「そいつを渡せよ。ニイちゃんに連れて来いって言われてんだ」
振り返ると、そこには男が立っていた。
上裸であった。下にはズボンを履いていた。指先が尖った手袋をしていた。
その腰元には、フォースライザーが巻かれていた。
一瞬で分かったのは、それくらいであった。
顔も見ず、滅はそれに切り掛かった。
男の動きも速かった。
上体を動かし、滅の太刀筋を見切ったのである。返す刀で斬り上げを放とうとした滅の腕を、男はその長い右脚で蹴り放った。
しかし、滅もさるものであった。
そのありあまる馬力で、男の蹴りを堪えたのである。男は回し蹴りの姿勢で、滅は居合で言う抜刀の姿勢で、拮抗した。
「お前は、何だ?」
滅が問うた。
「イヴ、ニイちゃんの弟で、機械生命体だ」
男……イヴが答えた。
瞬間、イヴの左脚が爆ぜた。いや、そう見えただけである。実際は、光の糸を纏った左脚が、滅の顎目掛けて光速で放たれたのだ。
人間ではあり得ない、軸足での攻撃。
対応の遅れた滅はそれを顎にくらい、上体をよろめかせた。返す右脚で滅の胸を蹴り飛ばし、イヴは再びファイティングポーズを取った。前傾姿勢、突撃のみを考えた、喧嘩殺法の構えである。
右手には、黄色いプログライズキーが握られていた。
「それは……」
揺れる視界の中で、滅もプログライズキーを取り出した。両者、2mほどの間合いを取って対峙。2人の指が、動いた。
『JUMP』
『POISON』
達人が刀を抜くのとは対照的に、2人はプログライズキーを己のフォースライザーに滑り込ませてゆく。
「変身」
「変身!!」
鋭い発声と共に、2人はフォースライザーのスイッチを入れた。
『FORCE RIZES!! STING SCORPION!! BREAK DOWN!!』
『FORCE RIZEs!! RIZING HOPPER!! "A jump to the sky turns to a rider kick." BREAK DOWN!!』
ベルトから精製された紫のアーマーが、滅の身体を覆ってゆく。イヴの身体にも、黄色のアーマーが展開され始めていた。
「行くよ」
瞬間、変身完了を待たずして、イヴの身体が、爆発的に加速した。音がしそうな程の加速であった。音速を超えた加速であった。
すんでの所で完成しきった滅の胸元に、イヴの膝がめり込んだ。火花すら散るほどの超威力の攻撃。辛うじて堪える滅に、イヴは再び前傾姿勢となり、突進する。
右、左、右、左……
目にも止まらない程のコンビネーションが、滅に弓を構えることを許さない。
「ニイちゃんに貰ったコレで、お前達と遊んでやるよ」
亀になる事しかできない程のラッシュの嵐の中で、滅はしかと脳裏に刻み込んでいた。
機械生命体の強さ、その恐ろしさを。
第3話の中編をお読みくださり、ありがとうございます。
今回で、ようやく敵らしい敵が現れました。敵の全体像が見えてくるのはまだ先ですが、アークを復活させるのにはまだ壁が多そうです。
執筆環境については、まだ対馬の亡霊が蒙古を倒せないので、辛いです。まだ真ん中の国のあたりを平定するかしないかの所です。せめて仕事が週3か週4くらいならもう少し早く終わるのですが……
次回の更新は、来週の日曜日になります(すいませんどうしても間に合いませんでした。明日が休みなので、ちょうど良い分量を明日投稿します)。
※同じものを、pixivにも投稿しています。